ミラーズウィザーズ第二章「伝説の魔女」11 |
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空には星空、月夜の静かな闇が涼しい風を吹いていた。誰一人いない無人の校舎、常夜によ思える静けさが広がる。
そこは昼には学生が憩いを楽しむバストロ学園の中庭。よく手入れの行き届いた樹木が夜の眠りについていた。
無邪気に駆け回る銀髪の少女は、あちらこちらふらふらと中庭を漂っていた。彼女の仕草は舞踏を踊るようにも見える。ただその足下は地から離れ、宙を舞っていた。
〔誰もおらぬ学び舎かえ、なかなか風流じゃのう。そうは思わんか?〕
同じ容姿をしたエディと銀髪の少女。二人は夜の学園へと場所を移していた。今から街に降りることも出来ず、それ以外に行く場所もない。
林から学園までの道中、二人は会話もなく淡々と歩いてきた。その間、エディはずっと自分と似た顔の幽体を盗み見るように観察し続けていた。エディの目には、銀髪の少女は妙に機嫌がいいように見えた。
エディは訝しげな思いを捨てきれないでいた。目の前にいる夜の散歩を楽しむ銀髪の少女は、どう見ても欧州を滅ぼしかけた『魔女』には見えなかった。
(まるで子供みたい……)
〔聞こえておるぞ、エディ・カプリコット〕
つぼみを付け始めたロサ・ギガンティアの生け垣を指でつついていた少女にそう返されて、エディは息を呑む。
「どうして私の名前を……」
〔我とて無知ではないわ〕
少女は宙を飛んでエディの所までやって来る。
エディとは髪の色と長さ以外は全く同じ少女。学園の地下に眠っていて幽体で、エディにしか見えなくて声も聞こえない。それでいてエディの心中を読むわ、教えた覚えのない名前まで知っている。エディには魔女のように思えたはずなのに、実際会ってみると、子供っぽさが残る少女に見える。彼女は説明付かぬことばかりが内包する存在だった。
「あんたって、わかんないことばかり」
エディは悔し紛れにこぼす。
単なる一学生で、それも魔法学園に編入して半年も経たぬ落ちこぼれのエディには、本当にわからないことだらけで、頭でどう処理していいのかさっぱりだった。
銀髪の少女が中庭に置かれたベンチに飛び込むように座った。実体がある者がそんなことをやれば、ベンチごと後ろに倒れそうであるが、幽体である彼女の体は音もなくベンチに着地していた。
そして、ベンチの自分の隣を手のひらで叩いてみせた。勢いよく叩いているのに音はならない。本当に実体がないのだ。そして彼女はエディに横に座れと言っているのだ。
そんなベンチに並んで座ってお喋りをしていいのか、この少女に見える幽体と、そんな親近をもって接していいのか。エディの不安を余所(よそ)に、銀髪の少女は優しげに微笑んでいた。
(私って、あんなに柔らかく笑えたっけ? 同じ顔をしているはずなのに、この人、私よりも……)
〔そういうことは考えん方がよいぞ。何より我に丸聞こえじゃ、くくく〕
卑下た笑いに、エディは咄嗟に手で口を塞ぐ、しかしエディも実際に声を出して喋ったわけでもなく、心に思い描くことは簡単に止められない。そんなエディの仕草に銀髪の少女は更に頬を緩めた。
〔さて、何から話したものかのぅ〕
見た目はエディと同じうら若き少女であるのに、それはあまりに年寄り臭い言葉だった。まるで昔の記憶をたぐり寄せるかのような、そうしなければ何も思い出せないような、そんな遠い目をしていた。
「あなたの名前」
エディが短く言った。
〔ん? そうかそうか。それを問われておったな〕
「あなた、魔女ファルキンなの?」
魔女ファルキン。約三百年前に魔道の名門とはいえない片田舎の魔道研究家・ファルキン家から突如現れた異端の魔法使いとされているが、正式には何も伝わっていない。
その存在が最初に歴史に登場したのは一五九三年。それは突然のことだった。本当に突然にその魔女は現れた。最初に滅びたのはファルキン家があったフランス北部にあるメイシー村だった。たった一日でメイシー村の生きとし生けるもの全てが虐殺されたのだ。村の異変に気付いた者が駆けつけたときには、幾多の死体、死体、死体。死体しかなかった。
