『舞い踊る季節の中で』 第164話
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真・恋姫無双 二次創作小説 明命√

『 舞い踊る季節の中で 』 -群雄割編-

   第百陸拾肆話 〜 更闌くけし刻に流れる音色に、そっと耳をかたむけん 〜

 

 

(はじめに)

 キャラ崩壊や、セリフ間違いや、設定の違い、誤字脱字があると思いますが、温かい目で読んで下さると助かります。

 この話の一刀はチート性能です。 オリキャラがあります。 どうぞよろしくお願いします。

 

北郷一刀:

     姓 :北郷    名 :一刀   字 :なし    真名:なし(敢えて言うなら"一刀")

     武器:鉄扇(二つの鉄扇には、それぞれ"虚空"、"無風"と書かれている) & 普通の扇

       :鋼線(特殊繊維製)と対刃手袋(ただし曹魏との防衛戦で予備の糸を僅かに残して破損)

   習得技術:家事全般、舞踊(裏舞踊含む)、意匠を凝らした服の制作、天使の微笑み(本人は無自覚)

        気配り(乙女心以外)、超鈍感(乙女心に対してのみ)、食医、初級医術

        神の手のマッサージ(若い女性は危険です)、メイクアップアーティスト並みの化粧技術、

        

  (今後順次公開)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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一刀視点:

 

 

どさどさ。

がたかちゃ。

 

「はい、此れにも目を通しておいてくださいね」

 

 報告書や審議書の山に頭を悩ませている所に、更に机の脇の台に追加される書類と竹簡の山に、折れた骨が重く軋むように痛む。

 ……むろん、それは俺の気のせいでしかなく。華佗のおかげで、とっくにごく普通に生活している分には傷む事が無いまでに回復はしてくれている。 いわば現実逃避の幻痛というやつなんだろうな。

 

「……ちなみに、これは?」

「御主人様が相談も無く、気軽に勝手に引き受けてきて下さった先日の宴に掛かった費用と、参加された方やされなかった方のお心づくしのお土産、と言うかぶっちゃけ献上品の目録ですよ。

 今回は時間が無かったので、怪我を理由に色々と端折らせていただきましたけど、本当は御主人様にはもっと動いてもらわなければならなかったんですからね。

 ちなみに、こっちが本来は行わなければいけなかった項目と手順です。むろん、目を通しておいてくださいま・す・よ・ね?」

「う゛っ……」

 

 見たくないなぁと思いつつ、一番上に置かれた出納帳の項を恐る恐るめくり………やっぱり見るんじゃなかった。と後悔しながら七乃に宴の事を話した時の事を思い出す。

 ええ、…もちんろん案の定こっぴどく怒られました。

 どれだけの労力と時間とお金が掛かるのかと。その中で何やら聞かされる説教の内容から、俺が想像していた以上に大々的にやるつもりでいる七乃に……。

 

『えーと、何時ぞや美羽の城でやった時のを、もう少し大きくすればいいだけでは?』

 

 と言う俺の考えなしの軽い発言に、今度は翡翠にも怒られる始末。

 今度のは戦勝祝いだけでは無く、孫呉が掲げる天の御遣いが主催する宴として、孫家を掲げる傘下の士族達から大変な注目を浴びているとのこと。

 孫呉としても色々な思惑が掛かっている以上、幾ら戦後と次の戦のための準備のために節約が求められているとはいえ、七乃が言う程度の規模は最低限は必要だとの事。 むろん費用は当然ながら此方持ち。 幸いな事に翡翠が管理してくれている俺の今迄の報奨金だので十分に賄えるらしいけど。 この目録を見る限り、それでもごく普通の一般家庭が十年以上は暮らせる金額が一晩で吹き飛ぶらしい。

 ちなみに領地の事に関しては、七乃は知っていたらしく。

 

『だから言ったじゃないですか、御主人様が態々お金を持ち歩く必要はないと。

 屋敷まで取りにこさせればいいんです。 それだけの御身分と収入が御主人様にあるんですから、そう御提言申し上げたんです。

 何なら今からでもそうしますか? いざという時のために色々と貯蓄しておくにしても、月当たりこれくらいまでなら自由にできますけど』

 

 と、どこからか取り出したのか俺関係の出納帳の上に、指で金額を示してくれる。

 はい? 何時ぞや明命が今後の俺のためにと渡してくれた金額の半分近い金額に、顎が外れそうになる。

 あまりにも驚く俺に翡翠が言うには、あの時の孫呉は美羽…と言うか袁家の傘下だったため、給金どころか領地の収入も上前を袁家にピンハネされていて、領地を管理してくれている人達の分や、明命が個人的に持っている情報網の人達に払う給金を考えたら、それくらいしか自由に出来る御金が無かっただけとの事らしい。

 どちらにしろ俺が扱える金額ではないと言うか、使い道がない金額でしかなく。逆にこんな金額を知らない方が良かったと思えるぐらいだ。むろん国としてはもっと大きな金額が動いてはいるんだけど、其処には個人的な金銭感覚と言うものは介入する余地など無いので置いておくとして。

 そもそも根が小市民な俺としては、気軽に使える御小遣いと言うものが楽しいのであって、使い道の困る程のお金など俺にとっては百害あって一利無し以外の何者でもない。

 むしろ今迄通り小市民の気分を味わいながら、いつぞや調子に乗って北郷隊の全員に夕飯を驕った時みたいに、本当にお金に困ったら七乃に縋った方が、俺としては楽しい訳で……。

 

『頼みますから、御小遣い制にしてください』

 

 恥も外見も無く今迄通りの金額で七乃にそうお願いした。 むろん前回の時同様に呆れられるけど問題ない。例え小物だの小心者だの思われていようと、俺はぜんぜん構わないもんね。 金銭感覚がマヒする事を思えば、その方がよっぽどいいと思えるぐらいだ。

 正直なことを言えば、現代と違って娯楽の少ないこの世界ではお金の使い道が特にある訳でもないし、多少の事なら御小遣いを遣り繰りしていた方が、ありがたみがあるって言うもの。

 そんな事を思いだしてから目録に目を通してゆくなかで、ふと思い出した事を口にする。

 

「本当、怒られたり励まされたりばかりだよな、俺って」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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更紗(高順)視点:

 

 

 

 

「はぁ……全くあいつ等と来たら少しは手加減をしろっていうんだ」

 

