WakeUp,Girls!〜ラフカットジュエル〜20 |
アイドルの祭典東北ブロック予選の前日。I−1クラブの主要メンバーたちは彼女たちを主役とした映画の撮影のため朝からロケ現場にいた。
(いよいよ明日かぁ。真夢たち、予選通過できるかなぁ……)
撮影の合間に休憩場所で雑誌を読んでいた吉川愛は、明日仙台で行われるアイドルの祭典の予選に出場する親友へと思いを馳せていた。手にしている雑誌は今日発売されたばかりの芸能情報誌、目にしているのはアイドルの祭典の特集記事だ。その雑誌は彼女が自分で買ったものではなく、誰かがここに持ち込んだものだ。
記事によると東北ブロックの1番人気は『クレッセント・ムーン』というユニット、2番手が『男鹿なまはげーず』ウェイクアップガールズは3番手らしい。実際に人気投票もこの通りの順位だった。もちろん彼女は親友の予選突破を願っていたが不安も隠せなかった。
吉川愛は島田真夢がまだI−1に在籍していた当時からの親友であり、今現在に至っても真夢と連絡を取り合っている唯一のI−1メンバーでもある。
彼女は今でも常に真夢の味方の立場を取り続けているため、真夢をライバル視する岩崎志保と時に衝突することもある。志保から甘いと指摘されることもしばしばだ。
志保はウェイクアップガールズや真夢の話になると潰すとか倒すなどといったフレーズをよく口にする。だが親友が所属するユニットに対して敵対心を持つことができない愛は到底賛同できなかった。彼女からすれば競い合うのは良いが争うつもりはない。切磋琢磨しようという気持ちはあっても、志保のように倒すべき敵だという風には考えられないのだ。
吉川愛は基本的に争いを好まない、女の子らしい優しい性格をしている。だから、みんな同じアイドルなんだから仲良くやろうよというのが彼女の本心だった。それが志保の目には甘く写る。
志保からすれば、いくら親友とはいえ同じアイドルである以上は所詮倒すか倒されるか、まして真夢は手ごわい相手なのだから油断していると自分たちがやられるという意識が強い。彼女は彼女でそういう性格なのだ。
志保の言い分はわかるけれど、それでもやはり愛は真夢に対してドライに割り切れなかった。ライバルだけど親友。決して敵ではない。この考えはどうしても変えられなかった。
「何読んでるの?」
後ろから誰かが愛に
声をかけてきた。振り向いた彼女の視線の先に立っていたのはI−1クラブキャプテンの近藤麻衣、その隣りにはセンターの岩崎志保もいた。2人とも自分の出番の撮影を済ませ一旦休憩に入ったのだ。じきに今度は愛の番がやってくるだろう。
「芸能雑誌だよ。明日のことが気になって……」
「ああ、明日だっけ。東北の予選」
麻衣はすぐに愛の言わんとしていることを理解した。彼女もまたウェイクアップガールズのことを気にかけている1人だ。
「ウェイクアップガールズも出るんだよね。でも1番人気は別のユニットだって聞いたけど?」
ウェイクアップガールズというワードが麻衣の口から発せられた時、隣りにいた志保が一瞬ピクッと反応したが、誰もそれに気づかなかった。
「真夢たちは、事前の人気投票では3番目だったんだよね。記事にも評価としては3番手だって書いてあったよ。他のユニットのこと知らないからわからないけど、本選に進めるの1組だけでしょ? ちょっと心配かなぁ……」
愛は少し不安げな表情でそう言った。いくら彼女が信じていたところで、ウェイクアップガールズが現時点で3番手評価であることは記事の内容からも、また事前の人気投票からも確かなようだ。
アイドルの祭典の採点方法は、事前の人気投票・当日のネットによるファンの投票と会場のファンの投票・当日招かれる審査員の投票といったもの総てをポイント化し、その総合計点で争われる。予選突破が1組だけである以上、現在3番人気の真夢たちは2組のユニットを逆転できるだけのパフォーマンスを予選のステージで披露しなければならない。しかも一発勝負でだ。他のユニットのことを知らないだけに、不安が無いと言えばウソになる。
「ちょっとアタシにも読ませてくれる?」
近藤麻衣はそう言って愛から雑誌を受け取り記事を読み始めた。
「あ、アタシこのユニット知ってるよ。男鹿なまはげーず!!」
麻衣は記事を読んでいる途中で叫ぶようにそう言った。
「もうね、すっごいよ。3人組のユニットなんだけど、衣装が秋田のなまはげなのよ。もちろんあのお面も付けてて、蓑笠着て、手桶みたいなの持ってブンブン振り回しながら歌って踊るのよ。たまたまネットで動画を見ただけだけど、あれは凄かった。1回見たら絶対忘れられないもん。ただ、アイドルとはちょっと違う気もするけどね」
「動画って、ライブか何かの?」
「そうそう。どこだったか忘れちゃったけど、たしか地元の秋田でのライブじゃなかったかな。お客さんメチャクチャ盛り上がってたよ。ステージで踊るなまはげに熱狂するお客さんっていう、何か異様っていうかシュールな雰囲気だったからちょっと笑っちゃったけど」
「何よ。そんなのただのイロモノじゃない。全然アイドルらしくないじゃない」
今まで黙っていた志保が突然口を開いた。
「なまはげの格好してインパクト与えたって、そんなのアイドルでもなんでもないよ。そんなのが公式ライバルとか冗談じゃないわよ!!」
志保は何をムキになっているんだろうと麻衣は戸惑ったが、彼女自身はなまはげーずを単なるイロモノだとは思っていなかった。
「うーん……でもアタシはあのユニット、実力も伴ってるって思ったけどなぁ。見た目だけじゃなくて、ちゃんと実力でお客さんを惹きつけてるって思ったよ。クレッセント・ムーンの方は知らないけど、やっぱり出てくる以上みんな実力のあるユニットばかりなんじゃない?」
