話いなめ諦
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ただひたすらに、腹立たしい。

 

自身の爪に噛みつきながら、ロックはあからさまにイライラしているような態度を示す。

ここは狭い檻の中。

砂漠にあるピラミッドの中にある大きな監獄の一室に、ロックは捕らえられていた。

 

そんなロックを見張りながら、ゴズとメズは呆れたようにティータイムを堪能する。

「しつこく脱獄しようとするから鉄球付けてみたけど失敗だったわねぇ」とゴズが呟いた。

「あのコあれを付けてても動き回れるようになっちゃったわねぇ」とメズも答える。

普通はあんなモノ括り付けられれば萎えて大人しくなるのだけれど、とふたりはロックに目を向けた。

ずっと鉄球を括り付けられる生活にめげず、ロックは脱獄を続けている。

その結果鉄球がいい負荷になったのか筋力がアップしたらしく、ロックは以前よりも激しく動き回れるように成長していた。

そのため脱獄が増え、ゴズとメズが見張りについているのだが。

 

「でもあのコ、イイ感じに筋肉付いてきたわ」

 

「えー? アタシはもっと線の細い方が好きかもー」

 

キャイキャイとピンク色のオーラを放ちながら、ゴズとメズの会話は好みのタイプの話題へと移行していった。

そんな会話に若干身震いしながら、なるべく耳に入れないようにロックはチマチマ壁を削る。

バレないようにこっそりと。

多少の切れ目を入れる事が出来たなら、自分はそこを壊す事が出来る。

長期間の牢獄生活で培った、自分の腕力と脚力には自信があった。

牢を破壊する度に腰に小さな鉄球が増えていったが、今更1個2個増えたところで変わらない。

絶対外に出てやると固く誓いながら、ロックは壁を削り続けた。

 

 

 

そろそろイケるかなとロックが一息ついていると、ゴズとメズが黄色い声を響かせる。

「あらサッカーラ様。こんな所になんの御用事かしら」「それともアタシたちに会いに来てくれたの?」

ゴズの放った名前に反応し、ロックはガシャンと音を立てながら話題の人物に噛み付いた。

 

「おい!さっさとこいつをはずせ!」

 

自分を捕らえろと部下に命じた張本人・魔王サッカーラを睨み付けながら、ガンガン鉄格子を叩く。

そんなロックを一瞥し、サッカーラはとてもとても楽しそうに言葉を紡いだ。

 

「フン、ユーはこのキングサッカーラに指図しようというのかぁ?」

 

目の前にいるのに、あと少し手を伸ばせば届く距離にいるのに、ロックは鉄格子に阻まれ笑っている魔王には近付くことすら出来ない。

イライラしながらロックは鉄格子を蹴り飛ばす。

サッカーラはロックの態度にオーバーなリアクションをし、ニヤリと笑う。

「オモチャが面白い塩梅になってきた」とでも言いたそうに。

大声で喚きながらロックが再度鉄格子を蹴ると、サッカーラはゴズとメズに何か耳打ちし鼻歌を流しながらその場から去っていった。

残されたゴズとメズがロックの方を見てニコリと笑う。

そんな視線に背を向けて、ロックはイライラしながらゴロンと床に寝そべった。

 

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夜になり監獄の見張りが多少緩くなったころ、ロックは思い切り壁を蹴破った。

昼間チマチマ削っていた壁は簡単に崩れ去り、ぽっかりと出口を開いている。

 

「今回こそは」

 

そう呟いて、ロックは首の拘束具から繋がる鉄球を引きずり牢から外へと身を乗り出した。

出た先は廊下。主人の趣味だろうか、かなり派手な装飾がなされている。

位置としてはこの辺か、と幾度となく脱獄を試みた経験から頭の中に監獄の地図を浮かべ、ロックは自分の今いる場所を割り出した。

監獄の図面くらい余裕で作れそうだなと自分に呆れながら、埃を払いつつ出口の方向に顔を向ける。

派手に壁を破壊したせいかすぐさま警報が鳴り、ザワザワと生き物が動き出す気配が広がっていた。

 

「…急ぐか」

 

脱出ルートなどいくらでも思い描ける。しかし、出来れば最短で。

ロックは重い鉄球を引きずりながらも足早に?を進め始めた。

自由になるんだと強く思いながら。

 

 

 

時には影に隠れながら、時には廊下を一気に走り抜けながら、ロックは地道に出口を目指す。

ふよふよ飛び回るちび古神兵や地面を駆け巡るちび古神兵の索敵を回避しつつ進んでいると、恐竜戦士のふたりが立ち塞がっていた。

舌打ちしながら「ルートを変えるか」とロックが踵を返そうとした瞬間、手枷が柱にぶつかり崩れ大きな音を立て落下する。

しまった気付かれるとロックの顔が青ざめたが、予想に反してしばらく静寂が続いた。

不思議に思って恐竜戦士を覗き込むと、先ほどと変わらず立ち塞がっている。

 

「…あいつら立ったまま寝てねーか?」

 

見張りに立っていながらガン寝しているステゴとアンキロを見て呆れ、ロックは気にせず先に進むことにした。

先ほどの音に反応すらしなかったのだから前を通っても大丈夫だろう。

自身の鉄球が奏でる音が響くが、案の定ふたりはいっさいの反応を見せず無事通過できた。

 

「お前らそれでいいのか?」

 

通過したばかりの扉を振り返り、どこか抜けている恐竜戦士たちにロックは小さく言葉を贈る。

寝てたところを叩き起こされたんかなと多少同情しつつ、ロックは出口へと向かい始めた。

 

 

もう少しで出られるという場所で、待ってましたとばかりに紫色の幻獣が降ってきた。

ドスンと大きな音を立て、土煙を舞わせながら現れた獄長は「サッカーラ様の言った通りになったわね」とロックに言葉をぶつける。

そろそろまた脱獄しそうだと楽しそうに言っていたらしい。

その言葉を聞いて読まれていたとロックは悔しそうにギリと歯を噛みしめた。

 

「アタシがいつでも見守っていてア・ゲ・ル、…って言ってるじゃない」

 

「うるせえ!オレはここから出るんだ!!」

 

そう叫んでロックは獄長に殴りかかる。

思い切り体重をかけて、いっそのこと鉄球分の重さも追加させて、ロックは渾身の一撃を繰り出した。

もう少しなんだ。もう少しで外に出られる。

こいつさえ黙らせられれば、もうすぐ。

 

そう思ってそう願って振りかぶった一撃は、獄長の「コーフンしちゃう!」というひとことを引き出すだけで終わった。

返しとばかりに獄長の持つ棍に襲われ、ロックは飛ばされ地面に叩きつけられる。

「お腹減ってるから力入ってないんじゃない?軽いわよぅ」とケラケラとした笑い声と共に。

また失敗かとロックは悔しそうに床を叩き呟いた。

 

「ちっくしょう…!」

 

「脱獄なんかしなくても1回だけならチャンスをあげる」

 

そんなロックを見下ろしながら、獄長はニコリと笑って人差し指を立てる。

「コロシアムに出なさい。勝てたら外に行ってもいいわ」という獄長の言葉にロックは驚いてガバッと身を起こした。

もちろん枷は付けたままだけど、と獄長は言うが破格の条件だった。

鍛え抜いた今の自分ならば、大半の相手に勝てるだろう。

なおかつ、コロシアムは屋外に作られている。隙をつければそのまま無理矢理脱出することだって出来るかもしれない。

こいつらのいいなりになるのも、見世物となり闘うのも気に食わない

がこちらに有利な条件を聞いたロックは二つ返事で承諾した。

 

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「対戦相手が決まるまでここにいてねぇ」

 

獄長の条件を飲んだロックはいつもとは違う牢に連れて行かれる。

簡易だがベッドがあり、空箱が隅に放置されている。これは机代わりだろうか。

あとそこそこ広い。

初めて見るタイプの牢屋にロックが呆気に取られていると、「コロシアムで闘うコは皆こんな感じよぅ。ご飯もちゃんとあげるから」と獄長が笑いながら教えてくれる。

 

「前のコが使っていたモノはそのままだから、好きにシテね」

 

「…わかった」

 

立派な牢屋に圧倒されているロックは上の空で返事をした。

机モドキの空箱の上にあるのは紙だろうか。牢屋内部をキョロキョロと観察していると、いきなり牢獄内部に転移させられた。

魔方陣で飛ばされたらしい。

無理矢理入獄させられたとはいえ、今までよりも優遇されている牢に若干テンションを上げていたロックはポスンと簡易ベッドに腰掛けた。

薄いとはいえ毛布のようなものもある。寒さ厳しい砂漠の夜には有難い。

どうにもここはコロシアム参加者専用の多少優遇された牢のようだ。

サッカーラは元より、観客を楽しませるためにはある程度体調を万全にさせておく必要があるのだろう。

ということは、幼いころからずっとコロシアムに出ているあいつはずっとこんな生活していたのか。

そうロックが思っていると突然声がかけられる。

 

「…ロック!?」

 

聞きなれた声。そして、今の今まで思い描いていた人物の声。

顔を向けながら、ロックは驚きの声を発した人物を認識する。

 

「タクス」

 

「なんで君がこんなところに…!」

 

鉄格子を掴んでタクスは慌てたような声を出す。

下層の牢にいたときにも、ときたまタクスは会いに来てくれていたが久々の再会。喜んでも良かったとは思う。

しかし「こいつはずっとこの立派な牢屋にいたのか」という思いが多少勝ってしまった。

なんせ自分はずっと狭くて雑な牢で食事すら満足に与えられずにいたのだから。

 

「お前いい生活してたんだな」

 

「え? 違うロック、ここは…」

 

「うるさい!」

 

どうにもイライラしてしまい、ロックは鉄格子を蹴り飛ばす。

ロックの態度にタクスはビクッと反応したものの、めげずに言葉を続けようとした。

しかしそれもまたロックに遮られる。

 

「素直に魔王に従ってれば飯もちゃんと貰えるんだな。お前からしてみれば俺らは馬鹿に見えただろうな」

 

「違う…! いいから話を聞け!ここは一度でも、」

 

頭を振ってタクスはなんとか話をしようとするが、ロックは聞く耳を持たない。

そうこうしているうちに騒ぎを聞きつけた恐竜戦士が寄ってきて、タクスを拘束しロックのいる檻から引き剥がす。

抵抗はするものの、ガタイのいいふたりに押さえつけられてしまえば叶わない。

離せと叫んだタクスだったが、アンキロに何がを囁かれ驚いたように目を見開いた。

そのままの表情でロックに顔を向ける。

言葉を発しようとしたタクスの口はステゴに塞がれ、そのままズリズリと引きずられて行った。

そんなタクスに背を向けて、ロックは再度ベッドの上に戻る。

引きずられながらも必死に口への拘束を外したタクスは、ロックにひとこと呼びかけた。

 

「ロック! 何があっても希望を捨ててはいけない!」

 

それだけ叫んでタクスは再度口を塞がれくぐもった声を漏らす。

姿を見る気はなかったが、その声を聞いたロックは声放った。

 

