魔王は勇者が来るのを待ち続ける |
「魔王は勇者と出会う」
「魔王様大変です!」
「どうした宰相?」
魔王は家臣たちを集めて会議をしていた。宰相の尋常ならざる様相に、魔王を除いて一同は身構える。
「海上都市でマナ出血熱を発症したと思しき人が出ました」
謁見の間は騒然となった。口々に対策を言い合う。
「ソラを呼び戻すにも、月日が大分経っているな」
「はい。霊将機関に要請を出しますか?」
「そうだな……いや、待て。まだマナ出血熱と決まったわけではないのだな?」
魔王は冷静だ。
「はい。高熱で5人倒れたと、どうもマナ出血熱が出た地方から来たと」
「その5人は?」
「それが疑心暗鬼になって誰も近づけないと」
「魔力を持たぬ霊石持ちの兵士は海上都市に配備はされているだろう?」
ガルゥが指摘するが、宰相は首を振った。
マナ出血熱の伝染性は今だ解明されていない。故に誰もが近づけないのである。
「発症はいつだ?」
「本日明朝」
魔王は外を見る。日は高々真上にあった。時刻は昼頃を示している。
「よかろう。私が向かう」
「はっ? はぁ?!」
家臣たちは口々に魔王を止めようと、説得を試みるが魔王は手でそれを制止した。
「では代わりに誰か行ってくれるのか?」
誰もが口を噤み言葉を発せない。マナ出血熱の患者に触る場合、霊力を持ち合わせぬ者は霊石を持たねばならない。それが最低の条件である。しかし、魔力を持つ人間と魔族はそれに触れただけで体調を大きく崩すことがあったのだ。過剰に反応して死ぬ者も出ることすらある。故に彼らは二の足を踏む。
「私なら霊石を長時間持った所で体調を崩すことはない。それより、長時間放置するほうが不味い」
マナ出血熱であった場合。感染拡大の危険があり、そうでない場合ならことさら早く対処した方がいいのは自明の理。
「私も参ります」
「そうか。そうだな。付き合ってもらうぞ宰相」
彼または彼女は短く「はっ」と答えると魔王と共に部屋を退出する。
魔王達が海上都市へ到着すると、現場は混乱していた。そこへ魔龍バハムートが現れると、暴徒一歩手前だった人々はピタリと動きを止める。ただその大きくすぎる存在を見上げることしか出来ない。海上都市の上空に来ると龍は小さな点となり、悠然と舞い降りる。
魔王が人の身に化けたのだ。
「やれやれだな」
「普段は人でごった返しているのですが……さすがに事態が事態だけに、ですね」
「どうやら取り越し苦労だったようだ」
「え?」
魔王は「やれやれ」とつぶやくと、ため息混じりに息を吐いた。その様子に宰相はほっと胸を撫で下ろす。
降り立つと魔王は足早に向かう。宰相は近くにいた部下に飛びかかると、指示を飛ばす。
現場にたどり着くと、女性の一団が顔を真赤にして地面に倒れ伏していた。側で看病していた者は魔王が来たことに気づいて、顔を真っ青にする。
「ま、魔王様?! な、何故? ここは危険です」
自国の代表が自ら出向いてきたとなれば、当然の反応。魔王を危険から遠ざけようとするが、自身も感染している可能性を考えて、身じろぎした後に身振り手振りでお引き取りしようと四苦八苦する。しかし、その代表である魔王はまったく意に介さない。
「いやいい。それより彼女らはマナ出血熱ではない」
「は、はっ?」
「む? 彼女らは……?」
魔王は女性の一団をじっくりと観察する。
「マナ出血熱ではないとは?」
「周囲にマナの揺らぎがない。マナ出血熱はマナを狂わせる病だ。したがって周囲のマナにも影響が出るのだが、それがない。所持品を見るに長旅で疲労が出たのだろう」
魔王は「見える者にはマナの流れが見える」と付け加えながら、彼女らの体に触れていく。1人が目を覚ました。
「こ、ここは?」
