恋姫無双 〜決別と誓い〜 29話 |
その後撤退が完了し、拠点にあった大量の物資をなんとか無駄にせずにはすんだ。
黄蓋は攻撃を終えると防衛ラインを後退させて相手の補給線を叩く作戦へとシフト。
第三十四特務大隊はその魁となるべく休暇もなく直ぐに出陣した。
長期戦へと移り戦況は日増しに激しくなり膠着状態が続くなか俺たちは補給部隊をひたすら強襲していった。
「敵襲!!各自固まり離れるな。輸送部隊が逃げれるよう時間を稼ぐぞ」
と敵の遊撃部隊が展開し防戦するが地の利を活かした此方を相手では数が上回っていても苦戦は必至だ。
「北郷隊長!敵は固まり守りを固めています」
「よし待機していた第二、第三の部隊を展開。敵を取り囲む。遊撃隊に関しては此方に回せ、あとは劉備軍と連携をとり補修部隊を叩け」
「了解です」
崖穴に潜んでいた分隊たちはすぐさま散開して素早く取り囲み敵を攻撃する。弓兵の射撃で前に出るのを支援しつつも格闘戦を挑むという手堅い攻め方をする敵ではあったが密林が生い茂る中思い切った行動にはでれない。
「く・・・なかなかやる・・・・」
と魏の兵士たちは焦りが見え始めるなか側面から再び攻撃を受け仲間が倒されていく。
「なんだ!?」
「敵の民兵です!!潜んでいるところを攻撃してきました」
魏の兵たちは通常徴兵されるがそれは訓練された人間のみが行くが呉は違う。
昨日そこで田を耕筰していた農民が武器を手に取り襲ってくる。
そこには正規兵も関係がない一揆と同じだ。
「いくぞ!!自由ある未来のために!!」
「「「「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」
今までの戦いというのは専門の職業軍人が騎兵隊を駆使した名誉ある突撃による伝統的な戦法で一気に敵を片付ける。
それにより戦争は早ければ半日、長くても三ヶ月はかからなかった。
これは資料として残っており、南征にいった魏の役人が残した日記では、
『戦争が始まることに関しては不安はない。国のためにと思い今まで尽力してきた中ようやくその集大成に加われることに私自身興奮を隠し得ない。
戦争は長くても半年、短ければ一週間で終わるはず。年越しには間に合うよと家族に言い残していって出兵するが多いことからも私と同じ考えの人は多い』
と綴られており、戦争は長期戦にはならない。軍師が作戦を立案するが決戦は騎兵隊による突撃で決め、その勝敗が戦争の結果となるという貴重な資料でもある。
だがその伝統的な戦争の価値観が大きく崩れ、瓦解し始めることとなる。
一週間過ぎ、やがて三ヶ月、半年と経っても戦争は終わりを見せることはなかった。
呉の農村の組織した武装組織が魏が攻め入ったときに全国的に挙兵し、それが呉の暫定的な隊として組み入れられるとこになったのだ。
索敵、隠密を重視し敵を待ち伏せし叩く。
これにより伝統的な戦法を駆使した戦いは一切通じなくなり、戦法を大きく変える必要性を迫られていた。
呉が得意とするゲリラ戦法を駆使した人海戦術と合理化され組織化された軍による一体攻撃は魏を大きく苦しめ、今回においても補給部隊が叩かれてしまう結果となった。
実は戦争が開始される休戦期間にて政府は開戦準備を謳い呉は国民全てが戦争に勝てるようにと労働力を注ぎ込む、
「総力戦」
へと向かっていき、学問を研究する学者は参謀本部に統括、行政府は全ての予算案を可決させ、戦争支援法という法律を時効付きで緊急成立。
大量の武器、船舶を作らせるためにありとあらゆる者を働かせた。
行政府は新たに育成組織を改革するための軍改革を敢行。
実は名士の私軍がなくなったわけではなく軍閥がまだ残っていたが、これを機に完全に掌握をすることに成功し、新たな役職である国防府を組織し大本営が併合される形になり、行政府の組織の傘下に吸収される形となり行政組織に軍を置き権力を掌握。
その臨時国防長長官に周公瑾が就任。
周瑜派でもあり興業政策に効果を挙げた興業卿の長である陸遜を側近にしムダを徹底的に省き、必要なところに人材と金を投入する合理的な手段により育成された新人たちが多く戦場に出兵されることとなり、また今まで縦割り行政で不効率且つ目的や手段が不透明であった後方支援部隊を刷新。
国防軍後方支援連隊を陸遜は直ぐに作り煩雑さが残っていた部隊を完全に一元化させることで支援部隊の迅速且つ隙のない動きが可能な支援部隊へと目指す改革が勧められた。
現在その改革に沿った形というわけではないが、さらなる補給の充実と防衛戦力の損耗を防ぐため撤退させた黄蓋の指示により北面方面軍の陸・海の戦力はそれほど消耗することなくまた重要な拠点に備蓄されている兵器や食料は可能な限り前もって撤収を完了させており、俺たちが救助した連隊は奇襲をくらったことから例外であるとしても黄蓋は冷静に北面方面軍に撤収を支持させたのは英断と言えるだろう。
それと100万と言われる大軍を養っていけるだけの十分な兵站が充実していない、装備品や食料を運ぶための輸送器具や馬や牛の不足と前線に贈りとどけるのに必要なインフラ技術を持っていないという魏の欠点は改善されておらずという中央情報部の情報から長期戦と補給を根絶やしにするということで敵の戦意を削ぐという方針で連合軍が一致していたのもある。
先に行った学者の参謀本部に総括させるという政策により国防府の大本営参謀本部に実学を学ぶ、または研究する学者、文官官僚を組み入れ学者的観点から軍の運営はどうかということを求める別名
《知の要塞》
というセクションを総力戦のもと設け、職業軍人だけでやっていた作戦立案、政策を学者での観点を重視することで戦争に参加するという前例のない試みをしていた。
搬送ルートにおける合理的な手段、または搬送における機材の開発、高度なインフラ技術の確立の実現、それを総力戦によって駆使できる民間組織の協力が補給線の拡充を実現させたのであった。
またより殺傷能力が高い兵器の開発や新たな防衛設備、船舶の開発は全て《知の要塞》が作り出したものだ。
俺たちが叩いている補給部隊も《知の要塞》が物流学を活かして作戦を立案しているのだった。
『呉という魚の骨が魏の喉に突き刺さっている』
という魏の官僚がある意味危惧していたことが現実となった形だ。
また山越も同盟にこの戦を機に正式に加盟。
南蛮、蜀、山越、そして呉の連合国が王朝からの脱却をスローガンに独立宣言を王朝、魏の連合軍に叩きつけることになる。
皆が互いを支え合う共同体組織を謳った、そして恐らく世界で初めての国際組織であると言われる
『華夷連合』
を結束。
戦争における各国の連携、平和な普遍的な国民行政の統治を広めること、そして戦争の遂行のための計画立案をまず首脳会談で確認をし合い実施。
呉・南蛮・山越・蜀による連合国軍として合同参謀本部を設立。
目標は敵勢力の領地内排除と国家としての権利を確立を目指して漢王朝と決別し、別個の行政個体として独立を宣言することであり開戦と同時に漢王朝に最後通告といった形で独立宣言を発信。これで我々は完全に国賊となってしまったがそこには悲観はなかった。
北面方面軍撤収により最終防衛線を赤壁に位置する大河に決定。
と首脳会談レベルによる全員賛成による連合結成が決まり以後呉から、徴兵された予備隊を含む四十万以上の兵士が集結。そこに山越。南蛮の十万、蜀の三十万人の合計八十万もの兵力を集めることに成功。
まさに連合国軍全ての戦力を注ぎ込んでの戦いであった。
蜀も呉が崩れるわけにはいかないことから呉と同等の人数を集め、さらに劉備の側近である諸葛孔明が呉の外遊から帰還しすぐさま合流に成功したとの報が入った。
?統を作戦参謀の長としながら実質は蜀の軍の統括を任されることとなる。
そして蜀との同盟協定でもあるように統合参謀本部を設立し赤壁と呉の北面方面軍が統括する地域に派遣。
黄蓋将軍が提唱した撤退戦においてできるだけ無傷に生還するためになされたことだが何故か周公瑾が頑なに撤退に反対を唱える中連合軍の賛成多数で採用されることになる。
呉と蜀の難民の救助と保護、そして被害を最小限にしつつも物資を持ち撤退するという戦わずにして敵に拠点を明け渡す事となるが魏のスピードある先制攻撃に素早く対応できた呉の損害も最小限に抑えられたことから士気は落ちてはいない。
眠れる獅子を起こすべからず。
曹操が休戦に持ち込んだのも呉のそういった団結を警戒してでのことであったが、今回でその予想がある意味で当たったということか。
そんな中北面方面軍の統括する後方基地に無事帰還し果たしこの地域における撤退作戦を練り直している時だった。
聞く話によると徐盛は精神的にかなりまいってしまったようでどうやら部下の名前を覚えることを放棄してしまったようだった。
それを周泰から聞くと朱然が疲れきった表情で寂しく笑った。
「彼も部下が死ぬことが堪えてるんだと思います。死んだ部下の補充兵が次から次へと来る中で死ぬかもしれない部下のことを深く知ることは精神的にも辛いでしょうしね」
「「・・・・・・」」
周泰も俺も彼に反論することなく黙って見ている。実際その通りだった。
死んだ部下のことを深く考えてしまう、感情移入してしまうのは徐盛の悪い癖であった。
もちろんそれは悪いことではもちろんない。部隊を運営していく中で団結は必要不可欠。
ただあまりにも感情移入しすぎると部隊長である自分の責任だと責任感が強い徐盛は自分を激しく罵るに違いない。
それは部隊長として褒められるものではない。俺たちは部下をできる限り死なさずに帰還することも任務のうちではあるが全員を救う、生還させるのはどれだけ素晴らしい作戦であっても生と死のやり取りをする戦争である以上不可能だ。
あるときには部下を捨て駒にしなければいけない時もある。それがどれだけ親しい間柄であってもだ。
徐盛もかなり面倒見の良い上官で部下の悩みを解消したり、同僚たちでは言いにくいことを面談という形でアフターフォローを含めて良く行っていた。
部下思いである徐盛はそこを割り切れるほど図太くはなかった。
「アイツは賊に家族を殺された苦い記録があります。それ故死ぬことに関してはかなり臆病な部分もあるのでしょう。
まぁこれまで大量の死人を出してしまっている私の責任が大きいのですが・・・ね」
「そんな・・・・。朱然さんのおかげで私たちは何度も命を救われました・・・・」
「そうだぞ朱然。お前もあまり自分を責めるな。徐盛にも俺から言っておくから」
「・・・・そうだな。申し訳ない。正直俺も随分と追い込まれてるようだ・・・。自分の立案する作戦で部下たちが帰ってこないのが・・・・」
朱然はそう言ったきり俯き目尻を押さえつけて、声にならない声を絞り出すかのように出して震えていた。
俺たちは部下の、他人の死を割り切れるほど人生経験が豊富ではなかった。
自分も殺した罪悪感からどうしようもなく悪寒が止まらなくなることもある。
作戦立案室にいる兵士たちも静かに目をつぶり黙祷を捧げるかのように俯いたがその顔は、頬は濡れ光っている。
静かにここいる全てが朱然が流す涙に今まで封印していた感情が爆発したかのように次々と涙が溢れ出てくるようであった。
周泰は朱然の肩に手を置き慰めるように優しく撫でた。
その周泰も涙を流しながら・・・・。
そして周泰は朱然を見たあと、不安は益々増していく。
責任感が人一倍強い徐盛のもとに行かなければ・・・・・彼は押しつぶされてしまうのではないか?その思いだけが彼女を支配し、突き動かしていた。
(なぜ?私は彼を見ると、彼のあの姿を見ると放っておけなくなるんでしょうか・・・?)
