残された時の中を…(完結編第6話)
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2月1日午前0時5分、公園に来ていた北川が栞に誕生日プレゼントとしてクリーム色のストールを渡した直後……。

 

「バイバイ…、栞ちゃん……」

「嫌……。行かないで…、潤さん…!!」

 

その言葉と同時に北川を包んでいた光の粒が北川と共に空へと昇っていき、クリーム色のストールを除いて、北川の証となるものは全て消え失せたのだった。

 

 

「そんな……、潤さん……」

 

目の前の出来事に栞は呆然となり、そのままドサッと膝から雪原上にへたり込む。

 

 

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」

 

 

とめどなく雪が降りしきる中、北川からプレゼントされたクリーム色のストールを抱きしめながら、栞は空を仰ぎ(あおぎ)、激しく慟哭し続けた。

 

 

「潤さあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜んん!!!!」

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“チッ…、チッ…、チッ……”

 

“もうそろそろ3時…。栞…、今どうしてるの…?”

 

 

北川が栞の前から消えてから3時間後、未だ止まぬ吹雪で窓ガラスがガタガタと音を立てる中、美坂家では香里が栞の心配をしながら、英単語と化学反応式を暗記していた。

午前0時を過ぎてから、栞にメールをしても電話をしても、栞からは何の返事も来なくなっており、何かに巻き込まれたのではと不安で眠れなかったのだ。

 

それだけではなく、北川の安否も気になっており、自分の思い過ごしであって欲しいと祈るばかりであった。

 

 

“これで連絡が来なかったら、1回警察に電話した方が良いかしら……?”

 

 

目の前のスマホを手にし、栞のアドレスを探していたその時……。

 

 

“カチャ……、キイィ……”

 

玄関の方から鍵を回す音とドアを開ける音が聞こえてきた。

 

「栞…?栞なの…!?」

 

その音を聞くなり、香里は急いで階段を駆け下りて玄関へと向かった。

 

 

「た……、だいま……」

 

声がガラガラでよく聞き取れなかったが、間違いなく栞の声だった。

 

「栞…!!今何時だと思ってるの…!?連絡もしないで心配したじゃない…」

 

怒りと不安の入り混じったきつい口調を栞にかけながら、玄関の電気をつけると…。

 

「栞…?」

「お…、姉…、ちゃん……」

 

 

目の前の栞の姿に、香里は思わず呆然としてしまう。

 

目の前の栞は全身雪まみれで、寒さに震えていた。

それだけでなく、瞼(まぶた)を酷く泣き腫らしており、目もどこか虚ろ(うつろ)だった。

そして、いつも身に纏っているチェックのストールの他に、見た事のないクリーム色のストールも身に纏っていた。

 

 

「栞…、その姿…?もしかして、北川君か他の誰かに何か酷い事されたんじゃ……?」

 

我を忘れていた香里がすぐに我に返ると、栞に質問をしたが、栞は怯える様子もなく首を横にゆっくりと振る。

 

「そう…、良かった……」

 

栞の様子から、どうやら酷い事はされていなかった様で香里はホッと胸を撫で下ろした。

 

 

「それで…、北川君は……?」

「潤…、さんは……」

「栞!?」

 

香里の北川に関する質問に栞は答えようとするも、家に辿り着いて安心したからか前のめりに倒れかかり、香里が慌てて栞を受け止める。

 

 

「栞…!?あなた…、酷い熱じゃない…!!一体何があったの…?」

「潤…、さ……、が……」

「そう…、北川君の事で辛い事があったのね…?分かったわ。お母さんを呼んでくるから、ちょっと待っててね。

 お母さん!!栞が……」

 

熱の為、肩で息をしている栞を玄関に座らせると、両親が眠る寝室へパタパタと駆けて行った。

 

“潤…、さん……”

 

熱で朦朧(もうろう)とする中、栞は涙を浮かべながら先程の北川の姿を思い浮かべていた。

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やがて夜が明け、先程まで吹雪いていたとは思えないほどに天気は回復していた。

