真・恋姫?無双 〜夏氏春秋伝〜 第四十七話
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「い、いけない!姫!下がってください!!」

 

魏軍、いや、今この時においては董卓軍と呼ぶべきか、その鬨の声を目前で受け、真っ先に金縛りから解けたのは顔良であった。

 

一軍の大将たる袁紹が最前線でいつまでも突っ立っているわけにはいかない。

 

直ぐ様己が主に退避を促す。

 

「ほら、文ちゃんも!私達も下がって、自分達の部隊の指揮を執らなきゃ!!」

 

前方で動き出した呂布に釘付けにされ、未だ動きを止めたままの文醜にも、同じように促す。

 

「はっ……!さ、下がりますわよ!斗詩さん!猪々子さん!」

 

「お、おう!」

 

間近から大声で呼びかけられたことで2人もどうにか再起動を果たす。

 

若干硬さの残る体もそのままにサッサとターンして自陣の奥深くまで戻り始める。

 

「と、突撃ですわ!華麗に突撃なさい!!」

 

前線の兵とすれ違いざまに袁紹は指示とも言えないレベルの命令を残していく。

 

が、袁紹が下がりきった後も、その命令は満足に遂行されない。

 

これには未だ兵達が金縛りの中にあること以外にも大きな理由があった。

 

袁紹軍の主軸となるのは数に飽かせた戦法、つまり間断なく兵を供給することで物量で押し切る戦法。

 

この際、前線に配置された兵が倒れることは織り込み済みである。

 

そうなってくると、軍全体の被害を能力値的に小さくしようと考えると、必然その前線に配置される兵は軍の中でも最新の兵である。

 

ここまでの戦、全てがそうであったのだ。前線の兵は、まさに使い捨ての駒とでも言うかのように。

 

今まで袁紹が対峙してきた相手は、白馬義従を除けば精鋭とは言えぬものであった。

 

そうであっても、少なくない数の兵が各地にて沈んでいった。

 

況してや、今回の相手は全軍が精兵と名高い魏軍、しかも相手の大将は”天の御遣い”。

 

今までとは段違いの濃厚さで漂う死の気配に、強制徴兵されただけの急造兵士が突っ込んでいけるはずも無かった。

 

「ど、どうしてまだ突撃していませんの!?さあ、今すぐ!突撃なさい!」

 

本陣に辿り着いて振り返った袁紹が怒りも露わに怒鳴り声を上げる。

 

それでもまだ尚尻込む兵にもう一声入れようとした袁紹の怒鳴り声は、しかし文醜の叫び声によって妨げられた。

 

「あ、あいつら、どんな動き方してんだ!?」

 

その叫びに釣られて袁紹と顔良も視線を前方、董卓軍へと向ける。

 

「……は?逃げてます、の?」

 

「そんな訳は……」

 

直前の戦闘する気満々の口上、溢れ出さんばかりの敵軍の士気、そしてものの見事に掻っ攫われたイニシアチブ。

 

当然袁紹軍の混乱に乗じて一気呵成に吶喊、痛撃を与えに来るものと考えていた。

 

ところが、いざ戦闘が始まるや、董卓軍の取った行動は、後方の歩兵隊列はそのままに、前方にあった騎兵達が左右に別れる形で移動を始め、誰一人として一直線に向かってくるものはいなかった。

 

開き方を見る限り、鶴翼の陣を敷こうとしているのか。しかし、それには決定的に人数が足りていない。

 

頭脳をフル回転させてその意図を図ろうとする顔良。

 

その努力を嘲笑うかのように、横に広く展開し直した董卓軍は、唐突に全軍が小型の弓らしき物体を構えていた。

 

「ゆ、弓ぃ!?いや、それにしちゃなんか小さくないか?」

 

文醜が思わず叫ぶ。

 

袁紹、顔良も同様の感想を浮かべたが、同時にこうも考えた。

 

