真恋姫無双幻夢伝 第六章4話『陰謀と策略と』 |
真恋姫無双 幻夢伝 第六章 4話 『陰謀と策略と』
一刀たちが矢の獲得に成功した日の翌日、朱里は冥琳の陣に招かれていた。
「あのぅ、失礼します」
彼女が恐る恐る幕内に入ると、冥琳は机の前に座って書類を見ながら唸り声を上げていた。
「これではどうにも……しかし、なんとかするしか」
「あ、あの!」
やっと気が付いて顔を上げる。そして入り口にいた小さな影を見つけた。
「ああ、孔明殿か。申しわけない。どうぞこちらへ」
彼女は朱里を自ら迎えると、机の向かい側に置いた椅子に座らせた。そして昨日のことについて感謝を述べた。
「昨日の戦果、非常に有り難かった。まさか、敵から矢を調達してくるとは思わなかった。我々は驚かされたものだ」
「い、いえ、成功して良かったです」
えへへと褒められて嬉しがる朱里に対して、冥琳はさっそく本題に移った。
「突然で申し訳ないのだが、この作戦に知恵を貸してほしい。まずはこの資料を見てくれ」
冥琳から朱里に手渡される資料、そこには曹操軍の陣形や現状について詳しく記されていた。朱里は素早く目を通す。
「商人に変装して潜入した密偵が得た報告だ。港の方は分からなかったが、陸地は大体判断が出来る。どう思う?」
「……非常に強固な陣形です。私たちが正面から攻め込むのは、まず不可能でしょう」
「その通りだ。正攻法では太刀打ちが出来ない。しかもだ、最後の頁を見てくれ」
朱里がめくると、曹操軍の工房に関する情報が記されていた。
「この工房の規模から推測すると、楼船が一か月で50隻は確実に仕上がる計算になる」
「50隻……」
「そうだ。我々が保有しているのを合わせても30隻に満たない。つまりは、一か月後には奴らの水軍力はこちらを軽く上回る」
「訓練度や将の指揮能力を考えてもですか?」
「確かに互角ならば負けることはないだろう。しかしこの数の差では……」
冥琳は横に首を振る。天下屈指の水軍指揮官と名高い彼女でも、この劣勢を覆すことは困難であった。
だが、この戦いに勝たなくてはならない。そこで彼女はある策略を考えていた。声を小さくして朱里にその考えを話す。
「この劣勢を覆すには火計、そして同時に奇襲をかけることしかないと思う。孔明殿はどう考えられる?」
朱里は膝に腕を置いて目を瞑った。そしてしばらく考えを巡らせた後、彼女は冥琳を見て大きく頷いた。
「賛成です。それしかないでしょう。この季節は曹操軍の方に風が向いておりますし、火が広がりやすいです」
「その通りだ。風向きもこちらを味方している。ただし、問題がある」
冥琳は眼鏡をクッと上げて、朱里の内側を探るように彼女を見つめた。
「どうやって奴らに近づくかだ。火薬を積んだ船を突っ込ませたとしても、港に辿りつく前に沈められては話にならない」
「確かにそうです。それと問題はもう1つありますよ」
今度は朱里がその大きな瞳で冥琳を見つめる。冥琳は眉間に皺を寄せた。
「どうやって船を繋ぎ止めておくかです。一隻を燃やしても、その他が逃げてしまっては意味が無いです。まとめて燃やさないと」
「そうだな。その極めて難しい問題を解決しないと、この策略は成功しない」
う〜むと二人は悩む。すると、ほぼ同時に「あっ」と声を漏らして、お互いの顔見た。2人は微笑み合う。
「何か思いつかれたかな?」
「周瑜さんも」
「よろしい。お互いの考えを披露しあおう。今日は面白くなりそうだ」
同じ問題を解く策士同士にしか分かりあえない緊張感とその楽しさを、この時2人は共有していた。
一方で長い駐留に退屈していた華琳は、久々に上機嫌になっていた。彼女の好物である才能ある人材に会うのであった。
面会室に向かう最中、桂花がその人物について尋ねた。
「華琳さま、今日の方は特別なのですか?」
