黒猫
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1章 黒猫との出会い

 

彼女が彼と逢ったのは、突然の事だった。

 

キドは、朝食の買い出しで夜のスーパーにいた。

あの夏が終わり、メカクシ団は解散。今、キド独り暮らしなので、食事の選別が適当になりつつある。

エコバックに食材を入れ、夜の町を歩く。その姿は寂寥が滲んでいる。メカクシ団をしていた頃は、『騒がしい』とすら形容出来た程に賑やかで、キドはそれを気に入っていた。解散したら寂しいだろうと考えていたが、想像以上で軽く驚きだ。

「…はぁ」

一人きりだと余計な事ばかり考えてしまう。思わず、深く溜息。こんな時は、今の勤務に遅番や夜勤があるのがありがたく感じる。

(家に帰ったらすぐに寝よう)

これが、遅番の日の日課になっている。夕食は勤務地で出してくれるので、食費が浮いて助かる。

 

 

静かな夜の町をコツコツと靴音を鳴らしながら歩き、漸く我が家であるアジトが見えた。

(漸く、一日が終わる…)

最近は、朝から晩までの時間が長く感じる。時が気にならないのは、勤務時と就寝時くらいだ。今日もいつも通りに終わる。…そう思っていた。

しかし、キドはアジトの手前で足を止めてしまった。

 

 

アジトの前に、何かいた。下の位置で、何かが光っている。横に二つ並んだその光は、明確な意思を持って此方を見詰めている。

「ニャー…」

「!…猫?」

唐突に聞こえたその鳴き声は、紛れもなく猫だった。そういえば、猫の目は光るんだったか。

二つの光に近付くと、離れている時よりも目立たなくなった。しゃがんで目を凝らすと、ソレは小さな黒猫だった。

「…仔猫?」

小さな体とあどけない顔は、どう見てもまだ仔供だった。仔猫を見詰める数秒の間、思考し、軈て立ち上がった。

「ちょっと待ってろ」

手に持つ荷物をアジトに置いてから、来た道を戻る。目指すは先程いたスーパーに置いてある、犬猫用ミルク。

急いで購入し、店から出て駆け足でまたアジトに帰る。

「ニャー」

「え?」

走っている最中に猫の鳴き声。視線を下に向けると、足元を先程の黒猫が駆けている。自分の足と同じ速さで走っている事に驚く。

「お前、ずっとついてきたのか?」

「ニャア」

肯定しているように聞こえたのは気のせいだろうか?

キドは、猫を蹴飛ばさないよう気を付けながら走り、漸くアジトの中に入った。灯りをつけ、足元を見ると、猫はやはり黒い仔供だった。

黒猫はリビングの椅子の傍に座り、キドを見上げた。可愛くて、頬が緩む。

「今、ミルクを用意してやる」

手早く荷物を片付け、説明書に従って暖かいミルクを作る。

「ほら、どうぞ」

猫用の器はないので、底の深い皿を使った。ミルクを差し出すと、黒猫はすぐにソレを舐め始めた。身を屈めミルクを飲む姿が、とても可愛らしい。ポケットを探り、仔猫に翳す。

カシャッと音が鳴っても、黒猫は気にする事なくミルクを舐め続けている。

携帯電話を操作し、メカクシ団員全員に写メールを送信した。

《件名:猫を拾った!

 本文

 アジトの前に仔猫がいた。

 此処には俺しかいないし、飼おうかと思う。》

一番最初に返信したのは、カノだった。

《件名:(ФωФ)

 本文

 可愛い猫だね( ´∀`) これで少しは寂しくないね(*´-`)

 でも、僕のキドに甘えられるなんて羨ましいな(-_-)》

カノのメッセージに、思わず笑ってしまった。

恋人になって、彼の独占欲を見た事もあった。彼が県外に就職すると聞いて、大丈夫なのかと心配になったものだ。

しかしカノは、一人前になりたいのだと言った。ちゃんと働いて、しっかりと自立出来るようになりたいと。

【一生懸命に働いて、自立して、一人前になって、キドを養える位になったら、迎えに来る。】

それまで待ってて欲しいと、カノはそう言った。でも、誰もいないアジトはやっぱり寂しくて、たまに泣きたくなる。

 

