真・恋姫†無双 外史 〜天の御遣い伝説(side呂布軍)〜 第五十六回 おまけ:真・恋姫夢想劇場 〜高順編〜 |
季節は紅葉した木々が葉を落とし、肌寒さが日に日に増してくる晩秋の頃。
益州の都成都では、年二回あるビッグイベントの開催に街中が熱狂と興奮の渦中にあった。
「さぁ、今年も残すところあとわずか!でも、これを見ずには年は越されへん!やってまいりました!今年で数えること節目の十年目!
第二十回成都木登り大会冬の陣の幕開けや!今回から前任のコーコーコーに変わりまして、司会兼実況を担当することになりました張遼
です!みんなよろしゅー!!」
張遼は、毎回この大会時に漢中の五斗米道大師・張魯から借りている拡声秘具「((魔?|マイク))」を通して観客に叫び、観客もまた歓声で応えた。
「今回の解説は、第一回大会から伝説の十連覇を達成、見事殿堂入りを果たした成都の金棒娘!武楽孔雀・魏文長と!十歳前後っちゅー
若さで本大会開催を提案、見事先々代劉焉はんに採用されたっちゅー経歴を持つ、本大会の生みの親!単身赴任の不良軍師・法孝直や!」
「ぶ、武楽孔雀を採用している・・・だと・・・?」
「・・・毎回思うんだが、なんでいつも俺が解説に呼ばれるんだ?もう生みの親枠なんかいらねぇよ・・・」
そして、張遼が魏延と法正の名前を出すと、観客の歓声のボルテージも一気に上昇する。
対して、紹介された魏延は、酒の勢いとノリで考案した二つ名 “((武楽孔雀|ぶらっくじゃっく))” が声高に民衆に披露されたことに驚いており、
一方の法正は、子供の頃の勢いで提案した冗談のような大会が10年も続き、未だにその生みの親として紹介されながら、
ずっと解説に呼ばれることに、個人的なプライド等の関係からすごく面倒くさそうにぼやいていた。
「まぁまぁ、アンタの功績は偉大やっちゅーことや、祭りでつまらん文句はなしやで」
張遼の言う通り、10年も続き、かつ多くの民衆を熱狂させるような大会を考案したとなると、たとえその内容が木登りであり、
大人になった今の法正にとっては生みの親にされるのが不本意であろうと、その功績は誰もが認めるものなのである。
「ほんで、今回はさらにすぺしゃるげすと!我らが益州牧兼成都領主!天の御遣い・北郷一刀や!」
「ははは、どもー」
さらに、張遼が最後に北郷の名を出すことで、観客の歓声のボルテージは最高潮に達する。
そして、そのような晩秋とは思えないほどの熱気に包まれた激熱の会場で、北郷は気恥ずかしそうに頭をかきながら一礼した。
「ほんならまずは簡単に競技内容の説明や!この木登り大会では、ここ第2広場にあるいろんないわくのある巨木、通称 “扶桑樹” を
速く登ってもらう競技なわけやけど、まずは予選をやって残ったもんで決勝っちゅー流れや!解説のお二人さん、なんや補足とかあるか?」
「基本年齢制限はないが、15歳未満がほとんどで、大人が出場するのは極めて稀だ。それから、決勝に進めるのは一刻以内に頂上まで
登り切ったものだけだ。ただし、一度でも地面に落ちたらそれ以上の競技の続行は認められない。あと、予選では純粋な速さを競うため
道具の類の使用は認められない。最後に、体のどこかが必ず木と接触していなければならない。つまり、枝から枝に飛び移ることは禁止
されている」
「ちなみに、決勝では全員で一斉に登るんだが、この際邪魔が認められている。道具も決勝では使用は許可されるぜ。あとは、ほとんど
魏延が言っちまったからどうでもいい無駄知識を。この “扶桑樹” っつーのは当然『山海経』に出てくる伝説の巨木に因んで呼ばれて
いるんだが、恐ろしいのは未だに成長してやがることだ。そのせいで年々決勝進出者は減っていっているんだが、その分木登りの技術の
方も上がっているから、見てる方としてはより高位の競技が楽しめるっつーわけだな」
さすがに今年初めての張遼と違い、大会とは誕生時からの付き合いである魏延と法正はより詳らかな補足を加えた。
「ほー、ちなみにこれってどんくらい高いん?」
「さぁな。だが、一刻以内でとか言ってる時点でアホほどでけぇってことは分かるだろ。あと言い忘れてたがこれだけ言わせろ。お前ら
この木の下で告白すんのはやめろ!この木の下で告白すれば恋が実るなんてアホみたいなデマをいつまでも鵜呑みにしてんじゃねぇよ!
