真恋姫無双幻夢伝 第六章5話『冥琳と祭』 |
真恋姫無双 幻夢伝 第六章 5話 『冥琳と祭』
「朱里ちゃん!」
「雛里ちゃん!」
二人の少女が再会を祝して抱き合う。その様子を一刀と星が眺めていた。
「久しぶりだね!一年ぶりぐらいかな?」
「う、うん、朱里ちゃんが旅に出て行ったのが去年の春だったから、そのくらいだね。会えてうれしい!」
「私もだよ!1雛里ちゃん!」
「えーと」
と口を挟んできた一刀に気が付いて、朱里が雛里を紹介した。
「ご主人様、紹介します。私がいた女学院の同級生で一番の親友です」
「初めまして、?統と申します。よろしくお願いしゅます……あわわ、噛んじゃった」
朱里と似たような口癖の女の子に、一刀は驚きを示す。
「君が鳳雛と呼ばれた?統なのかい!?」
「は、はい!そうですけど…」
目を輝かせて一刀は近づくが、雛里はサッと朱里の後ろに引っ込んでしまった。ショックを受ける数を見て、朱里が彼女のことを言い繕う。
「雛里ちゃんは人見知りな子ですから、ご主人様のこと嫌いなわけじゃないのですよ」
「あ、ああ、そうなのか。びっくりしたよ」
「ところで、?統殿はどうしてこちらに?」
星が尋ねると、雛里は小さな声で答えた。
「しゅ、朱里ちゃんがここにいるって聞いたから。それと、曹操軍がやってきて危なくなったから、それで……」
「雛里ちゃんの家はこの近くなのです。ご主人様、この戦いの間だけでも客将として迎えてもらえませんか?彼女だったら良い助言もしてくれると思います」
「もちろんさ!なんならずっと一緒にいて欲しいくらいだよ。よろしく!」
一刀に微笑まれて、彼女はまた小さくなって朱里の後ろに隠れた。信頼されるまで時間がかかりそうだ。
苦笑いを浮かべる一刀の袖を、星が引いて、陣幕の物陰に連れて行った。
「せ、星?」
「主よ。いいのですか?」
「えっと……なにが?」
彼女は朱里たちが聞いていないことを確認すると、改めて注意を促した。
「保護を求めていると申していますが、おかしな話です。現在、明らかにこちらが不利。ともすれば曹操軍に保護を求める方が安全でしょう」
「うーん、そうかな?朱里を助けたいということはないかな?」
「確かに朱里とは友人のようです。しかし?統殿の望みは保護です。これでは自ら危険を求めるようなもの」
「じゃあ、なんで……?」
「少し注意する必要がありそうですな」
その時、一刀たちを呼ぶ大きな声が聞こえた。
「孔明殿!北郷様!いらっしゃられますか?」
一刀たちはその声の元まで駆けつけると、そこには血相を欠いた明命がいた。彼らの姿を見つけると、表情がパッと明るくなる。
「周泰さん、だよね?どうかしたの?」
「孔明殿に助けてもらいたくて参上しました!急いで呉の本陣までお越しいただけますか?」
何かあったのか。彼らは事情を知らないまま、明命に付いて行くことにした。
呉の本陣に着くと、大勢の武将が集まって中を恐る恐る眺めていた。幕内からは罵声と怒鳴り声が聞こえる。朱里と雛里はその声が聞こえる度に、ビクリと体を震わせる。
そこへ穏が困り果てた顔で近づいてきた。明命が頭を下げたところを見ると、彼女が一刀たちを呼んだ張本人のようだ。
彼女は彼らに頼み込む。
「恥ずかしながら蓮華様が柴桑に戻られている最中、止められる方がいないのですぅ。孔明さんは冥琳様に信頼されているようですから、この喧嘩を止めて頂けませんか?」
「喧嘩?」
一刀たちが人混みをかき分けて中に入って行くと、冥琳と祭が2人だけで言い争いを繰り広げていた。祭の怒りの煽りを食らったのか、中央に置かれているはずの机が真っ二つに砕かれている。
「どうして出撃させてくれんのじゃ、この臆病者!そんなに曹操が怖いのか!」
「そんなことは言っていません!ただ慎重に行動しろと言っているだけです!」
「慎重に、慎重にと言うが、ではいつまで待てばよいのだ!?敵船は完成目前なのだぞ!」
「それは単なる推測でしょう!妄想で味方を危険にさらすのですか!」
「妄想だと?!」
「ス、ストップ!待って待って!」
と、一刀は2人の間に割って入った。しかしすぐさま軽率であったと後悔することになる。彼女たちが彼を睨み付ける視線は、直視できないほどに鋭い。
それでも一刀はなけなしの勇気を振り絞って喧嘩を止めようとした。
「2人が言い争ってもしょうがないだろ!ここは冷静に」
「いくさを知らない若造は黙っとれ!」
祭のその言葉にムッとする彼ではあったが、彼女の殺気が籠る視線に勝つことは出来なかった。黙り込んだ彼をよそに、祭はついに言ってはいけないことを言った。
「よもや大都督殿は、曹操側に付いているのかな」
辛うじて理性を保っていた冥琳の目が一気につり上がる。色をなした彼女は激しい口調で言った。
「そこまで言われるのなら勝手にするがいい!!」
「ああ!勝手にしてやるわい!」
憤然と本陣を出ていく祭を、誰も止めることは出来ない。結局のところ朱里も一刀の陰に隠れるばかりで役には立たなかった。