 手拭いで汗を拭きながら、つい先程のことを思い出しながら文句を垂れる。

 今日も一日、畑仕事に木の実採りに魚捕りに道具の材料採り、その後に遊びに付き合わされたあげくに、((あいつ等|子供達))が剣術の真似事をせがんで来やがった。

 あいつ等は遊びとは言ってたが、どう見てもその目がそうはいっていない。

 かといって戦いの場に立とうという気でもない。……多分、守りたいから。 この荘園とて安全というわけではない。……野党達。……無頼物達。其れ等の者達から、此処で必死に生きている家族と隣人達を守りたいと思ってのこと。今すぐにではなく自分達が大人になった時に、自分の回りの者達を守れるように。

 だから((某|それがし))も、遊びに見せてはいても中途半端に相手をするわけにはいかない。

 子供達に今の自分達の力でも通用するのだと誤解を与えないように、けっして必要以上に手を抜くわけにはいかない。

 間違っても身につけた力を安易に使ってしまわぬように。

 ……だからといって、子供達を相手に一般兵を相手しているようにしていては大怪我をさせちまうから、これが思っていた以上に難しい。

 攻撃を当てる時はあくまで優しく、それでいて力強く。なのに向こうは力加減なんて知るわけもなく、しかも某一人に集団で仕掛けてくる。……全く厄介な事この上ない。

 ……まぁ、ある意味、戦い方としては正しくはあるがな。

 子供達が振るうのは其処等の木の枝、某は((短棍|如意棒))一つとは言えれっきとした得物。 一見不公平のようだが、此方としては思いっきり振るえない以上、もっとも力加減の出来る手に馴染じんだ得物を選ぶのは当然のこと。

 そして子供達も自分達が絶対に適わない相手だと知っている以上、力加減する必要などなく、ましてや、いっぱしの武人の真似事をして一人で某に向かうことなど自殺行為でしかない。そのように実践を想定したのならば、一対多数で一度に襲いかかってくる子供達の判断は正しい。武人としてではなく、生き残るためにその手に得物を取る事を想定したのならば、当然の判断。

 

「さすがの更紗も、手を焼いているですか」

「誰が焼くかっ! あいつ等の無茶苦茶な攻撃に呆れて対応が遅れちまうだけだっ!」

 

 井戸の側で服の隙間から汗と火照った身体を濡れた手拭いで拭く某とは違い、野菜を洗うために((盥|たらい))にキコキコと音を出す【手押しぽんぷ】とか言う天の知識のもたらした水汲み装置で、水を貯めながら言う音々の言葉に反論する。

 事実、子供達の攻撃など掠りすらしていないのはもちろん、子供達にも怪我一つさせてはいない。せいぜいがちょっとした掠り傷と軽い打ち身くらいだ。しかも明日にはけろりと直っているような。

 

「それならば、良いことですな。更紗は反射的に動き過ぎていたですから、見直す良い機会なのですぞ」

「……分かっているさ。 それだけじゃないって事もな」

 

 音々の言葉に、悔しいが頷くしかない。

 子供達の相手をしていて気がつく、自分がいかに考え無しに動いていたのかを、己が身体能力任せに身につけた技を振るっていたかを。

 戦いに次ぐ戦いの中で、いちいち戦う相手の事を考えるのを止めていた事を。

 相手の動きに合わせて技を反射的に振るっていただけだと。

 それは反射の域までに技が身についている証拠ではあっても、それに身を任せて技を振るい続けることを武術とは言わない。術とは織りなすもの。力も技もその織りなすものの中の一つでしかない。某の武術はその肝心なものが抜けていた。

 いいやそれだけじゃない。周りの動きをもっと気遣うべきだった。

 此処での生活はそのことを気づかせてくれたし、学ぶべきものが少しずつ見えてきた。

 鍛錬とかではなく、こういった慌ただしくものんびりとした生活の中でしか見つけられないであろうものが。

 ……本当に悔しいな。

 別に音々の事じゃない。音々は某の事を想っての言葉だと言う事は十分に理解しているし、此奴のこういう所は素直に受け止めれる。……絶対に口に出してなんてやらないがな。

 悔しいのは、その事に某が早く気がついていれば、多くの守れる命があったであろう事。

 もっともっと恋殿の力になれただろう事。

 ………なにより、気がつかされた原因というのが。

 

「そう言うお前はどうなんだよ。某と一緒にあの口だけはやたらと巧い馬鹿女の口車に乗って色々やらされた成果というのは?」 

 

 最初の方こそは張勲の人を馬鹿にする言葉や、おちょくる態度に乗せられはしたが、某がこの荘園に寄越された意味に一つずつ気がつく度に、張勲の人を馬鹿にする態度やおちょくりが減っていっている事にも気がつく。

 ……まるで某達に興味などないとばかりに。……いや、実際ないのだろうな。

 某達が己が成すべき事を見つけ、成すために歩んでいるのならば、それ以上の興味が無いのだろう。あの女が某達に興味を持っているのは、自分の求めているものをきちんと成しているか、そしてどれだけ成せているかどうかだ。

 もっと正確に言うならば、某達を此処にやった((彼奴|アイツ))の意図通りに某達が成長しているかどうかだけだろう。

 そして、某が気がつく程度のことを、頭の良い音々が気がつかないわけがない。

 

「思えば音々も更紗も子供でいられた事など無かったですね。

 生きるのに…、そして皆を守ろうと必死で、駆け足過ぎたのは確かです。

 此処での生活は、その事を実感させられるです」

 

 ジャブジャブと言う派手な音とは反対に、小さな手で優しく野菜を洗う音々の穏やかな表情とは裏腹に、音々の口から放たれた言葉は某にとっても悲しくなるもの。

 仕方なかった事とは言え、某は子供の頃から力に恵まれた身体でもって得物を握り振るっていた。

 時には全身を血に塗れ、敵の腹から引きずり出した肉片を、この手に握っていた事さえあった。そんなことが一度や二度ではない。

 故にこの身と魂に染みついた血臭は、おそらく生涯取れる事はないだろうと覚悟はしている。

 某も音々も互いに昔の事を話したことはなかったが、某がそうであったように、音々とてそう大差のない幼少期を送ってきたはず。……いや、某のように誰の目にも分かりやすい力でない分、音々の方がよほど辛辣な人生を送ってきたのかもしれない。

 少なくとも、言葉短くも音々が珍しく自分の過去を語った言葉から推測するまでもなく、人並みと言う言葉からは到底ほど遠い幼少期を送ってきた事は確か。

 そして、その言葉は、音々もまた彼奴の意図を理解している証でもある。

 