とても満足に弓を届かせられる距離とは思えない。強弓でなければ尚更だ、と。

 

が、次の瞬間、この短時間で何度目になるか分からない驚愕が再び一同を襲った。

 

遥か遠方にて構えられた弓によって発射された矢が……袁紹軍にまで到達を果たした。

 

「うわあああぁぁぁぁっ!!」

 

「痛ぇ……あ、足が……」

 

「斗詩さん!さっさと対処なさい!」

 

「む、無茶言わないでください!」

 

まともに対処出来ず逃げ惑う兵、足を怪我して倒れ伏す兵。

 

彼らの阿鼻叫喚の声に混じって袁紹と顔良のやり取りが響く。

 

想像を越えた事態の連続に顔良の処理能力が追いつかず、脳が悲鳴を上げかけている。

 

それでも、自分が思考を放棄して漫然としていれば、袁紹軍に待っているのは壊滅という未来だけ。

 

それを理解しているからこそ、半狂乱に陥ってしまいたい誘惑に下腹にグッと力を入れて耐え、唇を噛み締めながら対処を考える。

 

「皆さん!出来る限り全速で前進してください!とにかく敵軍もこちらの射程に入れ、入り次第即座に応戦してください!」

 

導き出した顔良の答えは、前進。

 

敵軍の弓は見た目に反して長大な射程距離を誇っている。しかもその限界値は不明。

 

下がって態勢を立て直したくとも、下手をすればいつまでも射程距離外に出ること叶わず、大打撃では済まないかも知れない。

 

そう考えた末での結論であった。

 

「くっそ!おい、お前ら!いつまでも惚けてんな!あたいらもいくぜ!

 

 複雑なことは分かんねぇけど、敵の大将はあの白光りしている奴だ!あいつを討ち取るぞ!!」

 

顔良の前進の号令に合わせるように、文醜も自身の部隊に檄を飛ばし、吶喊を試みる。

 

ここにきてようやく袁紹軍も戦の態勢に入ることが出来たのだった。

 

 

 

 

 

 

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「北郷隊、右へ!呂布隊、左へ!董卓隊はその場!10数えた後、斉射!遅れるんじゃないわよ!」

 

詠の鋭い指示が終わらぬ内に既に全部隊が動き出していた。

 

移動しながら皆が心中でカウントを進める。

 

カウントが6の辺りで装填も含めて十文字の準備を完了。8に達する頃には展開も完了した。

 

そしてカウントが10を数えたその瞬間。

 

大気を切り裂く無数の音を耳に残しながら、圧倒的長距離を空を埋め尽くすほどの矢が飛んでいく。

 

放たれた矢は袁紹軍前線の足元に狙いを定められていた。

 

「よし。北郷隊、動くぞ!敵軍を攪乱しつつ射撃の腕も止めるな!」

 

『はっ!!』

 

号令と共に部隊は袁紹軍の外周に沿って動き出す。

 

距離は簡単には詰めさせず、馬の足と無数の矢を使って攪乱と攻撃、牽制をこなしていく。

 

左翼では恋と梅が同様の行動で袁紹軍を掻き回している。

 

中央では月の部隊が不動の砦のように盾で壁を作り、その奥から一層激しい矢の嵐が袁紹軍に向かって放たれている。

 

当初は複数のアドバンテージを最大限利用しての圧倒。

 

しかし、そこは伊達に河北四州を征服していない袁紹軍。

 

比較的早い段階で間断無く降り注ぐ矢の雨を掻き分けて袁紹軍が前進を始めた。

 

同時に中央から文の旗を掲げた一部隊が他に倍する速度で吶喊を始める。

 

戦は想定より少し早く第二ステージに移った。

 

つまり、ここからは各部隊のブレーンが臨機応変な対応を迫られることになる。

 

「第一小隊!吶喊してくる文醜隊を前に出て押し返す!武器を持ち替えよ!!」

 

一刀の号令と共に北郷隊の一部の兵が十文字を仕舞って各々の近接武器を手にする。

 

鐙に足を掛け直し、しっかりと体を支える態勢を取る。

 

「第一小隊以外はこのまま攪乱と弾幕射を続行!敵の前線に合わせて部隊を小刻みに動かせ!

