恋姫†無双 八咫烏と恋姫 4話 雑賀人、幽州にて舞い唄う
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恋姫†無双〜孫市伝〜

 

 

 

 

 

 

麗羽こと、袁紹の元を離れた孫市はどの方角に進んでいるのかも分からずに歩み続けた。

 

川を渡り、山を二、三越えると、太陽が右の方から昇っているのに気づいた。

即ち、自分の右手は東にある。つまり北に向かって歩いている、ということが分かった。路銀を用意してもらおうと考えていたが、曹操が来たために無一文で出ることになったのは迂闊だった。

 

山の中で野宿し、狩りをして飢えを凌いぎ、さらに北に向かう。町か、村でもあれば滞在しようと思うのだが山から見下ろしてもそれらしきものは見つからない。旅にこういう事は付き物だ。次は東に向かおうと思い、朝は陽を追いかけて夕は陽に背を向けて歩いた。

 

村を見つけた。あそこは面白くない、次は町を見つけた。ここも面白くはない、そう思い孫市はさらに足を進める。

 

これも一興として苦とも思わず、夜は山で満点に広がる空を見上げて歌う。

 

 

「・・・エイヤ、ヤコラサというて抱きやる・・・お声聞くさえ四肢が萎ゆる・・・いかに今宵は結ぼれて・・・」

 

 

焚火に身を寄せて、孫市の身体は萎れるように地に伏した。辺りを樹木に囲まれ、その隙間から獣の眼が闇に光っている。

 

(わしを喰らうか)

 

視線を動かすと、焚火にくべる枯れ木を齧る駄馬が目に入った。

呑気な馬だ。耳も悪ければ目も悪いと見えるが、縛られるのは嫌いなのだろう。背に積んである火薬が、焚火で引火しない様に木に繋いでいたのだが、解いているのだ。この馬は生まれてくる身体を間違えたのだろう。暫くは馬を眺めていたが、まどろみに身を任せ、孫市は眠りに落ちた。

 

目が覚めると生きているのかと手足を動かし確認する。火は消えて炭だけが残っていた。朝日を全身に浴びながら炭に土をかけ、今日中に山を下りようと考えた。別に急ぐ必要はない、孤独の旅だ。孫市は、野垂れ死にするのも悪くはないと思っている。獣に肉を食べられ、虫にカスを食べられ、骨となり風に吹かれてカラカラと音を奏でるのも良い。

 

「来い」

 

近くの駄馬を手招きすると、彼は素直に孫市に近づいて手綱を握らせる。自由にしてくれた恩を感じているのだろうか、孫市は馬の心は読めないがなんとなく、なんとなくだが自分を主と認めてくれていると感じていた。

 

手綱を引き、杉林を抜ける。大きな一本杉の下に来ると整備された山道を見つけた。この道を通って麓に出れば村か、町には着くだろう。小石を蹴りながら道をまっすぐに進み、麓に近づくにつれて落ちている小石の数が増えてきた。何度小石が代わったか、孫市はやっとの思いで麓に到着した。

その前を、山の山頂から流れる川があり、透き通る水の中で魚が泳いでいる。その端と端に乗せるように木の橋が建てられている。ギシギシと音を立てて彼らは渡り、その先に田畑や小さな家、その向こうに高い壁がある、町だろう。孫市は喜ぶというより、旅はもう終わりか、という風に溜息をついた。

 

半里歩き、田畑の間に作られた道を通って孫市とその馬は町の入口で足を止めた。

その目の前に門があり、二人の門番が孫市たちを見る。変な奴が来たな、と門番は思った。孫市は門を通らず、そこから見える町を観察していた。商業施設が多い。商人が多く、賑わいを見せている。この町なら楽しめそうだ。孫市と馬は門を潜った。

 

「止まれ」

 

早速門番に止められる。

 

「物騒な物を持っているな。町で騒ぎは起こすなよ」

 

孫市の持っている大身の朱槍のことを言っているのだろう。孫市は旅の武芸者と身分を名乗り、騒ぎを起こさないから安心しろと門番に言った。門番は孫市の抱いた不信感を拭えずにいたが、旅塵のついた真赤な羽織と袴、ぼさぼさの髪を見て山を越えてきたのだろうと思うと同情の念が沸き上がり、安い宿を紹介した。孫市は町に入ると金を得るために朱槍と剣を売り払ってしまい、この町から海が近いことを知ると釣竿と木で組んだ籠を購入した。魚でも釣り上げて小銭でも稼ごうと考えてのだろう。

 

「おい親爺」

 

と孫市は餌に使う肉を購入しながら道具屋の店主に声をかけた。

 

「この地はなんて名だ?」

 

親爺は孫市に不信感を抱きながら、ここは幽州の遼西郡と答えた。

 

「ここから北は鮮卑の地、死にたいなら止めはせんぞ」

 

鮮卑とはこの地の北に住んでいる遊牧騎馬民族である。長い間争いが続いているらしい。

領土争いか、やはりこの町に来て正解だったと孫市は内心思った。釣竿を手に、門番に教えられた安い宿に向かった。

 

入って早々に料金相応の部屋と思った。藁を敷いたような床に、壁は土を固めたものだ。しかも所々が崩れていて横風が入ってくる。孫市は鉄砲などが入った風呂敷を置き、馬を宿先に繋ぐと海に向かった。歩いて一刻ほどで海には着く。

 

孫市の時代の紀州漁師は日ノ本一と言われるほど釣り上手であり、黒潮に乗ってくる美味い魚と共によく知られていた。孫市もその技術は語れるぐらいには知っていた。釣針を石で叩いて引っ掛かりやすいように形を変え、岬の先端の方に向かう。潮風が羽織を揺らし、孫市の空胃袋を刺激する。ざぶっと波が跳ねて足下にかかる。

 

「何でもいいから食いたいのう」

 

釣糸をたらし、孫市は魚を待つためか、寝転がり掛かるの待つ。

孫市のこれを雑賀の者はずぼら釣りと呼んでいた。釣りの最中に本当に寝てしまうのだが、魚が掛かると悠然と起き上がって釣り上げ、なますに切って食らうのである。だが今回はその場で食らうのではなく、籠に入れて町に持ち帰って宿にて調理してもらった。

 

次の日になると陽が昇る前に出向き、地元の漁師が驚くほど釣り上げるとそれを市場に売り払う。

 

「タコが食べたいのう」

 

孫市は暫くそのような生活を送り続けた。

ある釣りを終えた日、旅の芸人が町に来ているという噂を聞きつけ、孫市は人だかりが出来ている場所に向かった。

 

「なんじゃ?」

 

何をしているのだろう、人間一人がやっと入れるほどの木箱を立てて、箱を挟むように少女が立っている。

 

「さあ、お立合いお立合い。ここに御座いますは何の変哲もない、ただの箱。人間一人がやっと入れるだけの大きさ」

 

桃色で長髪の少女が、その髪の色と同じような服を着て身振り手振りしながら箱を開け始めた。中には何も無い、孫市は何をするのか静かに見ていた。

 

「はーい。中は誰もいませんよお」

 

何か変わった芸をするのだろう。孫市は隣で同じように見ている少年に負けないほど、子供のように笑いながら二人と木箱を見ている。

 

「ご覧のように中は空っぽで種も仕掛けもございません」

 

もう一人の眼鏡をかけた少女が説明した。隣の少女と似た服を着ているがこちらは薄い緑だ。

孫市は本当に種も仕掛けも無いのか、箱の中を食い入るように見るが何かあるという風には見えない。この後に何が起こるのか本当に予想できずにいた。

 

「ところが、こうして扉を閉めて」

 

扉を閉めながら桃色の髪の少女が言う姿を孫市は怪しい所が無いか見ていた。傍から見ても楽しそうにしているのが分かる。

 

「それ、イーアルサー」

 

と数を数えて、

 

「じゃーん」

 

と二人が声を揃えて言った。するとどういう事だろうか。箱の中からは可愛げのある少女が飛び出してきた。孫市は息をする事さえ忘れて彼女を見ていた。

 

なんで彼女が箱から出てきた。あの中には誰もいなかったはずだ。二人が何かして、種も仕掛けもないのだろう。狸に化かされたか、このおなごたちは何者なんだ。

 

頭の中で色々と交錯して孫市は軽い混乱状態に陥っており、彼女たちのおひねりを求める声を聞き逃してしまった。最も孫市が正常な状態であればおひねりをばら撒いていたかもしれない。

 

(奇妙なことじゃな・・・)

 

これほどの芸は生まれてこのかた拝んだことが無い、それも自分よりも若い娘たちがだ。孫市の眼には三人が菩薩に見え始めようとしていた。その肩に羽衣が見えそうになりかけたあたりで、今度は歌が始まった。しかし孫市にとっては普通の歌ではなかった。三人の演奏する、琵琶、二胡、太鼓の聞いたことのない曲調と染み渡るような声で孫市は再び、何者なんだこのおなごらは、と目が限界まで見開き、顎が外れたように口が開いている。ここで呼吸を忘れていることに気づき、少し気を取り直した。

 

孫市は茫然と立ち尽くすように三人を見ていた。周りの客たちが飽きたり、もう陽が沈むからと各々に帰るのだが孫市だけはその場にただ一人残っていた。

歌が終わると孫市は今日の売り上げを籠の中に、無意識の内に入れていた。金銭には変えられないものを味わった。金を払うだけでは満足できない素晴らしいものを鑑賞できた。

 

「あの・・・」

 

気が付くと眼の前に桃色の髪の少女が立っていた。おっとりとしていて、何処か頬っておけないこの少女が自分に話しかけているのがわかると、孫市はどうしたと訊いた。

 

