おいかけっこ〜烏頭の災難〜
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幼馴染の鬼女から、メールが来た。

 

《ほーちゃんの事で相談があるの。今夜、居酒屋で会えませんか?本人には「久しぶりに幼馴染四人で飲みましょう」と言って連れて行くわ。》

 

内容は、もう一人の幼馴染の鬼女に関する心配事。烏頭は、迷いなく了解の返信を送った。

 

 

「お、二人共はやいな」

烏頭と蓬が酒場に来た時には、女性陣は既に来店していた。二人は彼女等の向かいに腰掛け、其々に好きな酒を注文した。

「にしても久し振りだなぁ、この面子で酒を飲むの」

「いつも誰か欠けてたからなぁ…」

仕事をしていれば勤務時間内に顔を合わせてはいてもプライベートで会える日は稀で、だからこんな風に揃うのは嬉しいし楽しい気分になる。

「中でも鬼灯。お前、働き過ぎだろ」

「そうよ。ここ最近、無駄にのめり込んでいる気がするわ。時々考えに耽ったり、思い詰めた表情をしたり…何か悩み事がおありなんじゃないの?」

お香の言葉に、彼女が相談したい事とはこの事だったのだと烏頭は察した。隣に視線を移すと、蓬は心配そうな表情で鬼灯を見ていた。烏頭も鬼灯に視線を移せば、珍しく目が泳いでる彼女がいた。

「別に…なにもありませんよ」

説得力は皆無である。

「でも、鬼灯様…貴女、時々女の子の顔をしていますわ」

「は?」

「え?」

「…」

烏頭と蓬は予想外の言葉に驚いた。が、鬼灯は表情一つ動かさない。

「何を言ってるんですか?私は一応、生物学上、女ですよ」

「そうね。でも…まるで『恋する乙女』って感じだわ」

お香の指摘に、彼等の席は騒然となった。

「マジか?!」

「鬼灯、好きな奴がいるの?!」

「っ!」

鬼灯の肩が、ビクリと震える。どうやら図星のようだ。三つの幼馴染の視線が、彼女に集中する。

「…私は…仕事が忙しくて、恋などしている暇はありません」

静かな声で言う。だが、それは落ち着いているというより自分に言い聞かせているように聞こえた。その証拠に、彼女は俯いているし声は若干震えていた。

「そのっ、来たばかりで申し訳ないのですが、今日はこの辺でお暇させて下さい?明日、朝早くから片付けなければならない仕事があって…」

早起きしなければ…それは、紛れもなくこの場を逃げ出す言い訳だった。

 

 

「ほーちゃんの事、どう思う?」

「いやぁ…あんな鬼灯、初めて見たよ」

鬼灯が帰った後も、残りの三人はまだ酒場にいた。料理をつつき、酒を飲みながら彼女の事について語り合う。

「本当に、恋してるのかな…?」

つまみをチビチビと口に入れながら喋る蓬は、少し元気がない。未だに衝撃が抜けきっていないようだ。

「お香、心当たりがあるのか?」

「そうねぇ…近くで勤めてる方では、ないような気がするわ」

時々、携帯電話を見て苛立っているようだとも言った。

「結構離れた所にいるのかな?」

「八寒地獄やEU地獄か?」

「中国天国、という可能性もあるんじゃないかしら?」

『離れた所』と聞いて、烏頭は可能性のある人物を思い浮かべてみた。

 

五道転輪王は若く顔が良い。だが彼は道士だ。

(道士って、嫁を貰って良いんだっけ?)

烏頭はそこら辺の知識はないが、恋の相手である可能性は若干低めのような気がする。

八寒地獄といえば、以前鬼灯から親しくなった雪鬼がいると聞いた事がある。どこかポヤッとした鬼らしい。名前は『春一』。極寒の国での名前のギャップと、本人のイメージにぴったりなのが印象的で、覚えていた。

(五道転輪王よりは確率が高いかもな?)

