鬼の人と血と月と 外伝3話 「夜者集結の記憶」 |
外伝3 「夜者集結の記憶」
…本編より時は遡り、十数年前
新月の夜、酷く暗い夜道、妖しげ雰囲気をまとう傷ついた青年がふらついた体を抱えながら歩く
その容姿はとても美形であり、銀の長髪をなびかせていた
やがて青年は路地裏へと入ってはその場に倒れた
しかしその様子を見ていた一人の女性が駆け寄る
親切なその女性は、青年の纏う不思議な雰囲気に惹かれ、彼を自宅へと運んだ
運ばれて差ほど掛からずに彼は眼を覚ます、彼はおぼろげな記憶を思い返し、助けて貰った親切な女性へと視線を向けた
その女性の顔立ちは、陽村(ひむら)緋乃女(ひのめ)に面影があった
…彼女は、若き頃の緋乃女の母親である
やがて陽が昇ると青年の姿は無く、残るは一糸まとわぬ彼女の姿だけであった
まるで夢のような出来事だと彼女は思っていた、しかしこの時彼女と彼はしっかり関係を結んでいた
…姿を消した青年こそ緋乃女の父親であり魔(ま)鬼(き)であったのだ
およそ2年後、再び青年は姿を現す
青年はすぐに路地裏に入り、そして再び現れたのは黒き長髪の美女であった
だが青年よりも弱り果てた様子で、すぐに道の端に倒れてしまった
やがて通りかかった男性に女性は抱きかかえられて立ち上がる
しかし女性はその男性の瞳を覗き込み、故意に男性と目を合わせた
…男性の瞳は一瞬紅く輝き、意識が失われ視線は遠くへと向いていた
どうやら洗脳か何かを受けている様子であり、男性は女性を抱きかかえるとビル街へと姿を消した
数時間後、女性だけが現れ、再び姿を消してしまった
男性が目覚めるのは翌日の朝、公園のベンチで熟睡していた所を発見された
…数日後の真夜中、女性は姿を見せる、その細く白い腕には大切そうに黒い布包みを抱えていた
そして町にある教会に立ち止まると、女性はその布包みを置き、何かを願う
不意に零れ落ちるは紅い血、そして涙、顔から滴る雫は布包みの中へと落ちる
やがて女性はその場へと静かに倒れこみ、布包みを抱きかかえゆっくりと目を閉じた…
翌朝、教会に務める人たちによって、黒い布包みだけが発見される
抱えるとその中身は石のように重く、包みを開いて中身を確認すると驚愕する
中には、スヤスヤと眠る男児の赤子の姿があった
男児は孤児院へ引き取られ、そこで育てられることとなった
そして赤子の名は、包まれていた黒い布の刺繍をそのまま名付けられた…
?
…月の無い、曇り無き夜空。
神魅町に建つ少し古臭い孤児院にて、魘(うな)される少年の声。
声は静まり、暗闇の中 少年は静かに瞼を開き、上体を起こす
窓から入り込む街灯に、少年の顔は照らされた
その少年は「鬼匣月兎」、しかし顔立ちは微かに幼げであった
…それもその筈、この時の鬼匣はまだ魁魅(かいみ)高等学校へ入学を控えていた頃である。
そして彼の表情には、まだあの飄々とした雰囲気はまだ宿っておらず、どこか愛くるしささえ感じさせる程、素直な表情を浮かべていた。
やがて両手の平を眺めると、不意に微笑する、その笑みには妖しさが滲む。
暗がりの中立ち上がると、静かに窓へ歩み寄る、
…この時に、鬼匣は自身に流れる血、“魔鬼”の血にどのような力が潜在しているか、そしてその宿命を理解したのだった。
次第に日は昇り、まるで夢であったかのように 鬼匣は寝ぼけ眼で起床する。
孤児院の家族と共に朝食を摂り、自室で服を着替えて町へと出かける
今までと異なる感覚、体全体が えも言われぬ空気に包まれている
