紫閃の軌跡 |
「……まぁ、間違ってはないよな?」
「確かに間違ってはないのだけれど……」
ヘイムダル駅で降りた二人―――アスベルとアリサは、導力トラムを乗り継いでサンクト地区にあるリベール大使館に来ていた。白を基調としたシンプルさを持ちつつも、しっかりとしたデザインによって他の大使館と比較しても見劣りしないほどの煌びやかさを持っている。ここに来たのはアスベルのパスポート絡みだった。ちなみに、アリサもその関係でルーレに向かう予定だったのだが……
『ん?アリサ、鞄のポケットに何か入ってるぞ?』
『え?………って、これはどういうこと!?』
十中八九、シャロンがいれたと思しきもの……おまけに、クロスベル行きの定期船のチケットまでご丁寧に同封されている始末だ。流石はラインフォルト家のメイドだが……なのだが……逆に考えると、それはそれで怖い。ともあれ、ルーレに行く時間が省けたのは幸いだった。
「お待たせしました。申し訳ありません、中将……何せ、夏至祭の関係で忙しいものでして。」
「どうもありがとう……それにしても、夏至祭で?確か、デュナン公爵が出席されると聞いているんだが?」
その問いかけに、隣にいるアリサの事が気になったようで言いよどんでいたが、アスベルが構わないと言ったので、事情を説明する。
「その……両殿下が夏至祭を一度ご覧になりたいという要望がございまして、警備の面も合わせて、帝国政府、帝都庁、各憲兵隊との打ち合わせのスケジュールでてんやわんやなんです。」
「た、大変なんですね。」
「見るからに疲れてるのはそういう理由だったのか……苦労を掛けるが、無理はしない様に伝えてくれ。」
無理もないことだ。片やリベールの次期女王。片や王族と言うことで公爵位持ちにして、次期女王の王配の最有力候補(というか、現女王陛下公認の許婚みたいなもの)の二人が来訪されるからには、その警備に穴があってはならない。これで怪我でもさせようものならば、エレボニア帝国の威信に関わる問題だ。尤も……彼ら自身が怪我するどころか、怪我を負わせようとした相手が酷い目に遭う可能性の方が高いのだが、敢えて口に出すことは避けたアスベルであった。
対応してくれた職員に礼を言い、大使館を後にして導力トラム経由でヘイムダル空港に到着……そのまま、クロスベル方面行き国際定期便の飛行船に乗り込んだ。
クロスベル自治州……エレボニア帝国とカルバード共和国の間に挟まれる場所に位置し、七耀暦1134年“二つの宗主国”によって成立した歪な自治州。大がかりなジオフロント計画や金融・経済……はては貿易……西ゼムリアにおける中心点にして、帝国と共和国が熾烈とも言うべき領有権争いを繰り広げている場所。その争いの影で亡くなった人間は数多く……だが、その市民を守るべき組織―――警察と警備隊にも真っ当な人間は多くいるのだが……上層部と帝国派や共和国派の議員との癒着により、殆どの正常な機能を失っていた。唯一頼りになるのは遊撃士協会……治安で言うならば危険と言っても差し支えないレベルであった。
だが、五月に起きた教団―――通称『D∴G教団』の残党である“幹部司祭の一人”が引き起こした暴動事件。これによってクロスベルを取り仕切っていたマフィア『ルバーチェ』は会長とはじめとした有力メンバー全員が逮捕され、芋蔓式に警察と警備隊の上層部、彼等と繋がりのあった議員たちも次々と逮捕あるいは拘束されたのだ。
それを主立って解決したのはクロスベル警察に新設された、ガイ・バニングスの理想を形にした部署―――“特務支援課”。彼の弟であり、自らもまた教団と浅からぬ因縁を持ってしまった少年……政治の歪みによって両親を引き離され、自らの立ち位置や武器を手にするために決意を固めた女性……教団の実験を生き残った数少ない人物であり、自らの力だけでなく、信頼できる人と道を切り開くことを心より強く願った少女……自らの置かれた場所から離れたが、それでも自分の因縁からは逃れられないことを薄々感じ取ってしまった青年。彼等だけでなく、これまでに培ってきた“縁”や“絆”……それによって、その困難を見事に乗り越えることが出来た。
その翌月上旬、市長選挙と議会選挙の同時選挙が行われ、ディーター・クロイスが新市長(IBC総裁は兼務)に、議長には前市長であるヘンリー・マクダエルが就任。議会の方は帝国派および共和国派の勢力が著しく減退し、“旧マクダエル市長派”もとい“議長派”が全体の半数にまで増えたのだ。
勿論、治安の要である警察と警備隊のトップ―――警察局長と警備隊司令も、前任者の不祥事により同様に刷新された。その人というのは……
「―――今日から、クロスベル警察の局長を務めるマリク・スヴェンドだ。こちらからお前たちを縛るようなことは極力しない。各々、自らの職務を全うするよう全力を挙げよ!」
「クロスベル警備隊司令、レヴァイス・クラウゼル。尤も、この中じゃ何かと顔見知りの奴もいるが……明日から早速訓練に入る。各自、気を引き締めろ!!」