 

しばらくして祐一の通う高校に続々と生徒達が登校してきた。

彼等は皆、昨日のテレビ番組の内容やら宿題をやって来たかといった話題を口にし、北川がどうなったかに関する話題を口にする者は1人もいなかった。

正確に言えば、栞や香里、それにあゆや美汐や久瀬以外の生徒達はその事情を全く知らないので、話題にしようもないのだが…。

 

 

「今日も栞は来てないのか?」

 

鍵大入試の解答練習の為に図書室に来ていた祐一が、同じく図書室に来ていた香里に質問をする。

 

「うん…。夜中に40度近い熱を出して、お母さんが病院に連れてってるわ…」

 

祐一からの質問に、香里は浮かない表情で返した。

 

「そうか…。病気を乗り越えて初めて迎える誕生日だってのに、ツイてないよな〜、あいつも…」

「でも、昨日は定期健診を受けてたんでしょ?何で夜中に急に…?」

「定期健診なんてウソよ…。実を言うと、昨日は北川君とデートをする為に休んだの…」

 

事情を知らない様子の祐一と名雪に、香里は浮かない様子のまま説明する。

 

 

「ハア!?日本に帰って俺らに顔を見せないうちに、いきなり栞とデートかよ!!?何考えてんだ、あいつは!?」

「ゆ…、祐一君…。きっと北川君には北川君で事情があるんだから、そんな事言ったらダメだよ?」

「そうだよ、祐一…」

「しかもデートの翌日に栞が40度の熱を出すなんて、普通じゃない事だぜ!?」

「まあ、それにも事情があってね……」

「普通じゃない事…?ま…、まさか……!?」

 

 

香里から聞いた北川に関する事に話に立腹気味の祐一だったが、ある言葉を口にして、祐一もまた北川に関する1つの可能性にたどり着いたらしく、急に表情がシリアスになる。

 

「祐一…。まさか…、何なの…?」

「祐一君…?」

「まさかあいつら…、この寒い時期に外で露出やらSMやらアブノーマルな事してたんじゃないのか!!?」

 

祐一が口にした言葉に、鍵大解答練習に来ていたメンバーは一斉にガクッと脱力し、久瀬に至っては盛大にズッコケるのだった。

 

 

「夜の雪降る公園か、あるいはものみの丘でコートの下は全裸の栞に色んなおもちゃを使ったり、あるいは首輪を付けて犬の真似させたりとかしたから…」

「ゆ…、祐一君……?」

「ちょっと祐一…、恥ずかしいから止めてよ〜…」

「クソ〜…、北川の奴、何て破廉恥(はれんち)な…!!」

「そんな下劣な事を図書室(この場)で口にしている君こそ破廉恥(はれんち)だろう…」

 

尚も自分が立てた仮説を口にし続ける祐一に、久瀬はワナワナ震えながら起き上がる。

あゆと名雪も赤面しながら祐一を止めようとする中、香里はそっと右手をポケットの中に突っ込み、あるものを握りしめていた。

その状態のまま、自分の世界に入っている祐一にそっと近づく。

 

「俺だって、あゆとはそこまでやってないのに、北川め…!!羨ま(うらやま)…、いや、けしから……」

 

 

「相沢君はちょっと黙ってなさい」

「ごべんだざい……」

 

数秒後、そこにはポーカーフェイスでメリケンサックを見舞った香里と、香里のメリケンサックに顔面が壁にめり込んだ祐一の姿があった……。

 

 

「ともかく、熱を出したのは別の事情があったのよ…」

「別の事情って…?」

「「まさか香里(美坂)さんも…!?」」

「久瀬君と月宮さんは何となく分かってるみたいね?ここじゃ何だから、ちょっと場所を移しましょ…」

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「良かったわね〜、栞」

「はい……」

 

祐一達が図書室に入ったその頃、栞は母親の運転する車で病院から帰宅したところだった。

栞の担当医の診察によれば高い熱が出ただけで深刻な状態にまでは至っていないとの事だった。

 

