王四公国物語−双剣のアディルと死神エデル−
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王四公国物語−双剣のアディルと死神エデル−

 

 

 

 

 

 

作者:浅水 静

 

 

第10話 胎動と、蠢動と

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「それで結局、あれだけ手を掛けたに関わらず、見つかっていないとはどういう事だ!」

 

 その男は、怒っていた。

 

 コルネリウス侯爵オットマー財務省相を前にして、苛立ちを隠そうともせずにいた。

 

「我々には、いや、この王国には“あれ”が必要なのだっ!何の為に家財の差し押さえまでして探させたと思っておるのだ」

 

(何が王国の為だ)

 

 オットマーは、心の中で毒づいた。この目の前の男が一年数ヶ月前、先代の王が病床に有るのを幸いにカウニッツ侯爵領事件の収拾に宮中人事に口を挟み、財務の要だったディッタースドルフ伯を当たらせた事を知っていた。次期国王の叔父という立場に既に高級財務官僚の多くにその息が掛かっていた事にオットマーが気付いた時には最早手遅れだった。

 

 幼い現陛下を玉座に就かせる為に相当の金額が流れたと聞く。それがどこから出たか容易に想像がついた。特に二度に渡る税徴時期にディッタースドルフ伯の不在は、他の領地を含め不正の絶好の機会と言えた。その際たる者が目の前の男なのだ。

 

 オットマーは非才の自分が家柄とは云え、財務の大臣としてやってこれたのは紛れも無くディッタースドルフ伯在ればこそだったのは自覚していた。いや、不在の折にじわじわと混乱していく王国財政を目の中りにして自覚せざる負えなかったのだ。

 

「はっ、全ての書類書籍に至るまで調べさせたのですが、目的の物は発見できませんでした。

 ただ……」

 

「……『ただ』なんだ?」

 

 オットマーは、冷たい汗が背筋をつたうのを感じた。

 

「……屋敷の地下に酸に漬けられた、量にして一冊分と思われる書類が発見されました」

 

「まさか……」

 

「発見された時には既にインクは滲み、紙繊維自体もボロボロになっておりまして復元する事はおろか、何が書かれていたかも……」

 

「……グレイフの書が失われた……だと?

 ……あれが……あれが無くなっただと……」

 

 オットマーにも王国貴族たる矜持は有った。ディッタースドルフ家は、その家柄も王国への貢献もその爵位はいつ侯爵に叙爵されてもおかしくないものだった。なのに伯は常に一歩下がった形でオットマーを引き立ててくれた。されど、その恩は有れど、今、王国を破滅に導くわけには行かなかった。既に自分はこの目の前の男と一蓮托生なのだと意を決して、自分の考えを口にした。

 

「閣下、亡きディッタースドルフ伯がその職に就いた時は、成人して数年しか経っていない十七・八歳だったはずです。その時、既にまっとうに財務を取り仕切る事を恙無く。

 それ故、伯のその子息アーダベルトなる者もグレイフの書について何か聞き及んでいるやも知れません」

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 フェリクスがその報を耳にしたのは、村に着いて直ぐの事だった。

 

 村を訪れる事はエデルガルドには内緒で、ルーカスにのみ知らせていた事だが、元々、自らの目でグレイフの紋章を持つ者を直に見極めるつもりだったのだ。エデルガルドから詳細を聞いたフェリクスは、すぐさま領庁都市に向けて討伐の為、諸侯軍の派遣の指示を出した。常駐の兵など五十人程度だが、火急な故、馬車に来れる者はすぐさま飛び乗れと伝えていた。夜通し走れば明日の早い内には、こちらにつけるだろう計算していた。多少、強行軍になるが、武門の誉れ高きディングフェルダーの兵士に音を上げるものがいたら、それこそ問題である。

 

(それにしても……シュタイン・ティーガー相手に、ほぼ一人で討ち取ってしまうとは……)

 