『翡翠の刃』団長“驚天の旅人”マリク・スヴェンド、そして『西風の旅団』団長“猟兵王”レヴァイス・クラウゼル。本来ならば大陸最強クラスの猟兵団の団長が治安維持組織のトップに立つというのはいろいろ問題招きかねないが……そのために、二人は最初『偽名』を用い、警察と警備隊に正規の試験をパスした上で入り込んだのだ。そして、クロスベルの人々と表裏一体での付き合いを通して人々にその存在を浸透させる地道な活動を行い……そして、先月の事件でその正体を明かした。
そうしたのにも意味がある。形式はどうあれクロスベルも“民主主義”であり、民の注目を集める意味では色んな人と関わることが大事である。帝国や共和国のどちらでもない“第三勢力”……そう言った意味では、新しい市長となったディーター・クロイスもその一人なのだろう。猟兵団の団長という肩書があるとはいえ、市民からの評判が良い二人が治安維持組織のトップとなることに、その批判はクロスベル内部において言えばかなり少ない。この二人を推薦したのは他ならぬマクダエル議長であり、非公式ながら彼らを推挙したのは彼等と共闘した経験のあるカシウス・ブライトであった。
更には“猟兵”という性質から裏側の人間相手にも顔が利くため、結果として『ルバーチェ』による一定の治安維持の役割のほとんどを引き継いだ形となったのだ。そうした背景には共和国系のマフィアである『黒月(ヘイユエ)』の存在あっての対抗のための行動ということだ。
その過程で、この二人は事件や事故の大小にかかわらず即座に解決していたのだ。遊撃士協会や特務支援課でもその全てをカバーリング出来ない部分をマリクは自ら出向いて解決していた。これに対して副局長であるピエールは事あるごとに口煩く言っていたのだが……この前まで部下だった身分の人間が上司となったことに冷や汗が止まらなかったのは言うまでもない。
レヴァイスのほうは、手配魔獣になりえそうな脅威を本人のリハビリも兼ねて積極的に排除していたため、ベルガード門−クロスベル市の間の魔獣の被害はほぼ0……これに対して前司令は鼻高々に自慢していたのは言うまでもないが……警備隊の間では『またアイツだな』ということで既に暗黙の事実となっていて、レヴァイスが名を明かし、司令となったことには驚愕であったが……当然の評価であるという結果だった。
「フゥ……局長が“驚天の旅人”ということは既に掴んでいましたが、それがこちらの上司になるとは思いもしませんでしたよ。無論、警備隊司令の“猟兵王”も同様ですが。」
「流石一課のエースだな。……アレックス・ダドリー上級捜査官。本日付けを以て捜査一課主任に任命する。早々だが、レミフェリアに行ってもらいたい。ま、出張という奴だ。例の会議絡みでな。」
「“局長命令”である以上、どの道拒否権などないのでしょう……主任の件とレミフェリアの件については了解しました。」
自治州内では、その批判が少ないということだったが……その周辺はというと、様々であった。周辺の四か国―――“三大国”であるエレボニア帝国とカルバード共和国は彼等が組織のトップとなったことに警戒感を露わにし、露骨な圧力をかけ始める。残る“三大国”の一角であるリベール王国、そしてレミフェリア公国は自治州内の民衆からの評価が高いということから、彼らの動向を見守るということで一致。アルテリア法国としても、大聖堂がある観点から真っ当な組織となってくれることに期待するという意味も込め、動向を見守る方向で落ち着いた。
彼等が猟兵という肩書によるリスクを承知の上でクロスベルの治安維持組織のトップに就任した理由……それは、先に述べた理由だけでなく、“後のため”でもあった。その意味は後々になって解る。
〜ベルガード門 警備隊司令執務室〜
マリクとダドリーが話していた頃、エレボニア帝国との境界線にある施設―――ベルガード門の執務室にて警備隊の新上層部+αの面々が話していた。
「……と、いうワケだ。ソーニャ副司令にはベルガード門、ダグラス副司令にはタングラム門を統括してもらう。トップは俺だが、非常時には各自で判断すること。その方が何かと動きやすいだろ?その際の報告は事後で構わん。」
「ふむ……」
「理屈は通りますが、それでよろしいのですか?」
「餅は餅屋、というやつだ。俺自身がやってもいいが、お前らの能力を一士官として放っておくのは損失以外の何者でもない。それに、長いことクロスベルにいたからこそ、そのやり方というのも心得ているはず。俺はソイツに期待してるってことだ。」
レヴァイスが管理するのではなく、クロスベル警備隊の経験が長いベテランとも言うべきソーニャとダグラスが副司令という職に就いた上で、門を管理する。それは、彼らが培ってきた安心感と信頼を隊員たちに与えるとともに、経験を十二分に生かすためにはこの形がベストだという結論であった。端的に言えば『適材適所』ということだが、悪びれて言えば『放任主義』ということにもなる。
「あと、そうしたのは明日から入る訓練も含めて、俺はそっちの方に集中できるからな。承諾が必要な時はいつでも連絡をするといい。遅くても30分以内には戻ってくる。」
(遅くても、って……冗談よね?ランディ。)
(冗談という比喩で片づけるレベルじゃないぞ。というか、それぐらいこのオッサンにしてみりゃ『朝飯前』のレベルだ。)
(……え?嘘でしょ?)
