クロッグストラップ
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 「はい、止め。後ろから答案用紙を回収するように。」

 「・・・」

 ところどころ歯抜けになっている答案用紙を前の席の男子に渡す、一夜漬けの成果はあまりないように思えた。

 「ふへぇ・・・」

 最後の悪あがきに!と全神経を向けていたテスト、それがいろいろな意味で終りを告げた。生気が抜け机に突っ伏してしまう。数秒ほど目を瞑りいろいろな雑念と戦っていると、教壇に居る先生がA4サイズの答案用紙をまとめるコンコンと言う音に反応し、身を起こした。

 「起立!―。」

 いつもどおりの授業の終わりの挨拶で、テスト期間が終わりを告げた―。

 

□□□

 

 テストが終わり、正門からぞろぞろと生徒が下校をしている。疲労のためか、足取りの重い人も少しは居るようだった、だが大半の生徒がテストの呪縛からの解放と、昼過ぎに帰れるという素敵な出来事にテンションが上がっている輩も少なくない。

 そんな学生の流れの中に私達も居た。

 「ゆずちゃぁん、テストどうだった?あたし全然ダメだったよー・・・」

 ショートカットの可愛らしい女の子が整えられた眉を八の字にして上目使いで聞いてくる。

 「あたしも全然・・・芹香はどうなん?」

 話を振られた芹香がこちらを向く、黒い長髪に気の強そうな瞳が特徴的だ。

 「私はまぁまぁかなー。ゆずもあっちゃんも微妙そうね。」

 少し凹んでいる2人を尻目に芹香はちょっと余裕がありそうな雰囲気、2人に比べると勉強が出来るのも事実なのだが・・・

 「うー・・・ま、まぁ今日でテストは終わりだし、カラオケでも行かない?」

 「おー、いいねー。ゆずも行くでしょ?」

 「うん、いくいくー。」

 「それじゃ決まり!いつものところに行くからお菓子買って行こうよ。」

 あっちゃんからの提案に即答で乗っかった。三人でカラオケに行くときは、大量にお菓子を買い込んで持ち込む事が当たり前になっている。

 通り道のコンビニに寄り、チョコレートからスナック菓子までポイポイっとコンビニのカゴに詰め込んでいく。

 「あとはー・・・コレは外せないでしょ。」

 ニコニコしながら陳列棚から取り出したものに2人の視線が集中する。

 「・・・まぁ美味しいけどさ・・・つまみのスルメを外せないと仰る女子高生ってどうよ?あっちゃん先輩?」

 「あー・・・柿ピーとかならあたしも好きだよ?」

 よく分からないフォローを頂いたが好きな物はしょうがない―。

 「なんだよー、後で欲しいって言っても分けてあげないかんねー。」

 毎度毎度同じようなやりとりをしている気がしなくもない。会計を済ませた後は、見た目の割りに軽いコンビニの袋を2つ下げ目的地へ。

 「あ、そうそう、ゆずー、隣のクラスの新っているじゃん?あいつと仲いいの?」

 「アラタ?誰それ。そんなの居たっけな?知らない人じゃない?」

 「なんで疑問系なんだよ・・・。まぁその様子じゃ知り合いって感じじゃなさそうね。」

 「そうだと思うよー。んで何で芹香はそんなこと聞くの?」

 「んー・・・どうやらその新がゆずのことを好きらしいって話があってだね・・・」

 「あたしのことを好き?物好きも居たもんだねー。ていうかあたし、そいつの顔も知らないのに。」

 「・・・それはあんたが、周りに興味なさすぎなのが原因だと思うよ・・・」

 芹香の目つきが鋭いものから、少し同情を含んだものに変わった気がした。

 「えー・・・そうかな?」

 

 「もー・・・二人とも、歩くの速いよー・・・」

 

 「あー、あっちゃんごめん。」

 二人の後を大きなコンビニ袋を抱えながら、よたよたと歩いていた声の主からギブアップの声が掛かる。

 「じゃんけん!次こそは勝つんだからぁ!」

 右肩をぐるぐると回し、気合い十分の様子。

 「はいはい、いくよ?じゃんけん・・・ポン!」

 あっちゃんが気合を入れて拳を振り下ろすが・・・

 「・・・えー、また負けた・・・。」

 「あっちゃん先輩ははホントじゃんけん弱いなー」

 ケラケラと笑う芹香と、しょんぼりしているあっちゃん。

 「あっちゃんさー、じゃんけんの時、最初チョキしか出さないんだもん。そりゃ負けちゃうよ。」

 「えー、それ何かずるくない?もっと早く教えてよ!」

 「あははー、ごめんね。でも今教えたから良いことにしといてよ。」

 「うー・・・次は負けないんだから!」

 「あ、着いたよー。」

 「あー・・・」

 リベンジの機会が無くなった事を悟り、がっくりとうなだれるあっちゃんを尻目に、二人はカラオケ屋のカウンターに向かっていた。平日の昼間と言うこともあり、他の客は見あたらなかった。

 「「3人、フリータイムで。」」

 店員が聞くよりも早く、2人の口から同時に飛び出した―。

 

□□□

 

 「そういやさー。」

 大量のお菓子がテーブルに乱雑に広げられている。慣れた手つきで棒状のスナックを引っ張り出し、口に運ぶ芹香。あっちゃんは両手でマイクを持ちながら、最近のアイドルの歌を一生懸命歌っている。