 フェリクスは考えていた。その腕前も然る事ながらアーダベルトは、エデルガルドに対して「この身に代えても守る」と言ったらしい。戦においての心構えが出来上がっている者ならいざ知れず、咄嗟にそれが出来る者が自分の下に何人いるだろうかと。その上、ヴィルフリートからは、「聡い子だ」と知らせられていたが、エデルガルドの話では、初対面であるはずのグローマンとブレターニッツの確執も見抜いたらしい。

 

 信義、度量、才覚、それも人を見る目と正に、貴族として求められる全てを備えているように見受けられるが、まだ成人に満たぬ子供に他ならない。フェリクスは、それこそ、一種の“歪さ”では無いだろうかと感じていた。

 

(若さ故の純粋さか……それとも純粋故の歪みか。

 何にしろ、人材としては申し分の無い事だけは確かだ)

 

「御館様、遠見をさせていた者から報告が入りました。ディッタースドルフ伯アーダベルト様、もうすぐお着きになるそうです」

 

「うむ……しかし、ルーカス、その名は控えよ。

 我々が枢要に迎えるのは、才はあるが只の平民。ディッタースドルフ伯爵家とは何の関わりの無い者なのだからな」

 

「はっ、失礼致しました。

 お嬢様を身を挺してお守りした上に、シュタイン・ティーガーを討ち取るなどその剛毅さを聞き及び、ついつい、浮かれてしまいました」

 

 諌められたはずのルーカスであったが、喜びは隠せないように微笑み返した。

 

「エデルの話では止めの一撃はニコラウスだったと聞いたぞ、噂に違わぬ充分な働きではないか。

 上の兄達の事や成人前だった手前、私の方から配慮する事は出来なかったが、ティーガー・イェーガー(虎を狩りし者)の称号を得た以上、憚る事は無くなった。

 この度、討伐の軍に加わる事を許す。励むように伝えてくれ」

 

 それは将来、ニコラウスにゲフォルク・シャフトの一席を与える事を暗喩しているものだった。

 

「はっ、勿体無いお言葉、有り難くお受けします」

 

「うむ、では、英雄殿を迎えるとするか」

 

 フェリクスが外へ出ると村の入り口に大勢の人だかりが見えた。丁度、夕暮れ時でもあったのでの噂を聞いて農作業を早めに切り上げてきたのであろう。女子供もいて祭りでも始まるのかと思えるほどの賑わいだった。

 

 実際、虎が狩られたなど何十年かぶりの話というのもあるが、シュタイン・ティーガーは人食い虎の異名を持つほど、出没の度に人的被害が出る。だからこそ、どの領地でも害獣として討伐対象になっているのだが、今回はその被害も出さぬ内に、況してや成人に満たぬ者が少数でそれを討ち取ったというのだから騒ぎにもなるのは、当たり前の話と言えた。

 

徐々に近づいてくる人影の中に目的の人物を発見したフェリクスは正直、驚きの色を隠せなかった。その容姿は本当に少年と言って良いほど幼い。その後ろの馬二頭の間に吊るされている見事な獲物を実際に見せられても、この少年が虎を討伐した事を信じる事は容易ではなかった。

 

「皆、この度の害獣討伐、良くやってくれた」

 

 各人それぞれ恭しく頭を下げて礼をした。フェリクスの視線がニコラウスからロミルダへと巡り、そしてアーダベルトで止まった。

 

「……領主様、お初に御意を得ます。アーダベルト・ガーゲルンと申します。

 この度は、戴いたお役目、無事に果たせた事を幸いと存じます」

 

「うむ。急で不仕付けな頼みであった上、このような予想外の凶事の中、良くぞ全うしてくれた。娘エデルガルドに代わって礼を言う」

 

「いいえ、お気になさらずに。

 聞き及びかも知れませんが、お嬢様にも“お力添え”頂きました。それにより貸し借りは無しという事で良いではありませんか?

