混沌王は異界の力を求める 23 |
「舞踏者か、面倒だな……」
思わず口元に手を当てた。ここは聖王教会の中庭だ、以前にここを訪れたときに、教会を切断した傷を修復するのを忘れていたため、ここに出てきたのだが、そこにスルトやトールが集まり、なし崩し的に今日の反省会を開いている。
だいそうじょうだけはとある者を迎えに第一カルパへ行っており、その姿は無い。
「相性の問題もあったのだろうが、我とトールがいとも容易く葬られた。かなり高位の使い手とみるべきだ」
「流石にシヴァクラスだと俺でもどうなるか分からんが、流石にそこまではないか」
中庭に備えられた椅子の上で胡座を組み、そう呟く。
「前にアリス会った時はどんなだったか覚えてる奴いる?」
問いを投げてみると、トールが手を挙げ、口を開いた。
「先日の護衛任務を除けば、最後に遭遇したのは“((北極星|ポラリス))”の世界だ。あのときはそれなりに強大な能力を持ってはいたが、我やスルトは勿論、オーディンでも単騎で渡りあえる程度だった」
「……あー、思い出した。確か受胎状態の世界の一部を、第二のアリスの国にしようとしてたんだっけか」
ぼやけていた記憶が鮮明になっていく。北極星の世界。世界の寿命を迎え、受胎をした典型的なボルテクス界だった。その中でベリアルとネビロスは、コトワリを宿すことの出来なかった人間を大量に殺害し、アリスの国を作り上げていた。しかしそれは、その世界のデビルサマナーと人修羅の手で、叩き潰されている。
「あのとき確か、あいつ等の持ってた死気の杖を強奪したんだったよな?」
「そう、それ故に死気の杖という核を失ったアリスは、数十年の間は復活出来ない筈だった」
アリスはかつて誕生して間もないに、ベリアル、ネビロスと共に、とある凄腕のデビルサマナーに討伐されたという話を聞いた事がある。その噂の信憑性は非常に高い、ケルベロスやクーフーリン等、何人かの仲魔が、その瞬間を目撃していると言っているのだから。
しかしそのころのアリスは、まだ魔人ではなく、その後に何かしらの影響を受け、魔人化したらしい。詳しくはまだ解っていないが、魔人として蘇生した際に死気の杖、という錫杖を核にして、アリスは復活したという。しかしそれを、一年前に自分達は奪った。
「アグスタで会ったときは正直警戒してなかった。核が無いとはいえ、死兆石の欠片でも手に入れて、死ぬ気で一年間アリスの残骸を集め続ければ、あの程度にはなると思ってた」
アグスタで会ったアリスは、弱かった。本当に魔人なのか疑った程だ。
「形だけの魔人なら、別に俺達だって作れる」
今日であったアリスは強かった。トールとスルトを遊びながら殺し、魔法一発で都市一つを消滅させてみせた。恐らく、真っ正面から馬鹿正直に戦えば、自分といえど手を抜いたままで戦うのは困難だ。
「スルト、トール。一つ確認したい」
「何だ?」
業火の太刀と雷槌に視線を向け、口を開く。
「お前等、アリスに一発でも攻撃を入れられたか?」
問いに、二人の巨人は気不味そうに視線をそらす。
「いや、別にそれを叱責するわけじゃねえ。ただ一つ気になってな」
「……我は否だ。槌による打撃も、雷撃も全て無効化された」
「同じく、斬撃、炎圧、両者とも通用しなかった」
「その方法は? 耐性による無効化か?」
「否……いや、確かに雷撃は耐性のようだったが、打撃は……何といえばいいのか……耐性による無効化ではなかった、それは確かだが、通用しなかった」
「スルトは?」
「うむ、アリスは自ら『火炎吸収』と語っていた。しかし、『殺神』を放った際は、飛ばすように弾かれた」
そうか、と息をつく。どうやら自分の想像は当たりのようだ。
「我が主? その問いには何の意が? 確かアリスにナイトメアと尋ねていたようだが、それと関係が……?」
「ん、ああ。まあ気にすんな、解っても何も変わんねえから」
訝しげにこちらをみる面々に、ヒラヒラと手を振って応じる。
「……そういえば我が王。話は変わるが良いだろうか?」
「何だトール」
「この教会の名は、確か聖王教会と言ったが、それは間違いないか?」
「ああ、それが?」
「……いや、何でもない、確かめたかっただけだ」
そう言ってトールは口を閉じ、何か考え出した。見ればオーディンとスルトも同じ姿勢を取っている。それに人修羅が首を捻った、と、そのとき。
「あ、ここに居ましたか」
その場に新たな声が来た、見ると中庭の入り口に二つの人影があった。なのはとフェイトだった。
「? どしたよ?」
彼女達は、少女の保護先をどうするかで話し合っているはやてとカリムの代わりに、保護された少女の元へ行った筈だ。何故ここにいるのか。こちらの問いに、彼女達は一度視線を交わし、なのはが答えた。
「ちょっと、手を貸してくれませんか?」
「あ?」
二人に連れられて移動した先は、例の少女が寝かされている部屋の前だった。
「あの娘怖がっちゃって、目を覚ましてから部屋にカギを掛けたみたいで、閉じこもって出て来ようとしないんです」
はーん、と何となく自分が何故連れて来れられたのかを察した。
「この部屋のカギは? 若しくはマスターキーとかは無いのか?」
聞くと、フェイトが頷いて言った。
「カギは部屋の中です。カリムにも聞きましたけど、マスターキーは無いと」
「そうか、因みにこの世界に開錠術式みたいなものは?」
「有りませんよ、悪魔の魔法の中には?」
「無えよ」
取り敢えず、木製の扉に手を当ててみる。
「扉の厚さは約四センチ。内部の広さは大凡で四メートルの正方形といったところか。窓は開閉不可のものが四つ、通気口の類いは無……いや、天井が一タイル空いてるな、内部にはあの娘一人か」
「もう人修羅さんがそういうことしても驚かなくなりましたね、わたし達」
なのはが自嘲気味にそう笑った。
「廊下から中に声かけても無駄だな、向こうはこっちを警戒してる……カギが無いって言っても、扉や壁をを破壊すればトラウマになりかねんな。口を聞いてくれんくなる」