これが魔鬼の力の一つなのだろう、そしてこの気配にたった一方向だけ、異なった気配がある。
鬼匣は目覚めた力に戸惑うことなく、あの飄々とした表情を取り繕い、異なる気配へと歩き出す。
…行き当たったのは、町で最も大規模な書店であった
何食わぬ表情で書店に入り、視線のみ動かして気配の主を探す。
春休みということもあり、中にいる2,30人いる客の半数は学生であった
目標の気配ではないが、数人 一般人と異なる気の持ち主がいることに気付く
髪を結わえた長身の少女、どこか冷めた眼差しで整った顔立ちの長髪の少女
…そして眼鏡を掛けた釣り目の少女、面識はないがこの気配、どうやら自身と近い出生の様だ
思わぬ存在との遭遇に、不意に表情は崩れ微笑をしていた
しかし本当の目的はこの人物ではない様だ、と探し始めようとした矢先 背後に当の気配を感じた。
その気配の持ち主は少し年を重ねた男性であった、気配とは違うがその雰囲気から“町の外から来た人間”なのだろうか。
…ただこの気配、本人を目前にしてようやく分かったが、何やら特別な力を持っていると言った訳ではない様
言うなれば、残骸 或いは 付着 と言ったような、“身近な他人”に付けられたような気配、…気配の持ち主は別にいる様だ
男性が店を出た後、少し間を空けて何食わぬ顔で 鬼匣も店を後にする
足音を微かも立てず、少し後ろに付く
町の人間との会話に聞き耳を立てていると、どうやら男性は“家族と共に引っ越してくる予定”の様である。
鬼匣はそのことを聞いて、もう十分と言うかのように後を去った。
そして鬼匣はこれからどう動くかを“計算”し、計画するのであった
?
…少女は人知れず思いを抱えていた
書店にいた眼鏡を掛けた釣り目の少女、彼女の育った環境は少し特殊であった
母子家庭で生まれた彼女は、母親共々 親戚一同に奇異の目で見られていた
それもその筈、誰かも分からぬ父親の子を産んだからである
気さくな母親は気にすることなく 元気に生活しているが、周囲への社会的評価から家庭状況は厳しいものであった。
故に少女自身も、長期休暇の際はアルバイトを行い生活の水準を上げている
そして校内活動にも精力的に取り組むことで、実力で社会的評価を取り戻した
ストイックに日々を過ごす少女には、その思いを一層強く意識させる悩み、正確には迷いがあった
それは高校入学から数日後、新月の夜に突然に目覚めた“異常性”である。
…鬼匣が出かけたその後の夕暮時、帰路の途中の少女、魁魅高等学校 生徒会所属1年「陽村緋乃女」は突然歩みを止め、背後を振り返る
「…後を付けているのは、何者だ。」
強気な口調と共に鋭い眼差しを向けた先に立つ人物…
「おや、ばれてしまいましたか」
その飄々とした口ぶりは、鬼匣の姿であった
「…一体何の用だ、尾行する貴様のような人物に面識は無いのだが」
棘のある言葉で陽村は鬼匣を威嚇する。
「後を付けたことを不快に思ったのなら謝ります、どうにも人付き合いは苦手なんで、話す機会が中々見当たらなかったものでして」
軽い調子で詫びる鬼匣を 陽村は無言で睨み続ける、しかし鬼匣の調子は全くと言って揺らがない
「…それで、用というのも何ですが………貴女、“魔鬼”ですよね」
適切な間、少し思案して陽村は答えた
「…いや、何のことかわからないな」
無反応である様に見えるが、微かに動揺していた、陽村の瞳は微かに震え 視線が泳いだ
鬼匣はその様子を捉え、変わらぬ飄々とした様子で追い打ちをかける
