紺野夢叶 短編小説【ジーニアス・オン・ア・ジーニアス!】4 |
「……真面目に働く気あんの」
「もちろんさあー」
先月もこのやりとりがあった。業績は右肩下がりだった。家の外で「紺野ふとん店」という看板が風に煽られすこしずれた。
「夢叶。世の中にはねー、どうにもならないこともあるんだー。でもね、そんなときは、お父さんはね、ふっかふかのお布団で、ぐっすりとお寝んねするんだよー。そうすれば、嫌なことなんて無くなって」
「その前にお金が無くなってんでしょ!!」
「ウマい!!」
「やかましい!!」
紺野家はいつもこの調子なのだ。夢叶はそんな父と兄を必死でというより、決死の思いで護り続けている。たまの贅沢のシュークリームは、父が店仕舞いの後にスーパーマーケットに行ったとき、半額シールが貼られているものがあれば買ってきてくれるのだ。そして、そのシュークリームも一個を一回で食べ終わるよりも、数日に掛けて食べるときのほうが多い。
あんな家に呼べるものか。クラスメイトたちはお嬢様学校に普通に通える御家柄の方々だ。あんな、あんな一日の食費が百数十円の世界なんてものが通用するか。
「絶対だめ!」
夢叶はキャロルの繰り出した呪文を振り払いぐっと力強く断った。キャロルは不思議そうな顔をしている。
「え? どうして?」
「ウチに来るのだけはだめ」
「夢叶様のお家とっても綺麗そうなのに〜」
それを裏切るんだよう。夢叶は胸の奥で噛み締めた。
「来たら……呪うから」
「え?」
「ぺてぃすりさろんのキャロルさんなんかが来たら、呪われるし、呪うから」
夢叶は目をぎらぎらとさせている。
「あ、アハハハ……」
昼休み終了を告げるチャイムが鳴った。夢叶は乱暴に、シュークリームを完食すると、半額のシールを隠すように、くしゃくしゃに袋を丸めて、ごみ箱に投げ棄てた。
テスト漬けの一日が終わり、放課後となった。夢叶は鬱蒼とした気持ちを振り切るように、足早に家に帰った。
「おかえりー。夢叶ー。今日はなんとシュークリームがふたつも」
開店休業中のふとん屋の奥から、のんきな声が聞こえてきた。夢叶は力いっぱいにその声を振り切り、自分の部屋へと向かった。夢叶は部屋に戻ると、すぐに机に座り国語の答案用紙と国語のドリルとを広げ、あの2点の落とし分を復習した。主人公の気持ちを本当に理解しようと必死だった。
「天才」
ふとキャロルの言葉が夢叶の頭をよぎった。
「……違う。違うもん」
本当に天才ならば、もっと良い家に住んでこんなに勉強なんかしなくっても100点が取れて、シュークリームにはチョコレートが掛かっていて、ぺてぃすりさろんのきるしゅだこわず、なのだ。
「――あるが、ままの、わたし、見せるのよ――♪♪」
在るがままのアタシ。いやに気に障るフレーズが聴こえてくるかと思ったら、隣の兄の部屋からである。兄は今日も変わらず、大音量でアイドルの動画を漁っている。勉強の邪魔である。アタシは主人公の気持ちになりたいんだ。
「……あんな家に住んでなきゃ、アタシは、もっと」
隣の部屋から聴こえる自分応援ソングも、心の奥底からこぼれてくる弱音も、どうか何も聞こえないように、夢叶は耳を塞ぎ込むように、勉強机に食いついた。
「天才っていうのは、クラスのみんなみたいな人たちのこと、言うんだもん。アタシは天才なんかじゃない……」
それでも隣の部屋から聴こえる、アイドルの曲がうるさかった。妙に軽快で、ノれてしまいそうな曲だというのが、また何ともいじらしかった。
「天才はこんなとこに居ない!!」
夢叶は部屋から飛び出し、急ぎ靴に履き替えた。嫌な気持ちは、走って忘れてやろうと思った。足だって、本当は速くなんて無かった。毎日のように走りこんで、努力して、こうなっている。天才じゃない自分を振り払うように、夢叶は玄関を飛び出した
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桜学園☆初等部の短編小説です。 ・公式サイト http://www.sakutyuu.com/ ・作家 田島聖也 |
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