いつもそうだった。
軽口を叩くときは皆がいつも緊張している時、彼は躍けて周泰たちの緊張を解きほぐしてくれるのだった。
彼はどんな時でも笑顔を絶やすことはない。
部下を思いやり、自分の中にある義に背いた行いを嫌う。
だが徐盛はどうなのだろうか?
皆は、彼は私に元気を与えてくれているのに・・・・。彼自身は一体誰が癒してくれているというのだろうか・・・・・・・。
今日も徐盛は私に頭を下げてきた。今回も部下を死なせてしまった。と。
部下が戦死することは戦争がある以上避けては通れないがその死を全て自分の責任とするのもまた否だ。
上官として生存の確率を上げるためにときには仲間を捨てるという選択肢を足らなければならない時もあるというのは孫呉の兵は入隊する前からそれを嫌というほど教えられている。
だから死んだ兵士も彼を恨むとかそういったことはないはずなのだ。
だが彼は・・・・・。
「徐盛さん・・・・。いますか?」
士官室に入ると徐盛はそこにいた。
静かに寝具に腰をかけて一言も喋らないその姿はいつも明るく振舞う彼とは対局に位置するほどのものであった。
大きい背中はいつもよりくたびれて見え、まるで何かに耐えてるかのようにそしてそれを懸命に押し込んでいるいるかのようにも見える。
「徐盛さん・・・・・?」
覗いてみると小さな木製の札をじっと見つめている。名前と出身地等が書かれた木札は兵たちの身分証明をするものであり、戦力の把握をより確実にするために作られたものだ。
死ねばその人の木札をできる限りとって帰ってくることになっている。我々の部隊では死体は持って帰れないからだ。
「それは・・・・・・・?」
「周泰隊長?ああ・・・・・・・これはね、今日逝っちまった奴らのです。今回の作戦でね」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「コイツはね、この間結婚の儀を挙げたばかりだったそうです。子どもを腹にこさえてしまったようでしてね・・・」
徐盛が持つ木札が寂しくカランとなる。
死んだその兵がまるで泣いているかのように・・・・。徐盛を悲しませたくないかのように・・・・。
「月に一回の文で奥さんとやり取りをしていてね、つい最近子どもが生まれたようです。可愛らしい素直ないい子だって自慢してきてね。親子でもないのに俺まで嬉しなっちまって・・・・」
それから徐盛は口を開くことはなかった。もう思い出せない。思い出したくないのだろう。
「・・・・・・・・・・・・少し、昔話を聞いていただいてもよろしいでしょうか?」
「ええ。大丈夫ですよ」
ありがとうございます。と小さな声で礼を言うと静かに語りだした。
「俺は江東の外れにある小さな村に住んでいました。兄と弟と俺、そして親父とお袋で小作農ではないけれど、先祖代々からある小さな田を一個だけ持つだけの小さな農家生まれで貧しいながら慎ましく生きていました。
貧しかったけどみんなが笑顔で幸せで、俺も兄も、弟もみんながそう思っていたはずでした。
ですが遠家の強奪により江東の治安が急激に悪化して賊の進撃を許し、俺は子どもの頃に家族を賊に皆殺しにされたんです。
俺が生き残ったのは単純に運が良かったんですよ。
その時俺は山の果物を取りに向かっていたところだったので賊も気づかなかったんでしょう。
・・・が、家族や他の村民たちは助けられた命でもあったんです。王朝の連中が、あの腰抜けどもが共に戦ってくれていたら今でも俺たちは笑顔で貧しいながらも平和に暮らしていたかもしれません。
連中はね。我が身の可愛さあまり俺たちを売ったんです。
兵士も役人も皆、俺たちを守ることなくさっさと逃げ帰って行ったんですよ・・・・・・・!
それを知ったとき、この世の全てを恨みました。悔しくて情けなくて・・・・。
もう俺のような思いを子どもたちにさせたくない。その一心で呉の士官学校に志願しました。
金が必要であるなら俺たち家族の田を売り、全く読めなかった字は友人だった朱然に教わり食らいついていきましたよ。
ですがね俺が今やっていることは賊と変わらない。
子どもの夢を、本当の幸せをただ奪っているだけの殺戮者だったね」
「そんなことはないです!!」
「いいや、俺は魏、そして仲間の命を奪ってる。守ると言っておきながらただ人を殺すだけだ。今日死んだ部下の奥さん、子どもたちの生きる希望を俺は‐‐‐‐‐」
そこで徐盛の声が止まる。それに気づいたのは私が彼の頬を殴ったあとだった。
「いい加減にしてください・・・・・。貴方は何も分かってない!!!!」
徐盛は殴られた怒りからではなく、自分に対するどうしようもない嫌悪から彼は私を睨みつけ、胸ぐらを掴み凄んでくる。
上官にそのような態度は御法度ではあるが私はそれを咎めることはしない。
彼が今どのような気持ちかが良くわかるから・・・・・。自分ではどうしようもないことに対する憎悪は私自身も、いや志あるものなら誰しもが抱くものであるから・・・・・。
「何が分からないというのですか!!!自分は‐‐‐‐‐」
「死んだ兵士のことも、そして今を生きる私たちのことも貴方は何も分かっていないとそう言ったんです!!!!貴方は無慈悲に人を殺す賊や、自分の可愛さあまり逃げ出す臆病者とは違う!ましてや人に絶望を与える悪魔でもない!
貴方は人の死を、殺す痛み、辛さ、悲しみを知っている。人の命の尊さを知っているから・・・心が痛む。だからどんなに巨大な敵であっても仲間を決して見捨てることなく戦う。仲間が、命が失われないように・・・・。
それじゃいけないんですか?!」
「・・・・・・・・・・?!」
彼の表情が強張り、一瞬膠着する。
「貴方は確かに多くの人を殺したかもしれません。
私もこの戦でたくさんの人を殺してきました。でも貴方がいることで助けられている命もあるんです。それは紛れもない事実です。
呉の村の人たちを率先して逃がし、弱いものには身を挺して助けたのは誰?私は貴方が希望を奪う悪魔だと、血塗られた俗物だとは言えません・・・・・!!
今回の強襲作戦だってそう。いつも貴方は部下の身を案じて戦ってきました。
死んだ部下たちも、助けられなかった者もいますが貴方のような人の死の重みを知っている人の下で戦ってこられて誇りに思っていたはずです・・・・!
じゃなきゃ部下たちが個人的な話を貴方に持ち込むことはありませんよ・・・・・・・」
「・・・・・・そうでしょうか」
ゆったりとした動きで胸ぐらを掴まれた腕を優しくなでるとその腕がパッと離れると彼はバツが悪いといった感じの表情でそっぽを向いてしまう。
「ええ。そうですよ」
と私はそれだけ言うと彼の隣に座り彼を子どもをあやすかのように優しく微笑み、握りしめていた木札のうえから重なるように手を包み込む。
「徐盛さんは私たちの事を考えてくれていることは知ってます。でも貴方は自分をあまりにも顧みなさすぎる」
徐盛さんは暫く驚いた表情を浮かべていたがやがて私に身を少しずつ委ねてきた。
「有難うございます・・・・・・」
そう言って私の胸に顔をうずめた。顔は見えなかったが今まであった暗い雰囲気がなくなり体の力を抜いて私に委ねる彼の姿は子どもが委ねるように泣くこともなく、笑うこともなく静かに私の肩に額を載せているのだった。
黄巾党の乱、山越との戦争、そしてこの動乱を経験してきた俺達でさえも今回の戦争はそれほどまでに過酷且つあまりにも残酷であった。
「これでいいのか?北郷」
周泰が去ったあと朱然が俺に対し疑問を投げかける。がその答えが分からないハズはないと思う。ただ聞いてみたといったところか。
「これでいいんだ・・・・・・」
「そうか・・・・。アイツはどこかで何時も自分を責めている。子供の頃のあの光景がまだ脳裏に焼きついて離れないんだろう。・・・・そう言った意味で北郷、お前にやはり似ているのかもしれない」
「そうか?」
「ああ。案外俺達は似たりよったりなのかもしれないな・・・・」
「そうかもしれないな・・・・・・・・」
「さて俺もこの戦争が終わったらまず一ヶ月の休暇。そのあとは大本営に勤務だなぁ」
と無理やりでも笑おうとしているのだろうが上手くいっておらず引きつっていた表情を見て兵士たちの精神が壊れるか、戦争が終わるかどっちが良いのかもはや分別つかない状況なのだと改めて俺は思い知らされたのだった。
そののち俺たちは赤壁へと後退。
相手の行軍を遅らせることに成功したのか連合軍はかなりの数が集結していた。
が合流を果たした俺たちに待っていたのはあまりにも冷遇な歓迎であった。
部下であり戦友でもある徐盛、朱然、周泰一行を拘束。すぐさま牢獄へと連れて行かれた。
「そんな・・・こんなことって・・・・!!」
と周泰が叫びそれと同じく、
「ちょっと待て!!呉軍として任務についてきた俺たちが何をしたって言うんだ!!!!」
と徐盛が声高に叫ぶと兵士たちが、
「貴官たちは前線での戦いにおいて撤退を図った。大本営は撤退を許可しておらず、それを知りながら撤退を図った北面方面軍は命令違反となり一時的に拘束。のち軍規裁判にて正式に処分が言い渡される」
「命令違反?!ばかな!!撤退をしなければ多大な損害を出していたんだぞ!!!これが国に忠を尽くして戦ってきた孫呉の兵士たちにやることか!!」
「っと、とにかくお前たちを軍規により拘束する!これ以上反抗的な態度をとれば反逆罪とみなし容赦はせんぞ!!」
と恐ろしい形相で兵士を睨みつける朱然に兵士も思わずたじろぐが連れて行った兵士はそれっきり口を閉ざしたままで何も語らない。
「上等だ!戦場のせの字も知らん甘ちゃんのお前らに捕まるぐらいならここで死んだほうがマシだァ!」
「「そうだ!!!そうだぁ!!!」」
「坊ちゃんのテメェに話しても無駄だァ!!!」
と兵士たちが怒りに震えて憲兵たちに押しかける。
「き、貴様らぁ・・・!!」
と声を張り上げ憲兵たちを威嚇する徐盛たちと憲兵たちが今にもぶつかり合いに発展しそうであったが俺はそれを制した。
「まて!お前たち・・・・。ここは大人しく拘束されよう」
「ですが北郷さん・・・・」
「北郷、俺たちは命令に従い命懸けでやれることをやった。それなのにこの仕打ちはおかしいだろ!」
と朱然、周泰が反対するが俺には彼らの考えには大いに賛同してやりたいが・・・・。。
それにこの制服は・・・大本営直属の部隊?
