天に祈り、地に誓い
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   天に祈り、地に誓い

              雨泉 洋悠

 

 神よ、私の彼女への罪を、お赦し下さい。

 

 今日の日の祝福の為に、足を運ぶ、行きつけの場所。

 この街に住んでから、幾度通ったことか、きっとその道程は、私が眼を閉じていても辿り着けてしまうであろうぐらいには、私の身体に、奥の底の方にまで、刻み付けられている。

 アリサの手を引いて、二人で通った日、初めて一人で通った日、生まれて初めて、お祖母様に連れられて、その場が、初めて自分の中で、大きな意味を持った日。

 全ての日は、色鮮やかに、私の胸に今もあり続ける。

 新たに変わり始めた日々もまた、この場所での記憶も内包して、私という日々を形作っていく。

 今日もまた、新たな変化を、この場所は、私に齎してくれる。

 ロシア語と、日本語に彩られている、青銅色の門。

 その開いている扉を通り抜けて、私は目的の場所へと歩みを進める。

 

 扉を開けると、そこに居たのは、溶かし込むようにその主の心の中を写し、流れ落ちる、黄金の色彩。

 振り返るのは、私の。

「えりち」

 らしくない、物憂げな表情を私に向けた後、静かに、微笑んだ。

「希、ここまで来てくれるなんて、それは、本当にもう大丈夫、って事なのかしら?」

 そう、この場所は、嘗ての私にとっての禁忌だった。

 全てはあの場所で、想いを遂げるために。

「うちに出来ることは、もう全部、やり終えたんよ。後はもう、二人が、二人だけの想いを遂げる。後の手助けは、臨機応変に、やん」

 えりちの隣に立ち、一緒になって、その空間を見上げる。

「それに、もし今年この日に、えりちにとって大切な、この場所に来られなかったら、うちきっと一生悔いが残るやん」

 初めて会った頃から、ずっと聞いていた、えりちにとっての、この場所の意味。

 言葉では、さして重要ではないかのように言っていても、それは大きな存在感を持って、えりちの心を占めている。

 えりちにとって、より一層大切なものが出来ても、それは変わらなかった。

 そんな場所に、私は頑なに来ることを拒んでいた。

 一昨年も去年も、今日の朝にえりちがここに居ることを教えて貰っていたし、それをえりちが私に伝えた意味も解っていた。

 それでも、今年まで私は、ここに来ることが出来なかった。

 三年生になって、少しずつえりちに、はっきりとした二年間の意味が伝わるようになって、うちに出来る事が全て終わって、うちはやっとここに来ることが出来るようになった。

 えりちは、少し驚いたような顔で私の方を見ていたけれども、微笑みながら、再び私と同じ様に天上を見上げた。

「ありがとう、希。案外この場所に貴女が来てくれることは、私にとって大きな意味を持っていたみたいね。今私は、とても嬉しいの、言葉にならないくらいに」

 えりちの声は、本当に嬉しそうで、少しの震えと共に、抑えきれない高揚感を、私に伝えてくれる。

 でも、きっとそこにえりちは、少しの償いの想いを、潜ませている。

 あんな風な、切ない背中と憂いを秘めた表情は、でなければ、私に向けられることは決して無いから。

 えりちの方に顔を向けると、まだえりちは嬉しそうな瞳で、その空間を見上げている。

「えりち、うちはもう大丈夫よ。ごめんな、うちの我儘が、えりちの心にまで二年以上も影を落として、えりちの気持ち、ずっと解っていたのに」

 でも、この願いだけはどうしても、やり遂げたかった。

 えりちはちょっと驚いたような表情を見せた後、私の方に顔を向けて、笑顔の中にも少しだけ真剣な表情を含ませた。

「希、それは違うわ、それだけは違う。貴女の我儘なんかじゃない、貴女にとってにこがどれだけ大切な存在かなんて解ってる。その想いがどれだけ深い、貴女の愛に彩られているかも、もうちゃんと解っているもの。そうじゃないの、貴女の持っている皆への深い愛情は、私が一番良く知っている。やっと、状況がしっかりと掴めてきたから、それは私にとって、むしろ希のことも、にこのことも、より一層の愛を持って接する、受け止める事への大きな理由になっているわ」

 時々えりちは、こうやって恥ずかしいことを、はっきりと言葉にして伝えてくれる。

 私やにこっちには、中々出来ないことだから、何時も凄く嬉しい。

 にこっち、ちゃんと真姫ちゃんに伝えてあげられてるのかなあ。

 真姫ちゃん、感情自体は結構ストレートな子だから、にこっちがちゃんと伝えてあげてくれてると良いなあ。

「私が気にしなければいけないことはね、私の中にあるの。私は二年以上もの間、にこの苦しみに気付いてあげられなかった。私は希のいちばん近くに二年間居たのに、にこの為に何もしてあげられなかった。ずっと自分の事だけに精一杯で無闇に気を張っていた。私が償うべき罪はそれなのよ」

