運・恋姫†無双 第二十五話 |
馬を駆けさせる事は重大だった。
数日駆けさせなかっただけで、これほどかと思う程駆ける力が落ちてしまうのだ。
それは荷車を引く馬も変わらない。
一度しでかしてしまったが、元に戻させるのに更に数日かかってしまったのだ。
それからは忘れまいと紗羅はしてきている。
どうも絶影二号にかまけて他の馬を後回しにしてしまう節が紗羅にはあった。
絶影二号の首筋を軽く叩く。
たまに一人駆けなどしたくなり、そういう時は絶影二号に跨るのだ。
小川を泳いで渡ったので、全身が濡れているが、日差しは強いので、すぐに乾くだろうと気にしなかった。
駆けていると、遠くを護衛を連れた荷車が通っているのを見つけ、それを認めると、紗羅は布で顔を隠し、馬首をそちらへ向けた。
向こうがこちらに気づき、警戒するような動きを見せたが構わずに突っ込んだ。
突っ込む前に飛刀で二人、突き抜けるまでに刀で三人を殺し、反転して再度突っ込もうとした時、残っていた者は散り散りになっていた。
奪った荷物を確認すると、紗羅はそれを自分の手で曳く。
絶影二号は、荷車などを曳くのを嫌がるからだ。
近くの小川を見つけ、裸になった。
長江へ続く数多の支流の一つで、こういう事で水に困ったことはない。
返り血のついた躰を洗うと共に、絶影二号も布で拭った。
服に付いた返り血は落ちないだろう。
裸のまま岩の上に寝そべった。
日差しが強く、風も吹いてないので寒さは感じない。
岩が日に熱されて冷たくないのだ。
幾らか眠り、起きると燻した肉を口に咥えた。
服も乾いていて温かだ。
行き当たった村に泊まることにして、その際に荷車は村に渡した。
空き家を貸してもらい、感謝として村長から夕飯の誘いも受け、酒も幾らか振る舞われた。
身分は放浪の身ということにすれば、返り血も怪しまれることはない。
この世の不況について悪態をつくと、向こうも破顔していた。
家に戻ろうとすると、待ってくれ、と男に声をかけられた。
「村長から、あんたをもてなす様にと言われてな。少し付き合ってくれよ」
こっちだ、と手を招く男についていく。
害そうという気は感じないので、言われるままについていくと、村から少し離れた一件の店に行きついた。
「ここじゃ、女を買える。金さえ払えばだがな。数も質も悪いけどよ、中には良い娘がいる。今一番なのは、ま、楽しみにしといてくれよ。もてなしだから、金はいらねえよ。最初だけは」
男はこれだよな、と笑い声を漏らした。
案内された部屋にいると、女が一度跪いてから入ってきた。
部屋には蝋が一本だけ立っているだけなので、薄暗くて顔は良く見えない。
しかし、においが酷い。
女は幾らか離れた所でもう一度跪き、頭を下げた。
燭台を取り、明かりを近づける。
別の男の相手をしていたのだろうか。
躰は拭ってきただろうが、それでも拭いきれないにおいが残っていた。
「頭を上げろ。ここじゃあ、抱く前にそんな面倒な作法があるのか」
「いえ」
女の顔を見て、紗羅はひと時言葉を失った。
「こうしろ、という教えです」
「喬」
喬の顔だった。
髪の色も背も全く同じだ。
だが、ここまで骨が浮き出るほど痩せ細ってはいなかったはずだ。
何が起きたのか、紗羅はわからなかった。
目の前の女は、首を横に振った。
「私は、そのような名前ではありません」
「なら、名は?」
「名は、許されていません」
「左腕の袖を捲れ」
喬だったら、そこに奴隷の刺青(いれずみ)があるはずだ。
だが、そこには何もない。
女が服を脱ぎ、背を向けた。
奴隷の刺青はそこにあった。
喬とは違うのだ、と紗羅は認めた。
女は寝台に手を置き、腰を突き出している。
「奴隷の証を見ながらするのが、私の楽しみ方です」
「そう仕込まれたのだな。名を許されないのも、こちらの気を煽る為か」
「はい」
「お前、家族は?」
首を振る。
これは仕込みではなさそうだ。
「喬という名は知っているか?」
「いいえ」
短い返事だった。
それも喬とそっくりだった。
喬と同じ顔。
案外それだけなのかもしれない。