EU地獄はどうだろうか?これも話にしか聞いてないが、以前彼女の口から聞いた名前がベルゼブブとサタンだ。しかし、ベルゼブブは妻帯者であるし、サタンについてはチラッと名前が出ただけだ。

(この二人は五道転輪王よりも確率が低いな)

中国天国…これで真っ先に頭に浮かぶのは神獣・白澤と、その弟子・桃太郎だ。白澤と鬼灯は『天敵』、『犬猿の中』と言われている程によく喧嘩をする。鬼灯が「あのスケコマシの淫獣」と罵っているのも聞いた。

(確率としては、五道転輪王より高いか?春一って奴よりも低いか?)

正直、鬼灯と白澤の中については少々思うところがある。幼馴染の目から見て、本当に嫌っているのか疑問に感じる事があるのだ。

桃太郎はどうだろうか。表面から見れば白澤よりも仲が良いように見える。しかし、鬼灯と桃太郎では何故かしっくりこなかった。寧ろ白澤の方が自然に感じる。

最終的に烏頭の頭では『春一>白澤>桃太郎>五道転輪王>サタン>ベルゼブブ』という確率の図が出来上がっていた。

チラリと、隣に座る蓬を見る。彼は、俯いて酒をチマチマ飲んでいるところだった。

 

 * * *

 

それからも、相変わらず鬼灯の様子はおかしかった。あまり突くのも悪い気がして、誰も本人に話を振る事はなかったが、幼馴染達は皆、密かに心配していた。

そんな事が何日も何か月も続いたある日の夜、烏頭は、一人で歩いていた。これから蓬と待ち合わせである。

速足で歩き、躊躇いなく角を曲がると同時に強い衝撃と痛みを体に感じた。

「うっ!?」

「うわぁ!?」

誰かと廊下で激突してしまったようだ。首を起こし、自分の上に載っている声の主を見る。

「鬼灯?」

彼女だった。何故か何も言わず、動かない。烏頭は鬼灯の肩に手を乗せ、ゆっくりと起き上がった。

「どうした?」

訊きながら立ち上がり、鬼灯に手を貸す。彼女は、無言で握られた手をギュッと握り返した。

何も言わない鬼灯に訝しみ、顔を覗いてみて驚いた。

「お前、真っ赤」

「っ!言うなっ!」

空いている片方の腕で顔を隠す。幼馴染ですら見た事のないその姿が、とても女の子らしくて可愛い。

「お前、いっ…」

「鬼灯っ!」

「!!」

突如聞こえた声に顔を上げると、少し離れた所で白澤が立っていた。

「…君、烏頭君?」

そう訊く声はかなり苛立っていて、彼の顔は焦燥感と嫉妬心に満ちていた。

「あ、烏頭です」

白澤に睨まれ戸惑いながらも、彼は正直に答える。

「僕は鬼灯に話があるんだ。そいつから離れろ」

そう言いながら近付く程に、白澤の顔は神とは呼べない表情になっていく。神気が溢れ出しているのをビリビリと感じた。

(そういやあの人、妖怪の長でもあった…)

恐怖心と困惑で動けない烏頭を置き去りに、白澤は彼から鬼灯を引き離し、彼女の体を自分に向かせる。

「ねぇ、鬼灯!お前、烏頭君が好きなの?!それがお前の答えなの?!」

傍で見ていても、彼が興奮しているのが分かった。

「痛いです。放せ」

「お前の答えを聞くまで放さないよ」

鬼灯は身を捩るが、逃げられない。それを信じられない気持ちで見詰める。白澤より鬼灯の方が強いと思っていた。

「ねぇ、烏頭君が好きなら、何でさっき、お前の顔は赤かったの?」

不安と焦燥感に満ちた白澤の声は酷く震えていた。というか、彼の言葉に自分の名前が出て驚く。まるで、想い人を他の男にとられそうになって焦っているように見える。

「鬼灯、?喜?的人是??」

「…私は…」

白澤の中国語の後、少しの間をあけて鬼灯は口を開いた。

「貴男を嫌いと言う私を、貴男は嫌っていると思ったのに…」

そう話す鬼灯の声は、何故か泣きそうだ。彼女の両手が、白澤の服を握り締める。

「なのに…貴男は…何で…」

突然、鬼灯が頭を上げた。

「何で!貴男は私を好きと言うんですか?! 貴男を殴って蹴って罵声を浴びせる私を!?」

激しく問い詰める鬼灯。烏頭は、お香の言葉を思い出した。

 

