100年間の告白
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1章:最初の告白

 

その日は、いつも通り過ぎ去る筈だった。閻魔庁で上司や部下の尻を叩き、白澤に挨拶代わりに金棒を叩きつけ、薬を受け取り、また仕事をする。…そんな、いつも通りの時間を過ごすのだと、鬼灯は思っていた。

しかし、これはどういう事なのか…?

 

 

「すいません、もう一度言って下さい」

「…僕は、鬼灯が好きです。僕と、結婚を前提にお付き合いして下さい」

白澤の堅い表情に、冗談ではないのだと確信する。

金棒を投げ付け怪我をさせ、いつも通り『白豚』だの『駄獣』だのと罵ったばかりだ。それなのにやけに自分を気にする彼にどうしたのかと問い質せば、返ってきた言葉は「僕、鬼灯が好きなんだ。恋人になって!」だった。

何故、こんな事になったのか?こんな、暴力と暴言で出来てるような女を…鬼灯は思うが、答えは出ない。

「私に、貴男の遊び相手になれというんですか、他の女性と同じように。そんなのは御免です、お断りします」

女性に困らない白澤が、何故よりによって自分に目をつけたのか分からないし困惑したが、こんな言葉に踊らされてなるものか!鬼灯は、相手を殺せそうな目で白澤を睨み付けた。が、途端に白澤は悲しそうな表情になり、思わず怯んでしまった。

「信じられないのは分かるよ…。でも、本当はずっと前から鬼灯が好きだったんだ」

散々女性と遊んでたのは、他の誰かを好きになれば鬼灯を忘れられるのではと思ったからだ。でも駄目だった。想いは募り、鬼灯と親しい男性には嫉妬し、顔を見る度に自分だけを見て欲しいと願った。そのうち別の女性と遊ぶのも虚しくなり、最近は遊ぶといっても酒と会話のみになっていた。

「僕、少し前に閻魔大王と話したんだ、お前の事…。それで、やっぱりこのまま終わりたくないって思ったんだ」

白澤の言葉に、鬼灯はコテン、と首を傾げた。

「閻魔大王?私の話?」

「うん。酒場で、偶然会ったんだ」

白澤は頷き、閻魔大王と交わした会話について説明を始めた。

 

 ※ ※ ※

 

「は!? 結婚?!」

白澤の大声に周囲の視線は彼に集まるが、構っている余裕など無かった。閻魔大王も気にする事なく、深い溜息を吐く。

「結婚すれば性格が丸くなるって云うじゃない。鬼灯君だって落ち着いてくれると思うんだよね…」

「で、でもっ!彼奴、好きな奴いるの?そういうのはまず本人の気持ちが大事なんじゃ…」

「儂のせいで鬼灯君、いつも忙しいし【そんな暇はない】って本人も言ってたけど、でも『結婚したくない』とは言わなかったよ」

結婚する意思はあるんじゃないかな?…そんな大王の言葉に、白澤の顔はみるみる青くなる。

「ここは儂が一肌脱いで、見合いをセッティングすれば良いと…」

「駄目だよ!」

大王の言葉を遮り、再び叫んだ。

(鬼灯が見合い?結婚?そんなの…そんなのっ)

「僕は嫌だっ!」

今や店内はシン…と静まり返ってしまった。大王も呆気にとられて何も言えない。

「大王…鬼灯の…鬼灯の結婚相手、僕じゃ駄目かな…?」

みるみる大王の目が丸くなる。

「え、え?君達、付き合ってたの?!」

「ううん…付き合ってないどころか、告白すらしてない…」

驚く大王に、白澤は自嘲的に笑い言った。

「でも…それじゃあ儂は何も言えないよ」

「…」

「君が好きなのは儂じゃなくて鬼灯君なんだから、あの子に言わなきゃ」

「…うん」

「鬼灯君本人が選んで、あの子が幸せになれるなら、儂は君が相手でも祝福するよ」

 

 ※ ※ ※

 

「結局、僕は諦められなかったんだ。だから、こうして伝えた。本気だよ」

いつもヘラヘラと笑っている白澤の、珍しく真剣な眼差しから、鬼灯は外す事が出来なかった。

まさか、大王と白澤がそんな会話をしていただなんて知らなかった。まさか白澤が、自分の事で声を荒らげるなんて信じられない。でも、それでも白澤の表情が嘘には見えなくて…。

