主従が別れて降りるとき 〜戦国恋姫 成長物語〜 |
1話 千砂(1)
千砂と妲己は黒い球体で外史、甲斐の地へと移動していた。それも真夜中に。全て千砂が決めたことである。 道中、“外史”に関する詳細な説明を聞き終えた後、千砂は念を押した。「何があろうと、私の言うことには絶対服従。100%従ってください」と。
「それはわかってるけど……。何かあったときはどうするわけ?」
「“ならない”ようにするのが私の専門で得意分野なので心配はいりません。そこに関しては“信用してください”としか言えませんね。
それにしても……。章人様は大丈夫でしょうか」
少しの憂いを含み、呟いた。自分が武田で上手くやる未来はいくらでも見えていたが、あの章人が誰かの部下として働いて上手くやる未来を見るのは難しかったのだ。何といっても、頭が良すぎる。そしてそれを隠すことに長けているとは言いがたい人物なのだった。
「やっぱり心配なの?」
「そうですね。あの方を一言で表すならば“カリスマ”です。自分が君主となって国を動かすのならば何の問題もありませんが、誰かの下につくとなると……。かなり寛容な君主でないとダメでしょうね。私は“爪”を隠せますが、そういうことがあまり好きではない方なので……」
「へえ……。着くまでにどんな人か教えて貰える?」
「“どんな人”ですか……。構いませんよ。何から話しますか?」
「この世界での立ち位置!」
妲己にとって最大の関心事は、主従とまで言われる二人が、私情を捨てて敵対など本当にできるのか、ということだった。何せ未だに「様」付けで呼んでいるのである。寝返る気しかないのではないか、とすら思えていた。
「最大の敵ですね。“昨日の敵は今日の友 今日の友は明日の敵”という表現が我ながら上手くまとまっている気がします」
千砂はそう自画自賛していた。一度、本気で敵対したらどうなるのかということは時折自分も考えたことがあった。章人の手法を上回る相手は過去、誰一人いなかったということが一番大きかったが、相手の謀略を見破るにあたって考えるのも章人を参考にすることが多かったのだ。
「そこに私情は?」
「ありません。あくまで利害関係とこの世界で新たに築き上げた国と国との信頼関係によるものです。この日本にある“まとまり”を“国”と定義していいのかはわかりませんが」
千砂の頭の中では、堺や京への旅行、というものも頭に入っていた。堺では鉄砲やら南蛮商人との人脈をつくり、京都は個人的な趣味の一環で。主となるであろう武田晴信がどう考えるかは、まだ会ってもいないため不明だったが、千砂にとっては、腐ったものをまぜても自分たちも腐るだけ、という考えだった。この世界の室町幕府をつくる足利家がどんな人物たちかは、もちろん自分の目で判断する必要はあると思っていたが、あくまで史実に沿えばの話である。
「でも、それだけ言えるってことはこれから行く甲斐、武田でどんなポストにつくとか考えてるの?」
「何パターンか思い描くものはあります。まずはその中で最悪の道を進みます」
「は?」
自分の耳を疑った妲己だった。何パターンか思い浮かぶものがある、そこまではいい。もちろんその何パターンか、というものの具体的な中身が何なのかを聞いていないので、すべてを判断することは難しかったが、その中からわざわざ最悪の道を選ぶ必要があるのか、ということである。
「最悪の道を進みます。それは一言で言えば秀吉コース。一介の仕官希望者にすぎない我々が能力を認められてゼロから出世街道をひた走る、というものです。ですが、おそらくそうはならないでしょう」
それのどこが最悪の道なのか、それすらよくわからない妲己であった。
「そもそも、私とアナタはずっと一緒に居なきゃいけないのよ? そこはどう持って行く気? まさか((同性愛者|レズビアン))とでもするの?」
「その“フリ”もそれはそれで面白いかもしれませんが、いくらでもまるめこめますよ。例えば口が利けないだとかね。我々は念話で会話できるのですから、外で喋らなくても問題ありません。
あまりこんなことを言いたくはありませんが、私の能力は計算にしても、政治にしても、この世界の一般人とは比にならないレベルであります。それは現代人と戦国時代の民の知識の差です。それを上手に使っていけば出世街道をひた走るのは難しいことではありません。問題となりそうなことは、他の人との軋轢を如何に生まないか、それだけです。ただ、そこに関して我々には非常に大きな強みがある。“女”であるということです」
一般的に言えば、女性は非力であるし、男より優れた能力があるとそれだけでやっかまれたりする。仙界では、力こそ正義なので自分や女?のように最上段にいる者もいるにはいたが、女であることのどこが強みなのかもよくわかっていない妲己であった。