「私はなまはげに興味はないわよ。私は真夢に勝ちたいの。だからウェイクアップガールズがアイドルの祭典に勝って公式ライバルになってもらわないと困るのよ」
強い口調で志保はそう言った。何が困るのだろう? と麻衣は思った。愛も思った。
「でも予選を勝ち抜くのは1組だけだよ? アタシたちが思ってる以上に地方アイドルのレベルって高いみたいだし、真夢たちだって簡単には勝てないんじゃないかなぁ」
麻衣がそう言うと、志保はさらに語気を強めて反論した。
「冗談じゃないわよ!!」
その剣幕は麻衣が面食らって思わずたじろぐほど激しいものだった。
「真夢がそんな相手に負けるわけないじゃない。私のライバルはなまはげなんかじゃないわよ。そんなの真夢たちが優勝するに決まってるじゃない」
麻衣と愛は思わず顔を見合わせた。本人に自覚は無いようだけれど、彼女は自分がウェイクアップガールズを応援していることに気づいているのだろうか? と思ったからだ。
(しほっち……ツンデレだぁ)
吉川愛は総てを理解した。志保が真夢に対して厳しい言動を取るのは、要は彼女が真夢のことを大好きで共に競い合うことを心から望んでいるのだということに。つまり自分は今まで彼女を誤解していたのだということに。なんのことはない、彼女も実は自分と同じなのだということに。潰すとか言うのは要するに全力で競いたいという気持ちの表れなのだということに。志保にとってライバルはウェイクアップガールズ以外なく、他のユニットがライバルだなんて考えられないのだということに。
素直じゃないなぁとは思ったが、そう言ったところで「私は応援なんてしてない」とムキになって言い返すのが目に見えていたので愛は黙っていた。ただ、志保が本気で真夢を拒絶しているのではないことが明らかになったのが嬉しかった。やはり親友が悪く思われているのは気分の良いものではない。
「そうだね。真夢ならきっと勝ち抜いて本選でも優勝してくれるよね」
そしたら来年はウェイクアップガールズと全面対決だね、と愛はニコニコ笑いながらそう言った。全面対決だなんて自分は思ってもいないが、あえて志保にはそう言ってみた。今まで自分がその類のことを言うと反論してきた愛がウェイクアップガールズと全面対決などという言葉を口にしたものだから、志保は意外そうな表情を浮かべた。
「本選は東京のI−1アリーナでやるから、久しぶりに真夢に会えるかな?」
麻衣がそう言った。
「うん、会えると良いね。ウェイクアップガールズ、実際にこの目で見てみたいね」
「会えるに決まってるじゃない。予選勝ち抜いてくるんだから」
それを聞いて、この3人の中で真夢たちが勝ちあがってくることを1番望んでいるのは志保だな、と愛は思った。
迎えたアイドルの祭典東北ブロック予選当日。非の打ち所の無い快晴の秋空の元、開演は夜であるにも関わらず会場である仙台I−1シアターには昼の時点で各ユニットを応援する者たちが続々と詰めかけていた。時間が経つにつれてその人数はどんどん膨れ上がり、会場周辺は人、人、人で溢れかえり熱気に満ちていた。そこには大田が呼びかけて結成されたウェイクアップガールズの親衛隊はもちろん、林田藍里の母、片山実波を応援する民謡クラブの老婆たちといった面々を筆頭に各メンバーの両親、親類縁者、友人、知人といった人々の顔もあった。ただ、島田真夢の母親の姿はそこにはなかった。
会場入りし指定された控え室に向かう道すがら、真夢は家を出る時のことを思い出していた。
(お母さん……やっぱり来てくれないかな……来てくれないんだろうな。チケット、テーブルの上に置いたままだったもんね……)
真夢は家を出る前に、もう一度だけ居間のテーブルの上を確認してみた。だがそこには数日前彼女が母に渡したチケットが、渡した時そのままの状態で置かれていた。
「今日の晩御飯は、真夢ちゃんの好きなものばっかり作っておくからね」
「良い結果が出るといいね。お祖母ちゃん応援してるから、頑張ってね」
出がけに祖母が気遣って色々と励ましてくれた。祖母と祖父はずっと真夢の味方だった。母との間に深い溝が出来ていても生活できていたのは祖父と祖母のおかげだと真夢は思っていたし感謝もしていた。もしも母と2人きりだったら、きっと自分は耐え切れずおかしくなっていただろうと思っていた。
けれど真夢は、母にも祖父や祖母と同じように自分に接して欲しかった。そう出来なくした原因を作ったのは自分だけれど、それでもやはり以前のような母娘関係に戻りたかった。
しかしどうやら真夢の想いは母には伝わらずじまいのようだった。もうこれ以上話し合う時間は無いし、謝罪の意思も含めて自分の想いは総て伝えた。それでも結局母にわかってもらえなかったのなら、もうこれ以上真夢にはどうすることもできない。
(気持を切り替えなくっちゃね。予選を勝ち抜くためには集中して自分の力を出し切らなきゃいけないんだから。私の個人的なことで、みんなの足を引っ張るわけにはいかないんだから)
真夢は自分の頬を両手で軽くパンパンと叩き自分に気合を入れ、無理やりに気持を入れ替えた。
真夢の母である島田真理が昼過ぎに居間に行った時、もう既に娘である島田真夢は予選会場へ向けて家を出た後だった。
ふと居間のテーブルを見ると、そこには先日娘から手渡されながらそのまま放置した、今日行なわれるアイドルの祭典東北ブロック予選のチケットがそのままの形で置かれていた。
椅子に座り、真理はチケットを手にして見つめながら考え込んだ。
