真・恋姫†無双 〜晋攻〜
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 「……この差出人に覚えのある人はいるかしら?」

 

 夕日色に染まった評定の間に恐る恐る、といった声が籠る。金色のドリルヘアーをした少女は書状の裏に書かれた名前を指差し、そこにいる皆の顔を見渡す。一人は国の名前で眉を傾げ、一人は名前を聞いて眉間に皺を寄せた。

 一番面白い反応をしたのは三国が同盟するきっかけになった男だが、その男は名前を聞いた時から、口をあんぐりと開けて使いものにならなくなっていた。

 

 「その口ぶりだと、お前も知らないようだな」

 

 机を挟んだ向かい側、孫呉一番の軍師。周瑜が答えた。実に豊満な胸を半分以上も放り出し、どたぷんという効果音が聞こえてきそうな動作で腕を組み、首を傾げる。その動作は実に美しく、異性はおろか、同性も見入ってしまいそうになる。

 

 「華琳さま。これは……」

 

 金髪の少女の傍に立っている青い髪をした武人が、主の決断を待つ。

どうして良いものかわからないのだろう。その表情には曇りが見えていた。

 武官でありながら、文官でもある彼女は主である曹操の信頼も厚い。曹操が大事を決める際には必ず意見を求める一人だ。その彼女が、何の意見も言わずに主の決断を待つというのだから、事の重要さ、大きさは測り知る事は出来ない。

 

 「晋国の使者殿。申し訳ないけれど、少し時間をいただけないかしら?」

 

 少しの間目を積むっていた金髪の少女は、そう呟いた。

 この場で決めるわけにはいかない。とにかく、話し合う時間が欲しかったのだ。何人か、興味深い反応を示した者がいる。詳しく話を聞き、それから決断を出す。

 伊達に魏の王をやってのけているわけではないのだ。

 

 「えぇ。かまいませんよ」

 

 使者は答える。かけている眼鏡をくい、と上げると左手を顎に添えて一言続けた。

 

 「しかし、あまり長く時間をかけられると困ります。我々にも事情がありますから」

 

 困りましたねぇ、と口にしながら全然困っていないように見える。一切弱みを見せないという点ではこの使者は極めて有能だろう。しかし、その溢れんばかりの胡散臭さが、あまりある有能さを消し飛ばしている。

 こんな男を使者に送るとは、一体王は何を考えているのか。この場にいる軍師たちは少し興味を持った。

 

 「感謝するわ。秋蘭、使者殿を客間へ案内して差し上げなさい」

 

 秋蘭は主人に一礼をすると、使者を連れて部屋の外へと出て行った。

 決して失礼のないように応対出来る人間は、この場では華琳自身と秋蘭。この二人しかいなかった。

 というか、むしろ魏にまともに使者と会話出来る人間が少なかった。

 秋蘭が使者を連れて部屋を出る姿を見届けると、劉備、関羽、諸葛亮、曹操、荀ケ、孫策、孫権、周瑜。そして本郷一刀は顔を見合わせた。

 なんとかして短時間でこの厄介な問題にひとまずの解決策を見つけなければならない。

 

 

 「天の御遣いであらせられる本郷一刀様にお目通りをさせていただきたい。

 三国の要人たる曹操様、孫策様、劉備様におかれましては、この事をご了承していただきたく存じ上げます」

 

 

 

 差出人の名は――司馬懿。

 

 

 

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1、晋国からの使者

 

 

 「は、はわわ……これは困った事になってしまいました」

 

 書状と集まった面々の顔を交互に見ながら、三国一と名高い軍師は慌てふためく。

 こんな姿を見ていると、緻密な計略を立てている姿はまるで別人ではないか、と思える程の変貌ぶりだった。

 

 「晋という国は確か、遥か昔に存在していた国のはず……。そこからの使者だなんて有り得るのでしょうか」

 

 美しい黒髪の少女が疑問を口にする。

 その黒髪が戦場になびく姿を人は『美髪公』と称えた。

 一度、美髪公が戦場に躍り出れば一騎当千。勝利を確実にもたらすその姿を、次第に『軍神』と呼ぶようになった。

 

 「んー……国も長生きしたのかな?私たちが知らないだけかも!」

 

 桃色の髪をした少女が素っ頓狂な事を口走る。

 話の腰を度々折りにかかってくるが、決して悪気があるわけではない。武力や知力は持ち合わせていないが、民の事を一番に考え、世界から争いを無くす為に立ちあがった劉備元徳その人である。

 

