王四公国物語−双剣のアディルと死神エデル−
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王四公国物語−双剣のアディルと死神エデル−

 

作者:浅水 静

 

第11話 末路

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 カミル・バルトロメウス・ゴットフリート・フェルゼンシュタインは、吐き気をずっと抑えていた。

 

 国王だった父が急逝して、言われるままに自分が玉座に座わる事になってから早数ヶ月。王国の運営は既に亡き母の兄である叔父が摂政となり政務を取り仕切ってくれているので、滞りなく済んでいるし、自由な時間はほんんど無いがそれでも身の回りについての不自由さは無い。

 

 だが、ある時に気がついた。家臣の殆どが自分を見ていないのだと云う事を。

 

(多くの者は、余の後ろに控えている叔父上を見ている。

 余の言葉を待つよりも叔父上の言葉を待っている)

 

 もちろん、カミル自身に政務について判断する力が無い事は本人が自覚していた。実際には然程「殿下」と呼ばれていた時と変わらないのだが、極度に時間の制約を受ける中で一種の蚊帳の外に置かれている現状を自分はまるで“置物”のようだと感じていた。

 

 日々の生活でただそこに有るだけの存在。侍女が埃を払うように召物を替え、そのまま放り置かれるだけの毎日。自分の力の無さを、知識の無さを、何も出来ない事を実感させられる毎日にカミルの精神は確実に虚無感に支配されつつあった。

 

 王子の頃はまだ、ヴィルフリートが剣の指導をしてくれていたもの窮屈な王宮生活の中で唯一の気晴らしにもなったのだが、今は怪我をする危険があるという事で一切、禁じられていた。

 

(そう云えば、一度だけヴィルフリートを一瞬だけ本気にさせた一撃を入れれた事があった。どうすれば一矢報いれるかを教えてくれた彼はどうしているだろう?

 あの時、「殿下、財務官であるグレイフの息子と組むのは、反則ですよ」と軍武官のヴィルフリートは笑って、そんな冗談を飛ばして三人で笑いあった。あの時が――)

 

「カミル、執務の時間です」

 

 叔父の呼びかけにより、カミルは現実に引き戻された。叔父が自分を公式の場以外で「陛下」と絶対呼ばない事に気付いていた。小さい頃は親しみからなのかと感じていたが、今のそれは違うのではないかと思っていた。叔父が“グレイフの書”について聞いてきたあの日から。

 

(叔父上は、自分の上に在る存在を許せないのでは無いだろうか?

 ……喩え、それが血を分けた実妹の息子だとしても)

 

 カミルは、胃に鉛の重さを感じながら席を立った。

 

(そういえば、彼はどうしているだろう?

 “グレイフの書を持つ者”の彼は……)

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 満天の星空の下、アーダベルトは駆けていた。月だけが何とか道を外れぬ程度には、足元を照らしてくれる。

 

 そう、彼は逃げ出したのだ。表現的にはバックレたと言った方が適切かもしれない。彼自身は、負い目的には何も感じてはいなかった。「貸し借り無し」「後はお任せして下がらせてもらう」そう彼は言って今、この状況に自ら持ち込んだのだ。

 

 アーダベルトは走りながら、領庁都市であるディングフェルドベルクまでの時間を計算していた。

 

 彼が村にいない事は遅くても朝になれば、ばれてしまうだろう。しかし、彼らは害獣討伐の任務をこなさなければならず、もし自分を捜索にしても人手を多くはさけないはず。少なくても明日の夕方までのアドバンテージを稼げるはずだ。

 

 領庁都市まで一日徒歩で八時間移動するとして三日の距離。アーダベルトの体力がどこまで持つか正直分からないが、途中休憩や睡眠を入れるとしても、なんとか二日、出来れば一日半で到達したいと考えていた。

 

 その到達予定日の次の日がアーダベルトの誕生日、つまり成人する日だった。

 

 今の状況下で「晴れて」という副詞を付けて表現すべきか疑問が残るところだが。そうなれば、朝一番でハンターズ・ギルド本部に認証許可の申請して、そのままこの領地から出奔するのも一つの手だと考えていた。この領地から東西の両公国への関所には、手配が回っている可能性があるのだが、アーダベルトにはそれにもある考えが有った。

 