 「ん?」

 テーブルに置いていた私の携帯をひょいと奪い取る芹香。

 「前から気になってたんだけど、このストラップ変わってるよね。下駄?だよね?」

 「そうそう。結構昔に買ってもらったやつなんだけど、お気に入りなんだー。」

 「ん?買ってもらった?もしかして・・・男?」

 にやにやと意地悪そうな笑みを浮かべる芹香。

 「あ−・・・違うよ。あたしのおじぃ・・・お爺さんに買ってもらったやつなんだ。」

 「・・・なんだ、期待して損した。まぁゆずはあんまり男っ気ないからそんな事だとは思ってたけどねー。」

 「期待に添えず申し訳ありませんねー。これでも大事な物なんだよ?おじぃとお揃いだったし。」

 「ーだった?」

 

 「うん、おじぃは高校入る前に死んじゃったから。」

 

 「あっ・・・ごめん・・・」

 さっきまでニヤついていた芹香が、非常に申し訳なさそうな顔付きに変わる。

 「いやいや、大丈夫だよ。あんまり気にしないで。」

 あまりにも態度が変化したので、逆に申し訳なくなってしまう。

 「・・・そう?」

 シュンとしていた芹香の顔に、明るさが少し戻った気がした。

 その横であっちゃんは歌の採点の結果が良かったらしく、小さくガッツポーズをしていた。

 

◆◆◆

 

 下駄のストラップは小学生の時に、地方の温泉旅館に親戚同士での旅行。その際にお土産屋でおじぃに買って貰った物だ。

 普段は別々に暮らしている親戚が集まって行ったが、親戚の中には歳の近い人が姉しか居なかったのであまり誰かと遊んだという記憶はない。温泉巡りがメインの旅行だったので、大人達はお風呂と食事で満足そうにしていたが、当時の私は物足りなく感じていた。旅館の中を探検し、レトロなゲーム筺体を眺めたりもしていたが、すぐに飽きてしまっていた。お酒の入った大人は、子供ながらにめんどくさいと思って居たので近づきたくなかった。部屋には居たくなかったし、どうしたものか・・・と何気なしに寄ったお土産屋でこのストラップを見つけた。

 片方だけの下駄に赤い鼻緒と小さい鈴が付いたシンプルなデザインのストラップ、紐の部分は赤と青があった。何に惹かれたかは今でもよく分からない。

 『お・・・ゆず、こんなとこに居ったんか。』

 『あ、おじぃ。』

 着崩した浴衣の老人が、短く刈り揃えられた白髪をガシガシと掻きながら後ろに立っていた。

 『ゆずにはあんまり面白くなかった旅行かもしれんな、なんか面白いもんでもあったか?』

 『ん−・・・あんまり。』

 もごもごと歯切れの悪い言葉を並べるとおじぃも苦笑いをしていた。

 『ん、ゆず。それ欲しんか?』

 おじぃの指す先は私の手のひら、無意識にストラップを手の上で転がしてたようだ。

 『あー、ちょっと欲しい・・・かも?』

 『おお、そうかー。で、色はどっちがいいんか?』

 『赤!・・・でも青もいいなー・・・うーん・・・』

 『・・・どっちも買っちゃろ。いらん方はおじぃにくれ。』

 『おじぃとお揃い?』

 『そう。ゆずとおじぃでお揃いじゃな。』

 おじぃがニカっと笑う。

 『うん!』

 

 結局、私は赤を選び、おじぃには青を渡した。

 赤いランドセルにストラップを付け、それから学校に行くのが少し楽しくなった。おじぃの方は使い慣れない携帯に付けてくれていたようで、私と会う度に『ちゃんと付いとるぞ!』と言わんばかりに見せつけてきた。

 

 私はおじぃが大好きだった。

 

 物心つく前に『どこに行きたい?』と親に聞かれると『おじぃのところ!』と即答していたらしい。

 おじぃと一緒に居る時間は楽しかった。おじぃの好きな物も好きになっていた。時代劇、将棋、相撲、釣り、酒。だが、さすがにお酒はストップが掛かったので、一緒のものが食べたかったのもあって酒のつまみを貰って、お茶と一緒に飲んでいた。

 おじぃは酒を飲みながら、私はスルメを食べながらの話してくれるおじぃの話が好きだった。昔のばあちゃんはホントに美人だったとか、父さんが生まれた時の話とか、父さんが母さんの家に挨拶に行く前の日にビビりまくってた話とか・・・

 中学の時に父さんと喧嘩した。その時もおじぃは私の味方になってくれた。ぐちぐちと両親の悪口をおじぃにぶつけた時もあったけど、おじぃは笑いながら聞いてくれた。

 だが『ゆずももちろん大事や。だけどゆずの父ちゃんも俺の息子じゃけぇ大事なんよ。おじぃは2人とも大事じゃけぇ仲良ぉして欲しいがなぁ・・・』と少し困ったような顔で言われた時に、心の底から申し訳なく思い、反省したのを覚えている。

  おじぃに悲しい顔をしてほしくはなかった。

 その後すぐに父さんと仲直りした。今度おじぃに会ったらその事を話して謝ろうと思っていた。

 

 だが、結局その事をおじぃに伝える事は一生出来なかった。

 

◆◆◆

 