「本当に…本気なんですか?」

「本気だよ」

「…そうですか」

心臓がドクンドクンと煩い。胸が苦しい。鬼灯は拳を強く握り締め、それ等を無視して白澤をまっすぐに見詰めた。

「三つ、条件があります」

「三つ…何?」

 

『一つ 女遊びをしない』

「しないよ。お前が僕を見てくれるなら、他の女の子なんて要らない」

『二つ 仕事を真面目に勤め、桃太郎の給料も上げる』

「…わ、分かったよ」

 

「最後、三つ目です。先程言った二つの条件を満たしたうえで、百年後も私を好きでいてくれたなら、また告白して下さい。そしたら、お付き合いして差し上げますよ」

「分かった。その条件、呑むよ」

鬼灯は千年以上、白澤は億年以上生きている。百年なんて短い位だ。条件に桃太郎の事があったのが気になったが、こんな条件なんでもない。

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2章:二人の交流

 

白澤が鬼灯に告白したあの日から、彼は毎日真面目に働いた。女性限定で無料にするのも止め、桃太郎の給料も上げた。

そして、これがもっとも大きな変化なのだが、彼は鬼灯への愛情を隠さなくなった。

 

 

「ごめんください」

「鬼灯!?来?!」

すぐに迎えてくれたのは、白澤だ。とても嬉しそうに笑っている。

「いらっしゃい、鬼灯さん。今日は納期でしたね。すぐに持ってきます」

「はい、お願いします」

鬼灯と桃太郎が会話しているうちに、白澤は中国の菓子と茶を用意し、椅子をひく。鬼灯は自然な流れで座る。

もう何度となくされたやり取りだ。告白の日からずっと、白澤は彼女が来ると菓子と茶を用意する。最初のうちは忙しいと拒否していたが、【少しの間、体を休めるのも仕事のうちだよ】と言われてから素直に受けるようになった。

「じゃあ鬼灯、診るよ」

「はい」

鬼灯の返事を聞いてから、白澤は彼女の目を見る。充血はしていないが、隈が出来ている。また徹夜したらしい。

「今度は何徹?」

「二徹です」

「まぁ、少ない方だな」

続いて彼女の手に触れる。甲、掌、指…順々に触れる。少し冷たいが、彼女の生活を考えれば許容範囲だ。

「最近、どこか悪い所は?」

「無いですね。眠くて怠いだけです」

「ホント、寝ろよ…」

「忙しいんで」

白澤の発言も、鬼灯の返しも通常運転だ。

告白の日から、白澤はこうして頻繁に鬼灯の体調を診る。それを白澤は薬の注文と受け取りの日を利用して行っている。

触診、問診に加え『目』の診察も終えると、鬼灯は中国茶に口を付ける。

「どう?」

「温かくて美味しいですよ、相変わらず」

白澤の用意する茶は、飲むと落ち着くので鬼灯は好きだ。

「お前の立場も仕事の大変さも知ってるけどさ、もう少し自分の体を労れよ。これじゃいずれ病気になるぞ」

白澤の忠告に、鬼灯は「はあぁぁぁ…」と深く息を吐いた。一ヶ月前だって、鬼灯は腹痛に悩まされ白澤の世話になった。彼女だって痛いのは嫌いだ。病なんて冗談じゃない。

「そう出来れば苦労しないのですよ。あのアホさえしっかり仕事してくれれば…」

(有能過ぎる部下を持つと大変だな)

そんな感想を抱いたが、しかし大王は緩すぎるとも思う。鬼灯の言葉も、事実なのだろう。

 

 

「ごちそうさまでした。そろそろ帰ります」

鬼灯の言葉に器を見れば、茶も菓子も綺麗にたいらげていた。

「では、次の納期までお願いします。さようなら」

薬の入った紙袋を持ち一礼。白澤は寂しそうな顔を見せたが止めなかった。

「また、お菓子とお茶用意して待ってるから」

「…」

鬼灯は白澤の言葉に困惑したような表情を浮かべると、何も言わずに店を出た。

 

 * * *

 

