Tira mi su
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少し前までは夕方になるとすぐに暗くなっていたのに、立春も過ぎればずいぶんと日が長くなったと思う。

 

光だけは春に近づいていっているけど、寒さは2月が本番。日が傾くにつれ、きんと冷たい空気が泉水子の身体を包みつつあった。

 

白い息を弾ませながら、泉水子は深行の家に向かっていた。

 

塾講師のアルバイトをしている深行は、高校生のテスト前などは特に忙しくなる。自分のレポートだってあるのに、きちんと寝ているのだろうかと心配になるほどだ。この受験シーズンは会うどころか電話やメールも減っていて、邪魔をしてはいけないと泉水子からも連絡を控えていた。

 

このところ会えるのは大学の中だけで、深行はどんな状態でも相変わらずだし、甘い言葉を言うわけでもない。それでも元気そうな顔を見るだけで、泉水子はホッとしたのだった。

 

それもようやく落ち着き、今日のバレンタインデーに会えると分かったときは、内心ものすごく喜んだ。

 

本当は、さびしくて仕方なかったのだから。

 

 

ドアの鍵穴に合鍵を差し入れてひねると、手ごたえがなかった。開いている。泉水子は嬉しくて顔を輝かせた。

 

そろりとドアを開けると、玄関に家主のスニーカーが鎮座している。泉水子は急いで靴を脱いで上がらせてもらい、短い廊下の奥にある部屋へ向かった。

 

「あ・・・」

 

泉水子は口をつぐんだ。深行がラグの上に転がって眠っていたのだ。

 

横向きになって左腕を枕にし、右手にスマホを握っている。気持ちよさそうに規則正しい寝息をたてていて、その寝顔に胸がきゅうっとなると同時に、いたわりの気持ちでいっぱいになった。

 

(・・・疲れているのに、私との時間を作ってくれた・・・)

 

泉水子は深行の部屋からブランケットを持ってきて、彼にそっとかけた。無防備な寝顔に、あらためてドキッと胸がうずく。どれだけ深行に会いたかったのかと実感してしまう。

 

しばし見つめてしまい、ハッと我に返った。あわてて買ってきた食材とバレンタインのプレゼントを冷蔵庫に入れる。

 

これが溶けてしまったら、わがままを言って会ってもらった意味がない。

 

甘いものがそんなに好きでなくても、この日だけは嬉しそうな彼の顔。それが見たくて、少しでも美味しいと思ってもらいたくて。

 

年明け早々、今年はどんなチョコレートにしようかと悩むようになってから、どのくらいたつだろうか。

 

指折り数えてびっくりしてしまう。

 

確かに高校の頃よりも、ずっとずっと近く感じる。それでも・・・そばにいるだけでドキドキしてしまうのはなぜだろう。いい加減、少しは慣れてもいいはずなのに。

 

泉水子は間違っても起こさぬように細心の注意を払いながら、深行の隣に寝そべった。向き合う形で彼の胸元にぴたっと寄り添う。

 

あたたかい。とても落ち着く匂い。規則正しい心音と呼吸が、すぐに泉水子の瞼を重くする。

 

少しだけ、と思っているうちに、泉水子は意識を手放した。

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

「っくしゅん」

 

 

何か聞こえたような気がして目を開けたとき、深行はいつの間にかうたた寝していたのだと気がついた。

 

右手に固いものを握っていて、泉水子にメールをしようと思っていたことを思い出す。どうやらそのまま眠ってしまったようだ。左腕が少し痺れている。

 

ふと、首元であたたかいものが、もぞっと動いた。

 

「・・・え。鈴原?」

 

視線を移し、深行は目を見開いた。泉水子がこちらに擦り寄る形で眠っている。深行にはブランケットがかけられているが、泉水子には何もかかっていない。

 

(この、ばか・・・っ)

 

深行は泉水子にブランケットをかけて抱き寄せた。ん、と泉水子が身じろぎをする。あやすように頭をなでて額に唇を落とすと、泉水子は安心したようにふにゃりと微笑んだ。

 

「・・・ん、みゆきく・・・。てぃら、みす・・・」

 

(てぃら、みす・・・?)

