鬼の人と血と月と 第11話 「豪雪」
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第11話 豪雪

 

 

 

 

 

早朝、ベッドの上で眠っていた統司は酷くうなされていた

…暗き森、木々で挟まれ 道は前後にひたすらに続く一本道、大きく欠けた月だけが辺りを照らしている

統司はそこにいた、歩いては時折立ち止まり、辺りを見回すが視界に変わった変化は無い

統司に自由に動く程の意思は無く、まるで誘導されているかのように、同じ行動を続けていた

やがて夢に変化が訪れる、辺りの景色が暗くなってゆくのだ

思わず統司は空を見上げると、月がみるみる欠けてゆき、その円を黒く染めてゆく

何を焦ったのか統司は走り出す、しかし再び統司は足を止める

目の前に“黒い人影の様なもの”が直立して 宙に浮いていたのだ

しかし統司はそれに対して恐怖を抱き 臆していた

通常、統司が遭遇する更生対象は不気味な気配を漂わせているが

“その者”の纏う気は、非常に濃く強い邪悪な気配、人には到底発することの出来ない禍々しい気配であった

その奇妙な気配に、統司は意思の無い夢ながら覚えがあった

…前回の活動中に感じた、“非常に不快な気配”だ

やがて月は完全に黒く染まり新月へと変わる、そして辺りは完全に暗黒の世界へと変わる

まるで宙に浮いているような不穏な感覚に、統司の心が不穏に揺らぐ

そして目の前に浮かぶ“彼”は、今までずっと目を瞑(つぶ)っていたのか、輪郭の無い姿ながら 眼を開いた

その瞳は邪悪にも紅く輝き、人から外れた異質さを より放っていた

彼と統司の距離は空いたままで、彼もそれを縮める気は無い様だ

しかし既に統司の意思は恐怖に支配されていた、彼はその瞳で統司を見つめ続ける

その膠着状態を終わらせるように、突然統司の身体を炎が包み込む

その炎は全身を覆うには容易な程に巨大であり、あがく統司の身体を容赦なく焼きつくす

統司の視界には、彼が背を向けて立ち去る姿を捉えていた

その統司の姿を見て、彼は輪郭の分からぬ黒い体にも関わらず、微笑しているようにも見えた

そして統司の身体は瞬時に灰となり、空間へと交わり消えてしまった…

 

…統司が目が覚めると、その身体は冷えており、身体を震わせて 布団に強く包まる

統司は深く深呼吸し時間を見るが、すぐにアラームが鳴り始めた

統司の頬を伝い滴るのは、涙ではなく冷たい汗であった

おぼろげな記憶を呼び起こし、統司は言い様の無い不安を抱いていた……

 

 

…12月を迎え、季節は既に冬へと変わっていた

学生達はコートやマフラー、手袋など防寒具をしっかりと着け学校へと向かう

通学の途中ふと辺りを見ると、既にクリスマスの装飾がぽつぽつと見える

田舎と言えど町の方は活気があり、現代の文化に乗っかっている様だ

しかし統司は…否、鬼焚部の面々は素直にイベントを祝える気ではない、

前回の活動で、魔鬼と名乗る敵対勢力が現れたのだ

そしてその中心が、彼らの通う“魁魅高等学校”の生徒会長である「陽村(ひむら)緋乃女(ひのめ)」だったのだ

いつ仕掛けてくるか分からぬ以上、日常を変わりなく過ごすにしても あまり油断は出来ず、勉学にも身が入らずに悶々と時間が過ぎてゆく

放課後になると鬼焚部の面々は部室で待機するようにしたが、特に活動の報告もなく、夕暮れには帰るという状況であった

しかしそれが数日も続くと、「何か知らんが、そんな毎日待機しても何も起こらへんで?」と水内に勘繰られてしまい、不安要素を増やしかねなかった為、また今まで通り日々を過ごす事となった

…そんなある日の夜、霧海家

いつも以上に静かな夕飯に、統司は何か不信感を抱く

そして夕飯を終え、統司はリビングのソファに腰掛けるが、そんな統司に母 “癒(ゆ)唯(い)”が声を掛けた

「ねぇ統司、ちょっと話があるんだけど、…今いいかしら?」

昨日まで明るい調子で振舞っていた癒唯が、神妙な声色で問いかける

「別に良いけど、…何?母さん」

その感覚に、統司は「何か相談事だろうか」と思考する

癒唯は統司と少し間を開けて、同じソファに静かに腰掛ける

「…統司、あの今までの病気は治ったのよね?」

病気とは、あの“黒い人影の様なもの”や“夢”の事だろうか

…咲森曰く「病気ではない」らしいが、通院も終えた事もあり統司は肯定する事とした

「ああ、うん治ったみたいだね」

統司はそう答えるが、癒唯はすぐに聞き返す

「本当に?また似たような事があったりとかしない?他に新しく病気とかかかって無い?」

『無いよ、そこまでヤワな身体はしてないから安心して、全く母さんは心配症なんだから、信じてよ』

統司はそう口にするが、本当はまだ感覚が続いている事を隠し、嘘を付いている感覚に心が削られる

“黒い人影のようなもの”は暴走した鬼人であり、その感覚はまだあるのだ

そして見なくなった夢も、いずれ再び夢に現れる事があるのかもしれない

しかし統司の言葉を信じているのか、癒唯はほっと表情を和(やわ)らげる

「…そうね、ゴメンね?母さん本当に統司の事が心配だから、…ちょっとしつこかったわよね?」

癒唯は穏やかな口調で統司に微笑みかける

「いやいいよ、母さんの心配も分かるから、それに心配症も今に始まった事じゃないしね」

統司の言葉に癒唯はふっと笑って言い返す

「全く、言うようになったじゃないの!」

そう言いながら癒唯は笑顔で統司を強く抱きしめる

親子のスキンシップをとる癒唯に、気恥しくて「離れて!」ともがく統司

次第に癒唯は離れ、二人は少し呼吸を整える

「ウフフッ、…そうね、また話に戻るけど……」

…どうやら癒唯の話はこれで終わりじゃないようだ、再び癒唯の表情に不穏が宿ってゆく

「……それで…ね、統司」

言葉を溜める癒唯の様子に、統司は心を構える

「……また、転校する気はないかしら…?」

……統司は息を呑む

正直、統司は内心この展開を予想していた

寧ろ いつ言いだすのかと、ひと月も前から考えていた程である

元よりここには療養の為に来ていた事が目的だったのだ

しかしこの神魅町に来て病は治まったものの、町に関わる“鬼人”、そして統司が“巫鬼”である事、鬼焚部という危険な活動に関わっていると知って、癒唯の心境はとても不安だったのだろう