「お前に何がわかる!」

 

自分に比べてマシな生活をしていたお前なんかに何が。

魔王の命令に素直に従ってずっと見世物となり闘ってるお前なんかに。

俺はコロシアムでの戦いに勝って外に出るんだ。

お前みたく魔王を喜ばせるために闘う気なんか、ない。

 

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イライラしながらベッドに寝転がっていたロックだったが、時間が経つにつれ冷静になっていく。

あそこまで敵意向けなくても良かったよなあとか、あそこまで言わなくても良かったなあとか。

タクスにも事情があるだろうに、その時の感情に身を任せ怒鳴り散らしてしまった。

自分のいる牢に会いに来てくれたときは気晴らしになるような他愛もない話をしてくれたり、会えないときでもタクスの活躍を噂に聞いて励まされたりしていたのに。

 

「そういやタクスはさっき何を言いかけたのかな」

 

ちゃんと話を聞かなかった自分に嫌悪しつつ、ロックはゴロンと寝返りをうつ。

視線の先には机代わりの箱と、その上に乗っている紙。

ふと思いついてロックはベッドから身を起こし、箱の前まで移動した。

書くための道具を探したが、それは見当たらない。先端が尖っているものは危険だからだろうか。

少し悩んでロックは自分の指先を噛み切る。

「痛ェ」と小さく呟きつつも、ぷくりと溢れ出た己の血を使って紙に図形を描くことにした。

自分の経験に基づいて、この監獄の図面を。

ゆっくりと思い出しながら、少しずつ少しずつ。

描いているうちに凝りだして、抉ったり砂を塗りつけて多少着色をしたり苦戦しながらも文字を付けてみたり。

少しずつ書き連ね、図面を完成させた。

 

「よっし」

 

ロックは完成と共に小さくガッツポーズし、書き上げた図面をくるくると巻く。小さく隠せるように。

これさえあれば、他の脱獄狙いのヤツにも外のヤツにも有利な情報を渡せる。

あとはバレないようにしないとな、と苦笑しながら頭を掻いた。

 

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「アンタの対戦相手が決まったわよ」

 

図面を書き上げて数日後、笑いながら獄長がロックにそう告げる。

あの後からタクスは自分のところを訪れはせず、自分も「ダーメ☆」のひとことで檻の外へと出ることは叶わなかった。

タクスに謝るタイミング逃しちまったな、と残念に思いながらもロックはすっと立ち上がり獄長の前まで移動する。

 

「戦う相手は誰だ?」

 

「それはコロシアムに行ってからのオタノシミ♪」

 

教える気は無いらしい。

ならばと日時を問えば「今から」と至極あっさり答えられた。

ロックが急すぎると慌てれば、嫌ならアンタの不戦敗とこれまたあっさり言われてしまう。

獄長の態度にイラつきながらもロックは「わかったよ!」と怒鳴り返し、参加の意思を伝える。

 

「ハーイ。じゃ、ゲートを開くわよぅ」

 

獄長が手をかざすとロックの足元に魔方陣が現れ発光を始める。

行き先は対戦会場だからね、とニッコリ笑いながら獄長は手をヒラヒラさせた。

そんな獄長からぷいと顔を背けたロックの身体は、光に包まれ転移される。

 

今の自分なら大抵の相手に勝てる。

「俺を解き放ったことを後悔させてやる」

そう呟いてロックはニヤリと笑った。

 

 

久しぶりに青空を見た。太陽が眩しい。

ロックがコロシアムに到着した瞬間、大音量の歓声が耳を襲う。

DJがそんな歓声に勝るとも劣らない大声を響かせた。

 

「レディース エンド ジェントルメン! 本日のバトルはァ!こいつらだァ!!」

 

DJが叫ぶと共に、観客は更に大声を上げる。

賑やかを通り越して喧しくて鬱陶しい。

露骨に自分を「見世物」とするDJにも観客にもイライラし、ロックは会場にいる全てを睨み付けた。

その間もDJは喋るのをやめない。

ロックは自由になったらあいつを真っ先に殴ろうと心に決める。あいつが一番ウザってぇ。

 

会場をぐるりと見回したロックは、同じバトル会場内に立つ見知った顔を見付けた。

思わず目を見開いて彼を凝視する。

ロックと同じように監獄に囚われ、

ロックと同じように脱出を目指し、

時に励まし合い、時に罵り合った脱獄仲間。

ロックが先に成長すれば「俺のが小回りきくし」と悔しそうに憎まれ口を叩いた。

固まっているロックを尻目にDJは叫ぶ。

 

「今回はァ!大地の闘士ロックと牢戦士ジェイルの勝負だァ!」

 

DJの放った言葉通り、ロックと相対しているのは、仲間であるジェイルだった。

 

 

DJは続ける。

「従来通りのバトルルールとはちょっとチガウぞ!なんとなんと!今回の勝者は監獄から解放されてしまう!」

その言葉を聞いて、会場からはブーイングが響く。

会場の反応にチッチッチと指を振り、DJは笑った。

「しかぁし!負けたら一発でジ・エンド!死ぬことなんて生温いオシオキ部屋!誰も知らない地下の地下まで落とされる!」

ハイリスクハイリターン。それに気付いた観客は歓声を上げる。

ああ、この会場にいるヤツら全員が敵なんだ。そう実感したロックは憎々しげに歯を噛みしめた。

 

確かに自分は外に出たい。

でも仲間を踏み台にしてまで外に出たいとは思わない。

 

ギッと己の爪を噛み、ロックは思考を巡らせる。

そういやあのときタクスが漏らしていた。「一度でも、」と。

今回は特別ルールらしいが、おそらくコロシアムで闘う場合は一度でも負けたら終わりなのだろう。

そうだあの部屋に連れて行かれたとき獄長も漏らしていた。「前にいたコ」と。

俺の前にあの部屋を使っていたヤツは何処にいった?

 

コロシアムの絡繰りがだんだんわかってきたロックは思わず爪を噛む歯に力を入れる。

今の会場の雰囲気では「戦いたくない」なんて言えば自分もジェイルも堕とされる。

下手に手を抜いても駄目だ。なんせ四方八方から見張られているのと同じなのだから。

 

ちらりとジェイルに視線を送ったが、遠すぎて表情が確認出来ない。

なんであの野郎はあんな遠くに陣取ってんだクソが、とロックは若干理不尽な怒りを向けた。

ロックが視線を向けたのに気付いたのか、ジェイルが声を放つ。

 

「ロック!力を貸してくれ!」

 

それはどちらの意味だろうか。

自分が外に出るために負けてくれということか。

それとも、

 

ロックが一瞬躊躇した隙に、ジェイルは距離を詰めトンとロックの腹部に拳を当てる。

必死な目でロックを見上げながら、他の人間には聞こえないくらいの小さな声で言う。

 

「やる」

 

それは殺るなのか闘るなのか贈呈の意味なのか。

悩むロックに多少イラついたのかぐりっと拳を動かされ、思わずジェイルの拳の下に手を出した。

ぽとりと何かが落とされる。

触った感触は小さな鉄格子の欠片ではあったが、変な部分がトゲトゲしていた。

 

それはまるで鍵であるかのような形。

 

気付いたロックがジェイルをみると、ジェイルはいつものように笑顔をみせてロックから離れた。

体制を立て直し武器を構える。

「おおっと、バトル前にジェイルの先制攻撃か!?」と煽るDJをスルーして、ロックは鍵を握り締めたまま一番はじめにジェイルに言われた台詞に声を返す。

 

「だったらオレを倒してみなッ!」

 

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ロックとジェイルの戦いは、ロックが膝をつき勝敗が決した。

DJが勝者の名を叫び、ジェイルは慌ててロックに駆け寄る。

 

「お前なんで、」

 

鍵やっただろそれ外せよ、お前なら枷外れたらバトルなんか無視して脱出出来ただろ、と小さく呟くジェイルに対しロックは左手の人差し指を自身の口の前に立て黙らせる。

ロックの右手にはジェイルから渡された鉄格子の欠片が握られたままだ。バトル中一度も開かなかった。

左手をこっそり動かし、ロックはジェイルに小さく畳んだ監獄の図面を押し付ける。

 

「お前が持ってろ」

 

そう小さく言葉を紡ぎ、ジェイルが図面に触れた瞬間ジェイルの体躯は成長を遂げた。

DJが「仲間を倒してレベルアーップ!仲間を犠牲にし成長したジェイルに拍手を!」と完全に煽りに入る。しまった殴りたい。

驚き戸惑うジェイルにニッと笑いかけ、ジェイルを突き飛ばす。

ロックの真下に出来た地の底へと繋がる魔方陣から逃すために。

ジェイルがロックの名を呼び切る前に、ロックは地の底へと落とされていった。

「これで太陽ともおさらばか…」そう少しばかり笑いながら。

最後の最後までロックの右手は固く握り締められたままだった。

 

 

残されたジェイルに獄長が笑いかける。

「残念だったわねぇ。牢戦士逃してあげると約束したけれど、脱獄騎士には逃してあげると言ってないわ」

とむちゃくちゃな理由をつけ牢屋に戻れと命じてきた。

話が違うと怒鳴り斬りかかろうとするジェイルを無視して、獄長は魔方陣を発動させる。

最初っから難癖つけて外に出すつもりはなかったんだろ!?という怒鳴り声だけを残して、ジェイルは別の場所へと飛ばされた。

 

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「痛ってえ!」

 

「ロック、…じゃない、ジェイル!?」

 

ドサリとジェイルが落下したのは元ロックのいた牢屋。

その牢屋の前ではタクスがちょこんと待っていた。

ロックが戻ってくるとばかり思っていたタクスは、ジェイルが現れたことに驚く。

 

「ロックは?戻ってくるとばかり…」

 

「目の前で地の底まで堕ちてった」

 

ぶつけた自身の頭を撫でつつジェイルは答える。

ジェイルの返答に息を飲むタクス。

コロシアムで負けたら終わりということは知っていたようだが、負けたらどうなるかまでは知らなかったらしい。

厳密には負けたらここからいなくなることは知っていたが何処に行くかは知らなかったというべきか。

というか何故タクスは牢から出てこんなところにいるのだろうか。

そういやジェイルが中層の牢にいたときもちょくちょく会いに来ていた気がする。

それを問えばタクスはけろっとした声で「僕ここ長いから、抜け穴知ってるんだよ」と答えた。

大人しく従っているように見せかけてやることはやっている。

 

「ロックがここに来たときにバレちゃってね、少し見張りが厳しくなったんだけど今日はなんか緩くて」

 

「ああ俺とロックのバトルがあったからだろうな。てかロックここにいたのかよ」

 

牢屋内部をぐるりと見渡しジェイルは呟いた。

数日だけだけどねと苦笑しながら、コロシアム参加者専用の檻だとタクスは説明する。

じゃあお前もこんな感じの牢屋なのかとジェイルが言えば、タクスはビクリと身体を硬直させた。

いきなり固まったタクスを不思議に思うジェイルだったが、多少思案し「こいつロックになんか言われたな?」と予想を立てる。

ジェイルは呆れたように息を吐き、鉄格子の隙間から手を伸ばしてタクスの頭をカツンと叩いた。

 

