王四公国物語−双剣のアディルと死神エデル−
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王四公国物語−双剣のアディルと死神エデル−

 

 

作者:浅水 静

 

第12話 流路

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 馬車の中は険悪……または、剣呑な雰囲気が漂っていた。

 

 馬車の中にはニコラウス、ロミルダ、ギルベルタが並んで鎮座して、三人の対面に座る形になった。前述の二人は困惑した表情で、そして最後の一人はいつアーダベルトに向かって剣を抜き払ってもおかしくない殺気を溢れさせていた。

 

(それにしても既視感が……エデルと会う時は、いつもこうなのだろうか?)

 

 アーダベルトは、エデルガルドに始めて会った時もこんな感じだった思いながら、ギルベルタの敵意剥き出しの態度はどうしたものかと考えていた。

 

(うん、……ほおっておこう)

 

「虎の討伐は、上手くいったようですね」

 

 横にエデルガルドが座って馬車が走り出すと、ひとまず場を空気を何とかしようとアーダベルトが口を開いた。

 

「そうそう、初めの内は、怪我しちゃう人も出てたんだけど、アディル君が教えてくれた通りに試してみたら、これが上手い事、足止め出来てさ。その後は楽に仕留められたのよ」

 

 ロミルダが待ってましたとばかりに嬉しそうに話した。彼女は雌の方を仕留めた内の一人として討伐に参加を許されていた。

 

 当初は諸侯軍で討伐の主体になっていたが、雄虎はその背に十数本の槍を刺し連ねられながら、強力な前足のなぎ払いで兵を次々と吹き飛ばしていった。重装備の鎧で致命傷になるような怪我をする者はいなかったが、骨折などで何人もの兵が倒され、徐々に数を減らされていったのだった。

 

 王国の標準的なルンカと呼ばれる槍は、三叉槍の一種であり中心に長い穂先が、その左右に短い穂先が放射状に副えられた形になっていた。本来なら、その左右の副刃が深刺し防止ではあったのだが、今回の場合は雄虎の強靭な皮膚と分厚い脂肪の層を相手には逆に仇となってしまっていた。

 

 実は番の片方の雌を狩った帰り道、雄の存在を予測したアーダベルトは、この三人に一般市民の自分は参加しない事とシュタイン・ティーガーの狩り方を教えていたのだ。

 

 虎に限らず四足歩行の動物の後ろ足の踵の直ぐ上には、腓腹筋と呼ばれる筋肉がももから踵へと繋がっている。この部分は殆ど脂肪がない部位で両足のこの腱を切断すれば跳躍が出来なくなるのだ。人間で云えばアキレス腱に当たる部分である。

 

「と言う事は、仕留めたのは……」

 

「ああ、最後は俺とギルベルタさんで喉を裂いて仕留めた」

 

 ニコラウスとギルベルタの二人が盾役となり、雄虎の攻撃をいなし、その隙にロミルダの槍で後足の腱を突き切る連携で動きを封じた。その上で、ニコラウスは地を這うような軌道から雄虎の喉を下から叩き上げるように剣を振るった。そして持ち上げられた首に反対側からギルベルタがニコラウスの剣と合わせるように水平に剣を当てた。二人は、示し合わせたような絶妙のタイミングで、同時に体を回転させて刃を引ききった。まるで鋏で切られるように雄虎は喉を裂かれる事になった。

 

「もしかして、今日こちらにいらしたのは、その報奨を?」

 

「らしいな」

 

 アーダベルトは、笑顔で「おめでとうございます」と祝いの言葉を述べた。ニコラウスとロミルダは、照れくさそうな表情を浮かべたが、ギルベルタの方はプィっとそっぽを向いてしまった。

 

 ギルベルタの不機嫌の理由は、アーダベルトには大体予想がついていた。

 

 討伐後にフェリクスから彼を追うように命じられたのだろう。ギルベルタの真面目すぎる性格から、その意を必ず遂げると大見得を切ったが結局、彼に出し抜かれてしまった。そんな所ではないだろうかとアーダベルトは考えた。

 

(それでこちらを恨まれても……うん、やっぱり、ほおっておこう)

 

 アーダベルトは、別に面倒で無関心を決め込んだ訳ではなかった。以前、フェリクスがアーダベルトに抱いた疑念と似たものを、偶然、彼もギルベルタに感じていたのだ。間違った方向だがその一途な思い。しかし、それを否定や訂正するべき資格をアーダベルトは持ち得ていなかったからだ。

 

 非難する事は出来るだろう。だが、それは何の益も無い事だ。否定や訂正を行うには、最後まで責任を持つ覚悟が要るとアーダベルトは考えていた。ギルベルタと親しくなる気も、予定も無いアーダベルトには、その責任を持つ資格は無かったのだ。

 

 馬車の小さな覗き扉を開くと城が見えてきた。

 