「要は、遜って上司の機嫌を伺いながらやっていけばいい、ということです」
千砂は、自分が章人の「影」とまで言われるようになったのは、純粋に自分が女性だったことが大きいと考えていた。自分が男性だったならば、権力欲やそれに絡む妬みにとりつかれて面倒なことになっていたであろうと予測していたのである。この世界で英雄豪傑が女性になっている、ということも、自分がその輪に入りやすくなるだけだろうと考えていた。一番求められているのは、謙虚さ。今も昔もそれは変化していないだろう、あるいは昔のほうがより求められているだろうと思っていたのだった。
「もうお手上げ。何もかも見えてるんでしょ?」
「結末まではさすがに分かりません。ただ
・戦乱の世であること
・“噂”の類を信じる人が多いこと
などを鑑みれば、当主の武田晴信が我々の能力を欲することは想像に難くありません。((道化師|ピエロ))の役割はお断りですが、それ以外をも欲する可能性は非常に高い。そこで我々が有能であることを証明すればいいのです。そうすればゼロからやる必要は無くなりますし、“旅人”として特別扱いされるでしょう」
妲己の全力をもってすれば、この世界から千砂と章人を救い出し、元に戻すことはおそらく可能だろうとは思っていた。しかしそれをすれば面白くもなければ暇つぶしにもならない。妲己をしても、千砂がこの世界の未来に何を見ているのか、それを見抜くのは難しかった。しかし千砂の説明でだいたいは理解した妲己であった。いかな噂にしても、天人にしても、世界が平和なときならばそれは胡散臭く、怪しいと一蹴されるものであるのだが、戦乱の世であるならば、民衆がそういったものに縋りたくなるというのはよくある話である。
「どうしてお断りなの?」
「戦への大義名分を与えてしまうからです。“噂”ならば所詮は噂で済みますが、当主自らそれを喧伝してしまうことは他の群雄に攻める口実を与えることになります」
「どういうこと?」
「この日本には、ある文言を借りれば“神聖にして侵すべからず”な存在があります。そこに喧嘩を売る行為だけは避けなければならないのです。過去、藤原道長からGHQに至るまで、利用しようとした者は腐るほどいますが、手を付けようとまではしませんでした。例外を一人挙げるなら義満でしょうか」
千砂が拝借したのは大日本帝国憲法の第3条である。本来、この文言が実際に制定された意義は君主無問責に尽きるのだが、千砂はわかっていてちょっと変えたのだった。摂関政治は言わずもがな、明治政府は幕府に対抗する旗頭としてそこを使い、GHQは写真を使うことで民衆への教化をはかっていた。道鏡や足利義満のようになろうとした人物はわずかながらいるが、弓を引き、なくそうとまで思った人物は誰もいないのであった。
「それはさておき、章人様の話でしたね。彼に関して言うなら、実権を少しでも握った瞬間に“詣で”が起きるでしょう」
「詣で?」
「ええ。“悪しき風習”なのですが、要するに官僚などの事務方が決裁などを求めて訪れるのです。彼らは権力移動に極めて敏感です。誰が一番の力を持っているか、それを見極めて動きます。章人様が誰かの部下となり、実務を任されて1週間もたたないうちに、彼の部屋の前には行列が出来ているでしょう」
結局のところ、官僚は決裁を求めて動くときに、誰に話を通せばコトが進むか、それを考えて動くからに他ならない。章人は桁外れの実務能力を持ち、銀行や経団連の会長をはじめとした財界人、あるいは政治家といった者たちとの会合へ出ることすらあった。ましてここは戦国乱世とはいえ日本である。字が読めて書けるという大きな利点があった。千砂もしかりではあるが、古文程度は児戯にすぎない章人にとって、決裁の妥協点を見つけて処理するなどということは本当に簡単なことであろうと推測ができた。
「そうなったときに、君主は疑念を抱きます。本当にここは自分の国なのか、とね。この鬼才をフル活用できる君主ならばなんの問題もありませんが、自分より優秀な人物を部下においてうまくやった人物は歴史を紐解いても本当に少ないです。私の知っている限り、簡単に思いつくのは3人しかいません。数多いる為政者の中でですよ」
「誰?」
「劉備、孫権という三国志の英雄と日本で長期政権を維持した中曽根という総理大臣です。劉備は諸葛亮。孫権は周瑜。中曽根氏は“カミソリ”とまで称された後藤田官房長官を従えていました」
「どうして少ないのか分かる?」
「簡単です。部下が自分より優秀だと、自分の立場を狙うと疑心暗鬼に陥るのです。例えば秀吉が重用した黒田官兵衛を最後には遠ざけたようにね。権力の座に就くというのはそういうものですよ。ましてや章人様は毒舌家で“キレすぎて怖い”とまで言われる“ロジックの帝王”です。無用の軋轢を生みやすいのです」