(私はあのコのためを思って今までやって来た。I−1にいることがあのコの幸せだと思って、だからI−1に居られるようにと、それだけを考えてやってきたわ。でも真夢はI−1に居た時は幸せじゃなかったと言った。私が間違っていたのかしら。真夢のためだと思ってやってきたことが、逆にあのコを苦しめていたのかしら……)
真理の頭の中で様々な思いが去来した。彼女は彼女なりの考えで娘に対して良かれと思って行動してきたが、その当の娘から言われた言葉が彼女の胸を深くえぐっていた。
「お母さんは私に何て言っていたか忘れてしまったの? 小さな頃から、私に何て言っていたか覚えていないの? お母さんは、私はいつだって真夢の味方だよって言ってくれてたじゃない。困っている人を見捨てて放っておくような人にだけはならないでねって言っていたじゃない。私はその言葉を正しいと思って、ずっとその言葉に沿って生きてきたよ。お母さんの言ってることが正しいって信じてたよ。芹香のことだって、お母さんがそう言ってくれていたからああしたんだし、それでもお母さんは絶対に味方してくれるって思ってたよ。でもお母さんはあの時、今と同じことを言ったよね。他の人のことなんてどうでもいいって、あの時もそう言ったよね。お母さんは私にウソを言っていたの? 綺麗ごとを言っていたの? 本当はそんなこと思ってもいなかったの? お母さんの言葉を正しいって信じていた私が間違っていたの?」
真夢はそう言った。返す言葉がなかった。自分の言っていることとやっていることが矛盾していたことを、実の娘に指摘されるまで気がつかなかった。
(私は……いつの間にか真夢をお金儲けの道具だと思ってしまっていたのかしら……)
もちろん彼女にそんなつもりはなかった。本当に娘がより幸せでいられるように、ただそれだけを考えて行動していたつもりだった。けれど、もしかしたらそうではなかったのかもしれない。いつの間にか娘のためと言いつつ自分のための考え方になってしまっていたのかもしれない。なにしろ娘が幸せであることだけを考えていたはずなのに、当の真夢本人が幸せじゃなかったと言っているのだから。
きっともっと早くに機会があれば真夢は同じことを言っただろう。そうすればもっと早くに真理も娘の本音に気づくことが出来ていたかもしれない。
真夢は何度も話そうとしていたのだろうか。会話をするとすぐにケンカになってしまい、今まではとても本音を言える状況ではなかった。それでも自分の本音を話そうとしていたのだろうか。そんな状況に娘を追い込んでしまっていたのは自分だろうか。彼女は今までのことを思い返しながら考えた。
「行ってあげないのかい?」
チケットを手にしたまま考え込んでいる真理にそう声をかけたのは彼女の母、真夢の祖母だった。真理は何も答えなかった。
「行っておやりよ。真夢ちゃん、毎日そのチケットを見て溜息ついてたんだよ。アンタに来て欲しいんだよ。行って、応援しておやりよ」
真夢の祖母はそう言って真理を促した。
「……ねえ、お母さん……私が間違っていたのかしら」
「なんだい、藪から棒に。何の話だい?」
真理は娘との会話を母に話した。
「真夢に言われちゃったのよ。昔と言ってることが違うって。自分にウソを言っていたのかって」
「なんだかよくわからないね。真夢ちゃんは何が昔と違うって言ってたんだい?」
「私は、私はいつだって真夢の味方よってあのコに言い続けてきたわ。でもあのコがI−1を辞めた時、あのコなりの理由があることも聞かず私は責めたわ。困っている人を見捨てちゃダメよって言って育ててきたけど、クビになる友達のことなんてどうでもいいと言ったわ。真夢がI−1にいてくれさえすればいいって、そう言った。あのコにしてみればそれは違うだろうって思うわよね。私は自分の気持ちを押し付けてるだけだって、そう言われたわ」
「それはまあ、そうだろうねぇ。私も真夢ちゃんの言うとおりだと思うよ」
「あのコはI−1にいた時は楽しかったけれど幸せじゃなかったって言ったわ。やっと今自分の居場所を見つけられた気がするって、そう言ってた。でも私は真夢にとってI−1にいることが一番だって思っていたのよ。そのために色々してきたし犠牲にもしてきたけど、それも総ては真夢のためなんだって、私はそう思っていたのよ。そう思っていたから何があっても我慢できたのよ。だからこそあのコのしたことが許せなかった。アナタの為にしているのにどうしてわかってくれないのって、どうして私を裏切るような真似をするのって、そう思っていたわ。でも、確かにそれは私の気持ちであって真夢の気持ちではないわよね。今頃になってそんな簡単なことに気づくなんて……私はずっと、ただあのコを苦しめていただけだったのかしら……」
「そりゃあアンタ、大人の思う幸せが子供にとっての幸せだとは限らないじゃないの。親のして欲しいことと子供のしたいことも別だし、親の夢と子供の夢だって別じゃないかい?」
「そうよね……私はいつの間にか、真夢も私と同じ気持ちだって思い込んでいたのかしら。あのコをお金儲けの道具にしようなんて思ってもいなかったけど、あのコからすればそういう風に見えていたのかもしれないわね。間違っていたのは私の方だったのかもしれない……もっと早くに、もっとキチンとあのコと話し合っておけばよかった……」
「そう思うなら、今からでも見に行っておやりよ。アンタの姿を見たら真夢ちゃんきっと喜ぶから。今からでも遅くはないんじゃないかい?」
母にそう促された真理は、考え込みながらもう一度手にしているチケットをジッと見つめた。
