王四公国物語−双剣のアディルと死神エデル−
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王四公国物語−双剣のアディルと死神エデル− 

 

 

作者:浅水 静

 

 

第04話 死神エデル

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 目の前の小柄の少女は、長く艶のある金髪をはらりと垂らし上品に頭を下げた。

 

 このようなハンターズ・ギルドという、云わば場末にそぐわぬ服装の選定は別として、使われている布の材質は紛れも無く上質の物、優雅でありながらキッチリと抑制さられたお辞儀の仕方、清潔で手入れの行き届いた髪とアーベルトには懐かしくもあり、そして出来れば今は避けて通りたい『上流階級』の見本が目の前にいた。

 

「はじめまして、エデルガルド・フォン・ディングフェルダーと申します」

 

 彼女は、第一声でそう自己紹介をした。

 

「お初にお目にかかります。アーダベルト・ガーゲルンと申し……ディングフェルダー……様?」

 

 その上流階級の香りに当てられて、長年の習慣からつられて即座に返礼したアーダベルトだったが、最後の部分は聞き捨てなら無い言葉だった。

 

「……はい、父はこの地の領主をしています。

 気軽にエデルとお呼び下さっても結構ですよ」

 

 アーダベルトの返礼は僅かな動作であった。だが、そのゆっくりとした中に一分たりとも無駄の無い動きの身のこなしこそが幼少の頃より長年培われた貴族としての証だった。エデルガルドはそれに気付き、一瞬だけ目を見張ったが微笑をその顔に戻し、そう返した。

 

 しかし、アーダベルトにとって、自身の心中は全く逆だった。

 

(最悪だ。冗談じゃない)アーダベルトは呪詛のように心の中で延々と繰り返していた。

 

 今まで小さい頃から高等財務官僚の嫡子として、そして世襲して次世代の地位を約束されて身分として、宮中の貴族連中相手に培ってきた愛想笑いには自信があった。

 

 そんな自分でさえ、顔が今、引きつっていないか自信が無かった。

 

 そう、まるで彼女の両脇少し前に守るように立っているニコラウスとロミルダのあからさまに引きつった笑顔のように……。

 

(認証を取れたら、東の神公国へ行こう。うん、そうしよう)

 

 その胸には過去にディッタースドルフ伯爵家で模様された数々の園遊会やアーダベルト自身の誕生会でのやり取りが去来した。対外的に社交界への正式デビューを許される年齢ではなかったが自宅で開かれる伯爵家主宰のパーティーへの出席はもちろん義務であった。王国の財政の手綱を一手に握る伯爵家、そのディッタースドルフ家と縁を結ぼうとする他の貴族諸侯には暇が無かった。

 

 つまり、伯爵家嫡子アーダベルトとの婚姻目的である。酷い時には王立学校の帰り道で半場強引に誘拐紛いの行いまでして自分の娘に合わせようとした貴族までいた。

 

 父からは言質を取らせない云い回し、表情の作り方など様々な事を叩き込まれた。

 

 アーダベルトは、ゆっくりとそして周りの人間に気付かれないように静かに溜め息をついた。

 

(さぁ、貴族の駆け引きの時間と参りましょうか!)

 

「フロイライン・ディングフェルダー、それで本日はどのような趣意でこちらに?」

 

 アーダベルトは、その思いをひた隠しにしてエデルガルドへと問いかけた。許されたように愛称で呼ばずにフロイライン、つまりディングフェルダー“お嬢様”と形式ばった呼称を使った。それは彼が既に聞いていた狩りへの同行という趣旨ではなく、『何の為に』彼女がそうしようとしているのかを聞くのが目的で壁を築いたのである。

 

「ガーゲルン様は、医術、特に薬草に関して類稀なる見識をお持ちと聞き及びました。

 我が領地内での医療品の不足には領民も常々、悩まされております。是非、栽培を試みて供給の糧なればと助力を頂きに上がりました」

 