「海上都市だ。気は確かか?」
「あ、ああ。大丈夫です」
彼女は口調を正す。
「よい。気にするな。昨今マナ出血熱が流行っているという話は聞いているな?」
「え、ええ」
かなりの高熱なのか、彼女の両の頬は真っ赤に染まっていた。魔王は彼女の額に手を当てて熱を測る素振りを見せながら会話を続ける。
「それ故に対応が遅れたことを詫びる。これより諸君らがゆっくりと休める場所へと送らせてもらう」
「あ、いや。それは――」
「幼子もいる。遠慮はするな」
近くで顔を真赤にした幼女が倒れていた。それを確認した女性は諦めるように「お願いします」と漏らす。
「では、今はゆっくりと休むがいい勇者よ」
「なんでそれ――」
彼女の疑問は最後まで続くことはなかった。魔王は魔法を行使して彼女を眠らせたのだ。
魔王は勢い良く立ち上がる。
「さて行くぞ」
「意見具申させてください」
「聞かないね」
「聞けよ」
宰相の飛び蹴りが魔王の首筋にクリーンヒットする。
天幕のあるベッド。凝った彫刻が施されており、金の装飾ところどころ散りばめられていた。それはこのベッドが高価であることを示している。布団と枕はまるで空に浮かぶ雲のようにふんわりと膨らんでいた。
そんなベッドから静かな寝息が聞こえてくる。
勇者。魔王からそう呼ばれた女性が気持ちよさそうに寝ていた。
やはり魔王の見立て通り彼女らはマナ出血熱ではなく、長旅による疲労から来る発熱だった。
「長旅大変だったようだな」
「はい……。でもその甲斐はあったと思います。こうして魔王様に会えましたし」
そのベッドの脇で魔王は勇者のキャラバンの面々と会話をしている。近くにはシルフィア。リリーシャ。宰相。ガルゥと、近衛騎士団の面々と完全警備状態。物々しい様相となった。
魔王は不必要と言ったが、宰相が駄々をこねたのと、彼女らがそれらを受け入れたことでこのような状況となっている。
そんな物々しい雰囲気を感じ取ってか、勇者と呼ばれる女性の寝顔が崩れ始めた。なんどか唸るとぼんやりと眼のまま、上半身を起き上がらせる。周囲を見渡し、自分を見下ろす。そしてまた周囲を見渡し、魔王と目線があった所で止まった。
「あ、アンタは!」
「勇者よ! 会いたかったぞ!」
魔王は両手を広げ、嬉しそうに高らかに笑う。対して勇者の行動は早かった。側にある剣を掴み、魔王に飛びかかったのだ。あまりの早さに周囲の反応は鈍い。用意周到に備えていても彼らの行動は遅かった。が、勇者は寸前で墜落してしまう。そして勇者から腹の虫が泣き出す。
魔王以外が安堵の溜息を漏らす。
「どうしてそこで諦めるんだ!」
「死んだらどうする?!」
宰相の拳が魔王の後頭部に直撃した。
「とりあえず手を出さないでくれて助かったわ」
ご飯を勢い良く流し込む勇者にメガネを書けた女性は言う。食べながら抗議の声をあげるが、手を振ってそれを止める。
「いいですか勇者。貴方は祖国ではなく故郷を助けるために、ここに来た。そうよね?」
勇者は食べながら頷く。
隣で親子と魔王が楽しそうに食事をしていた。勇者は己の手に持つナイフを走らせる。が、それを仲間に止められてしまう。
「クリス! なぜ邪魔をする?」
「魔王を殺されたら困るんだ。何よりアタシの主義として恩を仇で返すのはご法度だ」
クリスは勇者の一撃を安々と返すと、魔王と勇者の間に割って入る。そのまま何食わぬ顔で食事を続けた。対して勇者は悔しそうに歯噛みする。
「どうしてよ!」
「そもそも打倒魔王なんて掲げているのはアンタだけ。アタシは故郷さえ救えればそれでいい。そういう人間だってアンタがよく知っているじゃない」
「まあまあ、せめてお話だけでも聞いてください」
「そうだ。アンタたち一体どうして魔王に肩入れするのよ!――」