会場入りしたウェイクアップガールズの7人は、やはり何人かが緊張の色を隠せないでいた。控え室へと向かう道すがら、ソワソワと落ち着きのない片山実波、必死に気合を入れて自分を奮い立たせようとする林田藍里、何事かをブツブツと呟きながら自己暗示をかけようと試みる岡本未夕。一見平常を装っているように見える久海菜々美と菊間夏夜も、よく見ると手や膝が小刻みに震えていた。
「もう、みんな今からそんなに緊張してどうするの? もっとリラックスしようよ」
リーダーの七瀬佳乃は苦笑しつつもみんなの緊張をほぐそうとしたが、菜々美が言い返した。
「わかってるけどさぁ、戦いはもう始まってるんだよ。緊張するなって言われても無理だよ」
「それはそうだけど……」
困ったなぁと思いながら佳乃が控え室のドアノブに手をかけドアを開けた瞬間、佳乃の目に異様な光景が飛び込んできた。彼女は何も言わず物凄い勢いでドアをもう一度閉めた。驚いたのは他の6人だ。
「な、何? どうしたの、よっぴー?」
「控え室に何かいたの?」
周りを囲んで佳乃に何事かと尋ねる真夢たちだったが、佳乃は口をパクパクしながらドアを指差すだけだった。
「もしかして、変質者がいたとか?」
実波がそう言ったその時、彼女たちの目の前のドアがギイッという音を立ててゆっくりと開いた。控え室から出てきたのは鬼の様な面を付け蓑笠を身にまとった3人の人影。それを見た瞬間、彼女たちは軽く悲鳴を上げ身体を硬直させた。と同時に佳乃が何に驚いたのかを即座に理解した。
蓑笠姿の3人組は彼女たちには見向きもせず、黙ってゆっくりと廊下を歩いて行った。
「……ビックリしたぁ……ホントにビックリしたよ。ドアを開けたらいきなり目の前にいるんだもん。心臓止まるかと思った」
ようやく気を取り直した佳乃が、手で胸を押さえ大きく深呼吸をしてからそう言った。
「あれ、もしかして?」
「うん。たぶんあれが、男鹿なまはげーずだと思う」
「凄い威圧感でしたね。やっぱインパクト強いですよぅ」
実際目の当たりにしてみると、なまはげーずのインパクトの強さは想像以上だった。ウェイクアップガールズの7人は、本番が始まる前にいきなり出会いがしらの一発を浴びる形となってしまった。
リハーサルが始まると参加ユニットが次々と順番にステージに立ち、歌い踊りそれぞれにスタッフと入念な打ち合わせをしていく。もちろんフルコーラス歌ってのリハーサルではないが、その力量の一端はその時点で垣間見ることができる。誰もが今日この場で自分たちのベストパフォーマンスを発揮しようと全力を尽くしていた。その必死さ、想像以上のレベルの高さに佳乃たち7人は圧倒され気味になっていた。
「やっぱりなまはげーずだけが特別じゃなかったね。他のユニットも凄いよ。みんな上手いし可愛いし」
夏夜のこの言葉が総てだった。だが夏夜はこう付け加えることを忘れなかった。私たちも負けられないね、と。
最初こそ場の雰囲気と他ユニットの力量に圧倒されたウェイクアップガールズだったが、夏夜の一言で目が覚めたのか徐々に平常心を取り戻し、万全なリハーサルを経ていよいよ本番を迎えることとなった。
会場であるI−1仙台シアターのボルテージは、開演を待ちきれないファンたちによって既に最高潮に達しようとしていた。既に客席では様々な色のサイリウムが揺れ始め、それぞれのアイドルユニットのファンたちが声よ届けとばかりに喉が張り裂けんばかりの声援を送っていた。
参加ユニット全員がステージに立ち、I−1クラブ総帥である白木徹のVTRによる開会宣言が始まった時、ファンの声援と熱気は頂点へと達した。
「みなさん、こんにちわ。I−1クラブゼネラルマネージャーの白木徹です。いよいよアイドルの祭典東北ブロック予選の日がやってまいりました。青森、秋田、岩手、宮城、山形、福島。この6県から選ばれた10組のアイドルユニットが、今日ここI−1仙台シアターで雌雄を決するわけです。東京での本選に進むことができるのはたった1組。狭き門ですが、今日ここに集まった総てのアイドルたちに、どうか惜しみのない拍手と応援をお願いします。ここに、アイドルの祭典東北ブロック予選の開会を宣言します」
白木の開会宣言と同時に会場内には割れんばかりの拍手と歓声が起こり、壁や床が震え建物が揺れているのではないかと思われるほどの興奮状態に陥っていた。会場に詰め掛けたローカルアイドルのファンたちにとって、アイドルの祭典というビッグイベントは自分たちが応援するアイドルたちの年に一度の晴れ舞台だ。しかも予選を突破して本選で優勝すれば、一年間限定とはいえI−1クラブの公式ライバルとして全面的なバックアップを得られる。それぞれのユニットに自らの想いを投影させて応援する彼らが、その溢れる熱い想いをここぞとばかりにぶつけ爆発するのも無理はないだろう。
真夢はステージ上で他のメンバー達と並んで開会宣言を聞きながら、その目はある1点を見つめていた。彼女が母のために手に入れた席の場所だ。だがそこは未だに空席のままだった。
だが真夢はもう気持ちを切り替えていた。ここまで来たら他のことなど考えている場合じゃない。今はとにかく最高のステージにすること、自分たちの総てを出し切って予選を突破することしか彼女の頭にはなかった。母とのことはあくまで個人的なことなのだから。感情の切り替えの上手さ、これもまたアイドルにとって大事なものの1つだ。
アイドルの祭典東北ブロック予選の当日、早坂は仕事で仙台にはいなかった。だが仕事をしながらもその事が頭から離れることはなく、時々時計をチラッと見ては(まだか)(そろそろだな)などと考えていた。