こんな世界だからこんな事があっても不思議ではないという気がする。
「もうよい」
「やらないのですか?」
女を抱く気は失せていた。
寝台に倒し、上から毛布を被せる。
寝台から顔を出した女から紗羅は顔をそむけた。
「抱いてくれませんか」
「抱く気が失せた。店主には、抱かれたと言えばよい。そのにおいなら誤魔化せるだろう」
「そんなに酷いですか? ちゃんと拭ったのに」
「お前が酷いというより、この店だな、酷いのは。女の扱いが駄目だ。すれ違った女からも、男の精のにおいが消えていなかった。ここは風呂はないのか。病になるぞ。それと、飯だな。お前はなぜそんな痩せ細っているのだ。体力を使うから、ちゃんと食わなければいかん」
「抱いてくれませんか」
「体力が落ちている。目の隈も、長い間あるだろう。気力も尽きようとしている。さっきまで他の奴を相手にしていたな。今俺に抱かれれば、お前死ぬぞ」
「抱いて、くれませんか」
死ぬという言葉に、確かに反応していた。
それを望んでいるのかもしれない、と紗羅は考えた。
奴隷だから、酷い扱いをされているのか。
客からの扱いは乱暴なのだろう。
奴隷に人気を取られるという事で、仲間内の偏執も受けているのかもしれない。
「お願いです。私を、死なせてくれませんか。私を憐れに思ってくれているなら、抱いてくれませんか」
女を無視して、紗羅は部屋を出て店主の男を呼び出す。
現れたのは体躯の良い男で、卓を挟んで窺うような笑みを浮かべた。
「やあ、若旦那。もう済んだのかい?」
「済ませることは済ませた。それで、あの女を三日ほど買いたい」
「若旦那。馬鹿言っちゃあいけませんぜ。あの娘は稼ぎ頭でして、他にも客がいるんです」
「相応の物は出せる」
紗羅は袋を卓に置いた。
目を丸くした店主に、紗羅は笑みをかけた。
「気に入ってしまったみたいでな。あいつの境遇も、聞いてみたい」
「はあ、これなら三日は足ります」
「あいつ、奴隷らしいが、どこで買った?」
「それは」
店主が言葉を濁す。
後ろ暗いことをやったのかもしれない。
そこまで紗羅は興味がなかった。
「別に、他意はない。あの女を、違う方法で責めてやりたい、と思ってな」
「趣があることをするのですな」
こちらを見る目が明らかに変わっている。
どこぞの金持ちだと思われただろう。
紗羅は陳宮の小言を思い出さないようにしていた。
金を一気に使うと、かならずそれが飛んでくる。
「じゃあ違う事を聞こう。あの女、この店じゃどんな扱いを受けているのだ?」
「まあ、店側が言うのもなんですが、酷いもんです。奴隷としての扱いを受けながら客には抱かれるんですが、あいつ、本心ではないでしょうが嗜虐をそそるのが上手くてですね。乱暴に抱く客が多くて、終わった後は大抵ぐったりとしてます。それから、涙をこぼすことも。それでも稼ぎ頭なんで、毎日客を取らせますが」
「その扱いは客だけか?」
「奴隷の女が店の一番人気ってことで、店の女から嫌がらせを受けたりすることもあるようです。これは止めさせようとしてるんですがね。目を離している内にやられるみたいで」
「まあ、身を売る商売だと、女の偏執はよくある話だな」
「それには耐えているようで」
「あの女、名前が許されていないと言っていたが」
「それも、奴隷として扱われる為です。奴隷は、裕福な奴の証ですからね。それで劣等を見つけてあの娘に吐き出させるんです。ま、妖術使いですからね。それなら、良い境遇ですよ」
「妖術使い?」
「若旦那は知りませんか。この村じゃ皆知ってますが、妖術使いなんです、あいつ」
「それじゃあ、何をするのだ、あの女は?」
「火を、何もないとこから出したのを見たことがあります。小指の先位の小さな火でしたがね。体力を使うようなんで、だから元気にはさせないようにしてるんです」
「本当なら、見てみたい気もするな」
「若旦那は、三日買われました。その内に休ませれば使えるようになるかもしれません。小さな火しか起こせないようなんで、燃える物に気を付ければ危険はありません。火事が起きなきゃ、こちらも騒ぎは起こしませんから」
