紫閃の軌跡
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―――7月中旬。

 

トリスタの街は初夏を迎え、士官学院では学生服が夏服へと切り替わっていた。リィン達もようやく学院のハードなカリキュラムのスケジュールに慣れ……夏の盛りの前、まだ暑すぎず過ごしやすく気持ちのいい日々……そして、夏の季節ならではの授業も始まっていた。

 

〜トールズ士官学院 ギムナジウム〜

 

ギムナジウムにあるプール。学校で言う“水泳”の授業ではなく、士官学院においては“軍事水練”という実戦技術の授業の一環。競泳用水着に着替えたサラ、スコール、ラグナは同じように競泳用水着を身に着けているリィン達と向き合って説明を始める。

 

「さーて、ウォーミングアップはこのくらいかしら。士官学院におけるこの授業はあくまで”軍事水練”……溺れないこと、溺れた人間の救助、蘇生法なども学んでもらうわ。人工呼吸もそうだけど……まずは、アスベルとアリサか、リィンとラウラあたりで試してもらおうかしら♪」

「サ、サラ教官ッ……!」

「……(ジト目)」

「あのですね……」

「何を言っているんですか、教官。」

 

からかいの表情をしているサラ教官の言葉にアリサは顔を真っ赤にしてサラ教官を睨み、流石の臆さぬ発言にラウラ、リィン、アスベルは呆れた表情を浮かべている。

 

「冗談よ、冗談。でも、やり方だけは教えるからいざという時は躊躇わないように。異性同士でも同性同士だったとしてもね♪」

「……わかっているとは思うが、命に関わる事だから必ず覚えて置くようにしろよ。」

「むむっ……」

「……当然。」

「こればかりは基本中の基本ですから。」

「何といっても人命に関わることですし。」

「そうですね……」

「まあ、そういう事態に陥らない為の対策が大切ですから。」

 

サラ教官とラグナの言葉にマキアス、フィー、セリカ、エマ、リーゼロッテ、ステラが各々の言葉を述べる。人の命云々の前では、尊厳や躊躇いなど意味をなさない。それで命を落とすことになれば……それこそ恥という他ない。

 

「そのあたりの講義が終わったら、一度タイムを計らせてもらうわ。ラグナ、スコール、それにラウラ。手伝ってちょうだい。」

「ああ。」

「了解だ。」

「承知した。」

 

そして、リィン達はサラ教官とラグナ教官、スコール教官とラウラの計測によって、次々と泳ぎ始めた。最初はリィン、エリオット、アリサ、ステラ。その四人が泳ぎ終わり、リィンらがプールサイドに移動すると……次はガイウス、エマ、アスベル、リーゼロッテの四人が教官たちやラウラの合図で次々とプールに飛び込んで約50アージュの距離を泳いでいく。その速度にはリィン達も目を見開いていた。

 

「へえ、ガイウスもけっこう速いんだね?」

「ああ、夏は高原にある湖で泳いでいたらしいからな。……それよりも先にいるアスベルが信じられないんだが……」

「前に聞いたことがあるんだけど、アスベルは鍛練で遠泳とかもしていたらしいよ。海で泳ぐのも苦じゃないとか言ってたかな。」

「な、成程………」

 

既に泳ぎ終えたエリオットとリィンは男子の方のクラスメイト達―――ガイウスとアスベルが泳いでいる様子を見て、ガイウスよりも先行しているアスベルには驚きを隠せなかった。それを見たエリオットが思い出したように言ったことには、流石に信憑性を疑わざるを得なかったが……

 

「うーん、リーゼロッテとエマも意外と泳ぎが上手っていうか……それ以上に何ていうか羨ましくなってくるわね。」

「あ〜……気持ちは解りますけれど。」

「羨ましい……?って、ああ。」

「理解しなくていいのっ!ていうか、女の子の水着姿をジロジロ見るんじゃないわよっ!どうせ見るんだったら、ステラの方を見ればいいじゃない。」

「いや、アリサの水着姿を凝視したわけじゃ……」

「って、何でそこで私に振るんですか、アリサさん!?」

 

やはり同性としてはスタイルが良くともそれ以上のスタイルには渇望の欲が出てしまうようで……その言葉を聞いたリィンは察したが、ジト目のアリサに睨まれ、それに対して疲れた表情で答えた。一方、その対象として振られた側のステラは顔を赤らめてアリサに反論していた。