 

メールを読んでいると、足に何か触れた。見れば、ミルクを飲み終わった猫がキドの足に擦り寄っている。彼女は笑って猫を抱き上げ、ソファに座った。身体中を撫で回しながら、黒猫を観察する。

真っ黒な体、つり目がちの大きな瞳…。

「お前、カノに似てるな」

孤児院にいた頃、彼が黒猫の姿に欺いた事を思い出す。どこからどう見ても可愛らしい黒猫で、しかし猫らしからぬ動きで踊り狂っていた。

「よし、お前は今からシュウだ」

『かのしゅうや』の『シュウ』

それは、キドの中で無意識に黒猫に慰めを見出だした瞬間だった。

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2章 黒猫を迎える

 

翌日、午前中のうちに猫のグッズを買いに行った。まずはトイレの砂だ。猫の写真が載っている大きな袋をカートの下に乗せる。

次に、砂を入れる箱だ。段ボール箱でも良い気がしたが、尿や便に砂をかける時に外に零れたら困る。因みに、昨日は新聞紙を敷き、其処を臨時トイレにさせた。

次に玩具。鼠の形をした玩具やネコじゃらしのような形の玩具があった。猫は草を食べると聞いた事がある。理由は分からないが、本物のネコじゃらしは止めた方が良いだろう。だからといって購入するのも躊躇われる。

(紐の一本や二本、アジトにあるだろ)

玩具の購入は止めた。

次に、餌と水を入れる器。いつまでも人間用を使わせるわけにはいかない。棚を見れば、器と器が繋がっている物がある。これは便利とカートに入った籠に入れる。

次にシャンプーと櫛。人間用のシャンプーを使って怪我をしてはいけない。可愛らしい猫の絵が描かれたシャンプーと全体的に四角い印象の櫛を籠に入れる。

砂、器、櫛、シャンプー…最低限に必要な物は揃った。トイレの箱は大きいので、一度帰ってからまた買いに行く事にした。

 

 

猫が使った新聞紙を処分し、新しい新聞紙を敷く。

「悪いな。今日もこれで我慢してくれ」

「ニャ」

キドの言葉に応えるその短い鳴き声は、まるで彼女に「気にしないで」と言っているように聞こえる。

「優しいな、お前は」

シュウを撫でるその顔はとても優しげで、また寂しそうでもあった。

 

 * * *

 

一夜が明けた。今日も仕事がある。午後なので午前中に最後の必需品を買いに向かう。

外に出、鍵をかける。その時、視線の端で何かが動いた。

「シュウ」

黒猫がキドと共に外に出ていた。

「お前、家にいたくないの?」

キドが質問すると、足に擦り寄る。どうやらいたくないわけではないらしい。

「じゃあ…もしかして一緒に行きたいのか?」

「ニャン!」

元気の良い声。肯定したのだろうか?

「じゃあ…まぁ、行くか」

キドは、猫をお供にスーパーへと向かった。

 

 

シュウは、中々頭が良いらしい。スーパーの門前で、足を止めた。

「お前、凄いな」

キドを見上げるシュウの顔は、心なしか自慢げだ。

「じゃあ、ちゃんと待ってるんだぞ」

「ニャン」

シュウの返事を聞いてから、キドはスーパーへと入っていった。

実のところ、野良猫だったシュウが大人しく待っているかどうか、不安だった。しかし、彼女の心配は杞憂に終わった。

トイレの箱は色が多彩で、どれにするか迷った。数分間迷った末に赤を選択し、会計を済ませ外に出ると、シュウはいなかった。家に帰ったか気が変わってまた野良猫に戻ったか…どちらなのか分からず周囲を探すと、すぐに見付かった。

物陰から出てきたのだ。

「隠れてたのか?」

猫は狭い場所が好きと聞いた事があるが、それでだろうか?疑問に思い訊くが、猫が人の言葉を話すわけもなく。

取敢ず、キドは大きな荷物を抱えシュウとアジトに帰るのだった。

 

 * * *

 

