真恋姫無双幻夢伝 小ネタ9『弁護士のいない裁判』 |
真恋姫無双 幻夢伝 小ネタ9 『弁護士のいない裁判』
「これより、審議を始める」
詠は一段高い席から、厳粛に宣言した。
まだ昼だというのに、黒い衣で窓をおおわれた部屋の中は暗く、陰湿な空気が漂う。その中で詠たちがアキラを取り囲むように坐る。呉から凱旋してきたばかりの彼には、自分がなぜ縄でグルグル巻きにされて、椅子に張り付けられているのか、見当もつかなかった。
「なあ、詠」
「被告はしゃべるな」
「詠ってば」
「口を閉じなさい」
「お〜い」
「今度、言葉を発したら、その口を縫うわよ」
仕方なくアキラは黙り込む。そして詠は周りを見渡すと、再び宣言する。
「これよりアキラの呉における女たらし行為を裁くわ」
傍聴人から次々と非難の声が上がる。
「隊長、なにしとるねん!」
「ここの女に飽き足らず、呉の女も毒牙にかけるとは」
「アホー!この浮気もん!」
「た、隊長……」
「ちょっと待てよ、お前ら!」
「静粛にしなさい!アキラ、縫うわよ」
俺だけに厳しくないか、と彼は思いつつも、言われた通りに口をつぐんだ。他の者も眉間に皺を寄せた顔をして、静かにする。そうして静寂さを取り戻した部屋の中で、詠は粛々と裁判を進める。
「では証言者、前へ」
立ち上がったのは、沙和と音々音、呉に同行したやつらだ。まず、沙和が口を開いた。
「隊長は孫権様といっつもベタベタしていたの!最初はあんなに仲が悪かったのに」
「具体的にはどんな様子だったの?」
「街で買い物して、一緒に稽古して、挙句の果てには人目に付かないところで腕を組んでいたの!その間ずっと、孫権さまは楽しそうにして、時々顔を赤くしていて、全然入り込めなかったの!私もそんなことしたかったのに…」
詠の質問に、沙和は嫉妬交じりに答える。華雄がボソリと呟いた。
「……これは、死罪だな」
「おいおい!これだけだろ。死罪はちょっと」
「これだけではありません!」
そう言ったのは音々音だった。こちらを見てにやりと笑う姿に、(ああ、こいつは面白がっているだけだな)とアキラは理解した。
音々音は告発する。
「そのバカ君主は、呉の臣下も口説いていたのですぞ!」
「「「な、なにー!!」」」
部屋中に驚きの声が響く。詠は表情を変えることなく、低い声で話を促した。
「……続きを」
「はいです。まず、呂蒙殿に服を買って与え、陸遜殿には本を買ってあげていました。さらには甘寧殿や周泰殿とは一緒に稽古をして、その上、周瑜殿と囲碁を嗜むなど、その相手は分刻みで変わっていたのです。全員と極めて親しげであり、その見境のなさは犬畜生にも劣るのですぞ!」
「うわ〜、これは洒落じゃすまされへんで」
彼女の報告に、霞が本気でひいている。他の傍聴人は彼を憎々しく睨み続ける。
このままでは危険だ。彼は反撃に転じた。
「お前ら、まず聞いてくれ!俺は別にあいつらを口説いたわけではないし、ましてや本気で愛そうとしたわけではない。単なる社交辞令だ」
「社交辞令だと?!」
「そ、そうだ!服や本を買ってあげたのも、稽古や碁に付き合ったのも、同盟国の武将と仲良くなるための一つの術だ。蓮華とだって、ああやって仲が良いところを世間の目にさらすことで、両国の仲が良いことを知らしめる狙いがあったんだよ!」
「隊長、それ、ほんまか〜?」
疑いの眼差しを向けた真桜に、アキラは大きく頷いた。確かに呉の武将は全員可愛かったが、こちらから誘ったことはなかったし、特に蓮華などがこちらに好意を向けていることは分かっていても、手を出したりはしていない。浮気も本気もしていない、多分。
アキラはもう一度、大きな声で答える。