 カラオケ屋を出て2人と別れ、家まで歩いて帰った。家に着くころにはオレンジ色から紫掛かった色へと空は変化していた。

 「ただいまー。」

 「あ、ゆずっちーおかえりー。」

 ぼさぼさの長髪のメガネをかけた小柄な姉が珍しく家にいた。

 「れお姉、居たんだ。今回はどのくらい居れるの?」

 「んー4日って所かにゃー。忙しい社会人にも休息は必要だからー。」

 今現在絶賛気怠そうな姉は都心部でSEをしているらしく、日々激務に追われているらしい。通常の大型連休中は休めず、何もないシーズンに休みが取れるということがザラにあるみたいだった。

 「・・・ふぁ・・・という訳でお姉さんはひと眠りするよ。なんも用事とかないっしょ?」

 「うーん、今のところはないよ。」

 「あい、わかった。ゆずっちが家に居る時に、寝てるかもしれんから用事とかあったらメールでもしといて。じゃーね。」

 ひらひらと手を振りながら階段を上がり2階の姉の部屋へ行ってしまった。

 姉は実家に居る時はほぼ寝ている。というより昼夜逆転しているようだった。平日は実家に居てもなかなか会わなかったりもする。

 「ふぁ・・・あたしもひと眠りするかな・・・」

 深いあくびと共に、一夜漬けをしていた事を体が思い出したみたいだった、眠気が呼び覚まされたらしい。机にカバンを置き、制服を脱ぎ椅子に掛ける。

 「んっ・・・しょっ!・・・」

 ベッドに大の字でダイブをした後、芋虫のようによじよじと布団の中に潜り込む。相当疲れていたようで、私の記憶はそこで無くなっていた。

 

□□□

 

 「ゆ・・・藤田、ちょっといいか?」

 「はい?」

 1時間目が終わった後の休み時間、私よりずっと身長の高い活発そうな男子生徒から声を掛けられた。誰だろう?

 「話したい事があるんだ。昼休みに飯食った後で屋上のとこに来てくれないか?」

 「はぁ・・・」

 「約束したからな。」

 そう言うと足早に教室を去って行ってしまった。屋上って入れたっけ?ああ屋上に入る前の踊り場か・・・などと考えていると―。

 「ゆーずー!!!今の何なの?!!」

 「わっ!芹香・・・ゆーらーすーなー。」

 肩を掴まれ、前後にガックンガックンと激しく揺さぶられる。頭がくらくらする・・・

 「あ、ごめんごめん・・・じゃなくて!!何で新がゆずと喋ってんのかなぁ?お姉さん知りたいなぁ・・・?」

 笑ってはいるものの目がキレている、両手でがっちりと肩をホールドされているため逃げ場はないようだ。

 「ああ、あれが噂のアラタ君か。なんかあたしに用事があるらしくって、昼休みに呼び出しくらっちゃった。」

 「ちょ・・・ゆず、それって・・・」

 普段切れ長の芹香の瞳がカッと見開き驚愕の表情をしている。あ、珍しいもの見れた。

 「何の用事だろうね?今教えてくれても良かったのに。」

 「・・・ゆず・・・それはちょっと可哀相だわ・・・」

 

 「ん?何が?」

 

 芹香の瞳から殺気が消え、変わりに憐れみの色がにじみ出ているように思えた。

 ガララ―。とドアを開け先生が教壇に立つ。ざわついていた教室の空気が変わり、皆が席へと帰って行った。

 「はい、席につけー。答案返すぞー。」

 「げぇ・・・」

 「ん、藤田は答案返ってくるのがそんなに楽しみなのかー。よかったなー。」

 思わず漏れた本音に、無表情の数学教師が淡々と答えてくる。

 「ハハハ・・・そうですねー・・・」

 引きつった笑顔を貼り付けることしか出来なかった―。

 

□□□

 

 「死んだわ・・・マジで・・・」

 殺人的な破壊力の点数を目の当たりにして机に項垂れながら昼休みを迎えた。食堂へと廊下を勢いよく走っている男子共をぼーっと眺めていると、隣のクラスから飛び出したであろうアラタ君?らしき人と目が合った気がしたがすぐに目線を逸らされてしまった。そういや何か呼ばれてたな・・・

 「ゆずちゃん。ご飯食べよー。」

 声を掛けられた方向を見ると、あっちゃんが可愛らしい包みのお弁当を持ってニコニコしていた。その横で微妙な表情をしているた芹香。

 「そうしよう、ご飯に逃げよう・・・」

 「何、死にそうな顔してんのよー。大丈夫だってー、ゆずはやれば出来るんだからー。」

 「感情こもってないよー芹香さん。」

 隣近所の椅子を拝借しながら昼ごはんの準備をする2人。

 「大丈夫だってー、まだ中間テストだよ?期末でなんとか出来るっしょ。いざとなったらあたしが勉強見てあげるよ。」

 「おお、神よ・・・持つべきモノは友達ですね。マジで。」

 大げさに両手を合わせ拝む仕草をする私を見ながらあっちゃんが笑っていた。

 ぐだぐだと喋りながらお弁当を食べる。あっちゃんはいつも通りゆっくりで、芹香はいつも通りあっちゃんのお弁当からおかずを貰っていた。

 「あっちゃんって自分でお弁当作ってるんだよね?凄いなぁ。」

 「だよねー。あたし、あっちゃんの作る卵焼きホント大好きだよ。」

 「えへへー。ありがとー。」

 あっちゃんの笑顔は本当に癒される―。

 