だとしたら冥琳が逮捕を命じたというのか・・・?
「これは周公瑾将軍の命令だぞ!!」
「何?!将軍が?!」
と憲兵が叫ぶのと俺がその考えに至ったのはほとんど同時であった。
冥琳の非道さに顔が真っ青になる一同だったが俺はその中で一人冷静に兵士に頼んだ。
「では北面方面軍の司令官だった黄蓋大将はどうなった?特務大隊の隊長である北郷が話があると伝えてくれ」
と言うと兵士はしばらく考え込んでいたが、
「分かった。待っていろ」
というと出ていって暫く、ついて来いと許可してくれた。行こうとしたら朱然が、
「頼むぞ北郷。周瑜将軍がこんなことをなさるはずがない・・・!何か理由があるはずなんだ」
「ああ、分かってる。・・・・とりあえず黄蓋将軍に会ってみるしかない。話はそれからだ」
と落胆を隠せない朱然にそう言い聞かせて天幕から出て行った。
朱然は呂蒙同様に冥琳に引き抜かれた言わば恩師に近い立場にある。
師と仰ぐ冥琳がそんなことをすることに絶望が隠せないようだった。
「おお北郷!よく帰ってきてくれたな。だがすまぬ。儂はこの有様、この戦いが終わるまで参加はできぬようになってしまったのじゃ」
黄蓋は縄で拘束されており天幕の柱に括りつけられていた。将軍の扱いに程遠い扱いだ。それに顔、体を見ても暴行された跡がある。
どうやら相当痛めつけられたらしい。顔が変形してないだけまだマシ。それぐらい酷い仕打ちを受けていたのだろう。
「将軍どうして・・・・?」
と言うと黄蓋はギリっと噛み締めて吐き捨てるように話しだした。
「儂はこの大軍と戦うには長期戦しかないと言ってもあやつらは儂の言うことを聞こうともしなかった。撤退は認められないとな。儂の役目は孫呉の防衛でもあるがこれからの戦いに備え部下たちを出来るだけ無傷で帰還させる。
それが儂の出来る唯一の選択じゃった。だが冥琳は・・・・、いやあの周瑜は儂のしたことを軍規違反だといってな。あとはお前が考えている通りじゃ」
「・・・・・・・・・・・・」
やはり歴史通りだ。
赤壁の戦い。
魏の南征に対して連合軍が出した作戦は周瑜が黄蓋をけしかけ内部分裂を起こしたように見せ魏に黄蓋を寝返るよう画策。
黄蓋は魏に下ったかのように見えたが火を放ち鎖でつないでいた魏の船舶は壊滅状態へと陥ることとなり実質上魏が天下を取るのを失敗した戦いでもあった。
やはり冥琳は黄蓋と苦肉の策を実行に移したようだった。
これから行われる歴史上の大舞台に兵士として、孫呉の国民として立ち会えることに内心俺は震え上がっていた。
俺たちが捕らえられるということは先遣隊として俺たちに期待をしていることを冥琳は俺に伝えているかのようだ。
「ん・・・・?お主・・・・、わかるのか?」
黄蓋の目に小さく、僅かにだが生気を感じられる。これが失脚した将兵の目だとはやはり考えにくい。黄蓋は俺がお見通しだということを悟ったようだった。
「はい・・・・」
「・・・・これから起こることは誰にも‐‐‐」
「言ってはならない。それが腹心の部下たち、同僚であったとしても・・・・ですか?」
「うむ。情けないことじゃが全ての責任を冥琳、あやつが背負っている。じゃがな北郷、儂は確信しているのじゃ。
お前という存在がいたからこそ冥琳がこの考えに至ったのだとな・・・・。儂は権殿、冥琳を信じておる」
「将軍・・・・」
「お前が真名で呼んでくれなくなったのには少し寂しいがな・・・・」
と言ってガハハハハと大きく笑った。縄で縛られた罪人とは思えないほどの堂々とした態度であった。
「ともかく時が来たら動く。その時は儂を、部隊の奴らをよろしく頼む」
「はい」
天幕に戻ると拘束された皆がどうだったかかを訪ねてくる。
「俺は周瑜将軍と黄蓋将軍を信じている。時が来たらその時は俺たちが戦うときだ。それまではどうか耐えて欲しい」
「「・・・・・・」」
と仲間たちをなんとか納得させる。
同じ仲間だと思っていた者たちに敵と見なされたのだ。精神的なショックは計り知れないだろうが・・・・。
暫くすると蜀軍である関羽がやってきた。どうやら俺たちの身を案じてのことだったがやはり内部分裂を起こした呉に懸念があるのだろう。
「呉との同盟。我々はこのままだと破棄せざるを得ないかもしれませぬ北郷殿。無論私は貴殿らを支持する構えではあるが私の考えに賛同を示すものは今回の身内割れの騒動の影響で決して多くはない。今度の軍議では数の暴力で押し切られ魏とは水面下で交渉を行われるかもしれません」
それはそうだ。
呉が実質蜀を守る最期の防波堤なのだ。最悪同盟を破棄して魏につくことを関羽はほのめかしていたがそれは関羽の嘘であることは長年兵士をやっている俺の目にごまかせるほど老練な演技とは言えないものだったが・・・・。
試してるのだ。俺を、そして呉を。そして俺たちと共に戦うべきなのかを再度自分に問いたいという意味での武人として覚悟もどういったものなのか知りたいというのもあるのかもしれない
「分かってます。ですが関羽様、どうか冥琳を信じてください!俺にはそれしか言えません。冥琳のこの暴挙ともいえる行いをどうして孫権様が咎めなかったのか・・・分かりますか?」
「・・・・・・確かに。だがそれは冥琳殿を信頼しているから咎め・・・・まさか?!」
どうやら俺の、冥琳の本意に気づいたようだった。それに気づいた関羽もやはり目をギラギラとさせ頬が高揚している。
恐らく決戦が近く行われることに関してらしい。なんというか実直だよな・・・とこの蜀で最優の武将を何処か遠い目で見ていた。
「流石です関羽様。それなら尚更、彼女を信じてやってください。そしてあなたもどうか最後まで見届けて彼女を支えてやって欲しいのです。孫呉の・・・雪蓮の愛したこの国の行く末を」
「・・・・ええ。貴方からそういった答えが出たこと非常に満足している。関雲長、貴方の、この国の行く末を武将としてではなく一人の人間として見せていただくつもりだ。蜀に関しては連合軍として残るよう最後まで私も説得に回るつもりだ。では北郷殿幸運を・・・。」
それだけ言うと静かに踵を返して出て行った。
独房にいて不遇な扱いを受ける俺たちであったが魯粛が俺たちの顔を見に来てくれていた。
「「准将・・・・・・」」
「お前たちまるで女にでもフラれたかのようなひどい顔つきだな。ほれ差し入れだ」
と酒を持ってきてくれようでほらよと手前の部下にそれを渡すとどっさりと地面に座る。
「・・・・・冥琳に裏切られたといったところか?北郷」
本題を持ち出す魯粛の目つきは部下たちを慮る、同情するような表情ではなく何処か内から秘めている隠しきれずに炎が溢れ出ているように見える。
彼は知っている。俺はそう判断する。
「ええ・・・・・・。このままでは軍規会議で我々は犯罪人として裁かれてしまうでしょう。これが戦ってきた兵士に対しての仕打ちだとしたらいくら彼女でも如何ともしがたい・・・・・といった感じでしょうかね」
「・・・・・・・・そうか。まぁ無理もないか・・・・。お前たちもそういった考えか?」
と魯粛が聞くと部下たちは魯粛が、俺がなんの趣旨でこのような事をいきなり言いだしたのか考えあぐねているようで無言を貫く。
「混乱して、まだ事態が飲み込めないといったところか・・・・。北郷、朱然、明命、そして徐盛。冥琳はお前たち裏切ったりはしない。だからお前たちもどうか彼女たちを信じてやって欲しい」
「准将、それはどうゆう意味でしょうか・・・・・?」
と朱然が聞くと情けない、くたびれた笑みで首をかしげる。
「さぁな・・・・・・。俺から言えるのはこれくらいだ。じゃあな」
と言って魯粛は出ていってしまった。
それから夜拘束され失意のままうなだれていた俺達であったが何者かがこの天幕を襲撃した。この大本営の直轄の部隊を襲えるのは呉軍だけであったことから俺たちは裏切りを悟った。
見張りの兵士の呻き声が聞こえると同時にすぐさまシーンと静まり返る。俺たちは拘束されているため武器を持つことさえかなわない。
天幕に入ってきたのはなんと開拓庁の実績を評価され再び水軍へと英転を果たした甘寧と別の天幕で厳重に拘束されていた黄蓋であった。
「静かに・・・。お前たちに危害は加えない」
そう言うと黄蓋は俺の猿轡をまず外す。
「どうゆうことです?」
と朱然がまず尋ねると黄蓋がそれについて答えた。
「周瑜派の連中には嫌気がさしている者がいる。これを機に魏へと寝返ろうと儂は思う。今の呉は堅殿、策殿が目指すものとはかけ離れておる。
今回の仕打ちで儂は確信した」
「その裏切りに加担しろというのですか?国を捨て、祖国を裏切ると?」
と徐盛が言うと周泰がそれに同意する。
「そうですよ。私たちは信じて戦ってきました。それを今更−−−−」
「理想を語るのは大いに結構だ明命。だがな、理想だけではどうにもならないのを理解できないほどお前ももうそれほど若くはないはず」
「・・・・・・・」
「図星でしたね周泰二佐。俺たちは国のために、大切な人たちを守るために戦ってきた。それは否定できない紛れもない誇ってもいい事実だ。
だがここにいたらその使命が全うできなくなる。
ここで死を待つか、再び剣を取り戦うかは孫呉の兵ならわかりきったことだ」
図星をつかれて黙ってしまう周泰を尻目に俺はいよいよ歴史を変える大号令を発するがごとくハッキリとそれでいて迷いなくこう言った。
「北郷、お前は孫呉を裏切るのか?お前は誰よりもこの国を愛し、誇りに思っていたはず!!その国をお前はそうも簡単に捨てるのか!!!」
徐盛が睨みつけるのを軽く受け流しながら、
「今の孫呉は俺が、雪蓮が望んだものとは違う。この国は腐ってしまった。今回の拘束でそれを思い知らされたよ。
官僚がはこびり、くだらない政治的駆け引きが永遠と続く情けない現実が今そこにあるだけだ。
徐盛、その先にあるのは使い捨てにされる俺達の姿だ。・・・・俺は孫呉を裏切るのではない。これから新しい呉を作るために致し方ないことだ」
「巫山戯るな北郷!!お前のその考えこそが乱世の元凶でもあった王朝の考え方だろうが!それではお前は・・・・」
「別についてこなくても構わない。俺は俺の信念のもとで動いているだけだ。他についてくるものは俺に続け」
「・・・・・くっ、見損なったぞ!!北郷。こんなことを孫策様が、お前の愛した人が望むことなのか!?北郷!!!」
何かを吐き捨てるかのようにそうわめき散らす徐盛を背にそう言うと静かに天幕から出て行った。
「これでいいのか?」
出て行った後甘寧は俺に近づきぼそりと呟いた。
「ああ。そうしないとあいつらは手加減をしないからな」
「・・・・ふん。お前は本当に不器用なやつだな。そのあたりはあの頃と全く変わってない」
「・・・・・・・・」
「まぁそこがお前の長所でもあり短所でもあるのだがな・・・・・」
そう言って肩をポンと叩いた。あまり引きずるなよと慰めるかのように甘寧の腰辺りに付いている鈴が同調するかのようにチリンと寂しく鳴った。
「さぁお前たち始めるぞ。この先お前たちは呉へは生きて帰れないものと覚悟しておけ!では行くぞ」
そう言って黄蓋は軍勢を引き連れて脱走を開始した。
〜another view〜
「そうでしゅか・・・。あわわ・・・・・。呉で内紛が起きるなんて」
と慌てる雛里を見ながら私は北郷殿が言った台詞を心の中で反諾していた。
(どうか冥琳を、孫権を信じてやってください。俺は信じています・・・・)
と曇のない眼差しで言う彼を見て信じてみようと賭けてみた。
博打ではない。
これは北郷殿の忠誠心と孫呉の愛国心の強さを鑑みてもおつりがでる。
それほど北郷殿は嘘を言ってはいなという確信が私にはあった。
冥琳から北郷殿の話をかつて聞いた。
自分を呪っている。と、死んだ孫策のことを未だに引きずっているとも。
だがそれも見事彼なりに断ち切ってくれたようであの表情からもそれが分かり武官として、いち人間として安堵してる。
その旨を参謀たちにいうと狐につままれた表情を見せたが戻ってきてくれた桃香様と朱里はそれに賛成してくれた。
最悪同盟を破棄して、魏と交渉を水面下で開始するという案も出かかっていた厳しい情勢での救いの手を差し伸べてくれた二人には感謝してもしきれない。
さらに朱里は弓矢を3万発以上用意するように伝えた。
海上での戦闘はもちろん射撃隊の力が必要になるがこれには少々多すぎる。
(朱里は冥琳殿の考えていることを分かってるのか・・・・・?)