実は早坂はこの予選に関してはあまり心配はしていなかった。もちろん10組の出場ユニットの中で勝ち抜けるのは1組だけなのだから厳しいことは重々承知しているのだが、彼は自分が提供した曲『極上スマイル』に自信を持っていたし、それを歌う少女たちの実力にも自信を持っていた。
むしろ早坂の目はもう既に先を見据えていた。本選でどう戦うかだ。油断と取られるかもしれないが、負ければそこで終わりなのだから先を見据えるのが彼の立場であり役割だ。
早坂はこの予選に出るユニットが発表されてから、他の9組のユニットのライブ映像などを八方手を尽くして入手し自らチェックしていた。
1番人気の『クレッセント・ムーン』は、なるほどと思わず唸らされるさすがの実力だった。『男鹿なまはげーず』のインパクトの強烈さは印象的だった。他の7組の実力もかなりレベルが高く、とても簡単に勝てる相手などではなかったが、それでも彼は自らが手がけたユニットと楽曲に自信を持っていた。緊張して実力を発揮できなかったなどという事態にならない限り予選は勝ち抜ける。そう見ていた。それよりも別のところに早坂の悩みはあった。
(予選と同じく『極上スマイル』で挑むか、それとも……)
早坂は当然他のブロックのアイドルユニットもチェックしている。本選出場を決めているユニットはもちろん、まだこれからのブロックでも有力と目されているユニットの情報や映像を入手していた。それらを分析した結果早坂はこう考えていた。予選は突破できるだろう、けれど本選ではどうだろう、と。
早坂はもうだいぶ前からある誘惑にかられて悩み続けていた。ウェイクアップガールズが物凄い勢いで力をつけ上達していくのを目の当たりにしてからずっと悩み続けている誘惑。それは本選でさらにレベルの高い新曲を投入するか否かというものだった。
(彼女たちには本選を突破するだけの実力は既に備わっている。けれど絶対ではないし予選ほどの自信は持てない。やはり全国から選ばれてくるアイドルは一味違うし実力も備わっている。より優勝の確立を高めるために、更にI−1の公式ライバルとして1年間活動するかもしれないことを考えたらもっと高いレベルの曲を投入するのはアリだ。しかしそれを練習する時間が足りるのか……もし逆効果になったら……)
初めてその考えが頭に浮かんだ時から、彼は密かに新曲の製作に没頭していた。他の仕事の空き時間や移動時間やプライベートな時間、とにかく可能な限りの時間を費やして作曲に専念した。
曲は完成した。その出来は自身でも納得がいくものであり、『極上スマイル』を遥かに超える出来の曲だと自負できるものだった。彼の現時点での最高傑作だと言っても過言ではないと思うほどの曲だった。
新曲は曲自体も振り付けも相当な高難度になっていた。もちろん意図してそうしたのだ。当然習得するのに『極上スマイル』以上の時間がかかるだろう。そんな難しい曲だからこそ本選では大きな武器になる。しかしもしも時間が足りなくなって結局同じ曲で挑む羽目になるくらいなら最初からやらない方が良いに決まっている。それならば『極上スマイル』をより熟成させて挑ませた方が遥かにマシだ。
本選での優勝をより確実にしたいという点、さらにはその先、つまりI−1の公式ライバルとして1年間活動することを見据えた時、彼女たちのまだ隠れているポテンシャルを今の時点でもっと引き出したいという気持ちは強かった。それができれば今後の彼女たちにとって大きなメリットになる。より高いレベルに踏み込めればメジャーデビューを成功に導く可能性も高まる。
本人たちには決して言わないが、ウェイクアップガールズは早坂の可愛い教え子だ。成功させてやりたいし成功の確率を高める努力はしてやりたい。そのためにより難しいチャレンジをあえてやらせてみたい。しかしそのリスクを犯すタイミングが果たして今でいいのか。彼女たちにとってよりベストな選択は何なのか。彼はずっとその判断に迷っていた。
彼女たちにまだまだ秘めた可能性を感じていると同時に、いまや彼女たちのファンとなってしまった早坂だからこそ判断が下せない。冷静な判断を下すことに私的な感情が邪魔をする。常識で考えれば自分の考えていることが無謀に近いことは彼にもわかっている。それでも今の彼女たちならできるのではないか、やらせてみたい、それを見届けてみたい、見てみたい。そんな誘惑が彼の心を捕らえて放さない。
その感情はファンの持つ感情であってプロデューサーのそれではない。それもわかっているその上で、それでも彼女たちがこの新曲を歌い踊るところを見てみたかった。しかしそれをやるのは今なのか? いやしかしアイドルの祭典で優勝できなければこの新曲もいつ披露できるかわからないのではないか? そうなればせっかくの新曲も日の目を見ないことも有り得るのではないか? ならばやはりここで勝負を賭けるべきか……いや、しかしそれは自己満足に過ぎないのじゃないか……結局彼の考えは堂々巡りで結論が出なかった。
I−1クラブ総帥の白木徹も所用で仙台にはいなかった。しかし彼もまた東北ブロック予選のことが頭から離れてはいなかった。
公の立場からすれば総てのアイドルユニットに対して同様に注目している彼だが、個人的に注目するポイントはただ一つ。島田真夢がいるウェイクアップガールズが予選を突破するか否か、それだけだ。
彼は仕事で地方に行くたびに地元のローカルアイドルを細かくチェックしている。彼女たちから何かヒントを得られれば積極的に採用していくし、I−1に刺激を与える役割を担わせるために利用することだってある。天下のI−1がそんなことをしなくてもという意見もあるが、白木から言わせれば自分たちに挑んでくる者たちからこそヒントは得られるのだ。王者の立場からではなく挑戦者の立場からでないと発想できないことが確かにある。どれほど小さなヒントでも、それがたとえほんの僅かでもI−1クラブにとってプラスとなるのなら取り入れる。そうやって彼はI−1を成長させてきた。