「またまた、知らないふりをしなくていいんですよ、…だって僕の存在に気付いたじゃないですか、…完全に気配を消していた僕の 気 にね」
鬼匣の表情はまるでこの状況を楽しんでいるように、酷く不穏に微笑している
「…どこでそのことを聞いた、私自身しか知らない筈、誰にも話すことなど無いからな」
面と向かって会話を始める陽村、その表情は少し焦りを見せている
しかし鬼匣は元の表情に戻り、話を始める
「いえいえ、…それともまだ しらばっくれているのでしょうか?…貴女も気づいている筈、僕も“同士”なんですよ?」
鬼匣の返事に 陽村は息を呑み 口を開く
「それで私に何の用だ」
陽村の言葉を遮り、鬼匣が言い放つ
「僕ならば、貴女の事を理解することができる、…友に、家族に、姉弟であることができる、…素晴らしいと思いませんか?お互い 孤独、孤高であった者、その宿命であった者、そのつもりであった者同士が繋がりを持てるのですよ?」
鬼匣の言葉を陽村は受け止め、そして穏やかな笑みを零した
「…中々に面白いことを吹くじゃないか」
『いえ、これは本当の、本心からの事ですよ』
陽村は鬼匣に心を開く、だが鬼匣の表情は相も変わらず飄々としたものだった
「…それで、代わりにと言うかお願いがありまして、手伝ってほしいことがあるのです」
不意の依頼に陽村は「一体なんだ」と警戒する、
「頼み事というのは他でもない、貴女もこの力に嫌な予感を感じるでしょう、特に貴女は僕よりの特異な生まれですから、その心配は無いかと思いますが、…このままではこの町が紅く染まる事になってしまいかねない、それを防ぐ為の、切実なお願いです」
鬼匣は曖昧にそう言うが、“同士”である陽村にはそのことをよく理解しているのだろう、少し心苦しい様子を見せると、快く返事を返した
「…いいだろう、引受けようじゃないか、…それで、私はいつ何をすればいい」
鬼匣はその返事を聞くと、ほっと息を吐き深く礼をする
「ありがとうございます、…しかし計画としても恐らく実際に行動を起こすのは、来年のこの時期になるでしょう」
陽村は少しキョトンとした表情をして、右手を差し出す
「ふむ、そうなのか、…ではこれからよろしく頼む」
それは一つの誓い、友として、そして家族、姉弟としての繋がりの契り
二人は固く握手した。
「ではよろしくお願いします、姉さん、…おっと、今度からは先輩でしたね?…また会いましょう、先輩」
掴み所のない風の様に、短い時間で行動を起こし、鬼匣は去って行った。
残った陽村は空を見上げる、陽は沈み黄昏の空が広がっている
今宵も月は見えないだろう、そんな日はこの身に宿る血が鋭敏になる
去って行った鬼匣の血の気配、そして自らに流れる一つの血に強いつながりを感じると、一つ呟いて歩み始める
「さて、私も帰るとしよう、…もう一つの、本当の家族のもとにな」
?
彼はただ力を振るう、他者に対して、非道的に暴力を振るう
成人と見紛う程の体格の少年「幸治(こうじ)」、力を振るう彼の脳裏に過ぎるのは必ず、「詩(し)月(づき)鬼央(きお)」の存在であった
幸治は幼いころから粗忽な暴力者であった、協調性は無く、何かとあっては言い合いになり、すぐカッとなっては男女問わずに暴力を振るい、大人も手を付けられないほどであった
毎日飽きることなく、欠かさずに強さを求める日々、小学生・中学生になってもそれは変わらなかった