そんな目も当てられぬ惨状の中にたった一人、生きている者がいた。それが魔女ファルキンだったと伝えられている。というのも、その話が真実かどうかも定かではないのだ。メイシー村に駆けつけたと言われている者も当然のように死んだのだから。
その後、魔女ファルキンは欧州中の村や都市を次々に壊滅させていくことになる。
子細も事情も何もわからぬまま、死者だけが増えていく。その余りの被害の多さ、被害者を選ばぬ理不尽さに、『魔女ファルキン』とは疫病の大流行に出任せが後付された流言飛語であるという歴史家までいる。
しかし、史実として伝えられている歴史を信じるなら、一六八二年、魔女ファルキンを討滅しようと全軍を上げた『教会』を逆に滅ぼし、そしてまた当人も『教会』の守護騎士であった聖騎士バストロに倒されたはずだ。
『教会』と魔女ファルキンが共倒れで終結した戦乱を、後の人は魔女戦争と呼び、不幸な災厄の歴史と綴った。
その魔女ファルキンと、目の前にいる自分と同じ顔をした少女が同じ人物だなんて、到底信じがたい話だった。しかしエディは彼女を洞窟の底で見たときに、なぜかしらそう確信した。それは単に魔法学園にそんな噂が流れていたからだいうのは、エディ本人も納得出来はしない。何か別の理由、エディがこの少女をファルキンだと感じた理由がある気がした。
〔魔女ファルキンのぅ〕
「どうなのよ? 違うの? 違わないの?」
エディが答えを促す。それが今一番の問題なのだから。なのに幽体の少女はじらすように空を見上げていた。
〔我が名を問うているのなら答えよう。別に隠すことでもないわ。我が名はユーシーズ・ファルキン。魔法名は持たぬ。必要ではなかったのでな〕
「ユーシーズ、ファルキン……? や、や、やっぱり、あなたが魔女っ!」
エディの開いた口が閉まらない。
(本当に魔女だなんて! 本当に! 本当に! ファルキン不死の魔女! 一千万以上の人を皆殺にした最凶の魔女! 殺される! 私、殺される!)
目の前の幽体が、本当にファルキンの名を持つ者だと突き付けられたエディは狂気する。
(死ぬ! 殺される! 逃げる? どこに逃げる? 逃げ場所なんて、そんなのどこにもっ!)
〔ええい、うるさい! 少し黙らんかっ!〕
「えっ、あ……」
魔女に怒鳴られてエディは声を漏らして呆気にとられる。お陰で彼女の混乱してした思考が止まった。
〔主の声は騒がしと言っておいたじゃろ〕
(私の声。そうだ、今みたいに心の中で考えてることがこの人には聞こえるんだ)
〔そうじゃ、思い出したか馬鹿者め。我は主を殺す気などない。落ち着かんか〕
「殺さない?」
堪らずエディは聞き返す。それに魔女はうんざりした様子で眉をひそめる。
〔主を殺して我に何か得でもあるかえ?〕
「うん。ない」
〔言い切るの小娘〕
自身も見た目はエディと同じなので、そういう意味ではユーシーズ・ファルキンも小娘なのだが、エディにはそんな指摘をする余裕はなかった。
「だって私だし。私に殺す価値なんてないよ。うん、私が保証する」
〔くくく、何やら面白いことを言う奴よの〕
「えっと、結局ファルキンさんは、魔女ファルキンだってことでいいのかな? 悪名高いあの『魔女』で」
〔その名は好かぬ。名乗ったのじゃ、名前で呼ぶがよい〕
「名前? えとユーシーズ、さん?」
〔さん付けはこそばゆいからやめい〕
「なんか、注文ばっか……」
〔うるさい。主の質問に答えてやってるではないか。それぐらい我慢せい〕
「ユ、ユーシーズ。あなたは本当に『魔女』なの?」
相手はエディと同じ容姿であるし、なによりこうして普通に会話出来ているのだ、やはりどう見ても『魔女』には見えない。しかし、返ってきたのは
〔そうじゃな、まぁそんな風に呼ばれたことがあるのは事実じゃ〕
という言葉だった。
(うわぁ、私、変なのに関わちゃったよ〜 どうしよ〜)
〔変とはなんじゃ! だから考えは聞こえておると言っておる。成長がない奴よのう〕
「あ、うん、えと、その……、私の心が読めるのは『読心』の魔法を使ってるとかじゃない、みたいなこと言ってたよね?」
