インフィニット・ストラトス―絶望の海より生まれしモノ―#127
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「…こないね。」

 

シャルロットが、なんとなくでつぶやいた言葉に反応を返したのはラウラだった。

 

「ああ、だが気を抜くな。簪、どうだ?」

 

「敵の反応は第一陣――空くんたちの防衛網を突破できないでいるみたい。それに――」

 

簪がちらり、と視線を向けた先には崩落しふさがれた通路があった。

 

――今、彼女たちがいるエレベーターホールに通じる通路は第一陣――空、鈴、セシリアの三人が通ってくるための一本以外は全て、隔壁を閉じた上でそのすぐそばを崩落させ完全に封鎖状態になっていた。

 

流石にこれを突破するのは難しいのか、敵IS反応は別の侵入路を探し右往左往しているらしい。

 

「まあ、あそこまで徹底的に壊せばねぇ。」

 

AICで天井板を引き剥がし、その上にある柱を叩き折り崩す。

下がっている隔壁があげられないように崩落させた建材を態と噛ませておく。

 

手動制御装置も真っ先に壊してあるからそうそう簡単にどうにかなるようなものではない。

 

「だが、油断は禁物だ。母様の((超大口径杭撃機|パイルバンカー))や鈴の衝撃砲などによる破砕、お前らが大好きな大量のミサイルによる爆破――幾らでも突破の方法は考えられる。」

 

それに、とラウラは続けるラウラの表情はいつに無く硬いものになる。

 

「我々の武装でも壁板の破壊はできなくてもはがすことはできたんだ。――相手も同じことができないわけはあるまい。」

 

もちろん、無人機では難しいだろう。

有人機でテコを使ったり複数人掛かりで建材を引っ張ったりする必要がある。

 

限りなく現実に近い楽観をすれば、そんなことは起こりえないと思うだろう。

だが、度重なる襲撃事件に居合わせ、応戦してきた彼女らは今では根っからの((悲観主義者|ペシミスト))だ。

 

「ええと―――あ、あった。」

 

シャルロットがおもむろに((擲弾|グレネード))らしきものを先ほど崩した場所へ打ち込み始める。

だが、炸裂したそれからはなにやらゴム状のものが飛び散るだけで爆発などは起こりもしない。

 

「何をしてるんだ?」

 

「あ、うん。トリモチ弾撃ちこんでる。」

 

「――は?」

 

「ニ液硬化式の特殊樹脂なんだけど、目標にぶつかると弾頭の中で液が混ざって強粘着剤がばら撒かれるってヤツでね。崩した建材を補強しとこうかなって。」

 

「いや、だから、何故そんな代物を―――!」

 

非殺傷の捕獲用としてはもってこいなのだろうが競技用の機体に装備させる意味がわからない。

それを追求しようとしたラウラではあったが、突如として開かれた通信と聞こえてくるノイズにピクリ、と反応する。

 

『―――――――』

 

まるで無線機が発する砂嵐のような((雑音|ノイズ))。

何も聞こえてこないその通信で、その向こう側ではなにやらただ事ではないことが起こっているらしいことだけはよく判る。

 

「通信障害…電波の通りが悪いのかな?」

 

「冗談にしても面白くないぞ。ISのコアネットワーク回線を使った通信にノイズが入るわけないだろう。」

 

もし入るのならば、『朧月』のような電子戦機による通信妨害が行われた場合くらいだろう。

 

だが、朧月を駆る束は味方でありいまここで通信妨害を行う理由が無い。

 

だとすれば―――

 

「だが、警戒は怠るな。場合によっては上に連絡を入れて救援に向かう必要があるかもしれ―――」

 

そのとき、ズゥンと腹の底に響くような重低音が振動という形で送り届けられてくる。

 

「これは、」

 

「相当量の爆薬を一斉に起爆させたみたいだね。」

 

「空くんのミサイル一斉掃射――ううん、通路破砕用に用意した爆薬を使ったのかも。」

 

爆発物を好んで使っている二人の見解にラウラは軽く呻りながら考える。

 

「継戦限界を考えて撤退を選んだのか、もしくは撤退せざるをえない状況になったのか、あるいは―――」

 

『自爆攻撃』

 

つぶやくようなラウラの声に二人の表情がこわばる。

 

通路の壁をぶち壊すために用意された爆薬を直接相手に貼り付けて起爆させる。

それならば大抵のISは一撃であろうが攻撃を行った側も相当なダメージを受けることになる。

 

そんなことをしなければならない状態は『かなり危機的』というべきだろう。

 

 

さて、どうするべきか。

 

エレベータホールの確保を命じられた作戦参加者の一人としては、この場所を守り続けるのが正解。

だが『IS学園の生徒』としては今すぐに駆けつけたいというのが正直なところだ。

 