ある日、白澤の店に行くと鬼女がいた。白澤が手を握っている。鬼灯は二人の脇を通り、椅子に座る。

「寝不足になったのは、いつから?」

「それが…」

白澤の真面目な問いに、鬼女は言い辛そうに言葉を躊躇い、鬼灯にチラリと目を移す。

「白澤様、お耳を貸して下さいませ」

頬に手を添え、お願いする。白澤が僅かに顔を寄せると、鬼女は更に近付き小声で何か言い始めた。

「あぁ、それは大変だねぇ…」

耳打ちされた白澤は気の毒そうに言う。

「僕は薬を処方するしか出来ない。頭痛と冷え症、ストレス解消の薬を渡すから、誰かに悩みを打ち明けたりキチンと話し合ったりすると良いよ」

「はい」

鬼女の返事に頷き、白澤は立ち上がり後ろを向く。

「桃タロー君、薬!」

「はい、用意してます」

「謝謝」

手際が良くて助かる。白澤は紙袋を鬼女に渡し、代金を受け取って送り出した。

「保重」

鬼女が扉を閉め、白澤が鬼灯に視線を移した。凄く嬉しそうな顔だ。

「鬼灯、いらっしゃい。すぐに相手出来なくてごめんね」

嬉しさの中に申し訳なさを混じらせて謝るが、鬼灯の対応は聊か素っ気ない。

「別に…仕事をしろと言ったのは私ですし」

表情一つ変えず、菓子と茶の用意をする白澤を見ながら言う。実際、気にしてない。白澤の表情は真面目で、手を触れてたのだって診察だ。何も気にする事なんてない。

それが、白澤にとってほんの少し寂しかった。しかし、そんな胸の内など表に出さず、彼はいつものように鬼灯に触れようと腕を伸ばした。

その手の動きを目で追い、突然先程の光景が彼女の頭にフラッシュバックした。

「…っ!」

ガタッと音をたてて、白澤の手から逃れるように立ち上がった。彼は驚いた表情で鬼灯を見るが、彼女は白澤以上に驚いていた。

何故だろう?今、白澤の手に触れられたくない。

「…鬼灯?」

白澤の心配そうな視線と声に、鬼灯は「すいません」と椅子に座り直した。

「あの…今日は問診と『目』の診察だけでお願いします」

「…分かった」

白澤から目を逸らし弱々しい声で懇願する鬼灯に、彼はそれしか言えなかった。

 

 * * *

 

1月…それは地獄の獄卒にとって一番忙しい月ではないだろうか。何故ならこの時期は凶器の食べ物・餅がある。多くの人が餅を喉に詰まらせ、亡くなる。死ぬ人の数が多ければ多い程、裁判も増える。中でも十王とその補佐官は多忙の極みだ。

つまり何が言いたいかというと、鬼灯が多忙を理由に白澤の店に来ない。納期ではないので、行く理由も暇もない。その結果…

「ほーずき〜…」

これである。白澤が卓に突っ伏して泣きそうな声を出している。

「白澤様、この時期は前からこんなもんでしょう。何故いきなりそんな腑抜けてんですか?」

「だって、鬼灯が来ないもん!寂しいよ…」

勢いよく顔を上げて反論を試みたが、すぐに声は弱々しくなってしまった。

これでも、告白する前は我慢してたのだ。酒をがぶ飲みして寂しさに耐えていた。だが告白した後、彼女への愛情を隠さなくなってからはそこら辺の抑えも利かなくなってしまったらしい。「う〜…」と唸りながら顔を卓に押し付ける師を見て、桃太郎は苦笑する。

仕方ないので放って自分の仕事に取り掛かると、突然「そうだ!」と大声が聞こえて驚いた。声の主を見れば、彼は携帯電話を取り出し何やら楽しそうに弄っている。

「白澤様、何してるんです?」

「鬼灯にメール」

「え…でも、忙しくて出れないでしょう?」

「だからこそのメールなんじゃん!」

メールは電話と違って、時間が出来た時に読めば良い。白澤は、桃太郎を呼ばわり己の携帯電話の画面を見せた。

《To 鬼灯

 本文

 仕事、頑張ってるか?この時期は亡者が増えるから大変だよな。

 そんなお前に癒しの品を用意して待ってるから、正月が終わったら店においで。》

確かにソレは、鬼灯へのメールだった。しかも、茶や丼の絵文字付きである。桃太郎は、再び苦笑したのだった。

 

 

鬼灯が白澤の店に来たのは、正月の終わった二日後だった。

習慣になった「ごめんください」と「?来?、鬼灯」のやり取りの後、すぐに白澤が診察した。

「うん、隈は出来てるけどそんなに濃くなくて安心した」

「昨晩は久し振りに眠れたので」

「そうなんだ」

何故か白澤の方が嬉しそうだ。何やらムズムズする胸を無視し、鬼灯が訊いた。

「貴男がメールに書いた『癒しの品』って何ですか?」

「あぁ、そうそう。まず最初に、モフモフに包まれて寝るか、ご飯を食べるか選んで」

モフモフとご飯…ソレが彼の言う『癒しの品』らしい。鬼灯は数秒の黙考の後、モフモフを選んだ。

 

