魔法少女と変身ヒーローと悪の科学者の物語 |
第一話「ヒーロースペシャルキック」
結論から言うと、俺は変身ヒーローになってしまったみたいだ。
日差しが差し込む部屋。勉強机、本棚、ベッドなどがあるどこにでもある部屋。カーテンが締め切られており、部屋は薄暗い。
そのベッドの上で寝ている女性。気持ち良さそうに寝いい気を立てている。その横に一人立つ人物。制服を着た少年が女性を眺めている。普通の男子学生にしか見えない。ただ一点を除いて。
左腕に見慣れぬ腕時計、否ブレスレットが装着されていた。それは時折、光を明滅させた。
男子学生はそれを恨めしそうに眺めた後に溜息を一つ。呼吸三回ほどする間をもって、部屋のカーテンを勢い良く開け放つ。
突然の強い日差しに女性は目を強く結んだ。唸るように何度もベッドの上で寝返りを打ち、違和感を覚えるような呼吸をする。
寝ぼけ眼で天井を眺めて口を開く。
「あれ? ここは?」
「ここは俺の家です」
「へ?」
女性は最初こそ寝ぼけたように返事をする。だが、徐々に顔を青ざめさせて目を見開いた。
勢い良く上体を起こし、隣にいる男子学生に視線を送る。その視線には不安と驚愕と恐怖が入り交じっていた。
「貴方は……?」
「俺は翔介。天道翔介です」
少年は柔らかく微笑んだ。
そこで下から話し声が聞こえてきた。翔介と名乗った少年はそちらに意識を向けている。
とりあえず状況の確認と、これからの対策を――。
確か私は昨晩の戦闘で逃げていて――ダメですね、その先が思い出せません。
急いで体を確認するが、何かをされたようではないよう。
兎にも角にも目の前の人間に聞こう。その前に名乗らなければいけませませんね。
「あ、あの私は……」
「知っているよ。確か――今世間を騒がしている悪の組織の人だよね?」
「あ……はい」
「名前――コードネームはノワール……さんでしたっけ?」
「はい」
ノワールと名乗る女性は一言で言えば美女である。端正な顔立ちは人形を思わせる。銀色の髪を左で一纏めにした髪型。結わえているモノを外せば腰ほどまでありそうな長さ。瞳はアメジストの宝石のように見る人を惹きつけるモノがあった。
その瞳に今は元気が無い。不安が色濃くにじみ出ていた。
「話せば長くなるんですけど、ちょっと時間がないのですよ。俺はこれから学校なんで」
ノワールは慌ててカレンダーに目をやる。
「こちらも聞きたいことがありまして、先にそれに答えて欲しいんです」
よろしいですかと念を押す。言の葉と声音は柔らかくとも有無を言わせないモノを感じた。
ノワールは首肯して、質問を待ち構える。
「このブレスレットってどうやったら外れますかね? これつけたまま学校には行きたくないので」
ノワールは驚きの声を上げた。
「あれを使えたのですか?」
「はい。使えました」
「体に異常は?」
「ないです。健康そのものです。むしろ驚くくらい調子はいいです」
「そう……まさか……あれを使えたということは、私は貴方に押し付けたのかしら?」
「曲がり角で出会い頭にぶつかって、それでそのままあの格好になったので」
「食パンを咥えた学生か! いや、そういうことを言っている場合じゃないですね」
ノワールは翔介の左腕に手を添えると、ブレスレットを外した。それを確認して彼は笑う。
「変な言い訳とか考えてたんですけど、なんとか外れてくれてよかった。それで申し訳ないのですが、このままここにいててください。学校に行かなくちゃいけない時間なんで」
「あっ、あのっ――」
「大丈夫です。俺のお母さんには話をとおしてあります」
そう言い残すと翔介は急いで階下へ降りていく。
彼は学校へ向かっている間に思い出しかない。少しでも思い出して話をスムーズに進める必要がありますね。
その時出て行くという選択肢は私の中に存在しなかった。
あれ……私が作ったヒロイックアーマーを装着出来た人物と出会えたのですから。
私は組織を裏切って――。
夜の街中に輝く色とりどりの光。それらは夜の闇を時折照らした。
すでにここ半年で世界各地での風物詩となっているソレ。人々は携帯機器をソレらに向けて撮影をしていた。