 ……彼奴、北郷一刀。

 

 天の御遣いと称される男。

 恋殿がおにぃと呼び。恋殿が自ら己が((主|あるじ))だと決めた人間。

 どこからどう見ても、其処等にいる平凡な男達と変わらぬようにしか見えない相手なれど、確かに天の知識を持ち、某達に自ら己に足りないものを気がつかせるために此処にやったのは確か。

 某は見ること適わなかったが、恋殿の前に倒れたといえど、恋殿の本気の本気に互角近くに渡り合うほどの力を持ち。なにより、某を堂々と正面から一蹴して見せたのは確かな事実。

 

「……あんなに弱そうに見えるのにな」

 

 まるで悪夢のような冗談だ。

 一合たりともまともに打ち合うことなく、彼奴の掌にいるような錯覚に陥ったままに終わった仕合。

 不思議なのは、そんな負け方をしたにも拘わらず、己が力のなさを悔しく思いはしても、彼奴そのものに対しての悔しさは感じなかったのは、おそらく手を抜いて戦ったようには少しも感じられなかったからだろうな。そうでなければ、あんな危険ギリギリを更に一歩突き進んだような馬鹿げた戦い方が出来るわけがない。

 

「何を寝ぼけた事を言ってるのですか。 間違いなくアレは更紗より弱いですぞ」

「ああっ? お前こそ何を言ってるんだよ。某より弱い奴にあんな負け方するわけ無いだろうが」

 

 音々の馬鹿げた言葉に反論するも、音々は某の反応も当然とばかりに受け入れながら、それでも其れが事実だと己が言葉を変えることなく言葉を続ける。……いや、正確には付け加えた。某どころか、あの戦に参加していた、どの一般兵より劣るだろうと。

 その上で、一合もまともに打ち合わないのではなく、某達のような将を相手にまともに打ち合えないだけなのだと。

 攻撃が当たるぎりぎりまで攻撃を避けないのは、此方の攻撃が伸びきる瞬間を見極めた上で梃子の原理を利用し無ければ此方の力に対抗できないだけだと。

 力だけではなく速さも同じ。視角や思考の死角をついて速く見せかけているに過ぎなく。

 正真正銘、こと身体能力だけで言うならば、某達と戦うだけの力を持っていない所か、下級兵並の身体能力しか持っておらず。それは普段の生活のちょっとした仕草からでも十分に分かることだと音々は某に告げる。

 その上で、戦闘に高度で複雑な戦術を取り込んでいる事や、技の質や戦い方の違いなどあるものの、そんなものは些細なことでしかなく、その更に奥にあるものの問題なのだと。その一つが某が忘れてしまっていたものの問題なのだと。

 

「アレはある意味研ぎ澄まされた刃も同じ。 ……ただし、磨ぎすぎた刃です。

 触れれば簡単に砕け散ってしまうほどにまで研ぎ澄ました一本の刃。其れがアレの戦い方の本質。

 恋殿がアレに戦わせられないと言い出すのは、ある意味当然でしょうな」

 

 それはつまり、其処までの覚悟と工夫をしなければ恋殿はおろか、某にすら通用しない事を自覚していると言う事。

 ……だが、指摘されてみれば、その通りなのかもしれないと納得できる。

 それは、実際に手合わせした某だからこそ分かる事。

 そりゃあ負けた直後は文句や恨みもしたが、月日が経ち、こうして色々分かるようになってくると、あの時の事を冷静に見つめ直す余裕ぐらいは出てくるさ。

 ……まぁいい、某のことはもういい。それなりに答えは得ている。

 

「合っているかはともかく、相変わらず冷静な分析だな。

 で、結局は某の最初の質問の答えはどうなったんだ」

「…ちっ」

「……おい」

 

 全く、真面目に答えてくれているからと思ってみれば、これだ。

 人の心の中をさんざん探っておいて、自分の腹は欠片だけ見せて誤魔化そうとするから文官というのは油断ならない。と言うか音々のこういう所は気にくわない。

 まぁ……、そうしたくなる気持ちは分からなくもないがな。

 

「確かに更紗が気がついた事ぐらいは音々もすぐに気がついたです。

 それに、この荘園のやり方一つ一つ見ても、あの女がこと((政|まつりごと))に関しては音々よりも遙かに上なのは分かるですし、人をおちょくる言葉一つとっても学ぶべき事は多いですな」

 

 後半の冗談じみたところはともかく、音々が言うにはこの荘園の田畑はすでに十年単位で計画されているらしい。其処には多くの天の知識が使われてはいるものの、音々にとって本当に着目すべきは其処ではなく、それに合わせた計画の組み方らしい。

 作物の生長を弱らせる連作を極力避けるだけではなく、土地に力を持たせる作物として、油や果実や薬になる植物をその合間に取り込ませているのは、金子に換えることの出来る作物を育てるため。他にも治水や用水路の計画だけでなく、山の木々の手入れまで行っているのは、十年、二十年先所か、孫や曾孫の時代までの事を考えてのこと。

 どれ一つとっても無駄が無いだけでなく、策の一つ一つが連携し、その上で作物の生育が悪かった時のことを考えて余裕を持たせてあると。

 天の知識を取り込んだ上で、それに頼ることなく柔軟に荘園の経営してみせる手腕や思考方法は自分には((まだ|・・))ないものと、誇りだけはやたらと高い音々にそう言わしめた。

 ……なるほど、音々が言いたくなかったわけだ。 そしてそれ以上に。

 

「……で、いつまで話を逸らすつもりだ?」

「……ちっ、誤魔化されなくなった分、やりにくくなったですね。全く余計なことを気づかせやがるです」

 

 敢えて此方が思ってもいない事を言って、話を逸らそうとした事を誤魔化しながら、音々は今度こそ某が聞きたかった事について言葉を紡いでゆく。

 ……恋殿がおにぃと慕うあの男の事について。

 

「孫呉が天の御遣いとして祭り上げるだけあって、この大陸にはない知識を持つのは確かですな。ですが音々((達|・))にとって問題なのは、アレが本物の天の御遣いかどうかではない事くらい、更紗にも分かるですね?」

「ああ」

 

 確かにこの荘園だけを見ても天の知識というのは、千金にも万金にも値するのかもしれぬ。 だが某達は金子で動くわけでもなく、ましてや知識という怪しげなもので動くものではない。

 某達が何よりも大事にしているもの。 ……それもあの男はもっていた。ただ、本人がその事を自覚していないだけで、その事は先日の宴で、確かにこの目で見る事が出来た。

 