そんな彼だからローカルアイドルに関しては誰よりも詳しいと言っても過言ではない。今回のアイドルの祭典に参加するユニットも、そのほとんどを彼は自らの目で見たことがあった。特に実績・力量が上位と目されているユニットのライブは総て見ていた。
その彼の目から見ても東北ブロックは激戦区だった。贔屓目を抜きにして上位3組、『クレッセント・ムーン』『男鹿なまはげーず』『ウェイクアップガールズ』の実力差はほとんどないと言っていい。ただ、だからこそ人気投票の結果がそのまま直結することも充分考えられる。力が拮抗しているということは、一度差がついてしまうと大逆転が生まれにくいということにもなるからだ。
(さて、ウェイクアップガールズはどうなるかな)
もちろん白木が裏で手を回して……などということは有り得ない。そんなことをしようとも彼は思わない。それで勝ち進んだところで、いずれボロが出るに決まっている。無理に創り上げられたアイドルなどに彼は何の興味もない。彼が興味があるのは本当の実力を持った者だけだ。
ここで予選落ちしたのならウェイクアップガールズの実力がその程度だったという、ただそれだけのこと。力が無くて負けるのは当たり前で、それはそれで仕方の無いことだ。実力の無い者が生き残っていけないのは、どこの世界でも同じなのだから。
ステージに立つ時間が刻一刻と迫り、ウェイクアップガールズの少女たちの中に改めて緊張感が漂い始めていた。だが予選開始当初のそれとは異なり、今の緊張感は彼女たちにとって心地よいものになっている。程よい緊張感というヤツだ。彼女たちの精神状態は最高のレベルにまで達しつつあった。
彼女たちの出番は10組のうちの10番目。つまり大トリだ。既に7組のアイドルユニットがステージを終えており、『クレッセント・ムーン』も『男鹿なまはげーず』もそれぞれ全力のパフォーマンスを終えていた。
少女たちは他のアイドルユニットのステージを控え室のモニターで見ていた。しゃがみながらモニターを食い入るように見つめている夏夜・未夕・藍里・実波・菜々美。その後ろで真夢と佳乃が並んで立って8組目のアイドルユニットのステージを見ていた。どのユニットもこのチャンスを何としてでも掴んでやるという気合と気迫に満ちていて、そのステージはどれも実に見応えのあるものばかりだった。
その中でもやはり『クレッセント・ムーン』と『男鹿なまはげーず』のステージ・パフォーマンスは圧巻で、彼女たちが客観的に見ても流石と言わざるを得ない見事なものだった。きっとこの日のために血のにじむような努力をしてきたのだろう、だからこそなんとしてもチャンスを掴もうとしているのだろうと全員が思った。それは見ているだけで伝わってきた。
だが彼女たちにも自分たちなりの負けられない理由がある。簡単に諦めるわけにはいかない夢がある。誰にも負けないほどレッスンを積み重ねてきた自負がある。活動を経ることで得た自信もある。他の人たちのパフォーマンスを見てビビッてなどいられなかった。
「ねえ、まゆしぃ」
ふいに佳乃が隣りの真夢に話しかけた。
「なに?」
「あのさ、I−1でのデビューライブって、どんなだったの?」
尋ねられた真夢は当時のことを思い出しながら答えた。
「デビューライブはI−1シアターのこけら落としだったよ。デビューしてから時間が経ってて人気も出てきてたから初回公演は満員だったかな。でも夢中だったから、何があってどうしたとかあんまり覚えてないんだよね。スポットライトが凄く眩しくて熱く感じたのだけは覚えてるけど」
「東京のI−1シアターって300人くらい入るんだっけ?」
「うん」
「もしさ……あの時予定通りのデビューライブが出来ていたら、そしたらどれくらいお客さん来てくれてたかな?」
「うーん……わからないけど、ちゃんとCDを発売して、ライブの日にちも告知して、いろんな人に声かけたりすれば……少なくとも10人ってことはないと思うけど」
2人の脳裏にはある光景が思い浮かんでいた。雪が舞い寒風の吹く中アンダースコートすら無く、急遽飛び入り同然の形でイベントに参加し、わずか10人ほどの観客の前で歌とダンスを披露した匂当台公園でのデビューライブ。忘れようにも忘れられるわけがなかった。
「MACANAで初めてライブした時が30人くらいだったし、それぐらいだったかな?」
「かもしれないね」
「……匂当台公園でデビューライブした時は、一年も経たないうちにこんな大きなステージに立てるようになるなんて想像もしてなかったよ」
佳乃は少し感慨深げにそう言った。
「……私ね、今だから言えるけど、最初はずっと後悔っていうか、やっぱりモデルを続けてた方がよかったかなって思ってたんだ。リーダーとかやったことなかったし、活動自体もなかなか思うようにいかなかったし、おまけに社長は夜逃げしちゃうし」
佳乃はこれまでのことを思い出しながらそう言った。それを聞いて、前でしゃがみながらモニターを見ていた菜々美が会話に加わった。
「それを言うなら私も同じようなものかな。最初はずっと光塚に行けば良かったって後悔してたし、最近までウェイクアップガールズと光塚のどっちにするかずっと悩んでたんだし」
「ななみん、最初は文句ばっかり言ってたもんね」
菜々美の隣りで話を聞いていた実波が、笑いながらそう言って会話に加わった。
「そうそう。何をするにも文句言ってね」
「あれが気に入らない、これがイヤだって、凄かったよねぇ」