 なにより、止めを刺されたのはニコラウス様です。彼が居なければ、我々皆がこうして全員無事に戻れる事は無かったと思います。その労、心にお留め置き下されるようお願い申し上げます」

 

「ちょ、お前――」

 

 さすがのニコラウスもこの発言には驚いたようだ。たしかに止めを刺したのが彼だとしても、その前にほぼ勝負は着いていた事はあの場に居た誰もが知っていた。

 

「エデルからもその話は聞き及んでいる。その件に関しても心配は無用だ」

 

「有難う御座います。

 ……あっ、このような血だらけの汚れた服のまま、気付きませんで失礼致しました。本日は、色々あって、少々疲れてしまいました。後はお任せして下がらせていただいて宜しいでしようか?」

 

 アーダベルトは、まるで“気の弱っている少年のように”弱々しく言った。

 

「おお、こちらこそ気が利かなくて、すまなんだ。ゆっくりと体を休めてくれ」

 

 流石のフェリクスも前評判やグレイフの紋章を継ぐ者という先入観で見ていた事を恥じた。

 

 実際は、見ての通りの成人に満たぬ少年ではないか。それこそ、生死の境を越えそうになった出来事が有ったのに疲れていないはずは無いではないかと思い直し、アーダベルトの申し出をそのまま受け入れた。

 

 彼の退場の際、見物していた住人から拍手が起こった。それは賞賛でも有り、自分達を害獣から守ってくれた感謝の気持ちだった。ただ、その中でなんとも言えない表情をした人物が二名――ニコラウスとロミルダは、アーダベルトとの付き合いが多少、長いこの二人だけは、彼の態度に妙な違和感を感じていた。

 

 宿屋に戻ったアーダベルトは、即座にシャツを脱ぎ捨てて血を拭き落とし、そして昨日の内に用意した書類をもう一度確認した。それはハンター認証の申請書類だった。正式な認可は、領庁都市のディングフェルドベルクのギルド本部で発行される為、そちらに出向かなくてはならないのだった。

 

 その書類を大急ぎでバックに詰め込みながら、新しいシャツに着替えなおした。元々、その身一つでこの地にやって来たアーダベルトの持ち物は、このバック一つ入っているもので全てだった。

 

 日が落ちるのを確認したアーダベルトは、宿屋の支払いを済ませ宵闇に紛れて街道に駆け出し、この村を一目散に後にした。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

「父上、公国軍議、お疲れ様でした。

 いかがでした?聖公国は」

 

 ヴィルフリート・フォン・クラインシュミットは、王宮の廊下で国王への謁見を終えた父を出迎えた。父のゲオルクは、聖公国の定例の軍事会議に出席していて、戻ったその足で王宮へ報告に帰参していたのだった。

 

 聖公国は現在でも領地の西側に位置する隣国との戦争が続いている。公国も王国の一部であり、他国からの侵攻を防ぐ為、聖公国への援軍を出していた。しかし、その表情は暗く、どこか翳を落としていた。

 

「ふむ、戦況自体は問題無いのだがな。

 ツェッファー公子もなかなか手厳しい方で、こちらの質として間に合わぬの現状を厳しく追及されての。まぁ、リーオベルデ殿と比べられるとこちらとしても返答の仕様が無いのだが」

 

「銀騎士殿ですか……あれは一種の化け物ですからね。仕方がありません」

 

「そういえば、お前は彼と面識があったな」

 

「はい、昨年の秋に。鋼より幾分か軽いブルーメタルとは云え、あの大剣を竜巻の如く振るって戦場を駆けるは圧巻でした。試しに座興で手合わせしましたが、正直、舌を巻く強さでした。あのお二人が聖公国の国境を守られている以上は、安泰でしょう」

 

「それは良いのだが、強すぎる者が二人も居てはその者達に頼る気持ちが強く、他の者が育たんのだ」

 

「痛し痒しと云うところですか……」

 

「あの二人、まだ二十歳前だというのに最近の若者は、才気溢れるものが多すぎる。わしも年を実感するというものだ。

 ところで、こんなところまで出迎えに来てくれた訳でも無かろう。どうしたのだ?」

 

「実はフェリクスから知らせが届きまして、こちらから送った“無銘のワイン”、無事に受け取ったとの事です。『今から熟成の時が楽しみ』だそうですよ」

 

「そうかそうか。なによりだ」

 

 簡素な言葉とは裏腹にゲオルクのその眉尻の下がった表情は、誰が見ても好々爺然としていた。

 