 

 

 

 

 

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【数日前の宴】

 

 

 

 もぐもぐ。

 はふはふ。

 うぐうぐっ

 

「ぷはーーーー。うまい」

「こくこく」

「恋殿、お代わりをとってきたですぞ」

「おぉー、それを待ってたんだ」

「待つのです、恋殿がまずは先なのですぞ」

「……いい、まだこっちがある。…更紗先に食べる」

「恋殿はお優しいですなぁ。 では愛殿」

「おいっ!」

「やれやれ。冗談一つも理解できぬですか」

「嘘付けっ! どう見ても某をからかう気満々だったろうがっ」

 

 にやにやと笑いながらも某だけではなく、愛殿や真白、侯成殿や宋憲殿にまで給仕をしてくれる音々に一応言葉だけの礼を述べて、さっそく湯気の立つそれを。

 

「うごっ!? なんだこれっ?」

 

 口の中一杯に広がる甘さに、某は思わず驚き声に出す。

 【たこ焼き】とか言う天の世界の食べ物と思って食べたそれは、先程食べた香ばしい香りと醤の味わいとは全く真逆と言っていいほど。

 甘みのある生地に、果実の具材。おまけに掛かっていた醤と思っていたのは果実を煮込んだもの。いや、これはこれで美味しいのだが、先程一口食べた【たこ焼き】を期待して食べただけに驚くなと言う方が無理というもの。

 そんな某に悪戯が成功したとばかりに、音々の野郎は。

 

「せっかくですから色々なものを食べて、見聞を広めるべくと思ってですぞ」

 

 嘘付けっ!と思いつつも、まぁこういう美味しい悪戯なら大歓迎だと我ながら現金な奴だと思いはするが、音々の言う事ももっともだと納得する。 おっ、一つ一つ具材が違うのか今度は無花果か。よくよく見れば上に掛かっている醤も幾つか種類があるぞ。

 って、甘いものばかりじゃお腹がふくれないから、こっちの肉を。 おぉぉー、((大蒜|にんにく))と香辛料が良く効いてて美味い。表面の皮がぱりふわっと口の中で溶けるように細かく砕けてゆくのに、中の肉はしっかりとした歯ごたえと共に染み込ませてある醤が肉の旨みと共に口の中に広がってゆく。

 ただ単に焼いただけのように見えるのに不思議だよな。

 そんな某に、愛殿が此方も食べてみるといいと勧めてくれたのは、一見すれば同じ肉をただ焼いただけのもの。 違うのは皮付きか皮付きでないかと厚みぐらいだけど。

 

「おぉぉ、すげぇ柔らかいというか、これ唇で咬み千切れるんじゃないか」

 

 それに、肉の旨みと共に口の中に広がる甘みのある醤が、また食欲をいっそう湧かす。

 愛殿が言うには、細かく網目状に切れ目を入れる事と、特殊な調合の醤に漬ける事で柔らかさと旨みを持たす事が出来るのだと。此処にある料理のほとんどが、一見簡単に見えても手間暇が掛かった料理なのだと、あの男の命令で宴の準備に参加出来なかった某に教えてくれる。

 愛殿の話をふ?んと適当に聞きながら。

 

「音々もこう言うの作れるようになれば恋殿も喜ぶのではないか」

「ついでに更紗の分もというのは目に見えているのです。特殊な器具を使うものはともかくとして、別にこれくらいなら作り方さえ分かれば、音々に作れない事もないですぞ。

 ちなみに更紗が、先程、美味い美味いとがぶがぶと湯水のごとく飲んだ清湯ですが、都の有名な酒店で飲めば一杯で銀貨で四枚はするですぞ」

「ぶっ!」

 

 音々の言葉に、思わず口にしていたものを吹き出しそうになる。

 一瞬、脳裏にまたもや音々の悪戯かと思うも、すぐさまその事を否定する。

 軍全体の財布を預かってもいる音々は、ことお金に関しては冗談は言わない。

 個人的な支出だけではなく、部隊を纏めるための友好費すらも、自ら定めた小遣いの中でやりくりしているほど。

 そう言う自分にも厳しいところがある音々だからこそ、冗談のように言った今の一言が、冗談でもなく音々の価値観からしたら、それくらいするものだと某に教えてくれるばかりか、実際にその調理に拘わった侯成殿や宋憲殿まで、どれだけの材料と手間暇が掛かったかを教えてくれる。

 

「……と言う事は、今日一日で」

 

 某の一月分の食費を軽く超えた事になるだろう事に、いったい何を食べたか分からなくなる。

 そんな某に…。

 

「……楽しく食べる。…それが一番大切」

 

 恋殿の何気ない言葉。

 ……ですが絶妙な間合いでな紡がれた恋殿の言葉は、それ以上に某達の中に広がってゆく。

 こうしてみんなでわいわいと楽しく食べれる事が、一番の御馳走であり、美味しいさなのだと。

 料理に掛ける金額や手間暇はそのための手段の一つでしか無く、大切なのは其処にある想いなのだと。

 言葉少ないながらも、恋殿の言葉は何時も某達の心を捉える。

 其処にある本質を見失わないように。

 

 

 

「そんな事も、いまだ分からぬから小僧だというのだ小童がっ!」

 

 

 

 其処へ、突如響き渡る怒鳴り声。

 この広い中庭所か、広大な敷地中に聞こえたのでは無いかと思うほどの大声量と勢いに、宴の参加者全員の注意が其方へと向かう。

 激高し、怒鳴り声を上げた人物が、孫呉を掲げる豪族達の代表者が多くいる中で、その代表格の一人とも言える氏族の一人である賀家の元当主である賀斉と呼ばれている隻腕の女性である事が、更にに注目を集める原因でもあるが、それ以上に怒鳴られている人物こそが、此処に集まる豪族達だけではなく、あの戦に参加した兵士達の興味を引く対象だと言う事。

 

「確かに我等も、そして孫呉も貴様の持つ天の知識を利用している事は否定はせん。

 だが、そんなもの程度で我等が動くと少しでも思われていたのなら、怒って当然の事っ!

 いいか小僧、よく聞けっ! 貴様が知識を持つだけの者程度なら、適当に良い思いで骨抜きにさせて知識を絞り出すだけ絞り出させるだけの事。 我等が此処まで動く事はない。いや、儂なら指一つ動かしたりはせんわ」

「賀斉さん、俺は別にそう言う意味で・」

「今は黙っておれっ! 小僧が言いたい事など分かっておるわっ!