……癒唯が転校の話を言いだしたのは、そんな危険から統司を避けたいからだ

「ごめん母さん、転校は…したくない」

しかし統司は曇った表情でそう言い、癒唯の心情を切り捨てる

統司は心苦しく感じるが、魔鬼との戦いが始まるという時、そんな中途半端な状況でここを去りたくは無い

何より、鬼焚部の皆を見捨てて一人逃げるなんて行動を取る事を、統司は“嫌だ”と感じていた

…しかし癒唯は声を上げる事もなく、黙って頷いた

「そう、ゴメンね統司、変な事を言い出して?」

その表情は未だに曇っていたが、それでも癒唯は統司に微笑みかけた

その母の心に触れ、統司は再び心苦しく感じる

「……でも、とりあえず考えてみるよ」

統司はそう癒唯に返答して、リビングを去る

流石に無暗に心配は掛けたくない、そして自分の心を紛らわすために、統司はその場限りの言葉を吐いた

しかしその言葉に癒唯の表情が和らいで見えた事を統司は悟ると、少し安心した心境で自室へと向かった…

 

…相変らず寒い日々、学生達の大半は外に出る事もなく、暖房の効いた屋内で昼休みを過ごしていた。

「不要に意識を張り、浮かない状況で日々を過ごしても何にもならない」と、詩月・月雨に諭され、皆は結局変わらず気の抜けた日々を過ごしていた

統司もその例に漏れず、昨夜はゲームに熱中しすぎて睡眠時間が削られ、うつらうつらと授業中に意識が飛びそうになっていた

昼食を手早く終えると、統司は机に伏せて静かに熟睡していた

尚 藤森も統司と全く同じ姿で寝ていた、…こちらは寝息を立てているが

やがて授業前のチャイムが鳴り、統司は眠そうな目で起きる

統司が授業の準備始めるや否や、どこからか呼ぶ声が聞こえた

「おい、霧海ぃ、ちょっとこっち来(き)ぃや」

顔を上げると、廊下には水内が立っていた

統司は向かう前に背伸びと欠伸をし、小走りで水内の元へ立つ

「全く、お前は蒼依に毒されでもしたんか?まぁ時間もないし用件だけ言うわ、今日の放課後 急用でもないんなら、ちょいと月雨に付き合いぃ、月雨は“ここ”におるから、……そんじゃ授業中に居眠りするなよ?」

