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俺の体には痕がある。

孤児院に行くよりも前に住んでいた家で負った、火傷の痕…。

酷すぎるという程の酷い痕ではないが、人が見て眉を顰めるには充分だろう。

俺は、その痕が、自分の体が、嫌いだ。

 

 * * *

 

「ん…んん」

 

苦しい。口を隙間なく塞がれ、口内ではカノの舌が好き勝手に動き回っている。息が出来ない。奴は鼻で息をすれば良いと言うが、中々上手く出来ない。

「ん…はぁ」

頭がぼんやりしてきた頃、漸く口を解放してくれた。

「はぁ…はぁ」

ジジジジ…

「っ!」

空気を吸い込もうと荒く呼吸していると、ジッパーを開ける音がして慌ててカノから離れる。

「…まだ、駄目?」

自分を抱き締め体を縮こませていると、遠慮がちな声が問いかけてきた。見れば、眉を八の字にしたカノが人差し指で頬を掻いていた。

「…」

「やっぱり…僕じゃ嫌?」

「あっ…ち、違うんだ。お前が嫌とかじゃなくて…」

不安そうなカノを見て、罪悪感が湧く。

でも、怖いのだ。キスの先もだが、俺の体を見た時のカノの反応が。

「まだ…心の準備が…」

嘘ではないが、それに近い事を言う。

「そっか、分かった。ごめんね」

俺の言い訳に納得したのかしてないのか、奴は申し訳なさそうな表情で謝ってきた。

 

違うんだ、カノ。謝らないといけないのは俺の方なんだ。

 

 

カノと付き合って結構経ったが、俺は奴に体を許した事が一度もない。

勿論、嫌いだからじゃない。嫌いだったらとっくに別れてるしな。

カノからは最近、熱の籠った目で見られる事が増えた。キスの時、舌を入れられる事も増えた。物欲しげな目でジャージのファスナーを下ろされる事も。

カノが、我慢してる。分かってる。

分かっているけど怖い。どうしようもなく、怖い。

俺の体にある、火傷の痕…ソレを見たカノに『嫌い』と言われるのが、『汚い』と言われるのが、考えただけでも泣きそうになる程…怖い。

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「どう?ちゃんと紳士に見える?」

 

そう訊くのはカノ。奴は今、普段は着ないような立派な服を着ている。といっても能力で欺いてるだけだが。雑誌を見て参考にしたらしい。

その姿は意外に様になっている。此奴は整った顔立ちをしている。新鮮なのもあり、いつも以上にカッコ良く見える。しかし、そんな恥ずかしい事、俺に言えそうもない。

「大丈夫だ。俺は、おかしくないか?」

一方、俺の方はドレスを着ている。正直、かなり恥ずかしい。ドレスは選ばせてくれた為、火傷の痕が隠れるドレスを着れた事がせめてもの救いだ。

「キド、凄い綺麗だよ。誰にも見せたくないな…」

「…ばかか」

何で此奴はいつも、こんな恥ずかしい事が言えるのだろう?正直羨ましい。

でも…

「…ありがとう…嬉しい…」

恋人に誉められた事は嬉しい。ちゃんと礼を言いたかったが、羞恥心の方が勝って声が小さくなってしまった。

しかし、俺の声は届いたようでカノは嬉しそうに笑った。

…やっぱり恥ずかしいな…。

「それじゃあキド、依頼の確認しようか」

「あぁ、そうだな」

 

今回の依頼主は富豪の奥方。30代の派手な女性だった。

依頼内容は旦那の浮気調査。徹底的な証拠写真を提出して欲しいらしい。カメラまで渡してくるあたり、彼女の中では浮気は決定らしい。

依頼場所は今日開かれる夜会。依頼主夫婦と浮気相手と思われる女性が出席するらしい。

だからこそのドレス。依頼主が無料で貸してくれた。こういう時、カノの能力は便利だと思う。

 

「…と、いう訳だ」

「ん、分かった」

依頼内容の確認も無事、終了した。

 

さて、出発だ。

 

 * * *

 