それの考えを裏付けるようにそれに乗じて呉も暫くは様子見を図っている。
「風が東から吹いたとき・・・・。その時攻撃が始まります。皆さん準備の方抜かりなくお願いします」
と朱里はそれだけをいい偵察隊と伝令兵を最大限に使い情報を集めている。それから暫く、呉が動き始めたのはそう遠くないことであった。
「呉の黄蓋が裏切りました。現在兵を連れて赤壁をわたり脱走を図っています!」
天幕がどよめく。
まさか呉に裏切りが出るなど想定外であったのだ。それも孫呉三代に仕える黄蓋が裏切るというのは大きな衝撃があったのは否定できない。
だがそれを聞いた朱里は別段気にするような表情を見せず、伝令兵に続きを促したのを見て私の考えは、予想は確信へと移った。朱里は全てをお見通しであると。
「は・・・・、呉は周瑜将軍が直々に遊撃隊を組織し、出陣していると」
「やはり・・・・・」
「朱里、どうゆうことだ?北郷殿は冥琳殿を信じろと言っていたが・・・・」
と私が切り出すと隣にいた桃香様も気になるようで朱里をチラッと目にやると朱里は私と桃香様だけに聞こえるように、
「冥琳さんは祭さんを殺すことはないし、捕まえることもないと思います。冥琳さんは祭さんとその右腕の思春さん、北郷さんの力を借りて魏を倒そうとしているようです」
それを聞いて今思いつく策といったら裏切りに見せかけた破壊工作。
なるほど。確かに思春、それに北郷率いる部隊たちは隠密行動に長けてはいるが・・・・、そうも簡単に曹操が信じるであろうか?
「確かに愛紗さんの言うとおりです。ですが祭さんは最も最古の武将です。改革断行派の周瑜派との摩擦が激しいという情報があちらに届いていたら?」
「その為にあれほどまでに厳罰に処した。ということだね?そうしないと不満を持っている祭さんが裏切る動機が見当たらないから・・・。
それに思春さんも周瑜派の魯粛さんに左遷させられた人物で北郷さんは孫策さんのいた頃の呉を支持する人物だから」
「はい。その通りです桃香様。周瑜派がこの戦を機会に粛清に走っているという限りなく真実に近い嘘を作り魏を、味方さえも信用させるというまさに苦肉の策というわけです」
「そんなことが出来うるものなのか?!自分の、国のために邁進した重臣を・・・・・」
「恐らく祭さんたちも冥琳さんもそれを承知でやっているのでしょう。どれだけこの作戦に賭けているかが伝わってきます。どうか桃香様、愛紗さんも大きく取り乱したフリをしてください。
祭さん、冥琳さんの覚悟を無駄にしないために・・・・」
「分かった。では雛里たち軍師はこのことを知っているのだな?」
「はい。現在はあらゆる手段を尽くして情報を集めています。時が来たら・・・・、東から風が来たときが決戦です」
朱里はそれだけ言うと静かにそれでいて力強い歩みで天幕から出て行ったのを見て桃香様が微笑む彼女をみて私は朱里が呉に滞在して良かったと初めて実感した瞬間でもあった。
〜another view END〜
「将軍!!黄蓋が脱走を図り現在魏が構えている陣へと逃亡中!!負傷した兵もいますが死傷者は幸い一人も出ていたません」
「分かった。遊撃隊を組織しろ。指揮は私が採る」
「了解!!」
そう部下に告げたあと私も急いで戦の準備をし、裏切り者の討伐をするべく赤壁で艦船に乗り陣頭指揮を採ったが敵の動きは機敏且つ的確だった。
(流石思春と北郷たちがいるだけはあるな・・・・)
これは脱走を目撃した徐盛、朱然、明命から聞いた証言からさらに呉一番の精鋭部隊である第三十四特務大隊の者たちも裏切りに加担しているようだった。
だが追撃の甲斐無く裏切り者を逃がしてしまう。どうやら斡旋者が向こうにいるらしいく魏軍が待ち構えていたことから追撃は不可能だと判断したからであった。
蜀、呉、山越の連合軍参謀本部内では宿将黄蓋が裏切ったことに酷く動揺していた。
なかでも山越は呉内部での紛争に責任を徹底的に追及するべしとの声が上がったが、山越の総督府である魯粛は、
「そう熱くなりなさんな、参謀」
「しかし・・・・、呉の将軍が裏切るということは此方の動きも全て筒抜けになるということ。そうなれば安易な判断で批判し、拘束した周瑜将軍に責任があるはずです」
とこちらを指差して名指しで批判してくる山越の参謀たち。実際山越は呉が防波堤となることを期待しているのだ。その防波堤が決壊しようとしていることに焦りが出るのは無理もないことだった。
「過ぎたことを振り返っても何もならんさ。それに黄蓋たちが情報を魏に流してもその情報を逆手に行動することも可能なんだ。それに裏切りに加担したのは連隊にも満たない一個大隊だ。どうってことはないさ」
と軽くいなす程度で、私を含む呉の参謀に対しての批判を上手く丸め込んでくれた。
こういった人間関係をうまいこと調整できるのは魯粛の長所でもある。
交渉役、呉と山越の仲介役である総督府もそういった魯粛の調整能力の高さが評価されてのことだ。
蜀も魯粛と同じ立ち位置で今までどおり魏の動きを警戒しつつも防御に徹底すべしと主張した。
「今は責任追及をする時間は私達に残されていないことを考えると魯粛さんの仰るとおりです。魏が今裏切りに加担した人たちを取り込み士気が上がりこれを機に攻勢に持ちかけようとするはずです。ですが魏は補給線が未だ脆弱で伝染病、食糧不足による兵士の栄養失調が慢性しているようです。いくら裏切り者が加担しても防御に徹底すれば・・・」
と声高らかに主張する朱里に私は彼女は恐らく私の苦肉の策を分かっているのだと確信した。
魯粛を見ると何処かうんざりしたような顔で私を見てくることから魯粛も分かっているのだろう。
とりあえずは朱里が言ったとおり現状維持する形となり先行きが不透明であることで皆暗い顔をして天幕から出ていくなか、
「おい冥琳。話がある」
と魯粛に呼び止められた。彼は人払いをするようにと山越の参謀たちに伝えると天幕に残ったのは私と魯粛を含む一部の者だけとなった。
「先程の話は済んだはずだ。以後は‐‐‐‐‐」
「とぼけるなよ冥琳、俺はそんなことを聞いてるんじゃない。彼らも本当の真実を知りたいらしいしな」
「・・・・・・・・・・・・なんのことだ?私は黄蓋については軍規に基づき処分を下したまでだ。法の下で執行している以上追及は御免被りたい」
「あくまでシラをきるつもりか」
と言うとやはりどこか胡散臭い表情の魯粛が隣にいた参謀に何やらぼそぼそと話している。会話は聞こえるが言語が全く違う山越語で話している。
私も少々山越語ができるが、その頼りない翻訳機能をもつ私でも彼が私の考えを説明していることがわかる。
とこの友人には嘘をつけないなと心の内で苦笑する。付き合いが長いとやはり考えていることが分かるようだ。
だがそれが私にとって実は嬉しかったりもする。
今私の考えを理解できているのは魯粛を含めても数少ない。
風当たりが強くなる中で理解してくれる人がいてくれるのが心強かった。
「魯粛長官から話は伺いました。先程の無礼をお許し下さい。貴方の覚悟、僭越ながら我々もしかと目に焼き付けて参りたい所存でございます」
「山越語なら相手の間諜も分からないだろう。何せ山越は今ままで王朝の傘下に入らなかった未知なる国なんだからな。それと俺はこいつらにも真実を知る必要があると思う。これから孫呉と共に歩んで行くのならなおさらだろう?」
と魯粛が言ったあと一礼する山越の参謀たちの慇懃すぎる態度に私も恐れ多退いてしまう。
「確かにそうかもしれない。だが私自身この策が外部に漏れるのを危惧している。それは地位や名誉を捨てた彼らの覚悟をそれこそ踏みにじることとなる。この策は一度きり、機会は一回のみだ。だからより慎重にならざるを得ない。
どうかその非礼をお詫びします。ですが決戦は近いと読み、行動に移した」
「その根拠は・・・・・・?」
「勘だ」
「勘?ですか・・・・」
「そうです。我々はそれに頼るのは宜しくはないのはわかります。ですがここ一番と思われる決断は、決別は全て我々の人生観、価値観から作られた勘の下で実行されているはずなのです」
「つまりお前のその勘が今だと働きかけてると?」
「ああ」
魯粛は暫く私を鋭い目つきで睨みつけるように直視してくるが、私もそれに動ずることなく彼の目をじっと見る。
山越の参謀はそれをみて今から殴り合いでも始まるのではと勘違いしているのか、あたふたと互いを見遣っている。
「わかった。信じよう」
「すまない。お前には迷惑をかけっぱなしで申し訳ない」
「そう思うならこの戦で俺に迷惑をかけるのを最後にしてくれ。冥琳、俺も山越も出来る限りは支援するつもりだ。南蛮の奴らも理解を示してくれてる。当面連合でお前の考えに非難が来ないよう工作をしていく。お前はお前のやれることをやってくれ」
「・・・・ありがとう」
私は彼がここまで信頼を寄せてくれていることに再び感謝、感動していた。
そしてこの素晴らしい友人がいてくれたら大丈夫だという安堵感が私の中にあった焦燥を消し去っていった。
祭殿、そして一刀たちはひょっとしら帰って来ないかもしれない。
ましてや一刀が帰っては来ないかもしれないというという可能性が雪蓮を失ったあの絶望感を蘇らすのに十分であったが皆、この戦が最後だと、平和が来ると信じて戦っている。
終わらせてやる。この戦いで必ず。
知ってる友人たちは多くの戦乱で命を落とし、もう数える程しかいないが皆はこれで最後だという気持ちで戦ってきたはずなのだ。
そうして命を散らしていった者たちのためにやらねばならない。
そういった決意が私の胸を再び燃え上がらせる。
「ふふっ・・・・。お前さんらしい顔つきになってきたじゃないか。じゃ何かあったら直ぐ行動に移すように俺たちも準備しておく。じゃあな」
といって二人と別れ、蓮華様が待つ天幕へと赴くと、
「そう・・・・。やはり魯粛はわかっていたようね。江東の大都督の策を見破るなんて、今度給与を上げないといけないわね」
と蓮華様も予想しているようであり苦笑しながらも何時もどおりの独特の雰囲気を崩していなかった。
蓮華様は一刀との踏ん切りがついたと語ってくれたあの時から今まであった何処か追い詰められているかのような悲壮感はなくなり達観というか、それでいて楽天的でなく現実主義でもあるそんな掴めない雰囲気を発する雪蓮とはまた違う王へと変貌を遂げていた。
彼女の胸中を以前語ってくれたことがあった。
『一刀との想いに踏ん切りがつけなかったら私は一生姉を恨み、妬み続けただろう。