「ねー」
佳乃と真夢と実波の3人が、口々にそう言って菜々美をからかった。
「えーっ!? そんなオーバーに言わないでよ。だって、そりゃああんな状態じゃ文句だって言いたくなるでしょ? みんなだって心の中では後悔してたんじゃないの?」
自分が悪者にされそうだったので、菜々美は少し必死になって弁解をした。助け舟を出したのは夏夜だった。
「まあ、みんな最初は後悔っていうか迷ってたっていうか悩んだんじゃない? アタシも正直最初は色々考えちゃってたし。だってホントに最初のうちはヒドかったじゃん。アタシたちだけじゃなくて、地方アイドルって最初はみんなそうなんだと思うけどさぁ」
その色々を知っているのは真夢だけだった。彼女は合宿の夜に夏夜本人から話を聞いている。もちろんあれが総てではないにしても、あらたまってみんなに話すことでもないので、それは真夢と夏夜だけの秘密のようになっている。
「私も一度は辞めようと思ったし……でも、今思うとやっぱり辞めなくてよかったよ。あの時辞めてたら、今ここにはいなかったんだもんね」
みんなには感謝してるんだと、一度アイドルを諦めようとした藍里が言った。それは彼女の本心だった。彼女は早坂から辞めろと言われた時に、未練たっぷりではあったが本気で辞める決心をしていたのだ。
あの時みんなが早坂から、藍里を辞めさせるか全員クビか選べと迫られたと後から聞いた。それなのにみんなはクビを覚悟で自分を辞めさせない決断をしてくれた。その結果今がある。あの時もしみんなが違う選択をしていたら……そう考えると藍里からすれば、みんなにはどれほど感謝しても足りないほどだった。
「私は全然悩まなかったですよ? アイドルになるの、夢だったし、嬉しくて仕方なかったですもん。イヤなお仕事とかもあったけど、でも辞めようとかは思わなかったです」
他のメンバーたちとは違い、未夕は自分は全く悩まなかったと言い切った。彼女はアイドルオタクと呼ばれるほど知識が豊富で、おそらくメンバーの中で1番アイドルに憧れていた。ウェイクアップガールズ結成当初、誰よりも喜んでいたのは未夕だとみんな知っている。そんな彼女だから全く悩まなかったというのは頷ける話だなと全員が思った。ただ、そう言う割にはキツいレッスンなどで真っ先に音を上げるのはいつも未夕だったが。
「私も全然悩まなかったし迷わなかったけどなぁ。お仕事で美味しいもの食べられたりして、楽しくて仕方なかったけど」
そう能天気な口調で言ったのは実波だった。彼女の悩まなかったは未夕のそれとは全然意味合いが違う。
「あぁ……まぁ、みにゃみはそうだろうね」
夏夜が納得した顔でそう言った。彼女は当然実波と未夕の言っていることの違いを理解している。
「えー、なんで? なんで私だとそうだろうねってなるの?」
実波はそう言って夏夜に抗議した
「だって、みにゃみは悩みがないじゃん。頭の中は食べることだけでしょ? ホントうらやましい」
菜々美が半ば呆れたような口調でそう言うと、実波は慌てて反論した。
「そんなことないよぉ。私にだって悩みくらいあるもん!」
「じゃあ、何に悩んでるの? 今、何か悩んでることある?」
「それは、その……今日の夜は何を食べようかなぁ……とか……」
「……もういいよ、みにゃみ。もう何も言わなくていいから」
菜々美が掌をヒラヒラさせながら軽くあしらうようにそう言うと、実波は不満げにプーッと頬を膨らませた。そのやりとりが可笑しくて、少女たちの間に笑いが起きた。そう。実波はただ単に何も考えていないだけなのだ。けれどその天然さが彼女の魅力になっている。実波がユニットのムードメーカーだと認識されている所以だ。
「早坂さんがレッスンしてくれることになった時は驚いたけど、レッスン、キツかったよねぇ」
「アタシ、最初はアイツ、アタシたちをいじめて喜んでるのかと思ったよ。そういう趣味なのかって」
「ホントですよね。私レッスン中に何度も死ぬかもって思いましたもん」
「ははは。でもそのおかげでここまで来られたのかもしれないよね。私たち、早坂さんに鍛えられたと思うよ」
「鍛えられたっていうか、シゴかれたって言う方がピッタリだけどね」
菜々美が心底イヤそうな顔でそう言い、また笑いが起きた。
「あいちゃんは早坂さんのこと、どう思ってるの? まだ引きずってたりするの?」
何も考えていない実波が何気なくそう尋ねた。もしかしたら藍里は早坂に複雑な感情を抱いているのでは? と思ったからだが、それを場を考えずにストレートに聞いてしまうあたりが実波らしい。しかし聞かれた藍里はそれを明確に否定した。
「え? なんで? 別に何とも思ってないよ? そりゃあ最初はちょっと複雑だったけど、でも今はむしろ早坂さんに感謝してるよ」
「そうなの?」
少女たちは少し驚いた。藍里が早坂に感謝しているとは誰も思っていなかった。
「うん。だって今思うと早坂さん、本気で私を辞めさせるつもりはなかったんじゃないかなって思うし」
「そうかなぁ? アタシにはそうは思えないけど……」
夏夜がクビを捻りながらそう言った。
「私も早坂さんに直接聞いたわけじゃないけど、でもなんとなくそうじゃないかなっていう気がするの。あれは私に対する叱咤激励だったんじゃないかなって。あれからも私をみんなと同じに扱ってくれたしね。っていうより、みんな以上に厳しく指導してくれたおかげで何とか今こうしてやれているんじゃないかなって。私、みんなよりも全然下手っぴだから」
「まあね……確かに私情でどうこうっていうヤツじゃないけどね」
そう言いつつも早坂をヤツよばわりの夏夜だった。