夜会の会場は、それなりに広い。広い筈だが人が多い。多くの紳士淑女が出席していた。

「カノ、俺の能力、意味あるか?」

「…ないかも。すぐにぶつかりそうな気がする」

小声で訊くと、俺が考えたのと同じ事を言った。

俺とカノは離れた場所で依頼主の旦那を見張る手筈になっている。つまり、いつものように奴に周囲を注意させる事も出来ない。

能力を使おうかと思っていたが、諦めるしかないらしい。

 

 

「じゃあ、また後でね」

「あぁ」

 

早速、二手に別れてターゲットを見張る。

見た感じ、依頼主よりも幾らか年上に見える。40代位の、髭の生えた小父さんだ。

彼は今、別の男性と何事か話していた。少し視線を外すと、カノがターゲットを見張っているのが見える。

 

 

暫くすると、大きすぎない音量で音楽が流れ出した。そこかしこで男女が踊り始める。依頼主夫婦も踊っている。

俺もカノと踊りたいな…なんて、考えるだけ無駄なのは分かりきっているけど、それでも考えずにはいられない。やっぱり俺、彼奴の事が好きなんだな。

 

 

一曲目が終わると、紳士達が淑女に声をかけ始めた。二曲目の相手を探しているのだ。ターゲットも、すぐ近くにいる淑女に声をかけている。

やはり「お嬢さん、僕と踊って下さいませんか?」などと言うのだろうか?ベタすぎるな。でも、やっぱりカノに声をかけて欲しいと思った。依頼内容が浮気調査じゃなかったらな…。

 

 

「お嬢さん」

「…、…え?」

 

何曲かが終わり、後一曲という時に、唐突に近くで声がした。見れば、其処には20代位の長身の男がいた。彼はまっすぐに俺を見ている。

「私…ですか?」

「はい、貴女です、綺麗なお嬢さん」

胸に手を当てて訊けば、優しげな眼差しを向けられる。

 

綺麗な…お嬢さん…

 

聞き慣れない言葉に何も言えない。いや、カノから結構な頻度で「キド、綺麗だよ」とは言われているが…。…お嬢さん…間違ってはいないが、どう反応すれば良いか分からない。

何も出来ずに突っ立っていると、長身の紳士は手袋を嵌めた手を差し出してきた。

「お嬢さん、一曲、僕と踊って下さいませんか?」

「え」

今、誘われてる?俺が?

「あ、えと…私、こういう夜会は初めてで、上手く踊れないのですが…」

『あの家』にいた頃の事を必死に思い出して、精一杯に淑女らしい所作で断る。が、相手は優しげな表情を変えなかった。

「大丈夫です。僕がリードしますから」

そう言われてしまえば、他に断る理由が思い浮かばない。

仕方ない。ターゲットの監視はカノに任せるしかないようだ。

 

 

俺を誘った男性はその言葉通り、俺を上手くリードしつつ踊った。俺は彼の踏まないよう、足元を見つつ踊っていたのだが、途中で「足元を見るより、相手を見ながらの方が踊り易いですよ」と言われてその通りにしてる。

最初はおっかなびっくりだったが、確かに相手を見た方が踊り易い。その相手は、俺の腰にしっかりと腕を回し、じっと俺を見詰めている。正直、かなり居心地が悪い。

彼は、見た感じ優しげな好青年で、整った顔立ちをしている。『落ち着いた大人の男性』といった感じのその風貌や、躍りの上手さからこういう集まりに慣れていると分かる。いったいどれだけの女性と踊ったのだろう。

正直、彼がカノだったらと思わずにはいられない。言っても仕方のない事だが…。

「…、…?」

無駄な事で内心溜息を吐きたくなったその時、目の前の紳士以外の方向から視線を感じた。

 

 

漸く、曲が終わった。

「ありがとう。楽しいひとときだった」

「い、いえ。此方こそ、すっかり任せきりで…」

「女性をリードするのは、男の務めですから」

実に模範的な返しだ。

「曲が終わってしまって、少し寂しいです。もう少し、貴女と踊っていたかった」

「光栄です」

俺はホッとしたよ。…なんて本音は当然言える筈もなく、無難に返した。

「宜しければ、少し僕とお話しませんか?」

「え…いや、それは…申し訳ありません、お断りします。連れがいますので」

さっきから刺すような視線を感じる。チラリと見ると、カノが今迄に見た事もないような怖い顔で睨んでいる。どうやら欺いていないようでいつもの服を着ていた。

「そうですか。それは残念です。引き留めて申し訳ありませんでした」

「いえ、此方こそ、誘いを無下にして申し訳ありません」

「では、失礼します」

紳士は、綺麗に礼をした。俺も淑女らしく見えるように礼をすると、彼は何処かへと去っていった。

 