「止めてくださいよ?」
「やらねえよ」
扉から手を放し、取り敢えず二人に意見を聞いてみる。
「自発的に出て来んの待ってたら夕食時、下手したら真夜中んなるぜ。まさか、そこまで待つほど、お前等も暇じゃねえだろ?」
「でも……中に入る手段もないですし、わたし達にはどうすることも出来ませんよ。時間がかかっても、自分から出てきてもらうのを待つしか……」
「あの娘には綾く安心してもらいたいし、それに何でレリックを持ってたのかとか、いくつか聞きたいこともありますから……人修羅さん、何か良い方法ありませんか? もちろん力づくは無しですよ」
「ふむまとめるとだ、破壊的な手段を使わずに……つまり自発的に小娘一人を部屋から出せばいいってことだろ?」
は、と思わず笑みが出た。
「簡単じゃねえか」
「え?」
驚いたように二人がこちらを見た。思えば彼女等が驚くのも、めっきり少なくなった気がする。ほぼ間違いなく自分の仕業だと言う自覚はある。
「……人修羅さん、逆に出来ないことってあるんですか?」
「俺は万能だが全能じゃねえ、出来ないことくらいあるさ……なあお前等、小耳に挟んだんだが、昼にピクシーから、真逆に存在する全ては、同時に存在する、そのさわりの部分を聞いたんだよな」
なのはとフェイトはちらと視線を合わせ、そして同時に頷いて答えた。
「はい、武闘派と穏健派は同じだとか、右が存在しないなら同時に左も無くなるとか……」
そこまで聞いてるなら十分か、と笑みを作って見せた。
「対極に位置する二つは同時に存在する。良い機会だ、それを実践してやろう」
何故か眼前の二人が不安そうな顔を作ったが、気にしないことにした。
「お前等はこの部屋からちょっと離れた所で待ってろ、すぐに出して見せる。少し離れた所で良いからな? 離れすぎると意味が無くなる」
「うう……」
何故、自分はここに居るのだろうか? ベットの上で膝を抱え、答えの出ぬその問いを、先ほどから何度も頭の中で復唱していた。地下水道を歩き、地上の光を見たところまでは覚えている。そこから自分がどうなったのかが分からない。逃げ出したあそこの連中に捕まり、連れ戻されたのか、それとも別の所なのか、外に出れば判明する事かもしれないが、その勇気は自分にはない。
「……?」
そのとき、ふと、何かの違和を感じた。それは神経を尖らせている今だから感じられたもので、普段であれば無視しているレベルの違和だ。空気がおかしい。
――カタッ
「え……?」
突然何かが室内で動く音がした。今までも、室外から人の話し声や、足音は時たま聞こえてきた。しかし今の音は自分しかいないはずの室内でのものだ。しかし明かりを付けておらず、窓からの夕陽のみしか明かりの無い今では、その物音の出所を探ることも出来ない。
“死は万象一切に訪れる”
「!?」
初め、それが声なのだと、認識することが出来なかった。耳から入って脳が理解するまでに、数秒もの時間をかけた。そして、理解したその瞬間に更に変化が起きた。窓が夕日を差さなくなったのだ。強い闇が部屋に舞い降りた。
“逃避を許さず”
その声はまるで、生きている者の声では無いように聞こえた。いや、実際にそうかも知れない。何故なら、声と同時に部屋の中央に、青白い馬に乗った、黒いフードの付いたローブを纏った、生者とは思えぬ男が出現していたからだ。先ほどの物音が、馬の蹄の音だと気付いたのはその時だった。
“拒絶を許さず”
そして、ローブの男が巨大な鎌を携えていることに気付いた瞬間、全身の血の気が引くのが、嫌でも分かった。身体の震えが止まらない、歯が鳴るのを抑えられない。
“幾ら足掻こうと避けられぬ 運命に予定されたプログラム”
男が恐怖で身動きの取れぬこらちを見た、しかし、その顔は人の顔をしていなかった。白骨だった。
“魂に刻まれたアポトーシス 命を蝕むネクロ―シス 子羊に迫る死の足音”
さぁ
「黄泉が汝を迎えに来たぞ」
肉の無い、骨骼だけの固く、冷たい手が、こちらの頬に触れた。
『デビルタッチ』
「っ―――!!」
声にならない悲鳴が出た。
「ああああああああああああ!!」
「!?」
「何!?」
突然、物音一つしなかった室内から、大音声が響き渡って来た。人修羅さんのすることという理由で、若干の不安を抱えてフェイトと廊下に待機していたのだが、そこにいきなりの叫び声だ。
「うあああああああああああ!!」
見れば、扉をぶち破る勢いで開け、転がるようにして飛び出してきたのは、あの少女だった。彼女は異常といって言いほどに怯えており、こちらの姿を見つけたとたんに、駆け寄り、凄い力で腰元に抱き付いて大声で泣き始めた。少女の涙や鼻水等で見る間にスカートが濡れていく。
「なのは! その娘お願い!」
言うが早いか、フェイトは一瞬で開きっぱなしの扉を潜り、室内へと身を躍らせた。
「………」
室内はフェイトに任せて大丈夫だろう、ならば自分はこの少女を落ち着かせるべきだ。
抱き付いた少女の脇下に腕を通して持ち上げ、抱きかかえる。すると少女は、嗚咽を漏らしながら、更に力を込めてこちらにしがみ付いてきた。
「大丈夫、大丈夫だからね」
少女の頭を優しく撫でる。サラサラとしていながら、しかし痛んだ髪の感触が手に伝わる。そうして、暫くしている内に、少女の嗚咽が徐々に収まり、やがてそれは静かな寝息へ変わった。
「なのは」
まるで、少女がそれを見計らったかのように、フェイトが部屋から顔を出した。
「フェイトちゃん、どうだった?」
何が、とは聞かなくてもフェイトには通じる。フェイトとはそれほどの仲だ。
「……何もなかった」
「え?」
「何もなかったの。色々調べてみたけど、その娘がそこまで怯えるようなものは特になかった」
「どういうこと?」
疑問を口にはした、が一つだけ、先ほどから一つの予感だけは頭の中にあった。
「おー、うまくいったか」
予感の声が来た。
「正直出て来るかどうかは半々だったが、どうやらうまくいったか。良かった良かった」