 「どうせ嘘に決まっているわ。一体何年も前の国だと思っているのよ。呆れてものも言えないわ」

 

 少女は猫のような耳のついた頭巾を揺らし、困ったものね、と毒をはく。

 魏が誇る名軍師、荀ケ。彼女は曹操が重用するもう一人の人間であった。幅広い人脈、加えて頭の回転の速さ。時には主人すら試す度胸。そして麗しい乙女。曹操が気に入らない理由が何一つ存在しない。

 

 「本当にあったらどうする?きっと、すっごく強い武将とかいたりして!」

 

 目を輝かせながら孫策は身を乗り出す。この場にいる全員の顔を見わたし、同意を求めているのであろうが、その姿はふざけているとしか映らなかった。

 

 「姉様!こんな時にふざけないでください!」

 

 あぁもう!こんな時にまで!と乗り出した姉を椅子に座らせようと、孫権は悪戦苦闘していた。

 しかし、悲しいかな。孫権の腕力ではとうてい孫策に言う事をきかせる事など出来ない。

 それほどまでにこの姉妹には差があるのだった。

 

 「……あながち、雪蓮の言うことも間違いではないのかもしれん。そう思っているのだろう?華琳殿」

 

 周瑜が華琳に向けて質問をぶつける。

 全員の視線が華琳に向く。視線を向けられた少女はため息を一つつき、

 

 「――えぇ。存在するのではないかしら?それに、高度な技術を持っていると見て間違いないわ」

 

 書状を右手に持ちながら、ひらひらと揺らす。

 

 「華琳さんがそう思う理由は、その……書状ですよね?」

 

 おどおど、という言葉がこれ以上似合う少女はいないだろう。朱里は勇気を振り絞ったように言葉を発する。

 

 「えぇ。竹簡ではなく、紙を使っているのよ。しかも恐ろしい程に美しい。おそらく晋国では紙が多く普及しているのね。一種の産業にでもなっているのかもしれないわ

 でも、それだけじゃないわ。――そろそろ発言してもいいのよ?一刀。晋っていう国を聞いた時から一言も話していないじゃない」

 

 視線がこの場で唯一の男に浴びせられる。男は目を見開いたまま、ずっと書状を見続けていた。

 

 「え、あ、あぁ。えと……晋っていう国が今あるのかはわからないけど――」

 

 「天の国では、晋という国があったのね?それも、その動揺の仕方――少なくとも、味方ってわけじゃなさそうね」

 

 華琳がため息をついた理由はそこである。最初に『晋』という名前を聞いた時にチラ、と本郷一刀の顔をのぞき見た。決して良い反応ではなかったのだ。

 故に、どう転んでも悪い結果になるだろうな、と睨んでいた。

 

 「……あぁ。一つ聞きたいんだけど、本当に司馬懿って男の名前を聞いたことがないんだな?」

 

 ようやく本調子に戻ったのか、一刀は汗をかきながらもしっかりと皆を見据えて話を始める。

 聖フランチェスカの制服がうっすら汗で滲んで来ていた。

 

 「えぇ。聞いたことがないわ。このあたりの事は桂花の方が詳しいのではないかしら?」

 

 その様子を見て、その場の全員が気がつかないフリをした。

 ただ事ではないのだと、その事をあえて口にすると、皆の動揺を誘ってしまうのだろうと分かり切っていたからだった。

 

 「私の知る限り、司馬一族に懿という子が生まれたという話は聞いていないわ。確かに、司馬一族はいるけれど、最後に生まれた子は朗といったはずよ……子というにははるかに年をとりすぎているけれど」

 

 言い終えて、桂花は一刀の様子を窺う。その司馬懿とやらが、どんな人間なのか。

 見定めてやろう、という気持ちがあった。そこまで動揺する程のものなのだろうか、という恐怖もあった。

 

 「俺のいた国では、晋は魏・呉・蜀の後につくられた国で、はるか昔にあった晋と分ける為に西晋とも呼ばれるんだ。そして、最終的にその西晋が呉を滅ぼして天下統一する。だから、事実上三国を統一した国って事になるのかな」

 

 「で、我が孫呉を滅ぼした晋とやらの王が司馬懿というわけか」

 

 

ジロリ、と周瑜が一刀を睨む。ここではそうなってはいないが、自分たちの国が滅ぼされたという話をされたのだから、内心怒っているだろう。

 

 「いや、司馬懿の孫だったはずなんだけど……詳しい事は覚えてない。すまない」

 

 「男でありながら、我々三国を倒して天下統一を成し遂げたわけね。興味があるわ」

 