俺のは偶然だったんだよ!毎回言わせんじゃねぇ!!」
しかし、この法正の最後の極めて私情を挟んだ補足は、結果として会場のボルテージを臨界突破に導くのであった。
割れんばかりの歓声が空気を震わす。
「とまぁ法正のノロケはこんくらいにして、一刀もついでやし何か言っとき」
あァ!?と今にも張遼に掴み掛りそうな法正を魏延が片手で押さえているのを横目に、
むしろ法正の発言が木下告白成就伝説の信憑性を高めているのでは?と思いながら、
北郷は何か気の利いた補足はとしばし考えたのち、フッと一度わざとらしく鼻で笑うと、鬱陶しいほどのドヤ顔で次のように宣った。
「・・・・・・・フッ、たかが木登りと侮るなかれ!木登り、つまり、ツリークライミングは世界大会も開かれている立派な競技なのだ!
その歴史は遠い未来、西暦1983年、アメリカの一流アーボリスト、ピーター・ジェンキンスがアメリカはジョージア州アトランタに
TCI、ツリークライマーズインターナショナルを設立して普及させたのが始ま―――」
「あ、言い忘れとったけど、万一落ちた時のために、医療班として華佗はんに待機してもらっとるんで安心してください。それと競技の
様子は五斗米道秘具 “((照皮|テレビ))”に映されるので見えない方はそちらをご覧ください。あと、優勝者には天の御遣いから一つだけ願いを聞いて
もらえるんで張り切っていきましょー!」
「皆、怪我はオレが治してやるから思う存分登ってこい!!」
あれ、オレの渾身のトリビアは?という北郷のつぶやきなど初めからなかったものになるほど大歓声。
その大音量は、張遼が最後に発した重要な言葉を北郷が聞き逃すには十分すぎる規模であった。
華佗もまた、成都においてもその評判は良いものであった。
「ほんなら早速予選から始めんで!時間も押してるしちゃっちゃと開始や!」
そして、銅鑼の音と共に、予選が幕を開けた。
「一番槍はいただきましたぞー!」
「おーっと!第一の挑戦者はまさかの畑違い感が半端ない人物!北郷軍筆頭軍師の、つんでれちびっ子陳公台やと!?」
銅鑼の音と共に名乗り出たのは、普段頭を使うのが仕事たる陳宮であった。
「こらー!妙な紹介するなですー!ねねもやる時はやるというのを見せつけてやりますぞ!」
陳宮は張遼の紹介(恐らく後半部分)に激しく突っかかりながら、開始の合図たる銅鑼の音が鳴ると共に勢いよく木を登り始めた。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
「・・・っちゅーかホンマ何でねねが出場しとんねん。自分の体力考えっちゅーか優勝賞品に目くらみ過ぎやろ・・・」
「げ・ん・き・に・なれぇええええええええええええっ!!!」
華佗の治療を受けながら目を回している陳宮をよそに、張遼は仕事そっちのけで素の感想を漏らした。
陳宮は木を登り始めて間もなく、足を滑らせて木から落ちたのであった。
「そういう霞はなぜ出場しなかったんだ?霞なら十分優勝圏内だっただろうに」
「ケッ、そんなの決まってんじゃねぇか。お館なら、別に優勝しなくても普段からたいていの願いくらい聞いてもらえるっつー話だろ」
魏延の質問に、張遼が答える前に、法正が核心をついた答えを返した。
「ははは・・・」
「「・・・・・・・・・・・・」」
法正の言葉に北郷は力なく笑って見せるが、一方核心を突かれた張遼と、そしてなぜか魏延が黙りこくってしまう。
「・・・ほ、ほら霞!仕事仕事!」
そして、気まずくなった北郷はわざとらしく話題を変えてみせる。
「・・・お、せやせや。これまで十人くらい予選やってまだ一人も通ってへんわけやけど、今回決勝行ける人おるんやろか?」
張遼が心配するのも無理はなく、これまでの挑戦者のほとんどが、
皆陳宮のように惜しいところまで行くことなく、木から落ちて脱落しているのである。
「まぁ、この扶桑樹には勝負の魔物が巣食っていると言われているが、その心配はないだろう。毎回、今回こそは誰もと思っていたら、
ひょっこり予選通過者が現れるものだ」
「それに、今回出場している目玉もまだだしな。ま、孟達んとこのガキが唯一頂上まで行ってたが、時間切れだったのは惜しかったって
ところか」
しかし、経験者たる魏延と法正はまったく心配している様子はない。
「ふーん、そんなもんかいな。ほんなら次の挑戦者どうぞ!」
「はーい、バクちゃん頑張るもん♪」
張遼に促され、スタート位置に着いたのは、ブロンドヘアをお団子に結った少女。
「次の挑戦者は不良軍師・法孝直の愛娘、法?や!」
「ほぅ、法正、お前のところの娘じゃないか。真打登場ってところか?」
「ふ、当然だぜ」
魏延の煽りに、法正は鼻を鳴らして得意げになっていた。
そして銅鑼が叩かれ、法正の娘、法?は木を登り始めた。
「え?それってどういうこと?」
「法?はこの大会では決勝進出の常連だ。あの年であの身のこなしは実に将来有望だ」
「まぁ、俺の娘にしちゃ、頭よりもそっちのほうが得意らしくてな」
北郷の疑問に魏延が答え、そのことでさらに法正が得意げになる。
「・・・えー、そろそろ法正が鬱陶しいんで実況に移りますー。けどホンマ評判通り他のんとは別格の身のこなし!これは期待大やな!