「これは、まずいですねぇ」
穏がぼそりと呟いた言葉に、何人かが頷いた。
呉の船団が来襲してきた情報は、すぐにアキラの耳に入った。釣り場から急いで戻った彼は、自分の部隊に待機命令を出すと、華琳の本陣に向かった。彼が飛び入ると、華琳はすでに甲冑を身に着けて座っていた。彼の姿を見て微笑んだところを見ると、その登場を予想していたようだった。幕内には華琳一人しかいない。
彼は彼女の姿を見て、その真意を尋ねた。
「華琳、まさか出撃するのか?」
「私はしないわよ。川岸で見ているだけ。でも我が船団は出すわ」
「まだ戦力不足だろ。十中八九、勝てないぞ」
「それでもいいのよ」
怪訝な表情を浮かべる彼に、彼女はその理由を答える。
「まだ実際に呉の水軍の実力を計れていないから、これはその実験よ。多少の損害はすぐに補えるわ。心配しなくてもあなたの水軍は温存しておくわ。安心して見ていなさい」
「うむ……まあ、それなら」
「それよりもあなた」
華琳はアキラの胸元まで近寄り、甘えるように抱きつく。そして艶めかしい視線で彼の顔を見上げると、小さな声で伝えた。
「ちゃんと今晩は空けておきなさいよ」
アキラも彼女の背中に腕を回した。
「心配するな。夕食、楽しみにしているよ」
「ふふふ」
相手の耳に届く程度の声で会話する2人。入り口から聞こえてくる咳払いには全く気が付かない。
「ごほん、ごほん」
「その後もな、楽しみだよ」
「私もよ、アキラ」
「ごほっ!ごほっ!」
「優しく可愛がってやる。今日は寝かせないぞ」
「もう……ばか…」
「うえっほん!うえっほん!かっ!かっ!」
驚いてバッと振り向くと、桂花が入り口に立っていた。咳払いをし過ぎて涙目になっている。
「ぜーぜー……華琳様、お時間です」
「あ、あら?そう?」
見られていたことに顔を赤らめる華琳はそそくさと部屋を出て行った。桂花はすぐに彼女の後を追わずに、つかつかとアキラに近寄った。そしてその脛を硬い靴のかかとで蹴り飛ばした。
「痛った!!」
桂花は何も言うことなく、ただ彼の親の仇のように睨みつけると、さっさと部屋を出て行った。
正午過ぎ、海戦が始まった。呉は祭の部隊のみであったために少なく、曹操軍の戦力よりもかなり劣っている。一方で曹操軍には汝南の船団は加わらず、建築された新しい船団のみで構成されていた。
赤壁に陣を構えて初めての戦闘だったが、戦闘が始まって半刻もしないうちに勝敗は決した。明らか訓練度には大きな差があったようだ。移動にもたつく曹操軍の船団に、呉の艨衝(軍船の一種。頑丈な船首を持つ快速船)や先登(軍船の一種。敵船団に突入する小型船)が素早く斬りこむ。
「突っ込め!」
祭の号令が轟く。見る見るうちに曹操軍の船団が真ん中から突き破られてしまった。この状況に慣れていない曹操軍は混乱の渦へと陥る。ある船は艨衝の突撃で船の側面を突き破られ、ある船は呉の戦闘員に突入されて燃やされた。すでに船団の隊列は形を成していない。
次々と撃破する味方の活躍を見て、祭は喜々とした表情を見せる。
「このまま行くのじゃ!やつらを1隻残らず海の底に沈めろ!」
ところが敵船とは真逆の方向から、彼女は凶報を聞くことになる。河上に鐘の音が聞こえた。
「黄蓋様!引き鐘です!」
「なんじゃと?」
黄蓋が甲板の後方まで駆けると、その鐘を鳴らす船を見つけた。冥琳の船だ。
「あのっ!くそガキめ!!」
引き鐘を聞いた呉の船団は混乱した。このまま敵を全滅させられるというのに、ここで退却なのか?判断が定まらずに、戦場は静まり返った。
しかし彼らは命令違反をするわけにもいかず、手中に収めたはずの敵船をその場に残して撤退していく。九死に一生を得た曹操軍も撤退していった。
祭は自身の船を冥琳の船に近づけさせ、梯子も渡さずに飛び移った。額に青筋を立てた祭に話しかける人はおらず、船上を早歩きに移動する彼女を遠巻きに眺めていた。
祭は甲板で冷たく笑う冥琳を見つけると、黙って近寄り胸ぐらをつかんだ。周囲の武将たちに動揺が走る一方で、冥琳はその表情を崩さなかった。
「貴様!どういうつもりじゃ!」
冥琳は小馬鹿にするように返答した。
「もう気がすまれたと思いまして。もうご老体は引っ込んでもらえますかな?」
「冥琳!!」
激昂する祭は胸ぐらにかけていた手を離して、腰の剣を抜こうとする。周囲の兵士や武将が慌てて彼女を取り押さえた。
彼らに両腕を捕まれ、膝を床に着かされた祭に、冥琳は伝える。
「この度の出撃は命令違反だ。あなたを謹慎処分とする」
「冥琳!覚えておれよ!」
高笑いで船内に降りていく冥琳の背中を、祭はずっと睨み付けていた。
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赤壁の戦いが続きます。雛里の役どころにもご注目を | ||
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