勝ち負けというかそんなものではないと思うけど私は彼を好きだったのは紛れもない事実だし、そんな自分を否定することはなかったのに・・・ね。彼のことが好きだったという事実は全てにおいて否定から始まった私の人生に肯定という意味を教えてくれた。そんな瞬間だったのかもしれないわね・・・・・。ってごめんなさいね自分ばかり・・・』
『いえ・・・・。私にもわかる気がします』
『彼を好きになることが姉に負けたくない、姉の所有物を奪い取りたいという巫山戯た考えから生じたものであると思ったとき私は震えが止まらなくなった。そして自分を責めた。
姉様は悪くない。むしろ私の為に笑顔を、愛情を持って接してくれていたのに自分はそんな姉との器の違いを思い知り自虐感に苛まれ姉を憎み続けた。
いっそのこと姉様は私を嫌ってくれていたらいいのにとさえ思うようになったわ。子供の頃から何時も姉と比べられては教師に尻を叩かれ、母様は私ではなく姉様に愛情を傾けるのを見て屈折した思いが生じるのは仕方がなかったのかもしれないわね。
現に今でも母、姉様が死んでから私は王としては墓に訪れてはいるが孫家、蓮華としては一度も墓には訪れていない。
母様、姉様の墓を見れば自分の情けない部分を曝け出してしまうから・・・・・。
でも今は違う、そうは思えなくなってきたの。
幾つもの戦争と人との出会いと別れを繰り返していくことで自分の考え、価値観が否応になく変わっていくのを感じたわ。
姉はどうして私を愛してくれたのか?母はどうして私を見てくれなかったのかを・・・・・。年月を重ねて行くたびに少しづつ分かってきたのよ。個人的な観点でしかないけど・・・・」
『私はよく母様と喧嘩していたのは蓮華のこと。
どうして逃げ続けるのか?ということだったわ。
母様は逃げ続けても蓮華は分かってくれないといくら言っても聞いてはくれなかった。
母様は蓮華の面倒を見ないのは・・・・、いや見れなかったのかもしれないわね・・・。それを理解できる程私もまだ大人ではなかったから・・・・・・』
幼い蓮華に冷徹でいなければならない当時の母様の姿はあまりにも衝撃的で、絶望させるのさえ容易いことだったのは独裁を振るった孫堅様の混乱期を知っている私でも容易に想像ができた。
『冥琳は知っているけどあの頃の江東は荒んでいて母様は逆らう者は皆粛清したわ。暴君と言われようが逆らう者の首を次々と刎ねていった・・・・。
腐りきった江東をなんとかするにはそうするしかなかった。
腐った膿はすべて出さなければ傷は治らない。まさにそういった状況だった。
人をモノのように扱い、人殺しを平然と行う醜い姿を母様は見せたくなかったのかもしれないわね。愛してるが故に殺戮者として執行をする自分の姿を見せたくないといった感じかしら・・・・』
雪蓮は以前、蓮華様についてこう語っていたのを思い出す。
『母様はそういった殺戮者に蓮華はなって欲しくなかったんだと思う。武力で民を押さえつけるのではなく、慕っている者たちと共に歩んでいく人間になって欲しいと思ってたんだと思う。
私を戦場に連れて行ってのはこれから起こりうる動乱を耐え、率いるだけの度量を鍛えるため・・・・ね。今考えたらそう思う。
だから私が母様の代わりとして懸命に蓮華の面倒を見たわ。シャオはまだ母様の顔すら覚えていないくらい幼かったからそうゆう意味ではシャオはまだ運がいいというか・・・・、救われていたかもしれないわね。
でも・・・・・蓮華は、私と母を恨んでいると思う。
一刀の件も蓮華にどう思われているかは検討がつく。でもね・・・・《そこ》だけは譲ることができなかったのよ・・・・。蓮華は私を赦してくれないかもしれない・・・・・・・』
雪蓮は蓮華様に懺悔していた。姉として妹を守ることができなくて、また妹の恋敵となりそれが蓮華様の劣等感を加速させる結果となってしまったことにも・・・・。
だが蓮華様はそういった姉、母の葛藤を少しづつではあるが理解できるようになっていた。今まで憎んでいた者を急に赦すことは難しいが、それを容易してしまうのは彼女の最大の長所であるからだ。
『彼が好きだったのは恥ずかしことでも、情けないことでもなんでもなく私、孫仲謀が一人の女として好きになれたという事実が私の世界観を変えてくれた・・・。
もう悲観しなくてもいい、姉の事を愛憎することもなかったんだってね。こうやって考えると単純なことだけどその単純さが分からないのがどうしてなかなか、また面白いと思えるようになってきたのよ』
と以前二人で酒を酌み交わしながら話し合ったのを思い出す。
蓮華様自身も姉との呪縛と戦っていたのは知っていた。
素晴らしい姉を尊敬する反面、そんな彼女を、自分では追い越せない巨大な壁であると。
でもそうでないのだ。
雪蓮には雪蓮の良いところが有り、蓮華様は蓮華様にしかない長所があるのだと蓮華様は考えるようになったらしい。
『姉様は私にできないことをやり遂げる素晴らしい姉であると同時に私に立ちふさがる永遠の壁でもあったわ。
それは血縁関係にある以上持ってはならない感情だった。
情けなかった・・・。
いつか比べられる姉を超え、自分がここに居るという意味を見出したい。孫策の妹としてでなく一人の人間として私を見て欲しかった・・・・。
でもそうじゃダメだということに最近になって気づいたのよ。姉様、母様は自分できることを、今自分が何が出来るかを自分なりに考えて行動した結果なんだということにね。
自分で考え、責任を持ち、そして実行する。彼女たちは孫呉の民の模範として忠実に動いただけなのだと。
だから私も自分に出来ることを考え、それに責任を持って全力で取り組むようしようと日々自分を見つめ直しながらも取り組んでいる。
そこには姉も母も、敵も味方も関係ない。
そんな簡単なことに気がついた時母と姉を心から敬意を持てたし、また王として背中を、生き様を本当は教えてくれていた、見捨てられていなかったことに気づけた・・・』
酒を飲み交わす中酔いが廻ってきたのか蓮華様は普段以上に自分の心情を吐露していたのを思い出す。
そんな彼女が嬉しくて、それでいて一刀とそして私と同じく雪蓮の背中を追い続けていたのを見て滑稽だとか無様だとは決して言えないし、また蓮華様も雪蓮の死を乗り越えてくださったのを見て天にいる親友に何処か誇らしげに自慢するかのように語りかける。
(雪蓮、蓮華様は大丈夫よ。貴方が考えていた以上に蓮華様は成長なされた。貴方が死んでからどうなるんだと思っていた。共に戦乱を終わらせようと誓ったあの日はなんだたのかと絶望に苛まれた日もあったわ・・・。でも私たちは生きている。生きている以上どんなことがあっても気丈でそれでいて誇りを持つ。
それが貴方が示した生き様。皆はそれがなんなのかを本質を理解するのには私を含めほとほと苦労させられたわ。・・・・・・・・・・・・いや、ひょっとしたら今でもよく分からないままかもしれない。しかしこれだけは言える)
生きねばならないと。
生きて貴方の生き様、死んだ孫呉の民たちの生き様、そしてこの大陸の愚かで悲しい記録を後世にまで伝えるために・・・・)
「?どうした冥琳」
私が昔を思いだしていたのを不審に思ったのか身を乗り出せて聞いてくる。
「いえ、蓮華様も素晴らしい王として成長なされたと感慨にふけってましたので・・・・」
と言うと蓮華様はクスっと笑って片目だけ開けて私を見てくる。その目は鋭い洞察力と相手を脅かせる姉の目とは違い何処か温かみのある王の目ではなく年相応の小さな女性であった。
「お世辞は結構よ。私たちはまだやらなければならない、成すべきことが残されている。そのためにはこの戦を凌がなければならないわ」
「仰るとおりです・・・・」
「裏切り者が出たことは遺憾だが周公瑾、私はお前は信頼した以上私も腹を括っている。結果はどうであろうと好きにやっても構わない。反対する連中は私が何とかする。好きにやれ」
「有り難きお言葉です王様」
「この仕事が私の王としての最後の大仕事になることを信じたいものね・・・」
と意味深な発言を呟き、それ以降語ることはなかった。
俺たちは魏の連中の拿捕されたあと敵陣に入ることに成功した。
「武器はここに置け。その後お前たちは拘束となる」
(目に眼帯がある・・・・、夏侯惇か)
曹操の側近が直々に来ることに驚きはなかった。が驚いたのは魏の状況の悪化が深刻であることだ。
天幕では負傷した兵たちの呻き声と手術をしているのだろう。泣き叫ぶ声と叫び声が混じったあまり聞きたくはない音が木霊している。
(補給部隊の攻撃がこれほどまでとは・・・・。俺も予想できなかったな)
と周りを見渡してみて自分たちの策がボディーブローのように効き始めていることに内心喜びを隠せないなか黄蓋と夏侯惇の話が進行していく。
明かりがあるところだとそれが顕著となる。夏侯惇も妹の夏侯淵もやつれた顔つきであり疲労が溜まっているかのような覇気のない顔つきで兵站が確保できていない魏の深刻さがそれでも良くわかる。
「ふん。それを承知できたんじゃから文句は言うまいて。それより曹操殿に会いたい」
「わかった。・・・・暫く待て」
と夏侯惇は承諾すると兵士にボソボソと何かを告げて去っていった後、黄蓋は俺に小さく頷く。上手くいった。おそらく曹操は黄蓋との面会を呑むだろう。
「曹操様はお前と話がしたいと仰せになられた。ついてこい。それと北郷はいるか?」
「北郷は俺だが・・・・。何か?」
夏侯惇は何かを見定めるような目で俺を見てくるがそんな怪訝な視線をサラリと流す。
「お前もついてこい・・・・。黄蓋と同様、会って話がしたいと」
「・・・・・分かった。断る理由はない。将軍行きましょう」
「うむ」
と黄蓋と出て行くときに甘寧に他の者には聞こえない程度の声音で呼び止められる。
「北郷・・・・・、くれぐれもヘマはするなよ」
「ああ。任しとけ。道化を演じるのは御使いの頃からあった俺の長所だよ」
「それだけの冗談が言えるのなら安心だ・・・・な」
と言い残して天幕を出て、夏侯惇に続いて曹操が待つ天幕へと移動した。
「華琳様、連れてきました」
「ご苦労。春蘭下がってもいいわ」
曹操とその隣には青い髪が顔半分を覆ってはいるがそれが何処か理知的な印象を受ける女性、夏侯淵がいた。
「しかし華琳様・・・・」
凛々しい声で連れてきた側近を労う曹操に夏侯惇は渋い顔で見つめる。俺たちが曹操に何かやらかさないか心配なのだろう。
確かに天幕の中は誰もおらず曹操だけとなる。最高責任者を放ったらかしというのは気が引けるのであろう。
「姉者、華琳様もああ言っておられるようだし問題はないだろう」
「うむ・・・・・・・」