「ありがとうございます。最後まで聞いてくれて、私たち数え役萬・しすたぁずっていいます。私が長女の張角こと天和、あっちの髪を結んでいるのが」

 

と言って天和が指差した頭の後ろで髪を結んでいる少女が自分の名を名乗った。

 

「張宝こと地和だよ。ありがとう、お兄さん」

 

元気の良さそうな子だな、と孫市は一声聞いて思った。地和が名乗ると最後に眼鏡をかけた少女が小さな声で名乗った。

 

「張梁、人和って呼んで」

 

変わってこちらは落ち着いてる子だな。だが不思議な雰囲気があると孫市は思った。

彼女たちは名前から分かる通り、姉妹だ。名乗った順番に上である。

孫市にとっては、あっという間の間に色々なことがありすぎて、暫く無言で立ち尽くしていたが自分も名乗らなくては失礼だと気づいて名を言う。

 

「わしはここで漁師をしておる者で、本姓は鈴木、名は重秀。世間に広く通りし名は孫市じゃ」

 

自分が漁師と名乗る必要は無かったと後々に気づくのだが、自分がこの町で暮らしている内に心が漁師一色に染まっていた。

 

名乗ってから、彼女たちが何者なのか聞いてみた。三人はただの旅芸人で色々な町に行っては芸を披露して食いつないでいると答えたが、孫市が聞きたかったのはそうではなかった。

 

「張宝じゃったか?」

 

「地和って呼んで」

 

「ち、地和は、どうやって箱から? いつじゃ」

 

どうやら孫市の慌てっぷりが面白かったのか三人は腹を抱えて笑い出した。孫市にとっては真剣に聞いているので笑うとは何事だ、と言うと三人は軽く謝って事の真相を簡潔に説明してくれた。

 

彼女たちは妖術使いで、先ほどの芸は妖術を使って箱の中に入ったとさも当然のように言うのである。孫市は酷く混乱した。決して三人が冗談を言っているようには見えないがにわかには信じがたいことである。三人が妖術使いということを無理矢理自分に分からせる、十分に納得した訳ではないが話が長引いて彼女たちを留めては悪いと思ったのが大きい。今度は歌についてのことになった。

 

「さっきの歌じゃが」

 

孫市の頭の中では、三人の声と演奏の音が今もまだ残っている。

この孫市という男は芸術や文化というものには無関心であった。だが、歌と踊りは死ぬほど好きである。戦場では孫市が陣中で踊れば兵の士気は上がり、歌えばみなが合わせて歌いだす。それが孫市の歌だがこの三姉妹の歌は違う。聞くだけで心の底から喜という物が湧いて来る。楽しい、知らず知らずの内に口元が綻び一片の曇りもない笑みを作ってしまう。その通り、孫市の顔はとてもいい笑顔である。

 

「どうでしたでしょうか!?」

 

天和が孫市の手を取って聞いてきた。話を聞くと、自分たちの歌をちゃんと聞いてくれた人は初めてだと言うのだ。あの素晴らしい歌が、この地の者どもは頭が可笑しいと思える。なぜあの歌を最後まで聞かないのだ、と先ほどまでいた客たちに怒りが湧いてくるのを抑え、また明日ここで歌うというので孫市は暇ならば来ると伝えた。

 

「ありがとうね、おひねり。今日これで御馳走だね」

 

「地和姉さん。眼の前にいるのにそういう事は失礼だよ」

 

 

この三人とは名残惜しいが分かれた。また明日会えるのが楽しみである。彼女たちの歌をうろ覚えながら口ずさんで宿に足を向かわせていると眼鏡をかけた男性に声をかけられた。

 

「こんばんは」

 

「なんじゃい」

 

「私は干吉と申します」

 

なんだこの男は、と孫市は思った。

道でも聞かれるのかと思っていたら突然名を名乗ったので孫市が不信感を眼に浮かべると、干吉は怪しい者ではないので話だけでも聞いてほしいと言う。話だけならばと孫市が耳を傾けてやると、この男どうやらあの張三姉妹に妖術を教えた師である豪語する。

 

「その先生がわしに何の用じゃ」

 

「はい。実は私、彼女たちが旅芸人になると塾を飛び出した後、ちゃんと出来ているのか不安で追いかけていまして」

 

「追っかけじゃと・・・?」

 

追っかけは別に珍しくはない。孫市の時代にもそういった者はおり、著名な芸人を追って日本全国を回った者もいる。しかし、その男が自分に何の用なのだろうか。

 

「わしは鈴木重秀じゃ、話があるなら宿で聞くぞ」

 

「宜しいのですか? 実は宿に泊まる金もなくて困っていたのです」

 

「酒も飲もうかよ、わしに付いてまいれ」

 

あの三姉妹を育てた男ならば悪い者ではないだろうと考えてのことだ。

妖術を使うというだけで他の者は十分怪しがると思うが、そこが孫市の器の広さであった。そのまま宿に連れて行き、女将に大事な客が部屋に泊まるので至急酒を運んで来いと駄賃を渡した。この宿は町に来た初日に門番に教えられた宿である、もう格が上の宿に泊まれる金は持っているが横風が心地よいと、ずっと泊まっている。一階に三部屋が横に並び、二階には二部屋が廊下を隔てて用意されている。この一階の左の部屋が孫市の泊まっている部屋である。畳でいえば九畳ほど広さ、と言っても畳ではなく固めた土の上に藁を敷いたような部屋だ。その中央の小さな卓で一人で飲むのがこの部屋での過ごし方であった。だが、今晩は正面に座る干吉と酒を交わしている。

 

「私は徐州で小さな塾をやってまして」

 

この干吉は徐州で生まれてその山奥で塾を開いているらしく、あの三姉妹はそこの塾生だと孫市に説明した。その妖術というのが太平妖術というもので、近所の水辺で拾った妖術書から学んだらしい。

 

「まさに天啓でした。しかし、その書は二つに分かれているらしくもう一冊を探しているところなんです」

 

漆塗りの小さな盃を傾けて、干吉は腹の底から吐くように大きく一息ついた。美味しそうに飲む干吉に影響されてか、孫市も角の酒器を空けた。互いの酒器に酒を注ぎ、孫市はただ干吉の話に耳を傾けた。

 

「あの三姉妹は私が目を付けた中でも逸材。中でも次女の地和。おっと、張宝と言った方がわかりますか」

 

「いや、地和と呼べじゃと。真名ではないのか?」

 

「またですか。いや、彼女たちの悪い癖で」

 

干吉は酒が入った赤ら顔で、鏡面のように閑やかな酒を見詰める。まるで親が子を心配する口調で話し始めた。

 

「皆に好かれてもらうからには真名でなければいけないと、昔から語っていました。芸人になって歌で皆を笑顔にするのが夢と」

 

孫市はその形故、卓に置けない角の酒器を握って静かに聞いている。自分から話すことなく、相手である干吉の言葉を待つ。

 

「・・・私は彼女たちのそこが好きです。しかし私の教えた妖術をもう少し人々の為に役立てて欲しいとも思うんです」

 

まだ少し酒が少し入った盃を置き、干吉は寂しそうに言った。孫市は少し頷き、酒を口に入れる。その様子を見て干吉は、

 

「失礼、私ばかり話してしまって。騒がしいのはお嫌いでしたか」

 

とやや頭を下げながら言うのを孫市は肴にでもするように酒を飲んだ。そして少し間を空けて、やっと口を開いた。

 

「いや、騒がしいのは好きじゃ。たがのう干吉とやら、世は外見を見る限りでは平和じゃ。わしはこの地の朝廷とやらは知らん。もし腐敗してきているのなら世は今にでも乱れ、大きないくさが起き、心地よい眠りは訪れんじゃろ。じゃが、わしは騒がしいのは好きじゃ」

 

酒が入ったせいか、孫市はいつになく饒舌になった。

 

「確かに、朝廷内では政権争いが表沙汰になってきてはいます。貴方は・・・」

 

大乱を望まれるか、と言いかけた口を酒で塞いだ。

孫市の心底にはその望みが少なからずあるのではないのかと考えて、それを口にしたらどれほど恐ろしいことをこの男は申すか、と臆したのだ。

 

「そう思うだけじゃ。昔似た経験をしてのう」

 

孫市はそう思う理由を訊かれたと勝手に想像してそう言う。

 

「世が乱れれば立つ英雄が出てきます。そして、その者を導く八咫烏が」

 

孫市は八咫烏と聞くと見るからに不機嫌になった。ここでも八咫烏か、この国では八咫烏の予言が重宝されているのだろうか。正直言って孫市は予言や占いなどは信じるような質ではない。

 

窓と壁に空いた穴から差す満月の渋い明かりと卓の傍に立つ淡い灯が、この薄暗く湿った部屋に最低限の温かさを提供している。

 

孫市は目の前の男がどうも信用できなくなっていた。当たり障りのないような会話、顔は赤くなっているが身体がぶれようともしない。現に孫市は首が据わっていないのに対して干吉は酒器の中の酒が波さえ立てていない。この男は自分の正体に感づいているのではないのか、と仮に考えてみた。

 

「八咫烏が何処におるかご存知か」

 

「ええ、私は妖術師ですから」

 

「それはめれたいことじゃ。ならその者を朝廷にでも何にでも連れて行って天下でも取ってくりゃれ」

 

孫市は干吉をからかうように笑い、目を細めて干吉の表情を伺う。干吉は睨んだ通り只者ではない、酔いが回っているはずなのだが冷静な表情を浮かべている。この妖術師は今までの会話で嘘は一度も申していない、孫市と出会ったのも愛弟子を追いかけた偶然の産物に過ぎないのだが、これが彼の言う天啓の一種なのだろう。愛弟子以外の話となるとこの男は途端に本性を現してきた。

 