 

「キド」

一緒に踊った紳士と別れてすぐ、聞き慣れた少年の声に名前を呼ばれた。いつもよりも大分低いその声の主はやはりカノだった。近くで見ると、やはりかなり不機嫌な様子だ。

「…カノ?」

奴は、俺の名前を呼んだきり何も言わずにいきなり俺の腕を掴んで引き摺り始めた。

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カノが俺を引き摺り連れていった場所は、とある個室…夜会の出席者の泊まる寝室だった。

「カノ、ターゲットの浮気の写真は?」

訊けば、カノは手に持ったカメラを持ち上げて俺に見せた。

「遉に中には入れないから、二人して入ろうとしたところを二・三枚撮った」

「そうか」

相変わらず此奴は手際が良い。器用だし、やはりメカクシ団には欠かせない人材だ。

俺がそんな事を考えてる間に、カノはカメラをテーブルに置いた。その間、ずっと無言。顔も仏頂面だ。

「カノ…怒ってる?」

「何でそう思うわけ?」

「眉間に皺が寄ってる。それに、少し前から欺いてないだろ。欺く余裕がない程、何か苛つく事があったんだろ?」

「ふうん。じゃあ、僕が何で怒ってるのか分かる?」

「…」

この質問は、答えられなかった。

ターゲットから目を離したからだろうか?でも、あの場合は仕方がないのではないだろうか?あの男性の誘いを断るのは不自然だ。

答えを探し倦ねていると、唐突にすぐ近くに人の気配を感じた。

「!?…ん?!」

驚いた隙をつかれて唐突に口に柔らかいモノが押し付けられた。

「ん…んん…んぁ」

何度も角度を変え、何度も啄まれる。そのうちに息が出来なくなって口を開けば、口内にヌルッとした塊が侵入してきた。ソレはいつもよりも荒々しく、俺を攻める。頭がクラクラする。空気を吸わせて欲しい。