「それともう一つ、ご報告したい事が……此処では何ですので執務室の方で」

 

 その言葉の意味は、他人に聞かせられない内容を意味していた。ゲオルクは無言のまま頷き、自身の軍務省相執務室へと歩みを進めた。

 

「実は、五日ほど前にある平民の財務三等書記官補の死体が、外苑部水路にて発見されました。当初は遺体より多量の酒の匂いがしましたので、酔って誤って水路に転落し死亡した事故との見方が強かったのですが、遺体の引渡しの折に家族の話を聞いた所、当人の話では近々、叙爵されると話していたようです」

 

「馬鹿な……吹くにも程があるではないか」

 

 ヴィルフリートの報告にゲオルクは気白んだ。最下級の文官、それも平民が爵位を賜るなどよっぽどの殊勲と実績が無ければ、まず無理な話だ。そのような事があれば、武官のゲオルクどころか宮廷中の話題になって良い筈である。そのような話は一切、ゲオルクの耳に入っていなかったからだ。

 

「はい、気が大きくなった戯言であれば、さして気に掛けることも無いのですが、地方財政の監査業務に当たっている者でしたので一応調べさせましたところ……年禄に見合わぬ大金を入手していたようです」

 

「……なるほど、臭うな」

 

「はい。

 ですので父上、“蜜蜂”を使う事の許可を頂きたく」

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 王都中心部の一角に座する大聖堂の執務室で高齢の老人が自身の執務室で気だるそうに各教会から上がってくる財務報告書に目を通していた。内容はどれも似たり寄ったりで、王国全体の不景気もあって献納の“利率”が落ちて来ているとの事だった。

 

 それは民の信心が薄れ、教会の権威が落ちている事を暗に物語っていた。 

 

 離れつつある民衆の気持ちを信仰を返り栄すには、どうするかと思案していると扉がノックされた。

 

「猊下、ディングフェルダーに配しておりました者から、報告が届いております」

 

 猊下と呼ばれた老人は、ほうっとだけ呟き話の続きを促したが、その目には暗い光が燈った。

 

「例の“聖女”が力を使った形跡があるとの事です」

 

「……なるほどなるほど、王国が揺らぐ時に救世主たる聖女が民衆を導く……なかなか良い筋書きだとは思わんか?

 一つ問題が有るとすれば、我々の手の及ばぬディングフェルダー領というのが気に入らんがな」

 

「問題がもう一つ」

 

「なんじゃ?申してみよ」

 

「聖女が野外に行幸された際、シュタイン・ティーガーに襲われたそうです」

 

「なんと!?」

 

「随行したものが身を挺して聖女は無事でしたが、その側付きの者、単独で虎を討ち取ったようで御座います。

 ですがその者、ディングフェルダー家縁の者ではなく、領主より極秘裏に聖女につけられた者だと、しかもブルーメタルを鍛えたる双剣の持ち主だとか」

 

「……そうか、面白い。実に面白い」

 

 老人は愉快そうに声を上げたが、瞬時に表情を変え冷酷に呟いた

 

「不穏な者には退場を願おう。我らの教義の邪魔はされては敵わんのでな」

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 長い長い物語の始まりが終わり、多重に絡み合った運命の糸が今、一つに紡がれて行く。

 

 

 

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初出 2014/12/23 に『小説家になろう』 http://ncode.syosetu.com/n4997cj/ にうpしたものです。

 

こっちには年明けに投稿しようかと思いましたが、メリークリスマスって事でw

 

導入編の終章です。

そして、お前本当に主人公かョってくらい清々しい逃げっぷりでトンズラこくアディル君ですw

 

王国の軍部と財務部、フェリクス、教会とさまざまな勢力が徐々にその姿を現していきます。

財務部とカウニッツ侯爵領事件との繋がり、エデルを聖女と呼ぶ教会、アディルの持つ双剣に興味を示した猊下、そして『グレイフの書』とは一体なんなのか。

多くの謎をブン投げて作者も逃げます(ぇ?年明けまで。

 

では皆さん良いお年を

 

説明
第10話 胎動と、蠢動と

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