 

泉水子の寝言に、深行は頭に疑問符を浮かべた。

 

右手にスマホを握っていたことを思い出して、泉水子を起こさないようにそっと検索する。出てきた画像は、表面にココアパウダーが振りかけられた洋菓子だった。

 

(・・・ああ、『ティラミス』か)

 

 

今日はバレンタインデー。

 

甘いものはそんなに得意ではないが、愛しい存在からはっきりと愛情を示されるのだ。嬉しくないわけがない。

 

泉水子は毎年甘さ控えめのものを用意してくれる。・・・今年で何回目になるだろうか。しばし考え、その答えに感慨深くなる。

 

つきあって丸4年。確かに以前に比べれば、泉水子も甘えを見せるようになった。けれどもそれは『泉水子比』で。

 

幾度も夜を一緒に過ごしても、彼女はいつまでたっても奥ゆかしい。時にはもどかしくなるほどだ。深行が立て込んでいるときは電話もメールもしてこなくなる。

 

それでいて、大学で顔を合わせたときは、嬉しそうに顔を輝かせるのだ。

 

忙しいとはいってもメールや電話にかかる時間など微々たるものなのだから、遠慮をしなくていいのに・・・と思ったところで、深行は苦笑した。

 

(結局は、俺が泉水子の声を聞きたいだけか)

 

再度スマホを見てみると、ティラミスはエスプレッソとリキュールを染みこませたケーキだと書いてある。泉水子なりに、少しでも深行が気に入るものをと考えてくれたのだろう。

 

心がじわりをあたたかくなった。泉水子が作るものならなんだって嬉しいけれど、その気持ちがよりいっそう胸を熱くする。

 

 

親指でスマホをスクロールしていくと、ティラミスの語源が出てきた。

 

 

 

ぬくもりを求めるように、泉水子が深行の胸に顔をぐりぐりと押しつけてくる。

 

優しく背中を撫でると、彼女はゆっくりと顔を上げた。ねぼけたような瞳をこちらに向け、ぱしぱしと瞬いた後、泉水子は絶句した。

 

「起きたのか」

 

「わ、私・・・。ごめんね、寝てしまったんだ・・・っ」

 

泉水子は既に真っ暗になっている窓の外を見ると、青くなってわたわたと身体を起こした。

 

その腕を引き、深行は泉水子をラグの上に組み敷いた。泉水子はきょとんとしていて、何が起こったのか理解できないようだ。けれど静かに見下ろしているうち、みるみ赤くなっていく。耳から首まで真っ赤だ。

 

「あの、深行くん?」

 

「ティラミスなんだろ?」

 

「え・・・、ええっ! どうし・・・」

 

驚きに目を丸くする泉水子の言葉を素早く飲み込んだ。何度か軽くついばみ、唇をぺろりと舐めると、泉水子はおずおずと唇を開けた。歯列を割って舌を差し入れる。

 

「・・・んっ・・・」

 

消極的な舌を絡めとり、口腔を探ると、泉水子から漏れる吐息が甘くなった。何度も角度を変えては、貪るようにキスをする。

 

濡れたような、とろんとした瞳。泉水子は深行の心を簡単にわしづかみにする。

 

愛しくて仕方ない。

 

深行は泉水子の真っ赤になった耳たぶに唇で触れ、小声でささやいた。

 

「泉水子が言ったんだからな」

 

「な・・・なにを? ・・・っ」

 

 

ティラミスはイタリアからの外来語。そしてあちらのほうではその言葉に意味があるらしい。

 

『私を元気にして』 

 

女性が男を誘う言葉だと。

 

もちろん泉水子が知っているはずがない。種明かしをしたら、またこれ以上ないほど顔を赤くして、慌てふためくだろうか。

 

そして涙目になって、むくれるのだろうか。

 

 

 

泉水子が息を乱して深行の名を紡ぐ。誘われるように、その唇を塞いだ。

 

 

 

 

 

 

終わり

 

 

 

 

 

 

元気にするどころか・・・

 

説明
RDG 未来捏造・大学生設定のバレンタイン話。
深行くんは塾講師のバイトをしてる設定です。

いちゃいちゃしてるだけですので、苦手な方はご注意ください。
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タグ
レッドデータガール 大学生 

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