しかし症状が軽くて喜ぶ母親とは対照的に、栞の表情は虚ろ(うつろ)だった。

 

 

母親は栞をベッドに寝かしつけると、部屋を出る際に心配そうな表情で栞に話しかける。

 

「あなた達から聞いた昨日の北川君の話…。私にはとても信じられない事だけど、本当の事なら、きっと辛かった(つらかった)わね…?」

「……」

 

母親の言葉に栞は頷く(うなずく)事なく、顔を背けていた。

母親は更に続ける。

 

「栞ちゃん…、北川君の事は私も悲しくて仕方ないわ…。きっとお姉ちゃんも…。

 でも、どんな事があっても、栞ちゃんは決して早まった事はしないでね…。お姉ちゃんの為にも、残された他の皆の為にも…」

「はい……」

 

虚ろな表情のまま、栞は返事をした。

“お休みなさい”と声をかけると、母親は部屋の蛍光灯を消し、ドアを閉めて下に降りて行った。

 

 

独りになった部屋の中、栞は虚ろな表情のまま、天井を見上げていた。

 

「潤さん……」

 

瞼(まぶた)を閉じて眠ろうとするも、北川と付き合っていた時の楽しかった思い出が栞の脳裏に流れ、

やがて先程起きた、栞の目の前から北川が光の粒となって消えてしまうという辛い(つらい)光景へと変わっていく。

 

あれから2時間以上号泣し続けていたにもかかわらず、北川を失った悲しみからは解放されずにおり、その影響か栞は泣くという事を忘れてしまっていた。

 

 

瞼(まぶた)を開け、ふと勉強机の方に目を向けると、ペン立てに突っ込まれているカッターナイフが栞の視界に飛び込んできた。

1年以上前に祐一達と初めて出会った日に自殺するつもりで買ってきた、あのカッターナイフである。

 

“モウオ前ニ守ルモノナド何モナイ…。手首ヲ切ッテ、アノ男ノ元ニ行コウ……”

 

その時、栞の中の本能が自殺せよと囁いて(ささやいて)いる気がして、栞は起き上がり、カッターナイフを掴む。

 

 

「もう…、これ以上悲しい想いをするくらいなら…。いっその事、楽になって……」

 

虚ろな表情のままカッターナイフの刃を出し、その刃を手首に宛がおう(あてがおう)としたその時…。

 

 

“その後、自殺まで考えたこともあったんだ。果物ナイフで手首をスパッとね。でも、

 

 “お袋が幼い頃に死んで親父まで失っちまったのに、俺まで死んだら遺された(のこされた)姫里と空はどうなっちまうんだろう”

 

 ってふと思ったんだ。そしたら……”

 

 

栞が北川に告白した日に北川が栞に明かした、病気を抱えていた頃の話が栞の脳裏に蘇る(よみがえる)。

 

更に……。

 

 

“栞…、今まで無視しててごめんね”

“栞…、大丈夫よ。お姉ちゃん、どんな事があっても栞の側にいるからね!”

 

1年前、自分の病気の影響で香里とは疎遠だった頃、百花屋の席で一緒になった事で仲直りし、それから一晩中色々な話をした事……。

 

“栞…!!良かった…。病気…、治ってるのね…!!?”

“良かった…、今夜はお祝いね!!”

 

病気に打ち勝ち、香里をはじめ、両親が涙を流して喜んでくれた事……。

 

 

その時の嬉しかった思い出が栞の頭をよぎり、そこで栞はハッと我に返って、カッターナイフを握る右手を止めた。

 

 

そして……。

 

 

“そしたら自然に涙が出てきて、ナイフを床に落としてた”

 

 

そして先ほどの北川の言葉の続きが脳裏に流れると、栞はいつの間にか涙を流し、カッターナイフが右手からポロッと零れ(こぼれ)、床にコーンと落としていた。

 

 

“せっかく生きてられたのに、こんなところで自殺するのが何か馬鹿らしく思えてきたんだ。

 