そもそも、この干吉は八咫烏を用いて天下をどうこうしたりする気は無い、あるのは自分の妖術と知識がどれほど後に来る乱世で役に立つか、そしてもう一冊の太平妖術の書を見つけてそこに書かれている秘密を知ることだ。この秘密というのは干吉自身よく分かっていないが、もう一冊の方には断片的に始皇帝の墓の秘密を知ることになる、と書かれている。そして孫市が八咫烏とは薄々気づいている。孫市の訛りはこの土地のどの地方にも当てはまらない。背の八咫烏が証拠かと言われればそれは違う、今や八咫烏と名乗る者は大陸全土いる。孫市は、この町で八咫烏を背負っている男としてちょっとした噂になってはいるがこの町は排他的な部分があり、ただの釣人として意に介されていなかった。

 

「いえ、それは八咫烏が選ぶことです。もし八咫烏が立てば私はその食客にでもなろうと思います」

 

「いずれはそやつも天下に名が知れるじゃろ。それまで首を長くして待っておれ」

 

「それまで私の可愛い弟子たちを見守っておきますよ」

 

「そういえばお主の妖術は何が出来るんじゃ? 雨を降らせたりは出来るのか?」

 

「そうですね。それもできますがあまり得意ではありません。私は病気などを治す術が得意ですね」

 

「ほぉ、便利なのだな。わしが病気になればお主に頼もうかの」

 

「その時、傍に居れば喜んで」

 

干吉はどこか含みのある笑みを浮かべた。孫市は口角を釣り上げて笑い、彼の盃に酒を注ぐ。

 

この干吉は策士、弁士である。孫市は淡々と話す彼の言葉を聞くとこの男、嘘はついていないが本心が遠い海の底に沈んでいる風に感じた。武を振るう者と舌を振るう者は相容れることは難しく、この場合もそれに当たる。なんとなくだが気に入らないのである。

 

「今日は泊まるのじゃろ?」

 

「ええ」

 

「じゃな」

 

二人ともそれを相手には見せない、目の前の男が自分を敵として見ていなければそれでいいだろうと互いに思い、心地よく回る酔いに身を任せて眠りについた。

 

 

翌朝、二人はほぼ同時に目を覚まして干吉は孫市に感謝を述べると宿を出て行った。孫市も魚釣りに行くために宿を出た。既に干吉は見当たらない、愛弟子の傍に向かったかと考えたが孫市は宿先の駄馬の首を軽く撫でて朝食を置いていくと海に出かけた。

 

孫市はいつもの場所で糸を垂らして寝転がって水平線の向こうを見ようとする。この海が紀州の海に続いていると思うと懐かしさが溢れ出してくる。それと同時に自分は何をするべきなのだろうと思う。昨晩の干吉は小さな野望を抱いている感じがした、自分も野望も抱くべきなのか、それとも雑賀衆を率いていた時のように傭兵として働くのか。

 

「仕官か」

 

まさかこの孫市がか。

 

麗羽の下にいたのはまだこの地に慣れていなかった為であり、麗羽に友人と接するようにしていたのは周知の事実であった。孫市の眼にかなう人物が何人いるのか。ふと、曹操の顔が浮かんだ。あの小娘にこの孫市が仕える、と思うと首を横に振った。

手を貸しても良いが仕える気は無いな、なら麗羽はどうだ。これは恩があるため、もう一度だけでも仕えるべきだろうかと孫市の侠気がそう考えさせるのだが、天下を得ることは無理だろうと答えをだした。他に誰がいるのだろうか、そう孫市が思っていると背後の森から誰かが近づいて来る気配を感じた。猟師だろうか、孫市が寝転がっていた身体を起こして首をそちらを振り向けた。

 

「あぁ・・・」

 

孫市は思わず声が漏れた。今まで考えていた思想が消し飛んだ、それ程までに美しく気高い雰囲気を感じた。青い髪に、頭に乗せた変わった被り物、真白の着物を着ているが官能的というべきか、裾の部分が無いといっても過言ではないほど短く、それを補うように白に履物を履いている。胸元はぱっくり開いておりたわわに実った胸を強調している。長い振袖を可憐に振り、見事な槍を手に下駄を鳴らしながら孫市に近づいて来る。

 

「そこの御仁、魚は釣れているか」

 

畳一畳離れた所で彼女は孫市に話しかけた。

 

「なかなか」

 

その女の声に品があると思うと、孫市はいつもの調子を取り戻して訛り強く答えた。

 

「その訛り、やはりこの辺の者ではなかったようだな」

 

「なんじゃい。それを聞くため話しかけたか?」

 

「いや、すまない。先日からお見かけてしていて、見慣れない顔でしたので」

 

首を回して顔だけ向ける孫市を、見ている女性の顔はとても整っている。孫市は堅唾を飲んだ。

 

「わしは漁師をしている鈴木重秀と申す者じゃ」

 

「これは痛み入る。私は趙雲、字は子龍。公孫賛殿の客将をしている」

 

「公孫賛?」

 

何処かで聞いたことがあると思い、思い返してみるとその名はこの辺を治める領主の名だと思い出した。そこの客将が自分に何の用だろうかと思いはしたが孫市は何事も無かったかのように海の方を向き直した。そこで、趙雲の名が頭の奥から浮かび上がってきた。

 

「趙雲?」

 

何処かで聞いたことがある、と曹操の名を聞いた時と同じような感覚に陥った。趙雲に会うのは初めてのはずだが、孫市はもう一度趙雲の方を振り返ってその顔をじっくりと眺めた。

 

「私の顔に何か付いているか」

 

「もしや常山の趙子龍?」

 

「おお、私の名も売れてきたな」

 

孫市がその名を聞いたのは町でだ。茶屋で一服している時に隣の席の二人組が噂していたのを少し聞いただけだが、それだけでも趙雲の武勇を褒め称える話だったのを覚えている。

 

「見たところ可憐なおなごにしか見えぬが」

 

「む、面と向かってそう言う事を言われると照れてしまうな」

 

この趙雲という女は見たところ、外見上の孫市と同じぐらいの年齢だろうか。改めてじっくり見ると本当に綺麗な女性である。気が強そうな所も良い。

 

「しかし私はただの可憐なおなごではない。こう見えても槍には自信があってだな」

 

「そうかそうか」

 

「信じてないな鈴木殿」

 

「なになに」

 

孫市は無邪気な笑みを浮かべて趙雲の足を見た。

 

そしては誰に言うのでもなく心の中で、見てみろあの足首を、と呟いた。履物によって直接は見れないが孫市の想像力は群を抜いている。履物に遮られていても、この男は想像力の中でその足首を作り、血を通わせ、皮膚のぬめりもほどこしも、手触りでさえわかる。その足首はまるで、きゅっ、と音を立てるように引き締まっており、これぞ観音であると孫市は感動した。そのまま視線を上に登らせて裾と履物―――現代にでいうニーソ―――の隙間にあるその腿はよく締まっているが固い脂肪や筋肉などではなく、指先で突くとその中にまで達していきそうである。流れるように視線を上げ、裾の隙間から何とか見えないものだろうかと思うが途方に終わり、上半身に移行していた。

 

帯で締められた腹部は何とも細く、孫市の大きな手で囲んでしまえるのではないのかと錯覚してしまう。しかし、その上に乗っかるように鎮座している乳房は孫市の手にちょうど収まる大きさだ。ここは大きすぎても小さすぎてもいかんと孫市は思っている。この手に収まる物が良いのである、孫市はこの辺りになると火に油を注いだように上機嫌になっていた。太陽のように明るい笑顔で今度は手を見る。白く綺麗で、指先はどこの皮が捲れている訳でもなく、爪は短く丁寧に切られている。とても槍を振るっているような手には見えなかった。作り物のような整った趙雲が一瞬奇妙に感じられたが、彼女は観音をその身に宿しているからこうも美しい姿なのだと考えた。彼女の瞳は大きく赤みを帯び、自分の意志という火が燃え上がっている。

 

観音は三十三相、三十三の姿がある。ならば観音の如き姿を持つ女が天下に三十三人いてもおかしくはない。この女はその観音の一人なのだ。

 

これは孫市が女の体を語る時の比喩である、神秘に富んだ女体を語り、味わうのは孫市の趣味といってもいい。身体の何処かの部位が観音の如き美しを持つものを見たことがなかった孫市は趙雲を下心丸出しで見るのではなく、芸術家が生涯描きえない名作を実現できた時の稀有の感激で見ていた。

 

「どこを見ておられる」

 

その視線にとっくに気づいていた趙雲は孫市を見下ろして少し目を細めて睨んだ。

 

「少々見惚れてしまってのう」

 

「中々の女たらしのようで」

 

趙雲の機嫌を損ねないように孫市は海の方を振り返り、釣糸に目をやる。趙雲はここで孫市の背に八咫烏が描かれていることに気づいた。その背も鳥が羽を広げたように大きく、よく鍛えこまれていると感じた。孫市がただの漁師などと最初から思ってはいなかったが、こうなると怪しさを感じ始める。

 

「お主は本当に漁師か?」

 

「そうよ」

 

「にしては良く鍛えられた身体ですな。それにその八咫烏、気取っていうようには見えませぬが」

 

「わしは目立つのが好きでな」

 

孫市は趙雲に尋問されている気がし始めた。見たところ頭も切れそうだ。

 

「嘘はいかぬぞ嘘は。腕の立つ御仁と見る、少し私と手合わせしてくれないだろうか鈴木殿」

 

「わしはおなごは殴らん」

 

「いや少し棒で突くだけだ」

 

「なおさらじゃ」

 