殿堂入りとしてどうや、あの身のこなしは?」
「やはり最善の手をかける場所足をかける場所を瞬時に選び抜くその判断力と行動力が抜きんでているのだろうな」
「おいおい、そんなに褒めても俺は何もしねぇぜ?」
魏延の真面目なコメントにまたしても法正が面倒くさい反応を示した。
そのため、さすがに見過ごせなくなってきた張遼が反撃に移った。
「・・・あー、けどあの服装であんなに大胆に動いたら、ほら見てみ、下から見上げたら可愛いパンダちゃんがこんにち―――」
「お前コラ張遼!魔?越しになんてこと言ってやがる!!おま、照皮も何反応して映してやがる!黄権か!?黄権だなこの野郎!!コラ
お前ら汚らわしい目でバクのこと見てんじゃねぇ!!ぶっ殺されてぇのかこの―――!!」
「落ち着かんか阿呆め!!!」
―――しばらくそのままでお待ちください―――
「・・・えー、気を取り直しまして、おお!?いつの間にか頂上まであとわずか!ほんで、ついに登頂第一号の誕生や!!」
張遼の不謹慎な発言に加え、照皮という名の大スクリーンに法?のセクシーショットが映し出されたため、
暴れだした法正であったが、暴れだした途端現れた厳顔の鉄拳制裁をくらい、あえなくダウン。
今は華佗の治療待ち状態である。
「果たして制限時間内なんか、時間内やったら白旗。時間外なら赤旗が上がります。判定の張任はん!」
張遼の呼びかけに、扶桑樹の頂点でひときわ輝いている(主に一か所が)ナイスミドル、張任が溜めながら俯いていると、
「白でさぁ!」
魔?もないのに下まで聞こえるような大声で法?の予選通過を宣言した。
「とまぁ法?ちゃん以来予選通過者が一向に現れへんのやけど、これ、決勝やらんと優勝決まりちゃうん?」
「いや、まだ本命はでてないぞ?」
「そういえばさっきも目玉がまだとか法正が言ってたけど、焔耶は知ってるのか?」
「むしろ、ワタシとしてはなぜお館が知らないのか不思議なくらいなのだが?」
「???」
魏延の言い様に、しかし北郷は思い当たる節がなく、頭に?を浮かべるほかない。
「ほなら、残りもあとわずかやけど、次の挑戦者どうぞー!」
そして、張遼の促しによってスタート地点に立ったのは、
「ウシシ、ついに我の順番が来たし!」
透き通るような白い肌に白い瞳、白銀色の髪は小柄な体格も相まって地面すれすれまで伸び、
白装束に身を包んでいるため全体的に白の印象を与える少女であった。
「・・・・・・あ、あーなるほどねー。目玉ってあれかー、サプライズゲスト的なそういうあれかー。確かにオレこの子知ってるなー」
「は?いや、ワタシが言っていたのはコイツの事ではなく―――」
五斗米道大師・張魯の登場に、北郷は心底冷めた様子で脱力し、魏延は困惑の態を示している。
「ウシシ、ここからは我の独壇場だし!もう誰にも止められないし!優勝は我のものだし!」
張魯は小さな胸をこれでもかというほど張り、ちらちらと真っ白な八重歯を見せながら上機嫌に宣言した。
「なんとここでまさかの五斗米道大師・ろりっ子米屋、張公祺や!っちゅーか何でアンタがここにおんねん!」
「ウシシ、我らだけ仲間外れにしようとは甚だ心外だし!我らも御遣いとは縁深いし!ぶっちゃけこういうお祭りとか参加したいし!」
張遼のツッコミに、張魯はそれらしい理由を言おうとするが、最終的には本音がダダ漏れた。
「ふん、怪しいものだな。いったい何をたくらんでいる?まさか、優勝した暁にお館に無理難題を要求するつもりか!?」
「別に無理難題じゃないし!ただ五斗米の販路拡大に協力してほしいだけだし!」
「販路拡大?どーいうことや?」
かつての所業から、魏延は張魯のことを疑いの目で見ていたが、しかし、張魯の口から出たのは予想外の言葉であった。
「ウシシ、我らが五斗米はまさに至高の米だし!そんな上手い米が世に広がれば、皆幸せになれるし!我が国は潤うし!一石二鳥だし!」
さらに、張魯の口から続いた言葉は、北郷たちの思考を一瞬停止させるのに十分すぎるほどのものであった。
「「「・・・えー子や・・・」」」