 

兎をモフらせてくれるのかと思ったが、白澤は鬼灯を外に出した。店の裏に連れていかれて何事かと白澤を訝しげに見れば、彼は予告もなく獣に変じ、柔らかい草の上に寝そべった。

「鬼灯、おいで〜」

言いながら、フサフサの尾で己の腹の辺りをペンペン叩く。突然の事で、鬼灯は咄嗟に動けなかった。

「『モフモフ』って貴男の事ですか?」

「そうだよ〜。兎さんの大きさじゃ包めないでしょ?でも僕の大きさだったら暖かいモフモフで眠れるよ」

言われて思い出した。確かに、彼から先程【モフモフに包まれて寝るか】と言われた。『包まれて』の部分を失念していた。

白澤を見る。大きな体、綺麗な白い毛並み。鬼灯好みのモフモフだ。だが何故だろう?素直に身を任せる事が出来ない。軈て焦れたのか、白澤が口を開いた。

「…嫌?」

獣の姿なのに、寂しげなのが伝わってしまった。

「嫌では…ないです」

本当に、躊躇う理由は嫌悪じゃない。恥ずかしいのだ。羞恥心という感情に、鬼灯は戸惑っていた。だが、白澤のモフモフはとても魅力的だ。今、拒否したりしたら次はいつ機会があるのか分からない。彼女が頼めば彼は喜んでモフモフをベッド代わりに貸すが、それが分からない鬼灯はそう考え白いモフモフに触れた。ゆっくりと体を預けてみる。白澤の尾が、鬼灯の体を優しく包む。

とても柔らかくて気持ち良い。確かに、これならすぐに眠れるだろう。深く息を吐き、瞳を閉じた。大分ボヤけてきた頭の中で、鬼灯はふと疑問に思った事があったが、訊く前に意識を手放してしまった。

落ちる直前、白澤の「?安」が聞こえた気がした。

 

 

目が覚めてすぐ、鬼灯は頭がとてもスッキリしている事に気付いた。快眠したらしい。

未だ獣の姿で鬼灯の寝具になっている白澤の顔を見る。目を閉じていて眠っているようだと分かった。彼の頭に手を乗せ、撫でる。本当に、鬼灯好みの手触りだ。病み付きになりそうな位。彼女は白澤の頭や頬、顎などを撫で続けた。

飽きずに撫でていると、白澤が瞼を開けた。目が合う。

「早安」

「…おはようございます」

互いに母国語で挨拶すると、白澤が人に変じ立ち上がった。大好きなモフモフが消え、鬼灯は残念そうな顔をした。

「ねぇ、お腹すいてない?」

「え?あぁ、はい」

白澤の元を訪れどれだけの時が経ったのか分からないが、鬼灯の腹が空腹を訴えているという事は、食事時なのかもしれない。

「じゃあ、行こうか」

自然と手を差し出され面食らってしまった。おずおずと腕を上げるとさっさと掴まれあっという間に立たされた。そのまま手を引かれ、鬼灯は彼の店に連れていかれたのだった。

 

 

白澤と桃太郎が協力して出した食事は、鬼灯の好物ばかりだった。つまり鮨や丼や握り飯等の米料理である。それだけでなく、魚や野菜等もあり、栄養バランスが考えられている。

「今日も美味しそうですね」

目を輝かせ手を合わせ、「いただきます」と食前の挨拶をしてから箸を手に取り食べ始めた。

それはもう、素晴らしい食べっぷりだった。毎度の事ながら惚れ惚れする。彼女の細い体の何処に、これだけの量が入るのだろう?しかも、食べ方は上品で思わず魅入ってしまう。モグモグと動く小さな口が可愛い。