この後も何度か同じことが繰り返された。

趙雲がそう言う度に孫市は首を大袈裟に振って同じような理由を語る。時折掛かった魚を釣り上げては籠に入れ、趙雲は立って話すのに疲れたのか孫市の傍に腰を下ろした。そしてまだ戦ってくれと言う。孫市は、腕の立つものと刃を交わしたくなるのはのは武人の性だと語る趙雲の話に耳を傾けるだけになり、魚を釣るのももういいかと思い始めて糸を竿に巻き、町に戻ろうとすると趙雲が付いてきた。

 

「宿まで付いて来る気かのう」

 

「この臆病者。私とやるのが怖いのか」

 

「言うたなっ!」

 

孫市は侮辱されて跳ね上がった。趙雲は落ち着いている。

 

「おぉ、臆病者が跳んだ」

 

趙雲は可笑しそうに笑った。

 

「このわしに向かって臆病者とは」

 

「私の眼から見れば鈴木殿はただの漁師には見えませんな。手合わせを願う言葉を断っていたかと思うと、臆病者と罵れば跳びはねて怒る。腕に覚えのある旅の武芸者といったところ、年齢は私と同じぐらいだから何処かの将ではなさそうだ」

 

「そこまでしてこのわしとやりたいか」

 

「ああ」

 

これは困ったものだと孫市は暫く考えてしまった。

この趙雲という娘の腕が立つのは間違いない、先の馬超の例もあることだ。この娘も自分より強い者と考えていいだろう。ならばやり合って死ぬのは困る。何とか誤魔化せないものかと孫市は考えた。そして一つ思い出した。

 

「わしは用事があった」

 

「何の用事だ?」

 

「町に芸人が来ておってなぁ」

 

それを一緒に見に行かないかと孫市は言った。趙雲は釈然としなかったが孫市は戦いたくなかったので、ならばこれまで、と趙雲を無視して逃げるように走った。趙雲は思った、馬のように走る男だと、すねが車輪のように回転している。海道は今日も晴れている、趙雲は槍を担いでその後を追った。

 

 

町の者みな驚いた。速い。だだだだ、と砂埃をあげて眼の前を駆けていく。趙雲はもう豆粒になっていた。

 

「化物か」

 

と、老百姓、商人、警邏の兵も呆れた。回転している太腿が艶やかな赤銅色である、それを見てある者は嘲笑う。南の島にバカンスでも行ったかのような色だ、太腿だけ異様に色が濃い。田舎者の肌と言えばそうだが、紀伊熊野人特有の熊野肌という物だ。そのまま宿に入ると何事だと女将が慌てる、孫市は魚が入った籠をくれてやると自分の部屋に入った。

 

「戦闘狂いじゃ」

 

趙雲の顔を思う浮かべて言の葉を漏らすと、茶を持ってきた女将に自分を訪ねてきた者が居ても追い返してしまえと伝えた。

 

女の尻を追うのは好きな孫市であるが追われるのはむずがゆい、確かに趙雲は孫市も認める美貌の持ち主だがその観音の器に収まっている心が観音とは呼べるものではなかった。ここの領主の客とするのなら、また会うことになるかもしれない。その度に喧嘩を売られてはさすがの孫市も買いかねない。趙雲は人の心を見透かすのが得意な女である、巧みな舌先で発する言葉を聞けばたちまち頭には血が上る。人を煽るのを幸せと感じるような女である。そんな女が孫市に目を付けているのだ。

 

「逃げる」

 

という言葉が頭に浮かんだ。

いやいやこの孫市が逃げるか、女将の茶を飲み干して首を振った。女から逃げるとは孫市ではない、ならばどうするかと考えたが馬鹿々々しくなり大の字に寝転がった。こうして見ると天井の汚れも目立っている、隅には蜘蛛巣が張っているようだ。シミを数えているだけで一日が終わってしまうのではとついつい考えてしまう、その時腹が、ぐ〜、と鳴った。

 

「飯じゃ」

 

もう太陽は一番高い位置まで来ている。素直に胃袋が空いたと申しているからには何か食してやらねばならんな、孫市は立ち上がって背を伸ばし、外で何か食べてこようと思ったが趙雲が近くをうろついていると思うと足が止まった。あの女を恐れているのではなくおっくうなのだ。

 

女を殴れないのはもう何度も文中で申しているので読者の皆さんもご存知だと思うが、過去に女と手合わせしたのは馬超だけである。それも武芸大会という戦わなくてはならない状況下でのことだ。武士―――地侍だが―――の位はもう捨て今は一時的ではあるが漁師と名乗っている、しかし己の誇りだけは確かに持ち続けているのである。その内の一つである鉄砲も部屋の隅に大切に置かれてある、八咫烏が描かれた真赤な陣羽織も肌身離さず着用している。そうである、八咫烏である。孫市は趙雲のことよりも八咫烏としてどうするかというのを一番悩んでいる。八咫烏は神武天皇を熊野から大和へ先導した由緒正しき勝利の神である。その本分は英傑を導くことである、その英傑とはたれぞ、というのが趙雲が来る前に考えていたことであった。ならその趙雲が客将として下にいる公孫賛か、あの趙雲が客として居座っている領主なのだから愚な者ではないであろう。

 

部屋の隅に置かれている風呂敷の隙間から黒光りする銃身が頭を出していた。孫市はそれを正すと、卓の上に趙雲の足首を想像する。血が通っており、足首を掴んだ。

 

(これぞ探し求めた観音)

 

なぜ天はあのような肉体にあのような心を入れたのか、つくづく思う。

趙雲も仕えるべき主を探し求めているのだろうか、旅の女武芸者とは絵になるものだ。掛け軸にして飾りたいな、考えていることが脱線していく内に腹が空いているのを思い出した。

 

「女将! 飯じゃ!」

 

建て付けの悪い戸を開けて宿の女将に昼飯を頼んだ。玄関の方から返事が聞こえるのを確認して暫く待つと女将が調理した魚を運んできた。孫市の釣り上げた魚であった、それを貪り食らう。それを肴に安物の麦酒を飲むが甘すぎて飲み続けられる物ではない、一杯だけ空けて魚を骨だけ綺麗に残して完食した。

 

さて午後まで暇だ、あの三姉妹の芸を見るまで時間がある、孫市はもう趙雲は居ないだろうと思い込み宿を出た。宿を出て直ぐにに異変を感じた、

 

「ん?」

 

孫市は顎に手をやって不思議がる、孫市の馬が居なくなっていた、自分から駄馬駄馬と呼んでいるが本当に駄馬だった。前に猪々子こと、文醜に駄馬が何処か行かない様に見ておけと言ったことがあったが本当に何処かに行くとは思いもしなかった。別に居ても居なくても困らないのだが、自分が買った馬なのだから勝手にいなくなっては困るものだ。いつまでも困っているわけにはいかないので帰って来た時にはまだ居た、それほど遠くには言ってはいないだろうと考え、爪先が向いていた方向に歩き始めた。

孫市の泊まる宿は大通りからだいぶ外れた所に建てられている、角を四つほど曲がると大通りに出られるのだが道が入り組んでおり、小さな露店なども沢山開かれている。人通りも少ない、孫市は暗い雰囲気が立ち込める路地を抜けて大通りに出た。なんとなくだが馬がこの辺りに来ていそうな気がしてならない、高い背を伸ばして道行く人々の頭を抜きんでると辺りを見渡した。すると人ごみの中に頭を上下に揺らしている子馬がいた。それが自分の駄馬だと気づくと小走りで駆け寄ると傍に誰かが居た。孫市は足をぴたっと止めて、その女を見た。それは趙雲である、孫市の馬が趙雲に乞えるように脚に頭を擦り付けているではないか。趙雲はどうしたものかと困っている様子である、困っている女を見捨てておけないのが孫市の性、止めていた足を動かして自分の駄馬を叱りつけた。

 

「こりゃなんしちゃーる、おなごのおみ足に頭を擦り付ける馬があるか」

 

「おや、鈴木殿」

 

孫市の顔を見て趙雲はやや驚いて声をあげた。

自分の足に頭を擦り付けていた変態馬が追いかけていた男の馬だったのは天が自分に味方しているような錯覚を得る、孫市は余計な事をした馬に心の中で悪態ついていたのは言うまでもない。

 

「ここで会ったのも縁あってのことであろう」

 

「ここで手合わせなぞせんぞ」

 

ここは大通りなのだ。人も多くいる、手合わせなどしたら兵がたちまちにやって来て捕らえられるだろう。趙雲もそれが分かっているのだろう、違うと伝えると孫市の顔を見上げて言う。

 

「一緒に芸を見る約束だろう?」

 

「・・・そうじゃったな」

 

あれは逃げるために付いた嘘であったのだが、こう追いつかれてしまっては逃れられないだろう。何より趙雲の持っている槍が孫市に向けられているのは気のせいではないだろうと孫市は思った。しかし三姉妹が芸を披露するまで時間は幾らかある、趙雲は昼食がまだだったので腹が空いていると孫市に言う、孫市は何が言いたいのか察すると懐の金を漁った。少しはある。

 

「なにを食うのじゃ」

 

「旨いメンマの店があってだな」

 

「めんま?」

 

 

趙雲に連れられて来たのはよくあるような飯屋だった。この店のメンマが旨いと趙雲はいうが孫市はメンマというのが何なのか分からなかった、馬を店先に逃げ出さない様にきつく縛りつけ、二人掛けの席に肩を並べて座った。趙雲が早速メンマや他の物をを注文したので孫市も腹は空いていないのでメンマだけを注文した。暫くして運ばれてきた小皿を見ると平べったい物が幾つか乗っている、これがメンマか。趙雲が食べて頬を押さえて幸せそうな笑みを浮かべている。そこまでか、と孫市は思いながら口に入れた。

 

「タケノコか」

 