と妹が説得して重い背中を押して出て行くと静けさが辺りを支配する。
「さて・・・・・黄蓋、どうして孫呉の宿将とまで言われた貴方が裏切りをしたのかしら?」
「それはお前さんの間諜から聞いてるはずだが?儂が蔑まれることは構わない、じゃが国に尽くしてきた部下を侮辱するようなことは許さん。儂は自分の信念に従ったまで。後悔はない」
「それで裏切ったと?貴方が大事とする部下がまだまだ呉にはいるはず。同士討ちは貴方にはできないのではないかしら」
「確かに同士を討つのを躊躇しないと言われれば嘘になるじゃろう。しかし儂が裏切ったという事実が呉にもたらす影響がどれほどのものか分からないほどお主も愚かではなかろうて。これから裏切りは増える。
周瑜を筆頭とした官僚共に不満を持つ者は多いことは儂の行動に賛同してついて来た北郷が立証しておる」
黄蓋はそうゆうとガシっと強い力で肩を掴んで引き寄せる。そんな中曹操は俺を暫く見ていた。
何かを探るような、怪訝な目ではない。そこには何の感情もない。あるのは彼女の凛とした目だけだ。
曹操を騙すことは難しいことは分かってはいたがそれが何故なのかは今わかった気がする。
相手の考えていることが読めないとき揺さぶりをかけようと墓穴を掘ってしまいがちになる。
それが自分に自覚がないものであってもだ。自分は完璧であっても、相手方から見てかなり支離滅裂なものになっているtというケースは多い。
だが黄蓋はあくまでも自分のペースを崩さず常に対等に曹操のだす質問を受け流していく。この辺は流石呉の宿将と呼ばれていることもある。
「わかったわ。でも暫く貴方たちは拘束する。このまま戦わせたら兵に示しがつかないでしょう」
「うむ。それはもっともじゃな。ではもう下がっても良いかの?儂はこの通り痛めつけられて、体に響くのでのぅ」
と黄蓋にニヤリと笑り深く頷くと曹操もそれに快諾し天幕から出ようと思ったのだが、
「ええ構わないわ。だが黄蓋、私は北郷と一度話がしてみたいと思っていたの。彼を貸してくれないかしら?」
「それは構わないが・・・・?お主は男嫌いと聞いておるが、大丈夫か」
「いくら私が女しか抱けないからといっても男がこの世から消えてなくなればいいと願うほどそこまで男嫌いではないわ・・・・」
と何かを思い出すかのように嘆息をついて呆れ顔で答える曹操。恐らく当てはまるそんな人物がこの魏にいるのだろう。
「そうか。はっはっは、曹操殿、貴殿も部下に好かれているようでなにより。それじゃ北郷、曹操様に粗相がないようにな」
「はい」
そうして体を引きずるように出て行く彼女を見送ってから曹操俺に顔を向ける。
「あれだけの傷を受けながら平然としているのも対したものね。流石修羅場を乗り越えて生きただけはあるわ」
「・・・・・・・・・」
「さて北郷一刀。貴方を含めて裏切りが出たのは事実ではあるけれど、これを機に呉の戦意が落ちるという可能性はあるのかしら」
「ありません」
「あら、随分とキッパリと言い切るのね。その見解とはなんなのかしら?」
「呉は自由、独立のために戦うと王がそして国民が誓いました。そうである以上国民は自由を守るために剣を、弓をもち最後の一人になっても戦うでしょう」
そうだ。
呉は絶対に諦めない。例え困難に陥ろうと自分の誇り、そして自由を守る、大切な者を守るため戦う。
雪蓮が死んでから呉も変わったと思う。
王による統治よりも皆が皆を助けられるように、独立した一つの人間としての自覚、自分は呉という国家の国民であるというアイデンティティが芽生えた。
自分は自由を享受してもいい権利があるはずだと。
「自由・・・・か。確かに聞こえはいいものね。
自由は野放しの無秩序な状態であるから、何をしても許される。
そこには他人の配慮も国家への忠誠もない無政府的で利己的な社会だけが構築されることになるわ。
思い出さないかしら?黄巾の乱を。あれも自由を享受すべきなのは税を収めている農民である我々だと言って強奪、殺人を繰り返した。
国民は規制されなければならないわ。良心の、そして理性を持つ人間による支配がそのような民たちを救い、導けると私は考えているわ」
「確かに・・・・・雪蓮が生きていたならそう言うでしょう。
優秀な人間による、画一的且つ合理的な支配が一番であると。
ですがその導くはずの雪蓮が死んでしまった。
雪蓮が死にこれから自分たちはどうやって生きていくのか?
また生きることとはなんなのか?
そして生きるために何をすべきなのかを雪蓮が死んだとき初めて国民が真剣に考え始めたのです。
どうして年端もいかない雪蓮が先頭に立たなければならなかったのか?
他人に全てを委ねることが自分にとっても他人にとっても果たして良い選択であったかを」
「・・・・・・・その結果が自由であると?孫策は国民が自由を享受することは望んでなかったはず」
「はい。ですがこのようになった事を雪蓮は情けないだとか、愚かであるとは否定しないでしょう。
彼女も一人の王であると同時に一人の責任のある自由人として呉、国民の心に刻みつけたのですから・・・・。
曹操様、自由は無秩序ではありません。
自由に行動できるということはその行動に必ず責任が伴います。
それが良い行いなのか、悪い行いであるのかは国民が自ら自由にそれに伴う責任を持ち法律という決まり事を決めるのです。
自分で考え、自分で決める。そしてそれに伴う責任がどうであるかをしっかりと理解する。
雪蓮が行ってきたことを受け継ぎ国民がやろうとしています。
もう二度とこのような悲劇を繰り返さないためには我々自身が強くあらねばならないのです」
「・・・・・・・・・・・・・」
「あとこれは未来から来た私の見解ですが・・・、曹操様が仰る統治方法というのは確かに最も優れた統治であることはこれから起こるであろう歴史を鑑みても是非もない事実であります。
ですが未来の彼らは、我々はそれでも民衆による自由な統治を選んだのです。
その結果この大陸を含む世界各地を巻き込んだ世界戦争で多くの人民が命を落とす結果となってもです」
曹操は何も言わず真剣な目で俺を見つめてくる。
見定めているのだ。
俺が、呉がなんであるのかを。
「ですので呉は最後の一人になろうとも戦い続けます。それが我々が雪蓮から受け継がれた責務でもあるからです」
「・・・・・・なるほど。孫策が亡くなって劇的に発展を遂げたのは貴方が説明した通りなのかもしれないわね・・・・。誰かある!!」
そう言うとすぐさま夏侯惇と夏侯淵が姿を表す。まるで近くで耳を澄ましてましたよとでもいうような早さだがこれでも天幕から放れているらしく彼女たちの行動が忠誠心の高さを物語っていた。
「華琳様!!こやつが何か無礼なことでもしたのでしょうか!?」
「こら興奮するなよ姉者。みっともないぞいい年して」
思い違いが激しいのか夏侯惇は俺に掴みかかろうと殺気を出すがそれを姉が上手いこと押さえ込んでいた。
「秋蘭〜」
「無礼を働きすまない。姉は思いつきが激しくてな、全く手綱を操る私の身にもなって欲しいものだ」
とそれを聞き泣きそうになる姉を面白いものでも見たかのように笑いながら謝る。なんというかあのデコボココンビと似たような雰囲気がある。
「いえ、家臣にこれだけ心配されるのは曹操様も悪い気はしないでしょう。素晴らしい家臣をお持ちのようで・・・・」
「ええ、退屈しないで助かるわ。秋蘭、北郷を戻してやって頂戴」
「はい」
と俺は曹操のもとを去る間際に振り返ると、曹操は余裕のある笑みを浮かべ俺を見ていたが今までの凛とした澄んだ目ではなく焦りを帯び、その目が揺らいでいる事を俺は悟った。
ポーカーフェイスが得意の彼女がここまで表情に隠しきれないのはそれほど彼女自身動揺している証でもあった。しかしそれについて問うことはせずに深くお辞儀を再度して天幕を去った。
俺は二人に挟まれ戻る途中に辺りが殺気に包まれるのを察知すると「それ」を発しているところに顔をやるとそこには激情を目に燃やす袴を着た女が。
「待ちや!北郷」
挟んでいたふたりは只事ではないことを悟ったのか、彼女に口を挟まないが何か行動を起こさないかと警戒してるようでもあった。
「先の要塞攻略戦ではお世話になったなぁ。うちの部下たちによくかまってくれたことお礼をと思ってな」
「・・・・・・はて、要塞攻略?」
「知っているのか?」
夏侯惇が聞くが俺は静かに首を横に振る。
「いいえ。自分はその任務には加担してません。今まで敵であった者を裏切ったからといって割り切れるものではなことは重々承知してますし、我々も裏切り者に対する冷遇は慣れてますので・・・」
「・・・・なんやと?!シラを切るつもりなんか!・・・喧嘩売るならもうちょっと賢い方法で売りや。もう一回言うてみぃ?」
と鋭い視線を投げかけ手元に持っていた斬月刀の握り締める力を強める。今にも斬りかかってきそうだ。
そんな雰囲気を察した夏侯淵は諌めようとするが、
「霞、今は彼は捕虜だ。無粋な行いは・・・」
「うちはこいつに沢山の部下を殺られたっちゅうのに協力せい言うんかい?降伏する奴らも関係なく殺していく殺人鬼のようなやつを信頼して背中を預けられるんか?春蘭、秋蘭」
「「・・・・・・・・・・・・」」
〜another view〜
霞の言うことは一理ある。
北郷は与えられた仕事を徹底的にこなすと聞いている。
霞のこの言動を見る以上、それが信憑性のある話であるのは良くわかる。
だがあの華琳様も認めている以上我々も割り切らねばならない。それに今後の戦争の展開に大きな影響を与えうるのもこの呉の裏切り部隊なのだから。
北郷の顔を見ても困惑した表情であり、どう言っていいか言いあぐねているようだ。
霞も少々血が昇っているだけだ。
そう思おうとした。
しかし私は見てしまった。
彼の顔が、目がほんの僅かに霞を面白可笑しそうに見るかのように光っているところを私は見逃さなかった。
侮蔑、軽蔑、蔑み、そして憎しみといったものがその僅かに光る目から読み取れる。
彼は我々を憎んでいる。それも強く。
そして彼が言っていることは偽りであることを察した。任務に加担していないのではない。彼は加担していたのを自覚していながら彼女を挑発して楽しんでいる。
まるで手の上で駒を自由自在に操れることを楽しんでいるまさに軍師特有の顔だ。
武術に優れ、仲間を尊ぶ。それが北郷一刀だと思っていた。
実際脱走した際負傷した兵士を素早く介抱し、不安に怯える部下たちを安心させていた姿を見る以上そう感じる。
だがそれは表向きの話であって彼の本性はもっとどす黒い何かなのではないか?