 ポツリ。と何気ない一言だった。意識せずに発言した言葉だったが、その場にいる全員が耳を疑った後

 ――確かに時は止まった。まさか、男に微塵も興味を持たなかった華琳があろうことか『興味がある』と言ったからだ。

 

 「……な、なによ。何かおかしな事を言ったかしら?」

 

 「ぁぁぁあああああああああああ!!!か、華琳さまが!!男に興味を持つだなんて!こ、これも全部あんたのせいよね!?本郷一刀!」

 

 発狂した。これでもか、という程に桂花は発狂した。

 魏・呉・蜀より後に出てきた新人が天下を統一したと聞いた時よりも怒っていたのは間違いない。

 彼女にとって、ご主人様は国より大事なのだ。

 

 「え!?俺か!?俺のせいかな!?」

 

 「これは意外ねー。まさかあの華琳が男に興味をねー」

 

 「うーむ…いや、流石に天下統一した男となると興味がわく気持ちも分かるが、まさかあの華琳殿が……」

 

 「いや、待たれよ雪蓮殿。もしかすると前のように偽物の可能性もあり得ます」

 

 「な、なるほど!そうですよね。じゃないとあの華琳さんが男の人に興味なんて持つはずがありません」

 

  「ま、待ちなさいよ!あなたたち!何を言っているの!?わ、私は有能な人間に対して興味を持っただけよ!何でそんなに騒がれなくてはいけないのかしら」

 

 「やっぱり偽物――」

 

 「違うわよ!」

 

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 「それで……結局どうするんだ?」

 

 華琳をからかう雪蓮、偽物だと断言した桃香、発狂し手がつけられなくなった桂花をなんとか宥め、ついに本題に入る。

 かなり時間が経ってしまったが、仕方がないことだ。暴れた虎は手がつけられないのだから。

 

 「誰が虎よ。コホン、華琳さま。私は反対です」

 

 桂花が真っ先に反対する。それに賛成するように珠里と愛紗が頷く。

 

 「この男の言う事を信じるならば、そんな国が何をしてくるかわかりません。早急に使者を送り返し、間者に後をつけさせましょう。晋が何処にあるかすら分からないのでは万が一の事があった時に対処できません」

 

 「私は会ってみてもいいんじゃないかな、って思うな」

 

 桃香は賛成する。信じられない。何を言っているんだこの女はと桂花は睨む。

 

 「だってほら、ご主人様に会いたいって書いてあるんだよ?きっと、お友達になりたいんだよ」

 

 

 満面の笑みで言う。それが真実だと疑っていない事は、彼女にとっての長所であり短所でもあった。

 

 「そんなわけないじゃないですか桃香さま!」

 

 

 「えー、じゃあ愛紗ちゃんはどう思うの?」

 

 「え、それは……」

 

 答えられるはずが無かった。それを判断する事は、未だ誰にも出来ないのだから。

 分からないからこそ、危険な可能性を排除しようとしているのだ。

 

 「それに、大丈夫だよ!このお城には皆だっているし、愛紗ちゃんだってご主人様を守ってくれるでしょう?」

 

 手を組み、ニッコリと笑う。

 

 

 「それは……!まぁ、そうですが」

 

 主に信頼されるのは、悪い気分ではない。全幅の信頼を寄せてくれた主の期待に、答えてみたくなったのも事実。

 何より、そんな笑顔でお願いされては断る事は出来なかった。

 

 「決まりね。さっさと使者殿を呼びましょうよ!」

 

 雪蓮はかんらかんら、と笑いながら決定事項だと口にする。

 

 「ま、まだ話は終わっていないわ!何かがあってからでは遅いのよ!?」

 

 「えー?魏、呉、蜀の王三人が『会う』って言ってるのよ?上の命令には従いなさい」

 

 「か、華琳さまぁ……」

 

 泣きそうになりながら主を見やる。華琳は笑いながら、桂花の意見を破却する。

 

 「心配してくれてありがとう、桂花。大丈夫よ。今のこの城に攻め入るなんて、考える人間がいるとは思えないわ。

 さぁ、誰か秋蘭と使者殿を呼んで来てもらえるかしら?ええと、使者殿の名前は確か――干吉、だったかしら」

説明
皆さん。初めまして。
お久しぶりの方はお久しぶりです

予定を変更して、晋攻を投稿させていただこうと思います。

続きがあるような書き方ですが、この続きを書いてはおりません。

新店がだいぶ落ち着き、暇な時間が増えてきたので久しぶりに文章を書いてみた次第です。
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