叛逆の理
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 ――幸せって誰かに押し付けられるものじゃないって、あたしはそう思うんだ。

 

 そりゃ誰かを幸せにしたいって気持ちはわかるし、そう思っちゃったら自分じゃどうしようもできないくらい、あたしだって恭介の件で十分わかってるよ。

 だからこそというべきか、そんなあたしだからというべきか、今ならそんなのは間違いだってはっきり言える。盲目的になっちゃ、全て終わりなんだってね。

 どうして周りに視線を向けたり、声をかけたりしなかったなんて、後悔するばかりだよ。

 まぁ……それがあたしらしさと言ったら、そうなんだろうね。そう思えるようになったのはあたしがかつて希望を運んで、いつか呪いを振り撒いた存在って理由じゃないし、円環の理に導かれてこの世の因果を外れたからでもない。

 たぶん、あたしがあたしであるからだと思う。そう思えるようになったのは、もちろん円環の理の一部として因果を外れたからだけど、円環の理はあたしであって、あたしじゃない――別の存在だ。

 だって、あたしの中には恭介のために魔法少女になって、その力の全て使い果たした記憶がある。円環の理なんて摩訶不思議な存在になっても残り続けてる――いや……そもそもこの想いが消えるなんて……ことはないか。

 円環の理は魔法少女が導かれる場所でも、全てが消えてなくなるわけじゃない。概念の中に魔法少女の全てが、想いが詰まってる。その中にはあたしが、まどかが、そして他の魔法少女がいる。あたしはその一部になっただけ。

 気がかりなことはあったけど、杏子とは再会できたから……もう十分だよ。

 だからあたしは円環の理に戻らなきゃ……他の娘に悪いし、自分の役割は果たさなきゃいけない。それにさ、杏子も円環の理にいつか導かれてくる。杏子と本当に喧嘩するのは、その時でいい。あいつはまだ魔法少女として、この世界を守らなきゃいけない。

 それがこの世界に残された魔法少女の役目。

 まぁ杏子には、マミさんって大先輩がついてるし、寂しくないと思う。一時的にネガティブな気持ちにはさせちゃったけどさ、それもおしまい。杏子は前へ進んでくれる。あたしみたいな自暴自棄にはならない。

 そう……杏子は大丈夫――今はほむらの方が問題だ。

 あいつをどうにかしなきゃ、何も始まらないし、終われない。

 だから今度こそはじめよう――美樹さやか、カバン持ち最後の仕事をさ!

 円環の理は、魔法少女に救済を与える概念――それに例外はないんだ。

 

 ほむらの世界を壊すことで一番怖いのは、誰かの心が砕けちゃうことだった。この世界にあるのは誰もが望み、誰もが悩む、色んな想いがつまった世界。

 だけど、偽りの世界は結局偽りでしかない。偽りの幸せがある世界をほむらが本当に望んでるのかはわからない。あいつのことは、円環の理の力があっても理解できなかった。

 だから、最後に美樹さやかとしてあいつと接触する必要がある。あいつの真意を見抜くために。

 ほむらが作った全てが偽りだとは思わないよ。杏子も、マミさんも、仁美や恭介、なぎさ。そしてほむらも本物だと思う。ただそれはほむらが強制してる選択で、みんなが選んだ幸せでも、自由でもない。操ってるようなものだ。

