命-MIKOTO-22-話
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「22話」

 

【伊佐】

 

 とある情報屋からいち早くとある細胞の存在を知って、僕はその細胞の他の可能性を

感じて研究に取り掛かった。詳しい情報はなかったが再生する性質があるのなら

細胞を変化させることができるかもしれない。

 

 だけど確かな結果がない研究なんてものは常時危険が付きまとっている。

そんなものを求める奇特な人間なんているわけがない。なんて思って何年か経ってみたら

目の前に必要とする同族がいるではないか。

 

 ただの興味本位ではなく、すごく必死に訴えかけてきて。

自分にしては珍しく押されていた。軽々に許可することなんてできなかったけど、

結局は引き受けてしまった。

 

「大丈夫か?」

「成功するかどうかはわからないなぁ」

 

「そっちじゃなくて」

 

 引き受けて部屋に戻って考えていると、客を見送って戻ってきた橡が心配そうに

声をかけてきて返事をするが、そのことじゃなかったようだ。

 

 怖い顔をしながら心配してくるんだから、言いたいことはわかっていた。

けど素直に受け取るのはちょっと気恥ずかしいではないか。

 

「無理するな」

「わかってるよ」

 

 今すぐどうのってわけじゃない。今の段階だったら失敗しても失敗しました〜って

気軽に断れることもできる。まだ人体実験する前の段階なのだから。

 

「よし、せっかく採取した細胞が死ぬ前にやれるだけのことをやろうか橡」

「うん…」

 

 僕は窓から橡の方へ振り返り笑顔を浮かべながらそう返すと

橡は少しだけ安心したように頷いた。

 

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***

 

【萌黄】

 あの施設へ行ってから一ヶ月。向こうにいたときはキリッとしていた命ちゃんも

家に戻ってからはずっとそわそわしていて普段の生活に身が入らないようだった。

 

「そんなにそわそわしていても、早く報告来るわけじゃないから落ち着きなよ」

「そ、そうですけど…」

「まぁ、これからの人生左右する大きな事だからね…」

 

 私が命ちゃんを安心させようとするが、途中で瞳魅が横から口を出してきた。

まぁ瞳魅が言うことももっともなのだけれど、それを言うと逆効果にならないか

心配になる。

 

「ですよね…。でもなるべく落ち着けるようにします!」

 

 みんなにお茶を出した後、ペチペチと可愛い音を立てて命ちゃんは自分の頬を

叩いていた。

 出されたお茶をふーふーして冷ましながら飲むマナカちゃんは冷めた口調で

マナカちゃんなりに命ちゃんを励ました。

 

「向こうが何とかしてくれるでしょ。確信もないのにそこまで大仰な事言えないだろうし」

「ですよね!」

 

 とはいえ難しくても軽く言いそうな人だから言いそうなものだけど

それは口に出さないで命ちゃんと同じ反応をした。マナカちゃんに外面取り繕っても

無駄だけど、最近はそれも慣れてきたのか気にしないでいてもらえる。

 

「ただ、100%の自信はなさそうだった」

「そっか、マナカちゃんは見た相手の心を読めるからね」

 

「うん…」

 

 好きで発動している能力じゃないから本人も周りも大変だったのを命ちゃんを

通じて理解できた。こうして時々役に立ってくれることもあるけど本人のことを

考えるとあまり利用させたくなかったから。

 

「無理しなくていいからね、マナカちゃん」

「ありがとう…命」

 

 そうして言葉が切れて重い空気が流れそうになった時。

 

 ぷるるるるる

 

 いきなり電話が鳴り出してその場にいた全員がビクッと反応していた。

こんなに大きな音が鳴っても一人だけまだぐっすりと寝ている子がいる。

施設から帰る途中に偶然会ったあの子のことである。

 

 あの後、家に帰ってから一人でインスタントラーメン数個分を平らげたっきり

眠りこけている。今昼間だというのに随分と深い眠りについてるものだ。

 

「はい、摩宮です」

 

 命ちゃんが少し緊張したように受話器を取って話を少し聞いた後

一瞬こちらに振り返る。どうやら噂していた話を持ち出してきたようだ。

 

 向こうの話が聞こえない今、聞き終わるのを待っているしかないが

隣にいて時折見せる命ちゃんの横顔が緊張しながらもどこか嬉しそうに見えて

それは良い知らせなんじゃないかと感じていた。

 