何処がどうなってるのかも分からずに手を動かすと、服をバシバシと叩く音と感触。

「ん…はぁ…はぁ…ぁっ?!」

漸く口を解放され思いきり息を吸い込むと、いつの間にかドレスを脱がされ首筋にピリッとした僅かな痛みを感じた。

「や、カノ!何してる?!」

「他の男に触らせないで!つぼみは僕のなんだから!!」

いつの間にか俺の目に映ったのは個室の天井と、カノの苦しそうな顔。

「カノ?」

「随分、楽しそうに踊ってたよね?腰になんか腕を回されてさ!」

つぼみを触って良いのは、僕だけなのに!…その言葉に、茫然とカノの顔を眺めるしか出来ない。

だって、それじゃあ…

「それじゃあまるで、嫉妬してるみたい」

「『みたい』じゃなくて、嫉妬してるんだよ!」

怒りと呆れを含んだ声に怒られる。

「もう…無理だ…」

カノの掠れた声が、耳に届く。カノの熱を孕んだ瞳が、目に映る。

「キドを、僕だけのモノにしたい…」

言うないなや、ドレスを脱がしにかかる。

「あっ!ヤダ!やめろ!」

思わず、咄嗟に抵抗してしまった。脱がされそうなドレスを掴み、身を守るように体に引き寄せる。

「…何で…」

体を隠してると、悲壮な声が聞こえてきた。

「何でそこまで隠すんだよ?!嫌がるんだよ?!そんなに僕が嫌いなの?!あの男が良いの?!」

怒鳴るカノを、信じられない気持ちで見詰める。此奴がここまで感情的になるところなど、見た事がない。

「カノ、落ち着けよ」

なんとか冷静になって貰わないと、話も出来ない。

呼び掛けると、カノは激情の籠った目を向けてきた。何という感情なのか…とにかく、焼けそうな程に熱い、何かだ。

「…渡さないから…」

「え?」

「つぼみは誰にも渡さない…絶対に離さない!」

「カノ…キャッ!?」

唐突に、肩を掴まれそのままベッドに押さえ付けられた。

「『キャッ』だって。可愛いねぇ…」

クツクツと笑う。ソレは、いつもよりもずっと暗い笑い方だった。

「その可愛い声、他の男に聞かせたら許さないよ」

暗い視線を向けられた。その視線にたじろぎ、身動きがとれない。その隙を逃さず勢い良くドレスを脱がされた。

そうして、カノの瞳は俺の肩…火傷の痕を映す。

「み…見ないで!お願い!見ないで!!」

必死に暴れると、何かが手に当たった。同時に、バチンと音がした。すぐに押さえ付けられた手が離れた。すぐに自分の手で痕を隠す。

でも遅い。もう、見られた。

「お願い…嫌わないで…お願い」

怖い…怖いよ…

体を丸め、身を硬くしていると、両肩に何かが触れた。ソレは人の肌…掌…カノの、掌?

顔を上げてみると、カノが穏やかな眼差しを向けていた。

「つぼみは、その痕を見せたくなくて、今まで拒絶してたの?」

見られてしまっては、隠しようがない。素直にコクリと頷く。カノは、フッと笑った。

「馬鹿だなぁ…つぼみは」

貶された筈なのに、反論出来ない。その声に、優しい響きがあったからかもしれない。

カノをボーッと見ていると、彼は俺の手をゆっくりと剥がしていった。

全て剥がし、カノが両手で俺の両手を掴み、指を絡めると彼の頭が下にさがった。

未だに反応出来ずにいると、肩に柔らかい感触とチュッという音が聞こえた。

肩にあるのは、醜い火傷の痕。カノは、俺の火傷の痕に口付けたようだった。そのまま、頭を肩に乗せられる。

「本当に馬鹿だよ…つぼみは。気にしなくても良いのに…」

「でも…綺麗な肌の女の方が好きだろ?」

そんなに酷くないとはいえ、俺の肌は汚く醜い。出来れば見せたくなかった。

「つぼみは充分綺麗だよ。それに、好きな人の肌なら、どんな傷痕だって愛おしい」

なんて恥ずかしい事を言うのだろう。でも、今の俺には恥ずかしがってる余裕などなかった。

「ホントに?嫌いにならない?」

今まで同居してきたが、肩にある痕を見せた事は一度もない。一緒に風呂に入った事など一度もないし、着替え中にバッタリ会った事もない。だから、カノが俺の肩にある火傷の痕を見て何を思うのか、怖くて堪らなかった。

なのに、彼の言葉は優しいものだった。俺が問うと、体を離して真正面から見詰めてきた。

「実はね、僕にも傷痕があるんだよ」

言って、服を脱ぎ始めた。

俺の目に映ったのは、細くも程よく筋肉の付いた上半身だった。

「ほら、此処」

カノの指さした其処を見ると、確かに刃物に刺された痕があった。しかし、そんなに酷くはない。その事に安心した。何かが、胸の奥から湧いてくるのを感じる。

「僕の傷痕は汚い?醜い?僕を、嫌いになる?」

「…!」

あぁ…そうなんだ。そういう事なんだ。漸く分かった。

身を屈めて、カノの傷痕に口付ける。

「嫌いになんて、ならない」

「でしょ?」

俺が答えると、カノは満足そうに笑った。ギュッと抱き締められる。

「つぼみ、大好き。愛してるんだ。この気持ちは変わらない。傷痕なんて、関係ないよ」

俺は馬鹿だった。カノの言う通りだ。こんなちっぽけな痕なんかに惑わされて、恋人を不安にさせて、何をしてるんだろう?

「修哉…おれ…私も愛してる」

囁くと、抱き締める腕に力が籠ったのを感じた。

 

 * * *

 

俺の体には、二種類の痕がある。

 

一つは、幼い頃に負った火傷の痕

一つは、情事の時に恋人に付けられた所有の証

 

どんな痕でも、彼に愛されるなら俺も好きになれる気がした。

説明
先に進めないキドの話。
初めての投稿です。ちょっと試してみたくて…。
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