月雨のいる場所の地図を渡し、統司への用件を伝え終えると、水内はそそくさと立ち去って行った

再び統司は大きく欠伸をすると、さっさと席に戻り授業の準備を始める……

…午後の授業を終え、ホームルーム後の放課後

統司はイヤホンを付け 地図を片手に、学校を足早に去る

地図によると月雨は、詩月邸へ向かう階段の すぐ横にある小道 を通った先にいる様だ

目的地には少し小さな家屋が表記され、近くには何か水源の様なものがある

ともかく、統司は二ヶ月前の薄い記憶と地図を頼りにそこへ向かった

…やがて詩月邸の長い階段へと到着する

地図に示された方向を見ると、そこには確かに道があった

草木に紛れて簡単には分からないが、その道は大人が余裕に通れる程の広さである

統司は草木に引っかからぬよう注意して道を進むが、地図に描かれている程にすぐに目的地へとたどり着かなかった

道でも間違えたかと統司は思ったが、その矢先に目前に開いた空間が見え、統司は小道から抜け出した

そこには少し古めの家屋と小屋があり、そして奥へ続く空間がある

地図には、家屋の付近に大雑把な印が引かれていた

とりあえず統司は、「月雨」と書かれたその家屋の玄関に寄り、インターホンを鳴らす

……音が屋内に響いていったが、何時までたっても人の気配は無かった

2度目、3度目と繰り返すが、やはり人の気配は無く留守の様だ

統司はどうするかと考えるが、すぐに“携帯電話”を取りだした

そもそも入部した当初に“活動の為”と部員の皆と番号を交換しており、活動中は月雨に連絡を回す事が多いのだ

統司は月雨のアドレスを探し、電話を掛ける……

……電話はコール音を流し続けたが、次第に留守番へと切り替わる……

数回電話を掛けるも繋がる事は無く、いよいよどうしようかと統司は考えた

静寂の中、水を打ちつけるような環境音が耳に入る、どうやらこの水音は奥の空間から聞こえて来る様だ

目的地に到着してからしばらく経つが、周囲に人の気配は無い

背負っている鞄を玄関近くに置き、仕方が無いので 暇つぶしがてら奥の空間へ統司は足を運んだ…

奥の空間は平たく整備された庭であり、使われている様子があった

庭の奥には またも小道が続いており、そこに立つと入(い)り組(く)んだ階段が断続的に見える

何の道かは分からぬがすぐに着く気配は無い、しかし構わずに統司は道へと歩き出した

……向かってから時間が経つが、一向に出口が見えない

しかし水音は次第に近づいており、段々と激しい音が耳に入る

小道は森へと繋がっており、冬の為に次第に陽は落ち、周囲は少しずつ暗くなってゆく

…一体神魅町の地形はどうなっているのかと、統司は疲労感に任せて思考していた

道に入って10分程だろうか、それなりに歩き続けると再び空間に出る

辺りは冷たい湿気に溢れ、水の弾ける音が途切れる事無く聞こえていた

統司は周囲を見回すが、どうやら小さな滝でもあるのだろう、夕暮れの空を写し出す澄んだ水が斜面に沿って流れているのを見かける

ふと統司は地図の絵を思い出す、水源の絵はきっとここの事なのだ

空間へと出たがまだ先にある滝を見ていない、統司は滝を一目見てから戻ることにした

…それにしても、月雨からまだ連絡が来ない、電波も十分届いている

月雨ならば気付き次第 すぐに連絡を返す筈だが、一向に携帯に反応は無い

よっぽどの事情で携帯に気付かないのか、通話が出来ない状態なのだろうか

水の気配に満ちた空間には一本の細い滝があり、その先には狭い範囲ながら淵があり、滝壺が出来ていた

そして統司の視界には、小さな人の姿を捉えていた

……その人影をはっきりと認識した時、月雨が何故 連絡がつかないのか、統司はすぐに理解した

“彼女”はこの寒空の中、目を瞑り沈黙して 滝に打たれていたのだった

足音で人の気配に気づいたのか、月雨は薄く目を開いて声を出す

「ん〜?そこにいるのは誰かなー?」

その声に震えは無く、学校でよく聞くいつもの月雨の声だった

「月雨先輩ですよね、霧海です!」

統司は滝の音でも聞こえる様に強めに声を上げて名乗る

その声に気付いたのか、「おお!」と声を上げて滝壺から身体を動かす

統司に近寄る月雨の姿は、どういう訳か白と赤の巫女装束であった

「えへへ、ごめんね、もしかして結構待った?というか探せちゃったかな」

『え?…ああ、そうですね…』

色々聞きたい事があるがさておき、統司は言葉を濁して返答する

「…ええと、月雨先輩は、どうして巫女服を着ているのですか?」

とりあえず一番に思いついた質問を月雨に投げかける

月雨本人は、その質問を聞いて自分の容姿に目をやる、その姿は先程滝に打たれていた影響で濡れた巫女装束が張り付いていた

「イヤン!もう、統司君のスケベェ!」

月雨は腕を組んで胸部を隠し、片足を上げて身体を捻り、そんな古い言い回しでわざとらしくリアクションを取った

無論統司は、巫女服に対して純粋に質問しただけであり、そんな気は毛頭無い

しかし月雨のリアクションで統司は意識せざるを得なく、気恥しくて顔をそむけた

「あの、そのスイマセン、…そんなつもりは無かったのですが……」

月雨のからかいが功を奏し、予想通りに統司が反応するのを見て、思わず月雨は統司に抱きつこうとする

しかし自身が濡れている事を思い出して月雨は思い留まり、月雨は少し しゅんとしていた

「…ふむ、どうやら無事に会ったみたいだな」

不意に背後から声を掛けられ、驚いた統司は素早く振り向いた

「あれ、詩月先輩じゃないですか」

姿を現した詩月は学校帰りの様子であり、詩月の鞄とは別に その手には統司の鞄が握られていた

「ところで、霧海の鞄が月雨の玄関に置いてあったが、どうしたんだ?」

『嗚呼すみません、それはわざと置いていたんです、少し離れるから もしもすれ違いになった時に分かるようにと…』

統司は鞄を置いて行った理由を話すと、詩月は少し申し訳なく表情を変える

「そうか、それは手間を取らせたな、これは俺がまた運ぶとしよう」

『いえ、大して荷物じゃないので、自分の荷物は自分で持ちます』

どうやら詩月は、二人がちゃんと会っているか心配して、通りかかっていたようだ

統司と月雨がひとまず合流出来た為、3人で月雨宅へと戻る

「ありゃりゃ…結構暗くなっちゃったね、」

再び月雨宅に着く頃には陽は半分以上沈んでおり、夜といっても差し支えない程に暗くなっていた

…それにしても月雨は、低い気温の中 濡れた衣服を着ておきながら、その顔色に変わった事は無いのであった

その状況から、相当に慣れているのだろうと、統司は容易に察する

しかし何故このような事を行っていたのかは、まだ統司は疑問を抱いていた