 ……そんなのは幸せには到底思えない。

 円環の理は、きっと問答無益であいつを導くだろうけど、あたしは最低限選択する自由だけは与えたかった。自分自身でこの世界を開放するくらいの時間はあげたい。

 そもそもどうしてこんな世界を作ったのか、どうしてまどかと円環の理を巻き込んだのか、答えを知りたかった。

 選択の自由を与えるなんて、まるで偉い人がいうようなことだけど、きっと今からあたしがするのはそういうことなんだ。誰にも強制なんて出来やしない理不尽なこと。

 でも、あたしが信じる人たちは大丈夫だと信じたい。まどかの作った円環の理は、それを望まない。それはあたしだって、同じ思いなんだ。

 だから、あたしは円環の理の力で解き放つ。そこからは、ほむらとまどかの問題。あたしはそこへ続くただの道標に過ぎないんだ。

 あたしがするのは、正義じゃない。でも、あいつが正義だとも思わない。

 それを決めるのはきっと――。

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 ほむらの世界を壊すには、いくつか条件があった。

 第一の条件が円環の理を迎え入れる準備を作ること。それはあたしがこうして記憶を取り戻したことでクリアしてる。

 次はこの厄介な世界にヒビを入れること。後は自然に円環の理が世界を壊してく。あたしはそれを見届けるだけでいい。そのために、あたしはまずほむらの使い魔を探した。

 偽街の子供達全員を探すのはすごく簡単で、すぐ円環の理の力を渡せた。

 ほむらの魔力に似た存在をまずこの世界から探って、まどかの近くにいるほむらの反応じゃないほむらの場所に消去法で行けばいいだけだった。

 問題はどうやって渡すかだったけど、ある程度痛めつけ、こちらも傷めつけられる結果になって、

「……よしと」

 一四人にようやくその力を渡すことができた。この場合無理やり渡したってのが、正しいのかな? 多少荒っぽくなったけど、これでよしと。

 後は円環の理の力が、ほむらの全身を血が流れるみたいに動く。あたしみたいにね。

 こいつらは、主人であるほむらを無視して好き勝手随分動いてたようだけど、ほむらの使い魔で、その分身の一部に変わりないから、効果は絶大。

「……ん」

 早速というのか、空が崩れ始めてきた。暗転というのかな。空が一部青から黒へと変色し始めてる。

「……」

 本当はこれ以上、何もしない方がいいのかもしれない。

 この世界は勝手に壊れて、円環の理が全てを勝手に元へ戻してくから。

 ほむらの世界を壊すには、なぎさに円環の理の力を渡すのが最終条件だけど、円環の理がこの世界に侵入しさせすれば、それはあまり重要じゃない。

 なぎさはあたしが力を渡さなくても――思い出す。自分が何者で、何をしなきゃいけないのか、この世界に流れ込んだ円環の理がなぎさを概念のカバン持ちに戻す。

 あたしがこうして、円環の理に戻ろうとするようにさ。

 ただそれだとちょっと遅いんだよね……何かがその前に起こったとしたら、対処のしようがない。

 だから、不測の事態にならないように、これ以上をどうしてもしなくちゃならない。

 今あたしがやれてるのは弱り切ったほむらの力の合間を縫ってるからで、次のチャンスが数年後、数百年後、数千年後のいつにくるかわからない。時間にしてみるとそれは一瞬で、あっという間に終わるかもしれない。

 だけど、円環の理はその間も動いてる。何か強攻策に訴えるかもしれない。概念がどんな強攻策を考えるかは大体予想がつく。だから、はやく戻らなきゃいけない。

 

 ――ほむらを、杏子たちを救わない命令をしてくる前に……ね。

 

 杏子を喫茶店に呼び出すまでは良かった。こいつは何も疑いもなく来てくれたよ。

 いつもみたいに世間話しようって言ったらね。

 不安をなるべく顔に出さないようにしてたつもりだけど、

「……」

 この場には明るい空気じゃなくて、沈黙っていう暗い空気が生まれつつあった。他のテーブルでは明るい会話が聞こえてくるけれど、ここだけまるで別世界みたいだ。

 この空気を作ったのは、あたしの不安のせい。目の前にいるのが杏子なのか、違うのか。その考えを捨てられなかった。

 だからあたしは、何をきっかけに話せばいいのかわからなかった。呼び出しおいて様がないね。決意はどこにいったっていうんだろう? 杏子は見る限りじゃ偽物に思えない。

 ほむらの力があるのだとしても、操られてるように見えない。人形のようにも思えない。

 第一にもしほむらにそんなことができるのなら、今のあたしはここにそもそもいない、あいつの使い魔に接触することもできなかったと思う。

 こうやって考えてるだけじゃ何もわからないし、何も変わらないから、

「ふぅ――」

 あたしは一度深呼吸して、

「――杏子は、あたしがいなくなったらどうする?」

 あたしは単刀直入にそのまま口に出してた。これが一番手っ取り早い気がしてね。それがあたしらしい『行動』なのかなぁ? それとも円環の理の『行動』なのかな。

 何にしてもその言葉に、

「な、何を、い、いきなりいうんだよ?」

 びっくりした杏子がプリンを頬張っていたスプーンを口から滑り落とした。それもそうだよね。少し……単刀直入過ぎたかな。あたしでもそんなの言われたら、びっくりするよ。

 でも、これで一つ可能性は潰れた。人形にこんな反応はできない。知ってる人は驚かない。演技の可能性だってもちろんあるけど、杏子にそんなことができるなんて、本物か偽物の以前にできないと思うよ。少なくとも、あたしのよく知る杏子ならしない。

「うーん、例えばの話だよ」

 だから、あははとわざとらしく口を濁した。本物の杏子なら、本当の例え話をどう答えるだろう? 笑って見過ごすかな? それとも……?

「……わけわかんねぇよ」

 杏子は左手でスプーンをテーブルから拾い直し、テーブルに乗せた右手に顎をのせて、こっちを見つめてきた。

 その目は昔のように、何かを突き止めようとする純粋な色を持ってた。

「そっか、そうだよね……ありがとう」

 やっぱりこいつは変わらない。あたしのよく知ってる杏子だった。

「な、なんだよ、さやか。少し気持ち悪いぞ? 今日はやけに素直過ぎやしないか?」

 どんな時にも迷わず、自分の信じる道を進むやつだ。

「あはは、そんなことないよ」

 杏子の目がまた涙でいっぱいになるのかなって思うと、本当は例えなんかでもしちゃいけない話なのかもしれない。嫌な思いをさせてしまうかもしれない。

 こんなにも人を疑うことが辛いことだなんて、あたしは知らなかったよ。あの時のほむらはこんなことを考えてたのかな? ちっとも気付かなかったよ。

 でも……もう始まってる。どうしようもない。

「ふーん、やっぱりあの坊やのことが諦められないってか?」

 思い込んでたせいか、余計な心配をされた。

「い、いや、そういうわけじゃないよ!?」

 きょ、恭介はもういいんだよ。

「何赤くなってんだよ、でも――」

 杏子は一息いれて、

「そういうのとは違うんだろう?」

 スプーンをあたしの目前へと突きつけてきた。

「えっ……? どうしたの?」

「なんていうのかさ、前にも同じことがあったような気がするんだよ」

 覚えてるの? あの時のことを?