 「さて、そろそろ行きますかねー。」

 

 お弁当をやっつけ、カバンに仕舞う。あっちゃんはまだ食べているようだったが、あまり人を待たせるのも良くないと思ったので、そろそろ屋上へ向かう事にした。

 「新んとこ?あたしも付いてっていいかな?って言いたいところなんだけど・・・」

 芹香の視線があっちゃんの方を向く。あっちゃんは美味しそうにミートボールを頬張っている所だった。

 「ああ、別に良いよ。一人で大丈夫。芹香はここで待ってて。」

 「・・・そう?」

 「いってらっしゃー。」

 複雑な顔をする芹香と、絶賛食事中のあっちゃんを残し教室を出た。2階の廊下から見える中庭ではベンチに座りながらお弁当を食べている人、本を読んでいる人、木の下で寝転がっている人などが見えた。遠くの方でサッカーをしている男子連中が見えたが、昼休みに汗だくになって遊ぶ心意気が私にはあまり理解出来ない。

 2階ほど階段を上がると屋上へ続く踊り場に出る。通常時は屋上への扉は施錠されているため、屋上へは出れない決まりになっていた。

 階段を上がりきると、見知った顔の男子が立っていた。アラタ君だ。

 「ゆ・・・藤田!来てくれたんだな。」

 「来いって言ったのはあなたじゃん?」

 「・・・そう・・・だな・・・ははは・・・」

 もの凄く、そわそわしている。

 「それで、アラタ君?だっけ?あたしに何か用?」

 「うん・・・それな・・・」

 視線を床に向け、両手を握ってモジモジしている男子が目の前に居る。意を決したように真っ直ぐと視線を向け、口から出た言葉は・・・

 「藤田ゆず!俺と付き合ってくれ!」

 「・・・は?・・・」

 

 頭が真っ白になる。そういや昨日、芹香がそれっぽい事言ってたなーとか、そんな事を思い出す。

 

 「だから、俺と・・・」

 「・・・ちょっと待って、意味わかんない。」

 手のひらを新の方へ向け、静止のポーズ。

 「へ?」

 「あたし、あなたの事よく知らないんだけど・・・」

 「・・・」

 「知らない人の事をいきなり好きになれって無理じゃない?」

 「いや、中学校の時同じクラスだったんだけど・・・」

 「え?そうなの?・・・居たかなぁ?」

 みるみる顔色が変わっていく。

 「いやいやいや・・・中3の時一緒のクラスだったし!席も隣だったんだぜ?!」

 「あー・・・中3か・・・あんまり覚えてないなぁ・・・」

 

 中3、あの時期はいろいろダメだ。あまりいい記憶が残っていない―。

 

 「くっ・・・それじゃあ付き合ってから俺を好きになってくれよ。」

 「ちょ、ちょ、待ってよ。覚えてないのは謝るけど、それはいきなり過ぎない?」

 「・・・ああ・・・ショックでかい・・・」

 どんどんと目の前で小さくなっていく男子生徒を眺めながら罪悪感が生まれてきた。どうしよう・・・

 「え、えっとー、ちょっと考えさせてもらっていいかな?」

 真っ白な頭から飛び出た言葉。お茶を濁すつもりだったがそれはどうやら失敗。皮肉にも彼には希望に見えてしまったらしい。

 「本当か?!」

 キラキラとした目を真っ直ぐ向けられた。どうしよう・・・直視出来ない、冷や汗が止まらない、早く逃げたい。

 「う、うん・・・また今度ねっ!」

 「あ―。待ってるから!」

 後方からの熱の籠った催促を全力で無視、階段を駆け下りた。全速力で教室に戻り、自分の席で息を整えているところに芹香が来た。

 「どうだった?」

 「・・・ぜぇ・・・ちょっと・・・待って・・・」

 上手く呼吸が出来ない。

 「うん―。」

 1〜2分ほど深呼吸を繰り返している内に落ち着いてきた。その間も芹香は背中をさすってくれていた。

 

 「はぁ・・・あたし、告白されたっぽい。」

 「・・・それで?・・・どうするの?付き合う、の?」

 「まさか!・・・でもちゃんと断れなかった。逃げちゃったよ・・・どうしよ・・・」

 「・・・そっか。」

 優しく肩をポンポンと叩いてくれる芹香の表情は見えない。

 「ちゃんとしないとなぁ・・・」

 「そうだねー。」

 後の言葉が続かないまま、昼休みの終わりのチャイムが聞こえてきた―。

 

□□□

 

 「ただいまー。」

 午後の授業でもテストの答案が帰って来たし、いつも通り3人で帰ったがあまり覚えていない。何故か芹香も元気がなかったようで、あっちゃんが心配そうにしていたのが少し印象にある程度だった。

 「おかえりー。ゆず、テスト返って来てるんでしょ?ちゃんと見せなさいよ。」

 「あ、テストか・・・後でちゃんと見せるよー・・・」

 「・・・どうしたの?・・・風邪でも引いた?」

 普段だったらテストの結果次第で憤怒する母親だが、今は何故か心配してくれているようだ。それほどまでに私は弱っているように見えたのだろうか?