 アーダベルトは正直な所、フェリクスを信用していなかった。それは、会見した回数の少なさも有るが、自分の娘さえもある意味、道具に使って彼らに首輪を掛けようとした点だ。利用できるものを利用する、それは極一般的な貴族社会的思想で責められるものではない。それはこの世の普通の有り方であり、アーダベルト自身も良く理解している。

 

 時には恩賞や名誉という形で対価されるのだが、それは常に信義という不文律の上に成り立つもので、そこを決して超えてはならないのだとも考えていた。

 

 主が民を守るからこそ、民が主を貴ぶ。

 

 それこそが文字通り、貴族としての根源で無ければならない。明文化されるものではなく、不文律としての原則。それは娘を道具に他人を縛ろうとした事を感傷的に指しているのでは無く、本来なら守らねばならなかった未成年のアーダベルト達を強権的に行動を強いた事だ。一つの箍が外れれば弾け飛び、堰を切った濁流が周りの人間を飲み込む。いつか自分が利用され、用済みになれば信義など無視して使い捨てられる。

 

 そう、彼の父のように。

 

 アーダベルトは、それを知っていた。驚くべき事だが、高々、十五歳にもならない少年がその事を知識として理解していたのだ。

 

 王都の屋敷に王宮の官吏が詰め掛けた時、アーダベルトは前々から父に言われていた事を即座に行動に移し、ある書類と一冊の本を地下に保管していた酸を満たした甕に放り込んだ。父はそれがアーダベルトが生き残る為に必要な事だと言った。「愚かな者ならそれに気付かず、聡い者なら書物が消失した事に思い至るだろう」と。

 

 

 

『代々ディッタースドルフに受け継がれ、王は即位によってのみ知らされる。

 在るとしても信じられず、さりとて無ければ道理に合わぬもの』

 

 

 

 そう王宮で語り継がれる“グレイフの書”。

 

(グレイフの書ねぇ……本当に厄介だな。

 そんな書物、もうこの世のどこを探しても“有りはしない”のに) 

 

 小さな村を二つ通り過ぎ、とうに日付が替わった頃にアーダベルトは長めの休憩を取る事にした。さすがに走りづめの為、足が言う事を聞かなくなってきていたのもあった。領庁都市まで距離的には全行程の三分の一程度だろうか。途中、小休憩を何度か入れたり、村は直接通過せず迂回した為に多少時間を食っていた。

 

 領庁都市への道行きは、一度しか通ってはいなかったが、アーダベルトはしっかり覚えていた。とはいえ灯りの極端に少ない夜の中で走り続けるのは得策ではない。土手に寝そべって疲れた足を開放しながら、どうしようかと思案していると、街道を遠くからいくつもの灯りが近づいてくる。

 

 アーダベルトは即座に馬車灯りだと判断して身を伏せた。判断通り、四頭引きの大きい馬車が前照灯のランプで煌々と道を照らし何台も連なって駆けて行く。

 

 軍用馬車。数にして6台、幌が掛けられた荷台には総勢五十人以上の兵士が詰め込まれているだろう。

 

 これを見てアーダベルトは感心していた。ディングフェルドベルクから派遣された諸侯軍の虎討伐部隊以外には考えられないのだが、早すぎるのだ。仮にディングフェルドベルクへと出兵要請の為に早馬を駈足で乗り継いだとして四時間強程。そして今、折り返しで領庁都市から出立して通り過ぎた馬車は、駈足より少し遅いくらいの速度だとしても、常時ぶっ通しで馬を走らせる訳にはいかないので替え馬が必要になる。つまり、この地点でそれなりの速度を維持出来ていると言う事は、途中に軍事拠点か大量の馬を確保している営舎拠点となる中継地点が常時、いくつか設営されている事が導き出せる。

 

 アーダベルトが感心したのは、即座にそれを活用して成果を出している、つまり常時、それを想定した訓練が行われている事を意味している事と大量に必要になる馬糧を含めて、それを維持している事だった。これではフェリクスの財布は、なかなか膨らまないだろうと心の中で苦笑いが洩れた。

 

 ひとまず、もう少し距離を稼いでから睡眠を取れる場所を探そうと起き上がろうとしたアーダベルトの耳が別の蹄の音を拾った。

 