フェイトがノーモーションで人修羅さんに膝蹴りを叩き込んだ。だが彼は後方宙返りを二回連続で放ち、更に空中で三連スピンを決めて避けた。
「な、何をする!? 俺が避けなかったらお前の膝が砕けてたところだぞ!」
「無駄にアクロバットな避け方と、その発言にも興味がありますけど後にしましょう……この娘何したんですか? 力ずくは無しって、言いませんでしたか、私?」
無感情な声色でフェイトが人修羅に問うた。
「何簡単な事よ。外が怖くて閉じこもるのなら、中をもっと危険にしてやれば良いだけ、てけとーに魔人放り込んだ」
フェイトが復元したバルディッシュを振り下ろした。白刃取りでそれを受け止める人修羅さんにフェイトは吼えた。
「何してるんですかっ!! 怯えてるじゃないですかっ!!」
「じゃあどうしろってんだよっ!! こうでもしなきゃ出ねえだろうがっ!!」
二者の大声が廊下に響き渡る。
「二人とも静かにして」
静に、しかし有無を言わせぬ声で言う。
「この娘が起きちゃうでしょ」
「……御免なのは」
「……悪い」
「それでよし、人修羅さん。くわいく聞きたいところですが、ここじゃそんなに立ち往った話も出来ませんし。ロビーに行きませんか?」
「構わないが……いいのか? それは抱きかかえたままで」
人修羅が少女を指さす。
「離してくれそうにないですから」
力強くこちらの衣服を掴んだまま寝息を立てる少女に、苦笑ではない笑みが浮かんだ。
「来い」
とソファに深く座った人修羅が、虚空に拳を叩き付け、空間にひび割れを作った。そういえば人修羅が配下の悪魔を召喚するのをみるのは久しぶりだ、となのはは思った。だが、そんな思いは次の瞬間に消し飛んだ。
「………」
その悪魔……否、魔人は無音で現れた。気のせいか、周囲の僅かな音さえも、その魔人の出現と共に、その成りをを潜めたように思える。不気味な青白い馬に跨がり、黒のローブを纏ったその姿は死神を思わせる。だが、それを差し引いても、その者の纏う雰囲気が異様だ。スルトの様な苛烈さも、メルキセデクの様な神聖さもない。その異様さを表すのに、必要な文字はたった一つで済む。“死”だ。
「”死病の騎士”ペイルライダーだ」
死病の騎士……! 先ほどのオーディンさんの話に出て来た、三人の兄弟と共に世界を滅ぼした魔人だ。ちらとフェイトを見れば、同じ思いを持ったのか、眼を見開いている。
分かった。オーディンさんが何故あそこまで魔人を警戒していたのかを、このペイルライダーという魔人を前にして始めて理解した。危険だ、魔人という種族が、死そのものであるという言葉の意味を今正しく、理解した。
「……それで? 人修羅さん、何故悪……魔人を投入させるような真似を? それこそこの娘が心を閉ざしてしまったらどうする気ですか?」
それについては同意だ。先ほどはこの娘が眠っていなければ、自分もフェイトと一緒に人修羅に喰って掛かっていただろう。
「それについては問題ない。否、問題は一つあるが、それはお前達にとっては些細なものだ」
「……詳しくお願いします」
うむ、と人修羅が頷いてみせる。
「確かにそいつは、恐らくペイルライダーに対してトラウマを負っただろう。暫くだいそうじょうに会わせない方が良いだろうな。勿論、危険度ならお前等も会った事のある、ベルゼブブやマーラを投入した方が高い……マーラの場合は別の危険度が上昇するが……」
いやそれはどうでも良いか……良くはないが、と人修羅は一度言葉を失ったが、すぐに再起した。
「あいつ等がもたらすのは、純粋な力だ。一端の戦士ならともかく、年端も行かぬ小娘の前に出た所で、警戒はされるだろうが、自発的に部屋から飛び出すだけの恐怖を与えられるかといえば、微妙な所だ」
だが、と人修羅さんはペイルライダーと呼ばれた魔人を見た。
「俺達の気配は純粋な混ざりっ気のない死だ。このペイルライダーは、仲魔の魔人の内で、最も殺戮に特化した奴だ。こいつだけだぜ? 固有の能力が、条件がそろえば、有無を言わさず敵全員を鏖殺っていうのは、そんな奴の気配を無防備に受ければ、まあ、結果はお前等の見た通りだ」
それを聞き、先ほどの少女が半狂乱して飛び出して来た様を思い出す。
「しかし、そいつが直の死に触れた事で、むしろお前達的にはプラスになったはずだ。死への恐怖の対極に存在するのは、生への執着。人間も悪魔も、死ぬ寸前に死にたくないとおもうだろ? あれのことだ。つまり死の直前に、生を求めた結果がそれだ」
と人修羅は眠り続ける娘を指差す。
「反応と様子を見る限り、敵の斥候やそれの類ってことは無いみたいだ。これから大変だぜ? お前、いやお前等、刷り込みがどう作用したか、その場に居なかった俺には解らねえ、だが……くくく、頑張れよ」
人修羅さんが軽薄そうにそう笑った。
「頑張れよ……って、人修羅さん……!」
フェイトが何かを言おうとして腰を上げかけた。だが。
「控えよ」
「………!」
「!?」
威を含んだ声が、それを阻んだ。みれば自分とフェイトの首筋に冷たいものが触れている。視線を落としてみれば、それは巨大な鎌、曲刃だった。突き刺すような殺気と刃に二人は身を動かすことが出来なくなった。見れば、静かに寝息を立てる少女の首にも曲刃が付きつけられている。
「不敬だ人間。その命、早くに散らすをお望みか? 花首手折るが如くに、刹那に素首摘み取ろうか」
ペイルライダーが視線をずらすことなくそう言った。だがその手には何もない。だが首筋には質量のある刃。仕掛けは解らないが、この悪魔は何もせずに部隊長格二名の生殺与奪権を握っている。
「刃を下げろペイルライダー。そいつ等と俺は同格だ。そう考えろ」
「御意に」
ライトを反射する鏡のような刃が首から離れる。急ぎ刃の消えた背後を確認してみるがそこには何もなかった。
「悪いな、家の騎士が粗相をした」
「否、我が主には何の非も無し。その身の命を違えた者の咎だ」
「ペイルライダー』
