快傑ネコシエーター
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1.出会い

 

寒風に吹かれ雲は流れ、合間からは煌々と大きな丸い月が見え隠れしている。

「逃げなくちゃ、早く逃げなくちゃ。」

小さな影は小さく呟く。

木々の脇を慎重に小走りに走る、走る、走り抜ける。

不意に大きな影に覆われ、びくっとするが月が雲に隠れただけだった。

人通りは全くない、人気があるのが不思議なくらいの真夜中の公園。

「他に方法なんかないよね。」

再び小さく呟く。

彼女にとって今日が満月であることはただの不運の一つに過ぎない。

奴にとって月の光なんてどうだっていいことだから。

彼女の気配を追って一歩一歩追いつめていくに過ぎないのだから。

「せめて、一矢報いてやらないと死んでいった子たちが浮かばれないわ。」

「じゃあ、聞くがどうやって一矢報いるというのだ、雌猫。」

不意に彼女の前に追跡者が何の音間たてず、目の前に嘲りを貌に張り付かせて立っていた。

彼女はどうすることもできず餌食になるのを待っているしかないのか。

しかし彼女は決死の覚悟だった。

銀の細身のナイフを追跡者の胸に突き立てようとした。

残念ながら力の差は圧倒的で追跡者に組み伏せられてしまった。

「無駄だよ。おまえも我の贄となるがよい。」

ところが追跡者に油断があった。

自分の膂力を過信するあまり彼女の鋭い犬歯に注意を払っていなかったため、

思わぬ反撃を受けることとなった。

「ぎぃっ。」

彼女は追跡者の指を食いちぎり、その隙に縛めを解いて、追跡者の視界から

一瞬姿を晦ました。

「許さぬ、許さぬ、この雌猫がさんざんに嬲ってから殺してやる。」

追跡者は己の油断を棚に上げ怒り心頭になり冷静さを失いながらも

非情で残忍な鬼ごっこを再開した。

彼女は自分の体力の限界以上と思う位の速さでひたすら逃げていた。

心臓が口から飛び出すのではないかと思えるほどに。

やがて、鬼ごっこの決着がつく時が来た。

追跡者の能力が圧倒的だったから、彼女の体力が限界だったから、

どちらにしても初めからわかりきった決着であった。

「さて、この雌猫どう料理してやろうか、まずは恥かしめてやるとするか。」

追跡者が彼女の着衣に手を掛けようとした時、

 

突然、「最近のデミバンパイアは品性下劣だなあ。」

「こんな可愛い女の子を毒牙にかけようとするなんて。」

追跡者は声のした方に振り向くと

いきなり頬に焼けた鉄を押し付けられたような痛みと

体全体が吹き飛ばされるような衝撃を感じ15mほど離れていたはずの

樫の大木に思い切り叩きつけられた。

満月で気配を隠しにくいにもかかわらず、逆上して冷静さを失い、姿を晒したことが

致命的だった。

追跡者にとって思わぬ天敵を呼び込んでしまった。

見た目は貧相なただの人間の青年が立っていた。

手には樫の十字架、ご丁寧にも大日如来の梵字の描かれた旗が翻っていた。

「貴様、エクスタミネーター、しかもバンパイアハーフか。」

青年は不敵な笑みを浮かべて、

「正解、じゃ地獄に落ちな。」

樫の十字架を力いっぱい投げつけ、デミバンパイアを串刺しにして樫の大木に磔にした。

すると、旗の大日如来の梵字が眩しい閃光を放った。

串刺しにされたデミバンパイアは芋虫のように身をくねらせながら

さらさらと指先から塵のように崩れていった。

「君、怪我はない、どこか痛い所はないですか。」

青年は丁寧な口調で少女に問いかけた。

「ありがとう。ところであなたは何者なんですか、

あの化け物を瞬殺するなんて、ただ者じゃないわね。」

「僕は四方野井雅、見ての通りエクスタミネーターをやっている。」

「これでも3か月前まで普通の人間として暮らしていたんだ、

いきなりバンパイアハーフだってことがわかって、

何の因果かこんなヤクザな仕事についてるんだよう。」

途中から変なスイッチが入ったように喋った。

「そういう君もただ者ではないでしょう、猫目猫耳猫尻尾、普段は隠しているようだけど。」

彼女は自慢の腰まである長い黒髪を掻き上げながらくすくすと笑い、

「私は竜造寺美猫、ワーキャットハーフ。」

「アバルーの収容所の叛乱に巻き込まれて公園でホームレス生活をしているの。」

 

とりあえず行く当てのない美猫を雅は自分のマンションに連れて帰った。

このまま収容所に送るのは不憫だったからである。

美猫は16歳なので本来なら別の収容所に収監されてしまう。

この社会では人間以外の全てのデミヒューマンは成人するまで収容所で

生活しなければならなかったからである。

だからと言ってホームレス生活を続けさせるわけにもいかない。

とりあえず、雅は自分の寝室をあてがうことにして自分は居間で寝ることにした。

美猫は収容所を逃げ出してホームレス生活を始めてから風呂に入っていないという。

雅は風呂を沸かして、美猫に入っておくようにすすめた。

その間に近所の古着屋を叩き起こして、美猫の衣料一式を揃えることにした。

美猫は風呂から上がるとそこには新しい服や寝間着などが用意されていた。

「雅さん、これは?」

「着ていた服は洗濯しておいたけど生地がかなり傷んでいたから、とりあえず古着で

申し訳ないが普段着と寝巻を、あと一階のコンビニでサイズSの下着を買って用意した

んだけど、どうかな。」

「女性の服を見立てたことなんかないんでセンスがあれなんだけれど。」

雅はかなり照れくさそうに俯き加減で美猫の視線をそらすように言った。

美猫はタオル一枚のまま雅に抱き着き、

「ありがとう、雅さん。センスがどうとかいう前に用意してくれた心遣いが嬉しいよ。」

「それに雅さんの服のセンスって、とても私の好みに合っているよ。」

「すごくうれしい。ありがとう雅さん。」

美猫が燥ぎ過ぎてタオルが落っこちそうになるのを、

「美猫ちゃん、タオル、タオル。」

顔を赤らめた雅が慌てて注意するものの、

美猫は雅の注意を全く気にせず燥ぎ続けて、ことにご満悦の様子で終始ご機嫌だった。

 

翌朝、雅は美猫に、

「ところで美猫ちゃんはこれからどうするつもりなの、戸籍の無い状態はまずいよね。」

「そこで提案があるのだけれど、戸籍を作って新しい人生を歩むというのはどうかな。」

「実は僕には役所にコネというか権限があって、アバルーの収容所の被害者に限って

新たに戸籍を登録することができるんだ、年齢をちょっと操作して21歳以上にすれば

もう収容所に戻らなくてもいいんだよ。」

「さらにただのデミヒューマンなら問題なく自由になれるよ」

「えへへ、そんなことができるんだ、雅さんすごい。」

その提案を即座に受け入れた。

さらに美猫は手を合わせて上目づかいに雅を見つめて、

「ところで、お願いがあるの。」、

「暫く、ここに置いて欲しいの。」

「こんなところでよければ、気が済むまでいるといいよ。」

雅は一人暮らしが長かったので寂しさが紛れるようなこんな賑やかな同居人は大歓迎で

あったので彼女を異性として意識せずに答えた。

美猫は喜びのあまり思わず猫又に変化して雅に抱き着き喉をゴロゴロと鳴らした。

 

次はただ居候させとくだけでは美猫も退屈するだろうと雅は自分の事務所に連れて行った。

「というわけで僕のアシスタントとしてこの事務所に勤務することになった

竜造寺美猫さんだ、よろしく春さん、紀美さん。」

所長の春さんこと高田春樹は「おう。」何も考えず首を縦に振った。

別に反対する理由などないからである

しかし、紀美さんこと稲原紀美は美猫を一目見て怪訝な表情を浮かべながら、

「この子、まだ子供じゃないの、本当に役に立つの、戦力として使えるの。」

キツイ小言を並べた。

どう見ても、成人しているようには見えない。

すでに16歳以下の少女であることを見抜いたようである。

「事務の眼鏡おばさんうるさい。」

美猫が強烈な言葉のカウンターパンチを放った。

事務所の空気に不穏なものが立ち込め、2人の間に火花が散った。

「仲良きことは宜しき事かな。」

とパクリっぽいことをいう春さんは、どうも面白がっている様子である。

「よっ。」

警視庁保安局亜人対策課の大和警部補がはいってきた。

ちょうど、口喧嘩を止めさせるのに都合良く現れたので雅は美猫を紹介した。

「やっさん、丁度良い所に来ましたね。」

「新メンバの竜造寺美猫さんです。」

「これはまた随分可愛い猫又ハーフ娘だねぇ。」

雅はいきなり美猫の正体を見破った大和警部補に驚いて、

「やっさん、なんで即座にこの娘の正体がわかるんですか。」

「だって同じ猫又族だし。」

「戸籍上デミヒューマンにした意味ないじゃないですか。」

「亜人だったらお役所以外、猫又ハーフもデミヒューマンも区別する意味ないしなあ。」

大和警部補は戸籍上の亜人種別を全く問題にしてない様だった。

「わぁ馬面の黒猫さんだぁ。」

美猫は初対面の大和警部補にかなり失礼なことを言った。

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2、事の起こり

 