そうするのには一つ理由があった、それはどんなに力を付けても、関わる者全て口裏合わせてこう言うのであった
「詩月鬼央の方が」
会うことのない人物に比較され、負ける事に何より腹が立っていた
そして中学卒業を間近になった頃、不意に幸治は立ち聞きで聞いてしまう
…それは鬼人の血の秘密、鬼の血が圧倒的に濃い詩月に、“幸治が勝てるわけがない”という言葉であった。
いつもなら真っ先にその生徒に逆上するところであるが、その日は違った、怒りが頂点に達して静まりかえっていた
それはかれにとって初めての絶望、どんなに努力しようと勝てないという意味
やがて魁魅高等学校に入学するが、幸治の様子はより一層変わってしまった
口数は減り、情すらも薄れていた
常に退屈で力のみを求める日々、しかし脳裏に居座るは詩月の姿、どこから聞きつけたか、詩月が休学し始めた時も、幸治も同様に休学していた
荒々しくも力だけを求め、いつしか不良の溜まり場の頂点へといた
そして詩月が復学すると聞き、後を追うように復学しようとしたそんな矢先、彼は現れる
「すいません、ちょーっといいですか、先輩」
路地裏に堂々と前から現れたにしては、とても低い姿勢で現れた鬼匣
しかし幸治はすぐに気付く、鬼匣の向ける視線に、一片も恐怖心が無いことを
「アア…、一体何の用ダ?」
低い声色で鬼匣に返事を返す、一般人ならそもそも寄ってこない、仮に寄ってきたとしても、この声で大体の人間は退く
しかし鬼匣はそうしない、堂々と目の前に立って話し出す
「少し幸治さんにお願い事がありまして、聞いて頂けないでしょうか?」
鬼匣の言葉に引っ掛かり、幸治は拳に力を込めて、アスファルトを叩きつける
大地は揺れ、辺りの物が転げ落ちる
「ハァ、回りくどい、それに俺は何も縛られるつもりはねェ、それでもと言うなら俺に一発力を見せてみやがレェ!」
幸治は不意に、大きな体躯で一歩踏み込み、鬼匣の胴に拳を付きたてた
…筈だったが手ごたえは無く、陽炎のように鬼匣は消えた
「いえいえ、僕は争うつもりはありませんよ、それにそう言うと思ってました、…ですから、貴方と違う“力”を見せて差し上げたのですが…」
飄々とした声が聞こえる、鬼匣は幸治の背後に気配無く立っていた
「このような形で大丈夫ですか?」
幸治はゆっくりと振り返り、威圧感を抑えて話し出す
「オイ テメェ、何て名前だ、今の手品はどうやった」
「ああ、すみません、僕の名前は鬼匣月兎です、そして今のは手品ではありません、先輩の求めている力とは また異質の力です、他にもこのような力もございます」
不穏な空気が流れ込み、鬼匣の手の平で紫色の火が揺らめく
鋭い眼光で、幸治は口を開く
「話だけは聞いてやろう、一体何の用ダ?」
その言葉にふっと鬼匣は微笑する、幸治の前で笑えるのは詩月くらいだろう
「お願いというのは、少し力をお貸し頂けないかと思いまして、…代わりと言っては、学校での相応の居場所、僕たちの集まりと、そしてすぐにではありませんが、先輩の念願である力を振るえる機会を差し上げられます」
鬼匣のその飄々とした姿勢、そして言葉に、幸治は不意に表情を崩す
「するって言うと、詩月の野郎とやりあえる…」
『ええ、そのつもりです、お気に召しましたか?』
鬼匣の条件に、幸治は不敵な笑みで引受けた
「…イイじゃねぇか、鬼匣 テメェの話に乗ってやろう、くれぐれも裏切るなってことは思わねぇようにナ」
『ええ、勿論です、よろしくお願いします』
そう言い鬼匣は不敵な笑みのまま、深く頭を下げた
?