 「あー、大丈夫。ちょっと休むね。」

 ひらひらと手を振り、自分の部屋に籠る事にした。

 「あんまりヒドいようだったら、ちゃんと言いなさいよ。風邪薬出しとくから。」

 「ん。ありがと。」

 フラフラと自分の部屋のドアを開けると、れお姉があぐらをかいて後ろ向きで座っていた。

 「・・・ん、おーゆずっちーおかえりー。ちょっと漫画借りてるー。・・・ってどうしたの?」

 れお姉の横を抜け、制服を脱いで椅子に掛け、そのままベットになだれ込んだ。

 「ちょっと疲れちゃって・・・というか・・・逃げたい・・・」

 「なになに?なんか面白い事?」

 目をキラキラさせながらベットに詰め寄ってくる姉。

 「何か・・・告白・・・されちゃった・・・」

 「へぇー!ゆずっちを好きになる子なんて居るんだ!その子素質あるねぇー。で、イケメン?」

 「れお姉、それ、褒めてんのか貶されているのかよく分かんない―。・・・あれは、カッコイイのかな?」

 「ゆずっちもよく分からない事言ってるよー。その子の事知らないの?」

 「知らないんだけど、中3の時同じクラスだったらしいよ。」

 「あー・・・中3か・・・それじゃあしょうがないわ・・・」

 「・・・」

 

 軽い沈黙―。

 

 「ゆずっちはその子の事、嫌いなの?」

 「嫌いではないけど、好きでもないと思う・・・というか、好きって何?って感じで・・・」

 「おー・・・我が妹が青春しとるー。新鮮じゃのー。」

 「・・・うっせ、これでも悩んでるんだよー・・・」

 「何を悩んでるん?」

 

 「・・・なんだろう?」

 

 「おいおい・・・ゆずっち、過去に好きだった男とか居らんの?」

 「・・・うーん・・・あ、おじぃ。」

 頭の中で唯一浮かんだ顔がおじぃの笑顔だった。

 「・・・なるほど・・・家族愛だけど、それくらいなのね。」

 「・・・そうねー。」

 「・・・じゃあ、爺ちゃんみたいな性格だったら好きになる?」

 「でもそれは・・・おじぃじゃないしなぁ・・・」

 「・・・あい、分かった。その子と付き合うのは止めとき。その子が可哀相。」

 「・・・可哀相?」

 「・・・ゆずっちの中の爺ちゃんの存在がデカ過ぎるんだよ。そもそもどんな子か知らないんだろ?もうちょっとその子を知らないと、付き合うとかの判断以前の問題だよ。よくあるアレじゃない?『お友達からお願いしますぅ・・・』ってやつ。」

 「なるほど・・・」

 「あと、ゆずっちー。じいちゃんはもう居ないんだよ。じいちゃんみたいな性格の人を好きになるっていうのはー賛成だけどね。」

 「・・・うーん。ピンと来ないなぁ・・・」

 「まぁゆっくりでいいんじゃない?とりあえず今日は寝とけー。この漫画は借りてくよー。」

 「うん、れお姉。なんかありがと。」

 「はいはい、おやすみ。」

 ドアを閉める音と共に部屋が暗くなる。れお姉が電気を消してくれたらしい。

 「・・・おじぃみたいな人かー・・・」

 

 いろいろ考えてみた、が、何もかも収束することなく発散してしまう。好きって何だろう―?答えが出る訳でもなく、意識が落ちた―。

 

◆◆◆

 

 『おじぃ?あたしだよ?ゆずだよ・・・わかる?』

 『・・・』

 白いシーツのベットの上で、いろいろな管を繋がれているおじぃに向けて声を掛けるが、反応が返ってくる事は一度もなかった。

 脳梗塞らしい。当時の私にはおじぃの身に何が起こったか分からなかったが、ひとつだけ理解したことがあった。

 

 おじぃはもう帰って来ない―。

 

 父さんも母さんも、れお姉も悲しい顔をしていた。そしてばあちゃんは震えながら涙を堪えていた。私は、ばあちゃんの顔を見るのが辛かった。

 3日に渡る治療も意味を成さなかったらしい。そのまま葬式が行われることになった。ずっと付きっきりだった家族。涙も枯れ果てたばあちゃんと気丈に振る舞う父さんが印象的だった。

 れお姉も葬式の受付などを率先して引き受け、笑顔を見せていたが、追悼の言葉を受ける度に涙を堪えているように見えた。

 

 でも私は、泣けなかった。

 

 いよいよ出棺の時、最後におじぃの姿を見ておけと父さんに促されて棺を覗きこんだ。

 『・・・あっ―・・・』

 ―視線を奪われた。

 おじぃの右手の小指にぼろぼろになった青い下駄のストラップが引っ掛けてあった。

 『・・・あぁ・・・おじぃ・・・っ!・・・うっあ・・・ああああぁあああああああああ――。』

 私はそこで初めて泣いた―。

 立って居る事も出来ないくらいに嗚咽を上げながら泣いていたらしい。そこからはあまり覚えていない。

 後から聞いたのだが、あのストラップはおじぃのお気に入りだったらしく、ばあちゃんが是非とも棺に入れて欲しいとお願いしていたようだ。

 ストラップを見る度に微笑んでいたおじぃの姿を見るのがばあちゃんは好きだったらしい。私にとっても大切なものだったが、おじぃにとっても、ばあちゃんにとっても大切な物になっていた事を、おじぃとのお別れの時に初めて知った―。