 “死ぬなら精一杯生きてからにしよう…”

 

 そう思って……”

 

栞は涙を拭う(ぬぐう)とカッターナイフの刃をしまい、元の場所に戻してベッドに入った。

 

 

「潤さん……。私…、これからどうしたら……?」

 

掛け布団を頭から被って(かぶって)蹲り(うずくまり)、栞は涙を流していたが、しばらくして眠りに就いた…。

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「そんな事が…」

 

一方、祐一達の高校では、鍵大メンバー一行が屋上の踊場へと移動しており、そこで聞いた香里からの話に驚きを隠せないでいた。

尤も(もっとも)、あゆは北川が目の前から消える夢を見ており、驚きよりもその夢が正夢になってしまった事の悲しみを露わ(あらわ)にしていた。

 

「北川君(彼)は家まで栞を送るって言ってたそうなんだけど、栞は帰る前に公園に行きたいって言ってたらしいの…」

「けど、どうして公園なんかに…?」

「そうだ…。栞(あいつ)は病気してた1年前の誕生日もあそこで迎えてたんだ。だから公園に…」

「ねえ祐一…。北川君がいなくなって栞ちゃんは大丈夫なのかな…?」

 

香里から話を聞いた名雪が不安そうに祐一を見つめる。そんな名雪に、祐一は前髪をクシャっと掻き上げながら、

 

「分かんねえ…。それは栞(あいつ)次第だ…」

 

と悲痛な面持ちで答えるしかなかった。

 

 

その会話の中、久瀬がハッとした様子で口を開く。

 

「ちょ…、ちょっと待ってくれ…。今、美坂さんが言った事を要約すると、北川は亡くなったという事になるのか!!?」

「それ以外に何があるんだよ!?鍵大に合格したヤツが、そんな事も分かんねえのか!!?」

 

久瀬の発言に、祐一がイラついた口調で久瀬を睨み(にらみ)付ける。

 

「そうじゃない…。北川に関する事は北川の妹さんから、こちらに報告してもらう事になってる。

 一昨日に北川が手術をしたことは姫里さん達から聞いているが、もし栞さんの話が事実なら、

 北川が亡くなって9時間が経つというのに、未だにその件に関する電話が来ていないのはおかしいんだ」

「来てないって、そりゃ北川って兄貴を亡くしたんだから、悲しくて連絡する事を忘れてる可能性だってあるだろう」

「いや、7時半頃に姫里さん達に北川に関する事で電話したんだが、ヨーロッパに行ってる麻宮さんからは北川の安否の連絡も来ていないらしい」

「そ…、そりゃあ、親戚の人だって北川が死んだから、連絡するのを忘れるくらい落ち込んでる可能性だって…」

「もちろん、その可能性はあるだろう。でも連絡が来てない段階で、そう決めつけるのはまだ早い気がするんだ」

「早いって…、北川が消えたんだから、もう…」

「ちょっと待って、祐一!!」

 

久瀬の発言に釣られ、名雪もまたハッとした様子で祐一に話しかける。

 

 

「1年前、あゆちゃんが探し物を見つけてあゆちゃんに渡した時、祐一の目の前から消えたって言って、それからしばらくの間、落ち込んでたよね?」

「そ…、そういや、そんな事もあったっけな〜…」

 

名雪の過去の自分に関する発言に、祐一は思わず顔を赤らめる。どうも、思い出すのも恥ずかしくなる様な事だったらしい。

 

「だけど、あゆちゃんは7年間の眠りから覚めて、今こうして祐一の前にいるじゃない!?