「……さてそれじゃあ、統司君の疑問にお答えしようじゃないか!」

月雨宅の敷地と思わしき 空間の中心で急に立ち止まると、月雨は自信気にそう言い放った

「…それよりも月雨よ」

『うん?なんだい鬼央?』

話の途中で詩月に話しかけられた月雨は、疑問を浮かべる

「まずはその濡れた衣装を着替えた方が良いんじゃないか?」

詩月はそう言い、月雨の着る巫女服を指さす

「ああ、うんそうだね、じゃあ ちゃっちゃと着替えて来るよ!」

先程の統司の様子とは打って変わり、大人しく意見に従い 月雨はパタパタと小屋へと向かった

恐らく幼馴染が故に、ああいったからかいは詩月に通用しないのであろうか

月雨は小屋に入ったが すぐに顔を覗かせ、統司に向かって言い放った

「そうだ、覗いちゃ嫌だよー?」

ニシシと悪戯に笑みながら、月雨は再び小屋へと戻る

そして月雨の姿が消えると共に、詩月は口を開く

「…さて、俺は帰るとするかな」

『あれ、詩月先輩もう帰るんですか』

詩月は 統司の鞄を近くに降ろし、統司に返答する

「ああ、俺は帰り道にただ通りかかっただけだ、無事に霧海と月雨が会えているかの確認にな、だが心配は無用だったな」

詩月の心配に統司は思わず謝ってしまう

「なんか、わざわざすいません先輩」

しかし詩月は「ふっ」と微笑し言い返す

「言ったろ?俺はただ通りかかっただけだと、……そうだな、霧海はもう少しばかり 人の手を借りるという事をした方が良いと思うぞ?」

『……そうですか、…肝に銘じておきます』

統司はそう言うが、本音を言うと本心での返答では無かった

この町での生活にいくらか慣れたとはいえ、今まで築いてきた統司なりの処世術が染みついている為、二つ返事でそれを変える訳にはいかないと思っていたのである

「冬は陽が落ちるのが早い、帰る頃には外は真っ暗だろう、いくら鬼焚部とは言え 物騒な事態に遭っては大変だ、夜道に気を付けて帰れよ?」

詩月はそう注意を促すと、ゆっくりと立ち去って行った

立ち去る詩月の背中に、統司は「さようなら」と別れの挨拶を掛けた

そして再び庭へと戻ると、小屋から動く気配が見えた

「やあ、お待たせ統司君!」

小屋からセーラー服姿の月雨がそう言いつつ現れる

…しかし着替え始めてからほんの5分も経っていない筈だが、一体どれだけの速さで着替えたのだろうかと、統司は疑問を浮かべる

「ん?ポカンとしちゃってどうしたの?そう言えば詩月は?」

月雨の言葉に統司は我に返り、月雨に返答する

「あ、ええ、詩月先輩なら帰りましたよ、なんか通りかかっただけみたいです」

しかし統司の答えに対して気にしていないようで、そっけなく月雨は言い返す

「ふ〜ん、そっか、じゃあ仕方ないね」

そう言った後、月雨は間を開けずに話し始めた

「さて、じゃあ待たせちゃったことだし、本題に入りますか!」

月雨の言葉で統司は思い出す、そう言えば何をするのか伝えられてなかった

「そういえば、今日 俺はどうして月雨先輩の所に呼ばれたんですか?」

統司の発言に、月雨は思わず首を傾げる

「おろ?先生から聞いてないの?」

『ええ、放課後に月雨先輩と付き合えって、ここに行けって』

統司はそう言いながら、水内から渡された地図を月雨に見せ そう説明するが

「ヤダ〜、付き合えなんてそんな〜」

…と、当の月雨は、頬に手を当て照れている様子を見せ、聞いているようで聞いていなかった

思わず統司も「“付き合う”の意味が違います」と呆れ半分でツッコんでいた

「全く薫(かおる)ちゃんったら、肝心な事を伝えていないんだからー…」

月雨は腕を組みながら、水内の名前をちゃん付けで呼びながら うんうん頷く

「まあとりあえず、ずっと外じゃ寒いし、ほら上がって上がって!」

月雨は玄関のカギを開けながら、統司にそう則す

…ガラガラと戸を開ける音が周囲に響く、玄関に入り月雨が壁のスイッチを押すと、吊り下げられた電球が暗い廊下を照らしだす

鼻歌を歌い上機嫌な月雨の後ろに付いて、統司は廊下を進む

「ここが月雨先輩の家ですか…」

統司は呟くように月雨に言うが、月雨は首を振った

「ううん、ここは“離れ”で私の部屋、と言っても“今は”なんだけどね」

月雨の言葉に「今は?」と疑問を返す

「あー、それを答える前に……、ここが私の部屋、適当に座って!」

月雨が戸を開け電気を付けると、6畳程の和室に勉強机や小物などが配置された月雨の部屋が現れる

月雨は「ヨイショっと」と壁に立てかけられた座卓を組み立てて、部屋の中央に置く

「じゃあお茶入れて来るね!…あんまり乙女の部屋をジロジロ見ちゃだめよ?」

月雨は悪い顔しつつそう言い、廊下の奥へと行く

少しの間待つと、月雨は大きなカップを両手に持ってきて卓の上に置く

…カップの中身は熱いミルクティーの様だ

月雨は、卓を挟み統司の向かい側に座ると、ミルクティーを一口飲み一息つく

「アチチ……、ふぅ、さてそれじゃあ今日の用事を話しましょうか!」

そう言うと月雨はすっくと立ち上がり、腰に手を当て声を上げる

「ふふふ…、実は私、ツーノこと月雨魃乃は、何と 神魅町の巫女様なのであーる!」

だが月雨はそう告げるな否や「あ、順序間違えた…」と呟いていた…

そしてその事実に統司は、「はあ」と二文字のそっけない反応であった

「っていうか統司君!リアクションリアクション!!反応薄いよ!もっと驚いても良いじゃないかー!」

その月雨の言葉に「おお」と、やはり二文字の反応を再度 示した

「うん、薄い!もうちょっと驚いてくれないかな〜!?」

しかしそう言う月雨は再び座り、改めて話を始めた

「……いやいや、伝える順序が違ったね、まずは本来の用件からだね」

『水内先生から聞いてないんですが、今日はどうして月雨先輩の所に呼ばれたんですか?』

「うん、今日呼ばれた理由は、神魅町の起源の“鬼人の生まれ”の話を伝える為なんだよ」

統司はその要件に疑問を抱く

「あれ、それって以前長老から聞いた気がするのですが…」

統司の疑問に月雨は微笑して答える

「うん、聞いてたかもしれないけど、たぶんその時は“違う事”の説明をしてたから、かなりはしょってたと思うの、だから今日は改めて、その話を伝えようってことなの」

“違う事”と言うのは“巫鬼”の話の事だろうか…

先程の月雨が巫女だという話も含めると、月雨も“現在の巫鬼”の存在を知っているのだろうか…

難しい表情で考える統司に反して、そんな統司に気にすることなく 月雨は興奮しつつ話を続けた

「でね!でね!その話っていうのが、ロマンチックな昔話なの!!だから私からもぜひ知ってほしいって思ったの!」

興奮した月雨は、ミルクティーを一口すすり一旦落ち着いてから、語り出した

 