【まるで『恋する乙女』って感じだわ】

 

確かに鬼灯は、恋をしていた。白澤に告白され、ずっと悩んでいたのだと烏頭は悟った。

「私は、驚いたしっ、恥ずかしいしっ…こんなのっ…」

 

「こんなの…私らしくない…」

 

『閻魔大王第一補佐官 鬼神・鬼灯』

 

その立場に相応しくあろうと、強くあろうと、鬼灯が頑張っているのを、烏頭は知っていた。その為、色恋沙汰が二の次になっている事も分かっていた。だからこそ烏頭は、鬼灯のすぐ近くで彼女を想っている男がいる事を言わずに、ずっと見守ってきた。しかし…

「こんなに好きになるなんて、思わなかった…」

泣きそうな声でそう話す鬼灯を、白澤は抱き締めた。

「どうして、人を好きになっちゃいけないの?恋をした方が、女の子は強くなれるのに…」

抱き締められたままの鬼灯が、首を横に激しく振った。

「分からない…私は、どうすれば良いか分かりませんっ」

「お前は誰よりも一生懸命で、誰よりも凛としていて、誰よりも地獄に尽くしているよ」

大丈夫。…そう言いながら頭を撫でている白澤の顔は、先程とはうって変わって優しい。

「僕と一緒に強くなろうよ。お前が疲れたらお茶やご飯で癒したいし、体の調子が悪くなったら治したいし、辛い事があって泣きたくなったら傍にいたい。ねぇ、鬼灯…僕はお前の支えになりたい。?成?我的恋人。」

「…ばか…」

返ってきたのは罵りの言葉だったけど、鬼灯が白澤を受け入れてくれたのは分かった。その証拠に、彼女は彼を突き放さない。

 

 

《件名:速報

 本文

 鬼灯の恋の相手は、白澤様だったらしいぞ!

 さっき、白澤様が来て鬼灯に熱烈に愛を語ってた!》

 

暫しの逡巡の後、お香にメールを送信し、ふぅ…と小さく息を吐く。思い出すのは、先程の光景。

(やっぱり、白澤様とだと絵になってたな…)

なにせどちらも美形である。

(春一の方かと思ったんだけどなぁ…)

予想は外れたが、実物を見たわけではないので仕方ないだろう。それよりも、烏頭の印象に残ったのは、白澤の顔だった。

自分に向けられる嫉妬心、焦燥感、不安感、そして鬼灯に向ける恋情。そのどれも、『スケコマシ』、『淫獣』、『女狂い』などという、だらしない女性遍歴には当て嵌まらない表情だった。本当に、鬼灯が好きなのだと分かる表情だった。

(すぐに別れなきゃいいけど…)

なにせ、相手はあの白澤だ。白澤が浮気するとか、鬼灯に愛想を尽かされるとかにならない事を祈る。

歩きながら、今度は他二名の幼馴染を思った。さっき送ったメールを読んだら、お香は喜ぶだろう。同性という事もあり、かなり心配していた。蓬はどうだろう。取敢えずまずは驚くだろう。その後はどうなるだろうか?もしかしたらオタク度が更に上がるかもしれない。

だが今後がどうなるかはともかく、白澤の勇気は称賛に値すると思う。どんな過程だったのかは分からないが、彼は鬼灯に告白した。あの女狂いの遊び人がだ。自分も見習わなければならない。

 

「んじゃ、ボチボチ頑張るかなぁ…」

 

烏頭の呟きを聞いている者は、誰もいない。

説明
前回書いた作品の烏頭視点です。
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かけっこ 烏頭 鬼灯の冷徹 にょた灯 女体化 白鬼 白鬼♀ 

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