〔そうじゃ、主の幽星体(アストラル)が幽世に声を垂れ流しているんじゃ、我だけでなく幽世に近い者なら誰にでも、主の馬鹿でかい声が聞こえておるわ〕
「……マジですか?」
〔まぁ心配するでない。普通のヒトには聞こえぬだろうな。完全に幽世側のみのようじゃからな〕
(心配しなくてもいいて、言われてもなぁ)
それでエディにどうしろと言うのか、幽世の者には心の声が聞こえてしまうという現状は変わるわけではない。
〔もう注意してやるのも面倒臭いが、今のも聞こえておるぞ〕
「……わ、わかってます」
〔なに、心を平常に保てば心の声も出ておらぬ。恐らく、主の幽星体(アストラル)の揺れがそのまま、外に伝播しておるのじゃろう。魔法使いなら魔法使いらしく冷静沈着にせい、ということじゃな〕
「それが難しいんだよ〜 ん? もしかして、あなたが『魔女』ってことは、地下に封印されていて、私が結界を壊しちゃったから復活した、みたいな? その心の声が大きかったから眠りから目覚めちゃったとか?」
〔半分正解じゃな。主の馬鹿でかい声で気付いたのは確かじゃ、じゃが安心せい。別にあの結界が壊れたわけではないわ〕
「そうなの? でもあなたここにいるじゃない。結界が壊れたって話も聞いたし」
〔まだ、我を封印しているあの結界は健在じゃ、じゃから、こうして実体ではないじゃろ?〕
確かにユーシーズの身体は実体を持たぬ幽体だ。エディはあの洞窟内で見た彼女のことを思い出そうとしてみたが、あのとき見た体に実体があったかどうかまでは覚えていなかった。ユーシーズの言葉を信じるなら、洞窟内に実体のある体が未だに封印されていて、結界の外に幽体だけが出てきたことになる。
「えっと、私にあの結界を破らせて、封印から復活しようとか、そういう恐怖の大魔王的考えでいるんですか?」
〔くくくく、何じゃその魔王的とやらは? じゃがまぁ普通の発想ならそうなるかの。我はそんなことは考えておらぬ。ただ外の様子を見に来ただけじゃ〕
「様子見……」
〔確かに我の身体は今もあの地下深くに眠っている。ただ体が動けぬが、それで亀ごもりしていては、いざという時に対応出来んからの、こうして精神を外に『投影』して外界の様子を窺うのも昔からの習慣ではあったのじゃ。最近は外も静かだったのでな、出てきたのは数十年ぶりじゃ〕
意外に饒舌に話をしてくれるユーシーズに、エディは聞き入っていた。普通ならもう少し疑ってかかるのだが、エディは素直に魔女の言葉を受け入れていた。あまつさえ、単純に質問を返す始末。
「精神を投影?」
〔なんじゃ、そんなこともわからぬのか? それでも主は魔法使いかえ?〕
「わ、わるかったわね。私、正式に魔学習い始めたの最近だし……」
〔ふむ。なら主は我のこの状態をどのように思おていたのじゃ?〕
ユーシーズはご丁寧にわざと体をベンチから浮かしてくれる。その親切さを、エディは疑問にも思わなかった。
「う〜ん。ガント魔術で『幽体離脱』したんじゃないの?」
〔なら、あの強力な結界の張られた地下からどうやって出るというのじゃ。幽体を身体から分けただけなら魔術結界に阻まれるじゃろ〕
「結界抜けて来たんじゃないの? 私みたいに」
〔抜けた? 主、面白いことを言うのぅ。どうやって結界内に入ってきたかと思えば、抜けたじゃと?〕
これには魔女の方が驚きの声をあげた。まるで悪いことをしたみたいな心地になりエディは動揺する。
「う、うん。そうだけど……」
〔それはどうやったのじゃ?〕
「ど、ど、どうって、普通にこう手を突っ込んで、ゆっくりかき分けるみたいな?」
エディは両手で水をかき泳ぐような仕草を見せた。
〔くくくくく、手で結界をかき分けるじゃと? かはははっはっ〕
「何がおかしいのよ!」
〔これが笑わずにおれるか。『結界』じゃぞ、世界を外と内に分けるのが結界じゃぞ。それを魔法的手段を用いずに抜けたと言われれば、そりゃあ笑いもするわ〕
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魔法使いとなるべく魔法学園に通う少女エディの物語。 その第二章の11 |
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