時は3か月前に遡る。

アバルーの亜人収容所で無期懲役犯の凶悪バンパイアハーフ、マルクス・エルメキウスを

首謀者とする大規模な叛乱が発生して多くの凶悪なデミバンパイアが脱獄し市中で暴れ

まくった。首謀者はアバルーの亜人収容所から出ることはなかったが収容されていたデミ

ヒューマンの記録が全て焼損して復元できなくなってしまった。

脱獄したデミバンパイアのほとんどが闇社会に復帰した。

しかし、ただの粗暴犯であるデミバンパイアによる一般市民への被害は大きく街には

夜間外出禁止令が発せられた。

 

「夜間外出禁止令が出ているというのに深夜まで残業なんてこの会社絶対おかしいぜ。」

「いくら決算期だからって女子社員も残っているんだぜ」

経理部では稲原紀美が鬼神のようにデータの読み合わせをしていた。

「紀美先輩少しは仕事のペースを落とさないと。」

「みんな体壊しますよ、今日で完徹2日目ですよ。」

経理部社員の泣きが入っていたが紀美は全く意に介さず、

「四方野井君を見習いなさい、彼は黙って作業を進めているじゃないの。」

「まだ入社半年なのに。」眼鏡を掛けた地味な青年に目を向けた。

「彼はまだ新人だから仕事がよくわかってないんですよ、ただがむしゃらに

やればいいわけじゃないのに」ベテランだが紀美と同期か後輩らしき社員が

恨みがましく愚痴っていた。

ふと、夜の真っ暗な窓にグロテスクな人の形をしているが人ではないものが

張り付いた。

「きゃー」という悲鳴と同時にガラスが粉々に砕ける音がしてそれは中に

入ってきた。先ほど愚痴っていた女子社員を捕まえると喉笛を食いちぎり

ドクドクと流れる血を啜り飲み干した。

目の前の惨劇に紀美は凍りつき悲鳴さえも上げられなかった。

その場の男子社員は立つことすらできず、失禁している者もいた。

それは一人の生血では足らないのか紀美の肩を掴み、新たな贄にするつもりだった。

その時、「先輩を離せ、化け物」四方野井雅がそれの腕をつかんだ。

化け物、デミバンパイアにとって何の障害でもなかった。四方野井雅の腕を振りほどき

頭を掴んで壁に投げつけた。「きゃ〜四方野井君」紀美の悲鳴が谺した。

すると、一呼吸を置いて「は〜い先輩。」少し場違いな緩い調子の返事が聞こえた。

瓦礫の中から四方野井雅がゆら~りと立ち上がりゆっくりと歩き出した。

唇の血をぬぐい血の塊を唾と共に吐き出すと一言「やられたら、倍返し。」と呟いた。

ここにきてもデミバンパイアには何が起こったのか理解できなかった。

ふと四方野井雅が眼鏡を掛けてないことに気づいたがそれが何を意味するのか

分からなかった。

「とりあえず一発。」と呟くと四方野井雅の右の拳がデミバンパイアの貌に炸裂した。

デミバンパイアの左目が飛び出し牙の左半分が粉々になり、今度はデミバンパイアが床に

めり込んだ。

「とどめだ。」と呟くと四方野井雅はデミバンパイアを両足で力いっぱい踏みつけた。

デミバンパイアのあばら骨が粉々になり口から内臓を吐出し瀕死状態になった。

そんな状態でも生きているのがデミバンパイアの生命力の強さでこの惨状に駆け付けた

警視庁保安局亜人対策課、国際A級エクスタミネーターも唖然とした。

 

これをやってのけた四方野井雅をデミヒューマンとして拘束、連行して再検査する

ことになった。その結果、四方野井雅の眼鏡がまず調査されその破片から

強力な魔力殺しであることが判明した。

実の父親が英国で爵位を持つ高位の真祖バンパイアで実の母親は養母の姉で、

四方野井雅が正真正銘のバンパイアハーフであることが調査の結果、証明された。

しかし英国政府との関係から英国在住の四方野井雅の養父母が普通の人間として

虚偽の申告したことを罪に問うことができない上、四方野井雅自体も扱いが難しいこと

から、国際S級エクスタミネーター及びネゴシエーターとして政府直属機関で再教育を

受けることを条件に四方野井雅の自由が保障された。

エクスタミネーターは特別に訓練された人間および特殊能力を持つ亜人とその混血の

ものが免許制で選ばれる。

主に凶悪な亜人の犯罪者(おもにデミバンパイア)の捕縛またはその抹殺を目的とする。

武器は特別に聖別された物を用いる。

ネゴシエーターは対魔力の優れたエクスタミネーターより選ばれ、事件を起こしている

亜人の中でも特に強力な魔力を持つもの、真祖バンパイア等との直接交渉を行い、事件

の早期解決を行う。

 

四方野井雅は初老の指導教官と共にエクスタミネーター専用の武器倉庫に向かっていた。

この養成所において四方野井雅は最短時間で最高記録を更新し続けていた。

どの指導教官も反射神経、筋力、持久力等測定可能な能力には最高点をつけていた。

しかしながら、その記録ですら本気を出しているのかは判断できなかった。

そこで、入所して1週間早くも卒業である。卒業にあたって、対デミバンパイア用の

得物を養成所の武器倉庫から好きなだけ持って行ってよいということになった。

「では終わったら声をかけてくださいね。」

初老の指導教官は軽く会釈をして元来た方へ戻っていった。

「さて、変なことになってしまったがどうしたものか。」

倉庫の中は物騒な武器で一杯だった、しかし今必要なものかと聞かれると困惑してしまう。

何かに足を取られ転びそうになった。足元を見るとチタン製らしきの細いワイヤーが絡まっていた。

「これはなかなか使えそうだな、相手の動きを封じるのには都合がいいなあ。」

「この武器を頂くことにしよう、うん何か引っ掛かっているのか。」

思い切り引っ張ってみた。

ガラガラガシャンガシャン。

無理に引っ張ったので上からいろんなものが落ちてきた。

「いて〜なんだあこりゃ。」

大きな樫の木の十字架に旗が翻っていた。

丈夫そうな紐を十字架の天辺に銀の釘で止めて細い棒吊るしその棒に粗末な布で出来た旗

が縫い付けられていた。

しかも旗にはご丁寧にも梵字で大日如来が記されている。

十字架の下の方は杭のようになっていて、黒い汚れを拭った跡が残っていた。

「これは、なかなか面白い、これとワイヤーにしよう。」

こうして、四方野井雅の奇妙で強力な得物が決定されたのである。

先ほどの初老の指導教官は一瞬ぎょっとしたものの

安易に重火器を選ばなかったことがお気に召したと見えて満足そうに笑みを浮かべた。

「さすがは四方野井君だなあ〜、あの日輪の十字架を選ぶとは。」

 

再教育を終えて晴れて国際S級エクスタミネーター兼ネゴシエーターとなって

人間社会に戻ってきた。

四方野井雅を待っていたものは子会社の人材派遣会社への出向の辞令だった。

「春さんどういうことだかわかりますか。」

とにかく一番頼りになる友人高田春樹に相談を持ちかけた。

「経理部の社員として雇っておくより人材派遣会社に所属させておいて

国際S級エクスタミネーターとして政府直属の仕事、まあ危険な仕事ほど実入りは

いいから会社はピンハネするつもりだぜ。」

「そこでだ、みやちゃん俺と一緒に会社を立ち上げないか。」

「俺がみやちゃんの仕事をマネージメントするわけだ。」

「もちろん、危険な仕事、人の為にならない仕事は断るぜ。」

「さすがは春さん伊達に2浪してないなあ。」

雅は誉めているつもりだがとても誉め言葉には聞こえなかった。

「よせやい、そんなに褒めるなよ。」

「そうと決まったら、さっさと会社に辞表をつきつけてやんな、

俺も今の会社辞めたとこだから」

「わかったよ、春さん、流石できちゃった婚で2人の娘のいる人は決断が速いなあ。」

 