 儂が言いたいのは、貴様はまだ分かった振りをしているだけだと言うことだっ!

 少なくとも儂等が一族が今回動いたのは、孫呉のためというより貴様に少しでも借りを返さんと思うたため。

 その借りとは、貴様がもたらした天の知識の事ではない。儂等が借りだと思うたのは、其処にある皆の暮らしを良くしたいと言う貴様の想いだっ!

 戦で一人でも被害を抑えようと、あそこまで自分を追い詰めてまで策を練らんとした貴様の想いだっ!

 その想いにこそ我等は助けられたのだっ! 命をかける価値があるのだっ!

 その儂等が貴様に借りと思う想いを汚す事は、例え借り主たる貴様でも許すわけにはいかんっ!」

「賀斉さん、俺は・」

 

 一族を背負う者だけが持つ重みある言葉と声が、大気と大地に響き渡ってゆく。

 それは怒りの言葉ではなく想いと決意。

 

「もっと自分に自信をもつがよい。

 貴様がやってきた事を。

 血の涙を流してまで歩んできた道を。

 それは貴様一人で歩んできた道ではなかったはずだ。

 自分を信じられぬのなら、それでも構わぬ。

 その代わりその者達を信じればよいだけのこと。

 貴様を信じ力を貸してくれた者達の想いをなっ!

 貴様がそれすらも信じる事が出来ぬ人間ではない事くらい、とうの昔に儂達は見抜いておるわっ!」

 

 戦人として最も大切な想い。

 いや、仕える者として大切な想い。

 想いを託す代わりに、力を貸す者達にとって大切なモノ。

 そして、託される側にとって必要な資質。

 

「貴様が不安に思う気持ちも、自分に自信を持てぬ想いも分からぬ訳ではない。

 だが、何時までもそんな甘えた事を言っていられる立場ではなくなってきた事を、そろそろ自覚する時ではないのかっ!

 ならば、儂等が貴様のその甘えを叩き斬ってくれよう」

「賀斉さん何を!?」

 

 あの男が驚くのも無理はない。

 つい今の今まで唯一残された片手で胸ぐらを掴みながら、怒鳴り声を上げていた人間がいきなり両膝を突いて見せたのだから。

 隻腕である事も忘れるほどの綺麗な佇まいに、あの男は戸惑う。

 だが、某には分かる。あの賀斉と呼ばれる妙齢の女性が成さんとしようとする事が。

 いや、おそらくこの会場にいる者のほとんどが察したはず。

 ……ただ一人、あの男を除いて。

 

「ならば、此処に誓おう!

 儂等、賀一族。天の御遣いである貴公が心から望みし時、いかなる時をもってしても馳せ参じ、一族の総力を挙げて力をお貸しする事をっ!」

 

 その言葉と共に、女性の前に出て同じように両膝を突き、隻腕の女性の代わりに両手を組んで頭上へと掲げるのは、賀一族の現当主である年若い娘とその付き人。

 これで元当主の先走りや戯言ではなく、年若いとは言え現当主と後見人たる付き人までもが元当主の言動に追随したとなれば、言を違える事は出来ない。

 ましてやこのような各氏族の代表達が集まる中でとなれば、言葉を違えれば氏族全体の立場を危うくする。少なくともそうなれば、賀一族とその庇護にいる民達は信用できない一族と見られる事になる。そうなれば一族に待つ運命は明白。

 それでも、賀一族は此処で誓いを立てる価値があの男にあると判断した。

 この宴席にいる以上、孫呉の傘下にいる事を誓いながらも、賀一族はあの男個人に自分達の力が必要な時は自由に使えと誓った。この意味する事は大きい。

 切った張ったが本文の武官である某ですら、それくらいの事は分かる。

 だが、事はそれだけでは終わらなかった。

 

「此処にいる皆々に聞かん。

 儂等賀一族はこの男を信じる。

 天の御遣いではなく、この地に住まう一人の男として信じれる者だと、儂等は知っている。

 一人でも多くの者を戦地から家族の元へ帰えさんと苦悩する姿を。

 一人でも飢え死にする者が減らんと、慣れぬこの世界で必死に模索する姿を。

 そして、此処にいる皆の大半が知っているはず。血の涙を流してまで、戦場に立ったあの姿をっ!

 武において古今に並ぶ者は無しと謳われた飛将軍・呂奉先とたった一人で渡り合ってみせた姿をっ!

 それは((何故|なにゆえ))っ!? 自ら危険を冒し、血の涙を流すほどの苦痛を背負ってまで、其処までなしたのは何故っ!?

 皆はそれを知っているはずっ。違うかっ!

 だが、考えてみるが良い。それは智に溺れ、武に驕る者に出来る事ではない。

 儂は、そして我が一族はその想いに応えんと誓っただけの事っ!

 何ら不思議な事ではないっ!

 だから、儂は此処にいる皆々に問う!

 此処にいる分からず者の天の御遣いに、我等が想いと決意を見せる気はないのかとなっ!」

 

 ……巧い。

 素直にそう感服する。

 天の御遣いと、あの男個人を使い分けながら声に上げる事で、一族として、そして個人としての気持ちを引き寄せている。 幾十もの戦場を駆け巡った者だけが得る事の出来る戦人としての品格と言葉の重みが、更に会場中にいる者達の心と魂を高ぶらせる。

 何より一人、また一人とではなく。まるで押し寄せんとする大津波かのように、次々と我先にと両の膝を地面へと突き、両の拳を組んで天へと掲げてゆく。

 

「「「「「おうっっ!!」」」」」

 

 示し合わせたのでもなく、幾千もの声が重なりし言葉は、想いが重なった証。

 それは賀斉と呼ばれる女性があの男を怒鳴ったように、あの男が己等の想いと願いを取り違いしかけた事への怒りであると同時に、それならばと此処でその想いを形として示さんとする決意。

 あの男が、この地で成してきた事への感謝の意を此処に示さんと。

 此処にいる者達のほとんどが、素直に頭を垂らす事に戸惑うことなく、賀一族と同等の誓いを今此処に天と大地の下で想いを示す。

 

 

 

 

 

 

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【現在】

 

 

 あの男が、この地で何をしてきたかは噂程度でしか知らないし、この地に来て目にした物も片鱗でしかないと知っている。

 それでも分かる事がある。 例え知らぬ土地であろうとも…、知らない者達であろうとも…。

 この目と耳で、何より肌で感じ、心と魂で理解できる事がある。

 

