王四公国物語−双剣のアディルと死神エデル−
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王四公国物語−双剣のアディルと死神エデル−編

 

                      作者:浅水 静

 

 ◇第01話 ハンターズ・ギルド

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 アーダベルトが、ディングフェルダー領に住み始めて一月半程が経過していた。

 

 亡き母の遠縁を頼ってこの地を選んだが、元々、扶養を頼っての趣旨ではない事を前もって知らせていた。家名取上げとなった為、ディッタースドルフは名乗れず、母の旧姓であるガーゲルンの名乗りと身元引き受けだけを頼んでいたのだ。

 

 特に永住するには、領氏台帳に記入が無ければ流民扱いにされてしまうので、まともに領内の職に付く事は出来なくなってしまう。そうなっては、領庁都市のスラム街を彷徨う事になる。

 

 その為の姓と身元引受人が必要だった。

 

 アーダベルトが、ディングフェルダー領を選んだのには理由があった。一つは、税が安いのだ。

 

 現在の王四公国の治世以前は、五国間騒乱と呼ばれ、王国は各国との戦争に明け暮れていた。特にディングフェルダー領は、他の領地に比べ広大だが東は神公国、西に聖公国に挟まれ、五国間騒乱では常に最前線であった。そのせいで、領土は荒れ、八十年の年月が流れても畑の開発が難しく、入植者の数は決して充分と言えるものではなかったのだ。

 

 その為、税を安くしているのが現状だった。

 

 ただ、東の神公国は、信仰上また生活習慣上、森を大事にし極力木を伐採しない事を主としていた。

 

 入植者が少なく、戦乱後も手付かずだった為、ディングフェルダー領の東側は、神公国の森がそのまま広がり野生動物の繁殖には最適な環境となっていた。

 

 どの道、身包み剥がされて一文無し。

 

 たった一つ、いや、二つだけ残ったのが今、腰に携えている双剣だけだった。通っていた軍の調練場に預けていた為、取り押さえの難から逃れたのは、幸いだった。

 

 西の聖公国でのみ産出する、稀少価値の高いブルーメタルを鍛えた業物。鋼より軽く硬質で靭性のあるこの双剣の方が、重さを活かして振り下ろす剣や盾より非力な自分にとっては、幾倍も使いやすいとアーダベルトは思っていた。

 

 双剣が最大に活きるのは、その奇襲性だ。相手の盾や剣に合わせられない様に、振りのモーションを最小に抑えつつ、剣の軌道を読まれにくい角度で刺し込んでゆく。

 

 ヴィルフリートとの立合いでは、「戦では相対したくないものだ」と苦笑いさせていた。最も、そう言いながら勝てた例しが一度も無かったのが、ヴィルフリートの巧みさを物語っていたが。

 

 幼少からの訓練でアーダベルトがその身体に刻んだものは、少なくなかった。特に体裁きは、獲物が剣の射程に入るまで気づかせる事が無いほど、卓越したものになっていた。

 

(これでは、双剣士ではなく、東の神公国で戦に使われると聞くアサシンだな)

 

 しかし、その成果は、狩りでの実績が証明していた。

 

 アーダベルトは、まだ成人していないので、ハンターズ・ギルドから正式な認証を受けての狩りは行えないでいた。狩りの仕方と共に、いくつかの守らなければ行けない領内令などの講習の一環として、仮認証としての狩猟が許可されていた。いわば、実践練習期間というわけだ。

 

 にもかかわらず正式なハンター顔負け、それも大人でも数名での狩りが推奨されているエールデヴォルフという狼を数匹相手にしても狩れるだけの力量があった。

 

 その身一つと相棒ともいえる一対の双剣のみで生きて行くのに、アーダベルトが選んだのはハンターであり、その為の狩猟場が豊富なディングフェルダー領を選んだのがもう一つの理由であった。

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 後、一週間ほどで誕生日を向かえ15歳になる。そうなれば、アーダルベルトは、晴れて一人前のハンターとして認可証を発行してもらえて、それを身分証明代わりとして他の公国への入国が許可される。

 

 父から王立学校で学ぶ事以外、様々な事を叩き込まれたといっていい。主にというか父の専門の財政面の事柄が多かったが、アーダベルトが興味を引いたのは他公国についてだった。

 

