残された時の中を…(完結編第2話)
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遊園地を出てこれからパーティーをしようと、一行が佐祐理の家に向かおうとしていたその時、北川が突如蹲って(うずくまって)激しく咳き込んだ。

その様子を見て、栞が北川のそばへと駆け寄ったその時……。

 

 

 

 

「ゴボッ……!?」

 

 

 

北川の口を覆った手からは、夥しい(おびただしい)量の血が溢れ出ており、それにより雪や自分の服や栞からもらったマフラーや栞の服、

 

そして栞が姉から貰った大切なストールが真っ赤に染まっていった。

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「あう……。き…、北川の口から……、血が…、血が……」

「真琴!?」

 

自分の目の前で起きた突然の出来事に真琴は脱力感を覚え、自身も崩れ落ちそうになったところを美汐が慌てて受け止める。

 

 

「北川君、一体何が…?」

「北川…、大丈夫なの……?」

 

「おい…、今血を吐いてたぞ…?」

「大丈夫かよ?アイツ…」

 

突然の事態に辺りは騒然となり、一緒に来ていた他の面々と周りにいた来園客とで人だかりが出来ていた。

 

 

「じゅ…、潤さん!!?しっかりしてください!!潤さん!!」

「栞…、ちゃん…。大丈夫…、だから…、俺の事は…、気に…、しな……」

「喋らないで!!今は自分の心配だけしてください!!潤さん」

 

北川のそばに駆け寄った栞が、血を吐いた北川の顔を心配そうに見つめる。

北川は大量の血を吐いて息が苦しかったが、それでも心配をかけまいと息も絶え絶えに言葉を発する。

 

 

「北川…、お前やっぱり…」

「待て!相沢君」

 

突然の事態に祐一もまた北川の元へと駆け寄ろうとしたが、久瀬に制止される。

 

「何すんだよ!?」

「気持ちは分かるが、北川がショック症状を起こす危険がある今、下手な事は出来ない。応急処置なら僕がやろう。君は天野さんと一緒に沢渡さんを見てやってくれ」

「それなら私も手伝うわ!!以前、栞の事があったからある程度の事には対応できると思う」

「そうか、なら美坂さんも頼むよ。」

 

そう言うと、久瀬と香里はは蹲る(うずくまる)北川の元へと駆けて行く。

 

「皆さん少し離れてください!後、誰か救急車を!!」

「救急車ならちょうど今、話がつきました。北川さんの症状の伝達と応急処置の方法は佐祐理に任せてください」

「よし、応急処置だ。栞さんは北川から離れて!!」

「北川君、栞の為に頑張って!!栞を悲しませたりしたら承知しないから!!」

「潤さん…」

 

 

久瀬達が北川の応急処置をしてしばらくして、救急車のサイレンの音が聞こえて来た。

大量吐血の影響で北川は自力で立ち上がる事も出来ず、救急隊員によりストレッチャーに乗せられ、そのまま救急車に担ぎ込まれた。

 

「北川の付き添いには僕が行きます。倉田さんと川澄先輩は皆をパーティー会場に連れてってください」

「分かりました」

「はちみつくまさん」

 

久瀬も救急車に乗り込み、ハッチバックドアが閉まると、サイレンを鳴らしながら救急車は病院へと向かっていった。

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「何やってんだよ…?あいつ…」

「祐一?」

 

サイレンが鳴る救急車を見送りながら、最前列にいた祐一がボソッと呟いた。

 

「自分(テメー)の体調を考えないで無茶して…、揚句には栞にも俺らにも迷惑をかけやがって…」

「ゆ…、祐一!いくらなんでもそれは言い過ぎだよ!!」

「大体、後悔しない様にって念押ししておいたのに…、何で来やがったんだよ…?バカ野郎が……」

「相沢君!!いくら何でも、言って良い事と悪い事があるわ!!」

 

祐一の北川への悪口とも取れる独り言に腹を立てた香里は、祐一の頬に平手打ちをかまそうと祐一の腕を掴んで振り向かせる。

その勢いのまま祐一の頬を叩こうと祐一の顔を見た時、香里の手が思わずピタッと止まった。

 

祐一の後ろにいて確認出来なかったその表情は相当悔しそうで、必死に歯を食いしばって涙をこらえていたのだった。

 

拳をギュッと握りしめながら声を震わせて、祐一は更に続ける。

 

 

「何で栞には言って、俺には一言も言ってくれなかったんだ…?俺ら親友(マブダチ)だろ…?