少し変わった味のタケノコであった。だからといってほっぺたが落ちるほどの物ではない、傍の趙雲は歳相応の可愛らしく口元を緩めながら食べている。それだけを見ると普通の娘にしか見えない、孫市は趙雲の横顔を凝視しながら溜息を洩らした。

 

「どうしたのだ鈴木殿。口に合わんか?」

 

「いやそうでもない」

 

そう言って最後のメンマを食べる孫市。

 

「昼食を食べたと言っていたな、満腹ですかな」

 

「そうじゃな」

 

「なら早く食べ終わろう」

 

「なになにゆっくりくらえ、もう少しお主の顔が見ていたい」

 

「それはどういう意味ですかな?」

 

「静かにくらわぬか」

 

そう言われて趙雲は孫市の方を向いていた顔を眼下にある食物に向けて、黙々と食べ始める。孫市は小さく口を動かす趙雲の横顔を頬杖をついて見ているその眼は笑っている、愛しい人を見守るように親しみと優しさが溢れている。趙雲は物を口に詰める度に顔が赤くなっていき、限界になると孫市の方を向いた。薄い紅色の頬に詰まったメンマを飲み込むと呟くように言う。

 

「そう見つめられると食べづらいのだが」

 

「少しの辛抱じゃ」

 

「そ、そうか」

 

趙雲は不思議と納得してしまい、止めていた手を再び動かし始める。孫市はその横顔を見続ける、ふと思った。

 

 

(わが嫁に来んかのう)

 

 

もしも趙雲が槍を持たない町娘ならば肩に担いで略奪してでも自分の女房にしただろう。しかしこの娘は武芸者、槍を振るう女だ。守り甲斐がないというもの、それにいずれは自分に見合う主に仕え、戦場にて万の兵に匹敵する活躍をして天下に名を轟かせるだろう。ならばこの趙雲も天下の英傑の一人ということ、槍を置かせて雛壇に飾るのは趙雲の為にはならないのである。天が望む八咫烏の本分を貫いて趙雲に手を出さないか手を出すか、孫市は頭の中で議論を重ねて既に極論に至っていた。

 

「鈴木殿はどこ出身で?」

 

趙雲が恥ずかしいのか、何の脈略もなく質問を投げかけた。孫市は少し反応が遅れたがその質問に答える。

 

「紀州じゃ」

 

「おお、冀州のどこですかな?」

 

冀州といえば趙雲の常山も含まれている。しかし孫市の言っているのは漢の冀州ではなく日ノ本の紀州である。

 

「雑賀じゃ」

 

「雑賀?」

 

「小さな村じゃ、あまり詮索するな」

 

趙雲は、孫市が何か隠し事があるようには見えないが複雑な事情があることは分かった。そこから度々短い会話を交わしながら時間を潰した。その会話も孫市に見詰められる趙雲が小恥ずかしくなり紛らわせるように孫市に話しかけるのである。孫市もそんな趙雲を察してか、意外と男経験は少ないのだなと感心しつつ会話を交えた。

 

 

時間を潰して二人と一頭は張三姉妹が芸をしているであろう場所に赴いた。しかし今日は昨日のように立ち止まってみる人が少ない、妖術をして多少の者は足を止めて見てはいるがそれで数人である、昨日ほどの盛り上がりも無い。今日は運が悪いようだ。

 

「ふむ、面白い芸をしているが全然人が見ていないな」

 

「そういうな、あのおなごたちも頑張っておるのだから」

 

少し離れた所から二人は見ている。三姉妹は気づいていないようだ、目の前の客だけでも楽しませようと努力している。昨日ほど上手くいかない集客に歌を歌っても意味ないのではないか三人は囁き合っていた。

 

「なんじゃ歌わんのか、仕方ないのう」

 

孫市は懐から鉄扇を二本取りだし、両手に持ってぱっと開いた。中央に赤い丸が描かれた印象的な鉄扇である。

 

「ん? いったい何をするのだ?」

 

「客寄せじゃ」

 

趙雲に馬を見ていてもらうように手綱を渡すと孫市は手踊りしながら張三姉妹の前に立った。

 

「ま、孫市さん!?」

 

「天和、地和、人和よ。音を出せ」

 

孫市はそう喚くと日の丸鉄扇を振り、右におっとっと、左におっとっと、身振り可笑しく舞い始めた。

突然の乱入に三人は混乱したが天和が琵琶を持つと妹たちも続いてそれぞれの楽器を持った。そして孫市の動きに合わせるように音を奏でる、しかし即興であるため纏まりが無いのだが孫市の方が合わせるように踊り始めた。三姉妹の手が不思議と動き出す、次にどこの音を出せば良いのか、知っている曲のように手が動く。やがて孫市の踊り狂う様と三姉妹の演奏に釣られて人が少なからず集まってきた。孫市が唄い始めた。

 

「花も嵐も踏み越えて・・・」

 

孫市は三姉妹の演奏を自分の主題歌のようにメロディーを手に取り、唄いだした。三姉妹は驚き共に孫市の凄さを肌身で感じていた。下手に玄人の舞いが良い、下手に玄人な唄がまた良い、孫市という男を体現するかのような舞いが長々と続く。

 

「・・・いかに一度の結びでも」

 

と、孫市が唄いつつ鉄扇で顔を隠して客の前を回りながら通り過ぎる。

 

「・・・幽州に風が吹く」

 

鉄扇を頭上に舞い飛ばし、くるくると回って落ちて来るのを手に取り舞い狂う。

 

「・・・この姉妹は三位のごとく」

 

鉄扇を閉じてひょうと高く跳び、鉄扇を広げて舞い降りる。

 

「・・・天地人のしすたぁず」

 

三姉妹の演奏にも熱がこもっていた。

趙雲の傍の駄馬が小さな身体をぐるぐる回して踊っているように見える、趙雲は可笑しく踊り狂う孫市を見て笑っていた。もう四人の前には数え切れんばかりの人混みが出来ていた。どの顔も孫市の踊りで笑い、三姉妹の演奏に酔っている。

 

「よし歌じゃ!」

 

ここぞとばかりに孫市が舞いを止めて鉄扇を空目掛けて放り投げた。それを合図に三姉妹は自身ら、数え役満・しすたぁずの演奏に流れるように移り、歌い始めた。孫市もうろ覚えながら可笑しく三人の周りを舞って歌う。三姉妹の興奮は既に頂点に登っており、いつもより歌にも熱が入る。

 

ああ、なんて気持ちよく歌えるのだろう。三姉妹はそう思った。

 

大勢の人々が四人を見ている。どの顔も笑顔で四人に歓声を送っている。三姉妹はこんな気持ちで歌ったのは初めてだった。これが本当に人を喜ばせるというものか、今までどうやって人に自分たちの歌を聴かそうかばかり考えてきていた。大事な物を孫市に教えられた気がする。

 

「ほれほれ趙雲もおろれ!」

 

遠目から見ていた趙雲を誘うが恥ずかしいのだろうか、首を振ったが孫市の馬が趙雲のケツを頭突きする。お前もさっさと踊りに行け、と言っているみたいだ。趙雲は孫市の馬に追われるように四人に混ざると槍を上下に振って小躍りし始めた。孫市がそれじゃだめだ、と狂ったように踊りながら指図する。ならばこれでどうだと趙雲はやけになり踊り狂った。

 

「それじゃ!」

 

孫市は天地がひっくり返ったように踊り、駄馬が転がって踊り、趙雲がやや控えめに踊る後ろで三姉妹は気持ちの良い汗をかいていた。

歌と演奏が終わると大勢の人から発せられるの拍手喝采の嵐、そしてばらばらっと霰のようにおひねりが撒かれた。

 

 

 

 

「孫市さん、趙雲さん、ありがとうございました」

 

おひねりを拾い終わると長女の張角こと、天和は二人に頭を下げながら礼を言った。

 

「よいよい」

 

孫市は気持ちよさそうな笑顔でその礼に答えた。趙雲も同じようにしている、その間には共に踊り歌ったという謎の友情が芽生えていた。

 

「いや〜、久しぶりに熱くなっちゃたなぁ」

 

「天和姉さんも地和姉さんもはしゃぎすぎよ」

 

「そう言うれんほーちゃんもはしゃいでるよ〜」

 

無理もないだろう、彼女たちは今まで稼いだ額を一日で上回ったのだ、これが興奮せずにいられるか。

 

もう時刻も夕暮れ、動きすぎたせいで腹も空いてきていた。おひねりで大儲けした張三姉妹が有頂天になっており夕食を奢ると申してきた。

 

「趙雲、お主も行くか?」

 

「いや、すまないが公孫賛殿と食事の約束をしていてな」

 

「そりゃ間が悪かったのう、ではわしらは行くとするか。では趙雲よ、さらばじゃ」

 

趙雲は少し寂しそうに孫市の背を見送った。そして見るからにしょんぼりして歩き始めた。町の中心に堂々と建っているのが公孫賛の宮殿である、そこに向かっている。しかしそのケツを突く者がいった。

 

「お主は!?」

 

孫市の馬が趙雲のケツを頭突きしている、励ましているのだろうか、それともセクハラ目的なのかは分からないがこの馬に孫市の姿が重なった。

 

「鈴木殿はお主を忘れて行ったみたいだな」

 

連れて帰れば孫市とまた会えて、返す条件で手合わせ出来るのではないか、という悪知恵が趙雲の頭に過ると無言で手綱を引いていった。

 

 

孫市は近くの料亭で張三姉妹としこたま飲み食い散らかした。有頂天になっていた張三姉妹も飲み、孫市も負けじと飲んだ。四人とも馬鹿になっていた、文字通り浴びるように酒を飲み、肉を食い散らかす、天和は孫市の肩に真赤な顔でしなれるようにもたれかかっており、地和は肉の油で顔を光らせ、人和は孫市の描いていた落ち着いた様子とは打って変わって口数が増えて、姉の二人に日頃の鬱憤を喚き散らしていた。孫市は酒を片手に踊り、天和に肩を貸して片手で踊り、ことあるごとに躍っていた。