「胸のずっと奥がなんかわけわかんないんだけどさ、痛むんだよ。不思議な気分だよな、これ」

 辛そうな表情を一瞬だけ杏子が見せるから、

「そ、うなんだ」

 続けようと思った言葉がうまく出てこなかった。言わなきゃいけないことがたくさん、たくさんあるのに頭のなかで空回り続けて、口が動かない。杏子が感じてることが本当で、こうして二人で会ってるのが嘘なんだって、はっきり言葉にできなかった。

「まぁだからさやかがいう未来になってもさ、アタシにはわからんねぇよ。このざわつきが本当の事なら、もう無理なんだろ?」

「無理なの……かな?」

「だって、そうだろ? 胸騒ぎを止めるにはその原因を取り除くか、その胸騒ぎが収まるのを待つしかねぇ」

 ってことはと、杏子は紅茶を一口含んで、

「もう――それは始まってるか、終わってるかのどっちかだ」

「杏子はそれでいいの?」

「良いか、悪いかじゃねぇよ。それが本当の事なら、しかたないんだろう?」

 そっか、そうだよね。杏子は大丈夫なんだよね? ありのままでいてくれるんだよね? あたしが知る杏子でいてくれるんだよね?

「わかった。じゃぁ、杏子は杏子が思うように動いて」

 もうあたしに迷いはなかった。あたしは杏子を信じるよ。それが例え、あいつの手駒となる結果になったとしても、あたしは恨まない。

 杏子の選択は、杏子のものだ。ほむらの呪縛から解き放たれても、このままがいいと言うのなら、あたしに拒否権はない。その時は円環の理にあたしはなるしかない。

 でも、杏子はそうならないとあたしは信じてる。友だちだから。

「んーよくわかんねぇけど、別に普段通りにすればいいんだろ?」

「そうだね……普段通りの杏子のままでいてくれれば」

 ほむらみたいに迷い込まないでくれるなら、それだけでいい。

「じゃぁ、その時になったら、この箱を開けて」

 あたしはカバンの中から、円環の理の力が篭った箱をテーブルの上においた。中身はただのクッキーだけど、噛めばそれだけで、この空間の支配から抜け出せる特別製。

「……? なんだこれ? 誕生日プレゼントか何かか? アタシの誕生日は大分先だとして……他に近いやつなんて誰かいたか……?」

 杏子は首を傾げながら、箱を持ち上げ、眉根を寄せた。

「ううん、まぁ誕生日プレゼントといえば、そういうものになるかもしれない」

 ようやく、あいつが産まれるというのであれば、そういう言い方も間違いない。

「ふーん、よくわかんねぇけど、開ける時がくるってのは確かなんだな?」

「それだけは確かだよ」

 あたしは、席から立って、杏子の隣に立つと、

「今日は来てくれて……ほんとありがとう。開けるタイミングはなぎさに聞いて――」

 きっとそのタイミングが一番的確で、重要な時だから。

「お、おい、なんだよ、急に」

 いいからと、あたしは杏子の身体を無理やり抱きしめた。しょうがねぇなぁと杏子は視線を逸らしながらも嫌がる素振りを見せなかった。だから、あたしはひと目を気にせず、ただ杏子の温もりを思いっきり感じた。お互いがお互いを忘れないように、刻みつけた。

 今はこれだけで、十分幸せなんだ。きっとこいつもそう思ってくれてる。

 例えこれが最後になったとしても、この温もりだけは忘れないから。杏子も忘れないで欲しい。

 あたしは確かにここにいて、あんたと話したってことを――。

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 後は、なぎさとマミさん。

 なぎさは大丈夫だと思うけれど、最大の障害になりそうなのがマミさんだった。ほむらのように何か行動を起こしかねない。

 本当の世界が再開した時、また杏子と二人で魔法少女として魔獣と戦い続けてくれるか、正直不安だった。だから、安心できる何かを見つけたかった。

 そんなことを考えながら、あたしはマミさんの部屋に嘘の口実を作って尋ねると、

「マミさんは、今の生活どう思ってますか?」

 杏子とは違って核心から離れた場所から、マミさんの心理を探ろうと思った。とはいっても、杏子が本物なのはわかってるから問題ないとは思う。ただマミさんの場合、下手に核心に近づけると変な解釈にされそうで不安だった。

「どうって、美樹さん何か意味深めいた言葉ね? 何かあったのかしら?」

 その予想通り、意味がある言葉として受け取ったみたい。さすがはマミさん。でも『それ』はまだ言えないんだ。少なくとも、障害にならないかどうかわかるまでは。

「いやぁ、特に意味なんてないですよ。ほらぁ、人生の先輩としての言葉をもらいたいなぁって、そういうことを今度の作文で書かないといけなくなっちゃったので」

 口からどんどん嘘が出てくる。辛くて、哀しい嘘。こんな嘘をずっとほむらは吐き続けてるのか。永遠にも近い――誰にも理解されない嘘を。

「ふーん、そうなの? ワタシは特に不便を感じてないわ。普段通り生活出来ているし、百江さんともいられるし、暁美さんや、佐倉さん、それに美樹さんと鹿目さんがいるわ」

 そういって、マミさんは隣に座ってチーズを黙々と食べ続けてるなぎさを優しい眼差しで見つめた。

「じゃぁもう一つあるんですがいいですか?」

「別に構わないわよ?」

「誰かが悪魔にならないといけないのなら、それはならないといけないですか? もちろん、それは悪魔じゃないです。真似してるだけです。そしてその悪魔に気付かずみんなが幸せのようなものを感じてるのだとしたら、どう思いますか?」