「上手いもんだな。三日、ここに泊まるぞ。あの女とだ。飯も出せるな。それだけの物を出したんだ」
店主がしきりに頷いた。
「桶に湯を張り、持ってこさせろ。それから、新しい部屋。飯は魚より肉が良い」
「直ぐに持っていきます。酒もありますので」
最後まで聞かずに、紗羅は女の部屋に戻った。
まだ裸のままで、寝台から出てきていない。
泣いた痕が、顔にはあった。
それを見ると、紗羅は顔に笑みが浮かんでいた。
「三日、お前を買った。その間は、お前の躰は俺の好きなようにさせてもらう。わかるか。まだ、お前は死ねんぞ」
「残酷な人」
「似た奴からも、同じことを言われたよ」
紗羅は笑い声を上げた。
新しい部屋に湯を張った桶が運ばれてきたが、女が動かないので紗羅が運んで躰を洗った。
背中は奴隷の証を焼こうとしたのか、火傷の痕がある。
飯は肉を焼いたものに野菜が添えられたものが運ばれてきた。
「食わぬのか」
女は手を動かそうとせず、俯いている。
構わずに紗羅は飯を食い始めた。
女の腹が鳴る。
目からは涙がこぼれ始めた。
「死にたい」
「なら、飢えて死ね。水も飲むな。今のお前なら、二日で死ぬ」
「二日、かかるの?」
「本当なら、この飯を食わねば死ねるだろうが。今のお前は気力が充実しすぎている。悔しいと思ってしまったな。死ぬのにその想いは邪魔だ。お前が死ぬときは、もっとひっそりと、己に絶望して死ぬのだ」
野菜に肉を包んで食らう。
火が通ったばかりで、噛むと汁が溢れたが、さほど旨くはない。
「二日なら、耐える。それで、死ぬ。寝床もいらない。床で寝る」
「そうか」
飯を食い終えると、紗羅は蝋を消し寝台に潜った。
女は床で丸まっている。
夜明けと共に目が覚めた。
女が、床に座り泣いている。
運ばれた皿の一つがなくなっている。
「食ってしまったのだな」
「お腹が、空いた」
「これでお前は二日では死ねなくなったぞ」
「何日、必要?」
「もう無理だろうな。同じことをしても、また食ってしまう。それに、俺みたいに何日も買うって客は稀だろう。もう手遅れだし、全て食ってしまえ。空腹は耐え難いものな」
言うと、女は冷えた飯にがっついた。
泣きじゃくって、顔が酷いことになっている。
「朝飯ももらって来よう」
「嫌いよ、あんたなんか。大嫌い」
自棄になりながら、出された飯も食い尽くした。
女が寝台で眠るのを確認すると、紗羅は絶影二号に乗って自分の店に戻り、喬を連れ出した。
「お前、姉妹はいないのか?」
「いません。一人っ子でした」
「そうか。なら、よい」
絶影二号は、乗る人が一人増えても速度を衰えさせることはしなかった。
潰さないように途中で休み、また駆けさせる。
喬とあの女を会わせてどういう反応をするのかが楽しみだった。
途中で獣を獲り、一日かけて村ではなく店に運んだ。
喬は顔を見せないように布を被らせている。
店には不審がられたが、拒まれることはなかった。
部屋に入ると、女は、寝台で横たわり背を向けていた。
喬の布を取り外し、女に呼びかける。
対面した二人が、互いを見て固まった。
「恐ろしい程似ているよなあ」
「はい。気味が悪いくらいです」
「その人が、喬って人?」
「本当に、互いを知らないのだな?」
「はい、ご主人様」
「ご主人様かあ。あんた、やっぱり金持ちなのね。店主が言ってたわ」
女の空気は緩慢としたものになった。無気力で、刺々しい雰囲気はない。
飯を食い眠ったので、顔色はよくなっている気もしたが、やはり弱々しさがある。
「お前、妖術師だと聞いたが」
女の目は虚ろとして、それでも奥底に僅かな焔(ほむら)のようなゆらめきがある。
それが、紗羅の心を煽り立てた。
「火を」
女が言う。
「火を出せる」
「火か。やってみてくれないか」
「今は無理。すごく頑張って、やっと小さなものを出せるくらいだもの。体力を使うのよ」
「見てみたいのだがな。喬は、お前と似ているが妖術は使えん」
「でしょうね」
「わかるの?」
喬が口を開いた。