 

孫市はここで張三姉妹にある依頼を受けることになった。酔いながらだが、ここから北に一里ほど行った所に村がある、そこで今日のように一緒に歌って踊ってくれないかとお願いされたのだ。三姉妹が挟み込むように頼み込むので酒に酔って気分が昂っていた孫市は快く了承した。

 

 

次の朝、孫市は目を覚ますと裸で宿で眠っていた。

 

こりゃいかん、と周りを見渡すと小さな卓と隅に風呂敷があるだけで他には何も無い、身体の匂いを嗅ぎ、女の匂いがしないことを確認すると分厚い胸を撫で下ろした。

酔った勢いで三姉妹を抱いてしまったのでは思ったが事にはならなかったようだ。自分は身体は若返ってはいるが心は老いていることを改めて思い出した。少し勿体無いことをしたなと顔を上下に擦り、眠気を飛ばすと着物を着る。今は何時だと窓の外を見ると太陽はそれほど高い場所にはない、おそらく昼前だろう。そのまま廊下に出て、女将と挨拶を交わして外に出た。昨日しこたま飲んだのに清々しい気分だ。宿先に馬がいないことに気づかずに大通りに向かって歩き出す。昨日の三姉妹との約束は覚えているのである、どこまでも好色漢な孫市であるがこの町に来てからは幾分かは落ち着いたようである。現にこの町に来てからは女を抱いていない、これは孫市にしてみればありえないと事であると言える。孫市の自分の在り方に悩んでいる節がある、それが枷となって行動を制限していると思われるが孫市自身それがよく分かっておらず、抱こうと思えば何時でも抱けるが何かしら負い目を感じる。まるで天が自分の事を嘲笑っているように感じるのだ。

 

八咫烏ともあろうと男が、女にばかり現を抜かして本分を全うしないとは何事か。そう言われている気がするのであるが、孫市はおなごを愛するこそ我が本分と言い聞かせている。今日隙あらば天和の胸でも揉んでやろうと画策している、どこか抜けているから気付かないだろうと三日月のように口角を上げて大通りに出た。

 

「あ、孫市さん」

 

人和がいた。孫市を見つけると、とことこと近づいてきた。

 

「他の二人は何処じゃ?」

 

「もうすぐ来ます」

 

「そうかそうか、ならば少し待つとするか」

 

人和は頷き、孫市は人家の壁にもたれかかって二人を待っている人和と会話でもするかと思う。

 

「人和は姉たちのことをどう思っておる?」

 

「急に何ですか?」

 

「なになに、気になっての。天和は我儘で地和は生意気じゃ、お主が一番良いおなごじゃ」

 

あまり物を申さず、一歩引いている姿勢、それが孫市の気に入る女の分類である。それは褒めているのだろうかと思ったが二人の姉に思っていることを孫市に語る。

 

「天和姉さんは我儘で頼り難いけど、たまにとても頼りになることがある。でも私と地和姉さんがいないと生きていけないと思うのよね。地和姉さんは目の前の事しか見てないから面倒事を招いて来る。でも色々なこと率先してするからとても頼りになるわ」

 

言いたいことはあるようだが姉として尊敬はしているようだ。孫市は、うんうんと大きく頷きながら姉妹は仲良くと言う。人和が少し照れていると二人の姉が漸く現れた。

 

「孫市さん、おはようございます」

 

「おはようお兄さん」

 

「いま起きよったか」

 

孫市は二人のぼさぼさ頭をみてそう言った。孫市も負けないほどぼさぼさだが、それが絶妙に似合うのが孫市である、手櫛で髪を整える二人を交えて孫市たちは村を目指して歩き出す。

 

町を出て北に一里ほど、北には鮮卑という野蛮な馬族がいると言うがその村までなら安心していいようだ。村の北には警備のための砦があり、鮮卑たちの進行を妨げている。それでも抜かれる時は抜かれるし、落とされる時は落とされる。公孫賛と鮮卑は長く争っているらしいが近頃は静からしい。そう毎回毎回争っていれば人々には良い迷惑である。

 

心配するだけ杞憂だな、と孫市は三人の背を眺めながら思うのであった。こんなにも天気が良いのだから、不幸なことなどそう易々と起きて欲しくない。しかしそう思うほどに孫市の胸がむかむかしてくる、二日酔いかと思ったが何か嫌な予感がするのだった。

 

やがて村が見えてきた。その村から何本も煙が上がっている、最初は飯を炊くときの煙かと思って見ていた孫市であったが、これは不味いぞ、と呟くと三姉妹を止めた。明らかに飯煙ではない黒すぎる、村が焼かれていると瞬時に考えを切り替えた。

 

「帰るぞ」

 

三人はまだよく分かっていないようだが孫市のいつになく真剣な顔付きに事態が重いことを感じ取った。

 

鮮卑が攻めてきたのだろう、砦は恐らく落とされている、もう早馬がその事を知らせに向かって知れているはずだ。もしくはまだ到着していないか、孫市が三人を連れて速く逃げようと向きを変えようとすると村の方から五騎ほどの馬に乗った鮮卑が走ってきている。張三姉妹は飛び跳ねるように背を向けると足音を荒上げて逃げ始めた。孫市はその場に残る、一人で食い止める気でいるのだ。

 

五騎の中で抜き出た一騎が孫市に矛先を構えて突っ込んで来る。孫市は馬の足下に潜り込み、脚を掴み、馬の勢いを利用して横に流れるように投げ飛ばした。倒れた騎馬武者の矛を奪い取り止めを刺すと、次に来る敵に備えた。一人、二人、三人と流れるように討ち取ったが最後の一人が曲者であった。三人目を囮にして孫市を抜くと三姉妹の方に駆ける、幾ら孫市の足でも本物の馬に追いつくのは不可能だ。既に馬は最高速度に到達していた。矛を投げるが届くはずがない、馬上の男は三姉妹の最後尾にいる人和を狙って腕を下ろしている。攫う気か、孫市は歯を食いしばりながら走るが距離は一町も離れている。

 

「れんほーちゃん危ない!!」

 

その時、天和が人和を横に突き飛ばした。鮮卑の男は目標を変えることを余儀なくされ、天和をすくい上げて前鞍に押し付ける。

 

「天和姉さん!」

 

人和の声が虚しく荒野に響く、孫市が追いついたころには既に男の姿は彼方へと消えていた。

 

孫市は悔やんだ、鉄砲さえ手元にあればこの事態は救えた。若い頃は何処に行くにも鉄砲を肌身離さず持ち歩いていたほどなのに、この孫市ともあろう男が情けない。孫市は目頭が熱くなるのを感じた。泣きじゃくる二人を宥めながら孫市は町に戻った。もう町は鮮卑のことで持ち切りであった。領主の公孫賛も攻撃の準備を開始しているとのこと、孫市は二人を自分の宿に連れて行き、事が収まるのを待った。

 

風呂敷から愛山護法と他の鉄砲二挺を取り出し、火薬と弾を詰める。軍が動いたら自分も同行しようとしている、それがせめてもの罪滅ぼしと思ってのことである。しかしもう一時は過ぎただろう、少し遅すぎるのではないかと孫市は思い始めた。

 

「お主らはここで待っておれ、わしが必ず姉を救おう」

 

孫市は二人にそう告げると宿を出て、町の小さな宮殿に向かった。鉄砲三挺を担ぎ、宮殿の門前に来ると門番に公孫賛に会わせろと口汚く言う、罵るように言ったのである。門番は当然、怪しい者と決め付けて石突きで孫市を威嚇しつつ帰るように言ったが聞く耳を持たずの孫市は門番を殴り飛ばすと宮殿に怒鳴り込んだ。

 

「公孫賛はどこじゃ!」

 

孫市は宮内の兵たちを投げ飛ばし、殴り飛ばしながら公孫賛を探した。彼女が来たのは孫市を兵たちが囲んで睨み合いに持ち込んでからであった。

 

「一体どうした?」

 

赤毛の髪を後ろで結んだ若い女が孫市の前に現れた。この女が公孫賛である、孫市は兵の態度で女が公孫賛だと分かると話がしたいと持ち掛けると、事態を治めてから公孫賛は孫市と会談の場を設けた。

 

公孫賛はいい歳の女で年齢は二十を超えたころだろう、平凡な顔付きで何かに秀でているという者ではないが何が悪いという訳でもない。部屋には護衛の兵が五人、槍を手に佇んでいる。公孫賛は上座の質素な椅子に座り、目の前に座る孫市に軽く会釈する。だが孫市は会釈しない。

 

「やあ、公孫賛か」

 

と、孫市は言った。

孫市にすれば紀州の地に七万石の所領を持ち、かつ雑賀土豪同盟の盟主の家柄で、兵力の動員力は五十万石の大名に匹敵している。その先代当主が孫市こと―――この名も先代だが―――鈴木重秀であった。辺境の少領主に頭なぞ下げない。

 

「公孫賛、どうじゃ。お主の兵士をわしに貸さぬか。鮮卑を掃除したいのよ」

 

言葉が悪いようだ。

もっとも言葉が悪いのは孫市の欠点ではない。前に一度触れたが紀州は敬語の発達に乏しいのである、これは孫市なりに精一杯の親しみをみせたつもりなのだが、

 

「なんだ、お前は」

 

公孫賛は孫市を少し睨みながら吠えた。

 

「鈴木重秀よ」

 

「どこの漁師だ?」

 

「馬鹿ァ」

 

もうぶち壊しである。

 

