オーム卿の屋敷
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 私が住む町内には、幽霊屋敷として名高い一件の屋敷が存在する。幽霊屋敷と呼ばれる家々の数は決して多くないものの、そう珍しいものでもないだろう。怪しい雰囲気を漂わせる廃屋があれば、いつの間にやら幽霊屋敷と呼ばれてしまう。無論、ただの廃屋であるからそのような幽霊が現れることなどは無いわけだ。

 しかしながら、我が町内にその名をとどろかすオーム卿の屋敷は本物の幽霊が出るというもっぱらの評判だった。そのような評判があるから故に、多くの若者が肝試しと称して探検に行くわけだ。それら多くの若者は必ずといっていいほど顔を青ざめさせて、逃げ帰ってくる。話を聞いてみれば、やれ白い影を見ただの、怖ろしい声を聞いただの、幽霊を見たと断言するものが多かった。そうでなくとも、何らかの超自然現象に遭遇したと皆言い張るのだった。

 中には、呪われた、という者も数人ほどいた。我が友人の一人がその中に数えられており、見舞いがてらに様子を見に行ったことがある。その時の友人の様子は忘れようも無い。彼はベッドの中に潜り込んでしまい、全身を震えさせ、顔面は蒼白。その場にいた医師の話しによれば高熱もあったらしい。

 それからしばらくした後、その友人は天に召されてしまった。途端に、オーム卿の屋敷は幽霊屋敷としてその名を我が町内に轟かす事になったのだ。我が友人の死は町内にかなりの衝撃を与えていた。その頃の話題といえば、もっぱら呪い殺されたことになっている友人と、彼を呪い殺したオーム卿の屋敷の話で持ち切りであった。

 尚、町の人々は我が友人の死の原因がオーム卿の屋敷にあるものと思っているようだが、彼と親しかった者は誰一人としてオーム卿の屋敷は無関係だと思っている。何故ならば、我が友人は幼い頃から病弱で、産まれた時から医師に長くは生きられまいと宣告されていたぐらいなのだ。普段はそのような素振りは一切見せぬ人物であったのだが、元々病弱であるが故に色々と不都合なこともあった。

 我が友人の死因は、人々の間では原因不明となっているが、実際のところは肺炎である。神に誓って言うが、これは真実のことだ。彼の主治医だった男がそれを証明してくれる。

 それでも町の人々は彼に死をもたらしたものがオーム卿の屋敷であると信じて疑わない。そんなだからオーム卿の屋敷を取り壊すべきだという意見が出るのも、何ら不思議な話ではない。しかし、もうお分かりかと思うがオーム卿の屋敷は取り壊されなかった。解体作業に向かった業者が、超自然現象に見舞われたらしい。具体的にどのような現象に遭遇したのかを私は知らない。ただ、恐怖を覚えた業者が依頼主に料金を返還した上に、違約金まで払って契約を解除したということを知っているだけだ。(後で知ったことなのだが、実際は料金を返還しただけで違約金までは払っていないらしい。業者の感じた恐怖を誇張するために、何ものかが意図してつけた尾ひれであると思われる)

 そのようなことがあったわけだから、オーム卿の屋敷は取り壊されなかったし、以降は取り壊そうとするものも無かった。幽霊屋敷と呼び、皆恐れまではいかないにしても、気味悪がっていたから誰もが無くなればいいと思っていたには違いない。

 オーム卿の屋敷に幽霊が出るのは、ある悲劇のせいだと人々は言う。その悲劇が具体的にどのようなものか私は知らぬ。知る気も無かった。何故かといえば、この悲劇が幽霊の原因にされたのはオーム卿の屋敷が幽霊屋敷と呼ばれるようになってからのことなのだ。そのような話を信じるわけにはいかない、どうあったところで根も葉も無い噂に過ぎないのだ。事実、町の図書館でオーム卿について調べてみたが、悲劇と思えるような出来事は何一つとして見当たらなかった。

 一時期はブームとも言えるほどに話題となったオーム卿の屋敷ではあったが、月日が経つに連れて人々が屋敷を口にすることは無くなった。それまでは何としても屋敷を壊すべし、という人々もいたのだが、そういった声も聞かれなくなり屋敷は朽ちるに任せられていた。

 幽霊屋敷ブームが沈静化し、幽霊屋敷を忘れつつあった頃、私はその屋敷に行く事になった。理由は一つ、カードで負けたからである。最初は普通の賭け事だったのだが、途中で場の一人が「次の勝負に負けたやつはあの幽霊屋敷に行こう」なんて言いだすもんだからこうなってしまったのである。

