紺野夢叶 短編小説【ジーニアス・オン・ア・ジーニアス!】6 |
「やったあ〜!! じゃあお邪魔させていただくのです〜!」
「もちろんだよー! ようこそいらっしゃいー!」
すっかり上機嫌なキャロルと父。それを尻目に夢叶はため息をついたが、こっそりと夢叶も気を踊らさせていたということは、言うまでもない。
「ようし、今日は夢叶のお友達が初めてきてくれる、記念すべき日だから、今日の晩御飯は豪華なものにしよう!」
「おおお〜!!」
「夢叶、昨日のカレー残ってるよなー? じゃあお父さんにんじん買ってくるから、それも一緒に煮込んでくれー!」
気分上々の父は踊るような足取りでスーパーマーケットに向かった。豪華な食事で、残り物のカレーに人参。しかもそれを作るのは夢叶自身である。
夢叶は怒りも呆れも通り越して、無表情で父の後姿を見ていた。
紺野家の客間で筋金入りのアイドルオタクの兄とキャロルはすっかり意気投合し、夢叶の学校での様子を知れた父はすっかり上機嫌だった。そこに夢叶は居なかった。夢叶がどこで何をしているのかと言えば、客間から離れた台所で、箱の中にある無数の玉ねぎに、涙を奮わせていた。
「最近の推しはSZK88なんだけど」
「わかります〜!! センターの前島ちゃんが」
「いやいや柏原でしょ」
「はああ……ゆしりんも可愛いですねえ……」
「ところで夢叶はクラスだとどんな様子なんだい?」
「人気者ですよお〜!今日、スポーツテストがあって、立ち幅跳びの着地のときにまるで羽生」
「お待ちどうさま」
どんと勢いよく、人参の赤色がきらめくカレーが、テーブルの中央を陣取った。来ているのは夢叶の友達のはずなのに、どうして自分が一番輪に入れて居ないのだろうかという、不平不満が、カレーの背後から漂っている。しかし、能天気三人組は、そんな陰気など全く察することなく、元気いっぱいの「いただきます」をお見舞いしてくるのだった。
「美味しい〜!!」
満面の笑みでキャロルは言った。
「さっすが夢叶様です。あのあの、調味料とか何使ってるのですか?ブイヨンとか自家製ですか〜?」
「ぶい……? 別に、普通にルーと、あと適当に塩コショウくらい」
「えええ〜!? それだけでこんなに美味しいのですか!? 夢叶様すごい……やっぱり天才〜!!」
瞬間、テーブルを叩く音に、食卓の空気が凍り付いた。
「アタシは、天才なんかじゃ、ない!!」
夢叶自身も、大声をあげ立ち上がったことが無意識だった。夢叶は一瞬はっとしたが、顔を合わせ自分の様子を伺ってくるキャロルと父兄の姿を見て、その肩を小刻みに震わせた。
「……夢叶、様?」
「うるさい」
「え、だって夢叶様は、勉強も体育も、料理も」
夢叶は、力強くキャロルのほうを睨み付けた。その目から、ほのかに涙が伝っていた。
「違うもん」
キャロルだけでなく、父も兄も、初めて見る、夢叶の表情だった。
「違うんだもん!!」
「夢叶!!」
夢叶は、逃げ出すように食卓を飛び出した。一瞬でしんとなった客間に、夢叶の部屋の方から、泣きじゃくるような声が聞こえてきた。
「アタシなんかより、キャロルのほうが、ずっと凄いもん。天才、だもん。アタシなんかより、ずっといい家に住んでて、ぶいやんだか判んないけど、きっと凄いもの使ってご飯も作ってて、あのカッコいいお父さんと、・・・お父さんと、お母さんが・・・。お母さんが、居るんだもん。ばか。ばあか。なんなんだよ、アタシなんて」
廊下と夢叶の部屋を仕切るのは、立て付けが悪く、しっかりと閉まりきることのない、薄手の引き戸だ。漏れだす夢叶の声を、キャロルは、戸を背にして聞いていた。
「お母さん、お母さん。お母さん、……えくれあぁ」
キャロルははっとして、台所へと走った。キャロルは迷わず冷蔵庫に手をかけた。その中には、紙の袋に装丁された、二つの――。
「エクレア!!」
「えっ」
音と共に引き戸が開かれると、そこにはキャロルの姿と、きらきらと輝く甘い誘惑の姿があった。
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桜学園☆初等部の短編小説です。 ・公式サイト http://www.sakutyuu.com/ ・作家 田島聖也 |
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