女と喬が会話をするのは、これが初めてとなる。
「似てるからかな。なんとなく、わかるよ」
「ふうん」
「そこが似てない所かな」
「名前を教えてくれない?」
「許されてない」
喬が目を閉じた。
それは、紗羅が初めて見る表情で、何故だか心の内を幾らかざわつかせた。
思えば、喬は誰にでも敬語で話していたので、そうでない言葉を聞くのは初めてだった。
「ご主人様、私をここに連れてきた理由をお聞きしたいのですが」
喬が、自分の知らない顔を見せている。
務めてそうしていたのだろう。
理由を聞かれたことなど、今までないのだ。
「考えてはいなかった。だが、予感かな。俺は勘は当たらぬが、予感はよく当たる。喬、お前、何か考えているな?」
「この子を、買ってくれませんか」
意外でもない、と紗羅は思った。
やはり、知らない内にどこかで予感していたことなのだ。
「それは無理だな。三日買うと言ったら、渋られた。出すものは出したから買えたが、その身を買うとなるとな」
「店の金は?」
「ない。これ以上公台に怒鳴られるのも、勘弁したいし。それに、こいつは稼ぎ頭だから、向こうも売る気はないだろう」
「殺すのは?」
「過激な事を言うんだな。殺すのは簡単だが、お前がやるのか?」
そこまでしてやる事を紗羅は考えていなかった。
喬がどうするのか、それを見てみたいという気持ちがあるが、紗羅はこの会話に興味が尽きかけていた。
「言っておくけど、店主、そこそこ強いよ。客で暴れる奴らもいるから、そいつらを追い出したりする事もあるし」
女は他人事のように言った。
意識がしっかりしていない。
無気力さを表す様に、女は毛布を被り直した。
「周泰に頼んでみます」
「意味の無いことだ。あいつがこんな村の店を襲うか?」
「では」
「やめろ、意味の無い。単純に金を蓄えて買えばよいだろう。お前にも、定期的に渡しているだろう」
「時間がかかり過ぎます。それまでに、この子は死んでしまいます」
「もういいわ」
女が顔を出して言った。
顔色が赤い。
良くなっているわけではなさそうだ。
喬が額に掌を乗せる。
「熱」
「もういいの。ありがとう、気を使ってくれて。嬉しかったわ」
「ご主人様、この子」
「苦しいけど、どこか心地良いわ。あなたはもっとひっそりと絶望して死ぬって言ったけど、そうはならないみたい」
「この為なのかな、俺が喬を連れてきたのは」
「そんなはずはありません。そんなはずは」
喬が震えて首を振った。
風邪でも、馬鹿にならない猛威を振るう事もあるのだ。
それに女は耐えられないかもしれない。
まずは店に知らせようと、紗羅は店主を呼びに出た。
「店主、あの女が風邪を引いた。熱が酷い」
「では、死にますかね。その内そうなるだろうという気はしていましたが。今までは上手く行っていたんですがね」
店主は女の状態よりも、店の儲けを気にしていた。
妖術師の扱いは、これでもましな方なのだろう。
趙雲から聞いた限りでは、さらに酷い扱いを受けさせることもあるようなのだ。
店主を部屋に呼ぶと、女とほとんど同じ容姿をしている喬に目を丸めていた。
「こっちは俺のだ」
喬の袖を捲り、背中を見せた。
そうやって奴隷の証を見せて、違う人物だと納得させた。
「若旦那、頼む。その女を、俺にくれ」
女を見るより先に、真っ先に懇願してくる。
やはり、女の扱いがなっていない、と紗羅は思った。
こういう店では、女の体調は真っ先に気遣わなければならない事なのだ。
「この子を」
「黙れ、喬。黙っていろ。店主、まず女を見ろ」
「若旦那」
「話はそれからだ」
店主が女の服を暴き、胸に耳を当てた。
それが終わり向き直ると、股間が盛り上がっていた。
「呆れるな、店主。この状態でそうなるのか」
「こっちも楽しませてもらってますからね。死ぬ前にもう一度くらいは」
「まだ俺が買っているから、手は出すなよ」
「死んでからでも、少しは楽しめるでしょう」
「やはり、駄目かな」
「体力が落ちていますから。回復するのは無理でしょうな」
「医者には見せないのか」