「ちなみにお前はなんでここに居座ってんだ?居心地がいいからっつー理由なら今度は本気でブン殴るぞ」

 

「ち、違うよ。…勝ち続ければ魔王と戦えるから…」

 

コロシアムで勝ち星を増やしていけば、スペシャルマッチとして魔王が直々に戦いの場に現れるらしい。

そしてその戦いに勝てば囚人の要望を聞くとのこと。

まあ勝ち星を増やすも何も、一度でも負ければコロシアム参加権が失われるため居残ることすら難しいのだが。

 

つまり、

ジェイルやロックはどうにかして牢獄から抜け出そうとしていたのに対し、

タクスは正面から外に出ようとコロシアムでずっと戦っていたわけだ。

 

大人しそうな顔をしてやろうとしていることがデカいなとジェイルは思わず苦笑する。

まあタクスの場合、外に逢いたい奴がいるという点が大きいのだろう。

無理に脱獄して後々追われる危険性を背負うより、正面から正々堂々出た方がリスクは少ない。

呆れながらジェイルはタクスをからかうような声色で言う。

 

「嫁が待ってるもんな?」

 

「なっ…!?」

 

タクスは真っ赤になりながら物凄い勢いで首をブンブンと振った。

小さいころから一緒だったから妹みたいなものでララはほら突っ走る所があるし放っとけないというかそれだけで、とタクスは必死に言い訳をはじめる。

以前会いに来ていたときも自然とランチュラの話題に移行したり、口癖のように「ララは元気かな」と漏らしていながら今更何言ってんだこいつと若干呆れながら、ジェイルは再度タクスの頭をコツリと叩いた。

むぅと軽く叩かれた箇所を抑えながらタクスは呟く。

「勝ったら外に出たいと言うつもりだったけど、ロック優先だな。ロックの監獄解放は無理かもしれないけど、地の底から解放なら…」

叶えてもらえるかもと小さく呟いた。

ジェイルがバトルに勝っても難癖つけてきた連中だ。可能性はゼロではないが著しく低い。

それでももしかしたらと希望は捨てず、タクスは現状の状態を維持するつもりらしい。

そうかと微笑み、ジェイルはタクスに顔を寄せ小声で問う。

 

「ここいらの抜け穴知ってんなら、ちょっと教えてくれ」

 

「いいけど…」

 

抜け穴を口答で教えようとするタクスを軽く止め、ジェイルは先ほどロックから渡された監獄の図面を取り出した。

驚くタクスにロックから渡されたことを伝え、バトル中の出来事も共に語る。

ジェイルからの話と図面を見て、タクスは少し考え込んだ。

 

「紙、まだその部屋にあるかい?」

 

「んー…」

 

キョロリと内部に視線を巡らせたジェイルは箱の上に乗っている紙に気がつく。

あった、と呟いたジェイルに「それを貰えるか?このへんの地図を描いてくる」とタクスは手を伸ばした。

ロックが描いた図面はロックが知っている範囲内のみが表記されている。

このあたりに立ち入ったことのないロックの図面には上層部の監獄の様子は描かれていない。

 

「僕なら書ける」

 

そう言って紙を受け取ったタクスは「明日完成させたらまた来るよ」と白紙の紙を懐にしまった。

このへんの抜け穴を聞くってことは、ジェイルはコロシアムに参加する気はないんだろ?と笑いかけ、「今日は休めよ。一番疲れてるだろ」とジェイルの額を弾く。

今後のことはまた明日。そう言ってタクスはジェイルの牢から立ち去って行った。

 

休めと言われても、最後にみたロックの笑顔がチラついて寝付けそうにない。

ジェイルも監獄生活は長いがオシオキ部屋らしい最奥の地下のことは知らなかった。

自分が武器や防具を作成している間にもロックは着の身着のままで脱獄を重ねていたが、最奥地のことまでは知らなかっただろう。

現に渡された図面にはそれらしき場所の表記はない。

またバトル前のロックの態度から、地下に落ちても復帰できるような勝算があったとは思えねぇよなとジェイルは頭を掻いた。

ごく単純に「仲間犠牲にしてまで外出る気はない」という考えだったのだろう。

かつ、「自分が途中で逃げ出せば残されたジェイルがどんな目にあうか危惧した」のもあるだろう。

こっちはロックが脱獄すれば監獄全解放の勝算があると考え、鉄格子の欠片で鍵を作り危険を承知で渡したってのに。

コロシアムの対戦相手がロックだと知ったから、ロックに直接会うチャンスだと参加を希望したのに。

ロックは脱獄を繰り返しすぎて牢の位置がコロコロ変わり会うのが大変だったから、わざわざコロシアムに行ったのに。

 

「アイツはホント馬鹿だ」

 

簡易ベッドに寄りかかりながら、ジェイルは深く息を吐いた。

オレのことなんか気にしなくていいのに、そう呟いて。

 

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次の日タクスは約束通り地図を完成させてジェイルの元にやってきた。

表情からは寝不足だという印象を伺える。

まあ、ジェイルの方も多少は寝不足ではあったが。

 

「出来たよ。ここなら多少見張りが薄くて、ここは無理。で、ここからは…」

 

タクスは地図を指差しながら移動できそうなルートや危険な場所を指摘した。

僕は外に向かう道は知らないけど、とタクスは申し訳なさそうな声を出す。

それくらいは自分で探す、とジェイルは笑い地図とにらめっこしながら自身の顎に手を添えた。

脱獄ルートをシミュレートしているようだ。

ジェイルはしばらく押し黙って考え込んでいたが、ハタと気付いて顔を上げる。

 

「肝心なことを聞き忘れた。…この牢獄から出るには?」

 

「牢獄の隅にある灰色っぽい石をくすぐる」

 

「……は?」

 

「牢獄の隅にある灰色っぽい石をくすぐる」

 

真面目な顔をしてタクスは同じ言葉を繰り返した。

石をくすぐれとか意味がわからない。

怪訝な表情を浮かべるジェイルに、実際それで出れるんだもんと糸目になりながらタクスは続ける。

ジェイルが牢獄内を見渡せば、確かに端っこに周りの石とは多少毛色の違う石があった。

…あったけど。

どうしたもんかとジェイルは固まる。

その間に廊下からまだ眠たそうなステゴの声が聞こえてきた。

朝の見回りに来たらしい。

 

「あ」

 

「バレたらやばいだろ。早く戻れ」

 

慌てたようにジェイルは小声でタクスに指示を出す。

ごめんと小さく謝ってタクスは自分の牢獄へと走っていった。

残されたジェイルは毛色の違う石をじっと見つめる。

見回りにきたステゴに話しかけられても無視したが、昨日の今日だしと納得したのかステゴは気にせず通り過ぎていった。

 

 

ステゴがタクスの牢を通り過ぎ、バレなかったとタクスがほっとしていると突然警報が鳴り響く。

音に驚いたのかステゴがビクッと反応し、あたりをキョロキョロ見渡して叫んだ。

 

「にげた!」

 

ステゴは自分が今まで通ってきた道を指差しながら大声をあげる。

タクスも慌てて鉄格子の隙間から確認すると、こちらに駆けてくる赤い影に気付いた。

 

「ジェイル!?」

 

そうじゃないかなと少しは思ったが、やはり牢から逃げたのはジェイルだった。

こちらにステゴがいるにも関わらず、ジェイルはこちらに向かってきており、タクスの檻の前を通過する際に笑顔で親指をグッと立てた。

目は「マジだった!」と物語っている。

そのままステゴをひょいと飛び越え、駆け抜けていく。

飛び越えられ若干ぽかんとしたステゴだったが、ハッと我に返り「このー!」と怒りを露わにジェイルを追いかけた。

それに続いて大勢のちび古神兵もジェイルを追う。

遠くの方で賑やかな音が響いているが、残されたタクスは檻の中でポツリと呟いた。

「実行に移すの早すぎだろ…」

と。

 

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ジェイルやタクスがゴタゴタ動き始めたとき、ロックは暗い地の底でぼんやりと佇んでいた。

自分がここに落ちたことを後悔はしていないが、真っ暗すぎてどうしたらいいのかがわからない。

目の前にあるはずの己の手すら見えず、このまま自身が暗闇に溶けてしまいそうだ。

ロックは右手をぎゅっと握り、ジェイルから貰った鍵の感触を確かめる。

チクリとした軽い痛みが伝わり、ようやく自分の腕はまだちゃんと繋がっていると実感できた。

 

「…うーん…」

 

甘く見ていた。たとえ落ちても自分なら脱出出来るだろうと。

ここまで真っ暗だと迂闊には動けない。なんせ一歩先に何があるかすらわからないのだから。

いつかは目が慣れるだろうと思っていたが、そんな気配はない。完全なる闇とはこのことをいうのだろう。

思わずギリと爪を噛む。噛みすぎたせいか見ていて痛々しいほどに、ロックの爪は荒れていた。

 

困り果てているロックにガツンと何かが降ってきた。

それは見事にロックの頭に当たり、思わずロックは「痛ぇ!」と叫びうずくまる。

ロックが痛む頭を抑えていると、先ほど落ちてきた何がピカリと光りもふんとナニカが現れた。

 

「はーっはっはっはっは!!」

 

大きな高笑いをしながら晴れやかな顔をして出てきたナニカは「ん?何だお前」とロックの存在に気付いたらしく「我は大魔神ジン!」と胸を張って名乗る。

だいまじん?とぽかんと口を開くロックだったが、目を合わせてはいけないと本能で察しサッと目を逸らした。

目を逸らしつつふと周りを見渡すと、大魔神自身がほんのり発光しているせいか周囲を見ることが出来る。

大魔神の足元に転がってるツボは大魔神の身体の紋様と似た印が描かれていた。ここから出てきたのだろうか、というか今さっき俺にぶつかってきた物体はこれじゃなかろうかとロックは軽くツボを睨み付ける。

多少ムスッとしながら周囲を観察すれば、あたりにはガラクタとしか言えないものが積み重なられていた。

 

「地の底とかホザいてたが、単なるゴミ捨て場じゃねーかコレ?」

 

壊れた玩具や道具のほかに、遺跡の破片も混ざっている。ゴチャゴチャしているように思うのはこのせいだろう。

周囲は発光のせいで明るいとはいえ、上の方は真っ暗なままだった。どうにも天井は果てしなく高い場所にあるらしい。

 

「高っけえなー…。どうやって出よう…」

 

ロックがそう呟くと、ジンはキョトンと首を傾げ納得したように頷いた。

大きくにっこり笑いながらロックに言う。

 

「そうか…仕方ない。力を貸してやらんでもないが、オマエにその資格があるかな?」

 

何が。

何で。

なんの資格。

そもそもお前はなんなんだよ!

そんな気持ちがロックの口から漏れた。

 

「え!? ちょ…ま…、別に…え?…。えーーー!!」

 

なんで叫んだかだって?