 そのような訳で私は一人、深夜にオーム卿の屋敷の前に立っていた。カードをやっていた連中も来るだろうと思っていたのだが、誰一人として見送りにすら来なかった。どころか、発とうとする私に向かって「本気か?」と聞いてくる始末である。彼らは私の友人が幽霊に呪い殺されたと信じているのだろう。私は彼の死が幽霊による呪いではなく、この世にありふれた病気であることを知っている。だから私は幽霊屋敷に行くことを、嫌ではあるが怖いとは感じていなかった。そんな私の様子を見た一人が「憑かれてるんじゃないか?」と真顔で聞いてきたものだから、私は思わず大笑いしてしまった。その後その場にいても色々と言われるだろう事が目に見えていたので、全員が面食らっている間にオーム卿の屋敷へ来たというわけだ。

 最初は勇ましい気分でいたものだが、こうして屋敷の前に来るとどうしても気持ちが小さくなってしまう。オーム卿の屋敷はそれなりの年代を経過しており、しかも誰も住んでいないものだから当然朽ちている。オーム卿の屋敷に来たのはこれが初めてなのだが、成る程幽霊屋敷と呼ばれる理由も分かる気がした。門柱は崩れ落ち、窓に嵌められているガラスは全て割れ落ち、その向こうに見えるカーテンもボロボロに朽ちている。

 これでは幽霊が出ずとも幽霊屋敷と呼ばれていたことだろう。ゴクリ、と唾を飲み込んだ。緊張していた。幽霊を信じているわけでもなければ、幽霊を含む超自然の現象の存在を信じていない私ではあるが、それでもこの屋敷を見ているとそういったことも在りうるのでは、という気分になってくる。

 ここで躊躇して引き返すわけにも行かず、私は嫌がる体を押さえつけて崩れ落ちた門柱を通り抜けて玄関へ行き、扉を開けた。当然ながら中は暗い。ガラスの嵌らぬ窓から差し込む月光が内部を青白く、不気味に照らし出していたがこれだけでは明かりが不十分だ。私は持参したランプに灯を灯した。私の周囲だけが明るく照らし出される。今まで月光に照らし出されていた箇所は、ランプの明かりによって暗闇へと変えられた。

 さて、ここからどうすればいいのか。とりあえず、真正面に大きな扉が見えたのでそれを開けてみた。途端にかび臭い空気が溢れ出し、床に溜まっていた埃が舞った。それを吸い込んでしまい、思わず咳き込む。入った部屋は大広間で、扉のちょうど向かい側に暖炉がありその前にテーブルが置かれていた。

 そのテーブルに私は白い影が座っているのを目にした。もちろん驚いた。しかしだ、そのようなものがいるとは信じられない。私は目を二三度こすってもう一度、白い影が座っているところを目にした。そこには相変わらず白い影が座っていた。

 その影はなにやら煙のようにみえたが、形はハッキリと人の形を取っていた。しかし服を着ているようには見えなかったし、目鼻立ちがあるようにも見えず、顔はのっぺらぼうだった。

 私にはどうすれば良いか分からなかった。白い影は存在としてそこにいるが、こちらに危害を加えてくる様子は無かった。加え、その存在感は希薄で今にも消えそうに思える。

 何故逃げなかったのだ、と問われれば何故だろう、としか答えられない。あえて言うなら怖ろしくは無かった、というところだろうか。私の眼前には現在の科学では理解不能な超自然が鎮座しているわけだが、私は落ち着き払って白い影に一歩近付いた。

 ミシリと床が鳴った。それをきっかけに白い影は私の存在に気付いたのか、視線を感じる。ただ、その影には目鼻はおろか口も認められないため本当に私を見たのかは分からない。少なくとも私の存在を認識したのは確かだ、その証拠に白い影は他でもないこの私に向かって話しかけてきたのだ。

「これはこれはお客人、このような夜更けによく参られた」

 この時になって私は始めて逃げ出しそうになり、白い影に背を向けた。

「まぁ待て、何も君を取って喰おうというつもりは微塵も無い。ただ私の話を聞いてくれ」

 一歩踏み出しただけで私は立ち止まり、振り返った。白い影は自分の座っている向かいの席を指差していた。私が躊躇っていると、白い影は手招きをして私を招き寄せた。そこに敵意を感じることが出来なかったため、私は無謀にも白い影の指し示した席に座った。