「・・・と言うわけで今回の辞令には従えませんので辞表をだします。」

人事部長は呆然として、「えっなんで。」

「私も辞めます。」稲原紀美も人事部長に辞表を手渡した。

後に残された人事部長はまだ納得のいかない顔で虚空を見つめていた。

「紀美さんもやめちゃうんですか。」

「だって雅君の新しい会社まさか雅君が経理の仕事をするわけにはいかないでしょう。」

「私、戦力になるよう。」

紀美は雅の腕に思いっきり抱きついた。

 

「さて会社としての形が一応整ったわけだが、私高田春樹が所長でいいのかなあ。」

「一応共同出資者だし、いいんじゃないの。」

「紀美さんが経理責任者ということで。」

「みやちゃんのヘッドハンティングの腕もなかなかだね。」

「紀美さんは自薦なので僕の手柄じゃないよ。」

「早速だが仕事の依頼が来ている。警視庁保安局亜人対策課だ。」

「えっあそこの僕の心証ってあまりよくないのでは。」

「でも政府直属の滅殺機関みたいに物騒な所よりはいいと思うんだ。」

 

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3、初仕事

 

警視庁保安局亜人対策課にいきなり不穏な空気が流れた。

「課長、あの事件からまだ日も浅いのにこいつと一緒に仕事しろっていうんですか。」

「でも、養成所からの成績も最優秀で一週間で卒業した強者だよ。」

「やっさん、後は宜しく。」そそくさと課長は姿を消した。

やっさんと呼ばれた馬面の風采の上がらない警部補が不機嫌そうに話し出した。

「大和龍之介、国際A級エクスタミネーターだ。」

「これから凶悪デミバンパイアを捕縛もしくは完全に抹殺する。」

「おまえさん、養成所を出て日が浅いと聞いたが邪魔だけはするなよ。」

大和警部補はさっきの言い方はさすがに気が咎めたのか四方野井雅に話しかけてきた。

「おまえさん、あの事件の時無傷だったのかい。」

「いいえ、壁に投げ付けられてあっちこっち傷だらけで。」

「なんか眼鏡を外したら傷の治りや痛みの回復が早いようでして。」

雅はバンパイアハーフとして覚醒後の肉体の変化を正直に答えた。

「そういやおまえさんバンパイアハーフだっけな。」

「あの時のデミバンパイアなんざ未だに半死半生だってのに。」

「羨ましいよ、俺なんかデミバンパイアと面向かってやりあえないっていうのに。」

「でもデミバンパイアを一匹でも始末してくれぁ被害者も減るから、

バンパイアハーフのお前さんには感謝しているぜ。」

「奴らはデミヒューマンを主に狙うんだよ。人間を襲うのは何も考えてない馬鹿だけだ。」

「人間を襲った奴は滅殺機関が出張ってきて、とことん追いつめて殲滅するが、

デミヒューマンいわゆる亜人が襲われても何もしてくれない。」

「だからデミヒューマンを守るためにもデミバンパイアは少しでも多くしとめないとな。」

 

「鉄、塗仏の鉄、ワーウルフ、ここいらじゃ一番の情報屋だ。」

大和警部補は待ち合わせの公園のベンチの前でクレープを食べながら、

色黒のスキンヘッドの大入道を四方野井雅に紹介した。

「初めまして、四方野井さん。」

「噂じゃ素手でデミバンパイアを再起不能にしたって。」

「実は、頭に血が上ってあまりよく覚えてないのですよ。」

「気が付くと連行されて取り調べをうけていたもので。」

雅が気まずそうにしているのに気付いた大和警部補は話題を変えるように話しかけた。

「鉄、ところで例の奴の住処は突き止めたのか。」

「やっさん、中央公園の西のゴーストタウンにヤバいのが住み着いているぜ。」

「例の奴だ、間違いないぜ。」

しばらく中央公園の外れの獣道を歩き、やがて廃屋が連なるゴーストタウンについた。

注意深く嗅覚を頼りに廃屋を丹念にチェックして、一軒の廃屋の前に立ち止まった。

「ここからは用心しないと奴に気づかれる、俺は猫に変化して潜入する。」

「でもそれでは大和さんが危険ではないですか。」

雅は素直に大和警部補の身を案じた。

「奴の住処に潜入して、寝ているところを聖別された銀の鎖で拘束してくる。」

「何、危なくなれば、逃げてくるから大丈夫さ。」

大和警部補はたやすいことのように言った。

「奴にとって日光を浴びることは大変な苦痛になる。」

「いまは昼間だからまず屋外には出まい。」

「おまえさんは収容所の車が迎えに来るまで見張っているだけでいい。」

大和警部補は全身傷痕のある大きな黒猫に変化すると振り返らずに扉の板の裂け目の中に

入っていった。

「そういやあいつに背広が皺にならないように畳んでおくように頼んどくんだったなあ。」

そう独り言を呟きながら戻った時の心配をする自分が可笑しく思えた。

廃屋の中は意外と綺麗で何者かの出入りがあるようだった。

地下室への階段が真正面にあってぽっかりと口を開けているようだった。

「いけねえや地下室は鬼門だよなあ。」

日光が大嫌いなデミバンパイアにとって地下室は昼間の安全地帯だった。

他の部屋を全て調査し終え、残るは地下室だけになった。

大和警部補は一か八か地下室に降りてみることにした。

いた。地下室の中央にそれは惰眠をむさぼっていた。

慎重に銀の鎖でデミパンパイアを縛り上げた。

後は迎えを待つのみと大和警部補の緊張の糸が緩んだ。

突然銀の鎖を引きちぎりデミバンパイアが襲いかかって来た。

「ケケケケケー」奇声を発しながら目の前の黒猫を捕えて引き裂こうとした瞬間、

虚空より銀色のワイヤーが飛んできて、デミバンパイアを固く拘束しその皮膚引き裂いた。

「ぎぃー」苦悶の声を上げ抵抗しようとするが暴れれば暴れるほどワイヤーが

デミバンパイアを締めあげる、ついに観念したのかおとなしくなった。

「大和さん怪我はないですか。」

雅が地下室に駆け込んできた。

「あれゃおまえさんの得物かい。」

「聖別した銀とチタンを縒り合せたワイヤーです。」

大和警部補の連絡を受けた収容所の車がゴーストタウンについた。

昼間の日光に晒されすっかり虫の息になったデミバンパイアを収容所の担当官が

慎重に拘束具に固めて車の荷台に乗せ、収容所に向かっていた。

歯型を調べ亜人の被害者を特定し、犯した罪の分の拷問を加える。

滅多なことでは殺せないデミバンパイア特有の刑罰である。

しかし、殺されたものは戻ってこない。

大和警部補は亜人の一員として命を懸けて亜人の平和を守っているのである。

 

「よっ。」

大和警部補が事務所に直接やってきた。

「この間、雅君に大きな借りを作っちまったんで署じゃ合わせる顔がないもんでね。」

「いいえ、あれは単に嫌な予感がしたので勝手な行動をしてしまったので

別に借りとか気にしなくてもいいと思います。」

雅は大和警部補の命懸けの仕事ぶりに心酔していたのでこのような謙虚な態度を

とられるとかえって対応に困ってしまった。

ふと、大和警部補が事務所の壁に掛かっている例の旗のついた十字架を見て吃驚して

叫んだ。

「雅君、なんでこれがここにあるんだ。」

「養成所で倉庫から好きな武器を選んで持っていっていいって言われたものだから、

これをお守り代わりに頂いてきたんですよ。」

雅は正直に例の旗のついた十字架について思ったままのことを言った。

大和警部補はかなり興奮気味に日輪の十字架を手に取ると

旗の大日如来の梵字を見つめていた。

「これは、大変な武器なんだ、バンパイアを一撃で葬れる日輪の十字架なんだよ。」

思いもよらぬ大和警部補の言葉に雅は半信半疑だった。

「大和さん、これってそんなに凄い得物だったんですか。」

真剣な表情の大和警部補はさらに続けた。

「そうだよ、なんでこれを使わないの、本当にすごいんだよ。」

「今から50年ほど前だが俺の指導教官も務めた普通の人間の国際S級

エクスタミネーターの愛用の武器だよ、こいつに串刺しにされたデミバンパイアが

一瞬で塵になったんだ、しかも真夜中だよ、信じられるかい。」

「ところで、仕事なんだが、この日輪の十字架を早速使ってみないか。」

 