……身振り手振り、感情豊かに語る 月雨による昔話を要約するとこうである

昔、ここ神魅町が鬼魅(おにみ)村と言われる前の頃、そして村の周りの森に住む妖怪達を静める為に、毎年行っていた御祭事(おまつりごと)の日

その御祭事は、妖怪たちが最も荒くなる年の変わる前の満月の日に、選ばれた巫女が山の聖域に向かい、そこで 聖なる歌 を歌うというものである

そして巫鬼の始まりの巫女、御祭事に選ばれた巫女は「霧月(きりづき)海奈(みな)」という15歳の女の子だった

…無事に聖域に辿り着き 海奈は歌を歌い終え御祭事は成功したが、聖域に突如現れた、暴走していると思わしき鬼に海奈は追われる

海奈は必死に逃げるが、鬼が体当たりをしてきた際、鬼がぶつかった木が真っ二つに割れて、その割れた木に海奈は下敷きになってしまった

下敷きになって動けない海奈に鬼はゆっくりと近づき、海奈へ腕を振り降ろす

…しかしもう一人の鬼が現れ、その鬼に海奈は助けられ、その後 村まで運んでもらった

村人達はその鬼を歓迎し、その鬼を優しい鬼、「優(ゆう)鬼(き)」と呼ぶようになった

……それからしばらく、月日は経つ

優鬼と共に平和に過ごしていた鬼魅村で、突然皆が騒ぎ出す

それは海奈が子供を身籠っていたことが分かったのだ

当然、父親が誰かと村人達は探し出すが、結局誰の子かは分からなかった

やがて海奈は、元気な双子の 男子と女子の赤子を産む

姉である女子は海奈に似て、「癒(ゆ)海(み)」と名付けられ

弟の男子は「鬼那(きな)」と名付けられたが、鬼那の頭には 人間には無い“二つの小さな角”があった

…海奈の産んだ双子の父親は 優鬼だったのだ

一部の村人達、巫女の関係者はこれを悪く思っていたが、他の村人達は優鬼との子を歓迎していた

しかしある日、優鬼は村人達にある大事な話をする

それは周りの妖怪が、村を襲おうとしているかもしれないとのことだった

しかし、元々 鬼魅村の周囲に住む妖怪は、他の鬼達によって支配されていた

だが人間と妖怪が強い関係を持つ事は禁忌であった

その為怒り狂う妖怪共は、癒海と鬼那、珍しい“人と鬼の子供”を狙ったのだ

その事に怯える村人達に、優鬼は「心配しないで、自分が妖怪から村を守る」と言い、その言葉通り 優鬼は日々戦い続けた

優鬼は強い鬼だったが、毎日毎晩休まずに襲い来る妖怪に、少しずつ疲弊し

そして一ヶ月経った頃、優鬼は力尽きて死んでしまった

しかし優鬼が身代わりとなったかのように、妖怪達が襲ってくる事は無かった

優鬼の死を知った海奈は、大声をあげて泣き、とても悲しんだ

それ以来、海奈は子供以外に笑顔を見せなくなり、家に引き籠り子供の世話をする日々を過ごす様になった

……それから数年経ち、満月の日の事

双子はすっかり成長し、姿も心も人間と変わりなく育っていた

その日、海奈は幼い頃から大好きな 満月の空を、双子と三人で眺めていた

癒海は海奈とよく似て、海奈の隣に座り静かに眺めていた

しかし鬼那は、満月を睨みつけて唸り声をあげていたのだった

そして鬼那は何かに気が付くと、村の方へと走ってしまう

それを見た海奈は追いかけようとするが、癒海が引き止めて代わりに追って行った

その時 村の方で騒がしくなっていた、村の中に妖怪が入り込んでいたからである

そう、鬼那は妖怪の気配に気付き、村に向かっていたのである

村人達は現れた妖怪達に怯えていたが、まだ子供である鬼那だけが妖怪に立ち向かっていく

鬼那は妖怪の一体に跳びかかり殴り飛ばすが、他の妖怪によって鬼那も吹き飛ばされる

例え鬼との子供とは言え、まだ幼い鬼那が妖怪と戦うのは無理があった

だが、倒れた鬼那は眼を赤く光らせて立ち上がる

そして突然、鬼那の腕が燃え出した

鬼那は燃えた腕を振りかぶると、腕に付いた火が妖怪に向かって飛んだ

妖怪に火が当たると、その火は妖怪を包み込み、やがて妖怪は息絶える

そして鬼那は、もう一度火を投げつけ妖怪を倒す

しかし、まだ幼い子供である鬼那には もう力は残っていなかった

それでも鬼那は再び腕に火を付けるが、その火は鬼那を包みこんでしまった

そんな時、追って来た癒海が鬼那の傍に寄ると、優しく歌を口ずさんだ

…その歌は、海奈が子守歌代わりに歌っていた聖なる歌であった

癒海の歌に合わせ 鬼那を包む火は消えてゆき、周りにいた妖怪達は その歌を聞いて苦しみだし村の外へ出て行く

村人達は助けてくれた双子にとても感謝した

そして再び村は、平和に日々を過ごして行く……

しかしまたある日、巫女の関係者達は巫女を絶やさぬ為に、勝手に婚約者を決め海奈と結ばせ、そしてしばらくして海奈は再び子供を産む

それは人間との子供であり、新しい巫女となる女子であった

海奈はその子に「癒奈(ゆうな)」と名付け、双子の姉弟と一緒に愛情込めて育てる

しかし海奈の心は変わらず、傷ついたまま晴れる事は無く、塞いだ心と一緒に身体も弱くなっていた

そして遂に海奈は病気で倒れ、必死の看病も空しく、海奈は死んでしまった…

だけど最後の表情はとても安らいだ表情であった、それは天国で待つ優鬼の元へ逝けるからだったのかもしれない

 

月雨はそこでようやく一息付き、ミルクティーを口にする

「……でね、癒海は母 海奈の両親が引き取って、癒奈は別の巫女の家系が引き取り、鬼那は村長が引き取りましたとさ……、おしまいっと。」

再び月雨はミルクティーを口にすると、先程まで静かだったが爆発したように興奮して、統司に詰め寄る

「で、どうだった!すっごく良い話だったでしょ!」

息を荒くして人が変わった様子…、いやこれが月雨の本来の性分なのだろう

それに反して統司は話の中に気になった事があり、無言で考え込んでいた

まずは“聖なる歌”、これは恐らく以前 篠森宅で聞いたピアノの曲の事だろう

そして鬼那が腕から投げつけた“火”、これはもしかして“鬼火”の事ではないだろうか

だとすると、昔から伝わる昔話を咲(さき)森(もり)が知らない筈は無い

半年程前に聞いたが「知らない」と伏せていたのには何か理由があったのだろうか

もしかすると、統司がまだ神魅町の事情に深く入り込んでいない為に、配慮していたのだろうか…

小さな疑問が幾つも浮かび考えていたが、月雨に揺すられて思考は中断される

「……、統司君!聞いてる?」

『…あ、ええ、すいません、話は聞いてましたが、ちょっと色々考えてました』

統司の言葉に月雨はジトっと見つめ食い入る

「ふ〜ん、じゃあ質問、この昔話 どんなところがロマンチックだったと思う」

月雨の質問に統司は「うっ」と苦い顔をする

統司は「あー、えっと」と呟きながら苦い表情で考え、やがて答える

「えっとやっぱり、助けてもらった恩人と結ばれた事と、最後の死の間際まで一途に思い続けていた事……ですかね」

この手の話は、統司は経験も無ければ大した願望も無い為、かなり苦手である

統司がそう答えたのは“こう答えた方が良いんじゃないか”といった所である

しかし月雨の御期待に応えられた様で、月雨はにんまり笑う

「…分かってるじゃん 統司君!やっぱりそうだよねー!人と鬼、相容れない存在が結ばれるのなんて、もう堪らないよねー!!」

嬉々として一人ガールズトークを始めだす月雨に、統司は苦笑していた

統司は妙な汗をかいた気がして、喉を潤そうとミルクティーをすする

「…あっ、それでさぁ!何で私が巫女服姿だったのか、特別に教えて差し上げましょう!」

月雨はすっくと立ち上がり、腰に手を当てて声を上げる

「実は私、ツーノこと月雨魃乃は、何と!この神魅町の巫女様なのであーる!!」

月雨の驚愕の告白に、統司は「おー…」とそれなりに驚いてみせる

「うわぁーリアクション薄いなぁ…、いや確かに2回目だけどさぁ…」

月雨は苦い顔をして、そう呟きながら静かに座る

「まぁ巫女様と言っても“巫鬼”じゃなくて、今じゃ巫女の血を継いだ鬼人なんだけどねー」

月雨はそう補足して、ミルクティーを呑む

「まあさっき言った昔話は、私が分かりやすくしてる所もあるから、ちゃんとした話を知りたいなら、長老から聞いた方が良いよ!」

月雨の補足に、統司は軽く返事を返した

ふと時間を見ると、夕方も過ぎてそろそろ夜になる頃であった

「あ、もうこんな時間か、先輩 今日はこれで話は終わりですか?」

『…うんそうだね、もう帰るの?』

「はい、今日はありがとうございました」

『ううん、こっちも楽しかった!また遊びにおいでよ!』

月雨は無垢に、統司に満面に笑みを返す

統司は立ち上がると共に、自分のカップの中を飲み乾そうとする

しかし一緒に立ち上がった月雨は「あっそうだ、統司君」と話しだす

「統司君と恵ちゃんの関係は今どんな感じなのさ」

『ふぐっ!?』

統司は口に含んだミルクティーを勢いよく呑みこみ、気管に入り酷く咳込む

「ゲホッ…、ゲホッ…、一体何言い出すんですか先輩!」

声を荒げる統司に対して、ニマニマと穏やかに笑う月雨

「いやー前に聞いてから結構経ってるし、そろそろ進展したかなーって」

むせ続ける統司は強く言い返す

「いや!俺と恵…北空は何にも無いですよ!!」

『ふーん、名前で呼び合う程の中にはなってるのかぁ、じゃあAまでは行ったのかなぁ?』

統司は月雨の言葉に息を噴き出す

「っ!だから!まだ只の友達ですって!からかわないで下さいよ!そういうの気まずいじゃないですか!」

…ちなみにこの時統司の思考は「A?Aって一体何だっけ」と月雨に乗せられて平常な思考をしていなかった

「ま〜だ〜!?…ユー!好意があるなら迷わず言っちゃいなよ!私は応援してるからね!」

統司は「だからーもう!」と声を上げるが、呆れて溜息をつき 冷静になる

「…はぁ、いい加減にしないと怒りますよ?先輩」

しかし月雨は子供みたいな言葉を言い返していた

「いいもん!後で詩月に“怒られた”って言ってやるから!」

……とまぁ、なんだか喧嘩しているようであったが、月雨は玄関まで送り向かえ「じゃあねー!気を付けてー!」と元気よく別れの挨拶をしていた

夜道を帰る中 統司は、「何故修行してたのか聞きそびれたな―」と考えていたのだった……

 

 