「どのような智と力を持とうとも、そんなもので何千もの人間はああは動かぬ。

 ましてや、あれだけの((戦人|いくさびと))となれば、尚更当然の事。

 某達、戦人が動くのは己が決めた信念と、魂が振るえた時」

「そして、心を交わした時ですか。

 ……まったく、更紗は単純で良いですね。羨ましいくらいですな」

「っ!?」

 

 人を小馬鹿にしたような音々の言葉に、思わず拳をコキコキと鳴らしながら握り直す。

 分かってはいる。音々が本気で某や某達戦人の想いを嘲笑ったわけではないと言う事は。

 だが冗談や某をからかうためだとしても、言い方や言う機会と言うものがある。

 だから理由はどうあれ一発ぶん殴る。そう心に決めて音々へと振り向いた時、それが某の思い違いだと知る。

 音々の言葉の裏にある想いを某は見誤ったのだと。

 

「あの一件は最初から狙っていたもの。少なくとも周瑜辺りはああなる事を目論んで、色々と根回しをしていたのは間違いないですな。

 あの宴はいわば選定の儀式。孫呉…というか、孫権達にとって信用できる者や利用できる者達と、そうでない者達と…。

 天の御遣いであるあの男を餌と出汁にして、それを見極めるための場だった。音々の目にはそう写ったですな」

 

 某の意見や戦人としての想いを否定しているのでも、嘲笑っているのではなく。

 ましてや音々は、己の頭の良さをひけらかしているのでもない。

 ……ただ単に、言葉にしただけ。

 某の意見や想いを汲んだ上で、某のような武人としてではなく、軍師としての視点と考えを。

 

「これを機会に孫権や周瑜達は、孫家に巣食う老害達を黙らせるつもりなのでしょう。

 あの男に老人達を黙らせるだけの最低限の力を持たせた上で、それを罠ときっかけにして孫家の内部における実権の全てを掌握する。

 それと更紗は気がついていなかったようですが。あの男、見た目や普段の情けない行動とは裏腹に、かなり喰わせない男ですぞ」

 

 そう言って、音々は某に教えてくれる。

 あの男が賀家の者に怒鳴られる一瞬前に、恋殿が地に下ろしていた腰が一瞬浮き上がった事を。それを押し止めたのは、あの男が怒鳴られながらも示した一瞬の目配せと左手の僅かの動きだと。

 何千人と集まる盛大な宴の喧噪の中で、恋殿が一瞬たりともあの男の身辺の様子から気を離していなかったように、あの男もまたあの状況下に置かれた時、恋殿が必ず動くとを信じた上で、動く必要がないと指示を出したのだと。

 それはつまり、あの男が後々の事を考えてあの状況をとっさに利用したか、もしくは賀家の者達の怒りと想い分かった上で、戦人達の想いを受け入れる事を決めたかだ。

 多くの人間の前で胸ぐらを掴まれ、怒鳴られ、『小僧』と蔑まされようとも、恥だと思う以上に、ソレが必要だと感じて。

 ……全てを最初から仕組まれていた。 ……と言う事は有り得ない。周瑜達が裏で幾ら手を回そうとも、それは状況を作り出すまでの事。

 何故なら演じられた程度では、魂のぶつかり合いをする戦場を生き抜いてきた我等の目を誤魔化す事など出来ないからだ。

 自惚れるわけではないが、そうでなければ我等武威五将軍と我等が鍛えた兵達と互角に打ち合えるものではないし。それほどの戦人達の心と魂を動かす事など出来るものではない。

 

「音々が調べた限り、あの女が言っていたように、あの男は天の知識をひけらかすのではなく、少しずつ習熟させようとしている節があるですし。天の世界のやり方を押しつけるのではなく、天の世界のやり方を利用する程度に収めているのは、元々あるやり方や其処に至までの想いを尊重しているからとも取れるですね。

 …時間は掛かるですが反感を買いにくくするには良い手ですな」

「そういうのは某にはよく分からんが、そう言うものなのか?」

「……まあ、いいです。 なんにしても、袁家との独立時にしろ、魏軍が攻め込んできた時にしろ、前回の戦にしろ、見た目通りの凡庸な男が出来るような事ではないですな」

 

 なんだ、なんやかんだ言って色々と調べてるんだな。前半はともかく、後半は某にも分かる。あの領主達の話はともかく、その戦場を実際に目をした人間は万といるんだ。建業の街に居ればその時の英雄譚はいくらでも聞ける。おまけに嫌となるほどの尾ひれ背びれがついてくるけどな。

 ……それでも分かる事がある。見えてくる事がある。 何十年も何百年も経つような話じゃないんだ。つい数ヶ月前や一年前と言った程度の事、着いてくる尾ひれなどたかだか知れている。それこそ何らかの意図を持って話をねじ曲げない限りわな。

 

「像棋の時も嫌みったらしく、呂蒙達に自分達とは違う才を学ぶ良い機会だと言ってはいたですが、アレはむしろ音々に向けての言葉と捉えれるですな。少なくとも音々と更紗がこうして此の地で自らを見つめ直した上で、今までの環境では学べなかった事を学ばされている状況を考えれば、音々の考えが間違っているとは思えぬのです。

 まったく、降ったばかりの相手を其処まで信じ機会を与える間抜けぶりや、音々の集めた情報と恋殿の話を照らし合わせた限り、ある意味孫権達より器は大きいと言えるでしょうな。

 ただし、あちこちに穴の空いた器と但し書きが付くですがな」

 

ばしゃんっ!

 

 そう言い終えると同時に、思い出すのも腹正しいと言わんばかりの勢いで、野菜を洗い終えた桶の水を地面へとぶちまける音々の姿は、怒っているようにしか見えないというより、むしろ……。

 

「ふ?ん。その割には高く買っているようにも聞こえるのは気のせいか?」

「ふんっ! まぐれとは言え、本気の本気の恋殿と渡り合ったうえで、虎牢関の時を含めて音々達を二度に渡りあそこまで嵌めてくれた相手ですぞ、それ相応に敬意は払うのは当然なのです」

「……」

 

 開いた口が塞がらないと言うのはこの事なのだろうな。

 某が言うのもなんだかと言う事は自覚してはいるが、音々の今までの彼奴に対しての言動を見る限り敬意と言うものを欠片も見かけた記憶はない。 むしろ敵意?き出しと言ってさえいい。

 時々思うんだが、軍師という人種は頭が良いばかりに考えすぎて性格と行動が歪んだ人種の事じゃないのかと。……もっとも、そのたびに流石にそれはないと浮かんだ考えを否定するんだが、……うん、最近は否定できなくなってきたと思うのは気のせいか?