 それはこの世界そのものだ。ほむらそのものと言ってもいい。

「うーん、それは哲学ね。美樹さんがどう書くかはわからないけど、ワタシなら悪魔にはなんてならないわ。自分をそう偽っても何も解決しないと思うわ」

 マミさんらしい言葉が返ってきた。

「悪魔に騙されるって話なら、それはいつかそのことに気付くはずだわ。それと悪魔なのだから、それは幸せに思わないわ」

 天使なら話は別よと、マミさんははにかんだ。

「なるほどなー。参考になります!」

「もしかして悪いことしている友だちがいるの? もしそうなら、話を聞いてあげた方がいいわ」

 マミさんはあたしが最初に出会った頃と何も変わってなくて心強かった。ほむらはその事実も嘘で、全て忘れ固めちゃったのかな。はじまりはあいつも同じ感情だったはずなのに……、

「……!?」

 あたしたちの視線から一体何を感じたのか、なぎさがテーブルのチーズを死守しはじめた。誰もそんなこと考えていないのにね……相変わらず、こいつはどこにいようが自分のフィールドを持ってる。

 だからこそ、ほむらに取り込まれても、自分の世界に影が生まれたのに気付けない。

 円環の理という記憶部分だけが綺麗に剥がれ落ちてる。そういう意味だと、元に戻すのは杏子たちと違って簡単なんだけどさ。

 というか、こいつにも円環の理の力が少しくらいは入ってると思うんだけどなぁ……ため息が出そうだった。

「美樹さん?」

「さやか? お腹すいたデスか? でも、チーズはあげないデスよ?」

「……チーズはいらないよ」

 あぁ、どうしてだろう。二人の姿を見てると、自分がどこか安堵してる。

 あの時一緒だった、まどかたちとの思い出が重なってるのかな? あの時はほむらもまだあたしたちと一緒にいたんだよね。

 ……まぁ、あたしはあいつの戦い方が気に入らなかったけれど。

「具合悪いのなら、ベッド貸してあげるわよ?」

 心配そうな声色でマミさんがこちらを見つめてくる。その瞳の色に迷いの色は見えない。落ち着いたものだった。真実を告げても……障害になんかにならない自信をその瞳の奥から感じた。きっと今のマミさんなら、大丈夫だと。

「大丈夫です、そういうわけじゃないですよ!」

 そう良かったわとマミさんがはにかんだ。そこにあたしはすかさず言葉を挟んだ。

「――じゃぁ、なぎさがいなくなったら、どうしますか?」

 一瞬、虚を突かれた表情をマミさんは見せると、

「えっ!? そ、それはちょっと……」

 視線を宙に浮かせた。

「じゃぁ、あたしがいなくなったら、どう思いますか?」

 まるで心臓を突き刺すような言葉だと思った。問いになぜそんな反抗的な言葉を返してしまうのかなって。マミさんの反応は杏子と同じで、偽りはない。どこからみても、あたしの知るマミさんだ。

「な、何、み、美樹さんは、ワタシを、な、何かに貶めようとしているのかしら?」

 まぁそう思われても仕方がない質問だよね。

「いやぁ、そんなことはないですよ。でも、マミさんって誰かが側にいないとすぐに自分を責めちゃうような気がして、不安なんですよ」

 そう、そういう人だった。円環の理で知ったマミさんはそういうことを抱えて魔法少女をやってた。孤独を好まなくて、誰かを求めた。でも、誰かを巻き込みたいとは思ってなかった。