自称大魔神がいきなり襲いかかってきたからだよ畜生!

 

突然風の魔法を放たれる。

ロックはギリギリ間一髪で避けたが、ジンの繰り出した風魔法は周りに散らばるガラクタにヒットした。

ガシャンと音を立ててガラクタが砕け散る。

元から風化してたのもあるのだろうが、物体が粉々となったことにロックは青ざめた。

 

「いきなり何すんだよ!?」

 

「退屈してたしちょうどいい!」

 

ロックの問いには答えず、ジンは再度笑いまた攻撃を繰り出そうと構えをとる。

大きな鉄球に繋がれているのもあって、どうにもロックはワンテンポ遅れをとらざるを得ない。

次の攻撃もギリギリで避け、荒い息を吐きながらロックは叫ぶ。

 

「つーか会話しろよテメェ!」

 

「はーっはっはっはっは!!」

 

やはり会話にならないというか、話を聞いてすら貰えないというか、いきなり現れていきなり納得していきなり襲われるって。

なんだこの自由人。

こっちは鉄球やら鎖やらつけてんだぞとイラつきながら、ロックはざっと足元を踏み固めた。

これはもう闘わなければ収拾がつかない。

そう確信したロックは戦いの構えをとった。

ていうか最近のゴタゴタでイラついてんだ一発でも殴らないと気が済まねぇ!

 

-10ページ-

 

「はーっはっはっは!!面白い!」

 

バトルは辛くもロックの勝利となった。

しかし撃破されてもジンは楽しそうに笑い、笑顔を絶やさない。

ロックの方はというと勝ったにも関わらずぜーはーとしんどそうに膝をつく。

これでようやくマトモに話が出来る。そう思い、ロックはジンに顔を向けた。

が、

 

「なるほどなるほど面白い!」

 

と、ジンは満面の笑みを浮かべロックの頭に手を当てた。

その瞬間、ロックの視界は光に包まれ何かが抜けるような感覚と共に身体全体がふわりと浮く。

「っ、な」とロックは小さく声を漏らすが、その声は風に溶けていった。

 

 

気付けばジンの姿はなく、ロックは冷たい空気を肌で感じる。

不思議に思って周囲を見渡せば先ほどまでいたガラクタ部屋ではなく、あたり一面砂原が広がっていた。

上を見上げれば丸い月が静かに輝いている。

 

「え?…え?」

 

なんで俺は外にいる?

だってついさっきまで俺は、

 

わけがわからずロックは夢でも見ているのかと己の目を擦る。

擦るために手を目の前に持ってきて気付いた。

手が小さい。

驚いてペタペタと自分の顔を触る。

立ち上がって全身を確認する。

戸惑いながらロックは呟く。

 

「なん、で」

 

ロックの身体は幼いころの姿へと縮んでいた。

 

混乱しはじめるロックに向かってひゅうと風が吹いてくる。

その風に乗って今まで闘っていた相手の声が届けられた。

『願い通り外に出してやった。代償に魂を貰うぞ』

そんな言葉と共に聞きなれたジンの笑い声が夜の砂漠に響き渡る。

意味がわからずロックはしばらく硬直し、今のジンの言葉を反芻した。

 

願ったか?

いやまあそりゃつい呟いたが、俺願ったか?

勝手に現れ、勝手に納得し、勝手に襲ってきて、勝手に叶えて、勝手に代償持ってった。

今の自分の姿から考えるに、ジンが奪った代償とは成長した姿だろうか。

 

よく理解は出来ないが、出来ないが故にロックは考えるのをやめた。

爪を噛んでイライラを露わにする。

「ふざけんなあの野郎」

今度会ったらぶん殴る。

そう小さく呟いてロックは駆け出そうとした。

が、びんと何かに引っ張られ足を滑らせる。

砂原に思い切り顔面を叩きつけてしまい、痛みに悶えながら何事かと後ろを振り向いた。

 

「ああそうか鉄球…」

 

ジンとのバトルで体力を消耗していたせいか、動かせなかったらしい。

外に出れたのはいいがこんなもん付けてたらまたすぐ捕まってしまう。

困ったように顔を伏せるロック。助けを呼ぼうにも、周りから人の気配は感じられない。

 

「…ジェイルから貰った鍵!」

 

ハタと思い出し、握りしめたままの右手を開く。

これはジンに取られなかったようだ。

「サンキュー」とジェイルに礼を言い、ロックは自身と鉄球を繋いでいる錠にジェイルの鍵を差し込んだ。

カチリと乾いた音が響き、ガシャンと音を立てて錠が落下する。

 

今までずっと自身を拘束していた鎖が外れ、ロックは嬉しそうにぐっと伸びをした。

しばらく自由な身体を堪能したあと、鎖と鉄球をその場に置いてロックは砂原を見渡す。

どうであれ外に出れた。このチャンスを無駄には出来ない。

まずは安全な場所へ。

体制を整えられたらまたあの監獄へ向かうつもりだ。

今度は捕まるためではなく、仲間を助けるために。

 

「昔の俺だと思ったら大間違いだぜ」

 

軽くなった身体を跳ねさせ、ロックは月が照らす静かな砂漠をひとり駆け抜けていった。

 

-11ページ-

 

夜通し走りピラミッドから離れたロックは崩れた遺跡の影で一息つく。

東のほうからは太陽が顔を出し始め、じわりじわりと周囲が明るくなってきていた。

日の昇る方向に目を向け、ロックは思わず顔を綻ばせる。

 

「眩しい、な」

 

あと暖かいなあと小さく漏らし、壁に寄りかかった。

監獄に放り込まれてから、太陽に会えたのはつい最近。コロシアムで見世物になったときだけだ。

その時はこんなにじっくり太陽と戯れられなかったしなあ。

太陽が昇るにつれ少しずつ少しずつ周囲が暖かくなっていく感覚に緊張の糸が解れたのか、ロックはゆっくりと目を瞑った。

警戒心から固まっていた身体は自然と弛緩し、監獄生活での癖で潜めていた呼吸も大きく落ち着いたものへと変化する。

 

「…」

 

そのままロックは静かに寝息を立て始めた。

こんなに穏やかな気持ちで眠るなんていつぶりだろう、と遠ざかる意識で思いながら。

 

 

…数時間後、場所が悪かったせいかロックは直射日光と砂漠からの反射熱でジリジリ焼かれ「暑っついわ!」と跳ね起きることになるのだが、それはまあ、運が悪かったということで。

 

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「ッたく…」

 

砂漠の暑さを身をもって思い出させられたロックは、軽く悪態をつきながら水場を探して移動する。

脱出出来た際、無意識下で水分を求めていたらしく小さい水場の近くにいたようだ。

多少歩いただけで小さなオアシスに辿り着いた。

 

砂漠に住む者として水は大事にしなくてはならない、が、久しぶりに大量の水を見たロックの理性はプツンと容易く切れる。

ガブガブと思い切り満足いくまで水分を摂取し、大きく大きく息を吐き出した。

水面にはロックのほっとしたような表情が映る。

 

「…やっぱ水って必要だわ」

 

口元を拭いながらぽつりと呟いてロックは再度吐息を漏らしながら、ぽちゃんと自分の手を水に浸け、冷たさと瑞々しさを肌で味わった。

久々の感覚に思わず笑みが零れる。

特に何をするでもなく、ロックはしばらくぴちゃぴちゃと水で戯れた。

 

水の感触を散々堪能したロックは、満足したのか水から手を離す。

そのままペチンと自身の頬を叩いて気合いを入れ直し、頭を掻いた。

世情が把握できていない状態で、むやみやたらと動き回るのは得策ではない。

「誰」が敵で「どこ」が安全か。

というかロックは味方がどこにいるのか、それすらわからないのだ。下手には動けない。

 

「ここも安全とは言えねーんだよなあ…」

 

砂漠に生きるものならば、水が必ず必要になる。

今ロックがいる水場は、味方も来るだろうが敵も来る可能性が高い。

鉄球は外せたが手枷足枷は外れていない現状、敵と遭遇してしまうのは少し辛いものがある。

体力も完全回復したとは言えないし。

 

再度頭を掻き、ふうと息を吐き出してロックは立ち上がる。

パンパンと服についた砂を払い、名残惜しそうな視線を水場に向けながら果てのない砂原へと歩みを進めた。

 

 

脱出出来たからといって、ひとり安全圏で傍観する気はない。

タクスたちや他のみんな。仲間を助けに向かいたい。

しかし今はまだ無理だ。

感情のままに監獄に侵入しても、あっさり捕まり再収監されるだけ。

 

監獄内部を知っている自分が今外にいるというチャンスを、ドブに捨てるわけにはいかない。

まずは体制を整えて、信頼できる協力者とともに、少しずつ崩していかなくては。

 

外に味方がいないということはないと思う。

ロックが監獄にいたとき「侵入者!侵入者!」と騒がしくなったことは1度や2度ではない。

まあそのせいで監獄内の見張りが厳しくなって「脱獄しにくくなったじゃねーかクソが」と思ったり思わなかったりしたのだが置いといて。

 

「…つまりこう、丁度いい感じに協力してくれそうなヤツが欲しいなーと思ってたんだよ」

 

「…わかりましたから、降りて」

 

滔々と語るロックの下で潰されながらロビンはささやかに訴えた。

 

-13ページ-

 

砂地でうつ伏せに倒れているロビンの上に、逃がさないとばかりに腰を下ろしたロックはにっこりと笑う。

ロビンの訴えを無視して「ていうか何でお前ここにいんの?」と不思議そうに問いかけた。

 

ロビンの居住区は北の国。西の砂漠にいるのは珍しい。

答えないと降りてもらえないと気付いたのか、ロビンは零式に聞いてハカセを探しに来たことを語り出す。

 

「ハカセ?…監獄内にはいなかったな」

 

「ああいやなんかランチュラさんたちはハカセに会ったみたいで。伝言はしたと」

 

ロビンの口から聞き覚えのある名前を言われ、ロックはピクリと反応する。

ランチュラに会ったのかと問えば、ロビンは「会いましたけど…」と少し歯切れ悪く言葉を返した。

 

「?」

 

「2回会ったんですが、1回目はダルタンさんやジャンヌさんと一緒だったんですよ。2回目はひとり」

 

「それがどうかしたか?」

 

「2回目に会ったときなんか慌ててたから何かあったのかなって」

 

どうもロビンはランチュラに「ハカセには言っといたから!じゃ!」と通りすがりに言葉を投げ付けられたらしい。

ロビンが疑問を返す暇もなくランチュラは走り去ってしまったため、ロビンも詳しくはわからないようだ。

わからないなりに「伝えてくれたならいいや」と考え、帰ろうとしていたときにロックに捕まったらしい。

 

「石つぶて投げてくるとか酷すぎませんか」

 

「だってお前が逃げるから」

 

だってなんか殺気立ってて怖かったんだもんとロビンは小さく呟いた。

その声が聞こえていたのかいないのか、ロックはロビンが身につけているヒラヒラした黄色いリボンを掴み弄びながら問いかける。

 