結果、思考停止の果てに行きついた答えが、三人一致でそのような一言であった。
(「なんやこの可愛い生き物!?どーいうことや!?コイツこんなんやったか!?お持ち帰りしたい!」)
(「いや、ワタシも長いことコイツのことは見てきたつもりだったが・・・」)
(「よし、こうしよう。とりあえずオレが何とかして張魯を口説き落として引き抜こう。そして成都に来ていただこう」)
北郷がとてもいい顔をして真面目に危うい発言をしたその刹那、張遼と魏延の表情から妙なテンションが消えた。
「いや、やっぱ張魯には漢中にいといてもらお!それが一番や!なんたって漢中の領主やしな!」
「そうだ!お館が謎の天の力を発揮する必要はない!それに漢中とは今でも保護関係にあるからな!引き抜かずとも仲間も同然だ!」
「ふん、そもそも引き抜きなど我らが許さぬのだよ」
そして、張遼と魏延は先ほどとはまた違った妙なテンションで北郷の提案を拒否した。
さらに、二人に助長する形でもう一人がいきなり加わった。
「ちょ、張衛!?なんでこんなところに・・・!?」
「ふん、当然姉上の応援に来たに決まっているのだよ」
と告げると、長身で細身の全身黒ずくめ男にして張魯の弟・張衛は、実況席から離れると、
恐らく五斗米道御一行様と思われる一団に加わった。
今になって気づいたのだが、かなりの人数が成都にやってきているようであった。
「おい、アイツまでここに来てていいのか?今漢中は張姉弟に法正までいないということだろう?」
「ま、まぁ焔耶の言いたいことも分かるけど、今日は年二回のお祭りだし、いいんじゃない?」
「せやせや、見た感じ国を挙げて応援に来てるみたいやん。ウチ、こういうノリめっちゃ好きやねん!もうウチも張魯応援したる!」
そのような五斗米道の姿勢に魏延はあきれ顔で、北郷はやや苦笑いな感じで、
張遼はさらにテンションをヒートアップさせる反応をそれぞれ見せた。
「ほなら、準備はええか!?よーい・・・始めッ!!」
ジャーンジャーンジャジャーンという銅鑼の音と共に、張魯が一気に木を登り始めた。
かと思われたが、しかし、張魯は動かなかった。
「な、なんやて!?なんで動かへんねん!!どういうことや焔耶!?これはどういう作戦や!?」
「いや、ワタシにもよくわからない。五斗米道の者たちも困惑しているようだしな」
魏延の言う通り、五斗米道御一行は、何をやっているのだ姉上ぇ〜!?だとか、頑張ってください大師様ー!だとか、
こっちを向いてくださーい!だとか、みんながみんな好き放題叫びまくり、やや混乱状態にあるようであった。
「・・・いや、あの子のことだ。きっとオレたちが想像できないようなことを平然とやってのけてくれるに違いない」
と、北郷が期待を込めたコメントをした次の瞬間、張魯に動きがあった。
「ウシシ、待たせたし!今こそ我が五斗米道の神髄を見せてやるし!括目してみるがいいし!」
スタートしてもしばらく動きのなかった張魯であったが、大げさな挙動とともに叫ぶと、両掌を体の正面で合唱させた。
パンッという乾いた音がなぜか大歓声で沸く会場の中でもはっきりと聞こえてくる。
「おっ!?出るんか出るんか出てしまうんか!?あの五斗米道の奇跡の御業が!?」
「おい、こんなところで爆発なんか起こされたら観客が混乱状態に陥るぞ!」
「いや、待て焔耶!なんかいつもとちょっと違うぞ!」
魏延は、かつて目の前で張魯が爆発を起こした(ように見せかけ実際は自前のスタングレネードを炸裂させたのだが)
のを目の当たりにしていたせいか、今すぐ張魯の凶行を防ごうと実況席から飛び出そうとしたが、
北郷が寸前のところで魏延を制止させた。
北郷の言う通り、いつものようにすぐに爆発が起きなかったからである。
「・・・な、なんや、不発かいな?」
と張遼ががっかりしかけたその刹那、
「・・・ウシシ、ウシシシシシ・・・」
張魯が小さな八重歯をちらつかせながら不気味に笑っていると、手元が淡いブルーに発行し始めた。
「お、おお!!なんや手光ってるで!!何が起こるんや!?」
