おにむす!A |
初めてその子に会った矢崎の印象はあまりいいものではなかった。
どんなに笑顔を向けても怯えた表情で双波の影に隠れてしまう。
腰までまっすぐ伸ばした長い黒髪、くりくりとした瞳はわずかに緑がかっている。
年相応に言えば美少女の部類に入るかもしれない。
「えっと、名前は?」
極力優しい声を心がけて問いかける。
が、白いワンピースの裾を握り閉め答えない。
「おい、どうするんだ?双波・・・さん」
「答えられる筈もありません、名前がないのですから」
「はぁ?」
そんな事が現代の日本においてありえるのか?
名前がないということは恐らく出生届けも出てないのだろう、公的には彼女は存在してないことになる。
「前に言ってた特殊な事情ってやつか・・・」
「それが全てではありませんが」
双波は眼鏡を中指でクイっとあげる。
「産みの親は何を考えてんだ?」
「まぁ、名前に関しては一任します」
(答えを避けたか)
矢崎はため息を一つつくと、しゃがみこんで子供の目線に合わせる。
「何はともあれ、今日からお前は俺の娘だ、よろしくな」
子供は伏目がちに小さくうなずく。
「いい子だ」
矢崎が頭を撫でようと手を伸ばすと子供はばっと距離を離す。
「どうした?」
「・・・だめ」
子供が更に怯えた様子で口を開いた。
「それもあなた達が乗り越えるべき壁ね」
そう言ったところで双波の携帯がなりだした。
「すまない」
双波はそう言って通話ボタンをおす。
「はい、お世話になっております」
そんな社交辞令を尻目に矢崎は子供に問いかける。
「名前、どうする?」
「・・・なんでもいい」
「それじゃ俺が困る、勝手に決めちまうぞ?」
「・・・好きにして」
随分と淡白な会話に矢崎は頭を抱えた。
「そうだな・・・、タマ、ミケ、モカ・・・」
「猫じゃない」
子供は矢崎の言葉を遮った。
(感情の起伏はあるみたいだな)
少しむくれた様子の子供に矢崎の警戒心が若干薄れた。
「悪かった、秋穂」
「それが、私の名前?」
「そうだ、ありがたく思えよ?」
「適当に決めたでしょ?」
秋穂はにやけそうになるのを必死に堪えていた。
「嬉しかったら笑ったっていいんだぞ?子供は素直が一番だ」
矢崎はニコッと笑って見せ、右手を差し出す。
「改めてよろしくな、秋穂」
「うん」
おずおずと秋穂も小さな右手を差し出す。
「とりあえず、一歩前進したようですね」
双波が満足そうに2人を見つめていた。
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