「つーことは、ランチュラは無事だが今ひとりってことか?」

 

「多分…。纏ってた風が少し不安そうでしたし」

 

ロビンは狙撃手であるためか風を読むことに長けている。

文字通り「風を読む」。一度感じた風を間違えることはないし、風によって流れを掴む。

風気質の高いヤツらは多少なりともそうらしい。まあ風を読めるからといって空気を読むかは別問題らしいが。

むしろ敢えて空気読まないヤツが多いよなと呆れながら、ロックは弄んでいたロビンの黄色いリボンを蝶々型に結んだ。

 

遊ぶアイテムが無くなったロックは、顎に手を当て考える。

ランチュラと合流したほうが良いのだろうが、居場所がわからないなら仕方ない。

というかランチュラが単独行動していると知ったら、あいつはきっと死ぬほど心配するだろうな。

そう思いながらロックは、自分の真下で「そろそろ降りて」とパタパタしているロビンに目を向けた。

 

足がそこそこ速くて

得意武器が遠距離で

割と派手な技を扱える

 

恰好の協力者を。

 

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「つまりそれボク囮ですよね」

 

「いいじゃねーか。(比較的)安全圏からテキトーに派手にブチかますだけなんだし」

 

「カッコ内の台詞に突っ込みたい」

 

ようやく背中から降りて貰えたと思ったら間髪入れずに「監獄に潜入したいから手伝え」と言われ、ロビンは呆れたような目を向けた。

嫌なら無理強いする気はないとロックが口に出す前に、ロビンは矢筒から矢を1本引き抜き手の中でくるりと回す。

矢をぼんやり眺めながら「魔王軍の気を引ければどうやってもいいですか?」と首を傾げた。

簡単に了承されたことに多少虚をつかれながらも、ロックはこくりと頷く。

砂地に描いた監獄の図にバツ印を追加してその部分を指差し、「この辺り…俺が侵入する反対側で派手に騒いでくれりゃいい」と言えば、「了解です」とへらりと笑った。

自分が行動を開始したかは多分すぐわかるから、と頬を掻きロビンは砂を払いながら立ち上がる。

 

「頼んどいて言うのもアレだが、…絶対無理すんなよ?」

 

「捕まる気はありませんよー」

 

監獄内のキツい生活を知っているロックが心配そうな声を出すと、ロビンはロックの頭をぽんと撫で再度笑った。

突然撫でられ多少キョドったロックに背を向け、軽く伸びをしロビンは「んじゃ先行ってますね」とマントをはためかせ駆け出す。

「絶対無理すんなよ!」ともう一度声を贈ったロックも、ロビンとは反対側に向かって駆け出した。

ロビンの背中を見て「そういやあいつ黄色リボン結んでやったの気付いてないみたいだな」と苦笑しながら。

 

 

周囲を警戒しながら、ロックはこっそりと遺跡の影に身を隠す。

目の前にそびえ立つのは、ついこの間まで自分が捕まっていた大きな監獄。

あの手この手で脱獄しようとしていたときを思い出し、思わず身体に力が入った。

 

侵入予定の入口は視認できる距離。

あとはタイミングを待つだけ。

息を殺して、その時を、待つ。

 

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ヒュッと風を切る音が聞こえた気がした。

 

 

ロビンがいる位置は自分から遠いのだから聞こえるはずはない。

が、

ロビンの放った真っ直ぐと天に向かう1本の矢は、そのような音を想像するに容易く、果てなく高く高く昇っていった。

その矢が見えなくなり、一瞬の静寂が辺りを包む。

次の瞬間、放った矢に呼応したように無数の矢が同じ場所に降り注いだ。

 

それはさながら流星の如く。

 

襲いくるは重力に惹かれ、勢いの増した矢が奏でる音と衝撃。

こちら側にいても聞こえ、感じたのだから、当の現場はもっと響いたのだろう。

静かだった監獄がにわかに騒ぎ出し、敵襲か否かと慌ただしく動き出す。

生き物の動く音は皆、矢が降り注いだ地点へと集まっていった。

 

「…ホント派手だな…」

 

ぽつりと呟いて、ロックは惚けてる場合じゃないと自分の頬を叩く。

作ってもらったチャンスを無駄にするわけにはいかない。

トンと跳ね、ロックは警備の薄くなった監獄に吸い込まれていった。

 

 

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「…うーわー…」

 

ロックの潜入作戦に協力していたロビンは、思わず小さく声を漏らす。

時間が経つにつれ続々と現れる魔王軍を見て「やりすぎた」と冷たい汗を流した。

比較的離れた場所から矢を射ったつもりだったが、危険かもしれない。

自分が捕まったら助けがくるアテも手段もないと、軽く焦りつつ後ずさる。

「派手に騒がせたあとは帰っていい」とロックに言われていたし、ロビンは視線を魔王軍に向けたままその場から離れはじめた。

十分距離を得たと判断したロビンはくるりと反転し、すぐさま全力で逃げ出す。

 

誰も追いかけてきませんようにと祈りながら。

 

 

走って走って走って。

どのくらい走ったかわからないが、壊れた遺跡の壁を発見したロビンは急いでその影に身体を隠した。

トンと壁に寄りかかり、荒くなった息を整える。

狩人でもあるロビンは必要最小限の動きで獲物を狩る癖があるせいか、足が凄く速いわけでも体力が凄くあるわけでもない。

このくらいで息がきれるのは情けないなぁと悲しそうに顔を伏せた。

そんなロビンに声が真上から掛けられる。

 

「…何を、やってるんだ?」

 

「うっわあ!?」

 

突然声を掛けられ、逃げていたのも相まって若干パニックになったロビンは、過剰に大声を漏らし声の聞こえた方向に向けて弓矢を向けた。

つがえた矢から手を離す直前、声を掛けてきた相手が純白の天使だということに気付いて更にパニックになりながらもロビンは矢を射るのを中止しようとする。

結果、

ロビンは腕やら矢やら弓やら身体が絡まり悲鳴と土煙をあげてその場に転がった。

 

ロビンがひとりでわちゃわちゃしている一部始終を見ていたウリエルは、呆れたような声で「…大丈夫か?」と問う。

目を回しながらもロビンは上半身を起こし「…大丈夫」となんとか返した。

その返答を聞いて、更に呆れながらウリエルはロビンの前に降り立ち頭巾についた土埃を払う。

 

「流星撃ちを使ったのが見えたから何かあったのかと思ってきてみたが…」

 

「いやまあちょっと。…終わったから帰るよ」

 

語る気がないのかロビンは言葉を濁した。

ウリエルとしてはここに来る道すがら監獄が騒がしくなっているのを上空から確認しているので、ロビンが何をやったかは理解している。

監獄では見事に矢が降り注いだ方向のみ人が集まり、他は手薄になっていたから陽動として技を使用したのだろう。

 

あの時から、ロビンは流星撃ちをほとんど使わない。使うのは本当にギリギリのときだけだ。

なので身に何かあったのかと慌てて来てみたのだが、今回は杞憂だったようだ。

というかあの矢は不思議パワーで天井すら貫通するから室内にいてもSOSに使えるのだが、本人は気付いているのだろうか。

 

やれやれといった風情でウリエルがロビンに目をやると、当の本人はウリエルをじっと見つめていた。

厳密には、ウリエルの羽根を、だが。

ウリエルが不思議そうに首を傾げると、ロビンは羽根から目を逸らさず言う。

 

「羽根増えたよね」

 

「ああまあ」

 

「…人ひとり抱えて飛べたりする?」

 

「…」

 

ようやく羽根から視線を外し、ロビンはウリエルの顔を見た。

その顔には「もう日が暮れはじめたし、砂地を歩いて帰るのしんどい」と書かれている。

お互い数秒見つめ合い、根負けたウリエルがロビンから目を逸らしながら「…わかった」と呟く。

ウリエルの返答を聞いて、ロビンはパァと表情を輝かせ「ありがとう」と声を弾ませた。

 

楽して帰れるとニコニコしながら、ロビンは先ほど落とした弓矢を拾おうとウリエルに背を向け屈み込む。

ロビンの背を見てキョトンとしながらウリエルは声を漏らした。

 

「…なんかリボンが可愛らしくなってるが、それは合ってるのか?」

 

「えっ? …え!?」

 

ようやくロックにいたずらされてリボンを結ばれていたことに気付いたロビンは、あわあわしながら手を背中に回す。

そんな様子を呆れながら眺め、ウリエルはため息をつきつつくるりと肩を回した。

 

人ひとり抱えて飛ぶのは初めてだ。

軽けりゃ嬉しいんだがな。

 

そう小さく呟きながら。

 

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砂漠から白い翼が少しフラつきながら飛び立ったのと同時刻、ロックは静まりかえった監獄の廊下を走ってるいた。

ド派手な技での陽動作戦は思いの外上手くいき、警備が薄くなるどころではなくがガラガラとなっている。

とはいえ、いつ奇襲されるかわからない。

周囲への警戒は常に行いながら、ロックは目的地へと足を早めた。

 

壁から行き先を覗き見たり、聞き耳を立てたり、忍び足で進んだり。

警戒しつつ動いたが、あまりにも誰にも会わないせいで「普通に歩いても大丈夫なんじゃねえか?」と一瞬思ったものの、食えない魔王の本拠地だと思い直し再度気を引き締める。

突然背後から襲われたらたまない。

 

確認しつつの移動であったため遅々としか進めなかったが、それでもロックは無事目的地へと辿り着いた。

ガシャンと音を立てさせ鉄格子を掴み、中にいる人物へ声を掛ける。

 

「タクス!」

 

「ロック!?」

 

ロックの姿を見て、タクスは慌てて鉄格子に駆け寄った。

タクスからしてみれば、地の底へと落とされたと聞いて心配していたロックが元気な姿で檻の外から現れたのだ。驚くのも無理はない。

事態を把握出来ていないタクスが問いかけようと口を開いたのを遮って、ロックは「説明は後だ」と己の唇の前で人差し指を立てる。

 

「助けに来た。脱出するぞ」

 

キョトンとした表情をみせたタクスに、ロックはこそりと耳打ちする。

ロビンから聞いた情報。

ランチュラは無事なこと。しかし今は何故か仲間と離れて単独行動をしているらしいこと、多少不安げだったこと、どこかに走り去り行方知らずなこと。

それを聞いたタクスは、はじめはほっとしたような顔を見せたものの話を聞くにつれ青ざめていき、最終的には鉄格子を掴む手に物凄い力を加えながらぽつりと呟いた。

 

「…出る」

 

「…ぉぅ…」

 

タクスの地の底から出したかのような予想以上に重い声を聞き、若干ビビりながらもロックは檻を壊そうとタクスから目を離す。

と。

すぐそばでバキャッと何かが壊れる音が響き、続いてパラパラと何かが落ちる音が聞こえた。

だいたい予想は出来たものの、ロックは恐る恐る音のしたほうに首を向ける。

 

ロックの目にはへし折られた鉄格子と、その隙間から檻の外へと足を踏み出しているタクスの姿が映っていた。

 