雅は日輪の十字架を大きな風呂敷で包み、目立たないようにして持っていた。

大和警部補は感心したように言った。

「雅君もこの日輪の十字架の重要性を理解したようだな。」

「仕事柄目立ったらいけないと思いまして。」

雅は真昼間から日輪の十字架を堂々と晒して人前を歩くのが恥ずかしかったのだが、

それは飲み込んで大和警部補には言わなかった。

やがて中央公園の塗仏の鉄との待ち合わせ場所についた。

鉄は少し早く来て待っていたようだ。

「鉄、この間の情報の報酬だ。」

「かなり多いようだな。」

「気にするな、とっておけ。」

「ところで、中央公園の連続猫又ハーフ殺しだが何か手がかりはないか。」

「やっさん、こいつはやばいぜ。かなり高位のデミバンパイアだ。」

「どうやらアバルーの収容所を脱獄してきた闇社会の一員にちげえねえや。」

「それもどうやら1匹だけじゃねぇぞ、少なくても2匹はいるぞ。」

「奴らは曇りの日なら外を出歩いているようだし、住処もいくつか持っていやがる。」

「引き続き追ってはみるが、こっちも命あっての物種だからなぁ。」

「何言ってんだ。素手でデミバンパイアの首をへし折った強者が。」

大和警部補は意外なことを言った。

「鉄はなあ養成所に行けば立派にエクスタミネーターが勤まる程の腕の持ち主なんだ。」

雅は鉄のジャラジャラとした腕輪の付いた逞しい太い腕を凝視した。

「あんまり見ないでください恥ずかしいですから。」

鉄は一歩間違うと恥ずかしい場面に使われるようなセリフをおどけながら言った。

「俺には直接命のやり取りをする稼業が勤まるような度胸はねえよ。」

鉄は殊勝なことを言って遠い目をした。

「とりあえずは、一匹ずつでも順番に狩っていかないとなあ。」

大和警部補は噛みしめるように言った

雅も横で黙って頷いた。

鉄は2人に有力な情報を話し始めた。

「下町の廃れた歓楽街に人間も亜人も誰も近づかない館があるんだよ。」

「夜や曇りの日になると何者かが出入りしている気配があって怪しいんだが、

何物をも寄せ付けない雰囲気があるんだよ。」

「80年前の建築当時の図面は手に入れたが今は中がどうなっているかはわからねえよ。」

「中に入るかどうかは別にしてとにかく行って見てみましょう。」

雅は大和警部補を促してみた。

少し考えている様だったが

「虎穴に入らずんば、虎児を得ずとはよく言ったもんだが、この天気なら。」

と快晴の空を見上げ、

「外に逃がすことはないだろうからとにかく行って見よう。」

 

真昼間の廃れた歓楽街には全く人影はなかった。

鉄の話していた館はすぐに分かった。

とてもグロテスクな様相で、窓という窓に頑丈に板を打ち付け中に光が入らぬように

なっていた。

「当りですね。」

「そのようだな。」

「入りますか。」

「ちょっと待ってくれるか」

大和警部補は珍しく拳銃を持っていた。

しかも中銃身の357マグナムと大口径だった。

敢えてスピードローダーは使わずに聖別された銀と水銀の入ったデミバンパイア専用の

弾丸を一発一発確認して念を込めて装填していった。

「本当はもっと威力のある銃じゃないと効果が少ないんだが俺の体力じゃこいつが

限界なんだ。」

と自嘲するようにいった。

「じゃ行きますか。」

今度は大和警部補が雅を促していた。

2人は館のドアを静かに開けて中に入った。

明かりが無いようなので事前に用意した懐中電灯で照らしてみた。

中は大きな吹き抜けになっていて、かつては娼館の様だった。

部屋の中いっぱいに、生臭い血の臭いが何となく漂っていた。

「雅君、どうやら奴に気づかれたようだ注意したまえ、いきなり喉笛に食いついてくるぞ。」

大和警部補は邪悪な殺気を感じ取ったらしい。

雅は大和警部補の背中に背を合わせ日輪の十字架を握りしめた。

突然、ホルスターから銃を抜き部屋の隅の黒い影に全弾打ち込んで大和警部補は、

「やったか。」

「残念だがそんな豆鉄砲は我には利かんよ。」

やがてはっきりと姿を現したデミバンパイアは嘲るように言った。

身長2m以上はある、雅がそれまで見たデミバンパイアの中で最も悍ましい姿をしていた。

しかもかなりの知性を有していた。

「坊や、その木端は十字架かい、またそんな時代遅れなものを。」

その時、大和警部補は、

「雅君その十字架で奴の胸を串刺しにするんだ。」

雅は日輪の十字架を全力で投げつけ、デミバンパイアの胸を完全に突き貫けた。

「そんな木端が我に利く、キ…キィー、」

すると、十字架の旗の大日如来の梵字が眩しい閃光を放った。

デミバンパイアは痙攣しながら、さらさらと指先から塵のように崩れて

いった。

「これが伝説の日輪・・・、」

雅はその威力の凄まじさに驚いた。

ポンと雅の肩を叩いて大和警部補は、

「どうだい、驚いたかい、俺が50年前に初めて見た時の気持ちがわかるだろう。」

「下手に火薬の量や弾丸の威力を増しただけの重火器なんかよりよっぽど安全で街中で

使っても周りに迷惑を掛けずにデミバンパイアを退治できる強力な武器なんだ。」

「雅君これからも、この日輪の十字架を使って無辜の亜人たちを守るのに協力してくれ。」

雅は大和警部補の言葉に感動し一緒に仕事をしていくことに使命感を持つようになった。

 

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4、出会いまでの出来事

 

それから3か月が過ぎたが相変わらず連続猫又ハーフ殺しは続いていた。

中央公園の池の端、まだ新しい水死体の前に2人はいた。

「また猫又ハーフのおろくだよ。」大和警部補は吐き捨てるようにいった。

「歯型が一致しています。同一犯の仕業ですね。」

「みやちゃんすっかり犯人の歯形をおぼえたようだね。」

「やっさん、これだけ同じ手口でワーキャットハーフが被害にあえばいやでも

見当がつきますよ。」

「それもアバルー収容所の難民です。」

「犯人もアバルー出身だしな、それもこっちは性質の悪い凶悪な知能犯。」

「懸賞金でも掛けるよう、上と交渉してみませんか。」

「人間を襲ったんならともかく亜人オンリーでは上は動かんよ。」

「なら僕が夜回りしてパトロールするというのは。」

「みやちゃん、上は残業手当を出してくれないぞ。」

「まずはアバルー収容所難民の保護が優先だが、成人前だと収容所に逆戻り

それじゃホームレスでも公園の中で野生化した方がましって考えるだろ。」

「亜人にとって収容所がどんなに辛い所かを考えないといけないぞ。」

「収容所では人間に対し亜人がその特殊能力を使用することが悪いことであることを

叩き込まれ、亜人の人権が無視され人間による差別を我慢する様に教育されるんだ」

収容所に入所したことのない雅にはその言葉がとても重く感じられた。

「ならば、収容所に戻らなくていい方法を考えます。」

 

雅は国際S級エクスタミネーター、ネゴシエーターの身元証明があれば

アバルー収容所の難民の焼失した戸籍を復元できることが分かった。

そこで年齢亜人種別を詐称しても大丈夫なことに気が付いたのである。

 

「鉄さん。何か掴んだかい」

雅は中央公園に出没するデミバンパイアの情報を求めて塗仏の鉄につなぎをとった。

「イヤー、本当に用心深い奴でなかなか足取りがつかめねえ。」

「流石に警戒して、曇りの日に昼間出歩くようなことは減ったが。」

鉄は困ったような顔をして話を続けた。

「多分、今の住処は十中八九高位のデミバンパイアの巣食うヘブラテスラの館に間違い

ねえが、下手に手出しできねえ。」

「一応図面は手に入れたが、危なくて一人、二人じゃ踏み込めねえなあ。」

 