 一頭だけ単騎で駆け抜ける者が在った。灯りをつけていないので乗っている者の顔は分からないが、明らかに先ほどの軍用馬車の一群の灯す明かりを頼りに駆けている。だが、アーダベルトにはその者が態と距離をとっているように感じた。単騎なのだから一群に追いつく事は簡単だったからだ。

 

(まぁ、もう、関わりになる事はないさ)

 

 

 

 それ以降の道程では追っ手も無く、アーダベルトは無事に夕方前に領庁都市ディングフェルドベルクへと辿り着いた。

 

 城門は、ハンターの認証書類一式を確認してもらう事ですんなり通してもらえた。賑わう街並みに感心しながら道すがら店の前に並べられた商品に目をやっていると城門に駆け込んできた馬が目に付いた。

 

 いや、正確には馬上の人物の髪に目が行ったのだ。その燃えるように赤いブルネットに。

 

 その目立つ髪は、忘れもしないギルベルタ・ブレターニッツその人だった。

 

 ほんの数分の違いでアーダベルトは、難を逃れた事を実感した。彼女が自分に対して向けられた追っ手かどうかは分からないが、ディングフェルドベルクに入った事を鉢合わせすれば、何か言われる事は分かりきっていた。

 

 城の方向に向かうギルベルタを物陰から見送りつつ、人ごみに紛れるように今夜の宿を探して歩みを進めた。

 

 

 アーダベルトは思いの外、質の良い宿屋を見つける事が出来た。ちょくちょく休憩を取りながらとはいえ流石に1日半以上、走りづめだったのとギルベルタを絶妙のタイミングで出し抜けた事に気分良く眠りについた。

 

 朝一番に宿を引き払い、揚々とハンターズ・ギルドの本部会館で申請を行った。手続き自体は淡々としたもので、受付の若い女性もこれ以上無いほど事務的であった。認証として発行される銀プレートに小銀貨三枚分かかるのは多少痛い出費ではあったが。

 

 プレートにはアーダベルトが署名したサインが薬品処理によって、銀に写し入れされる。これからどこに行ってもそのハンターの認証である銀プレートとそこに記されたサインがアーダベルトの身分証明しなり、各地で行う手続きにするサインもそれと比べられ本人認証が行われる仕組みだ。

 

 薬品での焼き写しが定着するのは一時間くらい掛かると言われ、朝食を近くの食堂で摂って時間を潰して戻るとギルド会館の前に二頭引きのコーチ(四輪の大型馬車)が止まっていた。

 

 田舎ならともかく、ディングフェルドベルクでコーチは、それほど珍しく無くそれなりに見かけていた。それがアーダベルトの油断に繋がった。特に、昨日のギルベルタを出し抜いた一件がアーダベルトを調子付かせていたのもあったのかもしれない。

 

 ギルド会館に入ろうとしたアーダベルトは、背後から声を掛けられた。

 

 聞き覚えのある声に思わず目を閉じ、空を見上げたくなる気分で振り向いたアーダベルトの目に、馬車の前で何か光るものを貴重品のように優しく手を添えて、こちらに向けて微笑むエデルガルドの姿が映っていた。

 

 エデルガルドが手にしていたのは、アーダベルトのハンター認証の銀プレートであった。

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初出 2014/12/29 に『小説家になろう』 http://ncode.syosetu.com/n4997cj/ にうpしたものです。

 

新章突入でございマス。

やっと陛下の初登場回。

 

陛下はアーダベルトがグレイフの書を受け継いだと言い、

アーダベルトは、そんな書物はもう無いと言ってます。

さて、ドウイウコトナノデショウネ?

 

グレイフの書に関しては、それがどんなものかについてですが、

ここまで読んでくれた皆さんには“ある程度”ですが

既に提示させてもらっていますしています(ぇ?

 

解説:馬の足並みは、並足、速歩、駈足、襲歩の四種。

中世時代の基準に準拠させています。

行商などで荷を担いで歩く人の歩行速度が3〜4km/hを基準として、

馬の並足が倍の6〜8km/h、速歩が4倍の12〜16km/h、

駈足が6〜7倍の18〜21km/h程度となります。

駈足は常時、その状態を維持すると馬が使い物にならなくなる為、

他の低速歩行と交互に組み合わせるので誤差が大きく生じます。

説明
第11話 末路 目次 http://www.tinami.com/view/743305
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