 

「はぁ……、まあいいや。

 とりあえず音々の軍師としての考えは、彼奴は今のところ信用するに足ると言う事でいいんだな?」

「ふん、事は信用に足るか足らないか、などと言う甘い状況ではないのですぞ」

「どういうことだ?」

「孫呉はアレを【天の御遣い】として最大限に利用するつもりですぞ、その意味が更紗には分からないのですか」

「彼奴の地位が上がると言う事だろ? 発言権も強くなるって事だろうし、まぁ悪くはないことだと思うが」

「……はぁ?」

 

 某の言葉に、今度は音々が心底呆れたかのように深く溜め息を吐いてくる。

 まるで幼子になんて言えば分かってくれるかと思案しているかのように。

 ぐぐっ、某が頭が良くないことは自覚しているが、此奴のこう言う態度は腹が立つ。

 だが、それだけで終わらせないことを知っているからこそ、某は音々のむかつく態度に報復などをせずに、根気よく某にでも分かるように説明してくれることを待つことができる。

 音々は口喧しかったり生意気なところはあるが、基本的に面倒見が良い奴なんだよな。その事は某だけではない、みんなその事を知っている。 だからこそ音々の言葉と、其処にある思いを信じられるんだ。

 だけど、音々の紡いだ言葉はたった一言。

 小さな声で、某に聞こえるか聞こえないかの声で。

 

「禁軍」

 

 だが、それで十分だった。

 それだけで十二分に伝わった。

 迂闊に口に出来ることではなく。

 不用意に口にすべきではない事柄。

 少なくとも、今はこれ以上口にすべき事では無きこと。

 何処に目と耳があるか分かったものではないからだ。

 

「…お、おっ、おまっ、それって」

「孫呉がそのつもりならば、音々達は、もう後戻りすることも逃げることも出来ない場所に立たされていると言うことです。文字通り突き進むしか道は残されていないのですぞ」

 

 どうりで、音々が必要以上に苛ついているわけだ。

 【禁軍】それは、天子様直属の近衛軍の事を意味し、おなじ天子様の軍である官軍とは全く別の軍隊。官軍が漢王朝と民のための軍隊ならば、禁軍は天子様のためだけに存在する軍隊。文字通り天子様の手足となるべく存在。それ以外の禁軍と言う言葉を表すものなど大陸には存在しない。

 つまり音々はこう言っているんだ。

 孫呉は漢王朝の天子様を廃し【天の御遣い】をそれに変わる立場に立たせるつもりなのだと。

 そして天の御遣いを守護し、手足となる軍…つまり某達が禁軍の役割を果たす立場に、いつのまにか立たされているのだと。

 衰退したとは言え、孫呉は漢王朝そのものを敵に回す事になるのだと。

 そして某達は天の御遣いの禁軍として、その粛正対象として逃れることなど出来ないと。

 ……音々の言うとおり、孫呉と共に突き進むしか生き残る術はない。

 

「れ、恋殿はこのことを?」

「とっくに耳に入れてあるのです」

「そ、それで恋殿は?」

 

 事の重大さに舌が巧くまわらない某の言葉に、音々はそれでも某の言葉に答えるかのように小さく首を振ってくる。

 ……つまり、恋殿は全てを承知の上で今の現状を受け止めていると。

 逃げることの出来ない状況になっている事など関係なしに、あの男に仕えると。

 

 

 今度こそ恋殿の全てを賭けて。

 

 

 そっか、恋殿は其処までお考えになったのか。

 その事を少し寂しく思う。 恋殿が本当に大陸の主になる事を望んでいないことを知って。

 でも、同時に嬉しくも思う。 実態はどうあれ、恋殿がそう想える程の主に出会えたことに。

 ………なんだ、簡単なことではないか。

 何ら答えは変わらない。

 音々に事の重大さを教えられ、脅されようとも、某の答えは最初から決まっている。

 恋殿があの男を生涯の主と決めたように、某も恋殿を生涯の主とあの時、あの地において決めたことに。

 そして、その決意は未だ変わることは無く、そしてこれからも変わることは無い。

 

「恋殿の行く先が某の行く先」

 

 自然と想いが口にでる。

 血に汚れたこの手の意味も…。

 踏み潰してきた多くの者達の想いも…。

 今まで歩んできた血みどろの道を胸に…。

 それでも某の想いは変わらぬ。

 恋殿と共に、皆が安心して眠れる((国|いえ))を作る。

 もう某達のような子供を出さないために。

 

「全く、更紗も馬鹿なのですね」

「うるせぇ」

 

 そんなこと音々に言われなくとも分かっている。

 某が馬鹿なことくらいはな。

 だけど間違っているとも思わない。

 少なくとも某に関しては。

 

「だいたい、てめえはどうなんだよ。

 人を散々脅しておいて、もしかしてびびったのか?」

 

 意趣返しも含めての某の言葉に、音々はよりにもよって盛大に溜め息を吐きやがった。しかも…。

 

「まったく、少しは成長したかと思えば、所詮は更紗と言う事ですね。

 その胸と一緒で、少しも成長の兆しは見えないですな」

 

ぶちっ!

 

 某の中で何かが切れた音がする。

 人がせっかく感傷に浸りながら決意をしたというのに。普通、其処で某をお著くるか?

 だいたい胸のことで音々にどうこう言われたくない!

 その後は、思い出したくもない。と言うか、我ながらどうかと思うが何時ものごとく音々を力ずくで黙らせる。むろんかなり力加減をしてだ。

 それでも必死に抵抗する音々を最後には仰向けにして、某の頭の上に乗せながら手足を両の手で引っ張ってやる。

 

「ぐぁっ、あっ、や、やめるのですぅぅぅぅーーー!」

「ほれほれ、まいったか」

 

 とりあえず、音々の悲鳴を聞けたことですっきりした某は、音々を地面に下ろしてやる。

 背中を思いっきり反らされた音々はぜーはーと言いながらも、涙目で某を睨み付けてくるが、某はそれをあえて無視して先程想いを口にした時と同じ光景に目を向ける。

 一言で言えば、のどかな荘園の光景。

 日が傾きかけ夕暮れに染まってゆく田畑。

 陽の光を遮られ暗い影を落とし始める山々。

 既にあちこちで夕餉の煙が上がり始めている家々。

 この大陸の何処かで戦が起こっており、今も誰かが誰かと殺し合っていることなど忘れてしまいそうな光景。

 某達が守らねばならないであろう光景を目にしながら、某はもう一度音々に同じ事を聞く。

 お前はどうなんだ?……と。

 