「失敬……されど心得よ人間共。貴殿等などこの人修羅様の前には、一夜限りに咲く竹の花が精々であると心に刻め。油断召されるな、この“死病の騎士”は貴殿等のそのときを、今か今かと待ち焦がれているとしよう」
「ペイルライダーいい加減にしろよ?」
「……失礼」
ペイルライダーがその身を引いた、それに興を削がれたのか、フェイトも腰を下ろした。
「済まん、言葉が足りなかった。俺が頑張れって言ったのはな、先も行った通り、死の対極、生を求めた結果―――」
そのとき、人修羅の言葉を遮るように、一つの言葉が来た。しかしそれは遮るというよりかは、呟かれたような小さな声だった。
「マ…マ……」
少女の寝言だった。
「まあ、つまり、そういうことだ生の象徴である母を求めた結果だな」
人修羅が苦笑気味にそう言った。
「そいつは敵じゃねえ、それは今さっき確認出来た事だ。問題はないだろ」
「……そうですけど」
フェイトが何か納得出来ない様子ではあったが、上手く言葉に出来ないようだ。
「しかしお前、さっきから突っかかるね。その娘は別にお前の身内でも何でも無いだろ? 何でそんなに親身になる?」
人修羅さんが腕組みをし、不審そうにそう言った。
「何でって……あたりまえじゃないですか!?」
「それが解らない。その娘は敵ではない、それは俺が保証する。だがしかし、その娘が敵の特攻自爆兵器だったらどうする気だ? 俺が『アナライズ』掛けたから可能性は無いが、もしその娘が((聖王教会|ここ))や六課でいきなり、キロ単位で自爆するかもしれないだろ? 何でその可能性を考えない?」
「………!?」
人修羅さんの言葉に、思わず愕然とした。今までも人修羅さんとは会話が噛み合ないことはそれなりにあったが、これほどに思考がこちら側と乖離しているのは、初めてだった。
「俺ならしないが、敵はするだろ。俺達は生き残る自信が有るが、お前等はそうはいかんだろ」
人修羅さんは何の疑問も無くそう言った。そうではない、勿論、その可能性は考えなくてはいけない、それは一部隊を率いる隊長として当然のことだ。しかし、何故それがいきなり出てくる? この娘への情以前に、何で一番始めに思うことがそれなのだ?
「人修羅さん」
問う。
「何だ?」
「何で……その……いきなり、そんなことを考えられるんですか?」
「されたことがあるからだ。俺が覚えている限り三回程な。全部別の戦闘だ」
「………!」
絶句した。自爆兵器など、最も人道的に反する行為だ。戦争末期でもそこまで酷くなる組織や国は少ない。現に、自分はそんな戦場に立ち会ったことはない。一体人修羅さんはどんな戦闘を潜り抜けて来たのか。
「……ああそうか」
人修羅さんがしまった、と言うような表情を作った。
「お前等人間だったな、忘れてた。価値観が違うんだった」
その言葉に思わず眉が寄った。先ほどオーディンさんも【我々は悪魔と人間だったのだった】と言っていたからだ。それが、何だというのだろうか?
「あ、ここでしたか」
「ん?」
そのとき、ロビーに新たな人物が現れた。シャッハだ。
「だいそうじょうさんが、そろそろだと仰って、皆様を呼んでこいと」
「ああ、もう呼んで来たのか。早いな」
唯一だいそうじょうが何をする気なのか解っている人修羅は、早々に立ち上がった。
「人修羅さん、さっきは誤摩化されましたけど、だいそうじょうさん一体何をする気なんですか?」
聞くと、人修羅は悪戯っぽく笑みを浮かべると言った。
「探知だ。この世界のどんな機器よりも優れたな。そうだ、ペイルライダーお前戻ってろ、容量的に拙いかもしれん、ご苦労だったな」
「感謝の極み」
そう言って頭を下げたペイルライダーは、ちらとこちらを一瞥すると、駆けるようにして、空間の割れ目に飛び込んでいった。
「ところで、それはどうすんだ? 目が覚めた時にだいそうじょうがいたら、トラウマに突刺さんぞ」
と言って、人修羅さんは少女を指差した。未だに少女は眠り続けている。
「……部屋で寝かせておきます、念のため」
「そうだな、それが聡明だ」
「助かりましたわルーお嬢様。ルーお嬢様の大型帰還魔法でなんとか全員戻ってこれましたわ」
「ん」
クアットロがルーテシアに声をかけるのが聞こえる。そばにはディエチとセイン、トーレも居る。ルーテシアの肩上で、アギトはそれを半分眠った脳内で感じていた。ここは都市部ではない。
ここはどこにあるとも知れぬ場所、スカリエッティのラボとも言えるところだ。正直言って、こんなところには来たくもないが、ルーによれば『女王』がこちらに来ているらしく、ゼストと合流する前に、先に『女王』を迎えに行きたいとのことで、それに付いて来たのだ。こんなところにルーを一人で行かせたくない。
「………」
「トーレ姉、まだ機嫌悪い? あたし達のこと怒ってる?」
先ほどから無言で、眉根を寄せたまま大股で歩みを進めるトーレに、ディエチは顔に僅かな不安を含ませて小さく問うている。
「ん、いや、そうではない。すまないディエチ、お前達に激怒しているわけではないのだ……ただな、どうにも自分自身に腹が立つのだ、あれだけの大口をお前とクアットロに叩いておきながら、私自身もこれだ。それがな……」
「いや、でもトーレ姉、それはしかたないんじゃない? アリス嬢が遊びだしたなら、いくら私達ナンバーズでも、戦闘範囲で行動できるのは私だけなんだから、戦闘中でも離脱は仕方ないって。呪殺耐性無いんだしさ」
唯一地中を行動範囲とするセインは、トーレの機嫌を戻そうと、ディエチの横から言う。何故かトーレは小型の岩石を携えているが、誰もそのことを気にしていない。
「うむそれは分かっている。だがセイン、動けると言ってもお前の戦闘能力は、全て固有悪魔のものだろう? お前自身に戦闘能力は皆無だ……ノーヴェやディードの戦闘プログラムにお前も参加してみるか?」
「……謹んで遠慮します」
そんなことをぼやけた脳が音として拾ってくるが、意味としては理解していない。頭の中では、夢と思考が混ざり合い、過去のことを夢想していた。我が身の素性を知らぬ。それが自分について知っている唯一の事だ。