あの鉄格子かなり硬かった気がするんだけどと冷や汗を流しながら硬直したロックに対し、若干据わった目でタクスは「早く行こう」と声を掛ける。

コクコクと機械のように頷きながら、ロックは慌てて出口へ向かう経路を指差した。

 

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ふたり並んで走りながら、ロックはタクスに自身の身に起こったことを簡単に語る。

ロックの話に相槌を打ちながら、周囲を警戒するタクス。

見張りすらいないことに違和感を感じるようだ。

軽く首を傾けるタクスにロックは声を掛ける。

 

「陽動作戦大成功ってトコだが、見張りがいつ戻ってくるかわかんねーし、急いで脱出するぞ」

 

「うん、わかった」

 

タクスが頷いたのを確認したロックは、先ほどよりも足を早く動かし加速した。

合わせるようにタクスも足を早める。

「俺とのバトルで勝ったんだし、ジェイルは外だよな?合流できりゃいいんだけど」とロックが言えば、タクスは「ジェイルはまだ監獄内にいるよ」と顔を伏せた。

驚いた表情を見せるロックに、タクスは経緯を説明する。

ロックと入れ替わりに部屋に入ったがすぐさま脱獄し逃亡した旨を話せば、ロックは呆れたように頭を抱えた。

 

「何やってんだアイツは…」

 

ジェイルはロックが渡した図面を持っているはずなのだが、誰かが脱獄したという話は聞いていないという。

ロックとしては、ジェイルはもうすでに外にいるだろうと思っていたためタクス救出に来たのだ。

それがいまだに監獄内に捕らえられとおり、かつ何処にいるか不明ときたら呆れる他ない。

この広い監獄の中からジェイルを探し出すのは困難を極める。

 

「何処行きやがったあの野郎…」

 

「僕も探したんだけど…」

 

困ったような表情を浮かべながらタクスは頭を掻いた。

本人と遭遇は出来なかったものの、一時監獄内が賑やかになったらしいので元気に脱獄はしているようだ。

ジェイルが今でも脱獄を繰り返しているならば、目をつけられて下層のほうにいるのかもしれない。

頭の中に監獄内の地図を浮かべながら、ロックはジェイルがいそうな場所にアタリをつける。

 

すぐにでも救出しに行きたいが、まずはタクスを安全な場所へ連れて行こう。

タクスはずっとコロシアムで戦っていたのだから休ませてやりたい。

 

そう考えロックは少し遅れ気味のタクスの手を取り前方を指差した。

出口はもう、すぐそこだ。

 

 

トンと足を一歩踏み出し、ふたりは監獄の外へ出た。

ふわりと冷たい風が頬を撫で、暖かい月の光がふたりを照らす。思わず甘い息を吐いた。

とはいえ今のんびりとしている暇はない。

監獄の監視範囲外まで移動するまで気は抜けない。

 

タクスもそれに気付いているのか、すぐに緩めた表情を戻しロックに視線を送る。

こくりと頷いてロックは先導するように走り出した。タクスもそれに追従する。

 

しばらく無言で走ったが、不意にタクスが立ち止まり小さく声を漏らした。

ロックも慌ててブレーキをかけ「どうした?」とタクスのほうへ振り返る。

問いには答えずタクスはおかしな方向へと視線を向けたまま、ぽつりと呟いた。

 

「…ロック。さっき話してくれた魔神って、あんな感じ?」

 

「え?」

 

タクスが見ている方向に顔を向ければ、大きなナニカが宙に浮かんでいる。

ロックが出会った風の大魔神とは姿も色も何もかもが違うが、纏っている雰囲気は同じもの。

おそらく「魔神」と呼ばれるもののひとりだろう。

ロックたちが魔神の存在に気付いたように、あちらもロックたちに気付いたらしい。

魔神がこちらに近付いて来るのに気付いたロックはタクスに声を掛ける。

さっきの大魔神と同じ性質があるならばきっと…。

 

「タクス、行けるか!?」

 

「ああ!準備は万端だ!」

 

チャッと音を立てて、タクスはすぐに剣と盾を構えた。

ロックから聞いた話と実際魔神を見た結果、タクスも魔神の性質を理解したらしい。

戦いの構えを取ったロックとタクスを見て、茶色い魔神は楽しそうに笑みを浮かべてこう言った。

 

「貴様らの挑戦、受けようぞ!」」

 

言うや否や、魔神は大きな岩を投げつけてくる。

なんでこう魔神ってヤツは

会話する前に速攻攻撃仕掛けてくるんだろうな

まったく

 

-19ページ-

 

茶色い魔神はグノームと名乗った気がする。

乱れ飛ぶ石や岩に阻まれて定かではない。

ていうか魔神が岩を投げる度に「ロック!」と唱えるせいか、一瞬反応が遅れる。

なんで俺の名前と魔法名が同じなんだよ腹立つ。

そういやドラゴンにも俺と同じ名前のヤツがいた気がする。

どんだけ被れば気がすむんだ俺の名前。

 

イライラしているせいか多少動きが鈍っているロックを補佐するようにタクスは立ち回る。

監獄に捕まっていたとはいえ、コロシアムでの試合が生活の中心だったタクスは闘いの勘を失ってはいない。

時には守りに入り、時には果敢に攻めチャンスを作る。

それにより生まれた隙をロックは見逃さず、ぐっとハンマーを握りしめた。

ダンと足で地面を弾き、岩を召喚したロックはその岩に向けてハンマーを叩きつける。

 

「こいつをくらっても立てるか!?」

 

ハンマーによってバラバラにされた岩は、つぶてとなって砂煙と共に魔神に襲いかかった。

体躯の大きな魔神はそれを避けることままならず、甘んじて全てのつぶてを身に受ける。

もうもうと舞う砂煙が晴れたころ、その場に魔神は膝をついておりロックたちに穏やかな顔を向けていた。

 

「このような力を持つものが現れるとは…。時代は変わったようだ」

 

満足げな感心したような声で笑いかける。

礼儀正しそうな態度を見て「こいつはマトモに会話できるかもしれない」と思いロックはグノームに近付いた。

しかしグノームはふわりと宙に浮き「願いは何かあるか?」と問いかけてくる。

普通に話をしたいだけなんだがとロックが呆れたように言えば「それが願いか?」と首を傾げられた。

否定の意味で首を振れば、じゃあ早く願いを言えと見つめ返される。

 

…ああそうか

多分こいつ融通がきかない。

 

一切話を聞かない自由な風の大魔神と目的の話しか受け付けない堅物な土の魔神。

間逆であるがどちらも微妙に厄介だ。

 

ロックは困ったように頭を掻き、どうしたものかと悩む。

こいつは多分願い事以外聞いちゃくれないだろう。

願い…。

願いか…。

 

ふと真横でグノームを不思議そうに眺めているタクスが目に入った。

ああそうか。

ポンと手を叩き、ロックはグノームに向き直る。

 

「こいつ…タクスをランチュラってヤツのトコに連れてってやってくんねーか?俺はいいからさ」

 

「え?」

 

ロックの発言にタクスは驚いたが、ロックは「何処にいるかわかんねーし、自分で探すより連れてってもらったほうが楽だろ」とケロッとした表情を浮かべた。

戸惑っているタクスを尻目にグノームは満足げに頷き、腕をすいと動かす。

するとタクスの足元に魔方陣が現れピカリと輝き始めた。

 

「俺はもうちょいやることあるから先に行ってろ」

 

「ちょっ、」

 

タクスの返事を聞かず、ロックはくるりと反転し監獄の方角へと走り出す。

陽動作戦により全体的に警戒度がかなり高まった場所へ。

なおかつロックはほとんど休んでいないようだ。

このままではロックがまた捕まってしまう、そう危惧したタクスはグノームに向けて声を放つ。

 

「ロックも!」

 

と。

 

タクスの声を聞き、こくりと頷いたグノームはまた腕を動かした。

もうすでにここから離れた場所まで移動していたロックの足元にもちゃんと魔方陣が現れたようだ。

「おわ?!」というロックの声が聞こえる。

ごめんと謝罪しつつ、ほっとしたような顔でタクスはグノームに礼を言った。

 

「私を倒したのは彼奴だけではない、お前もだ。ならば叶えるのが道理」

 

グノームはそう言ってにこりと笑った。タクスが再度礼を言うと、ひゅんと魔方陣に吸い込まれる。

多分ロックのほうも目的地に飛ばされただろう。

グノームはうむと満足そうに頷いて軽くノビをした。久しぶりの外界だ、何年ぶりであろうか。

これからどうしようかと悩むグノームの肌を軽い風が撫でる。

懐かしく、信頼出来る豪快な風。

吹いてきた方向へと顔を向ければ、懐かしい相手が浮いていた。

ああこの人がツボの中に封じられてからどのくらい経ったのだろう。

久々に元の姿を取り戻している大魔神を視認し、グノームは嬉しさで緩みそうになる表情を引き締めこう放つ。

 

「ジン様…。早速、お手合わせ願います」

 

それを聞いた風の大魔神は楽しそうに笑い、纏う風を鋭くさせた。

グノームも構え柔らかく笑う。

 

久々の再会ならばそうだ

共に遊びましょう、ジン様

 

 

-20ページ-

 

 

「痛ってー…。あの野郎、俺まで飛ばさなくていいっつったのに」

 

魔神に飛ばされたロックは、高い所から落とされた。

魔方陣の着地点が空中だったらしい。

タクスの声も聞こえたから、傍にいるらしい。ならはここはランチュラのいる場所、だと思うのだが。

 

「…ロック!?」

 

聞こえた女性の声はランチュラのものではない。

ロックの知っている声とはなんか印象が違うが、久々だからだろうか。

落下したダメージを振り払うかのように、ロックはぷるぷると頭を振りながら声の主に話しかける。

 

「あれ、ジャンヌ? おかしいな、ランチュラのとこに飛ばしてくれって頼んだハズなのに」

 

ランチュラはひとりで行動してるんじゃ、とロックが首を傾げればジャンヌは戸惑ったような声で「ララならあっちに…」とロックの背後を指差した。

示された方向に顔を向ければ、グノームはきちんと願い通りの場所に飛ばしてくれたのだと理解出来た。

 

「確かにランチュラのとこだな…。融通がきかなすぎるのもどうかと思うわ…」

 

呆れたような声でロックは、ふたりを眺める。

グノームはロックの願い通り「タクス」を「ランチュラの所」に飛ばしたらしく、タクスはランチュラの上に覆い被さっていた。

 

自分の身に何が起こったのか理解出来ていないまま揉みくちゃになっているふたりに「落ち着け」と声をかけると、ランチュラはこちらに顔を向ける。

そのまま驚いたような表情となり、次に自分に覆い被さっている人物にも目を向けた。

それがタクスだと気付いたランチュラは一瞬固まったあと、顔を赤く染め大きく悲鳴を響かせる。

同時にパァンという小気味よい音が空気を震わせた。

 

 

「照れ隠しにフツービンタするかねぇ…」

 