 

「あはは、みんなスタイルがよくて目のやり場に困っちゃうよね。僕以外の男子も……リィンとか引き締まってるしなぁ。やっぱり剣術をやっているだけあって、鍛えられているよね。」

「そ、そうか?」

「流石に鍛えてるって感じはするわね。エリオットは、うーん……変に鍛えない方がいいと思うわよ?」

「確かに、そのほうがいいかもしれませんよ。」

「えーっ?」

(確かに筋骨隆々のエリオットはちょっと見たくない気が……)

 

リィンの側としては、同じ男性としてがっちりとした体形に少し憧れているエリオットの気持ちも少しは解らなくもないのだが……この顔で筋骨隆々のイメージを想像すると……何故だかホラーとか違和感しか出てこないのは明らかであった。その意味でもアリサとステラの意見には何故か同意したくなったほどだ。すると、エリオットがリィンの左胸にあるアザのようなものに気づき、尋ねた。

 

「あれっ……?リィン、左胸のところ、何かケガでもしたの?」

「えっ……ホントだ。うっすらとだけど……」

「何かのアザのようにも見えますけど。」

「……ああ。これは昔からあるアザさ。ずいぶん昔のものみたいでいつ出来たか覚えてないんだ。」

「そうなんだ……」

 

そのアザに対してリィンはそう答えを返した。本人も良く解っていないのであれば、これ以上聞いても無駄だろうと判断し、エリオット達はそれ以上の追及を止めた。とはいえ、エリオットはリィンの“男らしい”身体に興味が尽きないようだ。純粋なあこがれであり、別に変な意味などないのだが。

 

「うーん、よく見たら細かい傷跡もいっぱいあるし。……いいなぁ。男の身体って感じがするよ。」

「うーん、そういうもんか?」

「だから貴方には似合わないから諦めなさいって。」

「こればかりは体質なども大きく影響しますからね。」

 

一方、リィン達のように泳ぎ終えたマキアス達も談笑していた。まぁ、ユーシスとマキアスに関しては……

 

「くっ、まさか同じタイムだったなんて……つくづく君とは張り合う運命らしいな?」

「フン、俺は別に張り合っているつもりはないが。今のも単に流しただけだからな。」

「ぼ、僕だって本気を出したわけじゃないな!」

 

案の定張り合っていた。取っ組み合いというよりは、ライバル的関係のような感じ。ある意味Z組の“風物詩”となっている二人のやりとりを呆れつつも生暖かく見つめていた。

「やれやれ、あの二人はいつも通りっと。にしても、アスベルに0.01秒差か……流してだろ?」

「まぁ、そうなっちゃうよ。……流石に“本気出す”わけにもいかないし。」

「それやったら反則だからな。次は……16秒台狙うか。」

「飛び込み台、大丈夫かな……」

 

アスベルとルドガー……先程のタイムは大体19秒台ぐらい。その時点でも男子の中では1,2のレベルだ。それでいてまだ“流し”のレベルだ。その言葉を聞きつつ、フィーはジト目で呆れており、ガイウスは笑みを零していた。

 

「相変わらずだね、二人とも。」

「フフ、俺も鍛えていたつもりだったが、もっと速くなったようだ。」

「何といいますか……エマさん、どうしました?」

「い、いえ、何でもないです。(アスベルさんの背中の紋章……“聖痕”?いえ、にしては……あのような形の“聖痕”なんて、見たことがありません。)」

 

彼等を見ているその中でエマだけはアスベルの背中に刻まれた紋章を凝視していた。セリカがそれに気づいて尋ねるも、はぐらかすように答えていた。元々、Z組の面々にはアスベルの素性を知る人間の方が多い。知らないのは、男子はエリオットとユーシス、マキアス、ガイウス。女子はステラとエマぐらいだ。アスベルは他の男子に聞かれたので『気付いたときには背中にあった。これが何なのかは解らない』と答えてはいた。だが、エマは自分の知っている“聖痕”やその他の紋章には見られないほどの変容を遂げていた。まるで、二つの紋章が一つになったかのような状態……自分の知識でも解らないことにはエマもこれ以上考えるのを止める他なかった。

 

