真恋姫無双幻夢伝 第四章9話『テンペスト』 |
真恋姫無双 幻夢伝 第四章 9話 『テンペスト』
運命とは、最もふさわしい場所へと貴方の魂を運ぶのだ=@(ウィリアム・シェイクスピア)
その報告が汝南に届いたのは、袖を長くし始めた秋深まる頃だった。会議場に華雄の驚きの声が響く。
「袁紹軍が南下しているだと!」
集められた諸将は、曹操から送られてきた手紙を持って状況を説明するアキラを、目を丸くして見つめていた。普段と変わらないのは、あらかじめ手紙を読んでいた詠と、恋だけだ。
凪が真っ先に質問する。
「しかし、この冬に向かう時期は北の遊牧民の活動が活発になる頃です。袁紹とて迂闊に軍を動かせないはずでは」
「それが、どうやら袁紹は烏桓と手を結んだようだ」
「なんと!」
漢の大将軍である袁紹が異民族と同盟を果たしたことに、一同は驚愕した。彼女と会ったことのある月や華雄は、プライド高い彼女がこれを行ったことに耳を疑う。
そして同時に彼らは
(袁紹は本気で曹操と雌雄を決しようとしている)
と、いやがおうにも感じていた。
「状況は理解したな。我々は曹操軍の要請に応じて、援軍を出すことにする。華雄、霞」
「おう」
「はいよ!」
「2人は2000の兵を率いて先発してくれ。俺たちも残りの兵を集めて後から出発する」
「分かった!」
「任しとき!」
2人はいくさと聞いて意気揚々に部屋を出ていった。霞はともかくとして、華雄も逸り気味に行ってしまったことに、アキラは苦笑し、詠はため息をついた。
「やれやれ、暴れたがりは変わらないか」
「この頃、落ち着いたと思ったのにね。まあ、いいわ。こちらもすぐに準備しましょう」
「……アキラ、詠」
指示を出そうとしていた二人に近づいて来たのは、恋と音々音である。この二人はこの前まで長江の海賊討伐を行ってきたところだった。
「軍を動かすのは慎重にやった方が良いのです」
「どういうことだ?」
「恋……聞いた」
「何を?」
ゆっくりと彼女はその問いに答える。
「孫策は……危険……」
許昌に辿りついた華雄と霞が率いる汝南軍を迎えたのは、桂花であった。彼女は城門の前で深々と頭を下げて感謝を述べた。
「援軍、ありがとうございます。荀ケと申します」
「荀ケ殿。出迎え、かたじけない」
「宿営先は確保しております。今日はゆるりと英気を養ってください」
「感謝する」
案内に従って、部下を宿営地まで向かわせた後、桂花は二人を自分の屋敷に招いた。今後の作戦について説明するという。
宿営地から町を通り抜けて屋敷に向かう途中、霞がそわそわした様子で華雄に尋ねてきた。
「なあなあ、華雄」
「どうした?」
「ちょっとだけ、市場見て来てもええかな?さっき、美味そうな酒が売ってあった……」
言い終わる前に、華雄は霞の頭にガンッと拳骨を食らわせた。
「いったぁぁ!!」
「バカモノ!これから戦場に行くのだぞ!」
叱りつけた華雄が前を向くと、桂花が目をぱちくりとさせてその様子を見ていたことに気が付いた。
「……そちらも大変ですね」
「まったくだ」
顔を見合わせて苦笑いを浮かべる両者。しかし桂花は知らなかった。目の前の華雄も、桂花が思う“バカ”の部類にしっかりと含まれているということに。
漢の名門であり、曹操軍の重臣である彼女の屋敷は、さすがのものだった。正直な話、彼女たちの君主であるアキラが住む御殿よりも立派であると感じてしまう。客間に通される間に見かけた装飾品の数々に、華雄は度肝を抜かれていた。しかし、先ほど華雄に怒られた霞は、ぶーたれながら付いて来るだけだった。
「こちらです」
長い廊下を抜けてようやく客間に辿りついた。椅子に座った桂花はお茶とお菓子を用意させると、すぐさま人払いをした。彼女自身に時間が無いのか、さっさと本題に入るらしい。
華雄もお茶を飲みつつ、それに合わせて単刀直入に聞くことにした。
「荀ケ殿、戦況はどうなのだ?」
「悪いです」
あっさりと述べた荀ケの言葉に、2人は耳を疑った。
「そんな正直でええの?」
「隠してもしょうがないですからね。戦場に行けばすぐに分かります。良く見積もっても、彼らはこちらの4倍の戦力を有しています」
「よ、4倍だと?!」
天下屈指の強兵である青州兵を持っている曹操軍がそれほど弱いのか。眉をひそめて無言でこちらに尋ねる目線を送る彼女たちに、桂花はため息交じりに答えた。
「私たちには食料が無いのです」
苦悩を絞り出すように、彼女は現状を説明し始めた。
