おいかけっこ
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「昨日、一緒にいた男は誰?」

「はい?」

 

此処は『うさぎ漢方 極楽満月』。鬼灯は、白澤に頼んでいた薬を受け取りに店を訪れていた。

「昨日…何処ですか?」

「夜…酒場で」

鬼灯は首をコテン、と傾げて白澤を不思議そうに見る。彼はどこか不機嫌そうに彼女を見返す。

「酒場というと、烏頭さんと蓬さんでしょう」

「ん?もう一人いたの?」

白澤が偶然見かけたのは、金髪の男鬼と鬼灯の二人だけだ。彼女はその鬼と楽しそうに話していて、白澤は見た瞬間に感じた胸の痛みに耐えきれずに酒場を出たのだ。

「恐らく、厠に立った時に見掛けたんでしょう」

鬼灯の言葉にホッと小さく息を吐いた。あの鬼は鬼灯の恋人ではないという事だ。

だがしかし、嫉妬心はひとまず消えたがそれでも羨ましかった。

(僕は、いつも喧嘩ばかりなのに…)

彼女と楽しく話せる男が、心底羨ましい。

「というか、何故そんな事を訊くんですか?私が誰と居ようと、貴男には関係ないでしょう?」

「関係あるさ!」

「どんな関係ですか?」

鬼灯の言葉にカッとなって、思わず大声で口走ってしまった。彼女に睨み付けられ、白澤は思わず怯む。

 

自分は、鬼灯に嫌われている

 

そんな事は分かっているが、自分の想いは変えられない。今迄我慢して、我慢しきれなくて、先程は嫉妬心を覗かせてしまった。もう、抑えられない。

(当たって砕けろだっ!)

覚悟を決めて、鬼灯を見る。

「僕は、鬼灯が好きだ。だからお前の側にいた男が誰なのか気になる、お前に好きな男がいるか気になる」

はっきりと言えば、鬼灯は目を丸くした。驚愕で声が出ない。

軈て目が泳ぎだした。右往左往した彼女の目は、薬が入った袋を持つ桃太郎の手を映して動きを止めた。

「桃太郎さん、薬の用意が出来ましたか?」

「あ、はい」

「では、貰います」

言い終わらないうちに鬼灯は立ち上がり、素早い動作で桃太郎の手の上に乗った薬を金と入れ換える。

「では、帰ります。さようなら」

「あ、おい!鬼灯!」

白澤が呼ぶ声が聞こえるが、鬼灯は止まる事が出来なかった。

 

 * * *

 

白澤が告白した日から、鬼灯は彼を避けた。電話を掛けない、掛かってきても出ない。薬の受け取りは部下に行かせた。

そんな事が何日も何ヵ月も続いたある日の夜。

鬼灯の仕事は佳境に入っていた。あと少しで終わる。そうしたら遅い夕食を摂り、入浴して眠ろう。

そう思っていた矢先、一番聞きたくない男の声を耳が拾った。

「鬼灯」

「何の用ですか?私は今、仕事中なんですが」

書類という名の紙の上をサラサラと動いていたペンの動きを止め、しかし顔は上げずに冷たく突き放すように訊く。

「少し、話をしてくれないか?」

懇願する声は必死で、しかしそんな白澤の心境を知らない鬼灯の言葉はやはり素っ気なかった。

「私は今、忙しいのです。明日にして下さい」

「そうやってまた、僕から逃げるの?」

「っ!」

何も言い返せず、思わず俯いて唇を強く噛んだ。

「嫌いならそれでも良い。きっぱりフッて欲しい。返事を貰えてない今の状況は、耐えられない」

鬼灯の手を握り、顔を覗き込む。

「ねぇ、好きだよ。お前は、僕が嫌い?」

「…っ!」

自分に向けられる愛の言葉、強く握られる手…思わず、その手を振り払っていた。

「!…鬼灯…」

白澤の名前を呼ぶ声。ソレを聞いても彼の顔が見れず、鬼灯は俯いたまま逃げ出した。

「っ!待って!」

自分の元から再び逃げた鬼女を、神獣は追う。今迄ならしなかったろう。だが、彼は見てしまったのだ、彼女の顔を。

あのようなモノを見せられて、追いかけないなどという選択肢を選ぶ白澤ではなかった。

 

 

逃げる。何処までも逃げる。動き難い着物を来ている筈なのに、走る速度は以外と速い。

(何なんだ!何なんだ彼奴はっ!)