勇者は思い出したかのように大声を出した。
「――ユイ説明してよ」
「はぁい」
メガネを書けた女性は返事をすると、咳払いをしてみせる。
「単刀直入に言うと協力してもらうことにしたの」
「な、なんで?」
「魔王様と私達の利益が合致したの」
勇者は食事の手が止まった。
「どういうこと?」
視線はユイではなく、魔王に向けられている。魔王はそれを心地よさそうに受け入れていた。少女の頭を撫でると、魔王は勇者に向き直る。
「君たちの故郷はゼヴァラギの国境に面している。それは知っているな?」
勇者は黙って頷く。
「我が国はそのゼヴァラギと同盟関係にある。先の戦争の影響がゼヴァラギにも飛び火してな。それの手助けをしたかったのだが、手段がなくて困っていたのだ」
「私達の故郷もまた内戦に巻き込まれて困っている。独立すれば勇者がいる現状、真っ先に周囲に標的にされる」
実際しようとしたともユイは魔王に説明していた。のだが、勇者達の力はあまりにも強大で脅威となる。勇者がどの勢力につくかでその均衡が崩れてしまうほどにだ。故にヴァーズンは魔王討伐を口実に彼女らを国外に追放したのだ。
「だがゼヴァラギの後ろ盾を得れば、それも容易となるだろう。最初は属国化だろうが、その先は君たちの交渉次第だな。君たちが独立してエメリアユニティの国境付近まで領土を引き伸ばしてくれれば、我らを援助できる」
勇者の行動は早かった。土下座してみせたのだ。周囲は驚きに目をむいた。
「何をしている」
「数々の非礼をお詫び申し上げます」
「それはいい。私も勇者との決闘に夢を抱いていた。まあ、周りはそれを許してくれないのだが――」
「そのような事は出来ません」
勇者の態度の豹変っぷりに周りは動揺する。
「えー、決闘しようよ」
「いやです」
「いや、勇者でしょ?」
「確かにそうですが、故郷を救ってくださるのなら話は別です。この身を貴方様に捧げます」
「いらない」
「な、なんで!?」
「いや、別にそういうの欲しいわけじゃないし、私が欲しいのはあくまでも勇者との死闘」
宰相が遠くで「やめい!」と叫ぶ。
「で、ですが、我が故郷は領土があるだけです。資源も技術もあるわけではありません」
「そうね。私達の国から贈れるのは人的資源のみです。前払いに私達どうでしょう? 結構いい仕事しますよ? 勇者もお求めになっていたようですし」
勇者に続くようにユイが言う。
「だから、私が欲しいのは勇者との死闘でだな――」
「それって夜の?」
クリスは下品に笑う。
「よるのってなに? お母さん?」
「大きくなったら魔王様に教えてもらましょうね?」
親子は見ている者が微笑ましくなるほど、和やかな空気を醸し出していた。内容はともかく。
「待って」
「まあ、いいじゃないですか――」
近くで見ていたシルフィアが追い打ちをしかける。
「――減るもんじゃないですし」
「そういう問題じゃない! 宰相! なんとか言ってやってくれ」
「まあ、魔王様と勇者が敵対しなければ私はどうでもいいです」
魔王は両手で頭を抱えた。
「私の計画がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
〜終わり〜
あとがきという名の懺悔
ごめんなさい。
物凄く強引な終わらせ方でした。付きあわせてしまった方々には申し訳ないです。
色々やりたいお話はあったのですが、60分じゃ収まらない。ってのと、新作書きたい。という欲求が強くなり、こういう形になりました。
反省し、次の作品に活かせたらなと思います。
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