 

 第一小隊、行くぞ!突撃用意……突撃ーー!!」

 

『おおおぉぉぉっ!!』

 

手短に指示を飛ばし、一部の兵を率いて一刀もまた吶喊を開始。

 

「戦前に説明したことを忘れるな!特に足だ!決して止めるなよ!」

 

一直線に文醜へと向かいつつ、部隊にもう一つの指示、というより確認を行う。

 

そして、上空を数多の矢が飛び交う中、文の旗と十字の旗をそれぞれ掲げた部隊が両軍間中央で激突した。

 

「うおおりゃあああ!!」

 

「ふっ!」

 

互いに先頭を切っていた文醜と一刀がすれ違い様に得物をぶつけ合う。

 

一拍置いて文醜の大剣と一刀の刀が高い金属音と共に互いを弾き合うや、両者とも数歩進んだ所で馬を反転させた。

 

互いの部隊の兵達が速度を緩めることなく武器を閃かせてすれ違っていく僅か外側で、流れに反して一刀と文醜が互いににらみ合う。

 

「へっ、やるじゃん!けど悪いな!あたいのこの斬山刀の錆にしてやるぜ!」

 

自身の実力を微塵も疑っていない、自信に満ちた表情。

 

以前の密偵結果と合わせて考察するに、今までの戦績に応じて培われた自信だろう。

 

さらに戦況を切り開くためにあえて吶喊してきた事から、春蘭のような勘タイプの武人であるように推測される。

 

彼我の戦力差の分析力は如何程のものか。その確認の為にも、一刀は言葉を発さずに、緩めていた馬の速度を上げる。

 

「はっ!」

 

「うぉっと!?」

 

今度は一刀から仕掛ける。間合いの僅か外からフェイントを織り交ぜての4連撃。

 

捌き方、接触前後の様子。よく監察した結果、一刀の中では彼我の戦力差がはじき出された。

 

「あっぶねぇ〜!なんだなんだ、随分と速いじゃ――」

 

「どっちがいい?」

 

「は?」

 

「馬上戦闘、地上戦闘。どちらでもお前の好きな方を選べ。

 

 好きなんだろう?武官らしく一騎討ちといこう。その上で完膚なきまで叩きのめしてやろう」

 

「っ!!言ったな、てめぇ……珍妙な格好しただけの優男が……っ!いいぜ、やってやろうじゃねぇか!

 

 降りろ、このやろう!あたいの大得意な地上戦闘で返り討ちにしてやんぜ!後悔すんじゃねぇぞっ!!」

 

策略の一部でもあり、明確な挑発でもある一刀の言葉。

 

文醜は見事なまでに嵌ってしまい、怒りと共に選択を叩きつけた。

 

基本的に兵の質が低い袁紹軍ではあるが、顔良と文醜の2人がそれぞれ率いる部隊はそれなりの練度を誇っている。

 

この2人の武は紛う方なく袁紹軍の2大武官。

 

その片割れと闘うとなれば、この一戦は袁紹軍の士気に大きく影響を与えることは想像に難くない。

 

上手く誘い込めた、と内心でほくそ笑む。

 

「よっ、と。よし、ちょっとだけ下がっててくれ、アル」

 

一刀は身軽に馬から降りると、自身の白馬にそう促す。

 

現皇帝・劉協から賜った白馬に、一刀はアルストロメリアと名付けていた。

 

劉協曰く、一刀と共に天から来た馬。

 

相応しい名前を付けるべきだと周囲から言われども、そうそう思いつくものでもない。

 

であれば、と取り敢えず、白馬から漂う凛々しさから取ってそう名付けてみたのだった。

 