そしていつも、そうやって白澤が見惚れてるうちに鬼灯は食事を食べ終わってしまうのだ。しかし、今日は食事だけではない。

空になった器を片付けたと思ったら、新たな器が卓に並べられた。今度は食事ではなくて和菓子だった。汁粉に餡蜜、ぜんざい等。これ等も鬼灯は美味しそうに食べる。

不意に、咀嚼しながら白澤に視線を移すと目が合った。彼は、楽しそうな表情で鬼灯を見ている。

「貴男は、食べないのですか?」

食事は鬼灯と食べたが、菓子には手を付けていない。

「僕は、鬼灯が幸せそうに食べてるのを見るだけでお腹いっぱい」

ニヘッと笑って言われ、思わず視線を落とした。何だか顔が熱い。だが白澤は気にしていないのか、話を続けた。

「鬼灯が何かを食べている姿、好きなんだ。だから、自分が何も食べてなくても楽しい」

白澤の言葉に、鬼灯は何も言えない。彼の素直な言葉は苦手だ。胸が苦しくなったり心臓が騒がしかったり、とにかく忙しない。その感覚に、未だに慣れなかった。それでいて、嫌悪感は感じない。それどころか嬉しさも感じてしまう。ふと、思い至った。

「貴男の言っていた『癒しの品』とは、モフモフと和菓子ですか?」

「うん、そうだよ。お前、好きだろ?」

自分の好きな物を白澤は気にしてくれていた。しかも、今迄の料理は勿論、今回の食事と和菓子は彼の手作りなのだという。聞いて、思い出した記憶がある。

以前、白澤に訊いた事があった。

 

【そういえば、貴男が患者や客に茶を出したところを見た事ありませんが、何故です?】

自分が来た時には茶菓子を振る舞うのに、他の客と鉢合わせした時の卓には何も無い。不思議だった。

【たまに、薬を切らして待たせる事があるんだ。その時はお茶くらい出すよ】

返ってきたのは、そんな答えとも云えない返答だった。

 

でも何となく、白澤が本気で振る舞うのは自分だけなのでは?と思う時もある。その可能性を思い付いてしまうと、まるで彼に自分が特別なのだと態度で言われている気がして、恥ずかしかったが嬉しく感じている己に気付いた。

 

 

 

こうして、白澤と鬼灯は逢瀬を重ねていったのだった。

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3章:鬼女の嫉妬

 

それは、約束の百年までもう少しという頃に起きた。珍しい事に、鬼灯が納期でもないのに白澤の店を訪ねてきたのだ。

「ごめんください…」

しかも、いつもの挨拶に力がない。

「いらっしゃい、鬼灯。何だか元気がないね」

「えぇ…実は、少し前から体が重くて…」

体の丈夫な鬼灯にしては、珍しい事だ。

「多分…貴男から最後に薬を頂いて…それから数日後だったような気がします」

最初は少し体調に違和感を覚え、「風邪かな?」と思う程度で放っておいた。だが、そのうち体はどんどん重くなり、力も出なくなっていった。立っているのも辛くなった為、動けなくなる前に白澤に診て貰おうと来たらしい。

「まるで、生気を抜き取られているような心地ですよ」

「生気を…」

白澤は、すぐさま『目』を開き鬼灯を診た。そして見た。

「お前、呪いを受けてる」

「…呪い?」

白澤は「うん」と頷き、不快そうに眉を顰めた。

「お前の体調不良は、誰かの呪いが原因だろうね」

地獄の管理ともなれば、呪いの知識は自然と知れてくる。女であり、呵責の日々を送っている自分が万人に好かれているわけではない事も分かっている。だから、白澤の言葉を聞いても驚かなかった。

「すぐに治療する。頼むから大人しくしてろよ」

白澤は言いながら鬼灯に近付き、両手で両頬を包み持ち上げた。突然の事に目を丸くする鬼灯を無視し、彼は彼女の唇に己のソレを重ねた。重ねたまま、白澤が呪の気を吸うと、徐々に体が軽くなるのを鬼灯は感じた。軈て、白澤の唇が離れる。気が付けば鬼灯の視界いっぱいに白澤の顔があり…

バチーン!

「ブッ!」

思わず力一杯引っ叩いた。

(やっぱり…嫌だったか…)

相手の了承なしでしたのだし、自分がどう思われてるかも分からないのだ。もしや嫌われたのではと頬をおさえ鬼灯を見やれば、彼女は予想外の表情をしていた。

顔全体が真っ赤だ。髪の間から僅かに覗く耳の先も赤い為、恐らく顔どころか耳まで色付いているだろう。眉間に皺が寄っているが、この赤面では嫌悪と捉えるのは無理だ。左手で口を覆い、胸を押さえる右手は震えている。