全速力で走っているのに、顔の熱が冷めない。

 

『僕は、鬼灯が好きだ』

『ねぇ、好きだよ』

 

白澤の言葉が、ずっと頭の中を占領している。

(嫌われていると思っていたのに…)

あまりに予想外で、信じられなくて、心の準備が出来ていない。散々逃げ回って考えたのに、ちっとも覚悟など出来なかった。

(お願い…待って。もう少し…もう少しだけ…)

何処に向かっているのか自分でも分からない。それでも彼女は白澤から逃げる。

しかし、その追いかけっこは唐突に終わりを迎えた。

 

 

「うっ!?」

「うわぁ!?」

 

くぐもった女性の悲鳴は鬼灯、大きな男性の悲鳴は烏頭だった。二人は、廊下で激突してしまったのだ。

「鬼灯?」

今は、仰向けに倒れた烏頭の上に鬼灯が乗っている状態。彼は彼女の肩に手を乗せ、ゆっくりと起き上がった。

「どうした?」

訊きながら立ち上がり、鬼灯にも手を貸す。彼女は、無言で握られた手をギュッと握り返した。

何も言わない鬼灯に訝しみ、顔を覗いてみて驚いた。

「お前、真っ赤」

「っ!言うなっ!」

空いている片方の腕で顔を隠す。

「お前、いっ…」

「鬼灯っ!」

「!!」

突如背後で聞こえた声に、鬼灯の肩が震えた。振り向かなくても、誰なのかが分かる。

「…君、烏頭君?」

以前、鬼灯と酒場で楽しく話していた男だと気付き、苛立ちを露に訊ねる。

「あ、烏頭です」

白澤に睨まれ戸惑いながらも、彼は正直に答える。

「僕は鬼灯に話があるんだ。そいつから離れろ」

そう言いながら近付けば、烏頭が鬼灯の腕に触れているのや彼女が彼の服を握り締めているのが分かり、白澤の心は益々荒んで、神気が溢れ出してきた。

苛立ちに任せ烏頭から鬼灯を引き離し、彼女の体を自分に向かせる。

「ねぇ、鬼灯!お前、烏頭君が好きなの?!それがお前の答えなの?!」

興奮して問い詰める白澤の、鬼灯の腕を掴む手に力が入り、彼女は痛みで顔を歪める。

「痛いです。放せ」

「お前の答えを聞くまで放さないよ」

鬼灯は身を捩るが、白澤の力は予想以上に強く逃げられない。

「ねぇ、烏頭君が好きなら、何でさっき、お前の顔は赤かったの?」

先程告白した時の鬼灯の顔は真っ赤で、白澤は期待してしまった。

 

ひょっとしたら自分は嫌われてはいないのではないか?

ひょっとしたら彼女も自分の事を想ってくれているのではないか?

 

だから、追いかけずにはいられなかった。告白の、返事が欲しい。

「鬼灯、?喜?的人是??」

「…私は…」

少しの間の後、鬼灯は口を開いた。

「私は…貴男を散々嫌いと言ったのに…」

「…っ!」

鬼灯の言葉に、白澤の胸が刺されたように痛んだ。しかし、彼女はそんな事に気付かない。

「貴男を嫌いと言う私を、貴男は嫌っていると思ったのに…」

そう話す鬼灯の声は、何故か泣きそうだ。彼女の両手が、白澤の服を握り締める。

「なのに…貴男は…何で…」

突然、鬼灯が頭を上げ、白澤に彼女の顔が見えた。彼女の顔は真っ赤で、瞳は潤んで今にも涙が出てきそうだった。

「何で!貴男は私を好きと言うんですか?! 貴男を殴って蹴って罵声を浴びせる私を!?」

激しく問い詰める鬼灯を、白澤は驚愕の目で見る。彼女の服を掴む手に、力が籠る。

「私は、驚いたしっ、恥ずかしいしっ…こんなのっ…」

 

「こんなの…私らしくない…」

鬼灯は、そんな自分を嫌っていた。

 

『閻魔大王第一補佐官 鬼神・鬼灯』

 

その立場に相応しくあろうと、強くあろうとした。何事にも冷静に、冷徹に。自分に優しくしてくれた大王に、幼馴染に、地獄に身を捧げようと。

そうすれば色恋沙汰など二の次だった。元々興味もなかった。だと言うのにいつの間にか好きになっていて。必死に否定した。殴って蹴って罵声を浴びせ、嫌いになろうと、嫌われようとした。でももう遅くて。

「こんなに好きになるなんて、思わなかった…」

泣きそうな声でそう話す鬼灯を、白澤は抱き締めた。

「どうして、人を好きになっちゃいけないの?恋をした方が、女の子は強くなれるのに…」

抱き締められたままの鬼灯が、首を横に激しく振った。

「分からない…私は、どうすれば良いか分かりませんっ」

涙声で訴える彼女が、白澤は愛おしい。

「お前は誰よりも一生懸命で、誰よりも凛としていて、誰よりも地獄に尽くしているよ」

大丈夫。…そう言いながら優しく頭を撫でられ、鬼灯の涙腺が益々緩みそうになる。

「僕と一緒に強くなろうよ。お前が疲れたらお茶やご飯で癒したいし、体の調子が悪くなったら治したいし、辛い事があって泣きたくなったら傍にいたい。ねぇ、鬼灯…僕はお前の支えになりたい。?成?我的恋人。」

「…ばか…」

返ってきたのは罵りの言葉だったけど、自分を受け入れてくれたのだと白澤には分かった。その証拠に、鬼灯は彼に頬擦りをした。

 

「宜しく…お願いします…」

説明
逃げる鬼灯(♀)と追う白澤の話
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鬼灯の冷徹 白鬼♀ 白鬼 女体化 にょた灯 かけっこ 鬼灯 白澤 

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