真・恋姫†無双 拠点・曹洪2 |
窓からの日射しは先ほどに比べれば穏やかになっていた。“失明したなこれは”と思わせるような一撃から回復した男は散らばった仕事道具をかき集め、再び机と対峙する。
「あー……痛かった。栄華。俺の右目どうにかなってない?」
涙が止まらずに零れ続けている右目を眼の前の少女に見せる。
「どうにかなってしまえばよかった、と心からそう思いますわ」
自分の一撃で危うく失明の危機だったにも関わらず、我関せずと一瞥しただけで再び書簡に目を通しはじめ
『あぁ、汚い』
と、わずかに間をおいて、誰に聞かせるでもなく、控えめに呟いた。
「顔を覗き込んだのは悪かったよ。でもさ、栄華に話しかけても反応しないし、ずっと下向いてたし。寝てたらほら。華琳に怒られるだろ?」
一刀は弁解を始める。親しい人間以外の顔を覗き込むというのはナンセンスだった。と考えての事だ。しかし、少し強めの声をかけたり、軽く肩を叩いたりすればよい事を思いつく事は決してなかった。
「気易く乙女の顔を覗き込まないでくださる?いい事?もし、私がお姉様だったら貴方は今頃打ち首ですわよ?その痛みを教訓として覚えておきなさい」
不機嫌そうに片方の眉をピン、と上げて言う。不機嫌そうに、ではない。実のところ。今朝からこっち、曹洪子廉は大変立腹していた。
朝起きて歯を磨き、顔を洗い、服を着替える。太陽に照らすと鮮やかな艶を出す髪を纏め、薄い化粧を施して姿見で全身を確認。最後に桃色の兎のぬいぐるみを抱き抱えて部屋を後にする。
特別な用事や戦が無い場合、毎日同じ時刻に起床し、毎日決まって同じ時間を費やす。
幼い頃からの鉄の習慣は朝から華侖が「風邪をひいたっす。ということは裸になれば治るっすね♪」と言いながら部屋に乱入してこようが覆るようなものではない。さっさと服を着せて部屋に送り返すだけである。
そんな鉄の習慣は朝の思わぬ来訪者によって、いとも容易く覆されるのだった。
歯を磨き顔を洗い、部屋に戻った時、丁度自室から春蘭が出ていくのを目撃したのだ。その手には、見慣れた―――というか、いつも大事に抱えている兎のぬいぐるみを抱えて。
「ちょ、春蘭!?貴女何をしているの!」
鼻歌交じりに部屋を離れる春蘭を急いで止める。髪は寝ぐせでクシャクシャ、服は街の仕立屋で見つけた兎をあしらった可愛らしい寝間着―――「ぱじゃま」というらしい。を着ている事などお構いなしで呼び止める。
「ん?おぉ、栄華ではないか。丁度良かった。この兎は借りていくぞ」
抱えたぬいぐるみを持ち直し、じゃ、と踵を返して歩き去る春蘭。連れ去られるぬいぐるみ。兎は春蘭に耳をぎゅっと持たれてぷらんぷらんと助けを乞う……ように見える。
「お待ちなさい!今すぐにその子を離しなさい!」
距離にして((約五丈五尺| 十メートル))。栄華は一息でその距離を詰めて兎を掴もうとする。敵将を打ち取った武勇伝は持ち得ないが、栄華も黄巾党討伐の際から華琳につき従う歴戦の猛者。一騎当千とまではいかないが武勇にも秀でているのである。
「ははは!なんだ、その動きは。そんな鈍い動きで私を捕まえるつもりか?」
が、相手が悪い。相手は『魏の大剣』と称される夏侯元譲。政治には全くと言って良い程向いておらず、最近では凪にまで「将軍はもう少し勉学に励むべきかと」とまで言われるような((阿呆| おばかさん))だが、こと戦闘に関して言えば三国広しと言え、勝てる相手は限られてくる。
武で名を馳せる春蘭に、効率の良い資産運用や集金で名を馳せる栄華が勝てる道理など無い。
伸ばした右手は簡単に払われ、背中をポンと押される。一瞬で間合いをつめた栄華でさえも、その動きを見切る事は出来なかった。前にいて背中を向けていたはずの春蘭はかんらかんら、と笑いながら後ろに回り込んだあげくに背中を軽く叩いたのだ。
栄華が間合いをつめる為に踏み込んだ足。春蘭はその第一歩を踏み出した音を聞いて既に避ける行動を取っていた。力の籠った足が地を蹴る音。たった一度の踏み込みで十メートル進む栄華も豪傑であろうが、その音を聞いただけでどんな行動を取るか瞬時に判断し、対処出来るのはさすが英傑である。
「いくらやっても無駄だぞ。お前ごときの腕前では私を捕まえる事など出来ん」
既に五度。手を伸ばすものの、指は一度たりとも兎を捕える事は出来ない。
周囲の人間にはおろか主である華琳にすら明かしていない。あのお世辞にも可愛いとは言えない兎は、栄華の財布なのだ。『ぱじゃま』には可愛く愛らしい兎が描かれているが、財布は可愛くない兎にした。あえて可愛くしない事で、欲しいと思う人間がいなくなるので盗まれる心配がなく安心だという理由からである。栄華は唇を噛む。
“―――まずいですわ。まさか、あの兎を借りに来る物好きさんがいらしたなんて”
中には今日発売の阿蘇阿蘇を買いに行くお金が入っている。散財を嫌う栄華であるが、今回は別である。今月号の付録には『ぱじゃま』なるものを作った職人の新作の巾着がついてくるそうなのだ。何としても手に入れたい。その為には何としてもこの((阿呆| おばかさん))から取り返さなくてはならない―――!