……二日後、満月の日

その日は不運にも悪天候であり、雪が降り注いでいた

気象情報によると、寒波が迫ってきたと同時に数日前に発生した荒れた気圧配置と衝突し、大荒れになる模様である

雪は昨日から降り続いていたものだが、今日は時折強い風が吹く為に吹雪いているのであった

昨日降り始めた段階では、男子学生は雪玉をぶつけあってはしゃいでいたものの、今日の昼過ぎから急変した悪天候では流石に気分も落ちていた

尚 雪合戦には、参加していた蒼依達の流れが統司に当たった事で、統司も参戦していたのだった

鬼焚部に集まる部員の面々は、各々に冷えた空気を無言で耐えていた

…しっかり部室にもストーブがあるのだが、月雨と蒼依がストーブを囲んでいるのである

「もう!蒼依じゃまー!もっと向こういけっ!副部長権限だ!」

『あっそれずりぃ!ストーブは皆の物ですよ、先輩優先ってのは大人気(おとなげ)ないっすよ!』

二人のやり取りに統司は「ストーブは皆の物では無くて、学校の備品なんですがね」と心の内で突っ込む

……おかげで熱気はほとんど周らず、耐えるしかなかったのである

統司、恵と篠森は防寒具を纏い、篠森においては手袋までしており、首に巻いたマフラーに籠った呼吸で眼鏡が曇っていた

そして詩月と魁魅は何も纏わず、せいぜい学校指定のセーターを着ていただけであった

統司は音楽に耳を傾けひたすらに寒さを忘れようとし、他 月雨と蒼依を除いた皆は読書に没頭していた

それにしても篠森は“真っ白な視界”で本が読めているのだろうか…

そんな調子で、各々は部室に待機していた

…何しろこの天候だ、こんな月も隠れた酷い状況で暴走する者はいるまい

鬼焚部の面々はそんな心境で、何事もなく今日が終える事を期待しつつ、穏やかに放課後を過ごしていた

…やがて、ゆっくりと部室に近づく足音が聞こえる

待機時間を過ぎてようやく帰れると思ったが、…まだそんな時間では無かった

……彼ら“魔鬼”には、天候なんてものは関係ないのだろうか

「……ハア、全く、こんな天候だというにも関わらず、暴走したヤツが現れおったで、場所は神魅町中央公園、……くれぐれも体調には気を付けて、無理なくさっさと帰ってきぃや」

そう発見の報告をする水内は、いつになく面倒そうな調子だった

寒さに震えた水内はストーブの傍に寄り、ほけーっと幸せそうな表情をして暖まっていた

鬼焚部の面々はその様子を見て、「やる気無いなこの人」と、呆れていた

しばらくして統司達は準備を終え、6人は部室を飛び出す

玄関を出ると、外は相変わらず吹雪いており、視界も気温も非常に悪いものとなっていた

満月ではあるが、厚い雪雲によって月の位置すら分からぬ程である

「視界が悪いのは言わずもがな、雪で滑らぬように足場にも気をつけろ!そして暴走したとはいえやはり相手も人間だ、更生者も体力を失っては命を落としかねない、今回はいつも以上に早急に活動を終わらせるぞ!!」

