マグマダイバー
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「いよいよなんですね」

 ノイズの交った、どこかくぐもった男の声が研究室に響いた。

「ああ、君には期待しているよ」

 白髪の博士はインカムを通じて彼にそう言った。

「では、行ってきます」

 研究室に置かれた緑のモニターに映る男はそう言って、溶岩の中へと飛び込んでいった。

 溶岩探査者、通称マグマダイバー。地球でいまだに研究が滞っている火山の火口の奥の奥。つまりは、マグマの中へと潜り、研究対象となりえるものを直接手に取り、記録するという危険極まりない仕事なのだが、そんな命知らずなことに興味津々だった彼は、さまざまな訓練を経て、今日が初めての火口入りとなる。

「……どうだね、調子は?」

 博士がサウンドオンリーと書かれた画面を見ながら言った。

「やっぱりすごいですね、このスーツ。自分が本当にマグマの中にいるなんて信じられないですよ。何だか、ぬるい風呂の中を泳いでいるような気分ですよ」

 興奮気味な男の声を聞いて、博士は笑った。

「はは、それは何よりだ。君にもしもの事があったら、我々が困るからね」

「大丈夫ですって、この調子で順調にいけば、おそらくはあと五分くらいで中間地点を突破出来ると思いますよ」

「そうかい、じゃあまたそのころに連絡を頼むよ」

 そう言って、博士は一度通信を切った。

 

「……あの、本当に大丈夫なんでしょうか?」

 博士の後ろにいた若い女性が不安そうにそうつぶやいた。

「なあに、心配はいりませんよ。計画は順調に進んでいますよ」

 博士が振り返ってそう言うと、女性は「なら、いいんですけど……」と言って顔を伏せた。その様子を見て、博士は無理もないかと一人心の中でごちた。

 

 それから数分が経ち、男からの通信が入った。

「あ、博士ですか? 聞こえます?」

「ああ、聞こえているよ」

「もうすぐ中間地点のはずだと思うのですが、あの、何だか少し熱くなってきたというか、何というか……」

 それを聞いた博士はモニターの下にある機器の数字を一瞥した。

「……いや、問題ないはずだ。深度もペースも問題ない。おそらく、深い所に入って温度がより上がったのだろう、それか君の熱がこもってそう感じているだけかも知れない」

「そ、それもそうですよね。ああ、もしかしたら緊張しているせいなのかな」

 ははは、と男が笑う。

「緊張しているのはよくないね、君は今一人なんだ。もし何かあってもロープで引き上げることは出来るが、その時に君が一番落ち着いていないと、こちらも対応に困る」

「そうですね、気を付けます。では、また後程何かあれば連絡します」

 そう言って、通信が途切れる。

 

「あの、本当に大丈夫なんでしょうか? 何かトラブルでもあったんじゃ……」

 身をよじりながら女性がそう言うと、博士はにこやかな笑みを浮かべた。

「大丈夫ですって、何の問題も起きていません。計画は、あなたの思った通りに進んでいますよ」

「私の思った通りに……?」

 博士が頷くと、女性は先ほどとは打って変わって明るい表情へと変わった。

「そうなんですね! ありがとうございます」

 そう言って女性はしきりに博士に頭を下げていた。そんな様子を横目に、博士はカウントダウンをしている計器を確認した。計器には四二分三六秒と書かれていた。

 

 それからまたしばらくして、男からの通信が入った。

「博士ですか? 聞こえますか?」

 先ほどより少し慌ただしさを感じる声だった。

「ああ、聞こえているよ。どうしたね」

「いや、それがですね。やっぱり暑すぎるんですよ。どんどん深くなるにつれて暑くなっていって、今は何だかサウナに、いや、それ以上に暑いんです。だから博士、一旦僕を引き上げてもらえませんか? 何だかスーツの調子が悪いのかも知れません」