「こんな店をやってるから、医療の心得はあります。だけど、これから死ぬ奴に金をかける気はありませんよ」
喬が腕を引っ張った。
それには一瞥だけくれて後は無視した。
「若旦那、その女を下さい。店の新しい稼ぎ頭が欲しいんですよ」
「駄目だ。こいつは俺も気に入っている」
「そこをなんとか」
「では聞こう。何を出せる? 俺を、満足させるものは?」
「女を何人か差し上げます。好きに使って構いません」
「ふざけているのか。あんな醜女(しこめ)ども、何人いようが釣り合わん」
「なら、金を」
「必要はないな。出せる額など、たかが知れている」
「では、譲るのはどうです?」
「ほう」
「力尽くは好きじゃあないんですが」
男が動く前に、紗羅は飛刀を投げ放った。
壁に三つ突き立ち、男の服が三か所斬れていた。
「この村に来るとき、荷車を渡したな。あれは奪ったものだ。その時に一駆けで五人殺したよ。一度だけ、お前を許してやる。一度だけな」
「はい」
店主は汗まみれの顔を拭った。
女の息遣いが荒くなっている。
店主が言ったように、もう持たないのかもしれない。
「例えばだ。この女が欲しいと言ったら、お前は渡したか?」
「いいえ。前ならあり得ないでしょうな。一番の稼ぎ頭でしたから」
「今ならどうだろう?」
「今でもですよ」
「手放したくない存在だという事だ。それでも諦めきれないなら、賭けでもしようか」
「賭けですか?」
「俺の奴隷。俺はこいつを賭けよう」
「こちらは何を賭ければいいんで?」
「男が賭けるものは、金か女、誇りか矜持と決まっている」
「はあ」
「釣り合うのは、この女だな」
「この女ですか?」
「風邪を引いてるし死ぬ間際だし、価値は下がるが許そう」
「欲しいのなら、交換しませんか? 若旦那はこの奴隷を、俺は若旦那の奴隷を」
「俺が欲しいのではない。俺の奴隷が、欲しいそうでな」
裾を掴む力が強くなっている。
やる気は十分なようだ。
「勝負の内容は?」
「まずは乗るか、乗らんかだ。先に言っておくが、俺とお前の立ち合いはしない」
「乗ります」
「よし。勝負の内容だが」
紗羅は喬を女の前に押し出した。
きっと、こうすることが正しいのだという予感がしている。
「その女が、生きるかどうかだ」
「若旦那、本気ですか?」
「条件があるがな」
「なんでしょう?」
「俺の奴隷が言った物は、出来る限り用意する。だが、医者はなしだ。俺たちも、手出しはなしだ。そして、もう一つ賭けをする。賭けるものは、誇りと矜持。それを賭けて、条件を飲め。破れば、相応の罰」
「つまり、不正はなしで、若旦那の奴隷に任せれば良いんですね」
「そういう事だ。勝負の内容に、異論はないか」
「ありません」
「だそうだ。喬、欲しいものは」
「新しい布と着替え。それに、水と、湯を張った桶も」
「店主、すぐ用意せよ」
店主が部屋を出ていった。
喬は、女の額の汗を掌で拭った。
「ありがとうございます、ご主人様」
「ほとんどお前が不利な賭けだ。そいつ、生きると思うか?」
「確かに、難しいかもしれません。ですが、ご主人様は賭けてくださいました。私に、機会をくれたのです」
「それだけだ。礼など言うな」
「ご主人様は、運が良いのが謳い文句ですから。そんなご主人様が賭けてくれたのですから、その文句を傷つけることはしません。きっと、良くしてみせます」
喬は用意された水を女に飲ませ、躰を拭いて着替えさせた。
紗羅は新しい部屋を用意させ、そこに泊まった。
朝になり様子を見に行くと、女の状態がひどくなっていて、翌日もさらに悪くなっているのではないかという様子だった。
女は大量の汗をかき、時折目を開いては朦朧とした状態で喘いでいる。
喬は汗を拭き、たまに着替えさせる事と水を飲ませる事しかしていない。
「今更恐縮ですが、こちらに有利すぎませんかね」
店で食事をとっていると、店主がそう言った。
そんなことは、最初からわかっているのだ。
「裏があるんじゃないかと思ってしまいます」