意外にもこれが好評を博すことになったのはまた別の機会に話すとして。

 

完全な横文字名では呼びにくいこともあって、普段はアルと呼ばれている。

 

白馬自身もその名を気に入っているようだ。

 

一刀の命に承諾するように鼻嵐を鳴らすと2歩、3歩と後退る。

 

文醜は文醜で馬から降りると、自身の馬をその場に待機させて前に出てきていた。

 

周囲では戦闘が続く中、2人はある程度の距離を保ったまま一度静止する。

 

「そのすまし面、すぐに歪めてやんぜ!」

 

「御託はいい。掛かってこい」

 

「言われなくてもそうしてやん、ぜっ!!」

 

台詞と同時に文醜が大上段に斬山刀を構えて突っ込んでくる。

 

或いは身の丈をすら超えるやも知れぬ程の大剣。

 

ただ振り下ろすだけでも自重によってその威力は高いだろう。

 

文醜はそこに自身の腕力も加えることで相当の破壊力を引き出していると見えた。

 

「でりゃあぁっ!!」

 

気合いと共に振り下ろされた斬山刀。

 

右にサイドステップを取って避けそちらを見やると、直前まで一刀が居た場所が斬山刀に依って大きく凹んでいた。

 

地上戦が得意というだけのことはあるな、とその破壊力には感心する。

 

むしろ馬上でもあれを使って戦えるだけ凄いとも言えそうだ。

 

「だああぁぁっ!!」

 

とは言え、対人戦闘となれば破壊力がイコール戦闘力では無い。

 

振り上げ様の斬撃をまたもサイドステップで躱す。

 

「ふっ」

 

文醜が大剣を振り上げきった刹那の硬直を突いての一撃。

 

「どわっ!?」

 

全く力みを感じさせず、しかし速さ故の重さのあるその一撃に、文醜は無理矢理大剣を引き戻すことで対応してくる。

 

「疾っ!」

 

「くっ……!」

 

文醜の態勢に無理が出来たところで一息に連撃。

 

仕掛けた威勢は一転、文醜は防戦一方に追い込まれることとなった。

 

一刀の怒涛のような連撃をギリギリのところでなんとか捌き続ける。

 

余裕の無い文醜と違い、一刀はと言うと袈裟切り、逆袈裟、水平切り、と縦横無尽の高速斬撃。

 

攻め続ける一刀ではあったが、意識の全てを攻撃に回しているわけでは無かった。

 

「んの……やろうっ!!」

 

何度目かの袈裟切りに破れかぶれ気味に全力の斬撃をぶつけにきた文醜。

 

その気配を察すると、一刀は攻勢を止めて弾きあうようにして距離を取る。

 

戦もまだ始まったばかり、安全性を優先した結果の選択だった。

 

闘いの様相は一瞬にして動から静へと変転する。

 

再び始まった睨み合いは、今度は一刀から発せられた言葉によって破られた。

 

「文醜。君は恐らく今まで数多の戦闘で勝利を収めてきたのだろう。

 

 それによって培われた自信と実力は、なるほど大したものだ。だが、残念なことに、君は世界の広さを知らない。

 

 初手の2合に加えてこれだけ打ち合ったんだ。彼我の戦力差が正確に見抜けているならば……」

 

「ごちゃごちゃ煩ぇよ!お前はあたいが倒してここを押し通る!」

 

「…………虚勢では無く本心、か。一軍を預かる将として今取るべき選択は別にあったろうに。本当に残念だ」

 

初手の2合で推測した通り、今の一刀は文醜よりも格上の存在。

 

いくら軍に勢いを付けるために文醜の方から吶喊してきたとは言え、このような状態になったのならば一度退いて立て直すべきだった。

 

実際、文醜が一時撤退を選択した場合、今時点ではリスクばかりが大きい追撃はしなかっただろう。

 

ここで意地になって挑み続ければ、その先に待つは袁紹軍トップ2柱の一角の崩壊。

 