アジトの中に猫グッズが揃い、キドは満足げにそれ等を携帯電話のカメラで撮影した。

《件名:猫を迎える準備は出来た

 本文

 必要な物は一通り集めたぞ。

 結構、金がかかるんだな。トイレなんかは場所もとるし。

 でも、これからシュウと一緒に暮らすのは楽しみだ。》

今回も、キドのメールに一番に返信したのはカノだった。

《件名:(ФωФ)

 本文

 これだけ揃うと圧巻だね〜www

 うん!黒猫のシュウ君は、きっと喜んでると思うよ((o(^∇^)o))》

とてもカノらしい文に、いつも笑いそうになる。いつも一番にメールをくれて嬉しい。

でも、メールをくれる度に寂しくなるのも事実で…。

「カノ…会いたいな…」

ソファに座っていたキドの傍に、黒猫が静かに寄り添った。

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3章 黒猫の秘密

 

シュウと名付けた黒猫は、心の優しい猫だった。

キドが帰宅し玄関の扉を開けると、必ず出迎えてくれる。たまに扉の隙間を縫って外に出ている時もあるが、職場から出ると物陰から出てきて一緒に帰る事もある。

食事はカノの座っていた椅子のすぐ横で行儀良く座り、器に盛られるのを待っている。

キドがアジトにいる時は、決して彼女の傍を離れなかった。隣に寄り添い、膝の上に座り、一緒の布団で眠る。

それが、黒猫を見付けた日から数えて一週間続いた。

 

 

その日は休日で、キドはシュウと穏やかな時間を過ごしていた。膝の上に座るシュウを、優しく撫でる。とても柔らかくて暖かくて、キドは猫の毛が好きだ。それに、柔らかな毛は彼の髪を思い出す。

「シュウ、お前、幼馴染はいるか?」

キドの呼び掛けに、シュウは顔を上げる。金の目がまっすぐに彼女を捕らえる。

「俺にはいるんだ、幼馴染」

彼は背が小さくて、嘘吐きで、でも人を傷付ける嘘は言わない。本当は誰よりも優しい人。そんな彼がキドは好きだった。

「彼奴の髪とお前の毛は、本当に手触りが似てるんだ」

目を閉じシュウの毛を撫でていると、彼の髪を撫でているような気分になる時がある。しかも、割と頻繁に。

今後、共に過ごす時間が増えればそんな事もなくなるだろうか?

「彼奴な、今、一人で頑張ってるんだ」

誰かといると甘えてしまう。自分一人で頑張らなければ。…そう、彼は言っていた。

「【一人前になったら迎えに来る】…その言葉が叶ったら、お前も一緒に、三人暮らししような」

その日が楽しみだと言うように、キドは笑った。そんな空間に、突然音楽が鳴り響く。静かな室内に、その音はいつも以上に大きく聞こえた。

携帯電話を手に取り見る。セトから電話だ。

「もしもし、セトか?」

《キド!大変なんすよ!》

「どうした?」

彼が挨拶もなしに怒鳴るなんて珍しい。

《落ち着いて聞くっす!カノが!》

「カノ?」

《いいっすか!落ち着くっすよ!》

やけにしつこく注意される。ソレは警告に近い響きがあり、それだけ悪い知らせなのだと察した。

《カノが…交通事故で…死んだっす》

「…は…?」

咄嗟に反応出来なかった。

『カノが死んだ』

キドの頭の中に、そんな言葉がいつまでも谺した。

 

 * * *

 

キドが向かったのは、とある病院だった。扉の開閉や鍵をかけるのももどかしく、そんな事でモタモタしているうちにシュウも外に出てしまった。

しかしキドにソレを構う余裕はなく、キドはタクシーを拾いセトに教えられた病院に向かった。当然、猫を車内に入れられる筈もなく、キドはシュウに家で待っているように言った。シュウは聞き分け良く、その場に行儀良くおすわりする形で了解の意を示した。しかし、タクシーで行ってしまった後、シュウがタクシーを追った事に彼女は気付かない。

シュウと名付けられた小さな仔猫は、相手が車であるにも関わらず、見失う事はなかった。

 

 