「そうかしら?」

 マミさんは一度右手を頬に当てて考える素振りを見せると、

「……そうかもしれないわね。みんながいるから、憧れる先輩であろう、強くあろうって思わなくなってったわ。でも、それは――」

 一人じゃなくなったからよ、とマミさんは続けた。

 一人じゃない今だから、平気と、マミさんは言ってる。

「ほら、百江さん、口についちゃってるわ」

 されるがままお手拭きで口を拭かれるなぎさとマミさんは、本当の家族みたいに見えた。マミさんにとって、孤独は死と同じ。

 ……なぎさがいなくなれば、マミさんをまた独りにすることになる。

「えっと、なぎさに実はおみやげがあってね。ちょっとしたチーズなんだけど」

 だけど、あたしは頼りになる先輩を信じてる。何よりもあたしは杏子を信じてる。

 だから、マミさんは孤独になんて絶対ならない。杏子がずっとマミさんの側にいてくれる。ほむらを救う前だって、そうだったんだから、大丈夫。事実が事実になるだけなんだ。

 あたしがいくら不安に思ったって、事実は何も変わらない。どう思うかは、選択次第。

「そういえば、なぎさにプレゼントがあったんだよね」

 あたしはカバンの中から、チーズの入った箱を取り出した。

「なぎさにプレゼントデスか!?」

 疑いもなく目を輝かせるなぎさは、ほんと円環の理にいる時から何も変わってなくて安心できた。

「しかもこの匂いは、な、なんと、チーズデスか!?」

 箱に入ってるだけから匂いなんてしそうにないのに、こちらに喜びの視線を送ってくる。

「そう、特別製のチーズが入ったから、なぎさにあげる」

 変わるはずなんてないよね。なぎさはなぎさで、マミさんはマミさんだ。ただ元に戻るだけなんだ。なぎさはきっと食べれば、カバン持ちの役割として選択をする。

「……美樹さん?」

 少し考え過ぎたせいか、疑いの目がマミさんに向けられてたことに気づくのに時間がかかった。

「大丈夫ですよ、マミさん。悪いものじゃないし、毒なんて入っちゃいませんって」

 ほむらにとっては毒だろうけど、なぎさにとっては特効薬。効果は絶大的だろう。

「そ、そんなことを考えていたわけじゃないわ、ただ――」

 マミさんの視線が一瞬泳いだ。

「寂しいってね。どうしてかその箱を見ていると不思議に思ったの。そこにはね、怒りみたいな感情はなくて、ただ寂しい。そう思ったわ」

 マミさんの視線は言い終わる頃には、落ち着きを取り戻してた。

「……そうですか」

 はやくなぎさに下さいと、マミさんの気持ちをお構いなしに、ぴょんぴょんと飛び跳ねるなぎさは、これはこれできちんと円環の理の仕事が出来るのか不安に思ったけれど、

「あぁ、もう! あっちで食べてきなよ!」

 うざくなったので、なぎさに箱を手渡すと、

「わーい、やったデス!」

 箱に入ったチーズを手にベランダの方へとなぎさが走ってった。

「美樹さん?」

「……ん、マミさん、どうかしましたか?」

「美樹さんがなんだか凄く寂しそうというか、悲しい顔をしているわ。変な話ね。もしかしてワタシが寂しいって言ったから?」

 悲しいか……そうなのかもしれない。もうこうやって、この世界でマミさんの紅茶を飲めないんだろうし。こうやって、相談ごとのような話もしばらくできないんだろうし。

「いやぁ、そんなことはないですよ。マミさんの紅茶と、ケーキは最高だなって思ってただけですよ、あはは!」

 そうかしらと、首を傾げるマミさんの不安な表情にあたしの胸の内を告げる勇気は、今はなかった。

 これはきっとなぎさの役目。カバン持ちは二人なのだから、それぐらいはやって欲しいものだけど、

「……」

 円環の理の力が篭ったチーズを美味しそうに食べるなぎさを見てると、少しだけ不安になった。

「そうだ、マミさん。実はマミさんの真似して、あたしもクッキーを作ったんですよ」

 そういって、マミさんにも円環の理の力が篭ったクッキーが入った箱を同じようにカバンから取り出す。

「今日はいつになく、プレゼントが多いわね?」

「そんなことないですよ?」

 マミさんは受け取った箱を目の前で開封して、口にし始めて味についての評価と、課題点をあげてくれた。こんな時にも手厳しい人だなぁとあたしは感じて、少し嬉しかった。

 マミさんの選択は、マミさんの選択。

 少なくとも、もうどこにもほむらが入る隙間はなくなった。

 これで良いんだよね、まどか?

 マミさんの部屋の窓から見える偽りの空は黒に染まり、剥がれ落ちてきてた。

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「やっとここまできたよ――ほむら」

 この世界は崩れかけ、終焉を迎えようとしていた。

 本当だったら、もっと早い段階でこうなるべきだったんだ。それをあたしは忘れて、まどかたちも忘れてた。

 ずっとこのままだったら、誰もがきっと幸せなのかもしれない。あいつの望んだ世界、あたしはそれを否定できるほど賢くない。

 だって、あたしは十分に幸せだったから。杏子や、仁美、恭介、マミさん。もう会えないと思ってた人に再び会うことができたんだ。でも、それは嘘。全てデタラメなんだ。

 だから、この世界は終わらなきゃいけない。全てを真実のあるがままに戻さなきゃいけない、それが円環の理――その概念なんだ。

 あたしは美樹さやかという存在である前に、その一部。

「……」

 空を見上げれば、崩れた空の破片から虹色の光が漏れてる。その光の先に見えるのは、今まで見てた動かない宇宙じゃなくて、動く宇宙。

「……」

 世界そのものを変えたのはまどかで、その想いを踏みにじってこのおかしな世界を作り上げたのは、ほむら。そしてその世界を壊したのは、あたし。

 円環の理は、全ての魔法少女を導かなければいけない。みんなが不幸じゃない世界。それが……まどかの望んだ幸せなんだ。

 だから、これは違う。間違ってるんだ。絶対にまどかの願いなんかじゃない。

 ほむらが作った世界は、確かにまどかが人間としてもう一度やり直せるものなのかもしれない。でもね、まどかが本当に幸せなのかなんて大それたことを、あいつが決めていいわけじゃない。選択は選択、その人が選ぶことなんだよ。

 だって、まどかは誰かのものじゃない。あたしはあたし、ほむらはほむらだ。

 結局そういう意味じゃあいつは、自分自身の想いも無駄にしてるんだ。そうじゃなきゃぁ、あいつはあんなにも辛そうな顔なんてしない。

 それに間違ってないなら、どうしてあんなにも泣くのを我慢する必要があるんだろう。

 マミさんも、杏子も、なぎさも、ほむらの使い魔たちもわかってる。心の奥底でわかってるんだ。これは絶対におかしなことで、舞台はもう幕を閉じないといけないんだって。

 だから、あたしは結局こうするしかなかった。まぁあたしは円環の理の一部だから、こうする以外の選択肢なんかそもそもないんだけどね。

 結局は、あの二人次第なんだろうけど、

「……」

 今度こそ、あいつは、まどかを、あたしたちを受け入れるだろうか? それとも、また反発するだろうか?