過信でも冗談でもなく、彼の言葉は紛れもない『本気』なのだとその実を知るランドルフもといランディ・オルランドの言葉に、警備隊の若きホープであるミレイユ・ハーティリーは冷や汗を流したという。
「あら、丁度お話は終わったようですね。」
「そのようだな……団長……いや、“司令”。既に出立準備は整っている。」
そこに姿を見せたのはウェーブがかったロングの髪を腰のあたりまで伸ばしている女性。そして、その隣にいるのは黒いスーツとコートを着こなし、雰囲気がまるで“用心棒”のような風格を漂わせる……褐色の肌に黒髪を持つ男性。
「アルティエスにテラトレイズか……了解した。では、先程の通りに。ランディおよびミレイユ曹長はこちらに同行することとする。」
『はっ!!』
そう言って立ち去る五名……それを見送ったダグラスとソーニャは揃って苦笑を浮かべた。それも無理はない話だ。ダグラスはもとより、ソーニャはダグラスからランディや現在クロスベルで活動している『彼女』の素性を聞かされていただけに、その最たる存在である“猟兵王”が警備隊のトップとなることには驚く他ない。
「“猟兵王”…それと、その側近…とんでもなく規格外の存在が俺達の上司とはな。だが、それも心強くはある。」
「ええ。帝国と共和国双方から露骨な圧力が強まっている現状……再来月末に予定されている通商会議でも、“私達の失態”を引き合いに出すのでしょう。」
全ての要素を余すところなく最大限に利用し、己のペースに乗せていく……“猟兵”たるその力によって、たとえ相手が“宗主国”であろうとも怯まずに立ち向かっていく姿勢。まだあいさつ程度ではあるが、その意志を強く感じ取った。
「その辺は上司の方々に任せる話だ。俺達は俺達の出来ることをやる……それにしても、いい加減セルゲイとのよりを戻す気はないのか?記念祭でも会っていたそうじゃないか?」
「ノーコメント、ということにさせてもらいます。」
「強情だなぁ、お前“も”」
互いに変なところで意地の張り合いをしている彼女と、そのお相手……その二人と関わってきたダグラスはため息を吐いた。
この日から、クロスベル警備隊は教団事件のリハビリだけでなく、その先も見据えた特別武術教練を開始することとなった。その過程で二年近く元の場所を離れていたランディも否応なく“参加する側”となり、鈍っていた勘を約三週間で取り戻すという荒行に突入することとなる。
今回はクロスベルの説明メイン回。
“西風”ということで彼との絡みは……後のネタに取っておきます。
そして、“西風”にちょっとテコ入れ。まだ出していない人もいるのですがねw
テラトレイズですが、イメージはテイルズシリーズで、無双シリーズの司馬師の中の人がやっている役です。(ヒント:ルドガー絡み)名前を言わないのは、Z組で『一文字違いの名前』の人の関係です。
……あと、原作と異なる点が諸々在りますが、ネタのために残しているので、その都度説明していきます。それと、クロスベル関係は『前作』をほぼ踏襲した形としています。
説明 | ||
第39話 交わる鐘の地 | ||
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コメント | ||
感想ありがとうございます。 白の牙様 参加しないといいですね(遠い目) ジン様 夏至祭は第四章なので……その前に第三章の特別実習ですね。その辺は色々書きます(意味深)(kelvin) クロスベルが終わったら夏至祭だっけ?その前にリィンのオリ妹の来訪だっけ?てかアルフィンとアルフィンの双子の姉?と苦労が二倍なオリ妹に合掌。(ジン) 3週間の荒治療リハビリですか・・・ランディ兄、ご愁傷様。その訓練に妹さんが参加しないことを祈ってます(白の牙) |
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