 

◆◆◆

 

 秋の早朝は結構寒い、つい一週間前に制服の衣替えを行ったばかりなのだが、その時は夏の余韻でやられ朝からへろへろになっていたのにも関わらず、今ではその感覚が懐かしくもあった。

 眠気と戦いながらも学校に行く道の途中、寒さもあって、制服のポケットに手を入れてみると、ちょっとした違和感に気付いた。

 「あれ・・・?」

 指先に当たる携帯の感触、おそるおそる制服のポケットから取り出してみると、有るべき物が存在しない事に気付いた。

 

 ―ストラップがない。

 

 赤いストラップパーツの残骸だけが辛うじて携帯にへばりついてはいるものの、それ以外は引き千切れてしまっていた。必死にポケットの中をまさぐってみたが、指先には何も引っかからない。

 サーっと血の気が引いて行く感覚、眠気は全て吹き飛び、その場に立ち尽くしてしまった。

 

 ―どこかに落としたんだ・・・

 

 手のひらを額に当て、くらくらする頭をフル回転させ、昨日の自分がどこへ行ったかを必死に思い出そうとしていた。

 昨日は行った場所は―、学校、珍しく寄り道はしていないから・・・いつも通りの通学路と近道の公園くらい、か・・・考えられる全ての場所を思い出しながら地面を見ながら歩き出した。

 下を向いて歩いてみたものの、結果は芳しくない。やれることは全てやろうと思い、通学路の途中にある交番で落し物をした届出の受付をしたが『あまり期待はしない方がいいよ』との今の私に厳しい言葉が胸に突き刺さった。

 学校へ向う道で注意深く探してみたが、見つける事は最後まで叶わなかった。

 教室に着いた時はもう授業が始まっていた。担当の教師に何か言われ、テストの答案用紙を渡されたが返事をするだけで精一杯だった。

 授業が終わり、昨日学校内で立ち寄った場所へ探しに行こうと教室を出るところで芹香に止められた。

 「どうしたの・・・?ゆず、すごい顔してるよ?」

 「・・・あのね、ストラップ・・・落としちゃったみたいで・・・」

 喉から声を振り絞る。込み上げてくる涙を抑え、無理やりの笑顔で言葉を返したがダメみたい。自然と肩に力が入り震えてしまう。

 「・・・ゆず・・・わかった!あたしも探す。あの下駄のやつだよね?」

 その様子を見た芹香がただ事ではないと感じたらしく、真剣な顔つきで答えてくれた。その言葉に涙が溢れそうになる。

 「・・・うん、ごめんね。」

 「いいから、早く見つけよう。あっちゃんにも声掛けてくるね。心配すんなって!」

 どれだけ酷い顔をしていたのだろう、芹香にそこまで気を遣わせる顔だったのは間違いなかった。あっちゃんも状況を察してくれたのか、話を聞いてからの対応は早かった。昨日、自分が学校内のどこに行ったのかを2人に簡潔に話しそれぞれ違う場所に行った。

 学校内でも落し物として拾われていないかを期待したが、届けられてはいなかった。休み時間中にいろいろな場所を見て回った。

 途中で運悪く新から声を掛けられたが、今はそれどころでは無かったので適当な生返事だけで済ませてしまった。

 

 結局学校でもストラップが見つかることはなかった―。

 

□□□

 

 「ホントにそれでいいの?」

 「うん、芹香もあっちゃんもありがとう。後はあたしだけで大丈夫。」

 「・・・見つけられなくてごめんね・・・」

 学校が終わった後も2人はストラップ探しに付き合ってくれた。通学路の地面をじっくりにらめっこしながら帰り、交番にも付き合ってくれたが結局見つかる事はなかった。

 「今日はホントありがとう。これだけ探しても見つからないんだ。・・・もう諦めるかな。」

 「そっか。それじゃ今日はカラオケでも行ってテンション上げとく?」

 芹香が優しい笑顔で提案をしてくれる。

 「気持ちはありがたいんだけど・・・ちょっと今日は用事があってダメなんだ。ごめんね。」

 「残念・・・また今度ね。」

 心底残念そうな顔で項垂れるあっちゃん。

 「じゃあ今日はここで解散だねー。ばいばい。」

 「また明日!」

 「じゃあねー。」

 空の色が徐々にオレンジ色に変化していく中、2人と別れた。ちゃんと心配させないように笑えていただろうか?これ以上一緒に居たら泣いてしまいそうだったのは隠せただろうか?

 モンモンとしながら、近道の公園の中を通り抜けようとして重い足を動かしていた。

 とぼとぼと歩きながら地面を眺めるが、ストラップっぽいものなど落ちてすらいない。

 「はぁ―・・・」

 深く大きなため息を吐き、込み上げてくる感情が溢れないように我慢する事しか出来なかった。

 気を紛らわせるために何かないかと、周りを見てみる。公園内には今の時間だが人影がいくつかあるようだった。中学生くらいの男子が数人でサッカーをしていたり、犬の散歩をしているおばちゃん、ベンチに座ってるお爺さんなど。

 「ん―?」

 今日一日暗い気持ちに支配されていた頭の中、今日初めて別の感情が生まれた気がした。暗くなり始めていたので近づかないと誰か分からない。心がはやり、無意識に地面を駈け出す。

 