「それじゃ、ラウラの分は俺が計ろう。尤も、贔屓はしないからな。」

「ええ、そうしてもらわねば困るというものです。」

「ラウラが泳ぐみたいね……」

「さすがは水泳部……その立っている姿だけでも、サマになっていますね。」

「位置について―――始め!」

 

そして、スコール教官の合図でラウラがプールに飛び込んだ。その速さは流石水泳部というものであった。

 

「うわあっ……!」

「速い……!」

「な、なんだ。あのスピードは……!」

「……やるな。」

「ええ。これはちょっと負けていられませんね。」

 

ラウラの泳ぎを見学していたクラスメイト達はそれぞれ驚きの表情で見つめていた。アルゼイド流武術をただ単にこなしているだけではなく、今までに培ってきた“全身の力の使い方”を心得ているからこその泳ぎ。いかに水の抵抗を抑え、スムーズな泳ぎができるか……そして、まるで瞬きした合間に向こうにいるかのように、ラウラは泳ぎきって一息ついていた。

 

「見事だな。」

「ええ、本人の身体能力も関係しているでしょうね……」

「20秒02――――セリカの20秒18を抜いたか。流石だな。」

「それを聞いたら、負けられないわね。それじゃあ、任意の相手を選んで勝負と行きましょうか!!」

「また、いきなりですね。」

「うーん、勝負かぁ。」

 

ラウラのタイムを聞き、サラ教官の負けず嫌いに火がついたようで……唐突に提案された水泳での競争。それに対し、疑問を述べたのはラグナであった。

 

「……待て、サラ教官。“達”という事は俺やスコールも入るのか?」

「当然じゃない。水の上ならさすがの“尖兵”やお師匠様もどうかしらね〜?」

 

明らかに挑発の態度を見せているサラ教官。いつも負かされている身としては一泡吹かせたいという思惑があったのだろう……これには、ラグナ教官とスコール教官もカチンとしてしまったようだ。

 

「舐めるなよ、サラ教官。俺はお前さんと違って元帝国軍人だぞ。水練にかけては誰にも負けない自信はある。」

「俺も“水練”ならば昔よくやっているし、ここに来る前は鍛練の一環でラウラと一緒に泳いでいたんだぞ。勝てると思ってるのなら、その天狗の鼻をへし折ろうか。」

「へえ?それなら見せてもらおうじゃない、“昔”覚えた泳ぎとやらを……!」

「きょ、教官……」

 

負けず嫌いが負けず嫌いを呼び……この対決からすると、サラに分が悪いのは明らかであったが……敢えて黙ることにしたルドガーであった。それに気づいたアスベルが尋ねた。

 

「―――ご愁傷様。」

「何か知ってるのか?」

「昔、競争心を煽ろうと、ヨシュア、レーヴェ、俺、スコール、ブルブラン、ヴァルター、カンパネルラで泳いだことがあってな……」

「え。アイツが水泳?」

「仮面は付けたままだったが……何とか、僅差で一番を取れた。二番がスコールだったんだよ。」

 

ブルブランが水泳競争に参加したこと自体“明日槍が降ってくる”レベルの事柄だが、その面子で二番手というのは正直凄いことであった。ちなみに、ブルブランは途中で溺れたらしい。それ以降、泳ぐということを嫌うようになったそうだ。

 

「ま、とりあえず組みますか。」

「だな。目標は16秒台だぞ。」

「フン、どうやら白黒つけられそうだな?」

「の、望むところだ!」

「うーん……私はエマあたりとかしら?」

「ふふ、そうですね。タイムも近いみたいですし。」

 

アスベルとルドガー、ユーシスとマキアス、アリサとエマ……他のクラスメイト達も、次々と組む相手を決めていた。

 

「う〜ん……タイムが近いので言えば、私はラウラとでしょうか?」

「セリカからの申し出は嬉しいが……そういう事なら、私はフィーとの勝負を希望したい。」

「……わたし?」

「ラ、ラウラさん?」

「でも、先程のタイムではかなり開きが……」

 

その中で、ラウラはフィーとの勝負を希望し、これにはフィーも目を見開いた。先程の計測タイムからすればこの二人のタイム差は歴然。それでは勝負にならないとエマやステラは言いたげであったが、それを認めたのはサラ教官であった。

 