 それを聞いて、博士は少し間を置いてからゆっくりと話し出した。

「いや……それでいいんだよ」

 言葉の意味を理解するのに時間がかかったのか、男が数秒遅れて反応した。

「え? 博士、今なんて?」

「それでいいんだと言ったのだよ。現在地でサウナ以上の暑さを感じていることがね」

 また数秒間が空いた。

「え? ちょっと何言ってるんですか。これが想定内って、このまま潜っていったら僕暑さで死んじゃいますって」

 茶化すように男がそう言うが、博士の反応は至って冷静だった。

「そう、それでいいんだよ……君は、そこで死ぬんだ」

「は?」

 一瞬、何とも言えない間が流れた後、男が続けた。

「え? ちょっと博士何言ってるんですか? 僕が死ぬ? というより、何が一体どうなって――」

「頃合いかな」

 博士は計器の数字を見ながら話した。

「まずね、マグマダイバーなんて職業はないんだ。溶岩探査というのはね、死刑制度のひとつなのだよ」

「は? 死刑?」

 男の声を無視するように博士は続ける。

「重度の犯罪を犯した者を対象に、記憶を改竄し、さもそのような仕事があるように思わせ、最後の最後で本来の記憶が目覚めるという処刑だよ」

「僕が犯罪者? 博士、冗談もいい加減に――」

 そこで男の息を呑む声が研究室に響いた。

「どうやら思い出したようだね。いたいけな少女ばかりを狙った連続殺人、それが君の犯した罪だ」

「う、うそだ。いや、でも、だったら何で今まで――」

 博士は嘆息した。

「一定以上に体温が上がると思い出すように刷り込まれているのさ。マグマダイバーとして訓練してきたという架空の記憶と、本来の殺人鬼としての記憶が混在し、混乱する。そう、今の君のようにね」

「あ、あああ」

「もうね、私は何度もそういう人間を見てきたから……いや、もうこれ以上言葉を重ねたところで、君の現状に変化はない。……そう、君はそこで死ぬんだ」

「死……い、いやだ! 死にたくない! た、助けてくれ!」

 それを自覚したのか、男の悲痛な叫びがこだまする。それを聞いて、博士は再び嘆息した。

「そう言って助けを求めた人間を、君は何人も殺してきたんだよ。悪いけど、通信はここまでだ。さよなら、マグマダイバー一七〇九番」

「ま、待ってくれ! た、たすけ」

 博士の手によって、通信はそこで途切れた。

 

そして、カウントダウンが残り数秒という所で、博士は通信をオンにした。

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「熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い」

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 カウントダウンがゼロになるのと同時に、男の声は二度と聞こえなくなった。

 

「いかがでしたか?」

 そう博士が尋ねると女性が泣き崩れ、涙を流しながら喜んだ。

「あ、ありがとうございます……これであの子もきっと報われたはずです」

 そう言って、しばらく泣いた後、もう一度博士に深くお礼をすると研究室を出ていった。

 

「お疲れ様です」

 そう言いながら、一人の作業着の男が研究室に入ってきた。

「ああ、君か。お疲れ様」

 その姿を確認すると、博士はコーヒーを入れるカップを一つ増やした。

「いつもすいませんね」

「いやいや、君も若いのに大変だね」

「全くですよ、ろくでもない犯罪者を火口までわざわざ輸送してやらないといけないんですからねえ」

 男が愚痴をこぼしながら、博士からカップを受け取る。

「そういや今日のノルマって、あと何人でしたっけ?」

「えーと……あと六人かな」

「六かあ、やっと半分かあ」

 二人はカップを持ちながら椅子に腰掛ける。

「しっかし、処刑時の犯罪者の断末魔が聞きたいだなんて、変わった人もいるんですね」

「まあでも、家族を殺された怨みや、それでどこか狂ってしまう人は多分珍しくはないんだよ」

「……それもそうっすね」

 そう言っておどけた男は、博士が過去に娘を殺されている事をまだ知らない。

「変わってると言えば、この死刑制度も一体だれが考えたんでしょうね。マグマダイバーなんてたいそうな名前つけて、やってること茹で殺しで最終的に骨すら残らないんですから」

 コーヒーを口にしながらそういう男に、博士はやさしく微笑む。

「そうでもしないと犯罪は減らないと思ったんだろうけど、実際あまり効果がなかったというか、何というか」

「ああ、そういう意図だったんすね。……あ、コーヒーごちそうさまでした。じゃあまた輸送行ってきます」

「ああ、気を付けて」

 男を見送った博士は少しの間何か言いたそうな顔をしていたが、数秒後には元のいつもの顔に戻り、一人計器等の整備を行い始めた。

 またやってくる、新たなマグマダイバーに備えて。

 

説明
溶岩探査という言葉に、何かロマンを感じます。
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