 ううん、本当は考えるまでもなくわかってる。答えなんてわかりきってる。もうほむらには無理なんだ。円環の理の侵食はあいつの内部まで進んでる。あいつの結界が強くても、今になって完全に円環の理を覆すことなんて、概念化したまどかにしか無理。そもそもあいつにはもう抗う力なんて残ってない。残っていても、一握り程度の力だけ。

「……」

 あたしが……動き始めてから、ほむらはすぐに形相を悪くしてった。円環の理の準備をあいつの中ではじめたのだから、それ自体は当然のことだった。そもそも痛くないはずがないんだ。あたしはあいつのお腹の中でちくちくと注射器を刺して、なおかつその数を増やしてたのだから。我慢するのもやっとの状況だったと思う。

 でも、あいつはそんな状況になっても、何も言わないし、まどかへの干渉を強めることもなかった。

 ただ平然とあたしのする行為を見守るように、無視し続けた。

 その結果が、今の空と、大地。

「……」

 

 ――懐かしいな。

 

 またこうして、この大地を歩くことになるなんて思いもしなかった。

 前にこの大地を見た時は、ほむらをどうやってインキュベーターの目論見から外して、本当のまどかと再会させることを考えてたんだっけ?

 円環の理の中でいろんなことを話し合ったのがまるでついさっきまでのことのようだ。でも、それは大分昔のことなんだ。

「……」

 目をつぶって思い出すのは、あたしがまだいた頃の世界の、ほむらがソウルジェムの中で作り上げたものだ。あたしはカバン持ちとして杏子に会うだけで良かったのに、もう一度仁美や、恭介と一緒に学校に通いたいって強く願ってたなんてこれっぽっちも知らなかった。

 あれは、幸せな時間だった。

 終わらない幸せだった……だけどもう消えてしまった。消してしまったんだ。あたしの指揮する前奏曲をきっかけにほむらの世界は崩れた。

 最後の交響曲が流れ始めた頃には、この世界になった。

「……あぁそうだよね」

 目を開ければ、再びその事実を実感させられた。何も変わってない。変わるはずなんてない。今までのがおかしかったんだ。

 この世界に残された生命体は少ない。魔法少女も二人しか残っていない。大地も荒れ果てて、ビルの面影やら、山の形やら、国を象徴する建物もない。

 そんな何もない荒れた大地をあたしは一人歩いてた。

 これがこの世界の事実。どこを見渡しても、殺風景。楽しさの欠片もない、夢のない世界だ。こんな世界にずっといたから、ほむらはもしかするとおかしくなったのかもしれない。

 あいつはまどかのために頑張り過ぎなんだよ、もう無理する必要なんてないのに、頑張っちゃってさ。だけど、もうあいつの作った偽りの世界はどこにも存在しない。

 あいつにはあたしたち、正確にはまどかとの約束の時がもうすぐ訪れる。

「……」

 この大地を踏みしめるのが最後になるかもしれないと思うと、感慨深かった。俯いて、地面なんて眺めてる時間なんてもうないのに、自然と踏みしめる感触を味わってた。感触と共に頭のなかでいろいろ考えてると、

「ずいぶんと、遅い通学なのね?」

 ぶっきらぼうな言葉が聞こえ面をあげてみると、あいつの背中が見えてきた。通学という言葉にふさわしくほむらは制服姿だった。

 でも、目の前に学校なんてものは存在しない。ただの荒れ果てた大地、いつかこの世界に訪れた――魔獣に滅ぼさせかけられたあたしたちの世界があるだけだった。

「通学……ね?」

 そういうあたしも制服姿なのだから、ほむらの言葉に反発できない。これは無意識的にまだどこかで壊したくない気持ちが残ってる現れなのかもしれない。偽善者めいてますな、あたし。良いやつをただ気取りたいのか、いつまでも学校生活ごっこを続けたい、そういう気分の高揚……もう自覚しても、遅い。遅いんだ、あたしは全てを渡し終えた。

 その証拠に――ほむらの隣にまどかはいない。いるべき人はもう、その場所へと還った。後は、それが戻ってくるのを待つだけ。

「ほむらが一人で通学なんて珍しいね。まどかはどうしたの?」

 どうしてあたしはこんなひどい質問をしてるんだろうかと、自問したくなった。わかってる。わかってるんだけど、聞かないわけにはいかなった。

 それを聞くためにあたしは美樹さやかとして、ここにいる。これは友だちだったあたしとしての言葉――敵味方じゃない想いだった。

「……」

 あいつは、あたしの問いに黙ったきり何も答えない。

 それもわかってる。答えられないし、答えたくもないだろう。特にあの世界を終焉へと導いた張本人に向かって言いたくなんかないだろう。

「……もう、終わったのね」

 長い沈黙の後で、やっとほむらが重い言葉を口に出した。あたしの問いにほむらは、変わらない悪魔の態度を取った。だから、あたしも円環の理としての役目を演じることにした。魔法少女として、円環の理の一部として、あたしは告げる。