 栞の件があってから、アイツも実は何か病気を抱えてんじゃないかって薄々感づいてた…。でもアイツが何も言ってこないから、それは間違いであって欲しかった……。

 あゆや栞や他の皆が助かったんだから、俺の思い過ごしだと思って、それを忘れて今まで一緒にバカやってきた…。

 なのに…、なのに何で今頃、こんな事になっちまうんだよ…!?バカ野郎…、バカ野郎……」

 

 

それから色々とあったものの、パーティーは倉田家にて予定通りに行われた。

服や体に北川の血がかかっていた栞は、倉田家で風呂と着替えを借りてからの参加となった。

北川と久瀬がいない中、一行は無理にでも楽しもうと必死に明るい話題を持ちかけるが、先ほどの出来事が頭から離れられず、誰もが心の底から楽しむ事が出来なかった。

遅れて倉田家に着いた久瀬によれば、北川は集中治療室に収容され、予断を許さない状況だとの事で、そこから更に重い雰囲気が漂う事となった。

 

結局、予定よりも早くにパーティーは打ち切りとなり、各々は重い足取りで帰路についた。

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北川の容体が安定し、一般病棟に移ったのはそれから数日後の事だった。

見舞いに行く事も可能になったが、北川が事故で入院した時の様に全員で見舞いに行くのは憚れた(はばかれた)ので、今回は久瀬と佐祐理、美汐、香里、そして栞が行く事となった。

 

手続きを済ませ、北川が入院する病室に向かっていた時、見覚えのある2人の人物がこちらに向かってくる。

 

 

「「お久し振りです。皆さん」」

 

北川の妹で双子の麻宮姫里(きさと)と空(くう)である。

 

「姫里さんに空さん。いらしてたんですか?」

「ええ、兄が倒れて翌日に…」

「それで北川の容体は…?」

「意識も戻って、話も出来る様になりました…」

「そうか…、それは良かった…」

「でも…」

 

北川の意識が戻ったにもかかわらず、姫里と空の表情は浮かなかった。

 

 

「久瀬さんに天野さん、それに栞さんにはお話ししたいことがありますので、ちょっとこちらに来ていただけませんか?空はお2人を病室に案内して」

「分かった。兄の病室はこちらです」

「は…、はい…」

 

姫里は空達3人の姿が見えなくなったのを見計らうと、誰もいない広場の方へ3人を案内した。

 

 

「それで話というのは…?」

「実は……」

 

 

 

 

 

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「そ……、そんな……」

「ウソ……」

「それは…、本当の事なんですか……?」

「はい……」

 

姫里から明かされた話に、一行は思わず目を見張った。

特に栞に関しては頭から血の気が引いていくのを覚え、崩れ落ちそうになったが、必死に踏ん張って何とかこらえていた。

 

 

「潤さんが……、1月までしか生きられないって……」

 

栞にとっては俄かに(にわかに)信じ難い話だった。

 

思えば1年前、栞は重い病の為、2月1日の誕生日まで生きられないだろうと医者から死刑宣告を受けていた。

その為に一時期は姉から敬遠され、淋しさと病苦の辛さから手首を切って自殺を図ろうともした。

しかし祐一との出会いで姉と仲直りをし、その影響もあってか病からも奇跡的に回復し、学校にも通える様になった。

 

以前の自分からすれば、誕生日は忌々しいものでしかなかったが、病を克服した現在は喜ばしいものとなっていた。その為、

元気になって最初に迎える誕生日を心待ちにしていたのだが、よりにもよって、今度は北川との永遠の別れを誕生日前に迎えねばならない事に栞は著しくショックを受けていた。

 