 王都で父の後を、高位法衣貴族であるディッタースドルフ伯爵家を継いで財務官僚として宮中の執務室の机に齧り付く毎日と思っていた。それはそれでやりがいのある仕事だろうと思ってはいた。

 

 特に王立学校に通う道すがら、日に日に増える王都のスラム民の数に子供ながら胸を痛めていた。

 

 自分が財務を父のように仕切り、王都の民を豊かにする。貴族の嫡子としての責任を幼少から教えられ、そしてアーダルベルトはそれに答える成長を遂げていた。

 

 ただし、それと同時に当たり前の一般の少年のように好奇心も持ち合わせていた。

 

(信仰神も習慣も違う他の公国に一度でも良いから行って見たい)

 

 平民階級へと落とされたアーダルベルトが腐らず、絶望もせず、良い意味で前を向く自由を得た少年だからこそ、少年であればこその理由だった。

 

 そんな思いを胸にギルド会館で、狩りの受付の前に朝の日課になっている商業ギルドからの依頼の張り紙に目を通していた。

 

 依頼自体に大して意味は無かった。仮認証のアーダルベルトには、まだそれを受ける事が出来なかったからだ。ただ、こちらに来て字を読む機会がめっきりと減ってしまっていたのだ。

 

 速読。

 

 様々な書類に目を通さねばなら無い財務官僚の子息。その習性がともいえる。

 

「アディル君!」

 

 背後に人の気配は感じていた。声を聞いて誰かは思い当たった。

 

「はい」と笑顔で振り返ると、いつもカウンター越しで狩りの受付をしてくれる年上の女性マクダレーネ・アーベルが何かいつもと違って落ち着かない様子で話しかけてきた。

 

 年齢が二十歳そこそこらしいがまだ未婚で、アーダルベルトを弟のように気に掛けてくれる。危険なエールデヴォルフを初めて数匹持ち帰った時は、目を丸くして「怪我は無いか?」「無理はしていないか?」と心配してくれていた。最近は大分慣れたようだが。

 

 アーダルベルトとしてはソロで狩っている以上、無理をしているつもりもするつもりも無いのだが、人と極端に付き合いが無い中で気に掛けてくれるマクダレーネに対して、こそばゆい感情もありながら、また嬉しくもあった。

 

「実は……パーティーを組んで狩りに行って欲しいのだけど……」

 

「マクダレーネさんとですか?」

 

「え?……やーねー、違うわよ、実はね……」

 

 彼女が視線を移す先には、見知った顔の男女二人が立っていた。

 

 一人はニコラウス・フォン・ブルメスター、ここの地方貴族の三男坊。もう一人はロミルダ・フローエ、彼女はブルメスター家付きの郷士の次女だったはずだ。

 

 二人は、いつもペアで組んで狩りをしていた。エールデヴォルフが良く出没する場所で狩っていたので、アーダルベルトとも顔を合わせていた。そして年齢も一緒だった。

 

 何とはなしに二人の狩り方を見た事があったが、ニコラウスが剣と盾のオーソドックスなスタイルで、ロミルダが弓で間引いて、近接になれば槍に持ち替えて二人で協力するなかなか良いコンビネーションの狩り方だった。

 

 一度、ロミルダが左腕を負傷した上、七匹に囲まれていた所に加勢に入った事があった。その時、彼らたちの素性などを聞く事となった。

 

 それからはギルド会館や狩場で会えば、向こうは軽く手を上げて挨拶をし、こちらは笑顔で頭を軽く横に傾け挨拶代わりにする。そんな程度の付き合いだった。

 

 そんな訳で、あまり良く考えず彼らと組む事を受け入れる事にした。

 

「ああ、構いませんよ。まんざら知らない人でもないし……」

 

 そう言いかけてから、初めて彼らの後ろに隠れるようにしていたもう一人の小柄の人物に気がついた。

 

 その人物は女性でアーダルベルトと差して変わらない年齢に見える。

 

 いつも冷静なアーダルベルトだが、流石にこの時は彼女の異様さに絶句していた。

 

 何故ならこれから狩りに向かうのに彼女は、ドレス姿だったのだ。

 

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初出 2014.11.11 に『小説家になろう』 http://ncode.syosetu.com/n4997cj/ にうpしたものです。

説明
第01話 ハンターズ・ギルド

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