「ノワール! 裏切ったな!」
そんな街中に怒号の声が響き渡る。
路地裏を走るノワールは背後を振り返った。その視線の先には複数の影が追いかけてくる。
「スパイダーアーク。再生怪人の分際で強すぎますよ。大体再生怪人って言ったら弱いのが定番なんですよ」
「うるせー! また訳のわからん特撮ネタを差し込むな! お前は今頃されようとしているんだぞ」
スパイダーアークと呼ばれた存在は、誰がどう見ても蜘蛛怪人だ。
顔は言うまでもなく蜘蛛の出で立ち。黄色と黒の配色、手足の数は八本。それを耳障りの悪い音を奏でる。
複眼がノワールを捉える。そして勢い良く跳躍し、路地裏の壁面に四肢ならぬ八肢でつかまった。物凄い勢いで走り出し、ノワールに迫る。腕が彼女を捉えようと伸びる。しかしそれは空を切る。
彼女は寸前で横道に入り込み、難を逃れたのだ。そのまま転がり込むように大通りへと躍り出る。そのまま住宅街へと逃げ出した。
(今にして思えば、そのまま魔法少女達がいる場所で戦えばなんとかなったのかもしれない)
しかしその当時の彼女は逃げることしか考えていなかった。結果、敵の怪人と雑魚に囲まれてしまう。
「コ・アーク二百体。そしてこの俺スパイダーアーク様に囲まれた状況では、逃げ切れまい」
「なら、切り抜けるまでです」
ノワールは左腕にブレスレットを装着すると、それを正拳突きのように突き出す。
直後に光を発し、彼女の姿は大きく変わった。
どよめきがその場を支配する。そこに現れたのは一見ロボットにしか見えない存在だった。
一角獣を思わせる頭部。バイザーの下から覗く黄金のデュアルセンサー。肩、肘、腰、脹脛に丸穴のハードポイントを儲けられている。
ノワールは左腕を叩く。すると棒のようなモノが現れた。両手でそれを握ると光の刃が出現。
まだ動きの鈍い敵集団。ノワールは即座に気合の掛け声一つと共にスパイダーアークに飛びかかる。
光る刃がスパイダーアークに振り下ろされる。しかし、スパイダーアークの反応は早かった。
自身に刃が届く寸前、蹴りでノワールを迎撃。そのまま空中で仰け反っている彼女に肉薄し、両手を掴んで振り下ろした。
鈍い打撃音と短い悲鳴。アスファルトを砕く音が短い間隔で連続して鳴り響く。
スパイダーアークは更に追撃をする。起き上がる素振りを見せたノワールの脇腹に強烈な蹴りをお見舞いする。勢いがありすぎて、コ・アークの囲いに直撃、二十体ほど巻き込まれ黒い粒となって霧散した。
ノワールはそのままアスファルトの地面を跳ねながら転がる。地面に激突し、アスファルトが発泡スチロール製なのでは錯覚するほどに容易く削っていく。
勢いが無くなる直前にスパイダーアークが彼女を踏みつける。全体重を乗せた踏みつけをまともに受けてアスファルトが波打つ。
直後に亀裂が走り破片が宙を舞う――。
六つの腕の筋肉が隆起する。拳の連撃。動きを止めたノワールに目にも留まらぬ速さで叩きこまれていく。新たな亀裂が生み出され、周囲の地面にきめ細かい網目が走る。
足を掴んで、投げ飛ばした。
――破片が地面を打つ。水道管が破裂したのか、水が噴水のように吹き出していた。
「ふん。他愛もない」
スパイダーアークはコ・アーク達に回収を命じて、壊れたアスファルトと水道管の修理を始める。
「ちくしょう。やりすぎちまった」
泣き事を言いながら彼は慣れた手つきで、修繕していく。目についたゴミなどを拾ってゴミ袋へ捨てていく。彼が部下のコ・アークが全滅したのをしったのは、基地に帰ってからである。
どこが痛いのかわからない。視界は大きく歪み、平衡感覚もない。天と地さえ認識できない。
ノワールは曲がり角に差し掛かった所で意識を失う。そこで翔介と激突したのだ。
「イテテ。あ、大丈夫ですか?」
翔介は目の前の物体に驚き目を見開く。
「ろ、ロボット?」
彼はロボットをゆするが、反応はない。あちこち触り、確かめていく。翔介の手が彼女の左腕のブレスレットに触れる。直後に強烈な光が周囲を支配する。
「あぐっ」
両手で光を遮る。しかし、直後に彼は自身の体に違和感を覚える。
(体になんかまとわりついている?)