権力欲にはキリがなく、また強大な権力を持っていればそれだけ取り入ってくる者も多くなる。誰しも、自分の座は死ぬまで維持したいと思うものである。そんなときに、自分より優秀だと思う人物を部下におくことができるのか、という話である。日本を含めたどこの世界の歴史を紐解いても、自分より優秀な者を部下においてうまくやってのけた者は本当に少ないのだった。あのビスマルクでさえ、諫言を繰り返していたがために皇帝から遠ざかり、引退を余儀なくされていた。
千砂の目から見て優秀だと思う存命の政治家は決して多くはない。存命の政治家の中で、最も優秀だと思っている人物は後藤田なのであった。物故者を入れても、参謀という役で一番優秀だとまで思っていた。だからこそ、難題続きの時代にあの政権が長続きしたということである。その、自分より年上で内務省の2期上の人物を官房長官に採用した中曽根の眼力もまた、評価されて然りだとは考えていたが。
「でも、千砂も何か異名はあるんでしょ?」
「ようやくそう呼んでくださいましたね。“千砂”と。ええ。“影” あるいは私と斎藤さんと章人様の3人で“三巨頭”。あとは“ロジックの女王”くらいですか。表にはあまり出ませんので、ありがたいことに多くを知るものはあまりいないのです。まあ、私としては“ぶっかけご飯”さえしなければ何でも良いのですが……」
「何ソレ?」
「“ねこまんま”とも言うらしいですが、要は味噌汁の中にご飯を入れて食べるやり方のことです」
千砂のいる現代でさえ、行儀のよいとは言い難い作法である。この時代は現代よりも礼節に厳しいと思われていたため、そんな行為をするのは控えた方がよいと思ったのだった。
「確か、彼は上流階級の出身よね? なんでそんなマナー違反するの?」
「元々は妹を救うためでした。
章人様には妹さんがいらっしゃいましてね。それはもうずいぶん前のことになりますが、食事の作法で、本人としてはかなり頑張っていて、端で私などが見ていても相当努力していたのですが、母親は気に入らず、毎回怒っていらっしゃいました。見かねた章人様がそれをやったのです。皆が絶句する中、完食して戻った、という話です。
実はその話には元ネタがありまして、礼法の流派に小笠原流というものがあります。そこの当主――要は家元、一番偉い方――が、いつの時代か定かではない、おそらく江戸かその辺りなのですが、食事に招かれたときにそんな食べ方をして貴族を唖然とさせたという話なのです」
「オチがあるのよね?」
「もちろん。箸の先が殆どぬれていませんでした。それがある意味究極のマナーなのです。そういう“喧嘩を売る”あるいは“相手を試す”行為を平気でしてしまう方なので、そこが心配なのです。殺しても死なない方ですから、そちらの心配が無用とはいえ……」
章人には一応、太上老君という神仙もついていたし、それに加えて本人の武は無敵と言っても差し支えないほどの強さである。この世界に同じ能力を持つものがいるかどうかは不明ながら、章人を殺すのはまず無理だろうと考えていた。武田騎馬隊をたった一人で壊滅させてもおかしくない、そこを武田晴信たちにどう説明するかは考える必要があるとは思っていたが、そのレベルの強さを誇る人物である。
「なるほど……。ちなみに、それって千砂もできるの?」
「できますよ。機会があったらお見せしましょう」
「つまり千砂は、能力は極めて高いけど目立たないようにできるから自分を隠せるわけね。それにしても、彼も千砂も、年齢詐称してない?」
「たまに長老方から言われますが、私はまだ19歳で彼はその3つ下ですよ。間違いなく」
雰囲気も、やることも、頭の良さも、なにもかもが大学生と高校生には見えない。それが、千砂と章人を知る政財界の重鎮たちの定説だった。
「あと一ついい? 私から見ても常軌を逸してるけど、彼の肉体的な強さはなんなの?」
「生まれつきですね。肉体面では、3つの図抜けた能力を持ちます。1つ目、というかこれこそ彼を最強たらしめているものなのですが、それは“神経”です」
「神経?」
「はい。仙人はどうなのか分かりませんが、人間の動きは大きく、“反射”と“自律”の2つに分かれます。沸騰したお湯に手を入れると、一瞬で引くでしょう? それが反射です。章人様は一般人のそれと同じ速度で“思考して動く”ことができるのです。早坂家お抱えの病院で隅から隅まで調べた結果がそれでした。他にもいくつかあるのですが、最大はそれです。
そして、それによる副次的効果が“予知”です。経験則だけではなく、動きなどを見ることで、相手が次に何をしようとしているのかが分かるのです。故に、無敗。同じ能力を持たなければ、そもそも勝負になりません。“土俵に上がらせて貰えない”というべきでしょうか。