「黄巾の乱以来、我々の領土である中原は常に戦場になっており、そのため田畑は荒廃しています。特に今年は不作で、兵を動かそうにも、その寄る辺である食料が確保できないのです。一方で、袁紹の冀州は天下有数の穀物生産地。これがこの戦力比を招いた原因です」
「なるほど。確かに汝南も最初は荒れ果てていたことを思い出す。この状況で攻め込まれたのは最悪ですな」
「はい」
桂花がここに残っているのもそれが原因であった。本来なら華琳の傍を離れない彼女であるが、華琳が食料調達担当として許昌に残したのだ。渋る彼女に華琳は言った。
『この戦いでは食料が鍵になってくるわ。食料の供給が途絶えたら、私は負けてしまうのよ。だからこそ、“一番信頼できる部下”にこの役割を果たしてほしいのよ。頼りにしているわ、桂花』
「うへへへへ」
「じゅ、荀ケはん?」
華琳の言葉を思い出して怪しく笑う桂花に、霞が引きながら声をかける。我に返った彼女は、ゴホンと咳払いをして居住まいを正した。さすがに顔が少し赤い。
「えーと、それでだな、荀ケ殿」
「なんですか?」
「戦場となる場所を教えてもらいたい。どこだと予想されているのだろうか?」
桂花は椅子の横に置いていた地図を手早く広げた。そして地図の一点を指でさし示した。そこはいくつもの河川が交差している黄河のすぐ南である。
「おそらく、この白馬及び官渡が戦場となります」
華雄たちが出立してから二週間が経った。しかしアキラ達は兵を動かせずにいた。兵が集まらないのではない。アキラが命令を下せば、一週間で集めることが出来るはずだ。
彼らの動きを縛っていたのは、孫策であった。
「アキラ、沙和はなんて言ってきたの」
「見てくれ」
アキラは詠に沙和の手紙を渡した。内容はこうだった。
『柴桑に兵士を集めているのは間違いないの。でも、それ以上の動きは分からなかったのです』
二週間前、恋と音々音は捕まえた海賊から、袁紹と孫策が頻繁に手紙をやり取りしていることを聞いたと報告してきた。アキラはそれを受けて、盧江に沙和を向かわせて情報を集めさせていたのだった。
だが現在に至っても、孫策の態度を掴み損ねている。
「分からないわね。その兵士が北に向かうのか……」
「これでは動けない!援軍に出せたとしてもせいぜい500ぐらいだろう」
孫策自身が指揮して攻めてくるとすれば、せめて互角以上の兵士を残さなければならない。
その一方で、すでに袁紹と戦端を開いた華琳からは毎日のように援軍の催促が届いていた。しかもアキラ自身の出陣を求めている。
「俺が背後から攻めてくると懸念している家臣がいるそうだ」
「“家臣”ね。案外、曹操自身がそう感じているのかもね」
「あの強気な華琳がか?」
「この状況よ。誰だって弱気になるわよ」
詠が同情するぐらい、華琳の戦況は最悪であった。素早く黄河を渡り終えた袁紹軍の先鋒隊である顔良と文醜は、白馬にいた曹操軍の守備隊を蹴散らし、春蘭が守る延津を攻撃した。そして数日の攻防の末に春蘭は退却を余儀なくされたという。もうすぐ曹操が籠る官渡の砦に攻め込んでくるだろう。
「華琳もだが、官渡の砦に籠る華雄たちも助けなければならない。俺が行かないと。それと、副将としてもう一人連れて行きたいのだが」
「それはダメ!」
詠はピシャリとアキラの言葉を遮った。
「孫策が手を抜ける相手ではないことは分かっているでしょ!盧江に恋と音々音と沙和、寿春にボクと凪と真桜が籠って守りきれるかどうかってところよ。一人も欠けられない!」
「そうは言っても、俺は援軍として向かわせている全軍を指揮しなければならないし、その500の兵を直接指揮する者が必要だろう?」
「それはそうだけど!」
若干、言い争いに近くなってきた彼らの会話に、傍で聞いていた月が入ってきた。
「あのぅ」
「「なに?!」」
「はうぅ……」
二人の迫力に押し黙ってしまう月。彼女だと気が付いた二人は慌ててフォローをした。
「悪い悪い!別に怒っているわけじゃないから」
「そうよ、月。大丈夫だから。何を言おうとしていたの?」
優しく慰めると、やっと月は口を開いた。
「私、知っています」
「「何を?」」
「アキラさんと一緒に行くことが出来る人を」
アキラと詠は顔を見合わせた。そしてもう一度、彼女の顔を見つめた。
「だ、誰?」
「俺の部下か?」
「いいえ、違います」
おそるおそる月は答えた。
「牢屋の中にいる人でして……」
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官渡の戦いが始まります。 | ||
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