目を明けると視界が一変していた。彼の周囲に見たことのない計器類が光となって現れていたのだ。
「え? あっ? これなんだ?」
彼はしばらく思案していると、地鳴りのような音が迫ってきた。コ・アークたちである。その数実に百八十。
翔介は咄嗟に足元にいるノワールを見やる。
「この人?! マスクしてないけど……」
彼はしばらく彼女を抱え上げると、走ってきたコ・アークに問う。
「貴方方の狙いはこの人ですか?」
そうだと彼らはジェスチャーする。
(救助? いや仲間割れかな? 雑魚だけしかいないところを見るとこの人の部下かな?)
翔介の思案はそこで途切れる。一体のコ・アークが銃のようなモノを足りだしたのだ。
銃のようなモノ。ゲームとかアニメに出てくるような銃口がなく、先っぽに丸い球体がある銃。構えると即座にそこから電撃が走る。本来なら人の反応できる速度ではない。だが――。
放った電撃は空を切り、庭の外壁を破壊した。
やっちまったと体で表現するコ・アーク。対する翔介は一瞬で彼らと大きく距離をとっていた。
(この人を考慮していない攻撃。仲間割れと見るべきか)
そこでカーブミラーを覗き、自身の姿に声をあげて気づく。
(この人がつけていたのをつけているのか)
つけている人間にフィットするように設計されているのか、翔介の背丈でも違和感なく装着されていた。
コ・アーク達は彼へと猛然と突き進む。曲がり角に飛び込みやり過ごす。ノワールを優しく地面に降ろす。
ノワールを見つめながら彼は思案する。
(逃げるか? いや、コ・アークはしつこいし、数が多い。魔法少女をあてにする? 来るかどうかわからないな。雑魚だけには反応しないってテレビで言っていた。幹部がいるかもしれない。やはり逃げるか? 狙いは彼女なら俺は逃げても――いや、それは却下。女性を置いて逃げるなんてなしだ。なら答えは決まっているね)
「襲いかかる火の粉があるなら払うまで」
翔介は飛び出し、出会い頭にコ・アークを殴り飛ばした。粒となって消えていく。
「やれる!」
(武器は?)
思考すると、ヘッドアップディスプレイに左腕の武器が表示される。
回し蹴りでコ・アークを二体薙ぎ払い、左腕を叩く。直後に武器が出現。
コ・アーク達は銃から電撃を放つ。襲い来るソレを翔介は光る刃で斬り払いした。敵が動揺を見せた所で斬り込んだ。
「体が軽い!」
コ・アーク達はジェスチャーでなぜ彼女をかばうのかと、翔介に問いかけた。
「女の子を守るのは、男にとって遺伝子レベルの義務なんだよ」
ヘッドアップディスプレイにアンカーランチャーが表示される。ついで両腕が緑色に点滅。
左腕を突き出しアンカーが射出。コ・アークの首に突き刺さる。ワイヤーで繋がったソレを振り回した。コ・アークの大群は一気に薙ぎ払われ、ここで残った数は十にも満たない数となる。
残りも容易く切り伏せ、最後の一体となったコ・アークは逃げ出す。
「逃すか!」
翔介は助走をつけて跳躍。その高さ十五メートル。そのまま右足を突き出し、逃げるコ・アークの背中を目指す。
「必殺! ヒーロースペシャルキック!」
叫びと同時に背中に蹴りを見舞う。威力がありすぎたのか、コ・アークは粒となり霧散。翔介はそのまま地面に落着し、勢いよくアスファルトを滑った。
火花と砕けた破片が飛び散り、数メートル先までそれが続く。止まった所で彼は立ち上がって振り返る。そして大きく息を吐いた。
「とりあえず変身ヒーローになったのかな?」
〜続く〜
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60分で書くお話。といいつつ、第一話から60分を無視して書くっていう。 ※小説家になろうでも投稿しております |
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