…少女は日常に疲れていた
痩せた細身の体、物静かな雰囲気の少女は夜道を歩いていた
「芙(ふ)弓(ゆみ)」という名の少女は、彼女にしては珍しく夜遊びしていた
この春に3年になり、親からの期待は高まり、かなり口うるさく言われていた
物静かながらも交友関係はある、しかし友人の多くは受験勉強が忙しいと言い、どこか疎遠になっていた
生真面目で物静かな彼女は、自ら声をかけられず、周囲からの期待も背負う
いつしか日々に疲れを感じ、自分の性格に嫌気がさし、勉強にも身が入らなくなっていた
そんな中、あまり交友は無いが 関わりのあった女生徒に誘われ、リフレッシュと称し夜まで遊んでいた
そして補導の時間も近づき、自宅へと帰る最中であった
…少女はこの環境からの解放、否、“破壊”を望んでいた
「嗚呼、いっその事“暴走”してしまえば気が楽なのにな」
と、いつしかそう呟いていた
「…じゃあそうする?それよりもっといい方法があるんだけどなぁ」
飄々とした少年の声に少女はビクッと体を強張らせて驚く
「だ、だれ?私に何か用!?」
ビクビクと体を震わす芙弓の前に、鬼匣はスッと姿を見せる
「ごめんなさい、先輩を驚かせるつもりは無かったんですが…」
その軽い調子にほっと息を吐き、警戒を和らげる
「先輩?ということは後輩なのね、一体私に何の用?早く帰らないと補導されるよ?」
やはり芙弓は真面目な性格であり、鬼匣の心配を先にしていた
「ご心配ありがとうございます、…話は変わりますが、先輩、もっと軽い気持ちで、楽しく日々を過ごしたくありませんか?」
その言葉に芙弓はゆっくり縦に頷く
「僕と一緒にいれば、他の仲間と共に特別な活動に参加できます、…それに貴女の友達もいることですし、気圧することはありません…どうですか?さぁこの手を取れば僕は歓迎します、…何 ただの歓迎の握手です」
鬼匣は右手を差し出す、芙弓は躊躇するが、鬼匣の不思議な気配に惹かれ、静かに右手を差し出した
「ようこそ、そして感謝します、僕たちはもう仲間です」
…それは一時の気の迷い、弱った心に忍び寄る悪魔の囁き
妖しき魔鬼の誘いに、彼女は手を取ってしまったのだった
?
…少女は兎にも角にも、この町に、日常に、世界に退屈していた
少女は毎日のように補導ギリギリの時間まで、ふらふらと夜遊びしていた
年齢に不釣り合いにグラマーな体型、そして芙弓と共に夜遊びしていた妖美な少女「由利(ゆり)」
芙弓と別れた直後、それはほぼ同時期の事だろうか
補導時間が近くなり由利は帰路に就こうとしていた、両親が口煩いため規律は守るようにしていた
そんな時一人の少年とすれ違った、本来他人ならばそのまま見向きもしないが、少年の異なる気配に誘われたのだ
「ねぇキミ?もうこんな夜遅くにどこに向かうのカシラ?」
『ああ、わざわざスイマセン、ご心配感謝します』
振り返りそう言う少年は、鬼匣である
「アラ、もしかして孤児院住みの子かしら」
由利の交友関係、行動範囲は広く、2,3度目撃したものは大抵覚えていた
そんな由利は少し前屈み、谷間を見せるように視線を合わせていた
「もしかしてご存知でしたか、これはどうも」
大抵の人物は視線が胸に向くが、飄々としている鬼匣は見向きもせず目を合わせていた、それだけで由利の興味は鬼匣に向いていた
「ところで由利さん、学校は楽しいですか?」
名乗っていないにもかかわらず、鬼匣は名前を口にした、その事に由利は少し警戒したが、不意に笑っていた
「クスッ、そうネ、友達に会えるのは嬉しいけど、刺激が無くて少し退屈ネ」
その言葉を聞いて鬼匣は笑顔を見せて声を上げた
「でしたら調度良かった!非公認でちょっとした活動を行っているのですよ、よかったら先輩もどうですか?大体月一の活動ですが、僕は刺激はたまにあるから良いと思うのです」
そう言って鬼匣は右手を差し出す、由利は少し考える様な仕草をするが、二つ返事で鬼匣の右手を取った
「うん、そうね、イイワ、その活動に参加してアゲル」
魅惑的な声でそう返事をする由利に、鬼匣は笑顔を返す
偶然を装って出会う鬼匣、その行動は自身の計算による必然である
?
