ヨリコとみちよの非日常的日常5 「春夜奇譚」
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 「どう?いいでしょうー」

 「うん、素敵!ええなあ」

 

 やっと手に入れたアンティークテーブルとチェア。みちよと二人で紅茶を飲みながら、

あたしは「ふわぁ」と至福のため息をついた。

 

 季節は春。

 受験もつつがなく終わり、あたしはアパートでの一人暮らしの身になった。

 (実は「自立なさい」!と母親に追い出されたわけなのだが)

 

 叔父さんの家の近くにあったアンティークショップで以前から目をつけていたテーブルを、

この機会とばかりに購入。わずかな家具しかない部屋の真ん中に据え、喜びを親友と分かち合っていると

言うわけ。

 

 「ええなぁ、ウチもここに住みたいなぁ」

 「だーめ」

 

 斜め上目遣いの”おねだり”目線を一蹴。

 

 「みっちは自分の家からのほうが大学に近いんだから、わざわざここに住む必要なーし。」

 「ぶー」

 

 なんて、”やのやの”とおしゃべりをしていたら、あっという間に夕方になる。

 

 

 「さて、そろそろお開きにしよ。テーブル運んだ軽トラ、叔父さんのところに返しに行かなきゃなんないし」

 「え?これから運転していくの?」

 「うん」

 「ウチもいきたい!ヨリちゃんの運転する車に乗りたい!」

 「えー、帰り電車だよ」

 「それでもいいっ!いきたいっ!」

 「しっかたないなー」

 

 初心者マークをぺたぺた4枚も張った軽トラのエンジンをかける。年季物なのでちょっとばかりかかりが悪い。

 わくわく顔のみちよ。この子みたいに何でも面白がれる性格だったら、きっと世の中もっと楽しくなるんだろうな。

 

 アパートの路地から県道へ。数分走ったところで国道へ出る。

 叔父さんの住むところは隣県の開発が始まりつつあるところ。結構自然が豊富。

 橋を越え、左折して新しくできたバイパスへ入る。山や野原を切り開いたところなので、まだ道路沿いにはぽつぽつと

 

店が建ち始めたという感じ。信号も少ないし、あるのは歩行者用の押しボタン式信号がほとんど。通る車もまだ少ないか

 

ら走りやすい。

 あたりはだいぶ暗くなり始めた。道路の明かりが街路灯だけになってくる。

 

 と前方の信号が黄色から、赤に変わった。

 停車。

 

 「あれ?押しボタン式の信号なのに誰も渡らへんね」

 「んー、きっと押したけど車が来ないから無視して渡っちゃったんじゃない?」

 

 信号が青になり、発車する。

 「?」

 「なしたん?」

 「んー…なんでもない」

 

 あたしは、なんとなく違和感を覚えたが、アクセルを踏んだ。

 

 しばらく行くと、また赤信号。そしてまた、誰も渡らない。

 2度、3度と続くとあたしの違和感は確信に変わった。

 あたしは前方を向いたまま小声でみちよに話しかけた。

 

 「(みっち!)」

 「(なに?ヨリちゃん)」

 「(いい?ぜーったい後ろを見ちゃ駄目だよ!絶対!)」

 「(う、うん)」

 

 運転する車は走行距離9万キロを越えるポンコツ車だ。荷物を載せると明らかに加速が落ちる。 そう、信号で止まる度、何か小さなものが荷台に乗っているのだ。

 あたしはどこかで聞いた怪談を思い出し、ルームミラーをあらぬ方向へ向けた。

 

 そしてまた、赤信号。

 

 すると後ろからかすかに声が聞こえてきたのだ。

 

 (や、ひさしぶり。あったかくなったね)

 (うん。きょうはきもちがいいね)

 

 あたしとみちよは思わず息を止めた。

 信号が青に変わり、発車する。

 

 (ね、このくるま、まっすぐいくかな)

 (いってほしいね。そうだったらたすかるね)

 (おにいちゃん、おじさんのところ、まだ?)

 (もうすこしだよ。おじさんがむかえにきてるはずだよ)

 

 「(ヨ、ヨリちゃん…)」

 「(落ち着いて!前を向いて!)」

 

 おそらく涙目のみちよは肩をすくめ、小刻みに震えているのだろう。

 あたしも汗がにじむ手のひらでハンドルを握り締め、前傾姿勢で運転だけに集中する。

 

 ドクンドクン

 

 心臓の音が耳の下で鳴っている。

 

 もう何度目かの、赤信号。

 条件反射的に停車する。

 

 その時だった。

 交差点の明かりに照らされたいくつかの黒く小さい影が、さあっと流れるように道路を駆け抜けていった。

 見送るあたしたち。

 

 青信号。

 発車。

 加速が元に戻っている。

 

 「はあっ!」

 

 大きなため息をつき、シートにもたれるあたし。

 同じくため息を漏らすみちよ。

 

 「ヨリちゃん、なんだったんだろうあれ」

 「わかんない。でも人じゃなかったのは確かよね…」

 「ねえヨリちゃんもしかしてあれ…」

 

 みちよが指差す先にこんな標識があった。

 

 ”スピード落とせ タヌキにやさしいスピードを”

 

 一瞬、ぽかんと標識を眺めていた二人は同時にふきだした。

 

 「こんな事、誰かに話しても誰も信じてくれないだろうなあ」

 「ほんまやわ」

 

 笑い声を乗せた軽トラックが道路をひた走る。

 叔父さんの家まで、もうすぐだ。

 

       お し ま い

説明
信号が変わっても誰も渡らない夜の押しボタン式信号。何度も繰り返されるうち車に異変が…不思議な日常その5。
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