 ダメだと思ってたあゆちゃんが戻って来たんだから、北川君だって、きっとまだ病気と闘ってるって信じなきゃダメだよ!!」

「名雪の言う通りね。栞だって、去年誕生日を迎えてから病気が治ったんだから、今は北川君(彼)の事を信じるしかないわね」

「うぐぅ、そうだよ!!ボクが戻って来れたんだから、北川君だってきっと無事だって信じなきゃダメだよね!!」

「お前ら……。ったく、そう力強く言われちゃ、俺も北川(あいつ)を信じてみるしかないよな〜…」

「「そうだよ、祐一(君)!!」」

 

名雪の力説に釣られて、先程まで悲痛な面持ちだった香里とあゆにも笑顔が戻り、北川の生存に否定的だった祐一もやや肯定的になった。

 

「そうとなれば、まだ北川君の情報が来てない中で騒いでても仕方ないわね。

 とりあえず図書室に戻って、鍵大の解答練習をしちゃいましょ」

「もし時間中に電話が来たら、一旦時間を止めて知らせた方が良いかな?」

「そうね。残り時間が5分以上残っていれば、その方が良いわね。

 北川君の安否が気になって、練習とは言え問題が解けなければ、本末転倒だものね」

「じゃ、北川(あいつ)の無事を信じて、戻って練習再開としますか」

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「栞ちゃん…、起きてる?」

 

母親の声に、眠っていた栞が目を覚ます。目をこすりながら時計に目をやると、午後4時を回ったところだった。

 

「相沢君達があなたのお見舞いに来てくれたわよ」

「祐一さん達が…?」

「どうする?まだ休んでいたいなら…」

「上がってもらってください…」

「分かったわ。ちょっと待っててね」

 

母親はそう言うと、下の階にパタパタと駆け下りていった。

本音を言えば、まだ誰とも顔を合わせたくなかったのだが、祐一達と話をして気が紛れるかも知れないという期待から、上がってもらう事にしたのだ。

 

 

「栞、入るわよ」

「どうぞ……」

「「「お邪魔します」」」

 

栞の部屋に入って来たのは姉の香里と祐一、それにあゆ、名雪の4名だった。

4人が部屋に入ってくると同時に栞は起き上がる。

 

 

「誕生日おめでとう、栞」

「……」

 

祐一は誕生日を祝う言葉を栞に掛けたが、栞の表情は変わる事はなかった。

 

 

「香里から聞いたよ…。手術が終わった時に北川がこの街に現れた事、一昨日と昨日北川とデートした事、

 それにお前の誕生日になってプレゼントを渡して、その直後に北川が消えた事も…」

「祐一さん…、一体何しに来たんですか…?」

 

虚ろな表情のまま、抑揚のない声で祐一に質問する。

 

「栞!!折角相沢君たちが来てくれたのに何て事言うの!?」

「まあまあ…、香里は怒らないで。ここは俺に言わせてくれよ」

 

栞の態度に怒りを示す香里を制し、祐一が口を開く

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「栞…、覚えてるか?去年の冬、俺の前からあゆが消えて俺が落ち込んでた時の事を…。

 口にするのも恥ずかしいんだけど、今のお前って正にその時の俺とそっくりなんだよな〜…」

「…」

 

今の栞には祐一の言葉は何も伝わって来ないのか、栞の表情は変わらず、無言だった。それでも祐一は続ける。

 

「落ち込んでた俺の事を他の皆と一緒に、お前に北川は一生懸命励ましてくれたよな〜…。当の俺は上の空って感じで、何も伝わって来なかったけどさ…」

「……」

「最初は鬱陶しくて何も伝わって来なかったけど、時間が経ってくると不思議とそれが俺に前を向かせてくれる力になったんだよな〜…」

「栞ちゃん。私も去年お母さんが事故で死ぬかも知れなかった時、祐一みたいに凄く落ち込んで学校を休んでたけど、

 祐一が目覚まし時計に励ましのメッセージを入れてくれたおかげで、立ち直る事が出来たんだ」

 

祐一の話に名雪もまた、秋子が事故に遭って独り部屋の中で落ち込んでいたところを祐一のメッセージに救われた話をした。

名雪の話に祐一は恥ずかしさから顔から血の気が引いていくのを覚え、思わず逃げ去ってしまいたい衝動に駆られたが何とか堪え(こらえ)、笑って誤魔化すのだった。

 