「俺は呉の誰かと特別仲が良くなったりはしていない!全て、沙和と音々音の主観に基づくでっち上げだ!」
「むう〜」
「ぐぬぬ」
確かに実際に事におよんだ現場を押さえていないため、これ以上追及が出来ない。沙和と音々音はしかめ面で悔しがる。
(勝った)
心から勝利を確信したアキラは、高笑いを上げそうになる。だがこの時、一人椅子から立ち上がった者がいた。
「雪蓮とは…?」
「………なに?」
アキラが視線を向けた先には、今まで眠そうにして発言していなかった恋が立っていた。詠が好機とばかりに話を振る。
「話しなさい!」
「…夜……アキラと…雪蓮がいた……庭に…」
「庭って、どこの庭なのですか、恋殿?!」
「柴桑の…近くの……小屋………散歩していたら…見つけたの」
音々音の問いかけに、恋は正直に答えた。アキラの背中に冷や汗が伝わる。
「れ、恋!まっ!」
彼は声を上げて話を遮ろうとしたが、華雄が後ろからその口に手を当てて塞いだ。
「ふがふが!」
「構わん。続けろ」
恋はコクリと頷いて話を続ける。
「2人は…抱き合って……小屋に…入った」
「「「そ、それで?!」」」
全員の視線が恋に集まる。彼女は珍しく朱色が入った表情を見せると、顔を伏せた。
「それ以上は…言えない……恥ずかしい」
それだけ聞いて全員理解した。ああ、この男やらかしたなと。
暗い部屋の中、その眼鏡の奥の目だけを光らせて、詠が判決を下す。
「この絶倫男。なにか言い残すことはある?」
「は、早まるな!誰か、弁護してくれる人はいないのか!」
「何言っているのよ。ここには“裁く”者しかいないわよ。私を含めてね」
「く、くそっ」
両側から持ち上げられようとされて抵抗した結果、アキラは椅子ごと床に転がった。もはや、彼に助かる手段は残されていなかった。
しかし彼には天使がいたことを忘れていた。
「み、みなさん。なにをやっているのですか?」
「ゆえ〜〜!!」
部屋に入ってきた月は真っ先に窓から黒い衣を取り、大きく開けた。新鮮な空気と光が部屋に入ってくる。
そしてアキラの捕えられた状況を確認すると、ちょっとだけ怒った様子を見せた。
「アキラさんをいじめてはダメです!」
「で、でもな、月」
「霞さん、どんな事情があろうと、私たちを助けてくれたのはアキラさんなのですよ。詠ちゃんも、命の恩人を信じてあげないと」
「いや、でも、ボクは……」
一気に形勢が変わった。旧主の言葉には逆らうことが出来ず、音々音や華雄もたじろいだ。月の怒った姿を始めて見た凪たちも、戸惑いを隠せない。
ホッと安堵の息を漏らすアキラの元に、月が近寄る。
「大丈夫ですか、アキラさん?」
「ありがとう、月。大丈夫だよ。だから早くこの縄を…」
その瞬間、アキラは月の方を向いていたことを後悔した。いたずらな風が彼女の給仕服の裳(スカート)をふわりと持ち上げ、寝転がる彼にその中を見せた。
「あ……」
「きゃ!」
彼女が裳を押さえた時には、もう遅かった。目を丸くして見つめる彼に気付いて、彼女の顔が鮮やかに赤くなる。
「あ、あの」
「………」
彼女は何も言わない。そして結局、込み上げてきた恥ずかしさに耐えきることが出来ず、彼女は顔を押さえて部屋を飛び出していってしまった。
残されたアキラ。彼は悲痛な叫び声を出す。
「嘘だろ?!ゆえー!」
「さっさと引っ立てなさい!!」
怒り心頭となった詠が怒鳴り散らす中、アキラはその椅子ごと持ち上げられ、どこかへと連れて行かれた。
どこへ行ったかは知らない。
説明 | ||
いつも通り、章間に小ネタを挟みます。 第五章9話と10話の間の話です。 |
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