「皆!カノは?!」

病院に着くと、仲間達が勢揃いしていた。だが当然、懐かしがる余裕など誰にもない。

「この中にいるっす」

セトが視線を寄越した銀色の扉。ソレを、恐怖心の籠った瞳で見詰めた。

開けたくない。だからといってこんな所でいつまでも躊躇しているわけにもいかない。

キドは震える腕を上げ、ドアノブを掴む。無意識に力が入って動かなくなりそうになる手を無理矢理捻り、ドアノブを回す。

ガチャッと音がし、扉が少し開いた。恐る恐る開けて、目にした部屋は薄暗かった。薄明かりの下、誰かが横たわっているのが見えた。ゆっくり近付くと、白い布が人の顔の形に膨らんでいるのを見た。ゾワリと、寒気がした。布に伸ばす腕は、先程よりも震えている。

布の端を摘まみ、ゆっくりと上げる。頬が見え、瞼が見え、鼻と口が見えた。

カノの顔は、擦り傷だらけではあったが比較的綺麗だった。

「…カノ…」

摘まんでいた布がキドの手を離れ、ハラリとカノの顔の横に落ちる。その布に、水の染みが出来た。ポタポタ、ポタポタ、その水は、布を濡らす。

その水は、キドの瞳から流れ零れた涙だった。

「カノ…カノ…」

彼の名を呼びながら、涙を流す。彼に縋り付く。

「か…くっ…しゅうや…いやだ!しゅうや!」

泣いた。声をあげて泣いた。キドの慟哭は、部屋の外にいる仲間達に聞こえる程だった。

 

 

それから何分経ったのか、キドの泣き声は聞こえなくなった。カノの横で俯いている。その瞳に光はない。

♪〜〜♪

「!?」

突然、室内に音楽が鳴り響いてキドの体はビクリと震えた。すぐに鳴り止んだので、メールだと知れる。顔を掌で擦り、携帯電話を見る。

そして、驚愕のあまり体が硬直した。

 

 

《From:修哉

 本文

 キド…いや、つぼみ…ごめんね、黙ってて。でも、僕の死を知らないうちに僕自身から『死んだ』なんて言われても、信じなかったでしょ?

 

 何で目の前で死んでいる僕からメールが届いたか…これから説明する。すぐに説明文を送るから、そのまま待ってて。》

そこで、メールは終わっていた。キドは、自分が何を読んだのか理解出来ずに未だに固まっていた。

しかし、携帯電話のメールはそんな彼女などお構いなしに送信されてきた。

震える親指で、画面をタップする。

送信者は、『修哉』

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件名 あの日の出来事

 

あの日は夜で、雨が降っていた。仕事帰りで、お腹も減って、早く帰ろうとしていた。

作るの、面倒だなぁ…。エコバックを見ながら思うけれど、しっかり食べて健康でいないと、キドに会えない。

食事を摂らない、またはコンビニ弁当なんて選択肢は、最初からない。

もう少し、この角を曲がれば家に着く…そんな時だった。強烈な光、騒々しい音、唐突に体を襲った衝撃。

 

 

気が付いたら、僕は青緑色の服を来た人々の目の前にいた。テレビで見た事があったから知っていた。

彼等が着ている服は、手術服だ。

ピ…ピ…ピ…ピ…

何の音かは分からないけれど、この音もテレビで見て聞いた事がある。

誰が手術されてるんだろう?

指示を飛ばし、手を動かす医者達の隙間から、患者を診て驚愕した。

手術されている人は、擦り傷だらけの僕の顔だった。

え?…何で…?

驚愕と困惑で動けない僕を置き去りに、機械は唐突に告げる。

ピー…

医者達の手が止まる。音がした方に視線を向ける。

一人が首を横に振る。皆、項垂れる。

あぁ…死んだんだ…。

理解した。そして僕の胸に宿った心は、悲しさでも寂しさでも悔しさでも怒りでもなかった。

「…つぼみ…」

君に会いたい。ただそれだけだった。

「行かなきゃ…」

そう呟いて…

 

 