ちなみに、章人様の他にもう一人だけ、同じ能力を持った人物がいます。何の因果か、今はあの学院の教員をやっています。その人物はテニスで、日本人初の世界ランク3位入りと四大大会制覇、引退まで全戦無敗という尋常ならざる記録を残しました」
「え? 全戦無敗なのに3位で終わっちゃったの?」
そんな力があって全戦無敗ならば、当然世界ランク1位に上り詰めたものと思った妲己は反射的にそう聞いていた。
「はい。2人のその能力には一つだけ欠点があります。体がついていかないのです。章人様を見て、“細い”と思いませんでしたか?」
「そうね。スポーツマンとしてはかなり細いわよね?」
「はい。身長は188センチありますが、体重は70キロしかありません。ベストなパフォーマンスを残す体重は75から80キロの間くらいです。でも、それはできない。なぜその先生が3位までしかいけなかったか、それは単純で、現役の競技生活が2年もないからです。彼女はベストなパフォーマンスができる体型をつくっていました。だからこそ、体がついていかず、怪我で引退せざるをえませんでした。章人様はそうならないようにコントロールしています。全力を出しても怪我しないような体作りをしているのです」
章人を最強たらしめているのは神経なのだが、他にも、常人のほぼ3倍の筋繊維を持っていたり、肺活量が日本人離れした数値だったりと、スポーツで結果を残すには最適な能力を持っていた、はずだった。しかし、それらの能力は、すべからく相手が「弱すぎる」から面白くない、という欠点をもたらしていた。高1のときに、今は同じフランチェスカに通う藤田と、東京代表対愛知代表でバスケの試合をしたときに、藤田が常人の10倍近い筋繊維を持っていたりと、これまでと才能の桁が違う人物と当たり、初めて「楽しい」という感覚を呼び覚ましてはいたが、果たしてこの世界にいるのかは謎だと考えていた。いたとしても本多忠勝くらいかもしれない、と千砂は考えていた。
「その人はそれができなかったということ?」
「15年以上前の話ですからね……。医療技術がそこまで発達していなかったということもあるのでしょう」
それに加えて、能力をすべて調べるのには相当の金銭が必要だった。章人は裕福な資産家の家にうまれたがためにそれができたが、その人物や、あるいは他の人が調べるのはかなり厳しいことだろうとも考えていた。
「なるほど……。人間にも格差ってあるのね……」
「そんなものはどこにでもありますよ」
「さて、楽しい話もそろそろ終わり。もう着くわよ。さてまずどうするの?」
ようやく、地表へと降り立った千砂と妲己であった。
「空気が美味しいですね。地元は名古屋ですが、そことも東京とも、あるいは保養地のある軽井沢などとも比べものになりません。素晴らしいです。とりあえず野宿してのんびり行きましょう。どうやって“仕官希望者”として見習いから上手くやれるに考えましょうか」
「私、そういうちまちま面倒なの大っ嫌いなんだけど……」
「あらあら。慣れればどうということもありませんよ。それに、先ほど言った理由からそんなことにはまずならないでしょうから、それほど気にしなくても大丈夫です。まずは村かどこかでこのマフラーや下着を布にして売り払って金にしましょう。このスーツも、妲己さんの服も目立ちすぎますから早急にこの世界の服に替えたいですね。スーツは礼装で、どこかで使うかもしれないのでさすがに売り払えませんか。それにしても、ハイヒールを履いていなかったのは幸いでした」
「下着なんて売れるの?」
「“絹”ですから。マフラーはカシミア。貴重品ですから高く売れるでしょう。筆記用具のようなものと違い、代用が利くので売り払っても支障はありません」
この世界ではおそらくボールペンや万年筆、あるいはメモ帳のようなものは手に入らないので取り扱いは慎重にしなければならないのだろうが、安い麻などの服ならばいくらでも手に入るので問題はないと考えたのだった。
「焦らずゆっくりと、です」
機を見るに敏。それは千砂がとても長けた分野である。
後書き
名字だけですから実在の人物を出しても問題無いでしょう。ちなみに、“ねこまんま”武田のエピソードでちょっと出てましたね。良いのだろうか……? ようやく荀攸の真名を思いついた「桂薫」ので、恋姫次話upは遠くないはずです。
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第1章 千砂(1) | ||
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