周りを見ても誰も彼の本音を聞き出せない。何を考えているのかわからない。
霞の言うとおりそんな男に私は背中を預けられるか一抹の不安を抱いたが、このことを悟っているのは私と霞の恐らく二人だけであり華琳様も北郷の本性が一体なんなのかまだ理解されていないだろう。
だが彼らに頼らなければならない現状を憂いながらも彼らの監視を怠ることがないよう密かに警戒を強めるのであった。
〜another view end〜
それからは北郷、黄蓋、甘寧の部隊は後方部隊として配置されることとなり主に脆弱となった補給線の立て直しをするよう協力を求められた。
呉の人海戦術を知っている人間でもあり、また軍師として働いていたものも多数いたことから敵の強襲位置を割り出してそれをかいくぐることを期待してのことだった。
呉の兵は裏をかかれることを恐れたのか補給部隊の攻撃を止めており様子見を測っていることから士気が低下気味であった魏の兵士たちは補給が行き届いたことから回復。
とりあえず当面の危機は脱出できたことから焦燥感に駆られていた魏の首脳陣もようやく安堵の溜息をつくことができるようにまで回復が進んでいくこととなる。
さらに連合軍の戦況悪化を受けてか次第に呉の裏切りが増えていくこととなり、北郷と共に戦った戦友でもある周泰、朱然、そして徐盛と彼らが率いる部隊が裏切り、今後の運営はますます明るくなるだろうとさえ言われていた。
『お前たち・・・・、それに周泰さんも何故』
周泰は照れくさそうに鼻の下を擦りながら笑顔でこう言った。
『水臭いですよ北郷さん。戦う時はいつも一緒だと私たちは誓ったはずです』
彼女の言葉を聞いたとき俺は彼らが本当の真実を知っていることを知覚した。
『そうだぜ〜。ったくよぉ、自分だけ良いとこ取りなんてさせねえからな!』
『遅れてすまない北郷。冥琳様から全て聞いた。お前は孫呉を見捨ててなどいなかったこと、そして誰よりもあの国を愛し、信じていた事をわかってやれなくて申し訳なかった。
俺たちも腹は括った。共に最後まで戦う所存だ。そうだよな、皆!!!』
『応!!!!!!』
朱然に言われて力強く答える部下たちは俺たちを見て、敬礼をする。これには黄蓋も胸を熱くしたのかそっぽを向いて小さく呟く。
『儂は幸せ者だ堅殿、策殿・・・・・。こんな素晴らしい志を持った者たちと戦えることを儂は誇りに思う・・・・・』
と聞こえない声で小さく呟くその横顔から水滴をわずかに垂らしているのを俺は見逃さなかった。
『感謝する』
と短いが力強い台詞を発したきりであったが甘寧も高揚しているらしく一人、静かにそれでいて激しく燃え上がえる内面を出さないよう抑えるのが必死のようだった。
それから暫く東から風が穏やかにふく静かな夜。
魏は今日の海戦を辛くも勝利できたことから皆祝い酒ということで宴を開き大いに盛り上がった。
と言っても呉の裏切り者たちはその宴から外されるという冷遇っぷりであったが。
そんなことを憂いる奴は誰もいない。むしろいよいよ時が来たことが分かり俺たちは密かに機会を伺っていた・・・。
そして暫く、宴は終わりを迎え皆が寝静まったとき所定の場所へと集合する。
「皆、よくここまで耐えてくれた。今ままで味方を裏切る行為を犯し、それでいてのうのうと生きていることを悔やんでいる者がいることを儂は知っておる。
だがこれも最後だ。ここで終わらせて、国に帰ろう!
誰ひとり無駄に命を無駄にすることなく戦い抜くことを誓え。十人の敵を殺すまでは自決することを禁ずる。最後まで力の限り戦うのじゃ。
これは命令だ。いいな」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」
「よろしい。では作戦開始じゃ。二手に別れ、強襲部隊は各自分隊を形成したあとは見張りを片付け火矢で攻撃。そのあとは速やかに離脱を図ること。
逃走経路の確保等はあらかじめ話してあるとおりじゃ。攻撃部隊が火が付けたと同時に連合軍は総攻撃を開始する。
潜んでいた部隊はそうなった際に逃走するであろう敵の経路を塞ぎ挟撃し敵を足止めする」
「「はっ!!!」」
「強襲部隊は甘寧隊、儂の隊、周泰隊で行い挟撃部隊は徐盛、朱然、そして北郷だ。では各員健闘を祈る」
黄蓋たちはそう言って静かに船舶が停泊する川岸へと向かい、俺たちは逃走で利用するであろう場所を待ち伏せすることとなる。
静かに気配を消して進軍を続けていく、海戦での勝利とここ最近の優勢具合から敵は警戒を緩めていることから見張りは少数であった。
「祭様、ここは我々が片付けます」
「うむ頼むぞ」
思春たちは敵の巡回経路を即座に予測しそのあたりに部下を配置させ、自分も潜伏する。
明命の部隊は北郷たちが所属する精鋭部隊の第三十四特務大隊ではあるが驚くのは思春たちの部隊は屯田兵上がりの連中であるということだ。
つまり予備兵であり練度は高くないと思われたのだがそこは儂の予想を遥かにいい意味で裏切ってくれた。
開拓庁に所属された思春は自分の傲慢さを反省し、一から武術を鍛え上げ屯田兵たちもこれから来るであろう戦乱のためにと予備兵力でありながらも明命たちの部隊と遜色ないぐらいの練度を誇る部隊へと鍛え上げていた。
左遷させた思春を復帰させる最後の機会ではあるがその達成は困難ではある。が彼女はそんなことを考えることなく任務に従事してくれることに再度心の中で感謝する。
暫くするとガサガサと草の擦れる音が微かに鳴りその後は静寂が支配をする。
「排除しました」
「うむ。では急ごう」
それからも隠密行動は続く。
時には敵部隊の監視を逃れるように隠れ、やり過ごしやむを得ない時は思春たちが敵を片付ける。
黄蓋たちは突撃する思春たちの援護であった。
暗闇、東から吹く少し強い風と狙撃する状態としては最悪ではあるが黄蓋はニヤリと笑う。
(確かにほかの連中なら出来まいて。「他の」連中ならな・・・・)
思春たちが片付けるのに敵が多い。黄蓋たちは先に狙撃し頭数を減らすと同時に敵を混乱させる。
それを機に潜んでいた思春たちは攻撃をするという形である。
狙撃地点を割り出し潜みながらたどり着く。射の能力が一二を争う兵士との二人。
「見えるか」
「はい。ここからだと敵は3人発見できます。さらに北北西には敵一人がまだいますね」
「儂は右と左端を殺る。お主は真ん中と奥の奴を仕留めるのじゃ」
「了解」
黄蓋が弓矢の名手なのは正確な射撃だけではない。
弓を速射し尚且それをまた第一射と同じ正確さで射れることだ。これは呉のなかでも数える程しかできない芸当である。
二人は弓の弦を強く張り直すと弓を静かに引く。風を頭に入れながら標的に標準を合わせる。
黄蓋は息を止め敵を見る。
ここに居るのは黄蓋と敵兵士のみ。彼女は狙撃する際自分自身の世界を構築する。
世界観を作り、浸ることで雑音を無くし集中力を高める為の彼女の癖でもあった。今回もその癖は例外ではない。
「射るのは同時じゃ・・・・・。いくぞ・・・・・三・・・・二・・・・一」
ほとんど同時に放たれた矢は敵に命中。全て仕留めると同時に思春たちが出てきて一気に制圧。
「ほう?お主もやるな」
「恐縮です。ですが将軍には足元にも及ばない自分が足を引っ張らなくて良かったです」
「謙遜はいい。自分に自信をもて。その自信がお主を守り、助けるじゃろうて」
「・・・肝に銘じておきます」
と話すと引き下がり思春と合流した頃には既に敵は全員絶命していた。
「排除しました。ここから先はもう船舶です」
「うむ。各自船舶に侵入し火を放ったあとは速やかに離脱。指定した合流地点にてまた会おうぞ」
「「御意」」
と少人数になり船へと侵入をしていく。
「なんだお前たちは・・・・!」
と魏の兵士が船舶内に入ると警戒を強めるが思春が前に出て話す。
「交代だ。今夜は盛大に宴をやり兵士を慰安したいと曹操様は仰られたそうだ。我々は宴に出る資格はないため当直は変わろう」
「しかし・・・・・・」
「今までの戦闘で疲れ切っているだろう?たまに羽を伸ばしてもバチは当たらんぞ?」
と思春は言うと兵士たちは暫く考え込んだ後すまなさそうに頭を下げ船から出ていこうと背中を向けた瞬間思春たちは音を立てずに兵士たちを仕留める。
「あっさり引っかかったな・・・・・」
「はい。それほど敵もウンザリしていたのでしょう」
と思春は短く言うと武器、食料が入っている部屋に侵入を目指し何事もなくあっさり目標の場所まで到達する。
辺りに油をまき火をつけるとあっという間に燃え広がっていく。
「作戦は成功です。撤退しましょう」
儂らは燃え広がる部屋を尻目に一目散に船を出て川に静かに潜り合流地点へと向かっていった。
「桃香様!敵の船舶に火災が発生しました。これを機に呉軍と突撃をします!!!」
と愛紗ちゃんが急いで天幕に入るなり簡素に報告しまた慌ただしく出ていくのを尻目に蓮華さん等がいる合同参謀本部へと急いで向かう。
参謀本部の天幕には既に数多くの軍師たちが慌ただしく作戦を展開させるべく声を荒げている。
「ええ。第百七十五連隊は呉軍の上陸の支援を残りの突撃機動軍は上陸したあとは呉軍と合流を・・・・」
「了解です」
「朱里、山越の部隊は三個旅団を其方に回す。後は後続の支援で」
「分かりました。お願いします」
と朱里もほかの軍師たちと混じり指示を出すがその表情は非常に落ち着いており想定内だと語っていた。
「桃香様・・・」
「朱里ちゃんが言ったとおりだったね」
「はい。コチラも準備を怠ってはいませんでしたので直ぐに出陣が行えています。上陸が完了した後は魏軍の追撃で少しでも傷口を広げていきます」
「追撃隊の選抜はできてるのかな?」
「はい。恋さんを筆頭に呉軍と連携を取り上陸を支援し、あらかじめ潜めていた翠さん、星さんたちの連隊で敵の逃げ道を横から挟撃を仕掛けます。北郷さんたちが足止めをしているでしょうが数は少ないですので、できるだけ早く上陸を支援し相手を逃げられないようにしなければなりません。」
「ん。分かった」
と部下の報告をしっかりと把握しそれだけを言い蓮華さんのもとへと。
「桃香か」
「蓮華さん、やりましたね」
「ええ。彼らには感謝してもしきれない。これで天にいる母様、姉様も喜んでくれたらいいのだけれど・・・」
「喜んでますよ。だってあの人たちが歩んだ生き様に憧憬し皆が呉の国民であらんと戦う姿に彼女らは感激してると思う」
「桃香・・・・有難う。そう言ってもらえると助かるわ」
「どういたしまして!」
とニコリと笑うと強ばっていた彼女の表情は少し和らいでくれた。そう私は口を挟むのが仕事ではない、部下や他の者たちに迷いを見せない、迷わせないことが仕事なのだ。
そのためなら道化にもなる覚悟で劉備はこの戦争を挑んでいたのであった。
僅かに香る匂い。木が焼ける匂いと悲鳴と騒がしい声がどこからともなく聞こえてくる。私はその時に祭のだましうちが効いたことを悟った。
(祭殿はやってくれたか・・・・!!)