…少年は社会に、この町に反感を抱いていた
それは幼き日の記憶、忘れることの出来ない辛い思い出
当時小学生であった少年「吾妻(あずま)」は、年の離れた幼馴染の少年の元へと、よく遊びに行っていた
少年と吾妻はとても仲睦まじく、まるで兄弟の様な関係であった
ある日少年は吾妻に将来の夢を話す
「兄ちゃんはな、大きくなったら弁護士になって、困った人を助けたいんだ」
当時の吾妻はその目標がどういうものか分からなかったが、はっきりと覚えていた
しかし数カ月経った頃、少しずつ少年の元気が無くなっていっていた
少年曰く「勉強がみんなより出来ないから、夢をかなえられないかも」と言う
…それから1週間後、悲劇は起きた
吾妻はいつものように少年の元へ行ったが、ドアが開いたまま誰の姿も無かった
少年を捜し吾妻は歩きまわる、そして不意に少年の声を聞こえた気がして、その方向に向かう
…いた、しかし様子がおかしかった、そして吾妻は粛清を目の当たりにした
苦しみもがいている少年の姿、そしてその上に乗り首を絞める当時の鬼焚部員
やがて少年は事切れ、力を失う
…その様子に吾妻は酷くショックを受け、そこからの記憶が無かった
次に目覚めたときは病院のベッドの中であった
そして後から聞かされる、鬼人の暴走と粛清の存在、そして少年と会えない“死”と言う現実
そこに幼き吾妻が思うのはただただ怒りと恨みであった
それから数年、反対活動を起こしながらも何の効果は無く、魁魅高等学校へ入学となった
入学式を控え構内を回っていた吾妻、校舎裏に差し当たった時、不意に陰から声が聞こえた
「こんにちは、新入生の吾妻君」
鬼匣は少し威圧的に声をかける
「なんですか先輩?俺に何の用ですカァ?」
棘のある言葉で敬う気の無い吾妻に、鬼匣は詰め寄って言葉を掛けた
「単刀直入に用件だけを言おう、君は鬼焚部を恨んでいる…非常にね、もし君が良ければ、僕達と共に鬼焚部を苦しめようじゃないか、3年の先輩もいるけど、この活動に年は関係ないからね」
その言葉に吾妻は眼を開き、何も聞かず返事を返した
「…了解しました、話に乗りましょう、…それでアンタは?先輩の名前を教えてください」
その言葉に鬼匣は微笑して答えた
「僕は鬼匣だ、これからよろしく吾妻君」
歪みを帯びた少年に呼応するように、鬼匣の笑みに禍々しさが宿っていた
?
…少女は生まれながらに孤独だった、少女自身もそれを強く理解し、孤高の人生であることを選んだ
親代わりの家政夫と口煩い親戚はいる、しかし肉親は既にいない
優れた容姿も、高い身分もどうでもよい、ただただ存在するこの身に纏わり付くのは、満たされぬ幸福感、そして絶望へと誘う虚無感
故に彼女は幼くして悟り、己が信じるものだけを探る変わり者を生み出した
「篠(しの)森(もり)月裏(つくり)」、彼女は目に入る多くを洞察し、効率的に欲求を満たすような性格を幼くして築いていた。
故に不用意に強調せず、対人関係は皆無、常に孤独であることを選ぶ
協調性を求める義務教育は、何一つ楽しみは無く退屈であった。
だが彼女を虐めの標的にされることは無かった、彼女の気配は普通の者と異質であるからだ、そして彼女の性格を理解していれば、相応の反撃が来ることを理解していた、篠森は齢以上に達観しているため、頭が非常に回るのだ
結果、容姿や態度だけはいいが、性格は非道的、誰かが言いだした蔑称は「イカレタ大和撫子」、だが彼女にとってどうでも良かった