「面白そうじゃない。それじゃあ、決定!始めましょうか!」

 

リィン、ガイウス、エリオットの勝負を皮切りにして次々と泳いでいき……サラ教官、ラグナ教官、スコール教官という教官同士の本気の勝負では、白熱した展開となり、

 

『く……流石にはえぇな。完敗だ。』

『いや、一瞬たりとも気を抜けない勝負だった。下手すると俺が負けていたからな。』

『あ〜!!悔しい〜〜!!!』

 

結果的にはスコール、ラグナ、サラの着順となり……サラ教官が本気悔しがる姿にリィンらは本気で呆れていた。そして、次はラウラとフィーの勝負……のはずだったのだが、

 

『アスベルにルドガー。其方たちにも一緒に泳いでもらう。』

『……どうする?』

『ま、別にいいよ。ただし、『本気』でやったら飛び込み台が壊れるから、そこら辺は勘弁してくれ。』

『(じょ、冗談だよね?)』

『(……いや、多分真剣に言ってると思う。)』

 

アスベルの言葉に対して冗談かと言いたかったが、先月の実技テストの出来事から冗談には聞こえず……ともあれ、ラウラとフィー、アスベルとルドガーの番となった。それを見る限りにおいては、体格の小さいフィーには不利に近い。だが、ラウラは彼女の力の使い方すら見抜いていた。無論、アスベルとルドガーに対してもだ。

 

そして、計測係であるアリサの合図で、四人は一斉に飛び込んだ。その速さは練習で見せたものとは程遠いもの。先程のタイムからすると想像もできないフィーの泳ぎもそうだが、それに追随するほどのラウラ……だが、その更に先を行っているのは、アスベルとルドガーの泳ぎ。そして四人が泳ぎを終えた。

 

「はぁ、はぁ………まったく、流石というべきか。……同着、か。」

「そりゃ……親友には、負けてられねぇからな。」

 

ほぼ同着のアスベルとルドガー……一方、ラウラとフィーの勝負は、僅かなタッチ差でラウラに軍配が上がったようだ。フィーは自分の負けを認めつつ、ラウラの実力を称賛した。

 

「はあはあ……さすがだね。」

「ふう……そなたの方こそ。……なのにどうしていつも本気を出さない……?」

「………別に。めんどくさいだけ。第一それを言ったら、アスベルとルドガー、それにセリカもそう。“私達に合わせて手を抜いて戦っている”し。それと似たようなもの。」

「……やはり、我らは“合わない”ようだな……」

 

ラウラの問いかけに対するフィーの答えを聞き、フィーから視線を外して厳しい表情で呟いた。これには、同じように泳いでいたアスベルとルドガーが苦い表情をしていた。

 

「はぁ………ルドガーの気苦労が解るような気がするよ。」

「解ってくれて何より、だ。」

「全部、リィンにぶん投げるか。」

「ああ。」

 

この問題に関しては、ラウラの許婚であるリィンが適任……その意見で一致した二人であった。

 

説明
第65話 軍事水練
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コメント
ジン様&八神はやて様 ちょっとしか出番書いてなくてその扱い!? ……ちょっと修正しておきました。(kelvin)
ジン様 今のところは班分け未定です。修羅場的展開も……アリかなとは思っていますが(オイ(kelvin)
そう言えばいつの間にセリカは退学したの?(ジン)
そう言えば五章でルドガーはレグラムに行くのだろうか?行ったとしたあらあの聖女様に攫われそうだな^^;その前に4章でも魔女に攫われそうだからルドガードンマイ^^;(ジン)
サイバスター様 将来の為にも、この問題は避けて通れませんからねw ジン様 リィンなら天然でやりかねません(確信)どっちに関してもw(kelvin)
感想ありがとうございます。 クールタバコ様 今年も宜しくお願いします。そして、ラウラの出番です。ま、第五章もなのですが。(kelvin)
まぁリィンにはアリサとリーゼロッテを抜いたすべてのZ組女子を嫁にする宿命があるからね^^特にフィーには是非ともリィンの嫁になってほしいですね^^(ジン)
リイン頑張れこの問題は君が解決しなければならない君の将来の幸せのためにはね(サイバスター)
遅ればせながら、明けましておめでとうございます。ようやくラウラが登場、これからの活躍を期待しています。(クールタバコ)
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