「そんなものはない。条件を出しただろう。俺はお前が何かやると思ったがな。何かしてたら、俺が斬っていた」
「誇りも矜持も、持っているつもりです。たまに目を閉じてしまいますが、それだけですよ。しかし、惜しくもありますよね、あの二人」
「何がだ」
「二人とも、上玉です。双子と言って信じない者はいないでしょう。これからも育ちますし、それで客を取らせることが出来たら」
「それも面白いな。俺がそういう店を開いたら、お前をお得意様にしてやる」
「そいつはいいや。勝てると思いますかい?」
「俺にはわからん。状態が酷くなってるとしか思えんのだ。俺の奴隷は諦めてないようだが」
「若旦那の方は、妖術は使えないんですよね。俺の方より、扱いが楽でいいや」
「もう勝った気でいるな」
四日目に変化が現れた。
様子を見に行くと、女の寝台の上に、喬がうつぶせていた。
起き上がらせ、額を触る。
直ぐに紗羅は部屋を出て店主を呼びに行った。
「まずい、店主。俺の奴隷に、風邪がうつった」
「なんですって」
「失念していたな。賭け事に、目が行き過ぎた。うつる事も、当然考えておくべきだった」
「では、賭けはどうしましょう?」
「それは続けるそうだ。本人の希望でな」
「医者を呼んでおきましょう。若旦那の方なら、まだ助かるかも」
「駄目だ。医者はなしだと決めただろう」
「勝負が付いたら、すぐに呼ばせますよ。その時には俺の物なんだし」
「その時には好きにしろ。着替えと水が欲しいそうだ」
「用意します」
紗羅はまた様子を見に行った。
喬の息遣いも荒い。
汗も多くかいていて、女の状態と同じだった。
「喬。お前も死にそうだ」
「私は、大丈夫なのです。この子より、体力は落ちていません」
喬が咳き込んだ。
苦しげに呼吸を繰り返し、それでも女の汗を拭った。
「この子、名前を教えて、くれません」
「話すのは辛いのではないかな」
「ご主人様。だから、名前を、付けることに、しました」
「喬」
「それと、この子」
うわ言を繰り返しているようにしか見えなかった。
喬の意識もしっかりしてこなくなった。
このまま共倒れで終わるかもしれないことを、紗羅は受け入れようと思った。
そうなったらそうなったで、これは喬の賭け事なのだ。
喬は女と一緒の寝台で寝るようで、それを止めようとは思わなかった。
店主は医者を呼んで店に待機させている。
背を向けた。
支度をしよう、と紗羅は思った。
支度するほどの荷物は持っていない。
あるのは喬とこの女だけで、勝った時の支度をするのだ。
賭けた者として、それは当然の事だ。
服を買った。
二人分だ。
安いものではあるが、良く似合うだろう。
喬は感情が顔に出ないので、何を嬉しがるかは知らない。
だから、こちらが選んでしまうのだ。
髪留めを買った。
女の髪先はよれていた。
一度切らせてしまえばいい。
また伸びると、喬が髪を梳くようになるだろう。
喬の髪も伸ばさせようと紗羅は思った。
その時に髪留めを付けさせるのだ。
翌日に部屋を見ると、相変わらず喬が女の世話をしていた。
それに何故かずれた感覚がある。
その事に少しの間、紗羅は気付かなかった。
喬が、ではなく、女の方が喬の世話をしているのだ。
女は明らかに痩せ細っているし、見当違いではなかった。
紗羅に気付いた女が振り返った。
顔色は悪いし、息遣いも荒い。
それでも活気のようなものが確かにあった。
「勝ったのだな」
「私は、楽になったよ。その代り」
「喬がな、自分は大丈夫だと言っていたよ。勝負はついたし、医者を呼ぼう」
医者と店主を部屋に呼んだ。
医者に容体を診させる傍らで、店主が呆けている。
「衰弱していますが、峠は越えたようです。後は回復していくでしょう。元気になったら食べ物を食わせ、もっと太らせるべきですね。薬を渡しておきます。そちらの子は、水を飲む時に一緒に飲ませてください」
診終わると、医者はすぐに出ていった。
薬を受け取った女が、喬に水に溶かした薬を飲ませている。
紗羅は早速、店を出ていこうと思った。
「では、その女は俺のものだな。出るぞ、お前ら」
「動かさない方が」