タクスの頬に咲いた真っ赤な紅葉に呆れながら、ロックはランチュラに目を向ける。

タクスは気にせず「元気そうでよかった」とのほほんと笑いかけ、それを受けたランチュラは多少戸惑ったもののぷいとそっぽを向いた。

そんなランチュラを見てジャンヌは「あんなにオロオロしなくてもいいのに」と苦笑する。

あれは、オロオロしてるんだろうか。

ロックにはまだプリプリ怒っているようにみえるのだが、ジャンヌにはそう写っていないらしい。

不思議そうにジャンヌを見つめたロックに、ジャンヌは「何があったのか」を問い掛けてきた。

監獄内にいるはずのロックたちが空から降ってきたのだ、至極当然の疑問だろう。

 

「説明しにくいんだが…」

 

そう前置きをして、ロックは今まであったことを話し出した。

 

-21ページ-

 

 

「…こんな感じだな」

 

多少略したとはいえ一部始終を語り終え、ロックは軽く息を吐く。

同時にジャンヌたちの話を聞いた。あっちはあっちでいろいろあったらしい。

バタバタやってた当時は目の前のことでいっぱいいっぱいだったが、改めて整理するとかなりの大冒険だ。

ここ数日でいろいろなことが起こりすぎている。

それを自覚したからか、急にどっと疲れが襲ってきた。

 

思わず深い息を吐けば、ジャンヌは優しく微笑んでロックの頭を軽く撫で「お疲れ様」と柔らかな音を鳴らす。

その音を聞いて、ようやくロックは「自分は安全圏にいる」「気を張る必要はない」ということを実感した。

 

「っ…」

 

音にならない声が漏れ、思わず目尻に水が溢れる。

 

俺はどのくらい身体を強張らせていたんだろう

どのくらい気持ちをピリピリさせていたんだろう

諦めたほうが楽だとも思った、けどそれは出来なくて

逃げようと反抗しようとするたび叩き潰されて

腹は減るし身体は重いし暗いし狭いし淋しいし

「痛いよ」と俺は何度呟いただろうか

「自由に」と俺は何度願っただろうか

願うだけじゃ助けなんか来なくて、誰も助けてくれなくて

「助けて」なんて声に出しても無駄だと気付いて

だから自力でやらなくちゃ

俺が

 

俺は

 

 

抑えていた感情とともに溢れ出そうになった涙をバレないように拭って、ロックは表情を元に戻した。

まだ泣くのは早い、気を緩ませるのも早い。

まだあの監獄にはジェイルも、たくさんの仲間も捕まっている。

俺と同じ想いをしてるヤツらがたくさんいる。

だから、

 

「助け、ねーと」

 

ロックは俯きながら小さく呟いた。

自分が今安全圏にいるからといって「おしまい」だと割り切れるほど器用ではない。

辛さを知っているからこそ、捕まっているヤツらを助け出したいと人一倍望む。

そんなロックを覗き込みながらジャンヌは優しく声を掛けた。

 

「…気持ちはわかるけど、今日は休みなさい」

 

「んな暇ねーだろ、早く…」

 

「休みなさい?」

 

「だから、」

 

「休 み な さ い ?」

 

表情は笑顔だが凄まじい迫力を滲ませるジャンヌに押され、ロックは言葉を失う。

物腰は柔らかくともジャンヌは力強くロックの首根っこを掴み、毛布の傍まで引きずった。

ジャンヌってこんな激しいヤツだったっけと戸惑いながら、されるがままに引きずられていく。

 

「タクスもよ。今日は寝なさい」

 

ロックをズリズリ運びながらジャンヌはタクスのほうに顔を向けた。

ロックからジャンヌの表情は見えないが、タクスの表情を見る限り有無を言わさない笑顔なのだろう。

タクスが慌てて首を上下するのが見える。

 

「ジャンヌほんとに大人っぽくなったね…」

 

若干怯えながらランチュラがポツリと言うと、ロックとタクスがキョトンとしてランチュラを見つめ返した。

「え?ジャンヌなんか変わってたの?」とばかりにランチュラとジャンヌに視線を送る野郎ふたりと、「え?気付いてなかったの?」とばかりにぽかんとする女性ふたり。

微妙な空気が全員を包んだ。

 

-22ページ-

 

「信じらんない、ほんと信じらんない!」

 

朝、昨夜の出来事をいまだに引っ張り怒っているランチュラを宥めるジャンヌを目の前に全員で軽く食事をとる。

ランチュラの言い分としては「服も変わったし頭飾りも変わったのに全く気付かないなんて」なのだが、そんなじっくり見てないし。会ったの久々だったし。

女性の些細な変化に気付かないからモテないんだよ、と頬を膨らますランチュラに、余計なお世話だと多少イラつきながらもロックは無言を貫いた。

というか以前との相違点を言われようやく気付いた立場としては何も言えない。

言われてみたら、成長したからジャンヌは多少力が強くなっていて、精神的にも強くなっていたのだと理解できた。

もっとガラっと変わってくれたら気付いたんだけどなあと、ロックは干し肉を食い千切る。

 

「シルエットが変わるとか目立つ色合いが変わるとかしてくれねーとフツー気付かねぇって…」

 

ポツリと呟けばランチュラにジロリと睨まれた。ダメだこの話題だと部が悪い。

目を逸らしながらロックは残りの食事を急いで消化し、口元を拭いながら立ち上がった。

寝る前に「しばらくひとりで行動したい」と伝えてある。

…ジャンヌの目の前に正座させられ「無理はしません無茶はしませんちゃんと無事に帰ってきます」と確約させられたが。

 

「本当にひとりで大丈夫?」

 

心配そうにジャンヌが声を掛けてきたが「ひとりのほうが動きやすい」と昨夜何度も何度も言った言葉をまた紡ぐ。

ジャンヌはいまだに不安そうな表情だが、しぶしぶ納得してくれた。

タクスも行きたがったがジャンヌたちとともに拠点を作ってもらいたい。男手は必要だろう。

ランチュラは「戻って来なかったらグーで殴る」と笑顔で拳を握りしめた。もしかしたら掛け値なしでロックを一番信用しているのはランチュラかもしれない。

 

三者三様の仕草で見送られ、ロックは拠点から離れた。

目指すは監獄。

当面の目標はジェイルの救出。

ジェイルがこちらに来てくれれば解放活動がしやすくなる。

ダルタンが行方不明な現状、ジェイル救出は戦力面において必須事項だ。

「というか普通に心配だ」ひょいと岩を飛び越えて、ロックは呟いた。

ジェイルが今でも脱獄を繰り返しているならば、過去の自分と同じような目にあっている可能性が高いと顔を曇らせる。

 

「早く助けねーと」

 

そう呟いて、ロックはさらに加速した。

 

 

監獄が見える位置に到着したロックは、様子を伺おうとひょいと顔を覗かせる。

監獄がバタバタしていると感じたが、どうもロビンの撃った矢の雨はきっちり監獄を抉っていたらしく、それにより破損した箇所を修理しているようだ。

加工された岩を掲げて綺麗に並び、流れるように作業をしている小さな古神兵に圧倒されながら、ロックは岩場に身を隠す。

あの様子だと魔王軍の大半が修繕作業に回っているようだ。

ならば他の箇所の警備は手薄だろうと願望に似た予想を立て、こっそりと移動を開始する。

たとえ見つかってもちび古神兵たちが作業に回っているなら逃げきれるだろう。

無数のちび古神兵に追い掛け回されるリスクがない分、今がチャンスだと言える。

 

「よっしゃ、行くか!」

 

ペチンと自身の頬を叩き、ロックは監獄に狙いを定めた。

タンっと砂を蹴って素早く移動する。

向かうは監獄の下層部、ジェイルが居そうなところ。

 

-23ページ-

 

ロックは監獄内部をこそこそ警戒しながら歩く。

時には壁に張り付き、時には大きな壺の影に身を潜め、時には狭い隙間にはまり込む。

ああそういや前はここでつっかえて捕まったなあとか、ここで頭ぶつけたなあとか、この廊下引きずられたなあとかを思い出して涙が出てくる。

俺、脱獄頑張ってたよ。

 

嫌な思い出たっぷり詰まった監獄をロックは慎重に慎重に下っていく。

途中恐竜戦士たちを見かけヒヤリとしたが「ンハゴ」と地を這うちび古神兵に呼ばれ嬉しそうにどっか行った。

そうか、もうメシの時間か。

己の腹を軽く撫でつつロックは首を傾げる。別段腹減った感覚はない。

監禁生活を過ごしたせいか、いまだにロックの腹時計は狂っているらしい。

若干悲しくなりながら、移動ルートを頭の中に浮かべる。警備が多少緩くなるならば一気に進めそうだ。

ロックは今が好機と階段を駆け下りた。

 

 

勢いをつけすぎたせいか最後の壁にぶつかりそうになりながらも、なんとか目的の階層まで降りることが出来た。

ふうと軽く息を吐き、ロックは周囲を見渡す。

真っ暗でゴツゴツしていて狭っ苦しい。

嫌そうな表情を浮かべながらロックは「俺も前ここにいたなあ」と壁に手をつき顔を伏せた。

あの時は、そうだ、脱獄してやろうと思い切り鉄球を壁にぶつけてやったっけ。

懐かしいような思い出したくもないような記憶が脳内を駆け巡り、微妙な気持ちになりながら頭を上げる。

と、ひとつの檻に張り紙がされていることに気付いた。

近寄ってみれば「使用禁止」と書かれており、中を覗き込めばその牢の壁には見事な大穴が開いている。

 

「…俺か?」

 

あの時は必死だったからなあと、修理すらしてもらえない可哀想な牢屋に少し同情しつつもロックはジェイルを探して牢を見て回った。

飯時なのもあるのだろうが、ここは下層すぎるからか見張りがいない。

魔王軍のヤツらも暗くて狭っ苦しいところには長居したくないらしい。

これ幸いとロックはのんびり探索する。

 

幾つかの牢を確認したが見当たらず、ここにはいないのだろうかと不安になってきた頃、近くの牢屋からガタガタと小さな音が聞こえた。

ロックは慌てて音のした方へと走り出す。

奥の奥、ほとんど光の当たらない牢屋の中でぐるぐる巻きにされているジェイルを発見した。

 

「ジェイル!」

 

「お? …おお、ロック。無事だったか!」

 

ロックが声を掛けるとジェイルはゴロンと寝返りをうち、ロックの方に身体を向ける。

ぐるぐる巻きにされているせいか上手く身動きが取れないらしく、ぴちぴちと身体を跳ねさせるのが精一杯らしい。

それでもジェイルは身体を動かし、再会の喜びを表した。

そんなジェイルを見て、ロックは思わず腹を鳴らす。

 

「…なんかエビフライか魚みたいだな」

 

「なんだよお前、オレを喰いにきたのか?」

 