スッゴい可愛い。いつも無表情な為、破壊力がハンパない。白澤の顔まで赤くなる。二人の間に甘い雰囲気が漂うが、生憎ソレはすぐさま消えた。

白澤が素早く扉の向こうに目をやる。その表情は警戒心に満ちている。鬼灯も白澤の常に無い緊張感を察し、彼と同じように扉を見る。

「…何かいる」

「え?」

「見てくる。鬼灯は此処にいて」

「嫌です」

速攻で拒否した。

「呪われたのは私です。相手を知る権利があります」

その瞳はまっすぐで、彼女に退く意思がない事を物語る。

「私は閻魔大王が第一補佐官・鬼神鬼灯です。その私が、相手に遅れるとお思いですか?」

「…デスヨネ」

やはり、自分の想い人は強いと思った。白澤は、そんな強い心を持った鬼灯に惚れたのだ。

 

 

外に出ると、呪の気が強くなった。徐々に近付いてくる。

軈て見えたのは、一つの人影。その人影が女性で、鬼である事が次第に分かってきた。そして、鬼灯は彼女に見覚えがあった。ただ、何処で会ったのかまでは思い出せず、首を傾げた。

「あら、白澤様。ごきげんよう」

目が合うと、彼女は笑って挨拶した。その笑顔はどこか作り物めいて嘘臭く、また、目の奥に良くない何かを白澤は感じた。

「そんな所で、何してらっしゃるの?」

薄ら寒い笑みのまま訊ねる鬼女に、白澤は冷静な声で答えた。

「僕の一番大切な女の子を害する奴が近くにいるから、止めようとしてるんだよ」

その言葉に、鬼灯は思わず白澤の背中を凝視し、鬼女は「あら」と言ってクスクス笑んだ。

「白澤様はホンにお優しい方ですわね。私、益々好きになってしまったわ」

まるで白澤を知っているような物言いに、鬼灯は眉をつり上げた。

「白澤さん、彼女は誰です?」

「あら、貴女…」

鬼灯が問うたのは白澤なのだが、先に反応したのは鬼女だった。

「貴女、何故此処にいるの?今は、動けずに地獄にいる筈なのに…!」

憎々しげに言葉を吐く。

「鬼灯を呪ったのはやっぱり君なんだね」

「あら、何の事ですか?」

白澤には笑顔で対応する。白状したも同然の発言をしたというのに、白々しい。

「今更しらばっくれるの。あまり神をナメない方が良い。鬼灯の体内を侵していたのと全く同じ呪の気を、君から感じるよ」

「あら、そう…」

鬼女の張り付いた笑みが、消えた。

「その女が、邪魔なんだもの」

言って、鬼灯を睨み付ける。

「孤児の、元人間の癖に。私は、生まれながらの鬼よ。この女のような中途半端な存在じゃない。同じ鬼なら、私の方が良いでしょう?」

言いながら、白澤に近付く。

「ねぇ、白澤様。そう思うでしょう?言って下さったじゃない。【君には良いところがたくさんあるよ】、【いつか、君を受け入れてくれる人が現れるよ】って。私、嬉しかったのよ」

白澤に触れ、密着する。

「白澤様、お慕いしております。貴男も、私を特別に想ってくれているのでしょう?」

白澤の口角が上がり、笑みの形を作る。ソレを認め、鬼女も笑む。つま先立ち、白澤の唇に己のソレを押し付けた。鬼灯の胸が、ジクリと痛む。だが、その痛みはすぐに消え去ってしまった。

鬼女が、突然頽れたのだ。白澤は彼女を支えるどころか、横に避けた。当然、鬼女の体は地に横たわる事になる。

「なっなにっ…白澤様っ!」

体が動かないようで、首と目だけで白澤を見上げる。そして、硬直した。鬼灯でさえ、驚愕で目を見開き何も言えなかった。

二人の目に映る白澤は、笑っている。だが、目は冷たい光を放ち倒れ伏す鬼女を眺め見下ろしていた。角と尾が顕になっている事が、白澤が本気で起こっているのだと証明している。ゆっくりと腕を上げ、手の甲で唇を拭う。

「君は、何か勘違いをしているようだね。僕の特別は、鬼灯一人だよ。君は、ただの患者で、客の一人だ」

実に滑稽だ。思わず笑ってしまう。

「僕、女の子とお客さんの事は忘れないから君の事も覚えてるよ」

彼女は、何度か患者として白澤の店を訪れていた。中々眠れず、頭痛がする。冷え症にも悩んでいると言っていた。白澤は薬を処方し、たまに彼女の悩みを聞いていた。お悩み相談も、医者の仕事だ。