「・・・・・・いや、あれは確か米が美味くなるとかそんなのじゃなかったか・・・?」
張遼はあまり張魯のことを知らないため興奮しているが、実際見たことのある魏延にとっては、
一気に鬼気迫る状況から解放され、拍子抜けするように疲れた様子でつぶやいた。
しかし・・・
「ウシシ、魏延は愚か者だし!我が何もせずただだらだらと日々を送ってきたと思っていたら大間違いだし!」
張魯は魏延のつぶやきを耳ざとく聞き逃さず、声高に否定して見せた。
そしてその瞬間、いや、だらだらとした日々を送っているのだよ、という張衛の口の動きが実況席からでもはっきりと分かった。
しかし次の瞬間、誰もが驚くような光景が繰り広げられた。
「な、なななな、普通に登っとるやんけ!」
張魯はまるで虫が木を歩くように、サササッと木を登っていくのである。
「普通だと?あれのどこが普通だ!あれほどの巨木を苦も無くよじ登るなどありえないだろ!」
「けど実際登ってるぞ?まさか本当に妖術の特訓でもしてたのか?」
「ウシシ、これで我の優勝はゆるぎないものに違いないし!」
そして、そのまま一度も止まることなくものすごい勢いで扶桑樹を登っていく張魯は、何のアクシデントもなく登頂を果たした。
「とーちゃーく!!これはすごいことになったかもやで!!ウチの感覚やと、まだ一刻の半分も経ってへんのとちゃうか!?」
「し、信じられん・・・!」
「これは驚いたな。冗談抜きでホントに優勝しちゃうんじゃ―――あれ?張任の様子が変だぞ?」
北郷が指差した先、扶桑樹の頂点で審判として君臨している張任は、張魯をジーッと睨み付けていけていた。
「な、なんだし・・・じろじろ見るなだし・・・!」
「赤でさぁ!!」
張任のあまりにも不似合いな子犬のようなつぶらな瞳でのガン見に引き気味だった張魯であったが、
張任がカッと目を瞋したかと思うと、赤旗を勢いよくあげて張魯の予選敗退を高々と示した。
「なっ・・・!?お前はアホだし!なぜ我が赤旗を上げられないといけないし!こんなのインチキだし!」
「インチキはアンタの方でさぁ!あっしの目は誤魔化せやしねぇ!アンタ、ネバネバしてやすね?」
「ギクリ!!」
張任の意味深な謎の指摘に、張魯はあからさまに慌てた様子であった。
「「「ね、ねばねばぁ?」」」
しかし、当然実況席側にとっては何のことか理解できず、三人そろって間抜けな声を上げた。
「恐らくは、粘り気の強い蜘蛛の糸か何かを両手にでも仕込んでたんでしょう。そこに五斗米道の気を送り込めば、粘着性を極限にまで
高めた、ねばねばした両手の完成でさぁ。だが、蜘蛛の糸も道具の一つ!予選でそれはご法度ってもんでさぁ!」
結果、張魯の反則負けが正式に決定された。
「ハァ、姉上ェ・・・」
張衛はなんとなく想像のついた結末に深いため息をついた。
しかし、他の五斗米道の一団は、大師様素敵ですー!だの、
さすが大師様!反則を平然とやってのけるなんて!そこにシビれる!あこがれるゥ!だの、
大師様こっちを向いてくださいー!だのというように、それほど勝敗にこだわっている様子はなく、
ただ張魯の勇姿を見れて満足といった様子であった。
「ね、ねばねばの手って、なんか嫌やそんなん。そんなんウチは受け止められへんで・・・」
「しかし、相変わらずの奇抜な発想はさすがといったところか・・・」
そして実況席では、張任によるまさかの種明かしに張遼と魏延はそれぞれ全然違うベクトルの反応を示すが、
「(ねばねばか・・・両手ができるってことは、例えば全身を蜘蛛の糸でいい感じに縛ってもらって、いや、間違って絡まっちゃったとか
のドジっ子要素の方がいいか・・・それが更にねばねば・・・うん、大丈夫。問題ないな。受け入れられる)」
北郷だけはそれら二人の反応とは全く別次元の、選ばれたものしか踏み込むことができない領域に旅立っていた。
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」
北郷が異次元の脳内会議の内容を思わずつぶやいてしまったせいか、張遼と魏延はもはや罵倒する言葉すら失い、