へらっと笑ってジェイルはパタパタ足を動かした。

割と元気そうには見える。しかしジェイルの笑顔にはやはりどこか疲れたような雰囲気が感じられた。

ロックに心配かけさせまいと無理をしているのだろうか。

ふうとため息をついて、ロックはジェイルの額を軽く弾く。変に気を遣わんでいい。

「ほどくから大人しくしてろ」とロックが言えばジェイルは言われた通り大人しくなった。

ロックはジェイルの背中に回り、巻きついているロープをほどきながら無理すんなと呟けば、してねぇよと笑って返される。

コンとジェイルの背中に頭を寄りかからせ、ロックは小さく「馬鹿」と呟いた。

 

-24ページ-

 

なんとかロープをほどき終わり、ジェイルは気持ちよさそうに手足を伸ばす。

伸び上がりすぎたのかフラついたのを慌てて支えると「ワリ」と謝られた。早めに休ませたほうが良さそうだ。

 

「動けるか?」

 

「超余裕」

 

ぐっと親指を立てられた。無理するなと言ってるのにとロックは呆れながら、逃げるぞと出口を指差す。

ジェイルが頷いたのを確認すると、ロックは先導するように足を動かした。

監禁されていたせいで多少弱っていて遅れ気味の、ジェイルの速度に合わせながら。

 

 

来た時と同じように、こそりこそりと歩みを進める。

途中、自分たちの他に捕まっている人たちのこんな会話が聞こえてきた。

「なんか脱獄したやつがいるらしいよ」

「ちょっと前、騒がしくなったのはそれか」

「出れるのかぁ…」

ロックたちの脱獄騒ぎはもう噂になっているらしい。自分たちもやってみるかと数人が話していた。

しかし下手に反抗すると酷い目に合うのも噂になっているため、なかなか実行に移せないらしい。

 

「…なあ」

 

ジェイルがロックのマントを引っ張った。首を傾げつつロックは振り返る。

ジェイルはとある廊下に視線を送りながらこう言った。

 

「逃げ出すついでに、あいつを一発殴ってやろうぜ?」

 

 

-25ページ-

 

ロックがキョトンとしていると、ジェイルは「監獄全体を解放させるなら内部からの協力もあったほうがいい」と先ほどの集団牢を親指で指しながら言葉を続ける。

他の奴らも多少は反抗心が湧いたみたいだがまだ足りない、あと一押しあれば。

そう言ってジェイルは廊下の奥を睨み付けた。

その先に居るのは。

 

「…そうだな、面白ぇ。やってみっか!」

 

ジェイルの言いたいことを理解したロックは、ニッと笑ってジェイルと同じ方向へ顔を向ける。

今は勝てるとは思えない。

だから今は

ただ一発

今までで溜まりに溜まった怒りをぶつけてやろう

それだけでいい

 

ロックとジェイルは互いに目配せをして、キュッと進む方向を変えた。

長い長い廊下を走り、辿り着いた広間の先の玉座に座る大きな人影。

この監獄の主である、サッカーラ目指して。

 

ふたりがサッカーラの前に到着し、睨み付けるように対峙すると、サッカーラは楽しそうな笑みを浮かべた。

玉座に座ったまま緩やかに手を叩く。

ロックたちが来るのを予想していたように。

予想よりも早いと嬉しそうに。

予想以上の玩具だと満足そうに。

ロックたちの殺気を身に受けても、そんな態度を隠しはしない。

ひとしきり叩いて満足したのか、サッカーラは玉座から立ち上がり口角を上げロックたちに向き直った。

 

「ユーの愚かさを見せてもらおうではないかッ!」

 

自分たちを完全に暇つぶしの道具としているような態度に目つきに言葉。

そんなサッカーラに対しロックは怒りを露わに怒鳴り返す。

 

「ふざけんな!俺はお前のオモチャじゃねぇ!!」

 

例えロックが怒鳴っても、サッカーラはただ笑うだけ。

悦びの表情を浮かべた。

人を馬鹿にしたかのような態度に苛立ちは倍増する。

 

「ロック、気を引き締めて行くぜッ!」

 

煽られ冷静さを欠いたロックを引き戻すかのようにジェイルは声を出し、武器を構えた。

今回は倒すことが目的ではないのだから。

生きて外に出るのが目的なのだから。

そのついでに、ちょっかい出しにきただけなのだから。

 

「逆に遊んでやろうぜ」

 

ロックにだけ聞こえるようにジェイルは囁く。

一発かませれば勝ち。膝をつかせれば大勝利。

その程度でいい。

ジェイルの言葉に頷いて、ロックはサッカーラに睨み付けるような笑顔を向ける。

解き放たれた、俺らの怒りを思い知れ。

そう小さく囀った。

 

-26ページ-

 

 

体躯が大きく一撃が重いが、その分隙が大きく動作も遅い。

ロックは身軽になった自身を活かし、先制を仕掛ける。

避けられても問題ない。控えたジェイルが相手の必殺技を防ぎにかかる。

風のようにはいかないが、ふたりは礫や火花のように跳ねつつ立ち回った。

思うように必殺技が出せず、始終笑顔だったサッカーラに変化が起こる。

思い通りにいかないと子どものようなイライラを露わにし、荒っぽく拳を振るいはじめた。

今まで余裕を見せ付けていたサッカーラの変化をふたりは見逃さない。

互いに目配せし、互いの息を合わせ、自身が出せる最高の一撃を思い切り叩き込む。

 

冷静さを欠き隙を突かれたサッカーラは、ふたりの攻撃をモロにくらい、その場にガタンと膝をついた。

 

ロックとジェイルは思わず笑顔を向けあう、が、サッカーラから発せられたとてつもない殺気に表情を凍らせる。

すぐさま体制を立て直したサッカーラは腰を落とし腕を引く。

やばいと気付いたふたりは防御体制をとるのも間に合わず、サッカーラから繰り出される無数の拳を受けるほかなかった。

 

「オラオラオラオラオラァ!」

 

百か二百か三百か、それとも千はあったのだろうか。

目では追えない多くの拳に弾かれ、ふたりは吹き飛んだ。

痛みで身体の感覚がほぼ無いが、トドメを刺そうとゆっくり近付くサッカーラの姿を視認したロックは慌てて跳ね起きる。

 

「ジェイル!」

 

「逃げ、っぞ!」

 

吹き飛ばされたのが功をさし、運良く出口はすぐそこだ。

満身創痍の身体に鞭打ってふたりは急いで逃げ出した。

逃げる?違うな、戦略的撤退だ!

 

-27ページ-

 

 

「っうわ、ヤバかったヤバかった」

 

サッカーラの元から逃亡し、見張りや警護の魔王軍を必死に蹴散らし避けてロックとジェイルは外に転がり出た。

どうも「オモチャで遊ぶから邪魔をするな」と命じられていたらしく魔王軍の初動が遅れていたのが幸いだった。

 

「もうちょい離れるぞ、ジェイル大丈夫か?」

 

「……、おー…」

 

若干目の焦点が合っていないが、ギリギリ返事を返せるようだ。

とはいえヤバそうだと判断したロックはジェイルに肩を貸し、補佐するように駆け出した。

 

 

安全な場所を目指してガムシャラに駆け、追っ手を撒くように時たま方向を変え、ジェイルの身体を引きずるようにロックは走る。

しばらくして喧騒も聞こえなくなり、周囲に人の気配もなくなった。

そろそろ大丈夫かとロックは立ち止まる。

とたんに支えていたジェイルの身体は崩れ落ちその場に膝をついた。

 

「…ワリ、ちょい、休む」

 

「おう」

 

言うや否やジェイルはその場に大の字になって寝転んだ。

荒い息を整えるように大きく胸を上下させる。

ジェイルに比べれば多少は動けるロックは、周囲を見渡し現在地を確認。

位置を覚えるとロックはジェイルの頭をポンと撫で「様子を見てくる」と立ち上がった。

 

「無茶だろ、いろいろと。てかガムシャラに走ったんだから戻ってこれねぇだろ」

 

「大丈夫だって」

 

なんせ俺には大地の導きがあるからな、とニッと笑い「大地の騎士」で「土のさだめ」がある自分が道に迷うことはないと腕を回す。

監獄の図面を描ける才能があるのだ、方向感覚には優れているだろう。

ロックが言い出したら聞かない奴だということを知っているジェイルは、過剰に制することはせず「お前が戻ってこなかったら、オレ砂漠で野たれ死ぬから絶対帰ってこい」と笑った。

 

「せっかく助けたのに死なれんのは困るな」

 

そうロックも笑って、すぐ帰ってくるから安心しろと屈みこんで再度ジェイルの頭を叩く。

もう一度はにかんでからロックはひょいと飛び出した。

マントをはためかせ「いってくる」と砂原に消える。

少しばかり心配しながらも、ジェイルはその姿を見送り、見えなくなったら静かに目を閉じた。

少しして安心しきった寝息が砂漠に流れる。

帰ってくるまで、おやすみなさい。

 

 

-28ページ-

 

 

 

ジェイルは自身の身体が何かに押し潰されているような感覚で目を覚ました。

熱くて重くて息苦しい。

敵に見付かってまたロープで拘束されてしまったのだろうかと、おそるおそる目を開けると、

 

「お。起きたか」

 

「…なんだこれ」

 

目の前には満面の笑みを浮かべたロックがおり、自身の身体は砂に埋もれていた。

首だけ出して、あとは砂山の中といった表現が正しいだろうか。

戻ってきたら爆睡してるからさ、と頬を掻きながらロックは砂山を叩く。

 

「起こすのも悪いし埋めてみた」

 

「いやそこは起こせよ」

 

ジェイルが苦言を言うと、砂風呂みたいなもんじゃんとけろっと返された。

こいつたまにガキっぽいイタズラ仕掛けてきやがる、とジェイル呆れているとロックは「起きたし崩すか」と砂山に手をかける。

勿体ねーなと少し不満げに。

テメェこのやろう。

 

 

なんとか砂山から脱出を果たしたジェイルが身体についた砂を払っていると、ロックが先ほど確認してきた様子を話してくれる。

曰く、自分たちのサッカーラとの戦いは監獄内ですでに噂となっているらしい。

前々からの噂と相まって「監獄から脱出は可能」「なおかつサッカーラにひと泡ふかせることも可能」という空気が広がり、収監者全体の士気が上がっているようだ。

こちらの試みは大成功といえる。

 

「じゃあ今がチャンスだな」

 

「まーな。けどまずはタクスたちど合流してからだ」

 

お前ももうちょい休んだほうがいいしな、とロックはジェイルのツギハギだらけのマントを優しく払った。

疲れさせたのはどいつだと憎まれ口を叩けば、誰だろうなとそっぽを向かれる。

他愛ない会話が妙にツボってふたりは大声で笑い、一歩前へ踏み出した。

仲間たちの元へと。

監獄の解放へと。

 

ひとりふたりさんにんと、堅固な監獄から抜け出して

ひとりふたりさんにんと、外で動ける仲間が増えた

大きく進展したわけではない

けれど

一歩一歩着実に

 

監獄の解放まであと少し。

砂漠が砂縛と呼ばれなくなるまで、あと少し。

 

END

説明
捏造。独自解釈。ロック中心監獄組。新2章話。前の話の別視点。
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