「あんたが何もしなかったからね。あたしはただ円環の理を動かすために少しだけ動くだけでよかった。それに――」

 抵抗があればまた違った結果になったかもしれない。

 それはあの時、あたしが完全に記憶を取り戻した時に対処できた。また最初から、はじめることもできたんだ。そう少なくとも――今よりもずっと後に崩壊の時期をずらすことくらいは出来たはずなのに、こいつはしなかった。理由はわかってる。

「――あんたが悪魔じゃなくて、ただの魔女ってこともわかったよ」

 そうこいつは悪魔なんかじゃない。

「……それはオクタヴィア・フォン・ゼッケンドルフとしての言葉なのかしら?」

 魔女であるあたしの名前か。それも知ってるのか。それをまどかから知ったのか、インキュベーターから知ったのかはわからない。そんなのはどうでもいい。知識なんてただの言葉にすぎない。あるのは事象。これから、起こることだけ。

「いや、違うよほむら。これはあたし美樹さやか、円環の理のカバン持ちとしての、いや魔法少女として最後の仕事だよ」

 だから、あたしはあたしの仕事をするだけだ。

 なぎさも二人を連れてくるだろう。杏子はいやかもしれないし、マミさんは逃げ出したいかもしれないけれど、きっと来てくれる。

 あたしは誰よりも二人のことを信じてる。

「なら、私は悪魔としてあなたを倒さなければならないのかしら?」

 悪魔なら、最後まで悪魔らしくいてくれれば、まだ救いようがあったのに、

「それとも魔女としてかしら? 戦うのは別に構わないわ。あなたが悪魔に抗う力を持っているならの話だけど」

 やっぱり、あんたはそこにいたいのね。どうして、こいつはこんなにも頑固で、我慢してしまうんだろう。やっぱりあたしにはその気持ちはわからないよ、ほむら。どうして魔女として倒されたいって思うの?

 でもね、ほむら。あたしは戦いにきたわけじゃないんだ。

「そうだよ。転校生――」

 そっか、この台詞は二度目……になるのか。だけど、今度は違う。もう、ほむらがどうとかってレベルじゃないんだ。

「いや……ホムリリィ。力ならもうあるよ。でもね、あんたの相手はあたしじゃない。もっと大きな存在だよ」

「その名前はいったいどこから出てきたのかしら?」

 肩越しに振り返ったほむらは、いつもの無表情。でも、その目には確かに涙の後が残ってた。

「――円環の理」

 だから、あたしは答えを告げる。それでほむらがわかるのかなんてわからなかったけど、伝わる気がした。

「そう……すべてを終わらせたのね」

 死人のように青白くて不健康そうな顔色。

「いや違うよ。これから、始まるんだよ」

「……そう」

「虚勢をはるのもあんたいい加減にしない?」

 無理してるのはもう顔色を見なくてもわかる。

「……一体何のことかしら?」

 その言葉の色は確かに知らないように見えるし、冷静沈着ないつもの暁美ほむらだ。でも、どう考えても哀しさがそこにあるようにしか思えないよ。

「まどかは友だちなんでしょ? それにあたしだってね」

 あたしはほむらの友だちだから、気持ちがわからなくもない。杏子があたしのことをずっと覚えててくれたように、ほむらもずっと一人だけまどかのことを考えてくれてたんだよね?

「私は悪魔だから」

 そういって、ほむらは魔法少女に変身する時と同じように紫色の光を放った。

「みんな、私のものなのよ」

 そしていつか見た――翼を羽ばたかせ、羽根を数枚宙に浮かせた。

「悪魔ね……」

 昔はそう見えた、あの時は確かにそうだった。

「今のあんたは、そう見えないよ」

 あの時見た翼は、意気揚々としていた。誰にも干渉できない特殊な磁場めいたものを感じるぐらいだった。でも、今は……ただの骨。羽根の抜かれた鳥がそこにいる。

「もうやめなよ、ほむら。もうそれはただの暴走と何も変わらないよ」

 見てるこっちが痛々しくて辛くなってくる。

「それはいけないことなのかしら」

「それを決めるのはあんたじゃない。今のあんたがしてることはただの自己満足。自分勝手な妄想だよ!」

「そう……そうかも知れないわね」

 だから、

「もうふざけた幻想はおしまいにしない? 選択の自由はみんなにあるべきなんだよ」

「……」

 ほむらが空を見上げた。

 まどかが、円環の理がほむらのためにくるのがわかってるのだろう。

「あとは、あんたとまどか次第だよ」

 自分で受け入れる素振りを見せてくれればいいのだけど、

「……嫌だと言ったら?」

 なんでこいつは悲しそうな顔をするんだろう。こうなることがわかっててやってた癖に、どうしてあんたは肝心な時にそんな顔をするんだ。

『――ほむらちゃん』

 上空からまどかの声が聞こえてきた。あと少し。あと少しなんだ。

「もう嫌と言わせない!」

 あたしは魔女の力を開放し始める。

「……っ!」

 ほむらの足元からうっすらと小さな紫の穴が産まれると、そこから使い魔が出現した。

「あなたは一四と思ってたようだけれど、私にはまだ『アイ』がいるのよ」

 一五人目!? こ、こいつ、まだ使い魔がいたのか!?