刺殺する勢いで冷たい視線を送ることしかできなかった。
「・・・ほなら、気をとり直しまして、次で予選最後になります!予選の最後を飾るんはこの人や!」
張遼に促されスタート位置に立ったのは、深紅の髪をなびかせる女性。
「・・・・・・ようやく恋の出番」
「誰もが知る天下無双の飛将軍。人中の呂布と恐れられる北郷軍最強の武将、呂奉先や!!」
張遼の紹介により、再び会場が興奮の熱気に包まれる。
呂布もまた、成都の人々にとって大人気の武将なのである。
「・・・・・・優勝するのは恋・・・誰にも負けない」
その刹那、呂布から視認できるほどの溢れんばかりの闘志が全身から噴き出した。
大歓声をあげていた観客たちが息を飲み呂布の様子に見入る。
会場全体が先ほどとは打って変わり静寂に包まれた。
「恋のやつ気合が入っているな。これは本気でお館を獲りに来ているのか・・・!」
「お、おい、いつのまに優勝=オレみたいな構図になってるんだ?」
「今更何寝ぼけてんねん?少なくともねねと恋はそのつもりでこの大会に出とるやろうな。一刀、こら覚悟しといた方がええで?」
そして、ジャーンジャーンジャジャーンという銅鑼の音が鳴り、呂布の挑戦が始まった。
と思った次の瞬間、この場にいる全員の目が飛び出た。
なんと、呂布は扶桑樹を駆け上がり始めたのだ。
しかも、木に対して垂直に。
「「「な、ななな・・・なんだってぇ〜〜〜!!!???」」」
この会場にいるすべての人間が抱いたであろう感想を、実況席に座る三人が魔?越しに叫んだ。
「なななななな何やあれ!?どないなっとんねん!?」
「まさか恋のやつも五斗米道の力を!?だがあれは反則ではないのか!?」
「いや、そもそも恋が五斗米道の術なんて使えるわけないよ!」
そして、三人がそれぞれ目の前で起きているありえない出来事にあーでもないこーでもないと議論を交わしているうちに、
呂布はどんどん頂上に向かって((駆けて|●●●))ゆく。
そして・・・
「いま、頂上に到着しました!信じられへん!まだ張魯の時の半分しか時間たってへんで!!」
「お。落ち着け霞!これから張任チェックが始まるはずだ!それですべての謎が明らかになるさ!」
そして、北郷が言うように張任がゆっくりと呂布のことをくまなく眺めはじめた。
「ど、どうなんだ・・・白か赤かどっちなんだ!?」
と魏延が叫んだ次の瞬間、張任の子犬のような目がカッと見開かれ、
「白でさぁあああああ!!」
呂布が反則行為を行っていないことが高らかに宣言された。
「と、いうことは、呂布選手の決勝進出が決まりました!!っちゅーかこれ事実上優勝と同じやろ?」
そして、正式に張遼によって呂布の決勝進出が宣言されることによって、会場が一気に音を取り戻したかのように大歓声に包まれた。
「いや、勝負は最後までやらんと分からん。わずかでも法?に優勝の可能性があるのなら―――」
「んーん、バクちゃん棄権するから呂布ねぇ様の優勝でいいわ!」
しかしその時、魏延の言葉を遮ったのは決勝進出を決めていた法?本人であった。
「え、いいのかい?父様バクちゃんのことすごく応援してたよ?」
ちなみに当の本人たる法正は、華佗の治療を受けているためこの場にはいない。
「うん、バクちゃんとっても楽しかったし、さっきのねぇ様見てたらバクちゃんよりねぇ様の方が優勝にふさわしいって思うもん♪」
「そっか、じゃあ次また頑張ろうな」
そういうと北郷は優しく法?の頭を撫でた。
「・・・法正が見たら間違いなくお館は精神的攻撃を受けるだろうな・・・」
「・・・っちゅーわけで、決勝進出2名のうち、法?選手が棄権したため、優勝は呂布選手に決定しました!!」
決勝戦がなくなったにもかかわらず、観客からは特にブーイングは起こらなかった。
それほど、呂布の行ったことは誰もが納得する、人間離れしたものであった。
「・・・よかった」
優勝の決まった呂布は、木から降り実況席に足を運んでいた。
「ところで恋、さっきのってどーやったん?」
さっそく、張任お墨付きの反則なしの離れ業がどのようなものだったのかを探る張遼であったが、