どこで生まれたのか、名前が何なのかさえ知らない。アギトという名も、ルーテシアがつけてくれたものだ、本当の名前では無い。気が付いたときには、白一色の部屋で実験動物として使われていた。あのころは肉体も精神も、無限の怠惰と淡泊な苦痛に蝕まれていくだけだった。様々な薬物を投与したり、機材を接続してくる白衣の連中が、誰の指示で実験をしていたのか、今では知ることは出来ない。全て燃えてしまったから。
ある日、白の部屋が赤に変わったのは今でも覚えている。血と炎、そしてレリックの色。そのとき、ゼストとルーテシアが自分の戒めを解放してくれた。そのときから彼等についていっている。聞けばあのとき、ゼストとルーテシアは管理局のトップシークレットだったらしい研究所からレリックの反応を感じの奪取しに来たという。
「………ん」
微睡みが深まる。意識は更に沈んでいく。浮かぶのは更に過去のこと。昔の記憶は殆ど無い、人間で言う親、マイスターやロードが誰だったのかも覚えていない。ただ、自分の一番古い記憶、ルーやゼストと出会う前、研究者に身体を弄繰り回されていた頃よりも更に前。
ほんの微かにしか覚えていないが、唯一覚えている故郷の記憶がある。
それは一面の火炎の海と、炎に喰い尽くされようとしている、寄れば崖と見紛う程の途方もなく巨大な樹。そして炎を持った男と、光を持った女だった。
「―――に火を放った。ム―――ミズ―――イムも全部、塵に返―――」
「そうで――」
「―――の野郎は―――飲まれて―――ルの奴―――相打ち、―――った今、俺が殺し―――」
「ええ―――樹が燃え、三人―――くなったことでこの世界―――できなくなりました、よしんば―――者は誰も―――」
彼等が何を話していたのかは、断片的にしか覚えておらず、更に断片的過ぎて何の話かも覚えていない。
「ロ――――達も、俺の部下――――皆死――死なねえバ―――前にすでにあの世―――今―――俺とお前―――」
「そうなります―――不可侵であっ―――ギム―――ヴァ――も崩壊し死者すらも消滅―――方の仕業―――?」
「―――知らね―――ルムかヨル―――がぶっ壊したん―――界が終わ―――前は何だ―――仇でも取り―――」
「―――と私が言った―――貴方―――するのですか?―――ルの王」
「はっ、あんた―――何しに来よ―――お前―――神、俺―――人だ―――において、やること――――だろうが」
「ええ」
「斬り合―――滅ぼし――殺―――それだけ―――うが」
彼等が何を話していたのかは、今となっては知るすべがない。どこの世界のどの位昔の出来事かも分からないのだ。少なくとも、十年単位ではない。若しかしたら、彼等の内のどちらかが、マイスターだったのかもしれないが、今では顔も思い出せない。
「―――死ネッ!!」
「―――ッ!!」
「? アギト、どうかした」
意識が覚醒した。こちらの挙動を不審に思ったか、ルーが声を掛けてきた。
「い、いや、何でもない」
「……そう」
ルーは首を傾げたが、すぐに視線を前に戻した。
(くっそ……嫌な夢だ)
髪を掻き毟りそう思う。何でこんな悪夢を見たか、理由など分かり切っている。あいつ等のせいだ。遠目でしか確認していないが、ユニゾンデバイスをその身に宿した魔導師がいた。その中に居たユニゾンデバイスの姿は、常人では視認することは出来ないが、ユニゾンデバイス同士なら見える。変なバッテンを頭につけた銀髪のチビ助だった。
(初めてだな……)
自分以外のユニゾンデバイスを、今まで見たことが無かった。それだけに、あのチビに思う感情は強かった。気に入らない、あいつは無限の怠惰も、淡泊な苦痛も何も知らないのだろう。しかし、自分が誰かは分かっているのだろう、しかも気配からは、氷結属性を得意としているように感じた。完全に自分と対照的だ。
(それだけじゃねえ……)
理由はもう一つある。あの炎の魔王だ。気配も魔法も、そして動作の一つ一つ、その全てから爆炎の苛烈さが滲み出ていた。べリアルでさえあそこまではない。炎は自分にとって最も身近で、そして記憶の随所でその存在を主張している特別なものだ。
自分は炎熱属性、ゼストとルーに助けられたときは全てが燃えていた。そして、故郷は炎はに包まれていた。その所為かどうかは分からないが、あの魔王を見たとき、ゼストやルーテシアの前では絶対に言えないが、少し見惚れた。そしてそう思った自分を恥じ、火球をぶつけてやったが、奴は造作もなくそれを返してきた。そして返された火球に触れたとき、奴の炎の強さを知った。無茶苦茶だった、自分の炎など話にもならない。
(くっそ……)
頭の中で炎の魔王に思考を寄せ始めた自分の意識にストップをかける。あれは敵だ、ゼストとルーの邪魔をする一人だと、その言葉を反復させる。
(だけど……)
と思う。もしかしたら、自分のマイスターはあんなような人物ではなかったのかと。しかしその思考はいきなり響いた轟音によって掻き消された。
「……何です? この距離感?」
会議室でティアナはそう口にした。その言葉が今の状況のすべてを物語っている。
「……そうであった、抜かったわ……」
息をつくだいそうじょうの姿と声が遠い。だいそうじょうだけではない、人修羅も、スルトも、トールもオーディンも、悪魔陣営と人間陣営との距離が、何故か机を挟んで限界まで離れている。
「人間ばっかじゃない! こんなとこに連れてこないで!」
原因は解っている、円陣を組むように立つ悪魔陣営の中央に、淡い輝きを放つ赤白い浮遊体の所為だ。
「人間は嫌いなの! 王様だって知ってるでしょう!?」
「俺に言うなよ……」
浮遊体は先ほどから獣のような唸り声をもって威嚇している。言動から、完全に人間を敵視していることが解る。
「落ち着けよカマラ、こいつ等は大丈夫だ。お前が嫌うように残酷な人間じゃねえよ」
「王様は何でそんな事言えるの? 人間なんて皆同じなんだよ? アタシは知ってる!」
カマラと呼ばれた浮遊体は、ソプラノの声で真っ正面から人修羅に意見している。