「だから……無理するなって言ってるでしょうが!」

 ほむらの力を完全に封殺するために、あたしは自分の使い魔を召喚し、ほむらの使い魔に向けて指示を出した。衝突は一瞬で終わった。あたしの使い魔の一突きで、ほむらの使い魔が風船のように破裂したから。

 その光景に驚きの表情すらほむらは見せない。

「わかったでしょ、ほむら。もうあんたが何をしようが、あたしがあんたを止める。あんたの使い魔たちも同じだよ。もう円環の理の一部って言ってもいい」

 あたしへ向けて、ゆっくりとほむらが右腕をあげた。

「……そう、でもこっちの方が断然早いわ」

 一体なんのことと問い詰める前に、

「――ありがとう」

 ほむらが急に笑った。

「ほむ、ら……あんた、まさか?」

 ほむらの翼が砂時計の砂が落ちるように、白い粉となって宙に舞い始め出した。

「……これで良かったのよ。魔法少女はもう誰も不幸になんてならない。インキュベーターは私が消え去れば、制御できなくなる」

「だからって――」

 かけよろうとしたあたしの足を、

「な、こ、こいつら、いつの間に!? は、放せよ!?」

 消えたはずのほむらの使い魔があたしの足を掴んでた。

 ほむらの力は円環の理が防いでるってのに、どうして振りほどけないの!? それにこいつ、さっきの使い魔と違って他の使い魔が混じってる!?

「無駄よ、あなたが例え円環の理の力を取り戻したとしても、直接触れてしまえば同じ存在なのだから、干渉できなくはないのよ。言ったでしょ、そのための『アイ』なのだと。私に唯一従う、ただ私のための使い魔よ」

 そのために、わざわざあたしを無視してたってわけ!? この瞬間のために、こいつは嘘をつき続けてきたの!? いったいどんだけ嘘をつくつもりなのよ!

「――あぁ見ていらんねーつぅの」

「また佐倉さんはそういって」

「無事間に合ったのです! でも、まだなぎさはチーズが食べたいのデス」

 身軽になったと思ったら、足元には弾痕、そして、赤い槍が地面に突き刺さってた。それと同時にあたしを縛り付けてたほむらの使い魔が全て消滅した。

「……そうあなた達もそっちを選ぶのね」

 そういって、ほむらは真後ろへと崩れ落ちた。風も何もないのに、そこだけ突風でも訪れたかのようだった。それも当然だった。

 ほむらの両足がなくなってたんだから。後は落ちるだけしかなかった。

「おい、ほむら!?」

 その身体を急いでかけよると、杏子が抱き起こした。

「……あなたたちこうしても、後悔するだけよ」

 介抱し始めた杏子にほむらはそう言い放った。一瞬だけ素直になったかなと思ったらすぐにこれだ。

「あぁ、もうこいつは本当に……もう!」

 行くよ、なぎさと、後ろをゆっくり振り返ると、マミさんは笑ってた。だから、あたしも笑い返し、ほむらの元へと急いだ。

 杏子に支えられたほむらへ、あたしとなぎさは手をかざした。

「なぎさ、一応確認するけど準備は終わってるのよね?」

「はい、大丈夫デス。佐倉さんも、巴さんも準備万端なのデス!」

 後はわたしたちだけなのデスと、なぎさは言葉を付け加えた。

「……何をしても無駄よ」

 ほむらの身体は、砂状化が始まって少しずつ溶けてる。時間は本当になかったのね……ほむら。あたしはなぎさに目配りすると、

「……無茶苦茶しすぎなんだよ、ほむらは」

 円環の理の力――カバン持ち最後の力を開放した。あたしとなぎさの身体が光を放ち始める。これでようやく最期の時間を作れる。いつかまどかがほむらと約束した時間を。

 結局、こいつは最後まで自分から円環の理を望まなかった。円環の理として、あたしはこいつを再び縛り付けることしかできなかった。

「……また会えるよな、さやか?」

 杏子……そんな顔なんてしないで、決心が全部無駄になっちゃう。

「――当たり前でしょ?」

 だから、あたしは笑った。笑ってどうなることもできないけど、そうする以外力はもうない。

「後のことはワタシたちに任せなさい」

 声がした方を見ると、マミさんがあたしたちを優しい顔をしながら見守ってた。

「おい、ほむらの足が……!?」

 あたしたちの光がほむらの失った部分を補ってく。その代わりにあたしたちが薄っすら少しずつ消えてく。

「やっと……本当のまどかと会えるんだから、今度はちゃんと話しなよ。それと杏子、」

 ――マミさんと喧嘩しないようにね。

 と、言葉を作ってるうちに円環の理へとあたしはいつの間にやら戻ってた。なぎさの意識もすぐ近くにあるから、無事に二人共円環の理に戻れたみたいだ。

 えっまた迎えに出ろって?

 いいんじゃないかな、大丈夫だと思うよ。他の娘たちにいかせても大丈夫だと思う。不安なら、あの娘にいかせれば? ん? そう、わかった。

 

 なんにしてもあたしのできることは全部終わった。後はまどかと、ほむら、二人だけの問題。あたしは正義の味方になりたかったわけじゃなかったけど……ほむら、あんたは悪魔なんかじゃないよ。まぁ、正義の味方でもなかったけどさ。

 だから、まどかが許さなくてもあたしが許すよ。

 だって、それが友だちでしょ?

 

 ――円環の理に、一つの波紋が広がっていった。

 

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叛逆の兆し(http://www.tinami.com/view/663242)の続きの物語
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