 いや、ありえない。だってあの人は・・・

 

 「・・・はぁっ・・・はぁっ・・・おじぃ・・・?」

 「・・・ん?なんじゃあ・・・お前は―。」

 杖を地面に突き立て背筋を伸ばしてベンチ座っている老人は、最後のお別れをした時のままのおじぃだった。

 「・・・おじぃ・・・っく・・・うっぅ!・・・」

 溢れる涙を抑える事が出来なかった。手のひらで何度も何度も涙を拭うが止まる気配は一向に無い。

 「・・・」

 視界でおじぃを捉えてはいるが、ぼやけ過ぎていて、どんな表情をしているか全然分からない。抱きつきたい衝動に駆られるが、触れてしまうと消えてしまいそうで怖くて何もすることが出来ない。

 ただ泣きながら立ち尽くしている。

 「うぁああぁ・・・ごめん、おじぃ・・・」

 嗚咽を抑え、ぐちゃぐちゃの頭からようやく出てきた言葉は、謝罪の言葉―。

 「・・・何かあったんか?」

 「・・・おじぃのストラップ・・・無くしたぁ・・・っ!」

 ちゃんと喋れているのかさえ怪しいが、泣かないように気持ちを抑えて吐き出した言葉をおじぃにぶつける。

 

 「・・・なんじゃあ、そんな事か・・・お嬢ちゃん・・・俺ぁ、あんたの言う『おじぃ』じゃないが、泣くほど大事にしてたモンなんだろ?そんだけ大切にされてたんなら『おじぃ』が怒るとは思わんなぁ。」

 

 想像していたものと別の返事が返ってきた。それでも私は感情を抑える事が出来ず・・・

 「でも・・・でも、お父さんと喧嘩した後も・・・おじぃに心配かけちゃっ・・・てっ・・・!」

 「んー?・・・よー分からんが、お嬢ちゃんのお父さんとお嬢ちゃんは今でも喧嘩しとるんかい?」

 「・・・今は喧嘩してない・・・」

 

 「そうかー、なら何にも問題ないわ。」

 

 ニカっと笑いながら頭を優しく撫でてくれている。一日付きまとわれていた負の感情が溶け出していた。

 「うぅ―・・・。」

 「大丈夫、大丈夫だ。何の心配もしとらんと思うよ。」

 「・・・」

 

 優しい言葉と優しい手。ああ、私はこれが大好きだったんだなぁ・・・

 

 久々に感じる感覚に浸りながら、心が落ち着いて行くのが分かった。

 「お、少しは落ち着いてきたか?」

 「うん・・・あの、ホントにおじぃじゃ、ないんですか?」

 ベンチの横に座りながら、真っ直ぐおじぃらしき人を見つめる。

 「・・・残念だが、俺ぁあんたは知らん。そんなに似とるんかい?」

 「似てる・・・と思います。もう何年も会ってないんで・・・」

 

 死んだ―。とは何となく言いたくなかった。

 

 「そうかー・・・」

 「・・・」

 「まぁあれだ、嬢ちゃん。物を大事にする事は凄く良い事だ。じゃが、それに捕らわれすぎて嬢ちゃんが傷付く事は無い。きっと渡した本人もそれは望んでおらんはずや。」

 「そう、なんだろなー。おじぃは優しいから・・・」

 「そういうこっちゃ。」

 

 あまりにニコニコしながら話をされるから、優しく言葉をくれるから、私はその朗らかさに心が緩んでいくのを感じていた。

 

 そこからは他愛も無い話を聞いてくれた。

 この人はおじぃではないけれど、私はおじぃに話したいことが山ほどあったのでそれを少しずつ話していた。うんうん、と嫌な顔もせずに聞いてくれるから時間を忘れて話し込んでいた。

 気が付くと周りの公園の風景は灯りだけの真っ暗になってしまっていた。

 

 「さて、そろそろ帰ろうかの。お嬢ちゃんもあんまり遅くなると、親御さんも心配するで。」

 「・・・また、喋れますか?」

 「・・・んー、どうじゃろ?また喋れたらいいなぁ。」

 

 苦笑いをしながらそう答えてくれた。

 

 「そっか、じゃあ・・・また!・・・会えて嬉しかった!」

 「・・・はいはい。」

 

 私はおじぃに似た人を残し、何度も振り返りながらその場から離れた。こちらを優しく見送ってくれていたが、距離が遠くなるにつれて周りの闇に溶けていくように思えた―。

 

□□□

 

 「ごめん!」

 両手のひらを合わせ、拝みながら頭を下げる。告白された同じ時間に同じ場所で、ただ今回は私の方からの返事になった。

 昨日おじぃに似た人と話せたおかげもあり、今日は何もかもが平凡に戻っていた。心配してくれていた芹香とあっちゃんも驚いていた様子だった。昨日2人がやってくれたことを改めて感謝のお礼をしておいた。

 そして昨日やり残していた事も今終えようとしている。

 「君とは付き合えない。だから、ごめんなさい!」

 天上を見上げながら放心している新の様子を申し訳なく見ていたが、完全に固まってしまった、ど、どうしよう。

 何故か階段のところで隠れながら様子を伺っている芹香が、指を指しながら必死の形相で何かを伝えている。うーん、分からん。

 「・・・えっと、あたし、君のことよく知らないから・・・もっとお互いを知ってから・・・とか、どうでしょう?」

 必死にその場を取り繕う為に出した言葉。いっぱいいっぱいなので何故か敬語だったりする。だが―。

 「・・・え、それってつまり・・・」

 「・・・え?・・・えーっと、お友達からお願いします?」

 「分かった!とりあえずはそこからだよな!」

 「・・・」

 新の表情がみるみる明るい物に変わっていく。流れに飲まれたせいもあり連絡先を交換してしまった。

 「じゃ!今夜ちゃんと連絡するから!」

 軽い身のこなしで階段をどたどたと駆け下りて行ってしまった。よっぽど嬉しかったのか芹香の存在には気づいていないらしい。

 「ゆーずーちゃーぁん?」

 あれ?芹香何か怒ってる?