 

「―――通信、ダメみたい。」

 

簪は言う。

 

先に残った三人だけでなくエレベータで中央管制室の制圧に向かった三人とも通信ができなくなっていると。

 

 

軍人として。私人として。

その葛藤にラウラの眉間にはかなり深いしわが寄っていた。

 

「―――行こう。」

 

「ンッ!?」

 

唐突な言葉に驚きながらラウラは((発言者|シャルロット))に『何をバカなことを』という意思とともに視線を向ける。

 

対して見つめ返してくるシャルロットの視線は至極まっすぐであり、覚悟と決意がそこにあった。

 

「僕たちがするべきことはわかってる。でも―――仲間は見捨てられないよ。」

 

「いざとなったら連帯責任。みんな揃って織斑先生の出席簿アタック受けよ?」

 

「―――出席簿は勘弁して欲しいが、そうだな。」

 

FCS再調整。レールカノン、残弾数確認。

 

「さっさと助けに行って、あとで鈴とセシリアには迷惑料代わりに何かおごらせるとしよう。」

 

PIC出力上昇、スラスター展開。

 

「そうだね、どこがいいかな。」

 

「やっぱりここは巷で有名な@クルーズあたりを強く推したいかな。」

 

そんな、他愛もない話をしながら三人は即時戦闘態勢を整える。

 

 

「―――よし、行くぞ!」

 

 

エレベータ前の空間から唯一繋がっている通路へと飛び込む。

 

それなりに長い通路ではあるがISで飛行してしまえばあっという間の距離。

 

不意打ちに備えた急加速を掛けて出た先で目にしたのは――――

 

「ッ!?」

 

巨大な、ISのような何かが腕を掲げていた。

 

その腕の向いている先にある壁には何本もの細長い棘のようなものが生えておりその中にはなにやら人影のようなものが引っかかっていた。

 

棘を伝い、滴る赤い液体。

 

まるで、標本のように針で壁に縫い付けられているのは―――

 

 

 

「空くん!」「母様!」

 

その声に、『巨体』が反応した。

 

えも言えぬ不快感。

 

まるで、蛇に睨まれた蛙にでもなったような―――

 

 

 

棘とは逆側の腕が向けられる。

 

そこには腕の巨大さからすればかなり小さく見える銃口がいくつも開いていて―――

 

 

 

「―――やらせ、ないよ。」

 

銃口が火を噴く、それよりも早く『棘』に貫かれたままの薙風から大量のミサイルがばら撒かれる。

 

同時に飛び出してくる二つの陰に押しやられてラウラたちは今来た通路へ押し戻される。

 

その、無人になった空間を弾丸の雨が通過し壁を抉り、穿つ。

 

爆発、通路へと飛び込んできた流れ弾と爆風はシールドビットのエネルギーシールドによって防がれる。

 

「鈴、セシリア!?」

 

「何をする!」

 

「今は逃げるのよ。アイツの相手は、今のままじゃムリ。万全の状態を整えないと…」

 

「だが、母様が―――」

 

「その空が、命を賭して稼いでくれた時間とタイミングなのよ。」

 

押し問答になりつつあったが、ラウラはふと気づく。

 

――鈴は、必死に涙を押し殺していた。

 

「鈴…」

 

勝てない相手に逃げるしかない自分が悔しい。

逃げるために、大切な仲間を見捨てなければならないほど弱い自分が悔しい。

そして『逃げる』ことをどこかで仕方が無いと思っている自分に対しての怒り。

 

そんな感情が入り混じった涙を鈴は必死にこらえていた。

 

――それを見てしまったからだろう。

ラウラと同じように空を一人残すことに反対しようとした簪が、ただ黙っているだけなのは。

 

「…すまん。軽率だった。」

 

「ううん、あたしらが不甲斐無いからこんなことになったんだし―――そうだ、上に通信を入れないと。」

 

「だが、先ほどから通信は不通になっているぞ?」

 

「学園の通信システムを使えば、あるいはいけるかも…少なくとも織斑先生には連絡が取れるはずだから…」

 

「判った、やってみよう。」

 

 * * *

 

「いない?」

 

『ああ。制圧した管制室にはいなかった。というよりも、我々がここを襲撃した時点で姿が見えなくなっているそうだ。』

 

「そうですか。」

 

本校舎の中央タワーにある管制室をあっさりと占拠した千冬からの通信に真耶は頭を抱えたい気持ちにさいなまれた。

 

一番の元凶が行方不明。

 

これはいつ爆発するかわからない時限爆弾が広大な砂漠のどこかに埋まっているようなものだ。

 