余程煮詰まった局面でない限り取ってはならない戦略と言えた。

 

「言ってろ!斬山刀・斬山斬!!」

 

掛け声と共に再び突っ込んでくる文醜。

 

特に技巧を凝らすでもなく、今まで以上の力で大上段から振り下ろす攻撃と判断する。

 

「悪いが、流れを引き寄せる為にも、斬らせてもらう」

 

今後の為にもここは確実に決めてやる。そう堅く決意して半身に構え、刀を体の横に水平に寝かせて迎え撃つ一刀。

 

極限まで高められた集中力は一刀に疑似的なスロー感覚を与える。

 

大剣を振り上げ、地を蹴って一歩一歩近づいてくる文醜。

 

文醜の間合いに一刀が入るその瞬間、文醜がより力強く地を踏み込む。

 

手にしたその剣が踏み込みと同時に徐々に振り下ろされ始める。

 

今までより数割増し、確実にこの日最速の剣筋。

 

しかし、今の一刀にはその動きが細部に至るまでよく見えていた。

 

剣の仰角が小さくなれば、必然自重により加速する。

 

一層速度を増して襲いかかってくる大剣。

 

その圧力をものともせず、半身にして引いていた右足を更に引き、正中線を丸ごとずらす。

 

決して焦らない。動きは素早く、しかし必要最小限に。

 

引き付けられる限界まで引きつけてのその行動に、文醜は対応出来なかった。

 

一刀の目前の空間を大剣が通り過ぎていく。

 

同時、まるですれ違うかのように一刀も体全体を前へと。

 

派手なバックスイングは必要無い。ただ、文醜とすれ違いざまに、その体に刀身を宛てがい、多少深く傾けてやるだけでいい。

 

一刀の態勢が半身から正面へと向き直る頃には、体が大剣の横を通過している。

 

構えた刀を傾け、いざ文醜に宛てがわんとしたその時。

 

「文醜将軍は―――」

 

2人の真横を今まさに移動していた文醜隊の中から1人の兵が得物を振りかぶって飛び出してきた。

 

途切れた言葉の続きは、殺らせん、と発しようとしたのだろうか。

 

元より一瞥もくれる気が無ければその真実は確認しようもない。

 

一刀が気づかなかった訳では無い。兵を放置してまで文醜と相討つつもりでも無い。

 

ただ単に、事前の打ち合わせ通りに進んだ策によって、気にする必要が無かっただけである。

 

一刀が兵を気にかけなかった理由。兵の言葉が途切れた理由。

 

それは台詞の途中で倒れ伏した兵の背後にあった。

 

そこに立つは、左翼に回ったはずの褐色の武神、恋。

 

一刀に僅かに遅れて到着した左翼からの近接部隊は、今や右翼からの部隊と連動して一層文醜隊を攪乱している。

 

それを率いてきた当の恋はそれが当たり前とでも言うが如く、一刀の一騎討ちに横槍を入れようとする兵にのみ狙いを定めて屠っていたのだ。

 

文醜や袁紹軍にとってはイレギュラーなこの状況も、一刀にとっては予定調和。

 

すぐ横で生じた一連にも一刀の速度は僅かにも鈍ることはない。

 

一刀と文醜の体がほぼ横並びになり。

 

文醜の右脇腹に一刀の刀が食い込み始めたその瞬間。

 

「させませんっ!!」

 

「っ!ちっ!」

 

文醜にすればギリギリのタイミングで、遂に一刀にとってのイレギュラーが発生した。

 

文醜の斜め後ろ、一刀が通り抜けようとしていたその先に、顔良が巨大な槌を構えていたのだ。

 

こんな戦の序盤に軍の最大武力がどちらとも最前線にまで出ている。

 

これが果たして袁紹の考えなしの命令なのか、顔良の独断専行なのかは分からない。

 

しかし一刀は一つの選択を迫られる。

 