「紀州雑賀党の前盟主、本姓は鈴木、名は重秀、世に高き名は孫市。素性は天下に隠れなき八咫烏の神孫、八咫烏の名を知らぬか?」

 

「八咫烏・・・お前が?」

 

公孫賛は静かにこんな男がといった風に言う。

この田舎娘が、と孫市結んだ髪を持って振り回してやろうかと思っていると趙雲が傍に現れた。

 

「おお、鈴木殿」

 

「・・・われは趙雲」

 

孫市は急に趙雲が現れたためか少し反応が遅れた。

 

「星、知っているのか?」

 

「白蓮殿。彼が私の言っていた鈴木殿だ」

 

「こいつがか?」

 

公孫賛こと白蓮は、趙雲こと星から孫市のことを聞かされていた。

今まで会った男の中で一番男伊達しており、女に手を出さないという侠気を強く持ち、見惚れるほどの偉丈夫と聞いたのだが、目の前の孫市は今にも自分の毛を掴んで投げ飛ばしてやろうという顔をしている。

 

「鈴木殿。背の物は何ですかな?」

 

「これはわしの手とも言うべき代物で」

 

「鈴木とやら、話を詳しく聞いてやるから落ち着いてくれないか?」

 

二人の他愛ない会話を中断させると公孫賛は同格の者を相手する姿勢になった。孫市はすぐにでも天和を助けたかったために早口になりながらも天和を助けたいと説明した。

 

「人が攫われたのか。それは早くした方が良いが、まだ作戦もちゃんと決まっておらんのだ」

 

「だからわしに兵を貸せと言っておろう」

 

「お前のようにどこの馬の骨とも知れぬ者に貸す兵は無い。星、この男を外まで案内してくれぬか」

 

「いえ、白蓮殿。私は鈴木殿に賛成です」

 

「待て星。お前はただ単に早く戦いたいだけだろ」

 

「人が攫われた以上は速さが肝心、鮮卑は奴隷を売買するという言う。早くせねば天和殿が危ない」

 

「よう言った」

 

孫市は趙雲を褒めるように言った。

 

「しかしだな。報告によれば敵は騎馬が千騎、こちらの兵は五百だけだ。今集めているところだが時間がかかる」

 

この町の兵は総勢五百。敵は騎馬が千、しかも馬族である。馬の扱いは並の騎馬隊を凌駕するものである。それが一度に突撃してくれば五百の兵は蹂躙されるだろう、公孫賛は無駄に兵を失うのを嫌っている。今はまだ機ではない、兵法の基本は相手より多くの兵を集めることであり、公孫賛はその基本に則りこの戦いに挑もうとしていた。だが人が攫われているのである、公孫賛も助け出したいのは山々だがまだ勝てる見込みが無い。

 

「たかが千騎など、この趙子龍が蹴散らしてご覧に入れよう!」

 

「待て星。いくらお前が強いからって相手は騎馬が千だぞ!! ここは暫く様子を見てだな」

 

 

孫市は一騎駆けを願う趙雲の顔を見る。揺るぎない強さがそこにはある、相手の軍勢は混乱はするかもしれないが流石に無茶だと孫市も思う。だが趙雲ならばもしかしたらと期待してしまう。槍を振った姿は見たことないが、彼女が万の軍勢がぶつかり合う戦場で疾風怒濤の働きをする姿が安易に想像できた。

 

 

「白蓮殿は苦しむ民を助けたいと申していたではないか。その苦しむ民が目と鼻の先にいる、臆したか白蓮殿!」

 

「星、分かった。行きたいなら行け、一騎駆けでも何でもして来い!」

 

趙雲は軽く一礼すると部屋から走り去って行った。

孫市は二人の会話を黙って聞いていたがまるで子供の喧嘩だな、と飽きれた顔をした。公孫賛が喧嘩別れした友人を心配するように、出て行った扉を眺めていると兵が飛び込んで来る。

 

「趙雲殿がたった一人で町を飛び出していきました!!」

 

「なに!? もう出陣したのか、速すぎるぞ星!」

 

その報告に室内の兵たちの小さく囁き合った。公孫賛の私兵たちも鮮卑の恐ろしさを身を持って知っている。孫市はその様子を見ているとこめかみが青筋に彩られていく。近くにいた兵の槍を奪い取りながらその男に喚いた。

 

「おなご一人で戦場に行かす男があるか!! その槍、使わぬならわしによこせ臆病者!!」

 

孫市のあまりの怒気に身を強張らせ、男は孫市に槍を取られるが何も言えなかった。孫市はその場の全員一瞥すると、

 

「死んでも惜しくない者はわれの背に付いて来い! 八咫烏の加護をこの孫市が与えてやる!!」

 

かくして孫市は鉄砲三挺と槍一本を持って扉を蹴飛ばして出て行った。扉が傾いたのを静かに見ていた公孫賛に二人の兵が覚悟を決めた顔付きになって頭を下げると、孫市と同様に扉を蹴飛ばしながら出て行った。

 

孫市は宮殿内で死んでも惜しくない者は付いて来い、と触れ回りながら厩舎から手頃な馬をかっさらうと宮殿から出て行く、その背に五十騎が続いた。彼らは死んでも惜しくないと名乗り出た者たちだ。鮮卑に恨みがある者、町民の為なら死んでも惜しくない者、公孫賛に厚い忠義を誓う者、彼らはそれぞれを心中に抱き、黒塗りの八咫烏に続いて町を駆け抜けていく。

 

町から北に一里、襲った村の付近で鮮卑を相手に趙雲が一人で戦っていた。その様子を孫市と五十騎の兵が眺めている。趙雲が槍を振るう。まさに血嵐、血煙が舞い、足下に討ち取られた死体と馬が横たわっている。

 

「あれが常山の趙子龍か・・・」

 

その光景に孫市は見惚れた。あの身体のどこにあの力がある、どこに千騎の中心で無双の演舞を舞える胆力が備わっているんだ。

 

初めの内は趙雲が押していたが事態は一変した。鮮卑が趙雲の周りを騎馬で駆けまわり、どこか統制の取れた動きを見せ始めた。趙雲の槍が届かない距離を保ち、近づいて来ても中心から逃さない。そして四方からちくちくと嬲るように槍を突いて来る。乱雑に見える攻撃であるが誰かの統率なしにはなしえない動きである。趙雲は体力を徐々に削られていく。このままでは一斉攻撃の後に討ち取られてしまうだろう。

 

孫市は趙雲が良くやったのを内心褒めたが口では、やはりおなごか、と呟いた。そして背後の五十騎に喚く。

 

「見てみろ、趙雲はこのままでは討ち取られてしまうじゃろ!! じゃが結局は敵の大将を討ち取ればよいことじゃ!!!」

 

五十騎から、それをどうやるんだと野次が飛ぶ、全員その事は承知であった。孫市がその策で戦うと思ったから死んでも惜しくない者たちを集めたのではないのかと言う者もいた。孫市はそれらを鎮めると持っていた槍を地面に突き刺して下馬する。そして三挺の内の愛山護法を手に取った。

 

「もう奇襲は不可能じゃ! 決死の突撃をかけても趙雲さえ助けられん!! わしの鉄砲を見ておれ!!!」

 

(鉄砲?)

 

五十騎は同時に思った。先ほどから孫市が持っていた鉄砲を不思議がる者も居たがそれで敵を倒すと言うのか、弓や弩のように遠距離で扱う武器なのかと誰かが質問する。

 

「ええい! 御託は後にしろ、よく見ておれ!!」

 

火縄を付けて孫市は立ったまま愛山護法を構えた。鮮卑との距離は六十間以上、趙雲を囲んでいない兵はこちらを警戒してにたにたと笑っている。趙雲を殺した後、こちらの五十騎を蹂躙する気でいるのだろう。孫市らに部隊を割いていないのが不幸中の幸いであった。

 

「弓を使う者はおるか?」

 

孫市は銃口を鮮卑たちに向けながら後ろの五十騎に聞いた。指揮者を探している間である。二十騎ほど声を上げた、ならばと孫市はここから鮮卑を射れる者はおるかと訊くと大勢は顔を伏せた。しかし、一騎が前に出て弓を構えた。

 

「射ますとも」

 

と、彼は弓を目一杯引き矢を射ったが彼らの眼の前に落ちた。

 

「されば孫市の腕を見ておれ!」

 

鮮卑たちの軍勢の中、その趙雲を渦巻く騎馬の中に一際目立つ男がいた。豪槍を手に、派手な首飾りと筋肉で自らを着飾る偉丈夫。口を大きく開けているのは兵に指示を出している証拠であろう。孫市は人と騎馬の間に微かに見えるその男の頭に銃口を向けた。風は吹いていない、絶好の射撃日和である。

 

呼吸を詰め、引金にかける指は強くなく弱くなく、そして父に散々言われ、息子に散々言ってきた言葉を孫市は思い出す。

 

「月夜に霜の落ちる如く自然に引金を落とせ」

 

この孫市に狙われた不幸を呪え、孫市は引金を落とした。

 

薬室が爆発し、その反動で孫市の右足がずぶっと土にめり込んだ。

弾は鮮卑たちの頭を掠め、耳元で風切り音を鳴らし、間を通り抜けるとみごと指揮者の頭に吸い込まれ、偉丈夫を落馬させた。その周りにいた者はどうしたんだと見下ろすと頭が吹き飛んでおり、見れた物ではなかった。鮮卑の渦巻く陣形が止まり、趙雲の反撃が始まった。

 

「それぇ、槍を入れろぁ!!」

 