 エデルガルドもアーダベルトの言葉から意を解したように居住まいを正すように凛とした口調で答えた。

 

「フロイラインに於かれましては臣民を思う気持ち、領下で生業をなす者として感涙を禁じえません。

 ……ですが、狩場は腰丈ほども草が生い茂る場所も御座います。高貴な御召し物を汚す事にもなりかねません」

 

 アーダベルトは、慇懃な口調でエデルガルドの事前の調査不足を非難したのだ。

 

「……かっ、かまいませんわ!」

 

 一瞬、自分の服装に目を落とし、アーダベルトの服装に目を戻して即座に彼が好戦姿勢の誘い水を投げている事を理解し、慌てて反論した。

 

(だが……まだまだ、だな)

 

アーダベルトとの社交経験の差、それは男女の差と言い換えても良いのかも知れない。駆け引きの鬩ぎ合いのただ中で対応してきた者と辺境伯とはいえ、中央貴族と比べれば格段に社交辞令の少ない地方貴族、それも守られた立場の者。端から戦にならなかったのだ。

 

「また、猟場はここより半日も歩き続けて、漸く辿りつける場所。フロイラインの細く美しい御御足を痛める事となれば、心苦しい限りです」

 

 だが、攻めるのを止めない。

 

「うっ……そう!馬がありますわっ!馬があればその距離でも労せず行ける筈です」

 

「そうですね」とアーダベルトは満面の笑みで答え、そして続けた。

 

「で、その馬は誰が守るのでしょう?

 先だって、我々三人でも狼に囲まれフローエ様が大怪我を負ってしまわれました。

 我々三人が居れば、フロイラインお一人をこの身に賭けてお守りする事は可能かもしれませんが、馬まで守る事は、べくもあらず」

 

「……それは……」

 

 遂に返答に窮して黙り込むエデルガルドに、さらに畳み掛ける。何故ならこの返答、いや反応を見るのがアーダベルトの本来の目的だった。

 

「なにより側付きのの方をお見受けしないようですし」

 

 完全に沈黙したエデルガルドに対し、アーダベルトはその瞳の奥に冷たい炎を燃やしていた。

 

(年齢がいくつかは知れないが、この思慮の無さは何なのだ?)

 

俯くエデルガルドに向かって、アーダベルトはある事を確信し、ほんの刹那だけ特別な視線を投げかけていた。

 

 王都の下水道を這い回るドブネズミを見る様な視線で。

 

「そう言えば、フローエ様の全快祝いが未だでしたね。

 ぜひ、奢らせて下さい」

 

 そう話を振られたロミルダは「えっ!?えっ???」と困惑気味だったが、アーダベルトはニコラウスに対して、ゆっくりと頷く様に目蓋を一度だけ閉じて合図をした。二人の背を押し出しながらギルド会館の出口に向かわせた。そして、一瞬立ち止まり、顔を横にして背にしているエデルガルドに向け呟いた。

 

「薬の流通を増やしたいのなら、街道整備に尽力されるようにお父上に進言されては如何でしょう。

 ……『臣民の為』。そう仰ったフロイラインのお言葉、ご自身が努々忘れませぬよう、一臣民として願うばかりです」

 

 その言葉を残し、三人はエデルガルドを置き去りにしてその場を辞した。

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

「すまんっ!」

 

 ニコラウスは、食堂のテーブルに頭をこすり付けんばかりの勢いでアーダベルトに頭を下げていた。

 

「始めは、あたしが掛かったお医者さんから聞いた薬草に詳しい人を紹介してと言われただけだったのに……」

 

 ロミルダも申し訳なさそうに呟いた。

 

「いえー。どうせそんな事だろうとは思っていました。

 その……貴族の中にも色々な方がいらっしゃいますから……」

 

 アーダベルトは、以前遭遇した未成年略取拉致紛いの事案で、連れ込まれた馬車の中でその母親と共に自分に向かって『アーダベルト様のお嫁さんになるのっ!』と宣った八才の幼女と同じ臭いをエデルガルドに感じていた。