「……だいそうじょう、お前が連れて来たんだから何とかしろ」
「!?」
何か言いたげなだいそじょうを完全に無視して、人修羅は人と魔のクレバスを超えて、人間陣営に移動した。
「人修羅さん、あれは何なんですか? 悪魔ですか?」
なのはがカマラを指差し言う。カマラはだいそうじょうどころか、周囲の悪魔も巻き込んで大討論を開催している。何故かトールとだいそうじょうがカマラの側について、スルトとオーディンと言葉の豪速球のやり取りをしている。
「あいつはカマラ。悪魔では無いな、思念体だ」
「思念体?」
ああ、と頷いた人修羅は問いを作ったなのはを見、そして人間全員をぐるりと見回し言った。
「簡単に言えば元人間だ。ちっとばかし特別な死に方をするとな、肉体が消滅しても、魂だけがその場に完全に残ることがある。だから意思疎通は完璧に出来るし、幽霊や亡霊と違ってこっちに敵意を向けてくることもねえ」
「……その割には凄い威嚇してますけど」
「あれはあいつが大の人間嫌いなだけだ」
悪魔陣営の討論はいつの間にかヒートアップしており、何故かスルトやトールが武器を構えだしているが、流石に無茶はしないだろうと無視した。ギンガやカリムは慣れていないようでやや緊張した面持ちであったが。
「それで、カマラ……で良いんですか? あの娘が何なのかは解りました。けど、何故だいそうじょうさんはあの娘を連れて来たんですか? さっき聞いたときは探知って言ってましたけど?」
「ああ、カマラはな、お前等で言う所の((希少技能|レアスキル))の所持者なんだよ」
人修羅の言葉に何名かは、え? という言葉を作り、その他は同じく希少技能持ちである、はやてとカリムに視線を向けた。
「マジでレアだぜ。俺が再現出来ない技能なんてどれだけ少ないと思ってんだ」
と人修羅は何故か嬉しそうに言った。
「と言っても戦闘向きの能力じゃねえし、複数必要な能力でも無えけどな」
「それで? その技能はどういった物なんですか? 障りが無ければ教えて頂きたいのですか……」
同じ希少技能持ち故か、カリムがやや期待を込めた眼で人修羅に言う。
「極めて分かりやすい。あいつの希少技能はな、どれだけ距離が離れていても、例え隣の世界でも、活動している魔人の位置が解るって能力だ」
「……?」
「ミッドチルダ風に言えば、((魔人探査|プレイス・オブ・デス))とか((自殺場所|ゼーヴェストモード・アトラクション))になるのか?」
「希少技能は元から名前が決まってるものが多いですけど、そうでない場合は管理局本部が、技能申請の際に呼称を決めますから、この場合はどうなるでんしょう?」
「……バカスバル、真面目に返さなくていいから」
「いえあの、それはそれとしてええんやけど、その技能が今何の役に立つん……?」
眉を潜めてはやてが言う。
「あ? 解んねえか? 今敵陣はだいそうじょうの作ったレリックのレプリカを持って撤収していった」
「せやな、それは解っとる」
「あのレプリカは完全にだいそうじょうの一部といっていい。だいそうじょうの意思一つで活性化も消滅も思い通りだ」
解るか? と人修羅は笑みを見せた。
「あれを活性化させ、カマラの探知で敵の本拠地を見つけ出せる」
「―――!!」
そう言いきった人修羅に、驚愕で見開かれた視線が複数向いた。
「って、だいそうじょうは言ってたが……お前等何してんだ?」
人修羅は怪訝そうな顔をして、妙に静かになった悪魔陣営を見た。つられ、他の者達もそちらへ視線を向ける。
「……いや」
「……何も」
先ほどまではあれだけ酷い有様を見せていたにも拘らず、何故か今はすっかり静かになっている。
「まいいや。それで、カマラ」
「……解ってる、王様の頼みだもん。でも終わったらすぐアタシをカルパに返して」
「了解、ありがとよ。それで? だいそうじょう、いつ始めるんだ?」
人修羅は流し目でだいそうじょうを見た。周りでは、緊張を持った表情で、なのはやカリムが息を詰めている。
「今はまだ時ではない」
「理由は?」
「儂の仕掛けたあれは、儂以外の者が外部から何らかの魔法を仕掛ければ、儂の方に気配が来る。しかし未だにそれは来ていない。彼奴等があれに触れていないか、それとも帰還を終えていないかだ」
「……万全を期したいですね。だいそうじょうさん、レプリカを活性化させた場合、それは向こうにはどういった反応が?」
「偽物が発光し、数秒を持って炸裂。そして液状化する。故に挑戦可能数は一度だ」
「もしまだ未帰還やって、変なとこに反応したら最悪やな。待つのが正解やろ」
「さりとて、それほど待つものも無い。予想からは後数分後に来るぞ。それまでに、この世界及び、周辺世界の図を用意しておいてくれぬか?」
「了解しました、シャッハ」
「はい了解しました」
「あ、お手伝いします」
シャッハやティアナ、スバル等が部屋から出て行く姿を眺めながら、人修羅は笑みを作った。
「さて、これでアジトが分かれば話は早いが、しかし、敵もそこまで間抜けかねえ」
いきなりの予期せぬ轟音に、一同は向かう足を止めた。
「な、何だ!?」
先頭を歩いていたトーレが、警戒とともに腰を落とし身構える、と同時に前方から何かが吹っ飛んで来る。
「ラクサーシャ!?」
片角の無い邪鬼が、縦方向に回転しながら飛んで来た。彼は空中で双剣を使い、姿勢を無理矢理整えると、スキール音と共に着地、だが勢いを殺しきることは出来ず、リノリウム製の床に双剣を突き立て、強引に停止した。
「お前達か、帰還の報告は聞いている」
「ラクサーシャ、どうしたの? 今の音は?」
ディープダイバーを展開したセインが、片膝を突いた邪鬼に尋ねる。
「『彼女』だ。混沌王の力に当てられたか、理由は不明だが、休眠状態にも関わらず力を解放した。ドクターと『女王』、“死の少女”が食い止めているがどうなるか解らぬ」
「他のシスターズは? 調整中の娘は除いても、まだ何人か居るでしょう?」
「全員他用だ。行ってくれ、私では手に負えん」