「四方野井雅はいるか。」

荒々しい声が事務所の中に響いた。

「私はエカチェリーナ・キャラダイン少佐だ。」

金髪の若い女性士官はそう名乗った。

「滅殺機関が民間の国際S級エクタミネーターを徴用する。」

いきなりの乱暴な申し出に紀美は反発して、

「何の権利があって民間人の自由を阻害するような命令をしているんですか。」

キャラダイン少佐は怒気を込めて。

「黙れ、乳眼鏡。」

「亜人の自由や権利は政府の権限で制限できるのを知らないのか。」

冷静に様子を眺めていた高田春樹はキャラダイン少佐の弱点を攻めて言った。

「四方野井雅に無理を強いて自由を阻害、それが英国政府との国際問題に発展したら

滅殺機関の誰が責任をとるのですか。」

流石にキャラダイン少佐は反論できなかった、自分の独断だったからである。

さらに高田春樹は、

「今まで滅殺機関からの依頼は弊社のスケジュールの都合でお断りしていただけで

先客を優先するのはきちんと報酬を頂いているからです。」

「徴用などと無償奉仕を民間会社に強いるのはどうかと思いますよ」

キャラダイン少佐は悔しさを抑えて振り絞るようにいった。

「では、その先客とやらの倍の報酬を提供しよう」

 

ずっと蚊帳の外にいた四方野井雅はこの女性士官が少し気の毒になって。

「どのような仕事の依頼かお聞きしたい。」

キャラダイン少佐の顔が明るくなり。

「四方野井雅本人は引き受ける意思があるのだな。」

「では作戦室まで同行してもらおう。」

雅は余計なことを言ったと後悔したがこの女性士官の真摯な態度が気になっていた。

念のため、大和警部補のお墨付きの日輪の十字架を携えて女性士官について行った。

「キャラダイン少佐。」

「私のことはエリカと呼んでくれ。」

雅が意外と素直に自分の申し出を受けてくれたので気持ちが軽くなったようだ。

一台の偽装装甲車に案内して、ドアをあけた。

「入ってくれ。」

相変わらずぶっきら棒な調子だが少し優しく対応している様だった。

「実はこの作戦はかなり危険が伴うヘブラテスラの館へ乗り込んでデミバンパイアの

闇社会の幹部、アバルーの収容所から脱獄したもの達の抹殺だ。」

雅は鉄からヘブラテスラの館について事前にきいていたので、内心驚いていたが

国際S級エクスタミネーターの部隊を投入するというなら勝算ありと乗り気になった。

しかしキャラダイン少佐の次の言葉を聞いて落胆した。

「この作戦を遂行するのは我々2人きりだ。」

一応確認のため雅は。

「えっ国際S級エクスタミネーターの部隊を投入するのでは。」

「残念だがこの国にいる現役国際S級エクスタミネーターは我々2人だけだ。」

「部隊を投入するとしても国際A級でしか編成できない。」

「この作戦は国際S級レベルでないと遂行できない。」

「それもただの国際S級ではだめだ。特に能力の高いものを選抜しないと。」

「君の養成所での成績は折り紙つきだ、すでに調査済みだ。」

そこまで言われて雅も観念して女性士官と握手を交わして、

「やりましょう、実はヘブラテスラの攻略を以前あきらめた経緯があるのです。」

 

偽装装甲車の中で各自自分の武器を確認した。

キャラダイン少佐の武器は聖別された銀と鋼の手槍とサーベル、さらに強力な44口径の

改造自動拳銃が2丁、雅の武器は日輪の十字架とワイヤーのみ。

「雅は銃を持たないのか。」

キャラダイン少佐は不思議そうに質問した。

「なあに、こいつだけで十分ですよ。」

日輪の十字架をポンと叩いた。

「日の高いうちに乗り込みましょう。」

雅は鉄が入手した館内の図面を見せて抹殺対象をピンポイントで狙う作戦を提案した。

キャラダイン少佐は雅があまりにも準備周到に作戦を立てていたことに驚いた。

「雅は以前からこの作戦を考えていたのか。」

「アバルーの後片付けは何れやらなきゃならないことですから。」

「雅、お前がこの作戦のパートナーだってことがこんなにも心強いとは。」

キャラダイン少佐はここで初めて微笑んだ。

 

午後12時快晴の空の下、偽装装甲車はゆっくりとヘブラテスラの館の正面玄関に

横付けになった。

キャラダイン少佐がまず乗り込み、館の中のデミバンパイアを次々と仕留めていった。

雅は偽装装甲車で玄関を封鎖した後、裏口に回り逃げてきたデミバンパイアを

注意深くワイヤーで捕縛してから日輪の十字架で塵に変えていった。

ヘブラテスラの館のデミバンパイアを全て狩りつくしたことを確認した後、雅は

中央公園のワーキャットハーフ殺しがいないことを確認して、他にも今回の襲撃

を逃れたデミバンパイアがいないかを洗い出した。

キャラダイン少佐は悔しそうに。

「アバルー脱獄組の中に結構勘のいい奴がいるようだな。」

雅は嘆息していった。

「裏社会では小物だが凶悪犯罪者に限って今回の襲撃をのがれたようですよ。」

「今晩は満月だな、善は急げというからなあ」

雅は中央公園の真夜中のパトロールを決意した。

 

中央公園のワーキャットハーフたちはアバルー収容所の叛乱に巻き込まれてしかたなく

ホームレス生活を続けていた。

警視庁保安局の手で強制的に収容所に戻されるのも、自主的に戻るのもいやだった。

とにかく収容所に戻りたくなかった。

成人して収容所を出ても人間達の差別が待っておりこのまま野生化した方がまだマシ位の気持ちだった。

しかし、凶悪なデミバンパイアに嬲り殺しにされるワーキャットハーフも多かった。

奴は夜だけではなく曇りの日なら昼間でも襲いかかって来た、

こんな生活が3か月も続き、みんな精神的にも肉体的にも限界状態だった。

リーダー格の白猫銀と竜造寺美猫は打開策を考えていた。

「銀ねぇ、このままじゃ皆参っちゃうよ、こんな生活が何時まで続くかわからないんじゃ。」

「あのデミバンパイアはあたしたちを嬲るように1人1人ずつ殺害してあたし達の恐怖を

煽って楽しんでいやがる。」

美猫は吐き捨てるようにいった。

白猫銀は美猫に聖別された銀の細身のナイフを渡して、

「私に何かあったらこれで自分の身を守りなさい。」

白鞘の霊験あらたかな古い日本刀を握りしめて、

「私もできるだけの抵抗をするから」

白猫銀は相討ち覚悟でデミバンパイアと戦う覚悟だった。

「銀ねぇは絶対死なせないよ。」

と言い残すと美猫は自分が囮になるつもりで満月の下、中央公園の獣道を走って行った。

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5、ネコシエーター活躍?

 

「みやちゃん、ごはんまだ〜。」

すっかり飼い猫と化した美猫がソファーの上でご飯待ちをしていた。

「お待ち、チキンライス玉葱抜き。」

お腹を空かした美猫は一心不乱にかき込んでいた。

雅は何か大事なことを忘れている気がしてしょうがなかった。

そして、やっと思い出した。

「なあ、ネコ、公園にいるホームレスになっているアバルー難民ってお前の他は

どのぐらいいるの。」

美猫も忘れていたらしく言われて、やっと思い出した。

 

美猫は雅を連れて中央公園の時計塔の下にいた。

昼間のうちにメッセージを決められた場所に差し込んでおいたのである。

時計塔が深夜0時の鐘を打ち始めるとどこからか3か月以上のホームレス生活で

みすぼらしい格好になってしまった猫目猫耳猫尻尾の少女達が現れ始めた。

数人といったところだろうか。

とても用心深くなっているようだがみんな美猫の無事を確認するとホッと

してすっかり緊張感が薄れ、美猫にじゃれ付き始めた。

「おやめなさい。」

鋭い女性の声が響いた。

腰まである長い銀髪、白い綺麗な着物を着た25歳前後の美しい女性が立っていた。

「銀ねぇ〜。」

「会いたかったよ〜。」

いきなり美猫が抱き着いた。

「あんたねぇ〜一週間もどこに姿を隠していたの。」

「それにそのきれいな服。」

「その自慢の黒髪から石鹸の香りすらしているじゃない。」

「すっかりいいもの食べさせてもらって、ぷにぷにしているじゃない。」

美猫の頬を優しく抓った。

「ひんねぇ、ひまひょれふぉへちゅめいひゅるから、ひゅねるのひゃめへぇ。」

「では、僕四方野井雅が説明します。」

雅はこれまでの出来事、そして収容所に戻らなくてもいい方法を説明した。

「申し遅れましたが私、白猫銀と申します。美猫達の姉替わりを務めております。」

 