 でも、それは前から言っているように、仕方のないこと。

「えりち、前も言ったように、それは仕方のない事やん。えりちはちゃんと、その時その時のえりちなりに、学校にも、アイドル研究部に対しても、にこっちに対しても、一生懸命だったよ。にこっちだってそれは解ってるよ、絵里は戦友みたいなものだって、うちとはまた違って、お互いの信念があって、受け入れあえなかった時間があったからこそ、一緒に歩けるようになった今は、より強い信頼感があるって。ああ、でもこんな事にこっちにうちから聞いたなんて言わんといてね。にこっちそういうの嫌がるんよ」

 えりちは、ふふっと面白そうに笑って、また少し真面目な瞳で、私を見る。

「うん、私もにこを信頼している。大切な仲間よ。でもね、そういう事とは少し違うの」

 そう言って、えりちがそっと私の手を握ってくる。

 まだ少し冷たいその私の手を、えりちの温もりが、優しく包んでくれる。

「なんや、えりちらしくなくヤキモチ妬いてくれてるん?嬉しいけど、えりちの神様見てる前でちょっと恥ずかしいな」

 えりちの瞳が複雑そうに揺れる、何だか今日のえりちは嬉しいけど難しいなあ。

「ヤキモチ、とも少し違うわね」

 えりちが、真剣な瞳を向けたまま、繋いだ手に少し力を込める。

「だって、希は何があろうとも私を選ぶ。そういう絶対の自信が、私にはあるもの」

 そうやね、その通りやね、それは私が唯一、たった一つだけ、にこっちにあげられなかったもの。

 うちの人生、全て、にこっちの為に捧げること、きっと何の後悔も躊躇いもなく、今だって出来るけど、それだけは、あの日踏みとどまる事が出来た、唯一つだけの理由で、これからも絶対に譲ることの出来ない、最後の一線。

「だからね、やっぱりにこに対しては私が懺悔しなければいけないの。それが例え私だけの自己満足だとしても、それは私の、希に対する誠意でもあるの。にこにはもう、真姫がずっと居てくれるから、本当に私にとっての自己満足に過ぎないと思う。それでもね、にこが抱えてきた二年間は消えていった訳じゃない。私達が無かったことにして良い訳では、無いと思うの」

 えりちは、こういうところは真面目すぎるなあ。

 うちだって、あの日のにこっち、永遠に、絶対に、忘れないけど、にこっちのことだって誰にも負けないつもりなぐらい大好きだけど、にこっちの運命の相手は真姫ちゃんだから、うちの出番は、もう終わり。

 えりちが、うちの事だけでなく、これだけにこっちのこと想ってくれるのは素直に嬉しいけど、二人だけの時には、もっと不真面目になってくれても良いのに、うちは生涯えりちのものだから。

「ごめんね希、本当はここでずっと伝えたかったことは別にあるんだけど、これを希に言っておかないと、それを望みに伝える訳にはいかないと思ったの」

 ちょっと申し訳無さそうな、えりち。

 ごめんなんて、そこは気にしないでいいのに。

「ええんよえりち。理由はあったけど、うちは二年間もここに来ることが出来なかったんやから、どんなことも聞くよ。えりちがにこっちのことどれだけ好きかも言葉で伝わったし、全然悪い話じゃなかったよ」

 えりちがまた、微笑んで、繋いでない方の手で、自分のコートのポケットをゴソゴソと探っている。

「二年前からね、ずっとこの日に希に渡したかったの」

 ポケットから出されたえりちの何かを握った手が、促されて差し出した私の手の平に重ねられた。

 えりちの手が開かれて、手の平に触れる、微かな金属の感触。

 えりちがその手を、ポケットに戻そうとして、私の掌の上に現れたのは、この建物の、そこかしこで見受けられる特徴的な造形。

「えりち、ありがとう。えりちがこれをくれることの意味、うちが想っているのであってるのかな?今日はえりちの誕生日なのに、うちが受け取ってええの?」

 込み上げてくるのは、天上に届かんばかりの嬉しさと、抑えきれない、えりちへの感情。

 いざ受け取ってみれば、今日はこれを渡されると、私は確信していたのかもしれない。

 もしもではなく、きっと、二年前の今日から。

「今日は私が生まれた日よ。だから、私がただ貰うだけじゃなく、希にも受け取って欲しいの、私を。だって、私も希も、二年前にもう、この国ではそれを、赦されているんだもの」

 えりちの優しい微笑みと、真っ直ぐな言葉から、全部伝わって来る。

 

 私は貴女に、愛されている。

 私は貴女を、愛している。

 

「希、お待たせ」

 五分だけ遅れて着くと、希は珍しく少しだけ膨れて非難の声をあげる。

「えりち遅い、十五分も待ったんよ」

 遅れた時間は五分だけなんだけど、それは敢えて言わずに、十分前から私をまだかなと待ってくれていた希の姿を想像する。

 堪らない愛おしさが、込み上げてくる。

「ごめんね、凛のプレゼントをどんなの買おうか色々考えてみたんだけど、待ち合わせ時間が近づいてきちゃって、やっぱり今日、希と会ってから一緒に選ぼうと思って、焦って飛び出して来たのよ」