「早坂さんっていえば、アイドルの祭典に出るっていうのもイキナリだったよね」
「そうそう。あいちゃんが戻ってきたと思ったら、これに出てもらいます(キリッ)だもんね。何を言い出すのコイツって思ったよ」
「かやたんはホント早坂さんには毒舌だね」
お互い毒舌だから仲が良いんだね。実波はそう言って笑った。夏夜の早坂に対する毒舌は変わらないが、最初の頃とは違って本気で言ってるのではなくなっていた。基本的にソリの合わないタイプのようだが、夏夜も彼女なりに早坂を認めるようになっていた。それも自分たちが成長できている実感があるからこそで、彼女も早坂のおかげで自分たちがレベルアップしていることはちゃんと自覚している。
「毎週仙台に来てレッスンしてくれるし、MACANAのライブとかも全部早坂さんが負担してくれてるんだもんね。あの人、あんな態度だけど相当私たちのことを評価してくれてるんだよね。そうじゃなきゃ出来ないことだよね」
佳乃が表情を引き締めて言った。それはみんなもうわかっていた。早坂は口も態度も悪いが、自分たちを本気で育てようとしてくれている。それはちゃんと伝わっていた。
「……たった一年なのに色々あったね。今はもう、みんな後悔してないの?」
真夢がみんなにそう尋ねると、真っ先に佳乃がキッパリと答えた。
「うん。私は今はアイドルやってて良かったって思ってるよ。モデルをやっていたらわからなかっただろうなって思えることがいっぱいあったし、出会えなかっただろうなって思うような人たちに出会えたし。悔しいことも悲しいこともあったけど、楽しいことや嬉しいこともいっぱいあった。今はもう、アイドルやってるのが楽しくて仕方ないんだ。だから、これからもずっとアイドルやってたいし、もっと色々な仕事もっと大きな仕事をしたいし、もっと大きなステージに立ちたいなって、そう思ってる。もちろんみんなと一緒にね」
その表情は佳乃が本気でそう思っていることを表していた。
「……よっぴーって、意外と野心家?」
真夢がそう言うと、佳乃は少し照れたような顔になった。
「そ……そうかなぁ?」
大きな困難を乗り越え、リーダーとしても1人の人間としても大きく成長した今の佳乃は、周囲が驚くほど積極的で能動的になっていた。もともと上昇志向の強い彼女だったが、かつてのそれは自分1人で駆け上がっていこうというものだった。だが今はそうではなく7人全員でという想いだ。考えがブレなくなり自信を持って行動できるようになっていた。それもみんなが想いを共有しているとわかったからで、だからこそ何をなすべきか自信を持って行動できる。リーダーとしてどうすればいいのか悩んでばかりだった佳乃はもういなかった。
「私も同じ気持ちだよ。私もウェイクアップガールズのみんなともっとずっと仕事したいって思ってる。あの時思い切ってこのユニットに入ってホントに良かったって思ってるよ」
真夢はそう言って佳乃の発言を肯定した。それを聞いて菜々美が冷静な顔でツッコミを入れた。
「ちょっと、リーダーもまゆしぃも、何だかこれで終わりみたいな感じになってるよ。ドラマの最終回みたい」
「って言うよりも、死亡フラグ、ですかね?」
未夕が続けてツッコミを入れた。
「死亡フラグって、みゅー……」
少女たちの間にまた笑みがこぼれた。ひとしきり笑った後はどの表情も引き締まり、まさにこれから戦いの場に赴く者の顔をしていた。
「もちろん予選は通過点でしかないけど、でも今日のステージが私たちにとって大きなチャンスであることに変わりはないよ。ここで勝ち抜けばI−1アリーナで決勝、そこで勝てばメジャーデビューなんだから」
「I−1の公式ライバルだなんて、一年前には考えもしてませんでしたよねぇ」
「でも、たった一年でアタシたちがここまで来れるくらいになれたのは事実だよ」
「うん。いっぱい練習したもんね。どこのユニットにも負けないくらい私たちだっていっぱい練習したよね」
「勝ちたいね。絶対勝ちたいよね」
「うん。勝ちたい。勝ってもっと上のレベルに昇って行きたい。もっと大きなステージに立ってみたい」
「いけるよ、私たちなら。自信持っていこうよ!」
7人の少女たちはお互いの想いが同じであることを再確認すると、顔を見つめ合い無言で力強く頷きあった。
9組目のユニットのステージが終わり、いよいよウェイクアップガールズの番がやってきた。7人の少女たちはステージ裏で円陣を組んでいた。
「みんな、準備はいい?」
佳乃がそう声をかけても誰も何も言わなかった。何も言わなくてもその目が訴えていた。当たり前のことを聞くなと、準備は万全だと、6人全員がそう目で語っていた。会場入りした時はみんな必要以上に緊張していてどうなることかと思ったが、これなら大丈夫そうだ。佳乃は心の中でホッとし、ニコリと笑った。
「このチャンス、絶対掴むよ!」
「おー!!」
「よーし、じゃあ、いくよ! いくぞ! がんばっぺ!」
「ウェイクアップガールズ!!!!!!」
掛け声とともに7人の少女たちは一列に並び、手を取り合ってステージへと一直線に駆けていった。その彼女たちを眩しいスポットライトと観衆の熱い声援が包んでゆく。
説明 | ||
またまた気がつけば1ヶ月近く間が空いてしまいました。だいぶ間隔が開いてしまいましたが、シリーズ20話、アニメ本編では10話にあたります。2話構成になってしまうと前回書きましたが、3回に分けることにしました。残りもなるべく早くアップしようと思ってはいますので長い目で見守っていただけると嬉しいです。 | ||
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