「ま…、まあ名雪もこう言ってるんだし、栞もさ…」

「でも…、祐一さんと名雪さんは助かったじゃないですか…」

「ああ…。でも俺も名雪も励まされたおかげで何とか立ち直れた。特に俺の場合…」

 

そう言うと、祐一の側にいたあゆの頭に手をそっと乗せると、グイッと自分の胸元に引き寄せる。

 

「あゆはもうこの世にはいないと思ってた中で立ち直れたから、あいつの分も前向きに生きてやるって思って過ごしてきた。

 そんな中で、こいつが7年間の眠りから目を覚ましたってニュースを聞いた時は、ものすごく嬉しかった。

 お前の目の前から消えたっていう北川だって、もしかしたらきっと……」

「もしかしたらって…、潤さんはもう…」

「実を言うとな、栞」

 

そう言うと祐一は、あゆの頭を胸元から解放する。

 

 

「北川の安否については親戚の人が久瀬に知らせる事になってるんだけど、北川が死んだって連絡はまだ来てないそうなんだ」

「え…?」

 

祐一の言葉に虚ろだった栞の表情に変化が生じる。

 

「で…、でも潤さんは今日の午前0時に消えたんですよ…?」

「ああ。お前の言葉通り、もし北川が死んでいたとするなら、結構時間が経ってるのに、その連絡がまだ来ないのは不自然だって久瀬(あいつ)は言ってた」

「そ…、それじゃ……。潤さんは……」

「それは分からない。既に北川は亡くなってるけど色々あって連絡が出来ない状態かも知れないし、本当に今も病気と必死で闘ってる状態かも知れない。

 どっちなのかは分からないけど、まだ北川(あいつ)の事を諦めるのは早いんじゃないかな?」

「その言葉…、信じて良いんですね……?祐一さん……」

「栞…?」

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「何がもうダメですか……?何がバイバイですか……?病気と闘わないで逃げてきた意気地なしのくせに……。

 もしまだ生きてるなら……、やれば出来るじゃないですか……。潤さん……」

 

祐一の言葉に栞は項垂れる(うなだれる)と、先程とは打って変わって感極まった様子で呟く(つぶやく)。

 

 

「もし…、もし潤さんが亡くなってたら…、あのジャンボパフェにまた…、付き合ってもらえませんか……?」

「またって…!!?」

 

栞の突然のジャンボパフェ発言に、一同はギョッとなる。

 

「一昨日、食べ切れなくてあれほど注意したのに、また食べる気なの!!?栞」

「はいっ……!!」

 

呆れた様子の香里に栞は顔を上げながら即答する。

 

「食べて食べて…、お腹を壊すくらいに食べまくって……、潤さんの事を忘れてやるんです……!!」

「もう…、栞ったら……」

「ハハ…、ハハハハ……」

 

そこにはガラガラの声で涙を流しているものの、いつもの少女の笑顔があり、瞳にも輝きが戻っていた。

そんな栞に祐一はやれやれといった様子で、

 

「しゃーねえな〜…。鍵大受験が終わったら、付き合ってやるよ」

「はい……!!」

 

 

 

 

それから1週間ほど栞は学校を休み、翌月曜日には元気に登校し、その日に美坂家で栞の誕生日パーティが開かれた。

 

それから約3週間後、鍵大入試が実施され、香里、祐一、あゆ、名雪の4人は見事に合格する事が出来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

それから……。

説明
10年以上前に第1部が終わってから更新が途絶えてしまった、北川君と栞ちゃんのSSの続きです。
10年以上前から楽しみにしてくださった方々には、大変申し訳ない気持ちでいっぱいです…。
当時の構想そのままに書いていきますので、おかしな部分も出てくるかもしれませんが、どうぞ最後までよろしくお願いしますm(_ _)m!!
なお、これから発表する完結編は6話〜7話になる予定です。

栞ちゃんに別れを告げ、空へと昇ってしまった北川君。果たして栞ちゃんに笑顔は戻るのでしょうか?
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