そして気が付けば、目の前に君がいた。君が此方に向かって歩いてくる。一歩一歩近付いて…そして。

通り過ぎた。

君は僕に気付かなかった。それはそうだ。今の僕は人じゃなくて霊だから。

僕はどうしたら良いか分からず、辺りを彷徨った。そうするうちに、不意に声がした。

「少年」

少年って誰だよ。そんなのそこら中にいるよ。そう思ったけど、宛もなく彷徨っていただけなので何事なのかと後ろを振り返って、そして硬直した。

目の前にいたのは、黒い大蛇だった。太く長い体、赤い目。

動けず喋れずにいる僕の耳に、また声が聞こえた。

「久し振りだね、少年。いや、あの日から結構な時が経ち、もう青年になったのだったね」

久し振りと言われても、僕には分からない。無言でいると、蛇は口を開き口角を上げた。まるで笑っているようだった。

「これが名前かは分からないけれど、名乗ろう。私は『欺く蛇』」

「…!」

言われた事にまた驚いた。でも、良く考えたらそうだ。僕達は『冴える蛇』の危機を脱したけれど、目の能力は備わったままだ。

「驚いているようだね」

『欺く』の口調は楽しげだ。

「今の君の体は、私と近い。体を持たないんだからね」

「…僕は、どうすれば…」

このままでは、キドに見て貰えない。キドの傍にいれない。そんなのは嫌だ。気が付けば、僕は蛇に必死に懇願していた。

「キドと一緒にいるには、僕はどうすれば良い?教えて!」

蛇は目を細め、あっさりと教えてくれた。

「簡単な事だ。君も私のように取り憑けば良い」

取り憑く…憑依。確かに、『目の蛇』は僕等に取り憑き、能力を僕等に与えた。

「僕も君と同じようにすれば良いの?」

「取り憑き方は同じだよ。死にかけた肉体を見付け、その体に入れば良い」

ほら、すぐ其処に。…そう言って、蛇が首を横に動かす。蛇の見る先に視線を寄越すと、痩せ細った小さな黒猫が横たわっているのを見た。まだ仔供に見えた。

「あの猫に?」

「そうさ。今、死にかけは彼しかいない」

あの猫、雄なんだ…そんなどうでも良い事を思った。どうやら自分で感じているよりも混乱しているらしい。

そうこうしている間にも、蛇が猫に近付く。僕もやや遅れて猫に近付く。

「この猫に取り憑いたらどうなるか分かるかい?」

猫から目を離さず質問された。

黒猫に憑依してる間は、猫として生きなければならない。僕の言葉は通じない。頭や体を撫でてくれるだろうけど、恋人としての触れ合いは出来ない。

「分かってるじゃないか」

答えたら、感心したような声が返ってきた。

「それでも君は、この猫に取り憑くか?」

つぼみと恋人になれなくなるのは悲しい。でも、それでも僕はつぼみの傍にいたい。

「君がそれで良いなら、私の指示通りに動くと良い」

『欺く蛇』の指示通りにすると、ふー…と、意識が遠くなった。まるで、安心出来る場所の暖かい布団に入ってるみたいだ。

 

 

気が付くと、僕の目線は恐ろしく低かった。人の足しか見えない。蹴られそうで怖い。ソレは、僕が猫に憑依した証だった。

その体で、メカクシ団のアジトに向かった。つぼみは彼処で暮らしている筈だったから。

空腹で力が出なかったけど、動きそのものは人よりも速かった。すぐにアジトが見えた。室内に灯りはついていなくて、キドが外出中なのが分かった。帰ってくる迄、待とう。

 

 

そして、僕は君に会えた。君は猫に、シュウと名前をつけた。

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4章 黒猫とキド

 

説明と称された長いメールを読み、キドは呆然とした。

「…シュウ?」

あの小さな黒猫がカノ…俄には信じがたい。キドはフラフラと立ち上がり、扉に向かった。開けるとまだ仲間がいたが、彼女は止まらずに歩き続ける。仲間達の声にも気が付かない。

向かうのは、あの黒猫のいる場所。

 

 

(彼奴は、アジトに戻っているだろうか?)