「そうよ。洛陽でも名の知れた者よ。あなたも楽しみにしなさい」
釣った魚にも餌を与えて欲しい、と桂花はまだ見ぬ人物に嫉妬の念を抱いて、たちまち不機嫌になる。その様子を華琳はさも面白そうに見つめながら進んでいた。
そのうちに2人が部屋に到着すると、そこには小さな女の子が座って待っていた。彼女は入ってきた華琳の姿に驚いて、急いで立ち上がってお辞儀をした。
「きょ、今日はお会いできてありがとうございます」
大きな帽子が落ちそうになる。彼女はまた慌ててその帽子を直すと、改めて自己紹介を始めた。
「?統と言います。字は士元です。よ、よろしく、お願いします」
たどたどしく言われたその名に、桂花は聞き覚えがあった。
「たしか鳳雛と呼ばれた方でしたか」
「は、はい。それが私です……」
声が小さくて弱々しく感じる。桂花はこれがあの鳳雛だろうかと疑いたくもあったが、臥竜もあんな姿であることを思い出して納得した。そもそも自分ともそんなに変わらない背丈であることに気が付く。彼女はなんとなくへこんだ。
華琳は着席すると、彼女たちにも席に座るように促した。そして全員が座ったことを確認すると、今度は華琳の方から自己紹介をする。
「私が曹孟徳よ。こっちが私の軍師の荀ケ。それで早速なのだけれど、我が軍に加わりたいという話は本当かしら?」
「私も皆さんのお役にたちたいと思いましたから……だ、だめですか?」
「とんでもないわ!その心がけ、十分よ。しっかり働きなさい」
「あ、ありが「ちょっと、お待ちください」
彼女たちの会話に、桂花が口をはさむ。桂花は雛里を一瞥すると、華琳の方を向いて意見を述べた。
「華琳さま、新しく入った者が急に重職に着くのは、他の者が納得しないかと。せめて彼女に功績を立てさせてからでも遅くないのでしょうか」
「……ふふ、そうね」
華琳は笑いを含んだ同意を述べる。納得していないのは桂花でしょう、と勘付いているのであった。
しかし彼女の意見も一理ある。華琳は雛里に条件を出した。
「雇うには雇うけど、あなたへの待遇はこの戦いの勝利への貢献具合で決めようかしら。この戦いについて、なにか策はある?」
「えっと、そうですね……」
雛里はこうなることを予想していたように、すぐに策を披露した。
「私が、孫権に仕えます」
「えっ?」
雛里の発言の意味が分からずに、2人は怪訝な表情を浮かべた。その表情を見た雛里は、慌てて説明を加える。
「そ、その、孫権に仕えるのは、つまり偽りです。彼らは私がこちらに仕えていることに気が付いていません」
「なるほど、“埋伏の毒”ということですか」
桂花は即座に計算した。この策はすなわち武将自身が諜報の役割をする。危険だが、そこから得られるものはかなり大きい。やってみる価値はある。
雛里は言う。
「曹操さんは兵力も武器も豊富です。あと必要なのは情報だけだと思います。私がそれをお伝えして、曹操さんの勝利を確実なものにします」
「素晴らしいわ!」
華琳は手を打って立ち上がった。これほど彼女が喜ぶのは珍しい。この喜びようの裏には、雛里は頭脳だけではなく、それを行う勇気も備わっていることを理解したからである。良い人材を手に入れた。彼女は雛里の手を両手で握った。その突然の行動に、雛里の顔が赤くなる。
「あわわ!」
「この作戦、許可するわ。しっかりやってちょうだい!」
雛里はじっと華琳の顔を仰ぐ。そしてニコリと微笑んで返事をした。
「はい…任せてください」
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雛里が登場です。久々にアキラは出てきません。 | ||
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