呂布から帰ってきた答えは予想外のものであった。
「・・・・・・足の裏にちゃくらを集中する」
「・・・・・・・・・へ?」
よほど優勝がうれしかったのか、かなり貴重な呂布のボケなのであったが、ボケの扱いに慣れた張遼ですら対応できなかった。
時が止まるとはまさにこの時のことを言うのだろう。
(おいおい、どこの忍者だってばさ・・・)
と、せめてもと北郷が心の中でささやかにツッコんだ。
「・・・・・・・・・・・・今のは、冗談」
呂布は若干顔を赤らめさせた後、真面目に答えた。
「・・・滑り落ちる前に前に足を出す・・・あとはそれの繰り返し」
しかし、その真面目な回答は、北郷にとっては到底許容できるものではなかった。
「なるほど、水の上を走るとき、沈む前に足を上げるのと同じ原理か」
「なるほどじゃないよ!そんな芸当できるの一部のトカゲぐらいなもんですから!」
今度は、北郷はスルーすることなく声に出してちゃんとツッコんだ。
「・・・・・・練習すれば、みんなできるようになる」
しかし、どうやら北郷とまわりとでの水の上を歩くことに対する認知に大きな溝があるらしく、
ならないよ!と北郷は苦し紛れに心の中で叫ぶのであった。
「まぁ恋がすごいっちゅーのは分かった。ほんで、恋は一刀に何を叶えてもらうんや?」
そう、ここからがある意味本題なのである。
「・・・一刀にお願いがある」
すると、張慮の質問に、呂布はずいっと北郷の方に進み出た。
呂布と北郷の距離が一気に縮まる。
北郷の瞳が呂布の顔で覆いつくされるほど二人の距離は接近していた。
「な、なんだ?もう覚悟は決まってるぞ、なんでもこい!」
北郷も覚悟を決め、目を閉じる。そして・・・
「・・・恋の部屋にいる犬たちのごはんを増やしてほしい」
「よし!犬たちのごはんだな―――ってあれ?それだけ?」
「・・・・・・(コクッ)」
北郷は呂布の願いを即答で聞き入れた。
そして、聞き入れてから北郷は思っていたのとは展開が違うことに気づく。
「なんやなんや、またやらしーことでも考えとったんか?」
横を見ると、張遼がニヤニヤと北郷を見ていた。
「いや、だってさっき焔耶が・・・!」
「お館、人のせいにするのは良くないぞ?」
北郷の苦し紛れの責任転嫁も、魏延本人にシャットアウト。なんだってんだよー!という北郷の叫びが魔?越しに会場内に響き、
ここに第二十回成都木登り大会冬の陣が、北郷の恥をさらすという形で幕を閉じたのであった。
完!
高順「―――って私の出番は!?」
珍しく声高に叫んだ高順は、ガバッと勢いよく起き上がると、寝ぼけ眼で周囲の様子を窺った。
ここは成都城内にある一室。
昨晩、厳顔を主賓においた女子会が行われ、
最後には悪酔いした厳顔に夜通し男性を口説くテクニック等の大人の知識を延々語りつくされ、
そのまま床で寝てしまったいたのであった。
周りには厳顔はもちろん、同じく捕まった陳宮や、すでに気絶していた張遼、魏延も横たわっていた。
時刻ははっきりしないが、日の上がり具合から恐らく間もなく昼といったところか。
本来なら完全な寝坊なのであるが、誰もおこしに来ないのは、
本日が年に二回行われる木登り大会のおかげで、仕事が休みのためであった。
高順「・・・何が完!ですか・・・これが1人だけ拠点が前後編に分かれていたことに対する報いだというのですか・・・出番なしという
いじられ方は新しいですね・・・」
高順は自身でも何を言っているのかわからないことをブツブツ呟いている。
高順「そういえば、今日は木登り大会でしたね・・・まぁ、運営の方は張松様や黄権様あたりが上手くやっているのでしょうが・・・」
そして、ゆっくりと窓際まで歩くと、うっすらと賑やかそうな歓声が聞こえてくる第二広場の方をぼんやりと見やった。
高順「はぁ・・・私も出場したかったですね・・・」
と、謎の木登り欲に駆られている大会優勝候補が深いため息をつくのであった。
【第五十六回 おまけ:真・恋姫夢想劇場 〜高順編〜 終】
あとがき
第五十六回終了しましたがいかがだったでしょうか?