このまま文醜に致命傷、そこまでいかずとも相当の痛打を加えるか、一度退がるか。

 

文醜を仕留めたとて、その後の顔良の攻撃を防げるかは良くて五分五分か。

 

実に絶妙な、一刀にとっては非常にいやらしい位置取りだった。

 

その顔良の位置、構えを見て即断。

 

刀ごと体を全力で斜め後方に引き、一足飛びに恋の隣にまで後退した。

 

再び距離が開き、今度は2対2の様相で対峙することになる。

 

しかし、多少のイレギュラーに見舞われても涼しい顔を崩さない一刀と恋とは違い、文醜と顔良の表情は強張っていた。

 

「……一刀、大丈夫?」

 

「ああ、問題無いよ。さっきはありがとうな、恋」

 

「……ん」

 

一刀に顔を向けて問いかける恋の姿は、一見すれば隙があるように思える。

 

しかしその実、意識はきっちりと周囲に向けられており、下手に斬り込めば簡単に返り討ちにされるイメージが浮かぶ。

 

そして、何よりも文醜達をその場に縛り付けているのは、いつぞやの戦にて文醜達の目の前で繰り広げられた光景だった。

 

恋が見せつけた、まるで次元の違ったその武。間近で味わったその恐怖。

 

過去の、それも半刻にも満たない短い時間の事なのに、それは猛毒のように体を巡る。

 

あれから何ヶ月も経ち、いくつもの実戦を潜り抜け、あの時に砕かれかけた自信を文醜達は再び取り戻していた。

 

だというのに。それすらも嘲笑うが如く、恐怖が蘇ってくる。

 

まだ本気で闘気を発散しているわけでは無い。だが、その大きさ、強さを感じ取れる者は感じ取れる。

 

あれから文醜達は確実に強くなった。だが、それ故により恋の恐ろしさが分かってしまっていた。

 

「……一刀、あいつら倒す?」

 

恋の意識が文醜達に向けられる。

 

ブワッと一陣の風のように指向性を持った闘気が2人に襲いかかる。

 

闘気には形など無い。にも関わらず、この時の2人にはまるで押し寄せる物理的圧力のように感じられ、思わず後退りたくなってしまう。

 

が、それは直後に弱まりを見せることとなった。

 

「この戦だけを考えればそれがいいんだろうけどね。ちょっと予定外の事態だ。

 

 大局に影響は無いといいんだが……取り敢えず恋は今しばらく周囲の兵を警戒していてくれるかな?」

 

「……ん」

 

素直に頷き、前方の2人に向けていた闘気を収める恋。

 

疑問も挟まず全面的に信頼してくれる恋に感謝しながら、一刀は視線を新たに現れた人物、顔良に向けた。

 

正面から視線に射抜かれ、顔良はビクッと肩を震わせる。

 

隣に立つ親友の様子に微かに覚えた違和感に眉を顰めかけた文醜だったが、直後に話し始めた一刀にすぐに意識のフォーカスが定められた。

 

「さて。これだけ速い段階で会うことになるとはね、顔良さん。確かに予定外ではあったが、丁度いい機会だ。

 

 ここまでの展開はどうだ?予言は着実に実現していっているだろう?」

 

「っ!!だとしても、私の答えは変わりません!何度言われても、何を提示されてもです!」

 

「頑なだな……別に周囲を全て排除しようと言うわけでも無いのに」

 

「……貴方は私達の敵です。そんな人の言うことを丸呑みになんて、出来るわけがありません」

 

「そこを信じてもらうために1人だったんだがな……まあいい。ならばこのまま予言通りに進めさせてもらおう。

 

 恐らくこちらの計画を大幅に修正する必要があるほどの事は起こらないだろうからな」

 

「……っ!!」

 

一刀の言に対して何かを言い返したい、そんな気持ちで口を開くも、紡げる言葉が出てこない。

 