「おいおい、何もこのぬいぐるみを取ろうってわけじゃないぞ。少しの間借りるだけだ」
「なら、後にしてくださいます?ちゃんと後でお貸ししますから、今は返してくださらないかしら」
“これなら返してくれるはずでしょう”と栄華は考えた。他人に財布を、ましては春蘭に貸すだなんてそんな事は出来ない。しかし、中のお金さえ抜いてしまえば貸しても何の問題も無いのだ。
「む、それは出来ん」
だというのに、春蘭はこの提案を拒否した。今必要なのだ!と胸を張って言う。
「安心しろ。この兎はすぐに返す。それに、私も暇じゃないんだ!」
十四度目の栄華の手を回避すると、春蘭は後ろに大きく跳ぶ。一度の跳躍で十六丈(三十メートル)程の距離を移動する。常人には瞬間移動のように見えただろう。
少なくとも、春蘭と栄華を見かけて声をかけようとした北郷一刀には、離れていた春蘭がいきなり目の前に現れたようにしか見えなかった。
「ぐふっ!!」
「んな!?か、一刀!?」
もちろんそんな春蘭を避ける事など出来ずに、一刀は春蘭を体で受け止める。もとい、春蘭に押しつぶされた。
「な、何故そんな所にいるのだ!一刀!おい、目を覚ませ!」
この好機を逃す事無く、栄華は全力で春蘭の元へ駆け寄ってぬいぐるみを奪取する。春蘭は一刀に集中していて兎を放り出していた。
“今回は礼を言っておきますわ”
心の中でそう思い、その場を後にする。危うく財布を春蘭に取られる所だった。安堵で胸を撫で下ろす。さぁ、今日も仕事早く終わらせて阿蘇阿蘇を買いに街へ出かけよう。
「栄華、遅いわよ。貴女が遅れてくるだなんて珍しい事もあるものね。気をつけなさい」
「あんたが遅れるなんて。何かあったのかし―――っは!?ま、まさか一刀と一緒だったんじゃないでしょうね!だって昨日は私の部屋に来なかったんだもの、き、きっとそうに決まっているわ!」
「落ち着くのですよ、桂花ちゃん。お兄さんなら昨日は華琳様と一緒だったのですよー」
「か、華琳様と一緒……!?ぶっーーーーーーーー!!」
「この鼻血にも慣れたもんやなぁ」
「本当なのー」
「落ち着いてないで沙和も真桜も止めにいくぞ!」
「そうそう一刀、貴方の言っていた『三国統一記念・天下巡回つあー』なのだけれど―――」
その後、急いで身支度をするもボサボサになった髪が上手く纏まらずに水で濡らす事になり、会議が始まる時刻に間に合わなくなってしまった。鉄の習慣が初めて乱れた事から、ずっと立腹しているのである。
「栄華。怒ってる?」
「怒ってませんわよ」
目の前で共に仕事をしている男がおそるおそるといった様子でこちらを見てくる。早く仕事を片づけなければならないのに、全く進まない。
全く、この程度で集中力が途切れるなんて情けない。一度頬を叩き、気合いを入れる。
「だってほら、筆も全然進んでないし」
「……いいですこと?一々書いていたら、書いた分だけ大切な資源を消費します。消費を抑える為には、書く事を頭で纏めてから書く。貴方達は無駄が多すぎるのですわ。これからはそうなさい」
「書く事を頭で纏めるって、計算する時はどうするんだ?」
「もちろん、頭の中で計算も全てやるに決まっているでしょう?」
同じ事を言わせないで。無駄だから。と言い放ち、自身の考えに没頭する。時刻は既に午後。阿蘇阿蘇は売り切れていないだろうか、という不安を頭のよそへ押し込み今は仕事に集中する。何とか日が傾くまでには構想を纏めないと、と意気込む。
その意気込みは、この後部屋に乱入してくる猫耳軍師と頭に謎の置物を乗せている軍師によって打ち砕かれる事になった。
説明 | ||
拠点・曹洪2です。 謎の行動をする春蘭。何故こんな行動をしているのか、それは拠点・曹洪が終わった後に書く予定の拠点・曹仁に関係してきます。 なお、曹洪の性格や好みは公式ホームページの情報だけを見た私の想像によって出来ています。 本来はどのような性格なのかは分かりません。お目こぼしをいただけたら幸いです。 |
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コメント | ||
kazoさん。コメントありがとうございます。桂花のデレデレは次回本格的に炸裂するので、さらに物語に集中できないかもしれません!(ぽむぼん) 桂花のデレが尋常じゃないから、物語に集中できない(笑)(kazo) |
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