公園でホームレスをして生き残ったワーキャットハーフは美猫を含めても6人だけだった。

ワーキャットの白猫銀を含めても7人とアバルー難民全体の1割にも満たなかった。

新たに加わったメンバもすべて四方野井雅の扶養家族となった。

「ネコ、銀さんって一体なんで収容所になんかにだって既に成人して・・?」

雅は触れてはいけないことだと気づき慌てて、

「なんでもない、聞かなかったことにしてくれ。」

美猫は優しい笑みを浮かべて、

「みやちゃんには何れ銀ねぇ本人が本当のことをいうと思うよ。」

 

白猫銀は四方野井雅の居候が6人も増えたら流石に困るだろうと考えていた。

さらに戸籍上自分も21歳で登録したことで、雅と毎日顔を合わせるのが恥ずかしかった。

そこで亜人街の昔馴染みを訪ねることにした。

「提灯、提灯、ひっく、何が人間国宝だい、俺たち亜人にゃ関係ねぇ。」

「あらずいぶんご機嫌ですね。提灯屋の源さん。」

「おや、これは、これは竜造寺のおひぃさん。」

「あれ、おひぃさんってまだ生きておられましたかな。」

「確か今年でひゃく、」と言いかけたところで銀に徳利で頭を殴られた。

「年齢のことを言ったら殺す、すぐ殺す。」

般若の形相の銀に凄まれて、すっかり蒼くなった源さん。

「ところで何の御用でござんすか。」

「亜人街の入り口に一階がコンビニのマンションがあるでしょ。」

「へえぇ。」

「その近所にいい物件はないかと、居酒屋でもやろうと思ってね。」

「そんなことならあっしにお任せくだせい。」

「確か隣が空き家だからすぐに持ち主に頼んでみやしょう。」

こうして魔窟呑み屋銀猫は誕生した。

 

美猫は銀が隣のあばら家をリフォームして居酒屋を始め、雅のマンションから出て独立

生計を営むことを聞き、今の恵まれた待遇を放棄する理由がわからなかったので銀に

聞いてみた。

「銀ねぇここをどうしても出るの。」

「だってここは極楽だよ、上げ膳、据え膳で洗濯物はいつも綺麗に洗ってあるし。」

「お風呂も入りたいときに入れるし。」

美猫の雅への依存ぶりに呆れて銀は釘をさすように言った。

「みんな雅さんがやっているんじゃない。」

「居候としての自覚ないでしょう。」

「本当は美猫も連れて行きたい所だけど、雅さんが寂しがるでしょう。」

美猫は顔を赤らめ、嬉しそうに言った。

「えぇ、みやちゃん、あたしに惚れているの。」

美猫がますます増長しないように銀は少し意地悪くいった。

「違うわよ、雅さん手の掛かるあなたの世話を焼くのが楽しいのよ。」

銀は少し気が咎めたのか美猫に優しくいった。

「大体引っ越すといってもすぐ隣だし、いつでも遊びにいらっしゃい。」

 

大和警部補が終業時間を少しフライングしてやってきた。

「みやちゃん、みやちゃん、今晩呑みに行こうぜ。」

「新しい居酒屋がみやちゃんのマンションの隣にできたって聞いたぞ。」

「ああ、銀さんのお店ですよ。」

「銀さんって、美猫ちゃんのお姉さんって紹介された銀髪の綺麗な猫又の。」

「どっちが目的なんですか、お酒と、銀さんと。」

「両方。」

雅のマンションの隣の木造2階のあばら家がすっかりリフォームされ、小綺麗な店舗兼

住宅になっていた。

大きな赤い花輪が2つ店の前に並んでいた。

1つは雅と高田所長の連名で、もう1つは提灯屋の源さんの名前で上がっていた。

「俺も花輪ぐらい出しとくべきだったかなあ。」

大和警部補は自分が出遅れたような気分だった。

格子戸をあけると「いらっしゃいませ。」元気な猫又ハーフの娘たちの声がした。

続いて「いらっしゃいませ。」と落ち着いた声で白猫銀が挨拶した。

店内は結構混んでいたが、銀は大和警部補と雅を座敷に案内した。

しばらくは2人だけで飲んでいた、だがいつの間にか銀が座敷に上がっていた。

「お2人共お酒が強いんですね。」

「昔から、お酒とか麻酔薬みたいな物が利きにくい体質みたいなんですよ。」

雅は照れながら言った。

「猫又族は酒じゃほとんど酔っぱらいませんから、憎たらしい上司や先輩を

よく酔い潰したもんですよ。」

大和警部補は自慢げに言った。

「みやちゃんは酒が強いからこっちも安心してピッチを上げられるというものです。」

「しょれに銀しゃんのお酌にゃらいくりゃでもにょめますよ。ヒック。」

ふと雅は大和警部補の呂律がおかしいことに気づき大和警部補の猫耳と猫尻尾が

出ているのを見てギョっとした。

すぐに雅は「銀さん、お酒に何か一服盛ったんですか。」

物凄い好い笑顔で「流石にマタタビはよく利くみたいね。テヘ。」

雅が振り返ると大和警部補の背広の上で大きな黒猫が大の字になって鼾をかいていた

とりあえず、猫になった大和警部補を自宅まで送っていく雅だった

こうして懲りない男の伝説は誕生したのであった。

 

珍しく改まった様子で大和警部補が話しかけてきた、

「美猫ちゃん、折入って頼みがあるんだが。」

つられて美猫もかしこまって。

「大和さん、どのようなことでしょうか。」

「実はうちの娘、実はカミさんの連れ子なんだけど美猫ちゃんに相談したいことがある

からお父さんから紹介して欲しいと頼まれたんだよ。」

「別に、いいですよ。人間の同世代のお友達に憧れていたんですよ。」

見た人が全て蕩けてしまいそうな笑みを浮かべて嬉しそうに返事をした。

 

「初めまして、大和撫子と言います。よろしくお願いいたします。」

流石は、大和警部補の娘さんらしくとても礼儀正しかった。

「竜造寺美猫です、よろしくね。」

美猫は少し緊張していたが敢えて軽めの挨拶をした。

「実は、美猫さんをネゴシエーターと見込んで解決して欲しい事件があるのです。」

「いやー私はまだみやちゃんのアシスタントに過ぎないし期待に答えられるかどうか。」

美猫は内心とても嬉しかったが一応謙遜して見せた。

「実は夕暮れ時に起きる「ゴメンネ!」吸血鬼事件を解決して欲しいのです。」

「部活や委員会で帰りが遅くなったりするといつの間にか女の子が現れて、仲良くなって

楽しくおしゃべりをするんです。」

「すっかり暗くなって別れ際に血を吸われ「ゴメンネ!」と書かれた絆創膏が

首筋の吸血痕の上に貼ってあるのです」

「仲良く話したことは少し覚えているけど、吸血された記憶は全くないのです。」

「実際に吸血された友人は翌日ちょっとだるいぐらいで、ほとんど後遺症がないんです。」

美猫は撫子の話を聞いているうちに、この吸血鬼は弱いながらも魔力を持っている

ことに気づき持ち帰って雅に相談することにして、撫子と仲良くなることに専念した。

撫子は養父が猫又のせいか猫又ハーフの美猫とはとても相性が好いため当初の目的

美猫の人間の友達作りは大成功だった。

 

美猫は手を合わせて上目づかいに雅を見つめて

「みやちゃん、というわけで「ゴメンネ!」吸血鬼事件の解決に協力して。」

雅はちょっと難しそうな顔をして。

「それって多分アバルー難民だと思うなあ、それも結構厄介な相手だよ。」

「どういうこと。」

美猫は意外そうな顔をした。

「メゾバンパイア。」

雅は美猫が知らない吸血鬼の亜人種別を挙げた。

「デミバンパイアと比べると生命力、体力は極端に弱いが魔力に関しては同等かむしろ

凌駕しているかもしれない、真祖とバンパイアハーフ以外に魅了とかの魔眼が有効だし。」

「そういう点では真祖に近いかもしれない、発生も伝染ではなく自然発生だし。」

美猫は相手が結構厄介な相手だと分かり安請け合いを後悔した。

「どうやったら、やっつけられるの。」

「例えば、みやちゃんの十字架でぶすっとやれば倒せる。」

雅は慌てて美猫の言葉を否定した。

「日輪の十字架はデミバンパイア専用で真祖やメゾバンパイアには使えないはずだよ。」

「大体美猫の立場だったら、まず同じアバルー難民なら保護しなくちゃだめだろ。」

「多分、中央公園の猫又族同様ホームレス生活で食い詰めたうえでの犯行じゃないのか。」

美猫は切り札をだして雅に協力を求めた。

「でも、無辜の人間に危害を加えているのはほっとけないよね。」

「穏便な処置で済ますためにはみやちゃんにも協力してもらわないと。」

ついに雅は美猫に協力することを約束した

 