「あ、はい。それでは失礼します」

 

 ガチャッ

 

 受話器を置いた後、しばらく固まるように動かなくなる命ちゃん。

私や瞳魅、マナカちゃんも心配しながら見守る中。一息吐いた後に振り返って

ちょっと強張っているけれど笑顔を見せて右手を上げて指で丸の形を作って

返事をしてくれた。

 やや手が震えているところから見ると相当緊張しているように思えた。

それから命ちゃんが落ち着くまでちょっとお茶で一休みすることにして、

その後にちゃんと話を聞こうと3人とも待っていた。

 

「結果から言うと可能になったそうです」

「おおっ」

 

「ただ、全てにおいて未知数で。不安定でこれから二転三転することもあるって」

「そっか…」

 

「だから悲観することもないけど、期待しすぎないようにしばらく待っていて欲しいって」

「ってことは今すぐどうのっていう話じゃないわけね」

 

「はい」

 

 最後の反応は瞳魅。たとえ可能なことでも、人口で元ある遺伝子を弄くるわけだから

まず安全っていえる代物じゃない。そのことを考えて命ちゃんの体のことを心配していて

の反応だったのだろう。それは瞳魅だけじゃなくても私もマナカちゃんも同じ気持ちだ。

 

 大切な人の命が左右しかねないことだから、両手を挙げて万歳するような気持ちには

なれないものだ。だけど、それだけの覚悟があるくらい命ちゃんにとって大切なこと

だから止めさせることも私たちにはできない。

 

 専門的な知識もない私たちには結局見守ることしかできないわけで。

それがちょっともどかしくて悔しくもあった。

 

「とりあえずはちょっと進展。でもまだ先は見えないって感じね」

 

 瞳魅が一つホッとしたように溜息をついて安心していた。緊張で凝り固まっていた部分

が解れたように力が抜けていくようだ。

 

「ですね、長くなりそうですし。私これまで通りになるようにがんばります」

「よし、そうだったらご飯の用意しなくちゃね」

 

 私がふと時計を見ると既に夕方も過ぎて辺りが暗くなり始める頃で研究所から来た

電話の内容のことを話していたらすっかり時間がだいぶ経っていた。

 

 力が抜けると最初にマナカちゃんのお腹が可愛らしく鳴って恥ずかしそうにしてから

3人のお腹も順番に仲良さそうに鳴いていた。

 

「今日はみんなで作りましょうか」

 

 命ちゃんが今までと同じように、いやそれよりも少し嬉しそうに眩しい笑顔を私たちに

向けて言ってきた。みんな断るような素振りは全くなく、賑やかな夕食作りと夕食が

過ぎていった。

 

 一抹の不安を残しながら…。

 

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***

 

【命】

 

 いつの間にか寝ていた部屋からみゅーずちゃんが消えていた。

私は気になってベランダに出ると小さい声で美しい音色の唄を歌っていた。

私は音を立てないように窓を開けたつもりだけど、みゅーずちゃんは気づいていて

振り返ることもせずに小さな声で聞いてきた。

 

「ここが分岐点かな。ここから先に進む覚悟はある?」

「…どこまで知ってるんですか?」

 

「全部、全部〜!。…何せきっかけを与えちゃったからね、与えちゃったからには

それなりに見守っていかなきゃいけないわけよ」

 

 べランダの手すり部分に座っていた彼女が私の前にいつの間にか立って微笑んでいた。

夜中から覗く月明かりが彼女を神秘的に照らしていた。

 

「ここから先のことも知っているんですか?」

「もちろん。まぁ、見えてるわけじゃないけれど。人生には流れというものがあるから」

 

「じゃあ、もし聞いたら?」

「内緒。理由があってあんまり深く干渉できないからね〜。上から怒られちゃう」

 

 困ったような顔をして苦笑いを浮かべて、なお私から視線を外さずに見ていた。

 

「大丈夫ですよ、私の気落ちは代わりません」

「そう…。なら一つだけ言わせてね」

 

「はい」

「その時はまだしばらく先。まだ気を張る時期じゃないわ。

だから私のことを信じていつもの日常に戻りなさい」

 

「はい…」

「ふふっ、いい子ね」

 