そう言った瞬間、身体を支えていた双剣が砕けた。それを見たラクシャーサは小さく舌打ちするもすぐさまそれを修復する。
「心得た、だが、貴殿にどうにもならない出来事が、私達にどうにか出来ると思わないがな」
トーレの頷きと共に往く、ナンバーズとルーテシアは駆け足で先を急いだ、だが。
「GURARARARAAAAAAAAAA!!!」
「!?」
先ほどの轟音など足元にも及ばぬ爆音が衝撃と共に駆け抜けて来た。しかし、初めに聞こえて来た自然音とは違い、今来たものは咆哮だった。
「今のは……?」
駆けながらルーテシアが疑問を作った。正規では無いとはいえ、彼女は年期を重ねたデビルサマナーだ、その彼女でも、今の咆哮に聞き覚えが無かったのだ。
「―――」
しかし、周囲のナンバーズの誰も、問いに応答しなかった。否、出来なかったと言うのが正しい。トーレ、クアットロ、セイン、ディエチ、誰もが言葉を失い、驚愕と動揺に眼を見開いている。
「((高速機動|ライドインパルス))ッ!!」
真っ先に動いたのはトーレだった。彼女は己に固有技能を纏わせ一瞬で加速、他の面々を置き去りに一気に奥へと向かった。
「((無機物潜行|ディープダイバー))ッ!!」
続いてセインが行く。彼女は走るよりもディープダイバーで潜行した方が遥かに移動速度は速い。身を床面と同化させ、急速潜行でトーレの後を追う。
「………!」
そしてクアットロとディエチも、ルーテシアを無視し全速力で駆ける。勿論、ルーテシアもそれに遅れぬよう、しかしアギトを落とさぬよう急ぐ。
「ドクターッ!!」
音の震源地に辿り着いた瞬間、クアットロは叫ぶように言った。その声からは、普段の飄々とした雰囲気は一切無い。
「ああ、クアットロ」
しかしそれに対し、スカリエッティの声は余りにも普段通りだった。周囲に大型のカプセルの並ぶそこは、言えばスカリエッティのメインの実験場だ。そこにはスカリエッティと息を((吐|つ))く『女王』、魔人アリスとそれに付くベリアルとネビロスだけでなく、ナンバーズの長女ウーノの姿もあった。勿論先行したトーレとセインもだ。
「ドクター、先ほどの咆哮は……?」
「ああ、聞こえてしまっていたか、やはり少し遣り過ぎたか、ほら見給えよ」
そう言うスカリエッティの服装は普段通りの白衣姿だ。しかし白衣は普段通りではなかった。白衣はもはやその名の通りの色をしておらず、血液なのかマガツヒなのか、深紅に染まっていた。よく見れば所々に、乱雑にぶち破られた子供の頭大の穴が複数空いている。
「『彼女』が少し暴れたのでね、私も少し本気で止めに入らなかったら危なかった、やはり容易く”変わる“ものではないね。この有様だよ。しかし研究材料達を壊されなかったのは幸いだ」
「一体何故? 今までの数年間、『彼女』はずっと大人しいままだったじゃありませんの?」
「分からない。『女王』と力が共鳴したのか、それとも混沌王の気配を感じたのか、どちらだろうね」
と、スカリエッティは広げていた赤衣を閉じる、白衣は湿った音を立てて重そうに垂れ下がる。
「すまない、少し力を使いすぎた。私は食事を取ってくるよ」
「摂取量に問題は有りませんか?」
「ああ、大丈夫だ。後三回は問題無い」
ウーノの問いにスカリエッティは軽く答え、奥へと消えていった。
「それで? 軽い報告しか聞いていませんが、レリックを一つ確保したのでしたか?」
スカリエッティの背が消えたと同時に、ウーノが帰還組に声を送った。
「ええ、陛下の保護には失敗してしまいましたけれど」
「それについては問題有りません。今彼女が居る場所を考えれば、寧ろ好都合です。それで、レリックは?」
「私が持ってるよウー姉」
と、セインが持っていた岩石に、ディープダイバーで手を突っ込んだ。そして引き抜く、するとそこには赤の結晶が握られていた。ディープダイバーで岩の中に潜行させていたのだ。
「……? むき出し? ケースはどうしたのですか?」
「それが……ちょっと敵の策に引っかかって、ケースは持って来れなかった……」
「そうですか……まあ良いでしょう。そこの実験台の上に置いてくれますか? 番号チェックをします」
ウーノの指示にセインは応じ、その通りにレリックを台の上に置き、一歩引いた。
「……っと」
ウーノが精査をしようと、手を翳し、足元に魔方陣を展開させた。と、その瞬間、レリックがいきなり眩いばかりの光をぶちまけた。
「来たぞカマラ」
「ん!」
だいそうじょうが静かに告げた。それに応じ、カマラは静かに眼を閉じ、探査を開始した。周囲では緊張の面持ちの者や、逆に笑みを浮かべて待っている者などが待機している。
「んーと、ここの世界じゃないね……えーと、一個右隣?」
「ミッドチルダだな」
「ガジェットや悪魔の発見率が格段に高いのはミッドチルダですから、六課や私達も予感していたことではありますね」
カリムが緊張混じりにそう言う。
「それで? どの辺りだカマラ?」
僅かに木の香りのする、布製の地図を広げるティアナやキャロを見つつ、人修羅は問うた。地図のサイズは四メートルの正方形で、そこには平面化されたミッドチルダが書き込まれていた。科学の進んだ周辺次元世界で、数少ない貴重物だ。
「んー……ここ?」
とカマラは、己の一部を伸ばし、地図上のある部分を指差した。そこは、六課本部から考えれば、大凡南南西四千キロの地点、一見すれば何もない森林地帯だっただった。
「あ……消えた」
とその瞬間、カマラがそう呟いた。
「対応が早いですね。予知されてたんでしょうか?」
「それはあるまいて、如何に彼奴等が自己主張好きとはいえ、自らの位置を示すような真似はせん。そこまで酔狂ならば儂等の出るまでもなくこの件は終わっている」
「ああ、信用度は高い」
そう人修羅は笑みを作った。
「助かったよ、『女王』」
「お姉ちゃん……?」
『女王』は深く息を吐き出し、己の左腕に眼を向けた。巨大な蟲腕である左腕の先からは、赤い液体が漏れ出している。『女王』のマガツヒではない、炸裂したレリックだ。レリックが発光した瞬間に、『女王』が腕を伸ばし、それを握りつぶしたのだ。