雅は今回の作戦を美猫に説明した。

「「ゴメンネ!」吸血鬼捕獲作戦を開始する。」

「ネコの役目は囮、そして捕縛だ。」

「メゾバンパイアの最大に武器は魔眼、魅了と催眠これを防げばネコの運動神経、体力

なら簡単に捕縛できるはずだ。」

「僕も22年間お世話になった魔力殺しの眼鏡だ。自分の魔力など人間離れした能力を

抑えるだけではなく、相手の魅了と催眠も弱体化してくれる優れものだ、これをネコ用

に誂えた。」

雅は美猫に眼鏡ケースを手渡した。

美猫は早速、魔力殺しの眼鏡を掛け、鏡で自分の顔を見てみた。

「おぉ〜これはなかなかオシャレじゃないですか。」

「ネコが紀美さんみたいな事務のおばさん眼鏡は絶対にいやっていうから

フレーム選びに苦労したんだよ。」

 

美猫は自慢の長い黒髪を三つ編みにし、魔力殺しの眼鏡を掛け、撫子の制服を借りて、

夕暮れの通学路いそいそと歩いていた。

いかにも、部活や委員会で帰りが遅くなった女子高校生のように。

しばらくすると、いつのまにか隣に同じ制服を着たツインテールの女の子が親しげに

話しかけてきた。

「すっかり暗くなっちゃったね。」

「私は、図書委員会が長引いちゃって、こんな時間まで掛かちゃったよ。」

「あ、ごめん。」

「いきなり話しかけて。」

「私、1Aの安達原さつきです。」

「もし迷惑でなければ、お話しませんか。」

美猫はちょっと迷っていた。

大和撫子を名乗って撫子の友人だったらまずい。

竜造寺美猫を名乗って偽学生だとばれてもまずい。

迷った末にここは大きな賭けに出て本名を名乗ることにした。

「私、人見知りする方なのでちょっとびっくりしちゃったんです。」

「1Cの竜造寺美猫です。よろしくお願いします。

美猫もこれは外れだと思い、とりあえず彼女と仲良くなろうと会話を楽しむことにした。

幸い、撫子の学校はお堅い女子校なので話が恋バナ、ガールズトークに縁のないことは

美猫にとって会話が弾む話題に持っていきやすかった。

 

日がとっぷり暮れて、黄昏時から宵闇時に差し掛かっていた。

2人は公園のベンチに座っておしゃべりを続けていた。

しかし、突然さつきの瞳の色が吸い込まれるような漆黒に代わり奇妙なことを口走り始めた。

「美猫さん、あなたはとても好い人ですね。」

「こんなに話が尽きないなんてことは初めてです。」

「私たち、本当にいいお友達になれたと思います。」

「もしあなたが同じ種族なら本当に好かったのに」

「でもあなたはただの人間、お友達にはなれない。」

「ごめんなさい。ほんとうにごめんなさい。」

美猫にとってショックだった。

やっと2人目の人間のお友達だと思ったさつきが人間以外の種族。

つまりメゾバンパイアだったとは。

ショックと同時にさつきの勝手な理屈に激しい憤りを感じた。

さつきの瞳の魔力は想像以上で魔力殺しを通しても体の自由が不完全だった。

さつきが首に牙を立てる直前、美猫は思い切って魔力殺しを外した。

美猫が突然予想外の行動を取ったため、さつきは混乱して一時的に魅了の魔法

が解けて、美猫の体に自由が戻った。

溜まっていたフラストレーションを開放するようにさつきの顔面を思い切り拳で

殴った。

「ビキッ」歯の折れる嫌な音がして、さつきの顔が恐怖で歪み、火がつくように

泣きじゃくった。

美猫はそんな血まみれのさつきの胸倉をつかんで大声で怒鳴りつけた。

「どうして種族が違うと友達になれないの。」

「絶対におかしいよ。あんたの考えは。」

 

心配して近所まで探しに来た雅は美猫の怒声を聞きつけ慌てて駆けつけてきた。

「ネコ、落ち着け、とにかく落ち着いて、何があったのか話してくれ。」

美猫は事の顛末を簡単に説明したが雅はさつきが放置でない状態であると判断した。

雅はさつきを病院に連れてゆき、折れた犬歯の治療を受けさせ、さらに

鎮痛剤と精神安定剤を処方してもらい、さつきを落ち着かせた。

雅はさつきをマンションに連れ帰り、とりあえず居間のソファーに寝かせた

雅と美猫は徹夜で時々熱と痛みで魘されるさつきの面倒を見た。

美猫は雅のさつきに対する手厚い対応が不満だったが敢えて口にしなかった。

翌朝、「おはよう、さつきちゃん。」

さつきにできるだけ軽めに声をかけた。

「自己紹介がまだだったね、いまさらって感じだけど、僕は四方野井雅、国際S級

エクスタミネーターでアバルー収容所の難民を救済するのが仕事だ。」

「昨日は大変だったね、いきなりで驚いたと思うけど、美猫の暴走は僕の責任なんだ。」

「美猫は僕の仕事のアシスタントで、普段はとても優しい子なんだけど、追いつめられ

ると時々とんでもないことをするんだ。」

雅はさつきの精神のダメージを考慮して優しく接し「ゴメンネ!」吸血鬼事件の責任を

問わないことした。

例によって、収容所に戻らなくてもいい方法を説明した。

美猫はさつきと仲直りするように雅に促されたものの複雑な気持ちだった。

正義は自分にあるのだからさつきから謝るのが当然だと思っていた。

ただ、美猫自身は気づいていないがメゾバンパイアもバンパイア族特有の選民意識

を持っており、それが癇に障っているということを。

逆にバンパイアハーフの雅には全く選民意識が無いことが特別なのである。

 

さつきの戸籍もメゾバンパイアのような物騒な亜人種別は当然登録すると厄介なので

例によって他のアバルー難民と同じようにデミヒューマンになった。

問題はさつきの住処である。さつきは魅了の魔法を使って不正に入手したマンション、

調度品、衣装などすべて消耗品以外は元の持ち主に返したため何もない状態に陥って

しまった。だからといって雅のマンションは美猫が相部屋を強硬に拒否したため、

しかたなく、雅は銀に相談することにした。

「ネコの気持ちもわからないわけでないけどそこまで嫌う理由が僕には

わからないのですよ。」

「まだ仲直りもしてないようだし、口を全くきかないんでさつきちゃんも

取り付く島がないってところじゃないでしょうか。」

銀はため息をついて、雅に聞こえないように「この唐変木。」と小声で呟いた。

「とりあえずさつきちゃんだっけ、家で預かって様子を見ましょう。」

 

銀は雅のマンションの1階のコンビニでアルバイトを募集していることに気づいた。

「亜人街が勤務地じゃ普通の人間は募集に応じないでしょうねえ。」

ふとさつきのことが思い浮かび。

「あの子、明るくて人当たりがいいから接客業に向いているんじゃないかしら。」

早速、さつきにコンビニのアルバイトに応募するように勧めた。

しかし、さつきはすっかり自信喪失していた。

自分の魔眼が美猫に通じなかったことで、

「魔眼を悪用した罰が当たったんだ、もう魔力は使えなくなったんだ。」

と思い込み激しく落ち込んでいた。

雅や銀が優しく接してくれるのだけが救いだった。

「美猫ちゃんまだ許してくれないし。口も訊いてくれない、辛いなあ。」

美猫にあれだけ酷い裏切りをしたのだからと仲直りは絶望的だと思い込んでいた。

こんな自分でも役に立てるならと銀の提案を素直に受け入れた。

さつきは今までロクに働いていなかったのでコンビニでは失敗の連続で

ますます落ち込んでいた。

「私は魔力がないとこんなにダメな子なんだ。」

それでも、コンビニの店長やお客がさつきに対して暖かく対応したので、

思わず涙がこぼれそうになった。

さつきは気づいていなかったが精一杯頑張っているのが店長やお客には

伝わっていたからである。

美猫はさつきに気づかれないようにその様子を見つめていた。

実は引っ込みがつかなくなって意地を張っていたのである。

でもさすがにさつきが哀れで何とか励ます方法を考えていた。

しかし、あえて雅も銀も口を出さずに見守っていた。

 