 艶のある淡いピンクの髪を風になびかせながら軽く跳ねた彼女は私の頬をそっと

口付けをしてベランダから飛び降りるようにして姿を消した。

 

 私がベランダの下を覗くと最早そこには誰もいなく、静かに風とそれにあおられる

木々の葉たちが音を立てている。そして気づいたらあの子が髪を縛っていたリボンを私の

手に握られていた。

 

 本当に不思議な子だ。あれだけ払拭できなかった不安を、まるで母親に抱かれるような

安心感がそこにはあった。

 

 彼女が舞う踊りや歌にも不思議な気持ちになることがこれまで多々あって。

本当に彼女は特別な存在なのかもしれなかった。

 

「さて、寝ますか…」

 

 誰に言う感じじゃなく呟くようにして自分の部屋に戻って寝巻きに着替えて

ベッドの上に乗って布団の中に潜った。

 

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***

 

 それから半年より過ぎた後。みんなそれぞれの生活を普段通りにしていて、

あの出来事が少し薄らいで忘れかけていたころに電話がかかった。

 

「はい…はい…」

「命ちゃん…?」

 

「わかりました…行きます」

 

 ガチャッ

 

 ついに来た。まるでつい最近のことかのように記憶が鮮明に蘇ってきた。

みゅーずちゃんとのやりとりも全て含めて。

 

「ついに来ましたね」

「う、うん…」

 

「萌黄、そんな心配そうな顔をしないで。大丈夫ですから」

「じゃあ私もついていくね。できる限り、どこまでも」

 

「ありがとうございます」

 

 マナカちゃんは留守番。瞳魅さんは出社していて帰りが遅くなるとのこと。

萌黄がいるのは定時で帰ってきてお茶を飲んで一息吐いた直後に今の電話が来た

ところだった。

 

「萌黄、疲れてませんか?」

「命ちゃんのことならちょっとやそっと疲れていてもがんばれるよ!」

 

「はい…」

 

 私は萌黄が一生懸命な顔をして私を見ていて、思わず私は微笑んでいた。

これだけ想ってくれる人がいる。萌黄だけじゃなくてマナカちゃんや瞳魅さんも。

私は一人じゃない。そして、まだ見ぬ娘に逢うためにも私は前を歩く。

 

 母がどういう気持ちで私を産んだかも体験したかったから…。

不安もいっぱいあるけれど、それ以上の気持ちを持って私は萌黄の手を握って

力強く頷いた。

 

「行きましょうか」

「うん!」

 

 マイナス要素はとりあえず考えないでポジティブに考えながら行こう。

萌黄も私と同じような考えで楽しいことだけを話しながら電車に乗って

目的の場所。二度目の訪問をすることになった。

 

 最初は気味が悪かった雰囲気だった場所も二度目になると目がこなれてくるのか、

ちょっと古びた建物って感じに思えるだけで身構えるほどではなくなっていた。

 

 しかしあの人たちがいる場所は空気が違うっていうか、そこだけは慣れないけれど。

そう思っていたらいつの間にかその人たちがいる部屋がある扉の前まで来ていた。

 

 一呼吸おいてから扉を開けて中へと入っていった。

久しぶりの長身の人と車椅子の人がいて、車椅子の伊佐さんが笑顔を浮かべながら

私たちを快く迎えてくれた。

 

「ようこそ、我が研究所へ。久しぶりだね」

「で、用件のことですけど」

 

「そう急がなさんな。ちょっと面倒なことがいくつかあるけど難しいことじゃないから」

 

 そう言ってから視線を隣に立っていた橡(クヌギ)さんに移して椅子を持って

くるようにと命じて持ってきてもらった。

 

 椅子に座りながら笑顔のままだけどちょっと圧力があるような真剣な面持ちで

伊佐さんは語り始めた。

 

「では、心して聞いてくれよ。大事なことだからね」

 

 沸々と湯気の出る液体がある入れ物、換気していないと思われる重苦しい空気と

雰囲気の中で私たちは一筋の汗を流し心して彼の言うことを待つのだった。

 

説明
本題直前までの流れのお話。次からは命にはちょっと辛い戦いをして
もらいますが、これから産まれる子供のためにもがんばってほしい。
そんな決意が必要な回になっております(`・ω・´)ゞ
やっとミューズもまともな出番が回ってきそうでよかったですw
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オリジナル 命一家 百合 微シリアス 

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