顔良からしてみれば、ここまでは確かに一刀の言う通り。

 

たったここまでの短い間でも数々の奇策が弄され、今後も続くであろうその策が何も読めない今、何を言い返しても負け惜しみにしか聞こえないと悟ったからであった。

 

「それじゃあ、恋。この場は一旦一騎打ちは切り上げようか」

 

「……いいの?」

 

「ああ。文醜を倒してしまえれば、或いは一気に決めることも可能だったかも知れないが……

 

 これはこれで良い効果が出そうだしな」

 

「……分かった。赤兎、ある、おいで」

 

恋の呼びかけに応じ、少し後ろで地を掻きながら待機していた2頭が寄ってくる。

 

側まで来て下げられた頭を軽く撫でてやり、ひらりとその背に飛び乗る。

 

「ここいらで俺達は部隊戦闘に戻らせてもらおう。顔良さん、次に会う時には、いい返事を期待しているよ」

 

最後に意味深な笑みを視線の先に立ち竦む両者に向けてから、一刀は恋と連れ立って縦横無尽に走り回る一刀と恋の部隊の先頭へと向かっていく。

 

後には限界まで張り詰めた緊張の糸が解けたことでガクリと膝を折る2人の将が残されるのみだった。

 

 

 

 

 

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「斗詩……あたい、まだ信じられねぇよ……」

 

恐怖以上の驚愕の色を顔全体に滲ませて、文醜は呟く。

 

漠然と漏れたその呟きはどのような答えを期待したものなのか。

 

確実に言えるのはその期待は満たされなかったということのみ。

 

呟きかけられた相手、顔良は前方の一点、北郷達が去っていった先を睨みながら下唇を噛みちぎらんばかりに悔しさを露わにしていた。

 

「斗詩?……斗詩!」

 

「っ!?あ、文ちゃん……ご、ごめん。何?」

 

「……いや、何でも……ってそうじゃなかった!斗詩!あたいらはどうするべきだ?!」

 

「そうだね……えっと……」

 

顔良は文醜から見て遥かに頭の良い相手。

 

当然様々な悩みの種を抱えてることがあるが、今までどのような状況でも文醜が話しかければ反応しないことは無かった。

 

それ故に今この瞬間の顔良の異常が文醜の目には際立って見えたのだった。

 

思わず言いたいことを引っ込める文醜だったが、直ぐ様現在の状況を思い出して顔良に指示を仰ぐ。

 

問われた顔良は、未だ脳裏を駆け巡る様々な事柄を一度片隅に追いやり、どうにか状況を分析する。

 

文醜隊は袁紹軍の中でも精鋭と言えど、全員が騎馬兵では無い。

 

当然歩兵も多数含まれているのだが、ことこの吶喊においては全てを騎馬兵で構成してきている敵の部隊には相性が悪い。

 

騎馬兵同士にしても、馬の扱いならまだしも得物を振るう力が明らかに力負けしており、めぼしい戦果を上げられぬまま、ジワリジワリと数を減らされているような状況であった。

 

「…………退こう、文ちゃん。あの2人を相手にこのまま無策だと、文ちゃんの部隊が全滅しちゃう」

 

「斗詩がそう言うのなら……おい、お前ら!一旦引き上げっぞ!目の前に敵がいなけりゃそのまま下がれ!」

 

文醜の指示が飛び、徐々に部隊が退き始める。

 

文醜と顔良もまた自分の馬に跨り、どうにか軽い追撃を防ぎながら自軍の奥へと撤退していった。

 

 

 

顔良は自陣に戻ると隊の被害を確認。

 

文醜隊は怪我人こそかなりの数を出していたものの、討ち取られてしまった兵の数はそれほどでも無かった。

 

常に動き続ける馬上からの攻撃ゆえ、狙いが定まらなかったのか。

 

簡潔に推測を立てるも真なるところなど判明するはずもなく。

 

一度捨て置き、軍全体の被害を確認。

 