 

 自分に好意……という意味ではなく、幼少より画一的な教育環境で育った故の無垢な無配慮。

 

 他人を思いやる心を無くした自分本位の楽天的思考。多分、エデルガルドには他にも衝動的という厄介な言葉と自分が領主息女であり、その下々の者に無言の権勢を誇る事に無自覚で有る事も加味されるだろう。現に直臣のブルメスター家の子息のニコラウスやその家臣家のロミルダは、何を言い出されても立場上、断りきれぬのだから。

 

 貴族社会特有の歪み。『臣民の為』そう言いながら臣民を踏みにじり、それを省みない思考。アーダベルトが唾棄すべき思いで一瞬だけエデルガルドに投げかけた視線にはそういう意味が有った。

 

「……厄介……ですね」

 

「アレで諦めてはくれないと?

 でも、あたしは稀少薬草の自領栽培って、そんなに悪くないと思うけど……」

 

「本当にそうであればね」

 

 ロミルダの意見にアーダベルトは、あの問答でエデルガルドから感じ取った疑問を口にした。

 

「違うのか?」

 

「薬草の栽培の為の株が欲しいなら、お嬢様自ら赴かなくても良いではないのでしょうか?

 明らかに突発的に思い至っての行動とお見受けしました。まるで何かの理由付けに取って付けた様にね。

 ここまでは高貴な方の気紛れでも済みますが、ましてや家臣を付けずとなれば、話は違ってきます。つまりディングフェルダー家自体にも知らせていないのでは無いかと……」

 

 ニコラウスに問われてアーダベルトが洞察した結果は、両名を愕然とさせた。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ……エデル様は実家にも隠して『何か』をなさろうとして、俺達はそれに加担させられようとしていたのか?」

 

「はい。

 もし、それで“お嬢様”の身に何かあれば領主様を始め家臣の方々は……我々に対して黙っては居ないでしょうね。

 もしかしたら、お二人は家臣家に名を連ねる者ですから咎が及ばないかもしれませんが、ただの平民の命ほど軽いものは無いでしょうね」

 

 アーダベルトは背筋が凍るような台詞を満面の笑みで二人に伝えた。

 

(ディングフェルダー辺境伯は、苦しい領内運営をそれでも遣り繰りして賢主と行かないまでも民に近い良主であると聞いていたが、これは軌道修正するべきだろうか?

確かに良い政を成す主が良い親とは限らないとは言え……)

 

「残念な事にこの領地に来て間もない身では、お嬢様が成されようとしている事がなんなのか分かりません。お二人に心当たりは有りませんか?」

 

 頭を抱えていた二人は互いとアーダベルトを見比べていたが、思いつめるようにロミルダの方が先に口を開いた。

 

「分からないわ。

 心当たりもなにもエデル様が領庁都市からこっちに来られたのも最近だし、それまでお顔を拝見したぐらい。声を掛けてもらえたのも今日が初めてだもん」

 

「俺にも分からないな。

 園遊会で家族で招かれた時に何度か会ったが、ご機嫌伺いの挨拶程度だし……。

 ただ……あの噂が……」

 

「噂ですか?」

 

「……エデル様は今、十六歳なんだが過去に二度、婚約している」

 

「……二度?」

 

「ああ、二度とも婚約の儀が済んで間もなく、相手の婚約者が……死んでいる……」

 

 これにはアーダベルトも息を呑んだ。

 

「それで付いた二つ名が……」

 

 一瞬、ロミルダが躊躇したように言葉を切ったが、覚悟を決めたような瞳で二の句を継げた。

 

 「死神エデル」

 

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初出 2014年 12月 02日 に『小説家になろう』 http://ncode.syosetu.com/n4997cj/ にうpしたものです。

 

説明
第04話 死神エデル
 
目次 http://www.tinami.com/view/743305
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