…否、寧ろ蔑みでさえ、存在の認識 そして孤独の証として、ある種の誇りさえ抱いてしまうほどであった。
そんな彼女に唯一興味を引いた存在、それは非科学的でありながら現実に認識されている、不安定で矛盾を孕んだ概念“オカルト”であった
きっかけは神魅町に伝わる鬼の伝説、鬼人の存在、そして暴走、現実を生きている者たちが、そんなあやふやな非科学的存在を信じていることが、何よりも滑稽であった。
そう、簡単に説明できるほどに些細な興味からであった。
やがて中学を卒業したころ、一つの出来事…事件と遭遇し、同時に彼とも遭遇してしまうのだった
…いや、彼女にとっては偶然ではなく、必然だったのだろう。
帰路の途中、川と林の間に挟まれた砂利道を歩いていた時である
不意に自身に似た禍々しい気配が近づき、篠森は振り返る
そこに現れたのは、異様な雰囲気の高校生、暴走者であった
篠森が暴走した鬼人と面と向かうのはこれが初めてである
睨みあい 重い空気に周囲が包まれる
篠森に宿るは、恐怖、脅威、驚愕、…そして楽しさ
この異様な状況に楽しむ感情があるのは、彼女である所為か、彼女は不敵に笑っていた。
…そして叫ぶ
「…どうした、…来なさいよ、その手で、その歯で、獣の如くこの私を襲ってみなさいな!」
暴走者は篠森の言葉に呼応するように、咆哮し一歩足を差し出した
…しかし不意に現れた“青い火”が暴走者に直撃し、暴走者は逆上してどこかへと去って行った
「大丈夫かい?君」
ガサガサと林の中から現れたのは、不敵に笑う鬼匣であった
「ああ、先に言っとくけど、さっきの青い火、“鬼火”は僕が放ったものだよ、そして僕は鬼焚部所属でもない」
普通の人だったら脅威が去ったことに安堵し、力が抜けて座り込んだりするだろう、気が弱い人は泣きだすかもしれない
…しかし彼女はそうしない、瞬時に平静を取り戻し、何事も無かったかのようにその両足でしっかりと地に立っていた
「…そう、それで私が誰か分かっているのかしら、自慢じゃないけど、私は悪い意味で有名人の筈よ?」
篠森の言葉に、鬼匣はふっと笑う
「勿論、“狂った大和撫子”の篠森月裏ちゃんだよね」
間違った蔑称であるが、彼女はそのことに訂正はしなかった
「…まぁそれでいいわ、それと私を名前で、ちゃん付けで呼ばないことね、続けるようであれば…夜道に襲われても仕方がないと思いなさいな」
篠森の鋭い眼差しに、鬼匣はまたふっと笑う
「気をつけるようにするよ、それでは単刀直入に聞こう、君も僕たちの仲間にならないか?…ああ、君にも“この力”の使い方を教えてあげるよ?」
突然の、それも己の渇きを満たす、非現実的な力の存在との遭遇
鬼匣の言葉とその手に宿る妖しげな火
篠森は好機とばかりに目を輝かせ、高笑った
「アッハハハハハ!…いいわ、面白そう、その力、是非とも我が物にしてみせるわ」
流石に予想外の反応に鬼匣は少々引いていたが、その笑みは崩れない
「それは光栄だ、それじゃあこれからよろしくね、篠森君」
二人の間に握手は無く、ただ共有の空気をまとっていた
…そして翌月、篠森は鬼焚部と、霧(きり)海(うみ)統司(とうじ)と遭遇する
彼女は去り際に呟いた
「…出会いは何時もここなのかしら、全く妙なものを引き寄せるのね、私は」
否定的な言葉だが、彼女の表情はどこか嬉しそうに笑みを浮かべていた
今の彼女にとって、魔鬼も鬼焚部も、己の虚無感を癒すための暇潰しでしかなかった…。
?