 「なんで断るって言ってたのにちょっといい感じになってんのさー!?信じらんない!」

 「まぁ成り行きというか・・・ていうか芹香怒りすぎじゃない?・・・もしかして新のこと好きなん?」

 ニヤニヤしながら軽く聞いたつもりだったのだが・・・

 「・・・」

 あ、これ本気のやつだ。

 「・・・マジか・・・そりゃ食って掛かって来るわ・・・」

 顔がみるみる赤くなっていく芹香。いつもと感じが違う、しおらしい姿がとても可愛らしかった。

 「あー、じゃあ新君の連絡先教えようか?」

 「・・・ホントに?」

 「ホントに。あたしよりも芹香の方が新君と一緒に居る方がいいと思うし。」

 「・・・ゆーずー、大好きー。」

 感情の籠った力いっぱいの抱擁を受け、芹香が落ち着いてから教室に戻ることにした。今後の新へのアプローチをどうするかなどの作戦会議をしながら―。

 

□□□

 

 「おっす、おじぃ、ひさびさー。」

 家から少し離れた場所にあるお寺の墓地に私は一人で来ていた。こうやってお墓に来るのはいつ以来だろう?

 「はい、これお土産。」

 コンビニで買ったスルメの袋を開ける。少ない量のものを買ったつもりだったが、思いの外多かったみたいだ。

 「うーん、しょうがない・・・少し貰うね。・・・初めから貰うつもりだったとかじゃ・・・ないよ?」

 お供えできるだけの量をお皿に乗せ、ひとつ摘まんで口に詰め込む。残りのものは家で食べよう。線香をあげ、拝む。

 「おじぃごめん。一緒に買ったストラップ無くしちゃったよ。結構大事にしてたんだけどねー。無くした時にはスゴイ探したんだよ?でも結局見つからなくて・・・一日中探しても見つからなくて、泣きそうになってたら公園で別のもの見つけちゃってさー、誰だと思う?――、――。」

 最近起きた出来事をおじぃに伝える。ホントに伝わっているかは分からない、だが私が思っている事、今回体験した事を伝えたいと思った。

 ―♪〜― 着信の音。

 携帯を取り出して画面を確認する、芹香からのメールのようだった。

 

 赤いストラップはもう付いていない―。

 

 「おじぃ、ごめん。そろそろ行かなきゃ。また今度ね。」

 用意したお供えものを全て片づけ、踵を返してその場を後にした―。

 

 おじぃが私にくれた物は、いろいろな物であったり感情であったり。だが私はそれに少し依存していたのかなと思う。

 その象徴があのストラップだった。私はきちんとおじぃにお別れが出来ていなかったのかもしれない。そんなのはおじぃは嬉しくないと思うし、私の事を心配してあっちに行けないのかもしれない。・・・それでもしかして会いに来てくれたのかもしれない―。

 だから、私は大丈夫だよ。とおじぃに伝え、おじぃが安心出来るようにしたかった。

 

 おじぃ、私がんばるよ―。

 

□□□

 

 「こんぐらいはしてもよかやろ?」

 右手の小指に特徴的な小さい下駄の付いた青いストラップを付けている老人が呟く。

 「ギリギリですけどね!」

 誰も居なかった空間から、すぅっと金髪の中性的な小柄な男が現れた。

 「まったく、ここに来てからはあんなに真面目だったのに、どうしてあんな勝手な事したんですか!下手したら投獄ですよ?!」

 「まぁまぁ・・・結局こうやって戻って来とるんやから、いいんやろ?」

 ニカっと笑う老人の雰囲気に気圧されたのか呆れたのか・・・がっくりと肩を落としている男。老人の手のひらの物に気が付く。

 「あ、それ、現世から持ってきちゃったんですね。あれ?あなたが持ってるストラップの色違い、ですか?」

 老人の手から下駄の付いた赤いストラップを受け取り、まじまじと眺めながら質問してくる。

 「そうじゃあ、コレがあるとゆずを縛り続けてしまうからなぁ。そろそろおじぃから卒業してもらわんと・・・まぁちょっと泣かせてしもたがなぁ・・・」

 苦笑いをしながら短く刈りそろえられた白髪をガシガシと掻きながら呟く。金髪の男の瞳が優しくなり、コホンと咳払いをした。

 「私は何も見つけていません。それはあなたのものなので落とさないようにして下さいね。」

 そういいながら、老人の小指に赤いストラップを青いストラップにしっかりと付けてくれた。

 「・・・あい、分かった。」

 付けてくれたストラップを見つめる老人の瞳は、ここに来てからは見たことの無い、大切な物を見つめる優しい色をしていた―。

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