「あんな事で勘違いしちゃったの?そんな子、久し振りに見たよ。僕が『女狂い』って呼ばれてるの、知らない?」

「だからこそ…女には万人に優しいと聞いていたのに…これはどういう事ですかっ?」

「君が倒れてる理由?君が鬼灯に送った呪の気を返しただけだよ」

白澤の言葉に、鬼女は悔しそうに歯軋りする。地を抉りながら作った拳が、小刻みに震えている。綺麗な手が土で汚れた事も、綺麗な爪が土塗れになった事も気にならない。

「何故…その女なのですか…?」

嫉妬心の籠った目で、鬼灯を睨み付ける。

「その女は元々…村の孤児だったのですよ!その上…犧にされて、鬼火の力を借りて鬼になった、紛い物です!そんな賤しい身分の女、白澤様に相応しくありませんわ!」

鬼女のその言葉が、益々白澤の怒りを煽っている事に、彼女は気付いていない。彼は目を細め、鬼女に問い掛ける。

「君は賤しくないの?」

「…」

「生まれながらの鬼は、鬼火で成った鬼に勝るって?」

(この子って本当に…)

勘違いが過ぎて、可笑しくて笑える。その上、身の内で燃える怒りはおさまらない。

「僕はね、今でも女の子は大好きだよ。柔らかくて良い香りがするし、可愛いモノは愛でたくなる。でもね、そんな僕でも、嫌いな女が一種類だけいるんだ」

白澤のこの告白に、鬼女は訝しげに彼を見上げた。鬼灯は一瞬自分の事かと思ったが、それにしては言葉運びがおかしい。彼は【嫌いな女が一種類】と言った。本来なら『女が一人』ではないだろうか?

その疑問は、すぐに解消された。

「僕はね、鬼灯を傷付ける女が嫌い」

鬼灯は目を丸くする。鬼女が目をこれでもかと大きく見開く。

「鬼灯は今迄の子達と違う。『神』ではなく、『個』としての僕と接してくれる。他の人のように利用する事も媚びる事もしない。僕は、どんな人にも態度を変えないまっすぐな鬼灯が好きなんだ」

鬼灯の事を語る白澤の目は優しく、愛しさに満ちている。この目を見れば、鬼灯に恋をしていないと思うのは難しい。鬼女は何も言えず項垂れ、それ以上は動かなかった。

「さてと…鬼灯、彼女を連れていくと良いよ」

「え?」

「僕は中国の神だからね。日本の鬼の事は、日本の官吏に任せる。あ、神獣タクシーだったら喜んでするよ」

先程とは一転して、にこやかに言う。角も尾も消えた。鬼灯は暫し呆気にとられ、数分後に漸く「お願いします」と言葉を返した。

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4章:告白の結末

 

《From 白豚

 本文

 ○月△日の夜、養老の滝で一緒に飲まない?》

 

白澤から突然、誘いのメールが来た。この日は何かあっただろうかと思考を巡らせた。スケジュール帳を開く。その日は忙しいだろうが、いつも通りと言えばその通りだろう。上手く予定や仕事を調節すれば、行けない事はない。

鬼灯は熟考の末、《中国のツマミを持ってくれば行ってやらんでもない》と返信した。

 

 

そして行った養老の滝。其処には既に白澤がいた。遠目で分かり辛いが、料理らしき物を地面に置いている。

「白澤さん」

近寄り、呼び掛けると、彼は嬉しそうな表情で振り返った。

「?上好、鬼灯」

白澤の隣に座り、並べられた料理を見る。注文通り、全て中国のツマミだ。盃を手に取り、養老の滝から酒を貰う。手に滝が当たり、冷たい。白澤も同じようにし、二人で乾杯する。

暫くの間、二人は酒を呑み、料理を食べ、静かに会話した。顔には出さなかったが、鬼灯は白澤がソワソワしている事に気付いていた。そしてソレは、彼女も同じだった。

軈て、本題を切り出したのは白澤だった。

「ねぇ、今日は何の日か覚えてる?」

「…何の日なんですか?」

無表情で問い返せば、白澤は寂しそうな顔をした。

「僕、お前に言っただろ…【結婚を前提にお付き合いして下さい】って。お前、自分がどんな返事をしたか、覚えてるか?」

「【女遊びをせず、仕事を真面目に勤め、百年後にまた告白をしたならば、お付き合いして差し上げます】」

覚えていた。メールを貰った直後は忘れていたが、カレンダーを見て思い出したのだ。

「今日は、初めて貴男に告白された日の百年後でしたね」

「そうだよ。なんだ、覚えてたんじゃん」

白澤はホッとし、「意地悪だなぁ…」と苦笑した。

「お前の目から見てどう?僕は、お前に言われた通りに出来たかな?」

訊かれ、鬼灯は百年の年月を思い出す。

彼は、『あの日』から決定的な告白をした事がなかった。それでも、言動の端々に彼からの想いを感じた。その想いが嬉しいと感じる自分に気付き、随分と戸惑ったものだ。女遊びもせず、仕事もキチンとしているようで、【給料が上がった】と桃太郎が喜んでいた。