タクシーに乗る直前に、帰るように言ったのだ。帰るのが一番良いかもしれない。追ったところで車に追い付ける筈もないだろう。そう考え、門を出て足を速め…

「ニャー…」

ようとして、猫の鳴き声を聞いた。足を止め、辺りを見回す。

「…シュウ」

彼は、物陰に横たわっていた。

「シュウ!」

彼の傍に膝をつき、呼び掛ける。

(いったいどうしたんだ?! 怪我?! 見た感じ傷なんて無いのに…)

キドは焦ったが、シュウはゆっくりと体を起こし、キドの正面でおすわりした。一人と一匹は目を逸らさず、互いにじっと見詰める。…と、

♪〜〜♪

「!」

突然、携帯電話がなった。音楽が長い。電話だ。

ポケットから出し、画面を見る。其処に書いてあった名前は…『修哉』。

 

 

画面をタップし、耳に添える。

「…カノ?」

恐る恐る、震える声で名を呼ぶと、返事が返ってきた。

《…つぼみ》

その声は紛れもなく恋人のモノで、キドの瞳に涙が溢れた。

「…修哉…」

《つぼみ…ごめんね》

僕、死んじゃった…。そう、切なそうに謝罪された。溢れた涙が、一筋流れた。

《猫には可哀想な事したかな?…でも、会いたかった。傍にいたかった。たとえ人じゃなくなっても》

つぼみは、怒る?…不安げな問いに、首を横に振る。

「俺…っ、…私も、会いたかった。傍にいたかった。修哉の傍にっ」

言いながら、涙をボロボロと流す。完全に涙腺は崩壊したらしい。

「お願い、傍にいて。猫でも良い、犬でも良い!蛇だって虫だって、修哉といられるならっ!」

《つぼみ、虫が嫌いじゃない》

電話の奥から、苦笑したような声が聞こえる。

《…傍に、いても良い?》

ゆっくりとした問いに、しっかりと頷く。携帯電話を地面に置き、シュウを抱き上げる。

「お前は、鹿野修哉なんだよね?」

「ニャア」

「私の、傍にいてくれるんだよね?」

「ニャア」

キドの質問の一つ一つに応えるように鳴くシュウ。そして、やっぱりその鳴き声は肯定を意味しているような気がした。抱き締める腕に、少しだけ力を込める。

「…帰ろう、私達の家に」

共に過ごした、メカクシ団のアジトに。

 

少し離れた場所で、メカクシ団の仲間達が心配そうにキドを見守っていた。

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終章 黒猫と家族

 

カノが猫になったと知ってから、結構な時が流れた。

 

メカクシ団の仲間達に事情を話したところ、案外あっさりと信じた。あの夏を経験した者達だ。メデューサや目の能力を見たのだ。今更、霊だの憑依だのでは驚かないらしい。

 

 

キドとシュウは、相変わらず穏やかに暮らしている。会話する時はメールか電話。ただし、ソレをすると疲れるらしく、必然的に人だった時よりも会話は減った。

「…シュウ」

「ニャア?」

「今日の飯、何が良い?」

「ニャア」

「お前、今は猫だもんな」

忘れてはいないが、何となくそんな会話もする。まるで、人だった時のように。

「明日も、迎えに来てくれるのか?」

「ニャア」

「毎日よくやるよ」

あれからキドは、出掛ける時にシュウも出たがったら彼も出すようにしている。彼女の目的地迄ついていき、そして共にアジトに帰る。

そんな風に送り迎えしてくれるのは、素直に嬉しかった。

一口、茶を飲む。シュウの背中を撫でる。とても柔らかくて気持ち良い。彼も、気持ち良さそうに喉を鳴らす。

とても、穏やかな気持ちだ。

「…修哉」

消えてしまいそうな小さな声で、恋人を呼ぶ。

「ニャア」

黒猫が、応えるように鳴いた。

「大好きだよ…」

♪〜♪

携帯電話がメールの着信を知らせた。ポケットから取り出し、画面を見る。

《From:修哉

 本文

 僕は、愛してるよ》

黒猫が、キドに頬擦りをする。キドが、黒猫を緩く抱き締める。

 

そうやって、キドと黒猫は共に暮らす。

今日も、明日も、明後日も、その先も、ずっと…

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キドが猫を拾った話。
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