孫市は刺していた槍を手に取ると、これが生涯最後の戦さとばかりに突撃をかけた。五十騎は駿馬の如く駆ける八咫烏に遅れるものかと馬を走らせるがこの時の孫市の速さは尋常ではないほど速く、自分たちの眼の前にいる男は馬であったのか、と五十騎は死ぬことさえ忘れて孫市の背を見詰めた。孫市が槍を振ると陣が真っ二つに割れる、そのまま趙雲の元に駆け抜けた。

 

その光景を鮮卑の横腹から見ていた公孫賛は白馬の上で呆気に取られていた。

孫市は何をした、矢が飛んだあと雷が落ちたような音が聞こえると鮮卑の動きが止まった。そしてその男は槍を持って一番に駆けている、趙雲を一騎当千の将と思っていたがあの孫市は得体の知れない化物と感じた。

 

「公孫賛様。今こそ好機ですぞ!!」

 

「そ、そうだな! よし、我が白馬に続けぇ!!」

 

 

鮮卑は五十騎の騎馬を蹂躙しようとしたが自身たちの横合いから迫ってきた騎馬の軍勢を見ると自分たちの指揮者である男の命令を待ったが来ない、やがて討ち取られたと全体に広まると我先に逃げ始めた。戦いは孫市らの勝利に終わった。死を覚悟して孫市に付いてきた五十騎はこれといった怪我もせず、公孫賛の奇襲で鮮卑が逃げたよう他の兵が思もっていたが、この五十騎だけは孫市が何かをしたと確信していた。

 

「孫市殿! あ、失礼しました。鈴木殿」

 

「よいよい」

 

五十騎の中で弓を射った男が戦いの後、孫市に訊ねてきた。当然、鉄砲の事である。

 

「いや、これは撃つ物でござって話すものではない」

 

男は適当にはぐらかされた気がした。あの武器が自分の主の役に立つのではと思ってことなのに。

 

孫市は鉄砲三挺を持って乗ってきた馬に乗馬して襲われた村に向かった。村の者たちの死体が転がり、服を破かれて死んでいる女の死体もあった。孫市は最悪の事態を想定しつつ、家々を回った。

 

ある家の中で見張りでも任された鮮卑が、事態を知らずに天和を襲おうとしているのを目撃した。孫市は銃床でその男の後頭部を殴り、家の外に放り出すと人相が変わるほど殴って撲殺した。

 

天和の手足の縄を取り、くつわの布を取ると涙を流して孫市に抱き付いた。くしゃくしゃの顔でわんわんと何かを言っているが、溢れ出る涙と鼻水、絶望の状態から救われた衝動で何を言っているのか分からなかったが孫市は笑顔を天和を抱きしめて妹たちの元に帰ろうと耳元で囁き、馬の前鞍に乗せて人知れず町に戻った。

 

 

宿に着くと姉妹は互いに抱き合い、涙を流す。孫市は助けた甲斐があったと心底思った、この光景を見れただけで自分は戦った甲斐があった。二人の妹がありがとうありがとう、と孫市に涙で塗れた顔を見せながら言ってくる。

 

「怪我も無くて良かった」

 

孫市は笑いながらそう言った。

三姉妹は何かお礼をさして欲しいと孫市に言うが孫市はそんなものはいらないと一蹴する。そして、お主らの歌で他の者たちを楽しませてやれ、それが孫市からの願いだと言わんばかりに答えた。大輪の華のような顔は、三姉妹の顔を笑顔で彩った。

 

 

その晩、孫市は宿で一人酒をしていた。そこに孫市の馬を連れた趙雲が訪ねて来た。孫市は来るだろうと思っていたので、その小さな卓にはもう一人分の盃が置かれていた。

 

「夜分遅くにすまないな」

 

「よいよい」

 

孫市は盃に酒を注ぐと趙雲に差し出す。趙雲は少し微笑んでからそれを受け取った。

 

「いただこう」

 

孫市から受け取った酒を一息に飲むと大きな息と共に卓に置いた。そしてちびちびと酒を飲む孫市の顔を見る、孫市は不思議そうに趙雲の眼を見た。そしてこれは不味いなと思う。

 

「この趙子龍、真名は星。鈴木重秀殿に手合わせを願いたく伺った」

 

「待て待て、趙雲」

 

「星と呼んでくだされ」

 

孫市は持っていた空の酒器を置くと星と名乗った女を見詰めた。まさかそれだけの為に来たのではないだろう。

 

「では星、この孫市と本当に戦いたいと願うか?」

 

「そうです。貴殿の戦場での働きを私はしかと眼に焼き付けました。敵将を討ち取ったあの武器も」

 

そう言って部屋の隅に置かれている鉄砲を指差す、孫市はそれを見て、ふうと星に向かって息を吐いた。それには触れるなということである。

 

「ただわしと戦う為にこんな遅くに来たではあるまい、まさか夜這いでもかけに来たか」

 

「ああ、その通りだ」

 

「ぶっ!」

 

まさかの答えに孫市は噴出した。自分から夜這いはかけるが女の方からかけられたことなぞなく、この地の女は皆こうなのかと考えてしまう。

 

「いやいや、今のは冗談だ。鈴木殿」

 

「孫市と呼べ、わしと親しき者はそう呼ぶ」

 

「ふむ。では孫市殿に夜這いを、いえいえ、訪ねてきたのは手合わせは勿論。明日、公孫賛殿がお会いしたいと言っていたので、あと馬も」

 

しれっと言う星に、調子を狂わされながら孫市は話をちゃんと聞いた。

 

「あの駄馬を預かってもらえたのは感謝するが、わしは公孫賛と会うつもりはない」

 

「なぜ?」

 

「わしに仕えろと申すのであろう、わしにはその気はないと申しておけ」

 

「それは分かったが、私との手合わせは」

 

「む、じゃからわしはおなごは抱くが殴らんと言ったじゃろ。それにもう潮時じゃ、この町を出てわしはまた旅に出るわ」

 

「ふふ、そう言うだろうと思っていた。私も付いていこう」

 

その言葉に孫市は明らか嫌な顔をした。

星は確かに、孫市が観音と賞する美貌の持ち主だがその性格はいくさ人そのもの。こんな女が傍にいれば疲れ果てる自分の姿が目に浮かぶ。孫市はどうしたものかと考え、明日の陽が昇る前にでも町から逃げようと決めた。

 

「そうじゃな・・・。お主のようなおなごが付いて来ると言うならわしも嬉しいが、今宵はもう疲れた。明日また来てくれ、その時にお主を連れていくか決めよう」

 

「本当だな、孫市殿その言葉をお忘れなかれ」

 

「うむ・・・」

 

 

翌朝、孫市は荷物をまとめて馬に乗せると町から出る準備を始めた。

 

 

「鈴木さん。こんな朝早くからどうしたんですか?」

 

「おお、女将か。わしはこの町を出てゆく」

 

宿の女将は少し驚いた。

 

「そうですか。ではまたのお越しをお待ちしております」

 

「達者でな」

 

孫市は女将との別れを惜しみながら宿に背を向けた。この町とももう別れるか、やっと慣れてきたところであったが残念で仕方がない。自分は目立ちすぎたのだ。

 

「わしはこれより八咫烏としてこの天下を駆ける。我が子よ、すまぬが孫市の名を正式に返してもらうぞ」

 

人通りがまだ少ない大通りで、孫市は淡く光る天を見上げて宣言する。鈴木重秀の名は捨てる、これからのは自分は誉れ高き八咫烏の神孫である孫市として生きていく。

 

「わしは雑賀孫市じゃ、この名を唐天竺まで轟かせようぞ!」

 

意気揚々と孫市は町の門に到着するとそこで槍を持ち、仁王立ちして孫市を睨み付けている星を見つけた。途端に表情が険しくなった。

 

「孫市殿。このような朝早くからどこに?」

 

「なんじゃい星よ、それほどわしに抱かれたいか?」

 

「それぐらいなら別に構わないが・・・」

 

少し頬を染めている星である、まんざら冗談でもないのだろう。孫市はこのまま組み伏せてやろうかと考えたが、星に向かって手を構えた。こんな女が付いて来る位なら、手合わせしてやる方がましと考えたのだ。星はルンルン気分になり、嬉しそうに槍を構えた。

 

「行くぞぉ! 孫市殿!!」

 

そして縦横無尽の槍捌きが孫市を襲う。前方の至る所から槍が飛んで来る、星が分身しているように思えるほどの速さで動き孫市を翻弄する。孫市は必死にかわし、星の身体を掴むために突進した。星はそれを飛んで避ける。孫市の頭上を飛び越えるように飛ぶが、孫市はそれを読んでいた。

 

星の音を立てて引き締まった足首を持つと、そのまま地面に叩きつけた。

 

「ぎゃっ!」

 

「やはり良い足首じゃ、今度会う時まで太るでないぞ」

 

はっはっはっ、と高く笑いながら孫市は門を潜って走り出す。星はすぐに立ち上がって追いかけようとするが孫市の馬が倒れていた星の上を踏んで歩いた。

 

「ぎゃっ〜〜〜〜!!」

 

その駄馬は星との別れを惜しむように一度振り返ると孫市を追いかけて行った。星は今度会ったら馬刺しにして食ってやると心に誓った。

 

こうして八咫烏はこの天下の英傑を見定めるため、やっと翼を広げた。

説明

天下一の色男にて戦国最大の鉄砲集団、紀州雑賀衆を率いる雑賀孫市は無類の女好きにして鉄砲の達人。彼は八咫烏の神孫と称して戦国の世を駆け抜けた末に鉄砲を置いたが、由緒正しき勝利の神を欲する世界が彼に第二の人生を歩ませた。

作者自身、自分の作品を良くしたいと思っておりますので厳しい感想お待ちしております。

Arcadia、小説家になろうでも投稿しています。

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恋姫 恋姫†無双 雑賀孫市 雑賀衆 

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