違うのは、砂漠ならば爆発しても砂柱が立つだけで済むかもしれないが、こちらの爆弾は何が起こるかわからない点くらいだろう。

 

「一体、何処に−−−え?」

 

唐突に、千冬との間に開かれていた回線にノイズが走る。

 

『あー、もしもし?聞こえてます?』

 

ノイズが消えたと同時、それまで千冬が映っていたモニターに現れたのは大写しになった鈴であった。

 

『ああ、やっとつながった!』

 

「凰さん、一体どうしたんですか?」

 

かすかに目元が赤くなっている鈴の様子にただ事ではない―いや、ロクでもない状況なのであることが容易に想像できてしまう。

 

――職員室に買い置きの胃薬って残ってるのかな。

 

だが、現実はそんな現実逃避すら許してくれないらしい。

 

『地下空洞で化け物みたいなISと遭遇しました。画像、送ります。』

 

すばらしいくらいに端的で、端的過ぎて逆に判らない報告に首をかしげるしかない。

 

だが、送られてきた画像を見て納得する。

 

ああ、確かにこれは『化け物』と評するにふさわしいだろう。

 

通常のISの五倍ちかい巨体。

 

指先が砲口になっている指は、ゴーレムタイプの腕をそのまま使っているかのような太さだ。

 

それだけに、人間そのままの頭がちょこんと出ているのが奇妙なアンバランスさをかもし出している。

おそらく、制御ユニットとして通常のISを組み込んでいるのだろう。

 

ならば、あの巨体は特大の((機能特化換装装備|オートクチュール))だと思えば判りやすい。

 

「それで、現状は?」

 

『本校舎下のエレベーターホールで体勢を整えています。』

 

そこで、真耶はホッとため息をこぼす。

今も戦闘中だったら厄介だったが、戦闘を回避したか逃げられたならばそれに越したことはない。

 

「みんな、そこにいるんですね?」

 

『―――』

 

鈴は答えず、少し避ける。

 

すると、その後ろにいたらしい面々の姿が映し出される。

 

セシリア、シャルロット、ラウラ、簪。

 

見切れている鈴と千冬のほうについている一夏と箒を足せば―――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一人、足りない。

 

「凰さん、空さんはどうしました?」

 

まさか、と思い真耶は問うが、その答えは聞くまでもなかった。

 

びくり、と動いた肩。

 

それだけで、ロクでもないことになっているのがよくわかった。

 

『―――空くんは…』

 

暗い顔でいい始めた簪。

 

だが、それはすぐに鈴によって遮られた。

 

『空は、あたしとセシリアを逃がすために単機で戦闘を続けて―――』

 

現在、通信途絶中です。

 

その瞬間、真耶の中で何かがブチ切れる音がした。

 

「判りました。皆さんは現状を維持していてください。場合によっては地表へ撤退し第一アリーナにいる黒ウサギ隊と合流してもかまいません。」

 

真耶はそのとき、なぜか笑顔を浮かべていた。

 

笑顔なのだが、目がまったく笑っていない。

 

「織斑先生。」

 

『なんだ?』

 

「そこの部屋の配電盤を今すぐ叩き壊してください。廊下にある分電盤と扉の開閉装置も完全に。」

 

『いいのか?』

 

「これからそちらに人を送りますが、時間が惜しいです。そこにいる人たちはその何もできなくなった管制室に閉じ込められておいて貰います。」

 

それとも、

 

「皆殺しという方法も後腐れないのでソレはそれでアリとは思いますが…」

 

さすがに、ソレは千冬としてはやりたくないし、一夏や箒には絶対にやらせられない。

 

『判った。配電盤と分電盤、あと扉の開閉装置だな?すぐ、叩き壊す。』

 

「それが終わったら、凰さんたちのいるエレベーターホールで待機していてください。すぐ、準備を整えますから。」

 

『了解した。』

 

通信ウィンドウが閉じる。

 

早速、機器の破壊を始めたらしい。

 

「―――さて、有澤先生、如月先生の二人で管制室の監視、場合によっては鎮圧をお願いします。私は少し野暮用ができたのでここを離れますが、いざと言う時は外にいる黒ウサギ隊のハルホーフ大尉に指示を仰いでください。」

 

「や、山田先生?」

 

「ちょっと、あのすまし顔に対物ライフルぶち込んできます。」

 

真耶が満面の笑みを浮かべながらモニターを示す。

 

そこには、例の巨大なISが映っていた。

説明
#127




どーも、お久しぶりです。
だいぶガタの来ていた8年モノのノートPCからデスクトップPCに買い換えたりしました。
サクサク動いてくれてものすごく助かってます。

まあ、PCがサクサク動くようになっても更新は相変わらずになりますが…
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インフィニット・ストラトス 絶海 

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