紙の月2話 小さな一歩は偉大な一歩 1/3
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デーキスは朝から、割れた鏡に写る自分と戦っていた。元々、よく寝ぐせの付く方だったが、今日のはいつもより数段手ごわかった。容器に入った水を使い、何度も頭をなでつけるが、すぐに逆立つ髪を見て、デーキスは寝ぐせを直すのを諦めた。

櫛やドライヤーがあれば何とかなったかもしれないが、水も貴重な今の生活ではそれも無理だろう。既に容器の中の水は元の量の半分くらいしか残っていない。最後に水を一口含み、口を濯いでからデーキスは廃墟の外へ出た。

「よお、準備出来たか?」

外ではウォルターが待っていた。超能力者のセーヴァとして追われ、突然ひとりぼっちになってしまった今のデーキスにとって、唯一頼ることができる相手だ。

「ほんじゃ、案内するからついてこいよ」

 ウォルターはエアーボードを脇に抱え、瓦礫やゴミの上を軽快に飛び跳ねながら先に進んでいく。デーキスも遅れないようにその後をついて行った。

 普通の人々は外と隔離された都市の中で生活を送っている。デーキス達がいる場所は、都市から出るゴミと、廃墟となった昔の建物の残骸で出来た都市国家の外側であった。廃墟はまだ、人間が都市国家の中に立てこもる前の、古い時代の物だった。

「ほら見えたぜ。あれが『ほら貝塔』だ」

 ウォルターが指し示す先に、歪な螺旋状の建物が立っていた。遠目に見ると、確かにほら貝の形に見える。それに、他の廃墟となった建物と違いほぼ原型を保っているため、区別がつきやすい。『集会』の場所としては最適だろう。

「セーヴァのリーダーは、ああいう目立つ場所を選んで、定期的に『集会』を開いてるんだ。そこで、情報の伝達や仲間の数の確認を行う。飯も配ったりするから、行かないと食えなくなるぞ」

 瓦礫やゴミで足場の悪い中、デーキスはウォルターの後を必死で追った。

 道無き道を平然と進んでいくウォルターに大きく遅れて、デーキスはほら貝塔の中へと入った。内部は筒の様になっていて、外壁に一定の間隔で小さな部屋のような空間ができていた。

 恐らく、元々は水族館だったのであろう。外壁に出来た空間は元々水槽で、様々な種類の魚が泳いでいたのだとデーキスは想像した。その空間の一つ一つに、合成食料の缶詰や汚れた毛布が転がっている。どうやら、今ではセーヴァの子どもたちの居住スペースとなっているようだ。

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「遅いぞ。こっちだこっち」

 ウォルターに呼ばれて、階段をあがる。二階、三階と同じような作りになっていたが、最上階になる四階だけは違っていた。デーキスが都市にいた頃、家族といった水族館でイルカショーを見に行ったことがある。ほら貝塔の最上階はちょうど、あのショー会場のように中心となる舞台があって、そこから扇状に客席が広がっていた。集会をするにはぴったりだなとデーキスは思った。

 既に客席の殆どが埋まるほど人が集まっていたが、この場所にいるのは百人にも満たなかった。しかも、全員自分たちと同じ子供ばかりだ。仲がいい者同士でふざけあったり、狭い通路を走り回っていたりと、各自思い思いの行動をしており、集団としてのまとまりは感じられなかった。

 ウォルターが既に座っていた子どもたちを押しのけて、無理やり座れるスペースを作り、二人で腰を下ろした。

「今でも十分いるけど、都市の外側にいるセーヴァはどれくらいいるの?」

「細かくは知らねーけど、多分、この場にいる奴で全員だぜ」

「大人の人が一人もいないけど、どうやって皆生活してるの?」

「お前、本当に何も知らないんだな。集会が終わったら、説明してやるから待ってな……」

 他のセーヴァたちと会うのは控えていたデーキスだが、一人も大人がいないことには不思議に思った。セーヴァは『魂の汚れた人間がなるもの』。犯罪者や凶悪な人間がなるものだと聞いていたし、都市にいた頃はセーヴァが起こした事件も、何度かテレビで見たことがある。その時のセーヴァは皆大人だった。だから、大人のセーヴァもいるはずなのだ。

 しかし、元々は犯罪者や凶悪な人間であったのだ。デーキスがウォルターを除き、他のセーヴァと関わらなかったのはそれが理由だった。

「そこ、脚が邪魔だからどいてくれない?」

 声に気づいて隣を見ると、自分と同じくらいの女の子が立っていた。長くてきれいな髪をした、都市の学校でも見たことのない可愛い子だ。

 デーキスは返事も忘れてその子に見惚れた。

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「聞いてる? 邪魔だからどいて欲しいんだけど? 『フライシュハッカー』に呼ばれてるから、あの舞台の所まで行かなきゃならないの」

「え、ああごめん……」

 慌てて通れるスペースを空けると、そのまま会釈もなしに女の子は通って行った。長い髪を揺らして歩いて行く後ろ姿を、デーキスは座ったまま見送った。

「けっ、フライシュハッカーのお気に入りだからって、調子に乗りやがって……」

 ウォルターがぶつぶつと悪態をついていた。フライシュハッカーとは、たしかこのセーヴァの集団のリーダーの名前だ。自分もウォルターに助けられた後、少しだけ会ったことがあるが、あの時は怪我のせいもあってあまり覚えていない。

「あの子の事、知ってるの?」

「ああ、いつもあんな風に偉そうにしていたからな。『ブルメ』って言う奴だよ……」

「変わった名前だね。あの子もセーヴァなんだと思うけど、どうしてセーヴァになったのかな……」

「そんなもん知らねーよ。今のうちに言っておくけど、ここにいる奴は名前すらない奴だっているからな。あまり、他のやつの事は深く聞かないほうがいいぞ」

 ウォルターは声を潜めてデーキスに告げた。セーヴァは見つかり次第捕まって殺されるのだ。ここにいる子どもたちも、何らかの危ない目にはあっているはずだ。デーキス自身も危うく殺されそうだった所で偶然助かった。あのような過去は確かにあまり思い出したくない。

「まあ、ブルメの事一つだけ教えてやるけど……あいつは男だぞ」

「ええっ!?」

「大きい声出すなって。見ろよ、そろそろ始まるぞ……」

 舞台の上に何人かの子どもたちが上がっていく。その中にはブルメの姿もあった。

「あの舞台にいる連中は、フライシュハッカーのお気に入り共だ。どいつもこいつも偉そうな顔してるだろ?」

舞台の上にはブルメの他にも様々な少年が集まっている。常に不安そうに周りを見回す子や上半身裸の獣のような子、そしてブルメ。

ふと、デーキスはここのセーヴァの子たちは、どうやって服を手に入れてるのか気になった。周りにいる他のセーヴァたちも、殆ど布切れの様な物を纏っているだけの子がいる一方、都市の中でも手に入らなそうな高そうな服を着ている子がいる。デーキス自身、同じ服を数日変えずにいるため、不思議でならなかった。

その時、舞台上のセーヴァたちから一人の少年が前に出た。彼が前に出た途端、騒がしかった子どもたちがピタリと騒ぐのを止めた。

 

説明
前回書いた紙の月の続き。メインとなる登場人物の紹介のような話
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超能力 小説 少年 オリジナル 

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