王四公国物語−双剣のアディルと死神エデル−
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王四公国物語−双剣のアディルと死神エデル− 

 

 

 

作者:浅水 静

 

 

 

 

 

第05話 王国の事情 

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「……偶然……ですよね?」

 

 アーダベルトにそう問われたニコラウスとロミルダは、重い口を互いに補うように話し始めた。

 

 一年半ほど前、エデルガルドの最初の婚約者は、王都の南東に領を持つ侯爵家嫡子だった。その領は亜麻の産地で良質の布、特に寝具などは王宮の御用達として高い値で取引されていた。年齢も同じで爵位格式的にも最良の縁談といっていい部類だった。

 

 ディングフェルダー家でも領主が引き継がれ、新しい門出に相応しい良縁になる――はずだった。歯車が狂い始めたのは、その相手側の侯爵が結婚前に箔を付けさせる為、嫡子が成人した折に初陣を済ませておこうと領内の野盗討伐に駆り出したのだ。

 

 ところが挙兵の報が逸早く野盗側に漏れていて、伏兵に散々悩まされた挙句に、遂には逆撃にあった際に嫡子を戦死させてしまった上、野盗散り散りに逃がしてしまうという大失態を演じたのだった。侯爵家当主はまだ40歳に満たない年齢だったにもかかわらず、帰ると老人のように老け込んでしまったそうだ。

 

 世継ぎは次男がいたがまだ六歳という幼齢ではどうしようもなく、縁談は立ち消えになったのだった。

 

「……カウニッツ侯爵領事件……」

 

「知っていたのか!?」

 

「ええ。

 その後、カウニッツ侯爵領では御当主が領内運営に手を付けられないほど消沈されてしまい、その上、野盗の残党が領内を荒らしまわるようになってしまったのです。王都でも見かねて財務一等書記官が直接指揮して領政の建て直しを計り、その者の要請で王立軍により野盗討伐の掃討戦が行われました。

 そのせいで王都住みの身でしたが耳に入れることが出来ました。流石に嫡子の婚約者までは聞き及んではいませんでしたが……候のご子息は碌な武術の心得の無い方だったのに何故戦闘に参加されていたのか疑問視されていたのですが、そういう事情だったのですね」

 

 何の事は無い、建て直しを計った財務一等書記官とはアーダベルトの実父のディッタースドルフ伯ルプレヒトその人であり、その要請を受けたのは軍務省相クラインシュミット侯ゲオルクなのだ。知っていて当然である。

 

 もちろん、他の二人にはこの事は黙っていたが。

 

「最近、物騒よね。他領でも盗賊が増えてるって聞くし」

 

「ええ。でも、こちらのディングフェルダーは、まだ良い方です。王都では城門の内も外も流民が増えています」

 

「流民になるか野盗になるか……」

 

 アーダベルトの話にニコラウスとロミルダは、自分達がまだハンターを生業として生活していける事を幸運に感じていた。もちろん、前回ロミルダが怪我を負ったようにリスクは付き物だがそれでも正道から外れて生きるよりマシである。

 

 だが、その正道から外れて生きねば死しかない道もあるのだろう。事実、ディングフェルダーの領庁都市の城門外に居つく流民も増えていると二人の耳もしていた。

 

「でも何でここまで増えちゃってるんだろう?」

 

 ロミルダの問いにアーダベルトは翳りの表情で答える。

 

「以前は、犯罪者や借金による夜逃げなどで、その領地にに居られなくなり流れ着く場合が殆どであったと思います。ですが、ここまで増えているとなると主は今まで普通に生活していた一般平民。特に農民ではないかと……」

 

 そうなると流民に至る原因は、そう多くない。

 

「重税か……」

 

 領区管理の家柄とはいえニコラウスの実家のブルメスター家でもかなり気を使う問題なのであろう。吐露した言葉には重みがあった。

 

 王国で税は国税、それにプラスして領税が有る。

 

 内容の主だったものは、一つは商取引などでの利益の一部から算出される商税。そして、重要なのはもう一つの農産物などの年貢だ。検地された土地で収穫量を算定され、その内の規定された分の収穫物を年貢として収める。

 

 ただし、“国税に関して年貢は農産物でなければならない”という規定がある。

 

 その理由は、北の教公国との関係だった。教公国は、北の山岳地帯に位置し、産出する鉱物資源は非常に豊富な反面、年の内、公土の殆どが雪に覆われる日数が多く、穀物の生産に関してはとても独自に賄う事が出来なかった。そこで締結されたのが、王国側と完全な物々交換である。特に王四公国全体で流通している金、銀、銅の三種の硬貨は、全て教公国で造られたものだった。その為、今現在、教公国側との出入国は他の公国と比べ物にならないほど厳しく制限されている。

 

「はい。どこかの領地で重負担といえる領税を課しているのでしょう。

 領民が逃げ出せば、生産量が落ちて検地で算出された年貢を納められなくなります。

 その少なくなった分を残った領民の税に上乗せして絞り上げて帳尻を合わせる」

 

「それが苦しくなって領民がさらに逃げ出すって訳ね。最悪……」

 

「一体どこの領地でそんな悪政を?」

 

「王都の流民の状況から見て、ただの一領地からとは思えません。複数の領地で同様の搾取が行われているのではないかと」

 

 アーダベルトは、ここで明言は避けた。

 

 何故なら彼は――全てを詳細に知っていたからだ。

 

「それにこのディングフェルダー領には有りませんが、他の領地には、ほぼ全て“献納”が有りますから……」

 

「教会かぁー」

 

「えっ!?どういう事?」

 