 

「そ…、それで何か…、何か助かる方法はないんですか…!!?」

 

北川への死刑宣告に栞は思わず取り乱し、すがりつく様に姫里の肩を掴んだ。

 

 

「たった1つ…、あるにはあるんですが……」

「それは一体…、一体何ですか…!?」

「美坂さん。気持ちは分かりますが、落ち着いて!!」

 

姫里の口から出てきた、予想だにしなかった一縷(いちる)の望み。

栞は更に取り乱した様子で姫里を揺さぶって答えを聞き出そうとするも、美汐が間に入って両者を引き離し、それにより栞も少し冷静になった。

 

 

「それで…、助かる方法は…?」

「兄の症例を治したことがある先生が、ヨーロッパにたった1人いるそうなんです。その先生の下で治療を受ければ助かる可能性があると、担当の先生は言ってました」

「それなら…」

「でも…、治療と手術の為に向こうで過ごさなければならなくて、その費用が3億円もかかるんです」

「さ…、3億も…」

「それに…。治した事があるといってもリスクが非常に高くて、どちらかというと助からなかった場合が多かったそうなんです…」

「そうだったんですか…」

「ちょっと話が長くなりましたね…。兄も待ってると思うので、病室にご案内しますね…」

 

芳しくない話により重苦しくなった雰囲気を変えるべく、姫里は淋しさの籠った笑みを浮かべて、一行を北川がいる病室へと案内する。

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病室に入った3人の目に飛び込んできたのは、点滴に輸血を施され、口の周りも酸素吸入用のフェイス・マスクで被われている北川の姿だった。

昨日まで一刻を争う状態だった為か、起き上がろうにも起き上がることもままならない様で、その状態での面会となった。

会話の為、看護師立会いの下、北川の顔に取り付けられているフェイス・マスクが外される。

 

 

「皆…、来てくれたんだ……」

「当然じゃない…、友達でしょ?」

「この前は…、迷惑かけて…、ごめんな…」

「あたし達はそんな事全然気にしてないわ。あまり自分を責めると体に障るわよ?」

「そうだ…、な……」

 

喋る事すらもままならないからか、たどたどしい口調で北川は香里と何とか会話する。

続けて、今度は恋人である栞と会話する。

 

 

「栞…、ちゃん……。そういえば…、俺が…、汚した…、栞ちゃんの…、ストールは……?」

「あれはクリーニングに出してます。血が取れるか不安なんですけど、クリーニングで落とせる程度の汚れで済んでるみたいで…」

「そうか……。栞ちゃん…、ごめんな…」

「え…?」

「俺……、俺のせいで…、栞ちゃんが…、大切にしてた……、ストールを…、汚して……」

 

数日前、血を吐いて栞が大切にしていたストールを汚してしまった事を、北川は涙を流しながら謝った。

栞はそんな北川に首をゆっくりと横に振って、優しく微笑む。

 

「あれは確かに大切なものでしたけど、洗えば綺麗になりますし、捨てる事になったとしても、また新しいものを買えば良い…。

 でも…、潤さんはこの世にたった1人しかいないんです。潤さんがいなくなったら、私は……」

「栞ちゃん…」

 

 

「あの…、倉田さん…」

「何ですか?久瀬さん」

「……。いや…、何でもありません…」

 

 

栞と北川が会話を続ける中、その後ろでは久瀬が佐祐理に話しかけていた。が、本題を話そうとして思い留まり、すぐに何でもないと切り上げた。

 

やがて面会終了の時刻が訪れ、見舞いに来た一行は帰路につく。

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「そう…、このままだと北川君は2月まで生きられないのね…。もし手術するにしても、3億ものお金が必要になるの…」

「はい…」

 

病院からの帰り道、栞から北川の病状を聞いた香里は、栞と一緒に沈んだ様子で雪道を歩いていた。

 

「皮肉よね…。去年は誕生日まで生きられないと言われて、それを乗り越えて最初に迎える嬉しいはずのあなたの誕生日が、また悲しいものになる可能性があるなんて…」

「お姉ちゃん、うちにお金は…」

「ダメよ!」

 

金銭の話を持ちかけようとした栞を、香里は即座に一蹴する。

 

「ただでさえ、あなたの治療代だけでも莫大にかかってたのに、今度は北川君の為にお金を出してもらうなんて!