「ようこそ我が家へいらっしゃってくれた。何か出したいところだが、生憎のところ君らに出せるようなものが何もなくてね。申し訳ない」

 白い影は軽く頭を下げたようだったが、私には何が何だか訳が分からない。

「おぉ、そうだ自己紹介をしなければならぬな。私の名は*****というものだ、君らには発音できぬし聞き取ることも出来ぬだろうから幽霊と読んでくれて差し支えない」

 白い影は名を名乗ったようだが、彼の言うとおり私には聞き取れなかった。

「一つ疑問があるのですが、あなたはオーム卿なのでしょうか?」

 聞くと、幽霊氏は肩を揺らし快活に笑った。

「残念だがそれは違うよ。オーム卿と呼ばれる人物がここに住んでいたことは知っている、だがね私は彼とは何の関係もないのだよ。それに君は我等幽霊について何か勘違いをしているようだ」

「勘違い?」

 私は首を傾げた。

「そう、大いなる勘違いだ。君らは死後、肉体から魂が離れたものが幽霊になると思っているのだろう?」

 頷いて答えると、幽霊氏は二度大きく首を縦に振った。

「確かにそれら肉体を持たぬ魂も幽霊であろう。しかしながら、それらは本来霊魂と呼ばれるべきものであって幽霊ではないのだよ。幽霊というのは、一種の精神的生命体なのだ。君ら肉体を持つ者には分からないだろうが、我等幽霊氏族は君ら人間とは何ら関連の無い生物なのだ。精神的なね」

 では何故人と同じような輪郭を持っているのか、と私は訪ねた。

「成る程ね。我等幽霊の容姿というのはだね、精神的構造によって決まるのだよ。私が人の形に近いのは、私の精神が君ら人間の精神と形が似ているからなのだ。だから我等幽霊の中までも、犬の精神構造に近い幽霊は犬のような容姿になるのだ。その精神構造は何が決定するのかというと、幽霊を生み出したものによって決定付けられる」

「ちょっと待ってください、ということはあなたが人の形をしているということは、我々人間から生まれたということですか?」

「うむ、そういうことになろう」

「ではあなたは霊魂であって、幽霊でないのでは?」

「それは違う。私は肉体から離れた魂ではない、私は君ら人間の願望から生まれたのだ。この屋敷が寂れ、不気味な様相を呈し始めた時、君らは幽霊の存在を願ったのだ。何を素っ頓狂な顔をしている、何もいて欲しいと願わなくとも、幽霊がいるのではないかという思いが我等幽霊を生むのだ。しかしだ、私ら幽霊はもう生まれることは無いだろうな」

 幽霊氏はどこか遠くを見たようだったが、目鼻立ちが無いため実際のところは分からない。

「科学が発達し、我等のような存在ですら科学的根拠に基づいて存在しているのでは、という君ら人間の想いは我等にとって有害だ。真の意味での幽霊を信じるものはおらぬようになってしまった、もう産まれることは無く私がここにいれるのも後僅かなことだった。去ろうとする前に、君の様な人間に我等幽霊について知ってもらうことが出来た。非常にありがたいことだ」

 そう言って幽霊氏は私に頭を下げた後に、立ち上がって背を向けたようだった。その背に「どこへ行くのですか?」と私が訪ねると「夢の世界だ」と幽霊氏は答えた。

「そこには失われし神々が住まい、飛竜やユニコーンが生きる世界。君ら人間にとっても夢の様な世界だろうて」

「そのような生き物がいたというのですか?」

「昔の話だ。彼らは科学が発展し、人の夢見る力が失われてゆくと同時に姿を消していった。そして最後に残った我等幽霊もこうやって姿を消そうとしておる。おそらく、まだこちらにいるのは私ぐらいだろうな」

「どうすればその世界に行けるのですか?」

「君ら人間に行くことは叶わん、だが見ることは出来る。そのためには、作家にでもなることだ」

 そう言い残すと幽霊氏の姿は掻き消えるように消えてしまった。これ以上ここにいても仕方が無いと私は屋敷を後にし、門柱を潜りぬけて間も無く背後から大きな物音が聞こえた。振り返れば、オーム卿の屋敷は跡形も無く崩れ去っていた。

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ロード・ダンセイニに対するオマージュ作品
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怪奇 幻想 

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