「何故だ……」
『女王』が疑問の言葉を作った。しかし、声音は猜疑を持っておらず、何か確信のある表情でとある人物へと顔を向けた。
「”死の少女”っ!!」
一人笑う魔人アリスへとだ。
「あはは、どうしたの?」
「惚けるな、汝これが偽物であると知っていたであろう?」
『女王』の静かではあるが、怒気を込めたその言葉に、その場にいた物達の殆どは驚愕の表情を作った。アリス、ベリアル、ネビロスを除いてだ。
「ええ、知っていたわ。アリスも魔人だもの、同族の作った物くらい分かるわ」
ウーノがレリックレプリカに手を翳した瞬間に、アリスは一歩引き、己の前にベリアルとネビロスを立たせたのだ。まるで己の身を守らせるかのように。刹那の時間だが、それを見逃す『女王』ではない。
「何故宣言を怠った」
「分かってるでしょ? その方が楽しいからよ。でも残念、爆弾じゃなかったのね、そうだったらもっと楽しいのに」
笑みを浮かべるアリスと、仮面の奥で無表情をつくる『女王』互いに表情からは一切の圧は感じられないが、周囲の空気は歪むようにその重さを増して往く。だが不意にその空気が壊れた。
「じゃあね」
と、いきなりアリスが手を振り、闇の中へ溶けるように消えたのだ。
「スカリエッティに伝えよ、借りは返した。次に((見|まみ))えるのは貴様の策の終焉だと」
続きベリアルが炎に消える。
「それでは失礼」
そして、ネビロスが自らの首を掻き切り『アンデット』を持って離脱した。
「………」
『女王』は無言で左腕を振り、手や爪に付着していた液体レプリカを散らす。そして大股でルーテシアの元へ歩み寄ると、その手をとった。蟲の左腕ではなく、人の右腕でだ。
「往こルー、探してるレリックがないなら、私達がここに居る意味は無いわ、ゼストの所に戻りましょ?」
先ほどまでの固い口調ではなく、柔らかい物腰で『女王』は言った。
「ん、お姉ちゃん。でもあの娘の持ってたレリックはどこいったの?」
「恐らくだいそうじょうの仕業だろう。セインが視力のみに頼っていたのを利用されたか、クアットロかディエチがその場に居ればな……」
その言葉に、セインが落ち込む
「ご免トーレ姉……」
「謝るのは私ではないだろうが……しかし私にも落ち度はあった。今回は我々の完敗だ」
忌々しそうにトーレは言う。
「でも何の為にだいそうじょうはこのような仕掛けを? アリスお嬢様の言うように爆弾だったほうが、よっほど効果的だと思うのですけど?」
クアットロが『女王』が落としたレプリカの残骸を突つきながら首を傾げる。
「発信器……」
ウーノが呟くようにそう言った。
「発信器? ドクターの許可してない機械って、ここに入れないでしょウーノ?」
「ディエチ、入れないのは機械だけです。恐らく、我々の知り得ない悪魔側……いえ、魔人側にそれ等があるのでしょう」
と、ウーノがクアットロの突ついていたレプリカの残骸に近づき、今度は手を翳すこと無く呟いた。
「―――幽鬼来々」
『悪魔召喚』
しかしウーノの言葉とは裏腹に、周囲には何の姿も現れなかった。だが、ウーノは何度か頷くと
「ご苦労様」
と言って残骸の側を離れた。
「一通り精査してみましたが、何の反応もないですね、ただのマガツヒです」
「あー、でも問題無いでしょ? だって、ここってドゥーエ姉のおかげで、”見つかっても見つからない”ようになってるんでしょ? なら大丈夫だって」
セインの言葉に、考え込むような仕草をとっていたウーノは一つ頷くと言った。
「一応ドクターには報告しておきます、それとこれから一ヶ月程は、周辺の警戒のレベルを一つ上げておきましょう」
「どうするんだ? と、言いたい所だが、一つ俺から言いたいことが有る」
仮とはいえスカリエッティの本拠地を発見した。そのことに、六課の三隊長とカリム、そして陸からも、ということでギンガが、悪魔側からは人修羅が、会議室とは別の部屋に詰めて言葉を交わしていた。他の者は、なのはとフェイト、そしてシグナムを除いて、悪魔も含め全員が六課本部へ帰還している。勿論カマラはカルパへ送った後だ。
「何や?」
「恐らくお前等はこれから敵のアジトへ攻め込む算段をするんだろうが、少しそれは待って欲しい」
「何でや?」
人修羅の言葉に、はやては短くそれだけで答える。人修羅は奇怪な言動はとっても、意味の無いことはしない。それをはやては分かっている。
「というか、お前等、どうやって攻め込む軍を作るつもりだ? お前等が動かせるのは、今六課に居る俺等とお前等だけだろ? 人数が絶望的に少ねえ。幾ら俺が万能でも、流石に討ち漏らしは出る」
「それやったら、管理局の上に頼めばええやろ?」
「何て言って? 悪魔からの情報で的の本拠地が判明しましたってか? 上はまだ悪魔のことを信用してない奴もいるんだろ? それにやけにあっさり見つかり過ぎだ。何か妙だ」
「………」
「では、人修羅さんはどうする気です? 待てと言うなら何か策が?」
問うギンガに人修羅は頷いて見せる。
「ああ、ある」
言って人修羅は座っていた椅子から跳ねるように降りると、扉へと向かった。
「取り敢えず敵アジトを発見したってのは、ここに居る連中だけが知っていればいい。それよりもお前等はあの娘をどうするか決めた方が良いぜ? まああいつはどうせ六課で保護することになるだろうけど」
人修羅は扉を潜り外に出た。既に日は落ちて、辺りには闇が降りている、どうやら((聖王教会|ここ))に泊まることになるやもしれない。
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第23話 覚り、覚られ、覚れず 二週目プレイから、今回登場する思念体を完全に無視するのは私だけでは無いはず。 |
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