そんな時事件が起きた、コンビニ強盗である。

強盗はライカンスロープで店の金銭を奪うだけではなく、店内に来ていた小さな子供を

捕え、引き裂いてその血肉をもむさぼろうとした。

さつきは強盗に対して強い怒りの感情を覚え、自然に魔眼が発動した。

ライカンスロープは雑巾のように体が捻じれ口から泡をはいて気絶した。

さつきは目の前で何が起こったのかわからなかった。

その時、外から、美猫が飛び込んできて、さつきに抱き着いた。

「さつき、すごいよ、こんなに凶悪なライカンスロープを魔眼だけで圧倒するなんて。」

猫又化して戦闘態勢の美猫の姿を見て命懸けで自分を救出するつもりだったことを

さつきは一瞬で理解した。

そんな美猫の気持ちが嬉しくてさつきは今まで我慢してきたものがあふれ出してきて

わんわん泣き出した。

「さつきは本当に泣虫ねぇ。」

美猫は優しくさつきの髪をなでながら、「今まで、意地を張ってごめんね。」と囁いた。

さつきが泣き止むと美猫と初めて会った時のように楽しくおしゃべりを続けていた。

美猫とさつきがきちんと仲直りしたものの、さつきは収入が入るようになったので

部屋を借り独立生計を営むことにした。

雅のマンションの2階の空き部屋に居を構えた。

 

銀は7年前の事件のことを思い出し少しセンチメンタルになっていた。

本当は自分よりはるかに年下の同居人が年上ぶっていたのがおかしくも懐かしかった。

とてもお人好しの善人で人に騙されてもニコニコとして気にも留めない青年だった

青年は銀を田舎出の家出娘だと思って大事に保護しているつもりだった。

銀もまたそのように振る舞い甘えていた。

青年は名家と呼ばれるような大きな家の出身でそれに嫌気がさして飛び出して自由な生活

を選んだ。

しかし青年の周りの人間は家の対面を気にして人知れず青年を始末した。

細やかな幸せを奪われた銀は青年の仇を取るため連続殺人を行って復讐した。

事件は表ざたにできないものだったので密かにアバルーの収容所で無期懲役に科せられた。

このことを知っているのは美猫一人であるが、だれにも話すことはないだろう。

お人好しで善人の雅を見ていると銀の気持ちが7年前の様にときめくもののこの話を雅に

話すのはとても躊躇われた。今のような姉と弟の関係で十分満足だった。

そんな銀の気持ちに全く気付かない雅は銀の母性を擽るように相談事を持ちかけるのだ。

 

さつきは魔力が再び使えるようになったものの、不安定で自分の思い通りとまでは

いかなかった。

特に美猫に対しては全く使用不可能だった。

さつきは折角、美猫と仲直りしたのに波風を立てたくなかったので内緒にしていた。

雅にも相談できないし第一バンパイアハーフには魔眼の魔力は通じないので確認のしよう

がなかった。

そこで銀に相談を持ちかけた。

銀は少し考えた後、いい方法を思いついたといって悪戯っぽい微笑みを浮かべた。

銀はモルモットに大和警部補を選んで、さつきに魔眼で催眠を掛けさせてみることにした。

例によって魔窟呑み屋銀猫の座敷で飲んでいる雅と大和警部補の下に銀とさつきがやっ

てきた。

銀は大和警部補に向かって丁寧にお辞儀をして、さつきの魔眼のリハビリの協力を頼んだ。

「そんなことなら、喜んで引き受けましょう。」

何をされるのかも知らないで大和警部補は二つ返事で引き受けた。

「では、始めます。」

さつきの瞳の色が吸い込まれるような漆黒に代わり、魔眼が発動した。

大和警部補の目がとろんとして催眠術が掛かった。

さつきは銀が用意してきた質問事項を読み上げた。

「いきます。あなたの名前は。」

「大和龍之介。」

「警視庁での階級は。」

「警部補。」

「国際エクスタミネーターの資格は。」

「国際A級。」

「勤続年数は。」

「53年。」

「あなたの本当の年齢は。」

「75歳」

「銀さんまずいですよう。」

「雅さん固まっています。」

雅は大和警部補の見た目から40歳ぐらいだと思っていたのだが本当の年齢を聞いて

思わずひいてしまった。

「猫又なら年相応というより老けている方だわ。」

銀は同じ猫又族なので平然と言った。

さつきは急いで大和警部補の催眠術を解いて意識が戻ったことを確認した。

「大和さん大丈夫ですか気分は悪くないですか。」

「おっ術が解けたのか。」

さつきは丁寧に大和警部補にお礼を言うと銀を連れて奥に引っ込んでしまった。

「あれ、みやちゃんどうしたの、どうかしたの。」

「やっさん肩でも揉みましょう、多分おつかれでしょうから。」

雅は大和警部補の肩を揉み日頃の労をねぎらうのだった。

さつきはふと悪戯心がわいて奥の部屋で悪戯がうまくいって満足げの銀に魔眼を

掛けてみようと思った。

「銀さん。」

「なあに。」

さつきは銀にいきなり催眠術を掛けた、銀なら魔眼の効き目はないと思ったので

もっとも強力に掛けてみた。

「銀さん、あなたの本当の歳は。」

さつきの予想では催眠術は効かずに公式の年齢の25歳か戸籍の年齢の21歳と答える

はずだったが。

「〇25歳よ、でも年齢のことを言ったら殺す、すぐ殺す・・・」

さつきは思わず震え上がってしまった、今聞いたことはすぐ忘れようと心に誓い銀の

催眠術を解いた。

「どうしたのさつきちゃん顔が蒼いわよ。」

銀は何も知らずにさつきの心配をした。

「大和さんのことは気にしなくていいのよ、私の考えた悪戯なんだから。」

さつきは自分の力が自分の身を滅ぼしかねないと思い強く自重することを決意した。

 

 

説明
1.出会い
2、事の起こり
3、初仕事
4、出会いまでの出来事
5、ネコシエーター活躍?
あらすじ世界観
舞台は21世紀初頭の日本らしきところ(並行世界)人と人外化生のもの(亜人、デミヒューマン)が共存する世界。デミヒューマンは一定年齢を迎えると親から引き離され施設に収容される。一般にデミヒューマンは孤児にされ施設に引き取られることが多い。人に対しその特殊能力を使用することが悪いことであることを叩きこまれ、施設を出て社会に出てからも厳しい差別が待っているため、人と人により厳しく管理された人以外のものが激しく対立している。人に従わぬ者を処分するのがエクスタミネーターである。 エクスタミネーターは特別に訓練された人間および特殊能力を持つ人間、亜人(デミヒューマン)および人とそれ以外のものとの混血のものが免許制で選ばれる。武器は特別に聖別された物を用いて抹殺を行う。 政府の直属機関と民間会社の2種類の形態がある。ただし、人外化生のものでも特に強力な魔力を持つものは(たとえば真祖バンパイア))などはより力を持った滅殺機関のエクスタミネーター(もちろん政府直属)によって狩り葬られるか、あるいはネゴシエーター(但し数は少ない)を通して、条件付(被害者を元に戻す、配下の特定のデミバンパイアの魔力を無力化)で国外へ逃亡することができる。
デミヒューマン魔力の強弱 
真祖バンパイアとデミバンパイアでは魔力の大きさが桁違いであり、デミバンパイアは、真祖バンパイアの配下にされることが多い。 バンパイアハーフは真祖バンパイアよりしか生まれないのでデミバンパイアより強いが魔力の一部しか使用できない(たとえば吸血行為や変身や魅惑の魔法が使用不可だが影響を受けない)。だがその対魔力が見込まれエクスタミネーターやネゴシエーターに特にえらばれるケースがある。デミバンパイアは強い魔力を持ち、配下にゾンビ、ライカンスロープを使ったり、吸血による伝染性を持ち配下を増やすことができる。この世界において一番危険視されており、また組織化して裏社会を支配している。 メゾバンパイアは全体的に弱いが魔力のみ非常に強い。吸血による伝染性がない。デミヒューマンの中に階級意識があり、力の強弱によって弱いものを差別する傾向がある。
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