強い風に紛れぬように、詩月は声を張り上げて部員に言って、一足先に目撃場所へと向かう

そして残りの面々も詩月の後を追うように、吹雪の中を突っ切ってゆく

……しかし篠森だけが寒そうに身震いして、ゆっくりと歩いて行った…

…滑って転ばぬように足の感覚に注意しながら、統司は走ってゆく

走るうちに身体の芯は熱くなるが、降り付ける雪は肌に付着すると、表面体温を奪い感覚を凍てつかせる

視界は真っ白く先が見えないが、やはりこの天気では人気(ひとけ)は一切無かった

多少文化は発展しているとはいえ、やはり田舎であるのか多くの店がシャッターを閉めている、その様子はまるで深夜の様であった

本当に暴走者は外にいるのだろうか、そしてそれを発見した者もどこにいるのだろうか

走って探しつつ、統司はそんな事を考えていた、そしてふと過ぎる

それは先月の活動、発見した者の正体は“彼女”の自作自演であった

あれから魔鬼は敵対すると言った、ならば今回も彼女らの策かもしれない

…どちらにせよ、更生者の正体を突き止めなければなるまい

そう考えているうちに、統司は中央公園へと到着する

「皆集まったか、これより散会して策敵をする!自分の体調にも気を付けろ、くれぐれも無理はするな!」

詩月がそう声を上げて、皆 各々の方向へと走り去る

…そして中央公園には、最後に向かった筈の篠森がベンチに座っていた

白い世界の中、篠森の背後に黒い人影が忍び寄る……

「…来たわ」

そう呟く篠森の背後に立つは、魔鬼の中心人物“陽村緋乃女”の姿であった

そして陽村は篠森の耳元で何かを呟くと、篠森は静かに目を閉じた……

…走る恵の姿、走りながら辺りを見回すが、風の音は強く視界も遮られ、人の気配は全く感じない

一旦立ち止まり息を整えた矢先、背筋がゾクッとし、何か悪い気配を感じる

背後を振り返るが、見えるのは降り注ぐ吹雪の白い視界である

何となく恵は恐怖心を感じる、まるで幽霊でもいるかのような…

恵が息を呑むと、どこかから声が聞こえた、それは乾いた甲高い女性の笑い声

「……キッヒヒヒ、ケヘヘヘヘヘ、ウヒヒヒ……」

もしかしたら更生者かもしれないと恵は思い、両手で木刀を構え、眼を閉じ周囲の音に意識して気配を探る…

…しかし恵の後頭部へ 無音で飛んできた緑の火球が激突し、恵の意識は途切れ雪の中へと倒れ込む

そして倒れた恵の背後には、とても華奢な人影が近寄っていた……

…蒼依は走っていたが、深い雪に足を取られ顔から地面に倒れ込む

「……痛ぇ!ってか冷てぇ!寒ぃしさっさと帰りてぇ!」

そうぼやきつつも蒼依は立ち上がり、金属バットを肩に担ぐ

しかし蒼依はそばにあった自販機を見つけ、寒さを凌ぐ為にこっそり休んだ

シャッターの閉じた店先のベンチに座り、手早く熱い缶飲料を飲み乾すと、ゴミ捨て場を探し立ち上がる

しかし視界のせいかすぐそこに有る筈のゴミ箱が見えず、蒼依は彷徨っていた

「お、ようやく見つけた!」

蒼依は空き缶をゴミ箱へ投げ込むと、すぐ真横から不穏な人の気配を感じた

バットを担いだまま、蒼依は素早く横を振り向くが視界には何も見えなかった

…だが、真下の方から 何か声が聞こえた気がした

蒼依は強い力で跳ね飛ばされ、コンクリートの壁へと叩き付けられた

がくりと意識を失う寸前に、蒼依はその声が何と言っていたのか悟る

「ごめんなさい」と、少年の声でそう言っていたのだ……

…魁魅は店の屋根に隠れ、荒い息を整えていた

走り続けたことで身体が火照った為、額に汗が滲んでおり魁魅は浮かんだ汗をハンカチで拭っていた

しかし不意に店の隙間、路地裏の方からで カラン と金属音が聞こえた

魁魅はその音に気付くとすぐに路地裏の方へと回る、…しかし人の気配は無い

注意深く辺りを警戒するが、背後から嫌な気配を感じた

素早く振り向いた矢先、眼前には黄色い炎が飛び込んでおり、魁魅の身体は黄色い炎に包まれる

すぐに炎を振り払うも魁魅はかなり疲弊していた、そして遠くから人影が素早く近づいてきた

魁魅は雪の地面のおかげで上手く避けられない事を認識し、防御しようとする

だが雪で魁魅のグローブは濡れていた、故に敵の攻撃は受け止められず

グローブを滑り、“人影”の拳は魁魅の胴体の中心を捉えていた

「グッ……、ッ 貴様……っ!」

魁魅の意識は薄れてゆき、人影は不気味に ニィッと歪んだ笑みをしていた

…詩月は再び公園に戻り、吹雪の中 無言で直立していた

眼を閉じ、吹雪の音を気にせず、辺りの気配を探る

何やら悪意を持った気配が近くにいるのを感じる、それは暴走した者と違う気配である

急速に近づく気配に、詩月は拳を振りぬいた

詩月の視界には、塵となり消えてゆく火の粉が見えた

恐らくこれは鬼火だと察した矢先、第2、第3の鬼火が飛んでくるが、それをものともせず詩月は拳で振り払う

「ちっ、しぶてぇ!……ならこれならどうだぁ!!」

不意に聞こえた男の声、その直後囲まれるように多くの気配が近づいてくる

カーブを掛けて複数の鬼火が詩月に迫り、視界の悪さもあり 気配による感覚だけでは全てを払う事が出来なかった

一つ、二つ三つと、詩月は鬼火による焔に身を包まれる

幾重にも身を焼かれる感覚に耐え、詩月は鬼火を振り払おうと試みる

しかし詩月の脊椎へと、重い拳の一撃が 肺へと貫くように響いてゆく

雲に覆われた満月の日、鬼焚部最強である筈の詩月は崩れ落ちたのだった……

…木刀を片手に走り続ける統司

角を曲った矢先、視界の悪い筈の統司に、黒い人影の様なものが見えた

統司は己の感覚を信じ、人影の消えた道へと追いかける

しかし追いかけた先、黒い人影は目前で待ち構えており、統司へと攻撃する

統司は黒い人影からの不意打ちを避けようとするが、固まった雪で足を取られて滑り、運良く攻撃を避ける

…だが本当は運が悪かった、黒い人影は倒れた統司に素早く迫り、再び攻撃してきた

統司は避ける事は出来ないが 攻撃を防ぐため、両手で木刀の端を持ち構えた

…木刀は敵の攻撃を中心に捉え、バキリと大きな音を立てて真っ二つに割れる

敵の攻撃は勢いが衰える事無く、そのまま統司の胴へと突き立つ

肺から空気が吐き出され、統司の体力は大きく奪われる

朦朧とした意識であった統司を、敵は統司を引っ張り上げ 耳元で何かを囁く

辛うじて繋がっていた意識は途絶え、統司は地面へと突き飛ばされた…

……一方、部室にいた月雨はと言うと…

「ふぇー、皆まだかなぁ」

ストーブの前にちょこんと座りこみ、静かになった部屋で呟いていた

連絡が回って来ず心配だが、かといって連絡した時に交戦中だったら迷惑になってしまう

月雨はただ心配したまま、皆からの連絡を待っていた

そういえば水内はどこかへと行ってしまったようで、もしかしたら別の急な要件かもしれない

気の抜けた様子を見せているが、あれでも結構忙しい身の様である

「全く、水内センセーったら…」

そう呟きつつ、月雨はまた皆の心配をする

…今度は“魔鬼”の存在を考えていた

もし再び魔鬼に襲われていたとすると、また何の力にもなれぬまま、月雨は一人無事なのだ

いつになく 悲しそうな表情で月雨は思い詰めていたが、不意に部室のドアがガラリと開く

「アラ?ツッキーだけじゃない」

月雨は聞き慣れた声に顔を上げる

「あれ?由利(ゆり)ちゃん、どうしてここに?」

由利(ゆり)と呼ばれた少女は、月雨の同級生の友人であった

「どうしてって、一緒に帰ろうと思って来たんダケド…」

少女は年に不釣り合いのグラマーな体系であり、胸がきつそうに制服へしまい込まれていた

「あはは…、ごめんね由利ちゃん、実は今活動中でね、一緒に帰れないの」

『ナルホドネ、じゃあ終わるまでここで待つワ』

由利の言葉に月雨は複雑な顔をして返答する

「あ〜、ごめんね、いつ終わるか分からないし、色々問題もあるから、先に帰って良いよ!また明日、一緒に帰ろうよ!」

断る月雨に、由利は肩をすくめて返答する

「アラ、それは残念、それじゃあまた明日ネ?」

由利はそう言い部室を立ち去ろうとするが…

「ア、そうそう、ツッキーに言いたい事があるんだった」

そう言いながら由利は振り返り、大きな胸が勢いのまま揺れる

「うん?何かな?」

由利は腕を組み 月雨に言った

「実は私、鬼焚部の皆が今どうしているのか知っているのヨ?」

その言葉に 月雨は食い付いた

「え!?本当?由利ちゃん!…でもどうして?」

『だって……、私が暴走者の発見を連絡したカラ』

由利の妙な発言に、月雨は疑問を浮かべる

そして由利は月雨にゆっくりと近づき、耳元で何かを囁く

すると、月雨の瞼は急に重くなり、視界が朦朧とし意識が眩む

間もなく月雨は意識を失い、ストンと膝から崩れ落ちた……

 