少女は妬む、禍々しく歪んだ精神を、静かに築いてゆく
霧(きり)海(うみ)統司(とうじ) が転校して早3カ月、季節は真夏である
俯いた表情で廊下を歩く非常に痩せた少女、そして不意に気配を感じて物陰に隠れた
仲良く話しながら物陰の少女を通り過ぎるのは 北空(きたぞら)恵(めぐみ) の姿
少女に気付かず過ぎて行ったのを確認すると、ホッと胸を撫で下ろす
「どうしたの?紫(ゆかり)さん」
『ヒャッ』
突然声を掛けられたことに、思わず小さく悲鳴をあげてしまう、無論少女の名は「紫(ゆかり)」である
「…な、何?突然話しかけて…」
紫の表情は見るからに引きつっていた、そんな少女の思考は「名前を呼んできて馴れ馴れしい」云々(うんぬん)目まぐるしく回っていた
「そんなに引かなくても…」
相変わらず無言で距離を空ける紫に、鬼匣は妖しげな表情で囁く
「もしかして…北空さんの事が嫌いでしょ、というか妬ましいと思っている」
大抵の人間は見当外れの事を言うだろう、しかし鬼匣は心の内を言い当てる
紫は思いもよらぬ出来事に混乱する、今まで表に出ていたのかと思考がパニックを起こしていた
「…大丈夫、僕が特殊な人間なだけで、他の人は気付かないと思うよ、…それで紫さんを手伝ってあげようかなって」
鬼匣はいつもの飄々とした様子で紫に提案をする
「…どういうこと」
平静を取り戻したが、警戒した様子で紫は聞きだす
「北空さんに少し痛い目に遭わせたいだろうけど、北空さん鬼焚部だし結構強いよね、…でも僕なら紫さんにも力を与えてあげられる」
そう言って鬼匣は手の平に青い鬼火を現す
その火を見て紫(ゆかり)の眼は輝く、しかしハッとして周囲を振り返る
…しかしこちらに注意を向けている者はいない、それどころか“誰もいない”のである
「…どうかな?代わりの条件として僕の活動に手を貸して欲しい」
鬼匣の誘いを聞いて紫は深く考えるが、やがて首を縦に大きく振った
「…お願いします、フ、フフ」
微笑する紫と共に、鬼匣も不敵に微笑する
少女の妬みさえも、鬼匣は思惑のために利用しているのだった
?
少年は自分の非力さを恨み、力を恨んでいた
それは八月の満月の日、小柄な少年は夜に路地裏に座り込んでいた
やがて路地裏からは3人の少年が出てゆく、その様子は見るからに不良であった
少年の腕は赤く腫れあがり、足に擦り傷が複数付いていた
虐められていた少年は、魁魅高等学校1年「喜(き)宇崎(うざき)」
やがて泣きはらした真っ赤な目で顔を上げると、目前の人影に思わず強張る
「大丈夫かい?これって君のお金だろう?」
鬼匣はそう言って手を差し出す、それは先ほど強請(ゆす)られたお金であり、きっちり小銭まであった
「…あいつらにやり返したくないかい?」
その言葉に喜宇崎は強く頷く、今の喜宇崎には鬼匣が味方に見えていた
「そうだよね、それでは君に力をあげよう、その代わりに僕の活動を手伝ってくれないか?…大丈夫、違法的に危ない事は一切させる気は無いから」
優しげな鬼匣の笑み、その裏には酷く禍々しさが隠れているが喜宇崎に分かるわけがなく、本人にしか知る由もなかった
喜宇崎は瞳の涙を拭い、鬼匣の右手を取り立ちあがる
「…ありがとうございます、これからよろしくお願いします」
『よろしくね、喜宇崎君』
…少年の純粋な復讐心、鬼匣は禍々しき力を与え、彼の心を蝕ませた
?
…役者は揃い、鬼匣は宵闇の中、不敵に高笑う
「…ようやくだ、これで僕の望みが果たされる、…後は僕の この血の力に狂いが無いことを願い、彼ら鬼焚部が活躍してくれる事だけだ」
鬼匣は自分の計画の成功を信じ、願う
…彼がそこまで願う、本当の目的は一体何なのだろうか…。
鬼の人と血と月と 外伝3 終
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鬼の人と血と月と 外伝3話 です。 本編に重大に関わる点を書いているため、閲覧には注意して下さい。 本編の終盤の展開に関わる話ですので、少なくとも本編11話の読了後に、 本編全13話を読了後に読む事をお勧めします。 ナイトメーカーの集まった経緯、 彼らが鬼匣に従うそれぞれの者たちの思惑の話です。 |
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11.5話 外伝3話 シリアス バトル 鬼人 過去 田舎 学園伝記風 | ||
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