「こんな場所にずっと居たいか、お前ら?」
喬が、僅かに笑って首を振った。
女が肩を貸し、ふらつきながら部屋を出ていく。
「そんな、ありえねえ。だってあんなに」
「認めろ、店主。賭けはこちらの勝ちだ」
「そうだ、あいつは妖術使いなんだ。この賭けは、なしだよ、若旦那」
「それは理由にならん。賭けの前に、一度お前を許した。二度はない」
店主は口を開いたまま俯き、拳を震わせた。
それに気付かない振りをして、紗羅は店を出た。
外で待っている絶影二号に、喬と女を乗せる。
紗羅は絶影二号を引いて歩き始めた。
喬はうなだれていて、それを落とすまいと女が支えている。
「戻ったら、ゆっくり休め」
「はい」
「しかし、勝てるとは思わなかった。何かしたのか?」
紗羅は喬を見た。
力ないが、口元には笑みがある。
確かに、勝利者のものだった。
「風邪をうつして、半分にしたのです。だから、この子は助かったんですよ」
まるで妖術師だ、と思った。
何を思ったかわかったように、女が笑みを漏らした。
「そういえば、名を付けたといったな、喬?」
喬は眠ってしまったようだった。
今では、女の方より喬の方が具合が悪くなってしまっている。
代わりに紗羅は女の方を見た。
汗をかいているが、呼吸は楽そうだ。
「前の名は、捨てることにしました」
「そうか」
「賭けに勝ったら、と約束させられました。この人を姉とすること。名前は大喬で、私は前の名前を捨てて、小喬という名を貰いました。双子の、姉妹ですよ」
「そうか。良い名だと思う。双子だと疑う者はいないだろうな」
「それと、あなたをご主人様と呼ぶこと」
「それは忘れてもいい、小喬」
「姉との約束ですから、そういう訳にはいきません」
「なら、仕方ないな。俺は、街では小さな店を開いている。お前には、そこで手伝ってもらう事になる。大喬とな」
「姉となら、頑張れそうです。身を売る仕事でも」
「それは、俺だけにでいい」
店を手伝わせるのは、十分に休ませてからだ。
これから寒くなるので、暖かくさせなければならない。
陳宮とは仲良くなれるだろうし、賑やかにもなるだろう。
買った服は喜ぶだろうか。
きっと小喬は喜び、それを見て大喬が喜ぶだろう。
髪を切らせ、それが伸びた頃に髪留めと共に渡すのだ。
あとがきなるもの
荷を奪って外で裸で寝るとか結構アウトローになってきたな。二郎刀です。前書きにも書いたけどお久しぶりです。久しぶりなのでワンクッションの一話を投稿。ご都合主義をできるようにするために妖術の設定を組み入れたのにあまり生かせてないなー。
開いていた期間何をしていたかと言いますと『インフィニット・ストラトス』とかにハマってましてすげえ遅れました。書き溜めとかもしてないし、最近では『アカメが斬る!』にハマっちゃいますし恋姫が進まねえ……。いやーISの専用機とか帝具とか考えるのが面白いこと面白いこと。なんで妄想ってこんなに楽しいのかしら? 因みに私はブラックラビッ党です。
さて本編ですが、今回超長くなった。オリキャラだけどオリキャラじゃなかった、ということですね。大喬ちゃんと小喬ちゃんです。途中で察した人もいるだろうが許せ。我が文才はそこで尽きる。なんだかなー、二喬ゲットしちゃったんだけどどうしよう。出番は割とないかもしれない。あ、今回は生存報告回という事にすれば・・・(逃げ
最後に改めてご報告をば。
期間が空いてしまったのは申し訳なかったです。
が
私は失踪するつもりはありません。まあ、死なない限りは。私なりの信条というかけじめというか、そういうものがあるので、終わらせる時はご都合主義を使ってでも意地でも終わらせてから失踪しますんで、そう言った意味ではご安心を。
また期間が開くんだろうなーと思いつつ、今回はここまでという事で。
少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
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