「貴男にしては、上出来ですよ」

「!真的?」

白澤の目が輝いた。

「じゃっじゃあ!鬼灯、僕の番になって!」

白澤の言葉を受けて、鬼灯も彼を見る。

「前も今も、ずっとずっとお前が好きだよ。僕の番になって」

二度、同じ言葉を繰り返す彼に、鬼灯は冷静に返した。

「本当に、良いのですか?」

頷いて貰えず、唐突に何を訊かれたか分からず鬼灯を見る白澤に、彼女は言葉を続ける。

「いつぞや、貴男の患者だった鬼女が言っていたでしょう。私は犧になった孤児ですよ。私で本当に…ん!?」

言葉は、最後まで続かなかった。白澤が己の唇で、鬼灯の唇を塞いだのだ。

唇を離すと、白澤は彼女の両頬を包み、目線を合わせた。彼の目は、静かな怒りを孕んでいた。

「僕、その鬼女に言ったよね。【鬼灯を傷付ける奴が嫌い】って」

ソレは鬼灯とて覚えてる。だが、どうしても気になってしまうのは、彼女の乙女心故か。そんな鬼灯に、白澤はゆっくりと説く。

彼女は人だった頃、村人に『丁』と呼ばれ召使いとして扱われ、最後には犧として殺された。鬼になると閻魔大王から『鬼灯』という名を与えられ、今や第一補佐官、日本地獄のNo.2だ。

「あの鬼女に言われなくても、お前に言われなくても、僕はとっくの昔に知ってたよ。そんな人生があって、今のお前がいるんだろ」

白澤は両手を両頬から離し、柔らかく鬼灯を抱き寄せた。そっと耳元で囁く。

「僕は、お前を形作っている全てに感謝してるよ。確かに、村人達はお前からしたら感謝とかとんでもないし、僕も一度懲らしめたいと思うけど、それでも…そんな事があって今のお前になった。僕はそんなお前と出会えた。だから、無下には出来ない」

嫌いにならないで欲しい、蔑まないで欲しい、自分を。白澤が好きになった鬼灯を。

「鬼灯…正??的全部。?跟我?婚」

愛を囁くが、囁かれた鬼灯からは何の反応もない。顔を覗いて、白澤は目を剥いた。

「鬼灯?何で泣いてるの?」

鬼灯の瞳は潤み、ポロポロと透明な滴が溢れ落ちていく。

「…泣く程、僕が嫌?」

やはり駄目なのか…自分を選んではくれないのか。…そう絶望しそうになったが、白澤の予想に反して鬼灯は彼の問いに首を横に振る事で否定した。

鬼灯はただ、嬉しかったのだ。彼女の過去を気にしない人物は結構いる。その最たる人物が閻魔大王と三人の幼馴染だ。彼等の存在は、鬼灯の心を救った。

しかし、中にはやはり気に入らない人もいる。昔からよく『孤児』、『犧』、『女』、の三つが理由で差別を受けた。『孤児』と蔑まれた事がきっかけで金棒を手に入れたあの日の出来事を、鬼灯は忘れてはいない。

名前も顔も知らない者には、どれだけ言われようと構わない。だが、自分が好いている者に言われると、とても辛いのだ。

「白澤さん…ありがとうございます」

「…鬼灯…」

鬼灯は、白澤に離すよう促すと姿勢を正し、三つ指を揃え地につけた。その動作は美しく、思わず見惚れてしまう。

「不束者ですが、幾久しく宜しくお願いします」

鬼灯が行った直後の白澤の顔は、彼女が今迄見た中で一番幸せそうな表情だった。

 

 

因みに、この二人が交わした約束は

『百年後に告白をしたら交際する』というモノだが、

ソレを指摘する者は居ない。

説明
白澤が鬼灯(♀)に百年間告白し続ける話。
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