 そう言いながら、希の腕に腕を絡めて、手を握る。

 外で待ち合わせたせいで、冷え切らせてしまって申し訳ないけど、希のその手の冷たさが心地よい。

「もう、だから一緒に選ぼうって言っといたのに。あ、でも着けてくれたんやねえりち」

 私の頭から伸びる尻尾の付け根に、視線を向けて、希が嬉しそうに笑う。

 あの日、私からのプレゼントを受け取って貰った後、希から私が貰ったプレゼント。

 特別な日には、必ず着けるようにしている。

「もちろん、今日は希と二人でお出かけだし、その後は凛の特別な日だもの」

 思わずウインクすると、希はちょっと照れた感じで、また嬉しそうに笑った。

「えりち、取り敢えず、ここにもお祈りしていくんよね?」

 日本で一番大きな大聖堂の隣、小さくも、大切にされている小聖堂。

「もちろん、希も一緒にお祈りね。本当はね、にこのことを祈るのは前回の大聖堂よりもこの小聖堂なのよね」

 それは些細な事だけど、この国の願掛けとしては意外と馬鹿に出来ない、意味のあること。

「どうして?」

 きょとんとした、可愛い顔で、聞いてくる希。

「大聖堂の方も、通称にその方の名前がついているけどね、この小聖堂はその方の名前が正式に着いている、聖ニコライ記念聖堂っていうのよ」

 それを聞くと、希は真剣な眼差しでお祈りを捧げ始めた。

 些細なように見えても、希がそれに願を掛けるなら、それはきっとそのうち大きな意味を持ってくる。

 

 公園でカレーフェアのカレーを二人で幾つか食べて、スキーフェアを横目で楽しみながら、古本市に向かった。

「えりち、ロシアの絵本があるよ」

 最近見慣れてきた、特徴的なキリル文字が並んでいる本屋さんで、足を止める。

「あら、この絵本子供の頃に良く読んだわ。お祖母様に読んで貰ったりもしたなあ」

 絵本だけじゃなく、普通の本や新聞なんかも置いてある。

 えりちは本に真剣に見入ったり、新聞を手に取ってニュースを読んだりしている。

 えりちには、ここの本屋さんが丁度良さそう。

 流石に凛ちゃんのプレゼントにロシア語の本は無いなと思うので、うちは見入っているえりちの格好良い横顔を暫く堪能した後、目を付けていた本屋さんに歩いて行く。

 今回は凛ちゃんの乙女心を、存分に刺激するような本をプレゼントしようと思って、古本市に来たので、そこの本屋さんの目玉商品を凛ちゃんに送ろうと思う。

 少し古い本だけど、凛ちゃんなら読んでいけば好きになってくれそうな気がする。

 ちょっと高いけど、えりちと半額にすれば現実的なお値段。

 

 その本の名前が、意味する花、ひまわり。

 

 凛ちゃんの、女の子らしさと、元気さを、同時に表す、良い花だなと思う。

 誕生花じゃないのが意外に思えてしまうくらい。

「希、色々気になって買っちゃった」

 嬉しそうな声が聞こえて、振り返ると、両手に紙袋を持ったえりち。

 これからは、将来の事も考えて、えりちの無駄遣いにちょっと煩くなろうかな。

 

 警備員さんに入れて貰って、何時もと違って静かな校舎内を二人で歩く。

「えりち、休みの日の学校って、何かわくわくするなあ」

 楽しそうな希、その手には凛へのプレゼントが抱えられている。

「そうね、わざわざ休みの日に部室で誕生日会というのは最初は驚いたけど、こうしてみるとちょっと楽しくなってくるわね」

 部室に着くと、中から漏れ聞こえて来る皆の声。

「えりち、うちな、にこっちがもうこの部室に一人で居ることがないこと、本当に凄く嬉しいんよ」

 きっと希は、一人でこの部室に居るにこを、何度も見てきた。

「そうね、にこはもう一人じゃないわ。もし万が一にこが一人でこの部室に居るような事態がまた起きたら、今度は私と希が部室に押しかけて、にこを支えましょう」

 そう言いながら、扉の向こうで待っているであろう、私と希の大切な友達と、仲間のことを思った。

 

説明
一ヶ月半と遅れ過ぎた絵里ちゃん誕生日記念|ω・´)

忙しくとも、にこまきとのぞえりとりんぱなとことほのうみの妄想は忘れておりませんでした。
大分遅くなってしまいましたが絵里ちゃん誕生日記念ののぞえりです。
二人だけが持っている二人きりの世界。
でも、決して二人は他の皆を蔑ろにしているわけではありません。
希ちゃんと絵里ちゃんの持つ信仰は私がラブライブで追いかけたいテーマの一つです。
次は凛ちゃんを近いうちに!
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