左翼、右翼共に散々に引っ掻き回され、陣形は乱れ、崩れ、前進はままならない。

 

唯一の救いは死者の少なさ。

 

こちらからの弓攻撃がほぼ届かないような長距離射撃、それだけで十分に厄介なのだ。

 

(これで殺傷能力まで高かったら反則もいいところだよ……あの人が作ったんでしょうけど、本当にいやらしい人……)

 

顔良は内心で毒づきつつも全体の被害を細かに確認、戦況を見て新たな指示を出し始めた。

 

 

 

両軍の邂逅から僅か半刻。

 

趨勢は現在曹軍の圧倒的有利。

 

されど袁紹軍には数がある。

 

かつてないほど集中して戦況を打開する策を練る顔良。

 

しかし、まだ顔良は理解していなかった。

 

一刀と詠の策によって袁紹軍に打ち込まれた、内部からジワジワと仕留めにかかる毒の存在を……

 

 

 

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どうも皆さん、こんにちは。ムカミです。

 

ふと気付いてとある場所を点々と読み返していたのですが……思った通り中々のポカをやらかしていました。

洛陽からの脱出での合流時に書こうとしていて、梅の容姿説明、全くしていませんでしたね……

 

ですので、一応設定としてはこのようにイメージして書いているよ、ということを以下に記しておきます。

 

 

 

高順

 

真名:梅(メイ)

 

髪型:銀髪、ポニーテール、先が肩にかかる程度

 

背:中

 

一人称:私  二人称:〜〜様、〜〜殿

 

服装:恋に合わせた臍見せスタイル、上は臍上までの鎧装着

 

 

 

ちなみに背のところですが、自分の中では小(季衣や流琉)、中(華琳や三羽烏)、大(春蘭や秋蘭)と言った分け方をしているため、このように表記しています。

 

 

 

説明
第四十七話の投稿です。


今回の話を書いててふと思ったのですが……

猪々子→斗詩『斗詩』
斗詩→猪々子『文ちゃん』

…………あれ?あれ!?斗詩って猪々子の真名呼んでない!?
真名呼ぶよりもあだ名の方が親しいということなのでしょうか……?
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コメント
>>心は永遠の中学二年生様 恋姫の真名の性質上、中国読みもOKなことを考えて、「うめ」よりも「めい」の方が恋姫に合っているものと考えました(ムカミ)
某クレヨンな作品の先生の読み方(ウメ)だと思ってた・・・(心は永遠の中学二年生)
>>ぶん様 色々と時間が無くて未だ戦国を買いもしてないんですよね……とりあえず確認してきましたところ……おおぅw説明欄の行動が確かに梅(メイ)に通じるところが……w台詞見る限りでは性格は違っているようで一安心(?)です(ムカミ)
梅さんこんな容姿だったのか。真名から戦国恋姫の牡丹な人を想像してましたw(ぶん)
>>デーモン赤ペン改めジェームず様 多少リスクもありますが、個人的に短期的にはかなり有効な策だと思ってますので。まあ、嫌らしい策ですけどねw(ムカミ)
あぁ、足を執拗に狙ったのって、やっぱりそういうことか。一刀くん嫌らしいな(ゲス顔(デーモン赤ペン改めジェームず)
>>naku様 どちらかと言えばヒットアンドアウェイの方が的確かな、と。与えられるところで一撃を与えてさっさととんずら。綺麗に決まれば相手にダメージとストレスを与えられる結構効果的な策だと思っています(ムカミ)
>>本郷 刃様 最早武力チートの恋、それに追随する一刀。春蘭や菖蒲には頑張って食らいついていって欲しいですね。そして相変わらずの黒一刀ですw(ムカミ)
曹操軍が双璧、その一刀と恋のコンビが揃ってしまえばあらゆる戦局が反転するでしょうね・・・一刀カッコイイです!(本郷 刃)
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真・恋姫†無双 一刀 魏√再編 

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