(ほぉー)とアーダベルトは、ニコラウスの意外な知識とロミルダとの格差をやはり対外的に情報の入る騎士爵家と領内に限られた家臣家の情報の差だろうかと興味深く思った。

 

「教会は他の領地では、寄付の名目で献納といわれる実質租税徴収を行っているのです。払わなければ教会を使って行われる村の様々な決め事の集会にも参加出来なければ、葬式さえも執り行えません」

 

「うわー、エゲツないわねー。教義の慈悲とか一体、どこ行ったのよって話じゃない。

 全然、知らなかったわ」

 

「まぁ、他領地の話ですし、フローエ様がご存じ無いのは無理もありません。

 なにより五国間騒乱時に教会側は、最前線だったディングフェルダー領への派遣を物資人員両面で渋った事が有ったのです。特に聖公国は、信仰神の違う相手や建物は破壊の対象だったので容赦が有りませんでした。そこで当時のディングフェルダー領主様は自費で教会の建設や人員、運営など独立で行う事になったのが今に続いていますので、王国内で奇跡的に教会側の影響力が少ない土地と言えます」

 

「現状、王都の対応はどうなんだ?」

 

 ニコラウスのさり気無い口調の問いにアーダベルトは危うく王国財務の実情を話してしまいそうになった。アーダベルトはただ無言で首を横に振る動作で流した。この場合、「分からない」か「ダメだ」という本来なら別の意味になるのだがニコラウスやロミルダにとって、然して違いの有るものとして映らなかったのだろう、聞き返すことは無かった。

 

「ところでもう一方の婚約者の方はどうだったのですか?」

 

 深みに嵌まる前にアーダベルトは、話を本題に戻す事にした。

 

「それが良く分からないの」

 

「分からない?」

 

「ああ。一度目の婚約が流れたのは、ある意味、不運な事柄とみんな考えていたし、次の持ち込まれる縁談にも影響しなかった。いや、逆に足元を見られて格下の貴族からの申し込みも増えたくらいだ。

 決まったのは伯爵家の嫡子だったんだが、婚約の取り交わしがあって、その一週間後に……病死した」

 

「……どのようなご病気で?」

 

 さすがのアーダベルトも怪訝な表情でニコラウスに聞きなおした。

 

「それが分からないんだ。それまでの健康状態に不安な点は無かったらしい。

 ただ病死とだけ。

 その後については……想像が付くだろう?」

 

 アーダベルトは、頷いた。

 

「呪いか魔術かと噂が出て、果てはあの二つ名という訳ですか……」

 

 貴族社会での婚礼は確かに政略的な側面もあるが、それは自分達の子供の幸せや栄達にも繋がる。それを全面的に否定する事は出来ない。貴族社会から転落すれば、貧困と隣り合わせの生活をせねばならない事も多々あるのだ。それは実質、死という結末と限りなく近くなると言える。なんとか生活に余裕を持てるだけの技量を持った、ここに集まった三人でさえ身に沁みて分かっている事だし、スラムで身を寄せ合う流民にしても同様だろう。危険と飢えという違いは有っても。

 

 婚約すれば子息が死ぬ。

 

 偶然であろうがそんな事例が重なれば、誰だってその家との縁故を回避するに決まっている。

 

 ただ、今までの話の中でアーダベルトには引っかかっている事があった。

 

「何か気付いた事ある?

 王都なら魔術士もいるんだよね?」

 

 心なしかロミルダの問いにワクワクした感情が込められているのを、アーダベルトは敢えてスルーして考えを述べた。

 

「確かに魔術士は、王都というか軍と教会に囲われています。でも、併せても片手ほどの数だと……。なにより、騒乱の最中に魔術と気付かせずに命を狙ったり、病死に見せかけて殺害するような能力なんて聞いた事は有りませんね」

 

「うーん、やっぱり風聞かぁー」

 

「……ただ……。

 病死の方は情報が足りな過ぎて分かりませんが、最初の討死の方には多少、キナ臭いですね」

 

「挙兵の情報が漏れていた点か?」

 

「ええ。ただ、それも野盗側が伏兵や逆撃を加えた所を考えると、かなり詳細に漏れていたのではないかと思えます。野盗相手といえど、武術の心得が無い候子息の周りは、かなり厚く固められていたと見るべきでしょう。そこを敢えて貫いたとしたら……そもそも諸侯軍を野盗がまともに相手にする事自体が異常に思えます」

 

「つまり、戦術的に賊として纏め上げて指揮した者がいる。

 ……謀殺と?」

 

「あくまで想像の域を出ないぶっそうな話ではありますが、もし、そうならお嬢様は汚名を着せられた事になりますね」

 

 アーダベルトの推測通り、エルデガルドはカウニッツ侯爵領事件に直接的に関わってはいなかった。

 

 

 

 直接的には。

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 その少女の口は、その決意を表すように堅く一文字になっていた。

 

 扉の前で一度だけ深呼吸をして二度ノックをした。

 

 扉の向こうから入室を許可する声が聞こえ、少女は扉を開いてその身を中に入れた。

 

「おや、お前がここに来るとは珍しいね。

 どうしたんだい?エデル」

 

 三十代には見えない長髪の領主は、書類に埋もれた執務室の机から顔を上げて、娘の急な来訪を笑顔で迎えた。

 

「お父様、お願いが有りますっ!」

 

 

次回 第06話『第06話 エチケットを剥された血脈』につづく

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初出 2014/12/03 に『小説家になろう』 http://ncode.syosetu.com/n4997cj/ にうpしたものです。

 

キャー、アディルクン、ニゲテー!ニゲテー! な回です。

 

説明
第05話 王国の事情

 目次 http://www.tinami.com/view/743305
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