さて、今回の夢物語はまさかの本人登場せずという内容でした。
一方で益州勢はほぼ全員出演という。(そのせいで書き分けが甚だしく困難なことに。分かりにくかったらすいません・・・)
時期的にもノリ的にも年末にやった方が良かったかもとか思ってたりしますが、
何はともあれ、個人的には久しぶりに華佗や張魯が描けて楽しかったのです。
要するに一人だけ2週目の拠点前後編でズルいと思った結果でした。
ですが、まさか適当に考えた木登り大会を真面目に描写する日が来ようとは
(しかも冗談でググったら世界大会まで実在してましたしw)
色々ツッコミどころ満載でしたが、そこは夢だからということでご容赦いただきたく。
この後、高順は2連覇達成という偉業?を成し遂げるのですが、それはまた別のお話です。
それでは次回もう一回話を挟んでから第四章へと向かいますので、本編をお待ちの方はもうしばらくお待ちくださいませ。
それではまた次回お会いしましょう!
なぜ木に登るかですか?そこに木があるからですよ by 高順
説明 | ||
みなさんどうもお久しぶりです!初めましてな方はどうも初めまして! さて、前回は元日特別編ということで、久しぶりにside袁術軍をお送りいたしましたが、 今回は通常通りside呂布軍に戻りまして、高順ちゃんの拠点のおまけです! 本編に入ったらなかなかできないようなシュールテイストです。 つまり読まなくても本編読むのに何の支障もありません。 そんな息抜き回なのでどうか気楽なひと時をお過ごしいただければと思います。 あと今回ちょい長めです!(一回呂布軍のお話飛んだので) ちなみに今回のお話は桔梗さんのおまけを読んでからの方がピンとくるかもです。 第三十二回の後ろにくっついてますので、もし読んでいない方いらっしゃいましたら(とひそかに宣伝してみる) ※第三十二回 拠点フェイズ:厳顔@・母親という名のカウンセラー(後編)<http://www.tinami.com/view/655450> それでは我が拙稿の極み、とくと御覧あれ・・・ |
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コメント | ||
>くつろぎすと 本編の一刀君はできるだけ変態じゃないようにと意識してたりするんですが、これは夢物語。つまり、ななのイメージであったり、或は理想像wの一刀君が反映されてたりするかもしれないんですよねw(sts) >D8様 通常ではありえないようなテンションの方々ばかりでしたからねwまぁお祭りマジックと言われればそれまでですが。(sts) >nao様 選ばれたものしか踏み込むことができない領域=変態の中でもさらに高レベルの人。つまりハイレベルな変態ですねw(sts) >神木ヒカリ様 大会にななが出場しても恐らく平然と登っていきそうなので、なんだかなぁと思って挙句、参加できずとw そういう意味でもこの後の大会2連覇も普通に出場したら優勝できましたみたいな感じだろうなぁと思ってまして描こうかスルーかどうしたもんかと悩んでたりします(sts) >アルヤ様 この当て字思いついたときビックリするくらいテンション上がったというお気に入りの閃きでして、ひそかに本編採用を狙ってたりしてます。(sts) >東文若様 見上げるくらいの木って子供の頃なら嬉々として登ってましたけど今は絶対無理です、っていうか怖いですw(sts) 夢ん中のかずとくん変態すぎだろwwwと思ったらいつもこんな感じだった(くつろぎすと) なんとなく夢オチな予感はあったww(D8) 一刀の選ばれたものしか踏み込むことができない領域ってのは何なんだ?wただの変態だろw(nao) えっ、夢オチ!? しかも出番ほぼナシ!? 木登り大会で活躍するナナが見たかった。(神木ヒカリ) 武楽孔雀www(アルヤ) 小学生の時は木があれば登ってたなぁ。また、そんな童心に帰りたいなぁ(遠い目(東文若) |
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