 いくら、お母さん達が北川君の事を認めてるからといっても、たかが赤の他人の為にそこまで出来る余裕なんてないわ!ましてや3億円なんて…」

「そう…、ですよね…」

 

香里の叱咤に栞はバツが悪そうに俯く(うつむく)。

 

「そういえば潤さんがケガで入院してた時にも、その話があったみたいなんですけど、

 これ以上生きて妹さんや親戚の人達の足枷(あしかせ)になるくらいなら、長生きしなくても構わないって、断ってたらしいんです」

「長生きしなくても構わない…、ね…」

 

栞からの言葉に、香里は歩みを止めて天を仰ぐ。

 

 

“彼の事だから、恐らく今もそう思って…。ううん、自分に思い込ませてるのかもね…。残り少ない命であるなら、尚更…。

 その話が出てきた時には、きっと妹さん達の目の前では健気に笑って軽い口調でそう言って…、

 でも皆が帰った時には、もっと生きたいと誰にも知られることなく、独りで思いきり涙を流して……”

 

瞼(まぶた)を閉じて、当時の北川がどんな気持ちでどんな過ごし方をしていたのかを、北川の立場になったつもりで香里は想像する。

 

その光景の中には、かつて栞から聞いた、病室のベッドで妹達と一緒に涙を流す姿や、

退院翌日に自暴自棄になって、木の幹をサンドバッグの様に殴り、自身の拳を血塗れ(ちまみれ)にしていく姿、

そして、そんな彼の両頬に栞から平手打ちをかまされる姿や、抱きしめてくれた栞の胸の中で慟哭(どうこく)する姿もあった。

 

 

「お姉ちゃん…?」

 

栞の呼びかけに応じる事なく、香里は更に思考を続ける。

 

“もし…、もしお金があって、手術する権利を得られたとするならば…。その時は北川君(あなた)は栞の前でどう答えるのかしら?

 

 助からない可能性も高いみたいだけど、それでも生きたいって強く願うよね。だって、今は栞という支えが北川君(あなた)のそばにいるのだから。

 病気で苦しむ北川君の為にも病気が治った栞の為にも、どうしたら……?”

 

考え事をしていた香里の心に、ある気持ちが芽生え、やがて瞼(まぶた)を開けると決意に満ちた表情になり、栞の方に顔を向ける。

 

 

「お姉ちゃん…?」

「栞…」

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その翌日の夜のこと…。

 

部屋の中で久瀬は意を決して、ある人物に電話をかけるべく、スマホを持っていた。

 

 

“Prrrr…、もしもし…”

「父さん、僕だよ」

“お前か…、どうしたのだ?”

 

久瀬の父親だった。

 

彼の父親は政治の世界で活動し、同じく政治の世界で活動している佐祐理の父親とも付き合いのある人物である。

久瀬が鍵大の法学部に入学を決めたのも、尊敬する父親と同じ道を進み、いずれは日本を立て直したいという思いからだった。

 

久瀬は更に話を続ける。

 

 

「父さんに頼みたい事があるんだ」

説明
10年以上前に第1部が終わってから更新が途絶えてしまった、北川君と栞ちゃんのSSの続きです。
10年以上前から楽しみにしてくださった方々には、大変申し訳ない気持ちでいっぱいです…。
当時の構想そのままに書いていきますので、おかしな部分も出てくるかもしれませんが、どうぞ最後までよろしくお願いしますm(_ _)m!!
なお、これから発表する完結編は6話〜7話になる予定です。

北川君を襲った突然の事態。そして明かされる衝撃の事実とは?
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