「音々が此処にいる事こそが答えですぞ」

 

 まっすぐな瞳で、何を当たり前の事をと言った顔で……。音々は今度こそ某の想いに応えてくれる。

 そっか、そうに決まっているよな、聞くまでもなかったか。

 

「なら、最初からそう言えっての」

「そんな事も分からないからこそ音々は呆れたというのに、まったく酷い目にあったです」

「分かるかっての!」

「周りの状況を読みとり、冷静に判断出来るようになる事も、此処にいる目的ですぞ」

「ああ、そうだったそうだった。音々の分かり難い説明を理解するのに一生懸命で、うっかりしてた」

 

 音々の指摘に言葉が詰まりかけるも、某はもっともらしく惚けてみせる。

 確かに音々の言うとおりだなと某の中で反省しつつ。それはそれで新たな疑問が浮かんでくる。

 音々の言では、彼奴は色々と噂はあるものの、それなりに信頼は出来るらしい。愛殿達もそれらしい態度をとっている事から、その事は音々達を信じると言う事で信じられる。

 そして、その器は音々の言葉の真偽を確かめるまでもなく、この身体で知る事が出来たし、自らの領地をあの女の言う事を聞いている限りは、全権を委任するあたり間が抜けているのか、よほどの大物なのか判断しかねるも、其処等の人間には出来ぬ事。

 何より恋殿がそんな男に仕える事を決め、音々もそんな恋殿に変わらぬ忠誠を誓っているというのなら、いったい何が不満なのかと疑問に思う。

 むろん、恋殿の主に相応しくないとか。 恋殿には大陸の主になってほしいとか言う想いは某もあるのは同じ。 だが、音々の彼奴への言動はそれ以上のものを感じる。

 その事について音々に問いかけると。

 

「そんなもの、いつアレが恋殿に手を出さないか心配でしかたないからに決まっているのです!」

 

 こうして荘園にいる間に、恋殿が彼奴の毒牙にかかっていないのかとか。

 恋殿の主になった事をいい事に、恋殿に淫らな命令をしていないかとか。

 仮にも恋殿の主たる人間に、よくも其処まで言えるなと思えるほどの言葉が出てくる出てくる。

 彼奴を悪く言う事は某も人の事は言えないし、そう言う意味で恋殿を心配もしていないわけではないが、少なくとも某は恋殿を信じている。

 天下無双たる恋殿が無理矢理だろうと命令であろうとも、恋殿が許さぬ限りそのような目に遭うわけがないと。

 それでも、なんとなく音々の想いも理解も出来る。

 音々が恋殿を此処まで心配し、苛ついている理由も。

 ようは、音々は彼奴に嫉妬しているんだと。

 恋殿を彼奴に盗られるのではないのかと。

 自分の事など忘れ去られてしまうんではないかと。

 

「あはははっ」

「何を笑っているのです! これは重大な事ですぞ」

「ああ、そうだな重大だ」

 

 だから、つい笑みが浮かんでしまう。

 声を上げて笑ってしまう。

 少なくとも、某と同じ気持ちの人間が此処にいる事に。

 表す形は違えど、こうして隣に立っている事に。

 恋殿を守るという想いを抱く仲間であり同士がいる事に。

 ああ、それでいいのかも知れない。

 恋殿の外敵を某が……。

 そして御心を音々が……。

 共に目指す道は同じ。

 

 

 

 

 

恋殿の行く先が((某達|・・))の行く先。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つづく

-6ページ-

あとがき みたいなもの

 

 こんにちは、そしてお久しぶり、筆者こと【うたまる】です。

 第164話 〜 更闌くけし刻に流れる音色に、そっと耳をかたむけん 〜を此処にお送りしました。

 

 二月ぶりです。そして、あけましておめでとうございます。

 年末年始と忙しい中、今回は、見た目は子供。その中身は一応大人な音々音ちゃんと更紗ちゃんをメインにお話を書いてみました。

 二人の素直になれない複雑な心境を書こうと挑戦いたしましたが、読者の皆様にどれだけ伝わったことか不安ですが、可愛く思えてもらえたなら嬉しいかなぁと思います。

 とりあえず、一刀君の置かれている状況からして、恋ちゃんより君達の方が危ないという事実に気がついていない二人ですが(実際は危険ではないんですけどね)その事に二人が気がつくお話は、また別の機会のお楽しみと言う事で、次の更新までお待ちください。

 

 では、頑張って書きますので、どうか最期までお付き合いの程、お願いいたします。

 

説明
『真・恋姫無双』明命√の二次創作のSSです。

 田畑を耕し、野山を子供達と駆けぬけた先に、二人は何を見たのだろうか?
 長い流浪の果てにたどり着いた約束の地は、本当に二人が求めた地なのか?
 幼き二人は語り合う。これからも歩み続けるために…。


拙い文ですが、面白いと思ってくれた方、一言でもコメントをいただけたら僥倖です。
※登場人物の口調が可笑しい所が在る事を御了承ください。
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コメント
ぶん様、御車瑠通り、一刀君には皆の気持ちを受け止めた上で大きく成長してほしいですよね。 ……乙女心に関しては期待できそうもないですけど(汗w(うたまる)
賀斉さんの言葉で、改めて一刀のたどって来た道が周りの人達にとって大きい物だったのだとうれしくなっちゃいました。みんなの思いを受け止めて、しっかり成長してほしいですね(ぶん)
スネーク様、赤飯って(汗w  美羽の時で懲りていないのかと、また御説教を食らうだけでは? 何故か一刀君が(w(うたまる)
D8様、感情で動いてますよぉ。文中で更紗も言ってますが、少なくとも一刀に対しては(w(うたまる)
音々が…大人な考えしてる…だと!?…赤飯炊かなきゃ(錯乱)(スネーク)
一刀が恋に手をだそうものなら正妻二人がありとあらゆる手を使って奪還しそうですね。そしてその後一刀は搾りとられると。大人な音々もいいですね。感情オンリーで動かない分別のあるのはいいことですよね。(D8)
mokiti様、ついでに、其処に七乃達の目も含まれていると思いますよぉ(w(うたまる)
一刀が翡翠と明命の二人の監視をかいくぐってまで他の女の子に手を出せれば…でしょうけどね。(mokiti1976-2010)
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