 城の周りには、かなり幅の広い堀が作られていて馬車は、その堀に沿ってに城の周りの道を半周ほど周り、架けられた石橋とそれに繋がる跳ね橋を渡り、ディングフェルダー城内へと入った。流石に最前線の領地だっただけあって、それはれっきとした“城”だった。

 

 人工の堀に囲まれた水城、ヴァッサーブルクと呼ばれるタイプで、入城出来るのは見た感じだとこの入り口のみのようだ。その入り口には、太い金属を使った落とし格子が引き上げられ、左右に門塔がそびえ立ち北側に構えていた。

 

(今、流行の貴族風の城などではなく、完全に守勢の城だ。日を背にして入り口を攻めた側からは逆光でその姿が見えにくく、背後から堀を泳ぎ渡る敵は良く見える。

 ……無事に帰れるだろうか?まぁ、無理だと思うけど)

 

 城内に入ってもアーダベルトは、感心させられた。内城壁が築かれて、入り口も奥まった場所に設置されていたのだ。二重の城壁、街をグルッと取り囲む城壁と城の周りの幅広の堀も入れれば、実に三重四重の堅さであり、流石に五国間騒乱を乗り切った城と言える。

 

 アーダベルトと同様にロミルダも初めてらしく、キョロキョロと珍しそうに周りを見回している。目的地のパラスと呼ばれる居館は、外観的には装飾の無い質素なものだったが、中はある程度、時代の流行に合わせた造りに改築されていた。

 

 通されたのはフェリクスの執務室だった。センスの覗える部屋で、奥には隣の部屋に行けるように扉が有り、開かれたままになっている。本棚に書類が丁寧にまとめられて整理されている。全体的に質素にまとめられている中で、大きな窓だけは贅がふんだんに掛けられているのが、王国内でも珍しいガラスが填め込まれていたのでアーダベルトにも理解できた。

 

 最初の挨拶の後、皆を背にしてフェリクスは窓から外を眺め、ルーカスが代わって、それぞれの褒賞を渡して行った。またニコラウスには他にもゲフォルク・シャフトの末席が与えられる事を伝えられた。

 

 しかし、アーダベルトの段になりルーカスは動きを止めた。

 

「ガーゲルン殿は何故、この度の討伐は不参加だったのですかな?」

 

 ルーカスの問いには、暗に非難の棘が含まれていた。

 

「精鋭の諸侯軍の討伐に兵でもない『平民』のそれも未だ成人たりえぬ私奴が参加するなど、以ての外のお話しだと思っておりましたが?」

 

 アーダベルトは恭しく、しかし一歩も引かなかった。

 

「……かと言って、何も言わずに逃げるように村を立ち去るのは無礼ではないか!」

 

「この度、こちらの領庁都市へ参らせて頂いたのは、成人に達しましたので晴れてハンターの認可申請の為、前々より決まっていた事で御座います。『逃げて』こちらに来たと言われるのは、甚だ心外の極み。

 村で始めてお会いした時、『後をお任せして宜しいか』と私奴は許可を頂いたはずです。その場にはブルメスター卿も御出でだったでは有りませんか?

 ましてや、先の虎退治でもエデルガルドお嬢様をお守りするお役目を言い付かった身なれば、そしてお嬢様にもお力添え頂き、『貸し借り無し』として申し上げた折、異存の言は頂かなかったと思いますが如何でしょう?」

 

「……それは……」

 

 一気に捲くし立てたアーダベルトに対して、ルーカスも口を噤まざる負えなかった。元々、腕が立つとは云え、家臣でも無く、本来は守るべき民間人で未成年のアーダベルトを危険の伴う討伐に徴用する事自体、道理にそぐわぬものだったからだ。

 

 その時、返答に窮するルーカスを尻目に、一人だけ声を立てて笑っている者があった。

 

 アーダベルトとルーカスの剣呑な言葉の交わし合いにあたふたとしていた他の者が、そちらに目を向けると本当に楽しそうにしているフェリクスが映った。

 

「なるほど、あの時から既に全てを計算尽だったとは恐れ入った。

 ルーカス、お前の負けだ。そもそも、軍の討伐に兵士ならざる者を頼ったとなれば、それこそ軍の名折れではないか。

 まぁ、何時までも立ち話も何であろう。少々、聞きたい事があるのでな、座ってくれ。

 ――アーダ“ル”ベルト殿」

 

 フェリクスは、アーダベルトに向けて言った。

 

 そう、言葉の最後に彼の昔の名前を。

 

 アーダベルトを凍らせるには充分なほどに。

 

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初出 2015/01/03 に『小説家になろう』 http://ncode.syosetu.com/n4997cj/ にうpしたものです。

 

ニコラウスが定職ゲッツ回。

 

解説:ロミルダの槍の形状としては、フランスのショヴスリ(別名蝙蝠)に近いものです。

中世でも領主、城主の居とする城が戦用としての石造りの城から、

貴族としての豪華な館への変換の時期を経ていますが、作中でもそれと被ります。

平和な時代が続くと動乱と質実が、停滞と奢侈へと移り変わるのは常ですね。

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第12話 流路
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