祭が去ったあと朱然、明命、そして徐盛たちが一挙に私のところに押し寄せてきたのである。
あの北郷が裏切るはずはないと。彼はまた一人で背負い込もうとしているのでないかと
私はそれに根負けし全てを話すと彼らも志願をしてきたのだ。
「アイツはまるで本当の故郷であるかのように俺たちの国を守ろうとしています。今度は俺たちが彼らを助ける番であります!!」
「お願いします冥琳様。私からもお願いです。私にも一刀さんたちと共に最後まで戦いたいんです。ですから・・・・」
と明命、朱然が顔を真っ赤にして詰め寄る姿を見て私も首を横には振ることはできなかったのだ。
よって私たちはまた芝居をうち彼ら部隊が裏切る動機を作り、魏へと向かわせたのであった。
魏の名士たちは苦戦ぐあいに苛立ちを隠せないことから今後支援の撤退を匂わせていたことと後ろ盾であった王朝が圧力を強めてきたことから呉の裏切りを利用する手はないと考えるはず。
私はそこにつけこんだ。
なんといっても最大の支援者である王朝の皇帝が、
「長期戦は許されない。貴殿が黄巾党の首領を匿っているという情報がある以上これ以上の戦闘はもはや意味がない」
の一点張りでありこのまま続くようでは王朝も撤退するように勅命をだすという圧力が曹操に来ていることも知っている。
もっとも我が諜報部が王朝と魏に工作を仕掛けているのが効いてきたようだった。
「さて・・・・、行くか」
静かに白虎九尾、足に仕込む小刀といった武器を全て持ち外に出ると皆が慌ただしく走り回っている。
「周瑜将軍、敵の船舶に火災が起きました。これを機に攻め込みますか」
と部下が言うと私もそれに許可をだす。この時をひたすら待ったのだ。
「是非もない。参謀に伝令を。『我ら吶喊せり』と」
「了解です!!」
天幕から出ると忙しく指示を出し船に武器を積載させているなか私も素早く乗る。
「しょ、将軍?!」
「私も現地で指揮をとる。迎撃準備が整い次第出陣。陣形は菱形、風が強いため相手は弓矢は使えないはずだ。一気に押すぞ」
「了解です。おい聞こえたか!!準備が済んだら菱形だ!!!!将軍が直々に指揮をおとりになられる。決して劉備の突撃機動軍に遅れをとるな!!!」
「「応!!!」」
と急いで準備を済ますと火災が発生している敵船舶へと突撃していく。被害が甚大な魏軍ではあるがそれでも多くの弓矢が飛んでくる。
「防御盾を前に出して弓矢を防げ!!!将軍、弓矢は・・・・」
「風は強いが構わん。船舶に火矢を当て続けろ」
「はっ!」
火災が発生している船舶に大量の火矢が飛ばしながら前進をしていく。
「怯むな!!投石器を使って敵の陣営を崩せ!!!!」
と他の船に投石器の使用を知らせると後方の船の援護が増え私たち前方の船が投石器を使い次々と船を攻撃していく。
「次、早くしろ!!!!敵は固まっているんだ!所構わずどんどん投げろ!!」
と怒号が聞こえるなか小隊長を呼び出す。
「投石器で投げ終わったあと小型船で上陸する」
「了解です!!おい、前進止め!!!碇を下ろせ。上陸戦用意!!では将軍、ご武運を!!!」
呉の船舶は船の中に小型の船を載せている。大型船を止めたあと船の前方が開き小型船をだすという船を開発していた。
大量の兵士を搭載できる大型船の損害を極力出さず母船として機能させるこの新型船は山越戦争のときに試験運用がされ兵士の評価が高かったことから導入、量産されていた。
弓矢の空気を切る音が耳を過ぎる。小型艇の前方は弓矢を受けられないように防御壁を作ってありまた屋根も作られているため上から弓が降ってきても大丈夫な設計になっていた。
「水門が開くぞ!!開いたと同時に水に飛び込め!!」
と私が叫ぶと兵たちもソワソワとしていた兵士たちが水門が開くのを待っている。
船が上陸すると締まっていた扉がゆっくりと開いていき、開ききった瞬間に突撃しようとしていた味方兵たちが次々と弓に刺されていていくが兵士たちは刺さった兵士たちを踏み台にして次々と船から出ていき前線を押上げんと走り出す。
「いけ!いけ!!立ち止まるな!!!!前の砂場と船舶を盾にして前進しろ」
と兵士たちを次々と船から降ろし、倒れる味方を尻目に前進する。私は弓矢に当たらないよう船から飛び降り深く潜る。
暗闇と静寂が支配する水の中赤く輝く場所へと浮上しその後は川岸に上陸。
すぐさま上陸部隊と魏の守備隊との格闘戦へと移る。斬られそうになっている仲間助けるために太ももに仕込んである小刀を敵の頭にめがけて投げる。
「・・・・・・・・?!」
敵の頭に吸い込まれるように突き刺さり倒れていた友軍に倒れかかってくる。
「大丈夫か」
頭に突き刺さった小刀を抜き手を差し伸べ立たせてやると敵の血がついた顔を拭きながら味方の兵士は直ぐに礼をいう。
「は、・・・はっ!有難うございます!!!」
「礼はいい。これから激しい戦いが続くぞ。お前の部隊長は・・・・」
「上陸する際離ればなれに・・・・」
「分かった。死にたくなかったら一緒に来い」
「御意!!」
そうして私は名前のわからない兵士と二人で合流地点になっている場所へと急いだ。
黄蓋と別れたあと俺たちは待ち伏せをしていた。偵察兵を出し前線の情報をできる限り入手しつつ隠密に且つ相手の出方を予想しながら移動と待ち伏せを繰り返していた。
作戦の失敗を危惧する、不安さえ一切ない。もちろん未来の知恵で結論知っているのもあるがそれ以上に何故か失敗するはずがないという確信が上回っていた。
だから待ち続ける。ひたすら相手の喧騒をやり過ごし、時には音もなく敵を殺し潜み続ける。
そんな中派遣していた偵察部隊が帰還してきた。
「どうだった?」
「北郷隊長!やりました!!将軍たちは敵の船舶を火矢で攻撃、船舶が繋がっていることから燃え広がり混乱が続いています。敵は3つの部隊に分かれ撤退を開始した模様!!」
声は上がらないが周りの雰囲気が変わった。自信、確信、安堵、色々な雰囲気が辺りから広がっていくのがわかる。そんな中朱然が話の続きを促す。
「ふむ・・・・。連合軍は?」
「現在火がついたと同時に総攻撃を開始。沿岸を完全に制圧しました。ただ将軍たちの行方は未だ不明です・・・・」
これだけ混戦なのだから彼女たちの行方を掴めないのは無理ない。だた成功したのであるから無事であるはず・・・・・、と無理やり納得させる。
「よし俺たちの出番だ。行くぞ!敵の動きを見る限りは三つの進路に分かれて撤退するはずだ。予想としては一つは右翼にある海岸から、二つ目は中央を、そして最後は左翼だろう」
「分散されたら厄介だぜ・・・。こっちも分散するだけの余裕はないからなぁ」
と徐盛は呟く。たしかにそうだ。いくら精鋭といえども戦力を分けて魏軍に対抗できるほど相手も弱くはない。朱然はそんなこと承知していると言わんばかりに頷き、話を進める。
「たしかにいくら敵本隊が分かれて囮としてバラバラに動けば俺たちが精鋭であっても叩くことは難しい。だから相手の撤退進路を先読みして待ち伏せする。場所は恐らく左翼の方だ。
右翼は制海権を掌握されている故撤退はできない、中央は撤退路としては最短ではあるが味方の大部隊を躱せるだけの余力はないはず。よって一番遠い左翼から撤退するはず・・・」
「・・・・信じよう。よし移動開始だ。左翼に移動したあとは各自監視を怠るな。この戦いで戦争を終わらせるぞ」
「「御意」」
俺がそう言うと皆が敬礼をする。そう、これで終わらせる。争いも、そして亡き雪蓮のためにも。
移動する際に何時かに感じた江東の優しい風が辺りを包む。
『頑張りなさい』
と雪蓮が、孫呉のために忠を尽くした兵たちの加護を受けているかのようだ。隣の朱然、徐盛も俺を見て強く頷く。
彼らも分かっている。俺も再び決意をにじませると急いで敵が撤退するであろう左翼方面へと向かう。
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お待たせ。そして待たせてスマンです。 いろいろ忙しかったんやで・・・・(震え声) かなーり長文になりますが暇なら見ていってね! |
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