……誰かが統司を呼んでいる気がする

「……起きて下さい、先輩」

統司が目を覚ますと、視界に篠森の顔が映る

「あれ?篠森か、おはよう」

『…何寝ぼけた事を言ってるんですか、霧海先輩らしくない、蒼依先輩じゃあるまいし』

軽くため息をついて、呆れた様子で篠森は毒を吐いていた

統司は寝そべった身体を起こすと、目の前には廃れたビルがそびえ建っていた

辺りを見回すと、先程まで吹雪いていた雪は止み、満ちた月も雲から現れ煌々と輝いていた

そして横には部員の面々が倒れており、そこにはここにいる筈の無い月雨の姿もあった

皆の無事を確認しようと、統司は立ち上がろうとするが不可能であった

…まるで、強い力で下半身を縛られている様な、そんな妙な感覚を感じる

だが篠森だけは平然と立ち上がり、皆の様子を確認していた

「…どうやら、みんな息はあるようです、無事みたいですね」

淡々と告げる篠森は、やはり防寒具を万全に纏っており、眼鏡を時折曇らせていた

次第に鬼焚部の全員が目を覚ますが、篠森以外に 月雨を除いた皆は立ち上がれずにいた

そしてその機を待っていたかのように、上空から 非常に強い禍々しい気配が鬼焚部を目掛けて飛んできた

その気配に気圧され恐怖心を感じるも、一同は空を見上げる

…廃ビルの屋上、月明かりに照らされた複数の人影

その中心に立ち 身を乗り出していたのは陽村緋乃女の姿であった

…しかし屋上にて、誰かに「トン」と背中に力を加えられ、宙に舞う彼女は驚いた表情をして振り返っていた

…そして、屋上から落下し、「カハッ」と甲高く短い悲鳴を立て、雪の上へ衝突した

それと同時に、縛られた感覚が消え身体がふっと軽くなり、立ち上がる

…落下した先 そこには、横たわりカクカクと小刻みに震える、虚ろな瞳の陽村の姿があった

真っ先に寄った篠森は陽村の身体に触れ、驚いた表情をする

「…肋骨が折れている、…陽村さんしっかりして下さい」

篠森の呼びかけに意識を呼び起こした陽村は、激しく吐血し口元から紅い筋が流れ落ちる

「…応急処置をします、私の声に続いて復唱してください、……“リ・ジェーン・ライヴ”」

月雨はそう告げて陽村の肋骨に手を当てる、陽村は苦しそうに、一言ずつ復唱していた

2、3度復唱すると、篠森は陽村をそっと雪の上に寝かせ、陽村はゆっくりと瞳を閉じる

…そして皆一様にビルの屋上を見上げた

「やあやあ、皆さんこんばんは、初めまして」

丁寧にものんきな調子の少年の声が響く、しかしその姿はまだ現れず

「……お前達は、何者だ」

詩月はいつも以上に低い声色で尋ねる

「何者?そうですね、…私達は魔鬼による集団、…そうだ、“ナイトメーカー”とでも言っておきましょうか」

やがて陽村のいた位置の後方から少年が姿を見せる、しかし月明かりに照らされ、影となっていた彼らの容姿はまだよく見えない

「どうしてこんな事をした!!彼女は仲間であり リーダーであったのだろう!?」

怒りを込め 魁魅がそう声を上げると、彼は両手を上げて肩をすくめる

「おや、君達は勘違いをしている、まず彼女は中心として纏めていたに過ぎない、我らナイトメーカーの基盤はこの僕です、…彼女の役目はもう終わりました、言ってしまえばもう用済みって事ですよ」

悪びれた様子も無く、彼は飄々とした様子で説明を続ける

「そして我々には君達が期待するような、そのような仲間意識など無い、そうだろう?…篠森さん?」

彼は思わぬ人物へと同意を求める、それは部員として仲間である篠森だった…

「…ええ!?どうして篠森ちゃんを呼んだの?」

思わず月雨は声を上げる、そして彼は影のまま不気味にニヤリと笑い、月雨の疑問に答える

「ええ、その疑問はもっともです、…答えは単純、篠森は我らナイトメーカーの存在であり、我々のスパイなのですよ」

彼のその言葉に驚き 皆は篠森を見るが、篠森はただ一人見上げたままだった

「……否定はしない、そのつもりで鬼焚部に入ったのだから」

篠森の表情はいつもと変わらぬ冷淡なものだったが、その目はいつも以上に冷ややかな眼差しであった

蒼依は篠森に詰め寄ろうとする中、突然 黒幕である彼が青い炎に包まれる

…それは篠森が放った鬼火であった

しかし彼は全く振り払う様子もなく、その鬼火を消した

「オイテメェ!今のはどういう事だ、俺たちを裏切るって言うのかよォ!!」

屋上の人影の内、大柄な体格の男の声の怒号が響く

…対して篠森は、気味の悪い笑いをしていた

「……フフ、ウフフフフフフフフフフ、…どういうことも何も、今の行動で分かるでしょう?」

その篠森の表情はまるで恍惚としたものであった

「…私は鬼焚部に付くって事よ?…だって、その方が楽しいから」

その色めいた口調は、篠森の強い意識を感じる

篠森のはっきりとした返答に、彼の横にいる気の強い少年が口を出す

「おい、こんな裏切り者を放っておくのかテメェは」

少年の呟きに、篠森は煽る様に言い返す

「…へえ、今さら裏切り者なんて、私まで眠らせた癖によく言えるわ」

しかし変わらず”彼”は飄々と少年に返答をする

「放っておくも何も、彼女は元からこんな性格でしたよ、……全く、イカレタ大和撫子だことで」

ナイトメーカーは言い争いをしていたが、すぐに彼は話を続ける

「どちらにせよこれからは完全に貴女と敵になりますから、覚悟はして下さい」

そう彼が言うと「…上等ね」と、篠森は不気味に笑い 嬉しそうに呟く

「さて本題と行きましょうか、我々ナイトメーカーはこれより本格的に行動したいと思います、ですが我々にとって貴方達は邪魔者です、…よって我々は貴方達と決着を付けたいと思う所存です」

その芝居がかった口調は、なんだかわざとイラつかせている様であった

「よってここは一つゲームと行きましょうか、年が明ける前に再び相見(あいまみ)えどちらが強いのかを決める単純なものです、期日は後ほど追って連絡しましょう!」

嬉々としてそう言う彼ら、雲が月を隠し 影となっていた彼らの存在を見せる

…総勢7人、大柄な少年、気の強く見下している少年、臆病な小さな少年、  物静かな少女、華奢な少女、妖美なグラマーな少女「由利」

そして彼、飄々とした口ぶりの彼は、可も無く不可も無く平凡な容姿である、…そしてその声に合点がゆく

…彼は、魔鬼の黒幕は「鬼匣(たかおり)月兎(つきと)」である

「では皆さん、またいずれ会うまでごきげんよう、出来れば万全の状態でいて下さいね」

鬼匣は 紅く怪しく光る瞳で、そう台詞を吐くとビルの奥へと姿を消した

そしてナイトメーカーが視界から消えると、フッとあの禍々しい気配と共に彼らの気配は消えた

蒼依は廃ビルの扉を確認するも、封鎖しきった扉に開けられた痕跡は無かった

篠森はすぐに救急車を手配し、病院へと陽村を運び出した…

 

…統司達はまた翻弄された気分のまま学校へと帰ってゆく

今のままの統司達には、彼らに抗うことすら出来ないのだろうか

…役者は揃い、終わりへの時間が近づいてゆく……。

 

 

第11話  終

 

説明
鬼の人と血と月と 第11話 です。

本編で月雨が話した神魅町の過去は、外伝2話で詳しく書かれています。
また、"彼ら"が集まった経緯は外伝3話で触れています。
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